白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 サブタイ昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵。

 full_pickingさん、ウーンいつもお世話になっております。さん、星9評価ありがとうございます!!
 ついにバーが染まって嬉しい限りです。(╹◡╹)ニッコリ

 ホロアースでヤマトファンタジアが開催されるようで、PVを見た感じ提灯って浮いてるんですね。その案使わせて頂きます。

 オメガの出番はまだ続きます。


第22話 夙夜夢寐

 あの事件で霊力の暴走を起こしたラミィは、二日程目を覚まさなかった。

 酷い熱に魘され、時々迷い子のような震える声で母親を呼んでいた。

 ラミィを心配する父兄に加え、ぼたんやポルカ、ねねも付きっきりで看病していた。

 

 もう目覚めないのかと不安になる彼女らだったが、二日目の深夜。息を潜む程星が綺麗な夜に、皆が知らぬ間にラミィはひっそりと目を覚ました。

 そしてそのまま、涙を流した。声は無く、目を眇めばツゥ、と雫が頬を伝う。

 

「お母様」

 

 漏らした声は湿気を帯びて。

 胸元を掴む手は震えていた。

 

「お母様」

 

 遠い過去に流した筈の涙が、二百年の時を越えて再び溢れたようだった。心が二百年前に戻ったようだった。

 

 人は死んだら星になる。

 大切な人を見守り、導く星になる。

 闇を切り裂く光となる。

 

「そんなのは、ウソ」

 

 人が死んだら星になる?

 馬鹿馬鹿しいこと他ならない。

 人は死んだら唯の物質。生体タンパク質の塊に過ぎない。

 魂だって幽霊になるか、輪廻の輪に加わることが証明されている。

 先天性虹彩異色症は誰かの生まれ変わりだと結論が出ている。

 

「それでも、ホントであってほしい」

 

 そう願ってしまうのは、目眩がするような孤独感に苛まれてしまうから。

 例え側に誰か居てくれたとしても、心の闇を払う光にはなれない。その人でしかその闇は払えない。

 

「お母様、お母様」

 

 窓の向こうに目をやっても、闇を照らす月は無い。

 晴れやかに笑う光は、二百年前に失われたきり、どこにもないのだ。

 

 ―――ラミィは自身の母親を、なによりも愛していた。父親よりも、兄よりも、姉よりも、そして自分自身よりも。

 だからこそ、真実を思い出してしまったラミィは深い自責の念に駆られていた。

 そしてラミィは、自身を蝕む病に身を捧げようとした。

 

 薄々気付いていたことだ。この病が母親のものと同じだということに。

 

(もし、これがお母様がラミィを連れていこうとするから、ラミィは抵抗しない)

 

 あの日あの時、ラミィは母親を死なせた。自分で殺したのと同じだ。

 もし勝手に屋敷を出ていなければ、母親はあと数日でも生きていたかもしれない。その人生に幕を引いたのは誰でもない己自身だった。

 

「お母様っ」

 

 ラミィの心はミキサーにかけたようにぐちゃぐちゃだった。蛇口が壊れてしまったように涙が溢れて止まらない。

 心臓がどくどくと鼓動する度に、全身から力が抜けていった。

 

 熱で潤む蜂蜜の瞳に光は無い。

 喪した眼は遠い過去の記憶を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段通りだと思う。

 何時もと変わらない雪花ラミィとしての言動。

 

 目覚めたラミィは熱に魘され、咳に肺を痛めながらも、見かけ上は変わらないように見えた。

 

 心配をかけてごめんなさいと謝る姿も。

 皆が無事で良かったと安堵する声も。

 

 だが、何とも言えない不可解な不安が頭の片隅にチラつく。

 父親と兄は気付いているのかどうか不明だが、ポルカとねねは明らかに気付いていない様子だった。

 ぼたんだけが、妙に心に引っかかっていた

 

 そんな中、その日の晩にぼたん達は執務室に招かれた。

 窓の外ではしんしんと雪が降っていた。月に照らされた雪景色は凛冽さを際立たせ、窓ガラスは氷と変わらぬ冷たさを持つだろう。

 部屋の隅では暖炉がパチパチと音を立てて、壁に四人の影を躍らせる。

 

「あなた方に、お願いしたいことがあります」

 

 開口一番、ラミィの父親はそう言った。

 

「ユニーリアに伝わる“幻の花”は知っていますか?」

 

 それは既に耳にしていたこと。ぼたん達は揃って首を縦に振った。

 

「その花はあらゆる病気の特効薬となるので、それを見付けてきて欲しいんです」

「もちろんです」

 

 異議を唱える訳がない。ぼたんを筆頭にポルカとねねはしっかりと頷いた。

 

 彼の花はツウィルの花とよく似ているんだそうだ。

 ツウィルと唯一違うのはツウィルの青色の部分が金色であること。

 どうか探して摘んできてくれないか、と頭を深く下げた父の頬には涙が静かに滴っていた。

 

「幻と呼ばれる程の花を見つけ出すのは至難の業です。私も息子も娘も、この二百年暇を見付けては探したけれども影も形も見付けられなかった。でも、それでも、あなた方ならきっと見付けられる気がして……っ」

 

 父の目はまっすぐぼたん達の目を見た。

 藁にも縋る思いで、神に祈るような目で見た。

 

「いつかこんな日が来ると思っていた。けれど妻と同じように娘を亡くしたくはない。もう、あんな思いはしたくないんだ……っ!」

 

 娘はまだ未来があると、渋みのある声が泣いた。

 

「一緒に過ごした時間はまだ少ないですが、もはやラミィは友達ですよ。そんで私達は友達を決して見捨てない。だから信じて待っていて下さいよ」

「おまるんの言う通り、ねね達は友達を見捨てない!」

 

 ポルカとねねが励ますように、拳を握って声を上げた。

 

「絶対見つけてみせます。信じて待っていて下さい」

 

 ぼたんも、獅子の鋭い眼で頷いた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 次の日の早朝、三人はユニーリアの山腹にいた。

 理由はもちろん、幻の花を見つけるためである。

 

「……首痛くなってきた」

 

 ぽつりと、ねねが溢した。仕方ないことだ。ずっと花を探すために下を向いて歩いてきたのだから。雪を踏み分ける足腰よりも首に疲労が来ていた。

 ねねは首を擦りながらぐるりと首を回し、『今何時だろう?』と疑問を口にする。

 

「もうすぐで五時半だね」

 

 ポルカがスマホで時間を確かめ、東の方角を見た。三人の頭上はまだ仄暗く、星の輝きもはっきりと見えるが、東の空は紫色に変わりつつあった。遥か下の斜面では白い霧が蠢いている。

 

「洞窟はまだ先かな……」

「ししろーん! まだ見えなーい!!?」

 

 一番前にいるぼたんにねねは大声で問いかけた。直ぐに少し先から『まだー!!』という声が響く。

 

「りょーかぁーい!!」

 

 ねねはそれに元気よく返し、『洞窟湖に咲いてると良いね』とポルカに言った。ポルカもそれに同意するように何度も首を縦に振る。

 

 不意に、ぼたんの呼ぶ声が聞こえた。少し興奮の色が混じってるそれに、遂に見付けたのかとねねとポルカは目を輝かせる。

 

「早く来てー!!」

「今行くー!!」

 

 坂道を駆け抜け、前方の霧の中に飛び込む。数歩分進んだところで、霧が晴れる。そして、ポルカとねねはそれを目にして、束の間息を忘れた。

 

 そこにあったのは。

 

「鳥居?」

 

 象形文字が刻まれた石門。それはヤマトの有名な朱色の鳥居に似ていた。

 その鳥居が星に導かれているように、ほんのりと照らされていた。

 

「なんか、声が聞こえない? 囁き声みたいな」

「そう? ねねは何も聞こえないけど?」

「ポルカも」

 

 ピクリと耳を動かして、集中して音を聴く。しかし先程聞こえた声は聴こえなかった。 

 

「勘違いだったかも」

「まぁそれはさておき、どうする?」

 

 鳥居の中には入らないよう、ポルカは近付きながら問いた。

 

「入ってみる?」

「みちゃう?」

「やっちゃう?」

 

 後ろ髪を引かれるような思いをしつつも、三人とも入ることにした。そもそも、幻の花があるとしたら、この鳥居の先にあるとしか考えられない。

 

 三人は無言で手を繋いで、鳥居の中に飛び込み―――。

 

 

 ―――目を開けると、顔に陽光を浴びていた。ユニーリアとは思えない温やかな陽の光が辺りを照らして、澄んだ空気が肺を満たした。

 

「ここは、どこ?」

 

 辺りは森。雪など何処にも無い。地面も雪ではなく土だった。

 明らかに、ユニーリアではない。

 振り返ってみれば、そこには鳥居が無かった。

 

「どうしよう……帰れなくなった」

「あれ転移ゲートじゃなかったのか」

「地図アプリで分かる?」

 

 スマホの地図アプリを起動して見たものの、『インターネットに繋がれてません』というメッセージが表示され、それ以上画面が動くことは無かった。

 よく見れば位置情報も取得できていない。つまりGPSが動いてない。

 

「やべ、これ思った以上にヤバいかも」

 

 転移した先はヤマトではなく、ユニーリアでも無いかもしれない。

 これからどうしようかと頭を傾げる中、

 

「なんかいい匂いがする~!」

 

 と、スンスンと鼻を鳴らしたねねは、その匂いを辿りに移動していく。ねねを一人にするわけにはいかないので、ポルカとぼたんはねねの後を追う。

 

「なんか……変だ」

「うん。ポルカもそう思う」

 

 まず、虫がいない。蟻一匹さえ足元には存在しない。

 草木もそうだ。針葉樹と広葉樹が混じり合って生えている。花も今の季節じゃないものが花弁を目一杯開いている。

 

 冒険者としての感が、少しずつ危険のアラートを鳴らし始めていた。

 

「鳥はいるのか」

 

 空を仰ぎ見れば、天高く鳥が飛んでいる。翼の形状からして鷲か何かか。

 

「風もなんか、規則的じゃない?」

「……確かに」

 

 ポルカの発言を確かめてみれば、風にはリズムがあった。自然ではそうはいかないだろう。

 

「誰かが記憶を頼りに創った世界、みたいな感じがする」

「待って! ポルカそれどっかで聞いたことある!!」

 

 立ち止まったポルカは、うんうん唸りながら体も捻り、熱が出るかもしれないほど頭を捻り、そして思い出したと面を上げた。

 

「神様が創る世界だ!」

「何だそれ」

「神様は自分の世界を創れるって聞いたことがあるんだ! もしここがその世界なら、神様を見付ければ元の場所に戻してくれるかもしれない! それに幻の花についても知ってるかも!!」

 

 嬉しげにポルカは言い募り、ぼたんも安心するように目尻を和らげる。

 希望が見えたのだ。

 

 下り道の先、先導していたねねが肩の高さまである茂みの前で止まっていた。

 茂みが風に吹かれて擦れ合い、耳障りな音を立てる。

 ねねは背後に立つ二人へと振り返った。

 

「ねねの勘がこの向こうに何かあるって囁いてる!」

「ふーん……まぁどの道進まなきゃならねぇんだ。ここはねねの勘を信じて進むか」

「任せろー!」

 

 ねねが茂みの中に踏み込み、その後をぼたんとポルカが追う。もし何かが飛び出してきてもいいように、ぼたんは銃を抜いて引き金に人差し指をかけた。

 

「あれ?」

 

 出し抜けにねねが言った。それに思わずぼたんとポルカの肩が跳ねる。

 

「探知魔法に何かの反応がある。や、反応が無いって言った方がいいのかな?」

「どゆこと?」

「なんか、そこだけポッカリ穴があいてる感じ」

「なんじゃそりゃ」

 

 ポルカが『わーおびっくり』とおどける一方、ぼたんは引き金に置く指に力を込める。

 その瞬間。

 

『早く来い』

 

 突然、前方から強く引き寄せられた。叫び声を上げる暇もなく、まるで何か巨大な手に捕まれているかのように、三人は茂みから追い出された。

 弾き出された茂みの向こうには青く澄んだ湖が広がり、波ひとつ立たない水面には、たなびいた白い雲が映っている。

 

「遅い」

 

 その淡々とした声は、水面すれすれに浮かぶフードを被った人物が発した声だった。

 

「一体どこで油を売ってたんだ? 延々と待ちわびた上に無駄な魔力を使ったぞ。我が神域にようこそ」

 

 その声と瞳は忘れもしない、オメガのもの。

 目の前に恐怖の対象がいると気付き、ねねとポルカは青ざめる。その反応を見て、相手が誰だかぼたんは悟った。

 

『全身真っ黒でー、めちゃくちゃヤバイかった!』

『オメガっつー神様で、銀鏡さん一度負けたらしいよ』

 

 以前に事の詳細を教えてくれた二人の言葉を思い出し、ぼたんは先手必勝と銃口をオメガに向け、引き金を引く。

 

「バカな真似はよせ」

 

 風を切り裂く銃弾は刹那、水中に撃ち込まれた銃弾のように緩慢となり、更にはみるみるうちに銀色の翼が生える。そしてあれよあれよと言う間に一羽の鳥となって囀りながら上空へと消えていった。

 

 嘘、と呻くぼたんに対し、オメガは人差し指を軽く曲げ、真下の湖を差す。そしてくるくると時計回りに指を動かした。

 

「ここは私が展開した神域。故に全てが私の思うがままだ」

 

 湖がバリバリと音を立てて凍り付く。

 逆に回せばジュージューと音を立てて蒸発していく。

 

「地上も、空も、何もかも」

 

 今度は空に人差し指を向け、時計回りに回す。と、快晴だった空がたちまち暗雲垂れ込み、壮絶な雷雨となった。

 今度は掌を上に向け、親指と人差し指と中指を曲げて軽く捻る。オメガが何か変えるような仕草をすると、荒れた天候は穏やかな雨となり、上から降る雨は金の雨になった。

 

「これ本物?」

「無論、本物だとも。ただ外には持ち出せ無いがな」

 

 疑念のこもったぼたんの問いに、オメガは首肯した。

 

「口にしてみるといい。お前達の好きな味に変えてある」

 

 キラキラと光る金の雨が凝縮して、ぼたん達の前に浮かぶ。

 恐る恐る口を開けて含んでみれば、確かに各々の好きな飲み物の味がした。 

 

「うちらに何の用? 殺すつもりはあるの?」

「殺すつもりはないし、用がある」

 

 オメガがすーっと近付き、しげしげとぼたん達を見る。

 

「この時が来るまでどれほど苦労したことか。運命というのはやはり面倒だ。やりたく無いこともやらなくてはならなくなる上に、遠回りする必要もある……お前達全員を生かし、かつこの場所に向かわせる為に、私は何度不要な手間と無駄な時間を割いたことか」

 

 オメガはそこで溜め息を吐き、ぼたんを見つめる。

 

「獅白ぼたんよ。髑髏島では危うく喰われそうになったな」

「……どっからか見ていたんですか?」

「私も髑髏島に居たからな。そして尾丸ポルカよ」 

 

 ピクリとポルカの肩と耳が跳ねた。

 オメガはその耳と尻尾を見て、どこか懐かしげに目を細めた。

 

「髑髏島ではくじらが世話になったな」

「けしかけたの!!?」

「ああ。そして桃鈴ねねよ。お前は……」

 

 自分は一体何を言われるのか、ねねはゴクリと唾を飲み込んだ。

 思えば、先程の匂いもそうだ。勘もそうだ。

 さながら糸で導かれているように、自分はここに連れてこられた。

 もしや、己の大分深いところまで関わっているのか、と悪い方向へと思考が転がる。

 一方オメガはなんと言ったものかとあぐねるように閉口し、そのまま数秒沈黙が降りる。一体何があるのかと、ねねの緊張が頂点に達した頃、オメガは意を決したように口を開いた。

 

「特にないな」 

「何もないんかーい!!!?!!?」

 

 『息をするようにボケをかますねねちが突っ込みに回るなんて、コイツできる!!』と別の意味で戦くポルカはさておき、ぼたんは驚愕故か掠れた声でオメガを呼んだ。

 

「あの、一体どこからどこまで貴方の策略なんですか?」

「始めから、と言えばそうであるし、終わりから、と言えばそれもイエスと答えられる」

「意味が分からないんですけど」

「過去を変えるというのは今を変えるのと同義。それ即ち未来も変わるのと等しい。ならば未来を変えるというのは過去を変えるのと等価。私は未来からの逆行者でもあり、過去からの来訪者でもある」

「さっぱり分からないんですが……」

「分かる必要はない。ただ私の言う通りにすれば良いだけだ」

 

 のらりくらり、と。

 オメガは真摯に答えるつもりはないのか、煙に巻くような言い方しかしなかった。

 

「さて、お前達をここに集めたのは幻の花こと、金のツウィルを持って帰って貰うためだ。さもなくば雪花ラミィの命はなく、従って私も……あー、非常に困ることになる」

「どうしてそこでラミィちゃんが出てくるんですか? それに貴方が困る意味が分からない。因果関係をはっきりさせて下さい」

 

 ぼたんはどこかむっとした言い方をして、少し語尾を荒らげた。

 というのも先程のセリフで、まるで自分達は操り人形のような駒でしかないと、言外に言われたかのように思えたからだ。

 

「雪花ラミィは少し遠い未来で、運命の選択が訪れる。そこまで生きて貰わねばならん。放っておいても死なないならそれで構わないが、運命というのはたちが悪くてな、大抵悪い方向に転がるのだ」

「貴方が困る理由は?」

「私の目的に必要な物を持ってるからだ」

 

 じれったそうに、オメガはそこで切り上げた。そこには半分苛立ちも含まれているのだろう。オメガはジロリとぼたんを軽く睨んだ。

 

「話は以上だ。もう現実世界に戻すぞ。私の魔力も枯渇し始めている。よいか? 金のツウィルはお前達のすぐ側にある。見付けたら蜜を飲ませてやれ」

「ちょっと! まだ聞きたいことが山程―――」

「帰れ」

 

 取り付く島もなく、ぼたん達は元いた場所に戻された。今頃地団駄踏んでいそうである。

 そしてオメガはひと仕事終えたような疲労感に溜め息を吐いた。魔力の供給をやめたのだろう、神域の終わりが目に見える形で現れた。

 

 空が灰色にくすみ出し、世界の端から崩壊が始まる。

 様々な色が滲み出し、地平線がほつれ、褪せて埃となって舞い上がる。

 草木は虚無に還り、動物も体が崩壊して灰となって消える。

 灰と埃が舞い上がる空も、雲が溶けて空そのものが溶け出した。

 命を失う恐怖に動物達は叫び声を上げることはなく、それが運命だと受け入れたかのように、ただ沈黙のまま消えていく。

 オメガによって生み出された全てが、用済みとなって消えていく。死んでいく。

 最後に、太陽が瞬いて消え、漆黒の闇が世界を覆い、遂には恐ろしい程の無音で、世界が閉ざされた。

 

「久方ぶりに、ここまで魔力を使ったなぁ……」

 

 全身にのしかかるような倦怠感。エルフを更に上回る程の魔力の持ち主でも、神域を創造し、維持し続けるには枯渇寸前まで魔力を使う必要があった。

 話すだけなら別に虚像世界でも良かったが、重大な懸念があったのだ。

 

「終わりましたか?」

「ああ。待たせたな、(ゼット)

 

 そもそも、神域を展開した場所はシークレット・アーカイブ・ユニットの本拠地、空島のウロボロス。

 転移門から飛んだ先のウロボロスで、予め神域を展開しておけば本拠地がバレる恐れはない。

 そして何よりも、目の前に座る人物が彼女らに見つかる訳にはいかなかった。

 

「では、早速戦略を練りましょう。あまり時間がありません」

 

 オメガの前に座るゼットと呼ばれた人物。

 それは、

 

「『最強』を殺すために」

 

 白銀騎士団副団長、銀鏡チヒロだった。

 

 

 

 

 

 

 

 話はあの事件の日まで遡る。

 神の覇気によって世界が静まり返ったあの日、破壊神がユニーリアに訪れた時だ。

 

「さぁ、答えを聞かせて貰おうか」

 

 オメガがこちらに手を出すのを、チヒロは冷静に見つめていた。

 学会襲撃時に訝しげに思っていたことが解決した今、最早オメガと命を削る戦いをする意味は無くなった。それに、チヒロは恐らくと思えど確信していた。オメガと名乗る人物の正体に。

 

 フードの闇から偶に覗く、金の瞳に紫のメッシュが入った銀髪。

 そんな特徴を持つ種族はチヒロが知る限り一つしかない。

 

 すなわち。

 闇の一族こと―――神の天敵。

 

 しかし、かの星は遥か昔に滅ぼされた筈。

 だが、滅びる前に星を脱出していたら? この星に訪れていたら?

 今までこの惑星に訪れたダークネスの名前を冠する者は、二名のみ。

 ならば、自ずと答えはひとつに絞られる。

 チヒロは、その人物について知っていた。

 

「良いでしょう」

 

 オメガとその仲間以外目撃者がいない今、その答えを出すのに躊躇いは無い。

 

「私の目的は知っていますね?」

「無論」

「では、交換条件です。手伝って下さい」

 

 チヒロは歩を動かし雪を踏み締め、そしてオメガの手を取った。

 

「了解した」

 

 こうして、チヒロはオメガの仲間となった。いや、仲間というよりかは同盟を組んだと言った方が合っているか。

 

「お前のコードネームはゼットだ。以後ゼットと名乗れ。あと通信用のこれも渡しておく」

「分かりました」

 

 オメガが『Z』と刻まれたペンダントを渡し、チヒロはそれをしみじみと見る。そのペンダントはかつて盗まれた物だった。盗まれたことを怒るべきか、それとも今まで捨てずに持っていてくれたことを感謝すべきか、チヒロは悶々とした気持ちを抱えながら懐に仕舞った。

 

「早速一つ頼みたい。彼女らに青い三角形の石を持っているか訊いといてくれ。透き通るような青い色だ。もし持っているようだったら、肌見放さず持っておくよう伝えておいてくれ」

「別に構わないですが、一体何に?」

「鍵穴になるんだよアレは。神界の門の鍵穴にな」

「なるほど?」

 

 それはまるで空を凝集したかのような澄んだ石。

 その石は混沌の前兆、数多の流星群が夜空を彩った日に墜ちてきた。

 

 それが鍵穴だと言うのなら、門を開けるための鍵は恐らく―――混沌の具現、ハコス・ベールズが持っているのだろう。

 

 

 

 世界に混沌が訪れる日は、そう遠くはない。

 

 

 

―――………

 

 

「まったく何なんだよアイツは」

 

 珍しく、本当に珍しく、ししろんはそう地団駄を踏んだ。厳密には踏むというかグリグリ抉る感じだけど。やり場のないイライラを、足元の雪に八つ当たりしてる。

 でもまぁ、ポルカも分からなくもない。オメガはきっと、人を駒としか思ってない。いやでも、ラミィちゃんのこと心配してたから、案外そうじゃないかも? なんだアイツ考えると面倒臭ぇ奴だな。

 

 それはさておき、ししろんの宥め役はねねちに押し付け――ゲフンゲフン、任せて、ポルカは今居る場所を確かめよう。

 ササッとスマホを取り出して位置情報を見て、ホッと一安心。ポルカが居る場所を示す赤いピンはユニーリアにあった。ポルカ達は無事、ユニーリアに戻ってきたみたいだ。

 

 ふぅ、と安堵のため息を吐いて顔を上げれば、ねねちが毛を逆立ててるししろんの肩を叩く所だった。

 

「まぁまぁ、落ち着いてししろん。あの人終始自分勝手だったけどさ、ラミィちゃんの病気を治せる花の場所教えてくれたじゃん」

「……むぅ」

「ね? きっとそこまで悪い人じゃないかもしれないよ?」

「……」

 

 ねねちに宥められ、ししろんは足元の雪を虐めるのをやめた。これには雪も(╹◡╹)ニッコリ。

 チラッとししろんの顔を見れば、唇が真横に一筋結ばれていて、納得……してなさそうだな、あの顔。

 

 でもししろんは大人だからね。頭をガシガシ掻いてフン、と鼻息を立てれば、しっかりと心の澱みは飲み込めたようだ。

 

「おっし。探すか」

「おー!!」

「しゃー!!」

 

 ──金のツウィルはすぐ側にある。

 確かにオメガはそう言った。

 でもまさか、本当にすぐ側にあるとは思わなかった。

 

 辺りを見渡そうと、すぐそこの丘の上に登った時、目の前にはツウィルの花が一面中に広がっていた。

 風が吹き荒び、ザァアッとツウィルの花を揺らす。些か風が強かったのか、幾つもの花弁が空を舞い、まるで桜吹雪のように辺りに散った。

 

 その光景の美しさたるや、人の心の柔らかいところを、こう、キュッと締め上げてくる。

 

(これは正しく──)

 

 それを見た瞬間、ピカ○ュウの十万ボルトに匹敵するんじゃないかと思う程の衝撃がポルカの頭を貫いた。

 

 そして、閃いた時の衝撃が壮絶過ぎて忘れた──

 というボケてのアレはもちろん無かったよ?

 

(それはまるで夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めだった)

 

 と、ポルカが心の中であの名シーンを視聴してる中、ぼたんは徐ろに丘を下り始めた。

 

「凍らない湖ってなんなのかって、疑問に思ってたんだ。湖は水からできてるんだから、普通は凍るはずだよね」

「お、そうだな」

「じゃあ凍らない水って何なのかって考えたら、まぁ人の手が入ってるのかなって考えるよね。魔法とか錬金術とか」

「お、そうだな」

「でも人が介入してる湖で金のツウィルが採れるなら、幻の花だなんて呼ばれないよね。直ぐに見つかるだろうし」

「お、そうだな」

「真面目に聞いてくれる?」

「お、そうだイッタぁああい!!?」

 

 ジト目で耳を抓られてるねねちに、ポルカはm9(^Д^)プギャーと煽ってみせてやる。人を食うようなことしてるからそうなるねん。

 

「で、そもそも湖じゃなければ、凍る事もないって思ったんだ。きっと幻の花を見付けた人が、このツウィルの青い花弁を湖に喩えたんだろうって」

 

 そこでぼたんは視線を下に向けた。

 風によって散らされたツウィルの青い花弁が集った様子は、まさに湖のようだった。

 

「だから、ホラ──」

 

 ぼたんが差した方向を見る。

 そして、刹那、時を忘れた。

 

 夜明けを告げる星の輝き。

 青い湖に凛と咲く一輪の花。

 

 真夏の晴れた空のような色の上に、

 

 

「見ぃ付けた」

 

 

 金色の花弁が、誇らしげに揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけ死を願っても、誰かに生きて欲しいと請われれば、結局生きたいと思ってしまう。

 けれどもそれは、生きたいではなくて、生きなくてはってこと。生きる希望は無く、死ぬ理由を封じられただけ。

 

 請われるままラミィが金のツウィルの蜜を啜ったのは、それだけの話だ。

 

 ラミィが生きれるという嬉しさのあまり、尾丸ポルカと桃鈴ねねの両名は『ソイヤ! ソイヤ!!』と音頭を取って『エイヤーサーサー!!』と叫んで屋敷中をぐるぐる走り回った。喜びの表現の仕方が特殊過ぎるぜこの二人。

 

 ぼたんが『取り乱し過ぎだろ』とツッコむも、二人は息を切らしながらも、叫ぶ。

 

「「だって!!」」

 

 二人の語る目はきらりきらりと、星屑のように輝いて。

 嬉しさで緩む口元から、感情が飛び出した。

 

「「ラミィちゃんのこと好きなんだもん!!!」」

 

 その言葉が、ラミィの心を曇らせたとは知らずに。

 

 

 母親が好きだから、母親は死んだ。

 ラミィが好きだから、ラミィは生きた。

 

 

 あえて言葉にはすまい。

 しかし一言言うのなら、世界はやはり残酷だ。




 雪花ラミィ
 サクッと病気は治っても心の病が治ってない。
 次回に続く。

 ハコス・ベールズ
 首から金の鍵を下げている。

 銀鏡チヒロ
 白銀騎士団団長、白銀イダスを殺したい。
 元々、『最強』を殺すために白銀騎士団に入団した経緯がある。詳しくはいずれ。
 
 オメガ
 言ってる事が全て本当の事だとは限らない。
 髑髏島に居たのはオメガであって、オメガじゃない。
 ちなみに、異界を構築する術名は、『開闢・神域展開』。開闢の部分は卍解のように叫ぶ系と呟く系で分かれる。オメガはどちらかと言えば後者。某死神は友達のサメにより、前者をせがまれてる。だって同じ死神だから。

 転移ゲート
 呼び方は転移門、ゲート、門、ポータル、と色々ある。
 基本的に二つの地点を繋ぐもの。
 有名な物はキョウノミヤコにある荘厳で巨大な赤い鳥居。何故あれ程巨大なのかを知るヒトビトは少ない。

 開闢・神域展開
 己の権能を抽象化した世界(理りの乱れこそが権能)が展開されるが、世界を書き換えて動植物などの具体的な創造も可能。神域中は某呪術界のように必中必殺。抗うには同じく神域を展開する必要がある。
 しかし、神域の展開は勝手に続いてしまう。宇宙がダークエネルギーによって膨張し続けているのと同様、術者の意思関係無く魔力を喰らって世界を広げ続けようとしてしまう。
 ちなみに、ダークエネルギーの正体は現在も不明だが、「素粒子理論」と呼ばれる物理学の分野では心当たりがあり、クインテッセス(第五の元素)と呼ばれる粒子がそうではないかとされている。ただし、見つかってないし、計算結果と合わないという指摘がある。他にはダークエネルギー自体が存在しないという説もある。
 ダークエネルギーの正体に関して、いずれ本編に出す予定です。
 
 ちょっとした伏線回収。
 物理の二大悪魔と言われるラプラスの悪魔とマクスウェルの悪魔。前者を示している人物は言うまでもなく秘密結社holoxの総帥である。ではマクスウェルの悪魔とは誰を指すか? それは『宝鐘』編第4話でマリンの父親が幹部といろはに話した通り、ニブルヘイム時代の魔王と呼ばれた超越的存在を示す。前述した通り、ラプラスの悪魔とマクスウェルの悪魔は物理の二大悪魔という共通点があり、これは同じダークネス一族であることを示唆していた。
 この二人だけが、地球に訪れたダークネス一族である。
 以上、約10ヵ月ぶりの伏線回収でした。
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