白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 みんな〜! こんそめ〜!

 僕ミッキー!!!さん星9評価ありがとうございます。おかげさまで十日で書けました!
 他の方々からの評価と感想もお待ちしております。

 あ~勝手にキャラが動くんじゃ~。
 言わせたいセリフを書けて余は満足じゃ。(๑╹◯╹)♪


第21話 夢幻泡影

『見付からない見付からない見付からない……』

 

『気を病まないであなた』

 

『ああ……だが、時間が無いんだ。お前もよく分かっている筈だろう?』

 

『……分かっているわ。自分の体だもの』

 

『金のツウィルを見付けないと、一刻でも早く。じゃないと』

 

 

 

 

『お前が、死んでしまう』

 

 

 

 声は濡れていた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 ラミィは夢を見ていた。

 自分が迷子になってる夢だ。

 

「ママぁー!!」

 

 歩いているこの場所は、ユニーリアの大地。ザクザクと雪を踏みしめる音と、ビュウビュウ唸る風だけが、ラミィの鼓膜を揺らす。

 時間は深夜。魔物達の時間。幼い子供独りで出歩くにしては大変危険な時間帯。

 

 どこからか何か重いものが落ちる音がして、思わず持っていたぬいぐるみを抱き締めた。

 

「どこにいるのぉおー!」

 

 ………。

 

 返ってくる声がなくて心細くなったラミィは、お母様が作ってくれたぬいぐるみを自分の目の高さまで持ってくる。ぬいぐるみのつぶらな瞳が、ラミィの心を小匙一杯分くらい元気付けてくれた。

 

「……探さないと、綺麗なお花を」

 

 お父様が確か言ってた。お父様とお母様の寝室の向こうで、お父様はお花が必要だって。

 何の色のお花か忘れちゃったけれど、綺麗なお花だって思ったのは覚えてる。

 ラミィはそれを探し出さないといけない。

 

 そうしないと。

 そうしないと。

 

 たぶん、きっと、おそらくは。

 

 

 お母様がいなくなっちゃう。

 

「ぐすっ……」

 

 思わず涙と鼻水が出てくる。おもいっきり鼻をすすったら、鼻の奥がツーンとなった。このせいでまた涙が出そうになった。

 

「お母様……ラミィがんばる」

 

 だってラミィはお母様の騎士様だ。かっこよくて可愛い騎士様だ。

 お母様を守ると決めたんだから、約束を守らないと針千本飲まなくちゃならなくなる。

 

 頭上に浮かぶ月だけを頼りに、ラミィは白銀の大地を歩く。この時魔法が使えたらよかったんだけど、ラミィにはまだ早いって教えてくれなかった。

 だから雪のせいで冷えた体を、暖めることができなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ―――」

 

 寒い。指先は既にかじかんで、足の指はもう感覚がなかった。けれど、心は使命感で燃えていた。

 

 しかし月が灰色の雲で隠されてしまった直後、心は恐怖でいっぱいになってしまった。

 辺りは一面真っ暗闇。ラミィの吐く息だけが世界に浮き彫りになる。

 

「ママ……」

 

 たちまち心が寂しくなる。お母様を恋しく思う。

 

「ママぁ!!」

 

 たまらずお母様を呼んだ。でもその声は雪に吸い込まれてしまう。静寂な雪世界は切り裂けない。

 お父様も呼んだ。お姉様も呼んだ。お兄様も呼んだ。

 けれど決して、返ってくる声は無かった。

 絶望が沸き上がり、同じくらい涙が迫り上がってくる。

 

「ママぁ! どこにいるのー!! どこー!! らみぃはここだよー!!!」

 

 ぐしゃぐしゃに泣いて、頬を伝う涙が冷たい。

 ユニーリアの冬は凍え死んでしまう程に寒い。

 吐く息は白く、手足は痛い程にかじかんで、鼻と耳の先も真っ赤になって、だけど目元だけは熱かった。

 

「ラミィは、らみぃはここだよ……」

 

 返ってくる声は無し。ラミィの名前を呼ぶ誰かも居なかった。

 その時、ずっと背けていた思考がラミィの頭に囁いた。

 

『どうやってここから戻ればいいの?』

「大丈夫、迎えに来てくれる」

『誰が迎えに来てくれるの? 誰にも秘密で屋敷を出たんでしょ?』

「大丈夫、大丈夫だもん……」

『きっと誰も迎えに来てくれないよ。ラミィはここで一人で死んじゃうんだよ』

「違うよ……」

『それならいっそ、諦めた方が楽なんじゃないかな。諦めて死んじゃった方が楽なんじゃないかな』

「………」

 

 お母様の時間が無いのは知ってる。お庭で散歩することも、一緒にご飯を食べることも無くなった。

 白樺の精のような美しさは、白百合のような儚さに変わって、もういつ亡くなってもおかしくなかった。十秒前では元気でも、十秒後には息をしてないのかもしれない。

 

 これから先、お母様はどれだけ生きられるのだろう。ラミィが大人になって……ううん、お母様と同じくらいの身長になるまで生きていられるのだろうか。

 

 ラミィはそれを信じて、うまく空気を吸えるのだろうか。

 

「いっしょに……いたいよ」

 

「ずっと……いっしょに」

 

「ラミィが大人になっても……お婆ちゃんになっても」

 

 死が二人を別つまで。

 そこまで一緒に生きられればどれ程幸せなことだろう。

 

「でも……」

 

 たった七年しか母親と過ごせないだなんて、神様は随分と残酷なことをする。

 もし神様が自ずからお母様をその懐に招き入れるなら、ラミィはお母様より先にそこにいたい。

 これから先不安な未来を憂うより、先にお母様を待っていたい。

 

「でもね……」

 

 ラミィはもう、待てないの。

 待てないよ。

 

「悪い子で、ごめんなさい」

 

 ふらっと、背中から倒れた。雪がクッションになって全然痛くなかった。

 

 ―――空は雲に覆われ、うっすらと月の輪郭だけ見えている。真っ黒の空からは、ちらりちらりと雪が舞う。しんしんと降り積もる雪片が、ラミィの体の上にも降り積もる。顔と手に落ちた雪は体温で溶けたけれど、そのうち溶けるに時間がかかってきた。

 

 それに漠然と、自分の時間が止まりかけているのを感じた。

 

 もう諦めと冷たさが全身に回り、瞼を閉じる。でも――。

 

 ザク、ザク、ザク、と、遠くから小さな音が聞こえた。

 誰かが雪を踏む音が聞こえる。

 ラミィの顔を覗き込んだのか、顔に雪があたらなくなった。

 

「―――ィ、ラミィ」

 

 強く体を揺さぶられた。

 仕方なく、微睡むように蕩けた瞼を、ゆっくりと開いた。

 そこには、繊月のようにカーブした笑みがあった。

 

「ラミィ」

 

 名前を呼ばれた途端、まるで湯船に浸かったような暖かさが全身に回った。

 そこにいたのは、他の誰でもない―――。

 

「ママ?」

 

 そう呟いて伸ばした手は、お母様その人が、握ってくれた。

 

 都合のいい幻聴でも幻覚でもなく、お母様がラミィの目の前に立っていた。

 

 

 

 

 ここからだと思う。

 ここから、ラミィが知らない夢の先。

 

 一体何が待っているのか、ラミィには少し恐ろしかった。

 

 

 

 

 ラミィを背中に背負い、お母様は歩き出す。病床の人とは思えない程の健脚に、疑問が頭を傾げた。もしかして愛の力だとか、家族の絆とかそういうものなのかな。

 そう思えば、心はポカポカと暖かくなった。甘えるようにお母様の背中に頭を擦り付け、お母様の匂いを肺一杯に吸った。けど鼻水詰まっててあんまり感じなかった。

 

「お母ぁ様、体大丈夫なの?」

「うん。今すっごく調子がいいんだ」

「そうなの?」

「うん!」

 

 

「どうしてラミィの場所が分かったの?」

 

 そう訊ねてみれば、お母様は微笑んでこう言った。

 

「神様が教えてくれたのよ」

「神様?」

「そう。見た目凄く怪しかったし、素っ気ない口調だったけど教えてくれたわ」

 

 夜に紛れてしまいそうな程に黒い服を着ていたらしい。二人組だったそうだ。

 

「お母様、大丈夫? 変な壺とか買わされてない?」

「大丈夫。心配しなくても平気よ」

 

 珍しく、本当に珍しく、お母様は体調が良いらしい。喘息になることもなくラミィと会話を続けることができてる。

 ラミィは久し振りのお母様との会話に、幸せを感じていた。

 

 でも、幸せというのは甘く、脆く、儚いもので、泡沫のように消えてしまうもの。

 

 泣きたくなるほど、幸せというのは永遠には続かない。幸せとは今にも割れそうな薄氷の上で成り立っているのだ。

 

 夜は魔獣達が闊歩する時間帯。昼間と違ってより力の強い魔獣達が活動を始める。

 

 ラミィ達の前に現れた雪熊も、その強い魔獣のひとつだった。

 体格は凄まじく家一軒分程の高さを持ち、その唸り声だけで窓硝子など簡単に割れてしまいそうだった。

 同じく腕も筋骨隆々で、ラミィなど虫のように叩かれて潰されてしまうだろう。

 

 そんな雪熊が群れでラミィ達の前に聳え立っていた。

 

「マ、ママァ……」

 

 堪らずラミィはお母様の背中で縮こまる。

 お母様はラミィを前に抱いてあやすように背中を叩いてくれたけど、全然安心できなかった。

 

 

 じりじりと身を焦がすような緊張感が体の隅まで行き渡る。

 骨髄が叫び出す程の恐怖が心を蝕む。

 

 

 雪熊の一体が爆発のような咆哮を上げた。狩りの合図だと宣言されたそれを合図に、お母様はラミィを抱いたまま走り出す。

 

 ラミィは恐ろしさで目を瞑り、ひたすら神様に祈っていた。

 どうか助けて下さいと。

 

 お母様は上下左右に激しく動き回り、後から分かったことだけれど身体強化魔法も使っていたんだろう。じゃないとこんな動きはできない。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 お母様が安心させるように、何度もラミィにそう言った。

 

「ラミィだけでも、必ず」

 

 お母様は続けて何か言ったけれど、雪熊の咆哮が搔き消してしまって聞こえなかった。

 

 走って、走って、走って。

 数分か数時間か、体感時間は狂いに狂い、どれだけ経ったのか分からなかった。それでも、雪熊達は容赦なくラミィ達を追い詰める。

 

(助けて神様……っ)

 

 もうひと度神様に助けを祈った時、ラミィは乱暴に雪の上に放り出された。

 衝撃で顔の半分が雪の中に埋まり、お母様を探しに直ぐ様体を起こす。

 頭から落ちてくる雪片の隙間から、お母様を見つけた。

 

「ママ!! ……ママっ!?」

 

 唇から漏れた言葉は呻き声にも喘ぐ声にも似て。戦慄くラミィへと、残酷な現実が目の前に横たわっていた。

 

 ―――チラリチラリと雪が舞う。 

 ―――世界を覆い尽くす雪が降る。

 

 木漏れ日のような月明かりに照らされた先、お母様の胸にはポッカリと穴が空いていた。

 

「ママぁあ!!」

 

 お母様は堪えきれず両膝を突き、自分の胸に空いた穴をチラリと見て、ラミィを見た。ぐしゃぐしゃの顔をして泣きじゃくるラミィを見た。

 

「ラミィ」

 

 ラミィの名前を呼んだ。

 子守唄に似た、とびっきりの優しさしかない声音で名前を呼んだ。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 悲劇の雪が降るこの夜に似つかわしく無い程、お母様は楽しくて仕方が無いとばかりに、あまりに晴れやかに笑った。

 

 

 

「愛してるわ」

 

 

 

 取り残される幼いラミィに、たった一言呪いのような愛を告げて。

 

 

 

 薄れ出した視界の中で、お母様は何時もと同じ、優しい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 オメガさんと深夜、私はユニーリアに来ていた。

 目的は知らず、無言で宙を浮かぶオメガさんの隣を、私は追従する。なんの為に私を連れてきたのかは不明なままだ。

 

 そんな中、オメガさんは一つの岩の前に止まり、岩の上の雪を退かして綺麗にしたあと、腰を下ろした。そのまま周囲を一瞥して、明かりとしてか火の玉を七個浮かべた。

 

「休憩ですか?」

「いや、ここで人を待つ。明かりをつけたのはその為だ」

 

 オメガさんはぶっきら棒にそう言って、私を手招いた。

 首を傾げつつ近寄れば、頭と肩に積もっていた雪を払ってくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

「寒くはないか?」

「平気です」

「そうか」

 

 ここに座れと、隣を叩いたので私はちょこんとそこに座る。   

 私はなんだか無性に気恥ずかしかった。

 

「フゥ……」

 

 オメガさんがフードを外して息を吐く。月明かりに照らされたオメガさんの姿に、少し目を奪われた。

 さらさらとした銀髪が夜風に靡き、一房の紫色の髪がふわりと浮かぶ。オメガさんの金の瞳は、今宵の月のように煌めいているように見えた。

 

「来たか……」

 

 急に声を出したものだから、私は思わず肩が跳ねた。

 オメガさんの視線を辿れば、気休めの防寒着しか身に纏っていない女性の人が居た。

 彼女は酷く焦っている様子で、私達の方にこけつまろびつつ駆け寄ってくる。

 

「安心しろ」

 

 彼女は何も言ってないのに、オメガさんはそう言ってとある方向を指した。

 

「お前の探し人は向こうにいる」

 

 彼女はどうも体が弱そうだった。肩で荒く息をして、何度も咳をしていた。それでも、呼吸の合間にお礼を言った。

 そんな彼女に、オメガさんは餞別だと何かを施した。

 

「勘違いするな。治してはいない。単に痛みを感じなくさせているだけだ」

 

 彼女は目を見開いて酸素を求めるように、はくはくと口を動かした。痛みを感じないことに驚き、そしてオメガさんに礼を言った。

 深く頭を下げた後、オメガさんに名前を訊ねる。

 

「名乗る程の者じゃない。ただの通りすがりの神だ。じゃあ達者でな。早く娘を迎えに行くといい」

 

 彼女は頭をこれでもかと下げて、先程オメガさんが指差した方角へと走って行った。

 オメガさんは彼女の背中を、見えなくなるまで見つめていた。

 

 束の間の沈黙。オメガさんは視線を切って、私へと寄越す。

 そして驚くことを言った。

 

「あの人はこの後死ぬ」

「えっ!?」

「私は権能で人が死ぬ六ヶ月前にそれが分かる。彼女に時間が無い事を知っていた」

「あの、オメガさんはなんでこんなことを?」

「……まぁなんだ、私は母親というものに弱くてな。つい手助けしたくなったのだ」

「でも死んじゃうんでしょ。あの人」

「ああ、運命でそう決められている。死の運命は誰にも覆せない。神である私でさえも、覆すことは不可能だ」

 

 そら、と私の名前を呼んで肩を掴んだ。

 

「あの人を追い掛けてくれ。そうすれば今お前が思ってる疑問も晴れる」

「運命は覆せないということですか?」

「そうだ。それに娘が取り残されてしまうからな。保護してやってくれ」

「分かりました」

「気を付けてな」

「はい」

 

 力強く踏み込み、その場から弾丸のように飛び出す。『聖人』に至った私にとって、夜の闇はさほど障害にはならない。

 正に翔ぶように地面をかけ、ユニーリアの大地をかける。

 そんな中、研ぎ澄まされた聴覚が進路上の獣の唸り声を捉えた。

 

 それは直ぐに視界に入り、目の前に近付いてくる。

 私は焦ることなく腰に差した刀に手をかけた。

 獲物を叩き潰さんと落ちてくる、雪熊の長い腕を躱し、抜刀。

 

「風真一刀流 四ノ段 春風鎌鼬(しゅんぷうかまいたち)

 

 春にそよすぐ風のように優しく、そして妖怪の鎌鼬のように痛みを与えず四肢を切る。

 残心する暇はなく、私は残りの雪熊へと踊りかかる。

 

「風真一刀流 一ノ段 疾風迅雷天津風」

 

 三体を纏めて刀で斬り伏せ、四体を六ノ段で切り捨てた。

 そして最後の一体へと向き直る。

 

 仲間をあっという間にやられて怒りに燃える雪熊。振り下ろされるその豪腕を足場に私は翔んだ。

 さながら蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 

「風真一刀流 七ノ段 薫風(くんぷう)吹花ノ伯龍(すいかのはくりゅう)

 

 脳天目掛けて突き出した刺突は雪熊の頭蓋を容易く砕き、後頭部へと貫通した。

 刺突の勢いで後ろに倒れる前に刀を抜き、雪熊の胸元を蹴って着地する。

 

 血振りしたそれを、私は鞘に収める。けれども、警戒は続けたまま。

 というのも。

 

「思った以上に出てくるのですね」

 

 雪熊の血に誘われて来たのか、それともオメガさんの言う通り運命の仕業なのか、数え切れない程の雪狼の大群が私を囲んでいた。

 

「退きなさい。今退けば見逃してあげる」

 

 退避勧告を行うも、雪狼は一匹たりとも背中を見せない。私を侮っているのか、はたまた数の力で押し切れると踏んでいるのか。

 殺意が滲む彼らの眼光へと、私は溜め息混じりの終わりを告げる。

 

 

「そう。じゃあ―――敵だね」

 

 

 鞘から走らせた刀を眼前に構え、刀身を人差し指と中指でツゥー……と撫でる。それに合わせて深く息を吸った。

 

 

「スゥ―――」

 

 

 水心に 落ちる影を とらえるな

     斬ろうとすれば 霞むばかりか

 

 

「神器解放―――時間之神(クロノス)

 

 

 私の愛刀はオメガさんがくれた神器。その主な権能はワザの拡張であり、私のワザを一段階進化させる。

 ただその状態でのワザの行使は脳に負担がかかる。だからこそ病去一告を唄い、私は無我の境地に踏み入れた。

 

 様々な可能性の未来。 

 有り得し未来の世界。

 

 両目を瞑った私の脳裏に、何百何千の未来が映る。そこから必要な情報だけを選択し、残りを廃棄。

 そうして得られた結果は、最短効率の雪狼全滅ルート。その手は僅か三手。

 

 まずは一手。

 

「参ります」

 

 この一言で蹂躙は始まった。数えるのも億劫な雪狼の群れに一ノ段で斬り込み、大きな血飛沫を上げさせる。

 脳内のルートに従うまま、次の技を出すために身体を捻る。

 

 これで二手。

 

「風真一刀流 八ノ段 流幻天狗風(りゅうげんてんぐかぜ)

 

 滑らかな剣筋の緩急は大小様々な斬撃を生み出し、空中で転身したことにより全方位に斬撃を飛ばす。

 これで私の周囲にはぽっかり穴が空いた。

 

 最後の一手。

 

「風真一刀流 十ノ段 嚇龍の咆哮(かくりゅうのほうこう)

 

 直後、火山が噴火した。

 身を焦がすような灼熱の風が、刀を射した地面から吹き上がる。

 それはさながら怒れる龍の息吹のように、天変地異にも似た惨状を生み出した。

 轟音が轟いてから刹那にも満たない間に、山肌は抉れ、雪は溶け、泥に埋まる形で雪狼は一匹残らず焼死していた。

 

 生き残りがいないことを確認し、神器封印と刀を収める。

 

「ふぅ、まったく逃げないからこうなるんだよ」

 

 私、動物好きだからあんまり殺したく無かったのに。

 でも放っておいても誰かを襲ったかもしれないし、仕方ないよね。

 

「さて、追いかけないと」

 

 手っ取り早く仕留めてきたけれど、正直時間に余裕があるかと問われれば首を横に振るわざるを得ない。

 

 探知魔法を展開すれば、複数の雪熊の反応と二人の気配が届く。

 

 私はその方角目掛けて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 実はと言うと、あんまりオメガさんの言葉を信じてはいなかった。まぁ信じてなかったから、こうしてオメガさんは私を向かわせたんだと思うけれど。

 

 でも、信じられないのは仕方ないと思うの。だって、あのオメガさんですら、たった一人の死を回避出来ないだなんて、あり得なかった。

 オメガさんはあまり自分の事を話さないけれど、その強さは私だって分かる。

 神に至って、権能が三つも使えて、魔法も剣も使えて、頭も良くて、『ソロモンの書』を持ってて……。

 と、とんでもない程他より優れているのに人ひとり救えないだなんて馬鹿げてるとすら思った。

 

 

 ―――でも、目の前の光景を見る限り、本当のことだった。

 

 

 確実に助けられる距離に居た。助けられる手段もあった。

 なのに私は彼女を助けられなかった。まるで世界が彼女の死を望んでいるかのように、私はただ見ている事しかできなかった。

 

 彼女が泣きじゃくる娘の為に笑って死んだのも。

 娘が霊力の暴走を起こして母親諸とも雪熊を氷漬けにしたのも。

 

 私はただ、見ているだけだった。

 硬直が解けたのは私にも迫った氷山から逃げる時で、助けるにはこの時点でもう遅かった。

 

 一陣の風が月に纏わる濁り雲を払っていく。

 次第に晴れた空から注ぐ月光は、天からの迎えと言わんばかりの美しい光だった。

 牢獄のような氷山の中、透き通るように照らされた彼女の死体は余りにも鋭く、私の心の弱いところを抉った。

 

 血を吐くような思いだった。

 喉を掻き毟りたい思いだった。

 心が砕ける思いだった。

 

「ごめんね」

 

 無情の運命に母を奪われたこの子に、身勝手に謝った。

 頬を涙で濡らして切なげに眉を寄せたまま眠るこの子を、ぎゅっと抱きしめる。

 思った通りの小さい体。この小さな背中に、運命はあまりにも辛い重荷を背負わせた。

 

「ごめんね」

 

 この子はエルフだ。上手く生きられば千年は生きられる。そんな長い人生で、母親と過ごした瑠麗のように透き通った年月は、きっと鎖のように、これからのこの子の時間を縛ってしまうのでしょう。

 エルフというのは、そういう生き物だ。

 

「オメガさん……」

 

 これを伝えたかったというのなら、オメガさんの思いは私に通じた。

 胸を強く揺さぶる思いは涙となって、頬を滴り落ちる。

 

「世界って、こんなにも残酷なんだね」

 

 

 

―――………

 

 

 

 それから、ときのそらは立ち上がった。

 幼きラミィを丁寧に、そして優しい手付きで抱き上げる。

 

「ママ……ママ……」

「ふっ………」

 

 魘されるように繰り返し母親を求めるラミィの声に、ときのそらは肩を震わせた。

 堪えるような長い長い沈黙のち、口惜し気に噛んだ唇からひそかに嘆きの吐息を吐いて、ぐっと足に力を込めて背筋を伸ばした。

 

「オメガさん」

「……ここにいる」

 

 ずっと見守っていたのか、オメガは上空から滑らかに降りてきた。

 そしてときのそらの表情を見て、何も言わず母親が閉じ込められている氷山に近寄った。

 

「母親は私が持とう」

 

 権能を纏った一撃は、塵ひとつ残さず氷を砕き、微笑を浮かべる一人の死体だけ残った。

 死して魂一個分軽くなったとはいえ、抱き上げた手弱女は存外遥かに軽かった。

 

 その理由を知ってるオメガは、無性にやり切れない思いを感じた。

 それと同時に、この世界、そして創造神への憎悪が心の中を吹き荒ぶ。いっそ濁流のように感情が氾濫し、嘆きと憤激が溢れんばかりに湧き上がる。

 

「運命に殺されし悲劇の人よ、あなたの魂が安穏の光に包まれることを私は祈る。そして誓おう。いつしか誰も理不尽に幸福を奪われることのない理想郷を実現すると」

 

 心臓を掻き毟ってもまだ足りぬ、激しい怒りが燃え盛り、無意識に神威が発動する。

 だが次の瞬間、その剣呑さは凪いだ。月の瞳は、ゆるりと柔らかな弧を描いた。その視線は眠るラミィに向いている。

 

「運命に選ばれし月の民よ。いつしかあなたも運命の時がやってくる。選ばなければならない時がくる。だがそれまでは、このオメガの名の下に―――破壊の神たる私があなたを守ろう」

 

 

 こうしてもって、彼らは歩を進め始めた。

 オメガが先導を往き、ときのそらがその後ろを従う。

 

 しばらくして、遠目から見えた雪花家の屋敷は深夜だというのに明かりがついており、外からでも中の喧騒が窺い知れた。

 

 訪問を知らせるチャイムを鳴らせば、慌ただしく足音を響かせながら三人のエルフが雪民とともにやってきた。

 二人の来訪者を見て、直ぐにその腕の中に誰が横たわっているのかを察した。途端、相手の顔色がサっと変わる。

 息子と娘は今にも泣き出しそうに目を潤ませて、色を失った唇で名前を呼んだ。

 

母様(かあさま)、ラミィ……」

「雪山で倒れていたのを保護した。娘の方は眠っているだけだが、母親の方は……既に」

 

 オメガが辛そうに目を伏せればたちまち息子と娘が泣き出した。汪然と泣き崩れる二人に、雪民達が隣に寄り添う。

 ラミィを受け取った父親は二人の来訪者を屋敷に招いた。

 

「ラミィが居ないと気付いたのは、娘達の顔を見に部屋に訪れた時でした」

 

 物言わぬ骸となった母親をベットに横たわせ、父親はゆっくりと語り出した。

 この大きな屋敷は耳鳴りがするほど静まり返り、屋敷でさえもこの悲劇に心を痛めているようだった。

 

「そこには寝ていた筈のラミィがいなく、寝ていた息子と娘に問えばトイレに行ったきり戻ってこないと」

 

 父親の相手はオメガが請けおり、そらは口を挟まず、二人の会話に耳を傾けている。

 息子と娘の二人は泣き疲れて眠ってしまった。それでも、死んだ母親の側からは離れなかった。

 

「直ぐに屋敷中を探しました。けれども見付からず、もしかしたら外に出たのかと思えば、身も凍る思いをしました」

「夜は魔物達が闊歩しますからね。子供独りで出歩くにしては危険過ぎます」

「ええ。そして静かに探していたつもりでしたが、妻は私達の様子に気付いてしまったようで、我々が気付いた時にはベットはもぬけの殻でした。歩くことすらままならない筈でしたが、娘を想う気持ちは身体を越えたのでしょう」

「素敵な家族愛ですね」

 

 オメガはあまり口を挟まず、受け流すようたおやかに父親の話を聞いた。

 父親は話し疲れたのか、水差しから水を一杯飲んで喉を濡らした。そして今度はそちらの番だと、オメガを見る。

 

 もちろん、話せることと話せないことがある。オメガは何と話したものかと考えつつ、適当に嘘を交えるつもりで口を開いた。

 

「幻の花を探している道中、山中の魔獣達が俄に騒がしかった。縄張りに踏み込んだ訳でもないのに襲いかかってくる魔獣達を相手にしつつ、私達は山を歩いていた」

 

 そこで、急に氷山ができたという。

 その不自然さが気になり足を運んでみれば、倒れているラミィと氷山に閉じ込められている母親と雪熊達を見付けたという。

 

「恐らく母親の死がショックで暴走を起こしたのでしょう。娘は意識を失って倒れていた。どこも怪我はしてなかったが、母親の方は―――」

 

 そこでチラリと永久の眠りに微睡む母親を見た。つられて父親も見る。

 その死に顔は苦しい最期だとは思えない、夢の中程の穏やかな微笑み。

 

「―――あまりに綺麗な顔で、息を引き取っていた」

 

 母親はきっと自分の命と引き換えに、愛する娘を守り抜いたのだろう。

 泣き出す娘を安心させるため、晴れやかな笑みで最期を迎えたのだ。

 

 なんと美しく悲しい愛だろうか。

 なんと綺麗で尊い覚悟だろうか。

 やり遂げた微笑みはきっと、この世の何よりも価値のあるものだろう。

 

 全てを語り終えた時、父親は妻の名前――リリィを呼んで、目頭を押さえた。

 その父親の悲しげな表情を見て、ここらが頃合いだと判断したオメガは席を立つ。背中を向ける。

 本当はこのまま去ろうと思っていたが、気が変わった。

 子供を想う母親の愛に、オメガは己の母親を思い出してしまったから。

 

「私は少しばかり未来が分かる。その未来で、あなたの娘は種族問わず友人に囲まれて晴れやかに笑っている。だから安心してください。あなたの娘は、母親の死を乗り越えましたよ」

 

 オメガの柔らかな声音に、ダムが決壊したように父親は本格的に泣き出した。声は無く、涙だけが止めどなく溢れ顎から滴り落ちる。

 ここから先は無粋だと、オメガは父親に深く腰を折ったあと、そらを連れて何処かへと消えた。幻のように、跡形も無く唐突に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて朝が訪れた。昨日と変わらない朝がやってきた。朝日が雪を金色に燃やし、今日という日の始まりを告げる。

 昨日の出来事は唯の夢だったと願っても、現実は変わらなかった。母様は、と掠れた声で問いかけてくる息子娘に、父親は黙って二人を抱きしめた。声もなく、二人は再び泣いた。

 

 母親の遺体はオメガの手によって外見は修復されており、今も寝ているようにしか見えない。だが、もはや目覚めることはないのだ。

 

「お母様はどこ?」

 

 起きて早々、ラミィは父親に訊ねた。蜜を煮詰めたような虹彩には、長く続いた悪夢の出口を見付けたような期待と不安が揺れていた。

 

「悪い夢を見たの、お母様がラミィの顔を見て笑ったの。そこから急に、目の前が真っ赤になって真っ黒になって……」

 

 忘れている。

 いや忘れようとしている。自分のせいで母親を死なせてしまったことを、忘れようとしている。

 父親はそれを直ぐに悟った。

 

「……残念だけれど、お母様は亡くなってしまったよ」

「死んじゃったの?」 

 

 ぱっちり開かれたラミィの瞳に、あっと言う間に海が張る。震える声で問いかけた娘に、父親は正直に話すことはできなかった。

 もし死んだ遠因が自身にあると知ったら、娘はどうなってしまうか。

 きっと世の中の絶望全てを集めて煮詰めたような酷い味に、泣いてしまうだろう。死んでしまいたいと願う程、吐くように苦しいように、泣いてしまうだろう。

 そうしたらきっと、娘はこの先晴れやかに、楽しそうに笑うことなどできないだろう。この先永遠に自分のことを呪い続けるだろう。

 そう思えば、真実を話すことはできなかった。

 

「うん。病気でね」

 

 元より忘れたがっていることで、ラミィは父親の誤魔化しを素直に信じた。何も疑うことなく、実直に。

 

「見送りは盛大にしよう」

「うんっ、お母様が、……淋しくないように」

「ツウィルの花も沢山集めよう」

「うん、花の冠作ったら……ぐすっ、……お母様喜ぶかなぁ」

「そうだね。きっと喜ぶよ」

 

 泣きながら、ラミィは笑う。

 頑張って頬を上げて、目元を和ませて、精一杯、元気よく、母親を見送るために。

 

 

 ──葬式をしたとは言え、ラミィは母親の死を受け入れられなかった。黒魔術に手を出して、死人を生き返らそうとした。けれども、どれだけ理論を理解していても、肝心の霊力を放出することができなかった。できなくなっていた。

 家族の前では弱音を吐くことは無かったけれど、何度も読み返して皺のよったページと、ぽつぽつと残る涙の跡、そして『何でラミィは魔法が使えないの?』という涙で濡れた文字を見てしまった父親は、諦めろだなんて口が裂けても言えなかった。

 

 ──十数年後、黒魔術を諦め錬金術に手を出したラミィを見ても、父親は何も言えなかった。どうして母親を生き返らそうと必死に努力する娘を見て、不可能だから諦めろだなんて言えようか。それどころか、それ程までに母親を愛していた事を知って、父親は涙を禁じ得なかった。

 

 ──そして母親の死から二百年。

 今でこそ落ち着いたが、ラミィがもし真実を知ればどれほど悲しむことだろう。やっと母親の死を乗り越えたというのに、崖から背中を蹴り飛ばすような(むご)い真似をしてしまえば、もう二度と心の底から笑えなくなるだろう。そう思えば、父親は、兄姉は真実を打ち明けられなかった。

 

 いつかは打ち明けなければならないと知りながらも、我が家の末っ子を、姫を失うわけにはいかないと、彼らはこれからも騙し続ける。

 

 

 それはきっと甘く白い雪のように、降り積もった虚偽は苦く赤い真実を隠し続けるだろう。

 

 

 

 

 

 ああ、これが私の罪なんだね。

 

 お母様。

 

 

 

 

 ―――続けて、来たのだ。今日という日が来るまでは。




 雪花ラミィ
 お母様とは七歳の誕生日を迎えた日に魔法を教えてもらう予定だった。
 SAN値ピンチ! 次回に続く。

 ときのそら
 風真一刀流の使い手。ワザは『時視(ときみ)』。
 以下簡単な説明。
 単純な未来と仮定した未来を視ることができる。だが、何年も先を視ることは出来ない。
 愛刀は神器『時間之神(クロノス)』。権能は『ワザの拡張』。オメガが創った魂由来の神器。サブ機能として形態変化もつけてあるので、普段は星の髪飾りとして所持している。
 察しの良い読者はこう思うでしょう。つまり二百年後の現在で、ときのそらは少なくとも二百歳を越えていると。
 実際の年齢は風真いろはと同じ百歳代です。詳しくは『議会の戯れ』編(仮)で。

 雪花リリィ
 名前の由来は偉大なる母親、リリー・ポッターから貰い、そこからラミィの「ィ」をつけた。
 息子の名前は雪花レミィ。
 姉の名前は雪花ルリィ。

 オメガ
 このときはまだ自然の呪いは無い。詳しくは『議会の戯れ』編(仮)で。ちなみに左腕は義手。
 本文でオメガの権能の一つが『破壊』であることを書こうと思ったけれど、全然書けるタイミングがなかったからこうした。
 二つ目の権能のヒントは『人が死ぬ六ヶ月前にそれが分かる』こと。
 ちなみに三つ目の権能のヒントは空島ウロボロスと白銀イダス。

 またね!
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