白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 今話は裏側の話が主です。
 伏線回収及びホロライブエラーと関連します。

 『ツウィルと雪の花』編はおそらく次で最後です。終わったら皆様が待ち望んでた桐生ココと天音かなた、そして白銀シエルの話を書きます。
 ただ、やることがあるので次回の更新は遅くなると思います。

 どうでもいいけど、Dr.ストーンの二次書きたい。

 7月12日8時39分名前の訂正ガンマ→デルタ


第23話 どう願っても夢は現実にはなれない

 雪を見る度に、胸を強く締め付けられる。

 カーテンで窓の向こうを遮断しているせいで、昼間なのに部屋は薄暗い。

 そんな薄暗さの中で、ラミィは机の上に置いていた写真立てを手にしていた。

 

 二百年前に撮った家族写真。

 一番幸せだった時間が、ここに切り取られている。

 

 母親の切れ長の目が和むように緩み、うっすらと紅が乗る艶やかな唇は穏やかに上を向いている。腰まで流れた青い髪はユニーリアの白水めいて、まるで息を呑むような神秘さがあった。白樺の精のよう肌は触れれば折れてしまうと疑うほど細い。

 穏やかに笑みを浮かべる母親に抱かれる形で、幼いラミィはカメラに向かって満面の笑みでピースをしていた。

 

「お母様……」

 

 写真の中の母親をなぞっても、触れる感触は人の温もりに非ず。ただ保護用に覆っている硝子の硬さしか与えない。

 それでも触れようとカリカリ掻いても、虚しさばかりが募る。

 

 ポタリ、と。

 涙が一滴、写真に落ちた。

 またポタリと、写真に落ちる。

 

 お母様、と呟き祈るように写真を額付けたところで、

 

「ラミィちゃん?」

「っ!!?」

 

 意識の外から声がかかった。ポルカだった。

 慌ててラミィは涙を拭って写真立てを毛布の中に隠すも、もはや遅すぎた。

 

「ごめん勝手に入って……でもノックしても返事が無かったから不安になっちゃって」

「あっち行って。出て行ってください」

 

 酷い事を逝ってる自覚はある。けれどそれよりも、今の姿を見られたくはなかった。

 毛布を頭から被り、そのまま部屋を出ていってと願うものの、一向にポルカは動く気配はない。ラミィがもう一度声を上げようとしたところで、毛布の上から優しく抱きしめられた。

 

「やめて!!」

 

 吐き出された拒絶の声は、怪我をした猫が威嚇するような声に似て、滲むような必死さがあった。

 腕の中で暴れだすラミィに対し、ポルカは名前を呼んでぎゅっと抱きしめる。

 

「ラミィちゃん」

 

 嫌だ放して、と声を上げて逃げようとするラミィを、力一杯抱きしめる。そして泣いてぐずる子を落ち着かせるように、毛布の上から頭を撫でた。

 

 何があってラミィが心を乱しているのかはポルカは知らない。けれども、どうにかその心を休めさせてあげたかった。

 

「大丈夫だよ、ポルカはここにいるから」

「やめてよ、そんなこと言わないでよ」

「ポルカはラミィの味方だよ。何があっても、ポルカはラミィの味方だよ」

 

 頭を撫でる手付きに、母親の事が蘇ってしまえばもうお仕舞い。ラミィの閉じた心は容易く緩んだ。

 恐る恐る、毛布の外に目を出せば、ポルカの綺羅星のような瞳がラミィを見詰めていた。

 

「……ほんとうに、ほんとうにラミィのこと嫌いにならない? ラミィの味方でいてくれる?」

 

 たっぷりと。

 家族の愛を一身に受けた幼な子のように、ラミィは喉を震わせた。

 その縋る様な視線を受けて、断れる筈がない。元より嫌いになる訳が無いが、ポルカはしっかりと頷いた。

 

「ラミィのせいなの」

 

 そう言って、ラミィは堪えきれない何かを吐き出すように、喉を震わせる。

 そして、しっとりとした雨のようにぽつぽつと話し出した。

 

「ラミィのお母様は二百年前に亡くなったんです。病気だと、お父様やお兄様達は言いますが」

 

 ラミィは体を丸める。

 あの日に戻ったかのように、幼い自分になる。

 ポルカへと全身を凭れかかせ、力無く蹲る。

 

「ラミィなの」

 

 あの日に戻りたい。

 あの幸せだったあの日々に。

 

「お母様を殺したのは」

 

 

 

 ――白樺の精のような、とても美しい人間だったという。

 吐くように呟かれる千切れ千切れの言葉と思い出を繋ぎ合わせ、そして想像する。

 きっと、ラミィが母親と過ごしたその七年間は、どんな金銀財宝にも勝る宝石なのだと。

 

 ――白百合のような、儚さになってしまったそうだ。

 昨日までのラミィと同じ病を患い、床を出て庭を歩くことすら難しくなり、少し出歩くことで息切れするようになった。

 そして遂にはベットの住人になってしまったそうだ。

 

 このまま死を待つしかない母親に、ラミィはとどめを刺したと語る。

 

「今でこそ本当と言えますが、嘘かホントか分からない花を探しに真夜中に屋敷を飛び出して、ラミィを探しに来させた」

 

 ただただ、ラミィは嘆く。

 

「ラミィが家を出なければ、お母様は探しに来なかった。まだ数日でも生きれた。ラミィがお母様を殺したのと同じなんです」

 

 屋敷を出なければ、両親の寝室の前を通らなければ、夜トイレに起きなければ―――そうして遡った結果。

 

 息を詰まらせ、窒息するかのような息遣いの後、絞り出した声は驚くほどか細かった。

 

「ラミィなんて、産まれて来なければ良かった。こんな女なんて産まれて来なければ、誰も傷付かずに済んだのに」

 

 自分を蔑ろにするほど、ラミィは母親を愛していた。大切に思っていた。

 あの日母親を失ったきり、ラミィはずっと夜の闇の中にいる。母親はラミィを照らす月そのもので、どうしょうもなく、ただ愛していた。

 

 ラミィの心を知って、ポルカは黙ってラミィを抱き締める。

 もう何度その口を塞ごうとしたことか。吐き出される真実は、ラミィ自身を残酷に切りつけて、その痛ましさに耐えかねた。

 今のラミィは、ナイフで滅多刺しにされた人形と同じだ。

 

 既にポルカの涙腺は決壊寸前。なんならちょっと漏れている。

 鼻水をだばーっと流してるポルカは、ズゥウウッッと鼻水を啜って、ラミィの背中を擦る。

 

 何と美しい家族愛だろうかと、そう思ってしまえばポルカはその尊さにやられて遂に涙腺が破壊された。

 

 どばーっと涙を量産するポルカは、ちょっと引いてるラミィに抱き付き、頬を寄せる。思わず眉を顰めるラミィに構わず、ぎゅぅううっと抱き締めた。

 

「うぉおおおおんんん!!! ラミィちゃあああああん!!! うおおおおおんんん!!!」

 

 夜を引き裂くポルカの泣き声は、どこぞの獣の咆哮にも聞こえた。そんな咆哮にしゃっくりが混じるまで数分、そこから落ち着くまで更に数分を費やした。

 そうしてやっと、ポルカはまともに口を開いた。

 

「ポルカはラミィちゃんに会えて幸せだよ。ねねちもししろんもラミィちゃんといられて幸せだよ。幸せに決まってる。それなのに、ラミィちゃんは違うの? ポルカ達に会わなければ幸せだった? どうでもよかった?」

「……ううん、違う、違うよ。みんなと会えて嬉しかった。久し振りに、はしゃぎ回った気がします。けれど、ラミィがいなければ、あの日ししろんが怪我をすることも無かったって、思っちゃうんです」

「そんなの気にする必要はないよ! うちらは冒険者だもん。何時だって死ぬ覚悟は出来てる。まぁだからといって死にたくはないんだけどさ」

 

 そこで、ポルカは遠い記憶を手繰り寄せるように、視線を彷徨わせた。

 

「昔ね、ポルカは早く死にたいって思ってたんだ。年を取って何もかもが衰えるお婆ちゃんになって死ぬよりかは、若いうちに死にたかった」

「?」

 

 突然のポルカの自分語りにラミィは困惑したものの、黙って耳を傾ける。

 

 ポルカが手繰り寄せた記憶の糸は、灰色をしていた。

 

「けどね、ししろんが言ったんだ。『長生きしたら、アタシとねねちゃんともっと一緒に遊べるよ』って」

 

 そう言って、彼女はいつも通りカカカッと笑ったのだ。何てことも無さげに、笑ったのだ。

 

「今はラミィちゃんも居る。だからうちはもっと長生きしようと思った。この世界で、ポルカは皆と冒険したい。色んな場所を皆で周りたい」

「……」

「ラミィちゃんが居なければ、ポルカはきっとあと数十年生きたら死んでいた。けれどね、ラミィちゃんエルフだからさ、ラミィちゃんを独りにしないためにも、一緒に遊ぶためにも、あと数百年は生きるぞ! って思ったんだ」 

 

 ねぇ知ってる? と。ポルカは、ラミィの顔を両手で挟んで目を合わせた。

 

「ラミィちゃんはさ、ポルカの人生を何十倍にも伸ばしたんだよ。これってさ、視点を変えれば人の命を数人分救ったことにならない?」

「……そう、ですか?」

 

 ラミィの迷うような視線に、ポルカはしっかりと頷きを返した。

 

「そうだよ! だからさ、もう産まれてこなければ良かっただなんて、もう二度と言わないで。ラミィのお母さんも、絶対そう願ってる」

「……お母様も、そう思ってる? 絶対って、ラミィのお母様を見たことも話したことも無いのに、そう言いきれるの?」

「当たり前だよ!!」

 

 ポルカは、はっきりと口にした。

 それどころか、眉は険しく怒りの形相をどこか浮かべていた。

 

「じゃなきゃ病を押して出歩くもんか!! 今の瞬間に死んでも良いって思った筈だよ!!」

「どうして、そんなこと」

「どうしてって、ラミィちゃんのこと“()()()()”からに決まってるから!!!!」

「っぁ」

 

 母親の死に顔を思い出す。

 痛みの中で死ぬとは思えない程の、晴れやかな笑み。

 

「一度も! ただの一度もお母さんから“愛してる”って言われたこと無かったか!!? 無い筈だろ!!」

 

 もう泣ける涙は残ってないと思っていたのに、ボロボロと涙が溢れて止まない。

 ラミィは、嗚咽混じりの返事を返した。

 

「あったよ」

 

『ラミィ』と、あの時母親は名前を呼んだ。

 子守唄に似た、とびっきりの優しさしかない声音でラミィの名前を呼んだ。

 そして、『愛してるわ』と母親は笑って死んだのだ。

 

 あの笑顔は、本当に嬉しい時にしか見せない表情だった。

 それをあの時に見せたのはきっと、娘を守れたからに違いない。

 今更ながらに、ラミィはそれに気付いた。

 

「ううっ、うあっ」

 

 溜まらず、ラミィは両手で顔を覆う。

 目の奥が燃えるように熱い。

 こらえるように瞼をぐっと閉じた。

 

「ああっ」

 

 それでも、瞼の裏には母親の顔が浮かび続けて、涙と嗚咽が堰を切って止まらなくなる。

 

「お母様っ」

 

 冷たく固まっていた心臓が、ドクドクと鼓動を鳴らす。生きてるよ、と命の息吹きを訴える。

 

「死なないでほしかった、もっと一緒に居たかった、もっと、ずっと、ずっとずっとずっと」

 

 温やかな涙が、はらはらと降る。

 

「ラミィの大きくなった姿、見せてあげたかった。一緒にお酒を飲みたかった」

 

 ポルカの優しい手が、ラミィの頭に触れた。

 

「愛してるよ、お母様っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「この世にね、産まれちゃいけない人なんて居ないんだよ」

 

「だからね、ラミィちゃん」

 

「産まれて来てくれて、ありがとう」

 

 星の輝きを持つ女は、そう笑う。

 道導であった母親の代わりに、今ここに光が差し込んだ。

 

「私達と出会ってくれて、ありがとう」

 

 その一言は、北極星のように輝いて、夜を彷徨う彼女の手を引いた。

 

 

 

―――………

 

 

 

 繊月が照らすポイント・アルファ。

 その広大な砂漠に浮かぶ浮島。

 自らが建てた教会の中で、オメガは手元に目を落としていた。

 

「はてさて、どうやら無事立ち直ったようだな」

 

 そう呟いたオメガは、タブレットから目を離す。

 開かれたページに書かれた『雪花ラミィ』の文字の下、今日の出来事が書かれていた。

 オメガが『雪花ラミィ』の文字列から指を離せば、たちまち文字が崩れて動き回る。

 タブレットの電源を落とせば、部屋には月の光だけが灯りとなった。

 

 そんな夜の静寂さを、俄な騒ぎが引き裂いた。

 

「侵入者めー!」

「覚悟ー!」

「違いますって!!」

「逃げるなー!」

「うわっ危ない!」

 

 直後、ボスンとぶつかる音。

 音からして、ゼットにぶつかったのだろう、

 

「何やってるんだあいつらは……」

 

 聞こえた三人分の声のうち、二つは幼い子供の声。

 イータとシータだろうな、とアタリを付けつつオメガは部屋の外に出ると、やはり想像通りだった。

 

 薄暗い廊下の先、壁に凭れているゼットの腕の中にイータとシータがしがみいていた。

 やはり廊下を曲がりきれなかったイータとシータを受け止めたらしい。

 

「「見て見てあるじー! 侵入者捕まえたー!!」」

「どちらかと言うと私が捕まえてるんですけどねっ!!」

 

 褒めて褒めてと顔を綻ばせるイータとシータ。背中に生えている天使と悪魔の翼も、嬉しそうにパタパタとはためいている。

 一方ゼットは困った声をしていた。相手が子供だからか、あまり強気に出れないようだった。

 

 じとーっとした目で見てくるゼットの視線を無視し、オメガはイータとシータの頭に両手を置いた。

 

「悪いが二人が捕まえてるそれは我々の仲間だ。離してやってくれ」

 

 オメガがそう諭せば、イータとシータはしぶしぶとゼットから離れる。解放されたゼットというと、何かしらいいことを思いついた様子で、ピコーン! と尻尾を立てた。

 

「そもそも私狐の獣人ですからね。侵入者とかいう鼠じゃないんですよ!」

「「あははっ! くそ面白くなーい!!」」

「フグぅ!?」

 

 ゼットは両膝を床に突いた。

 

「さ、流石オメガの部下……子供なのにこの私にダメージを与えられるとは………そうか、くそ面白くないか……」

「「いつか良いことあるって」」

「その言葉のナイフ危ないからしまっとけ?」

 

 子供って残酷だな、と独りごちるゼットはさておき、このまま廊下に屯してても意味は無い。

 オメガは三人に声をかけ、話し合いに使う場所まで移動する。

 

 巨大な逆さまの十字架の前、真っ赤な円卓の『Ω』の席にオメガが座ると、イータとシータも自身の『Η』と『Θ』の席に飛び乗るようにして着席する。

 

 さて、ここで問題となるのがゼットが座る椅子である。

 

「私はどこに座れば?」

「お前は立ってろ」

「はーん!? なら勝手に椅子作っちゃうもんね!! オメガよりも豪華の作っちゃる!!」

 

 途端、床一面に広がる錬成陣。

 宣言通り、とても豪華で大きな椅子を作るつもりだったらしいが、オメガによって散らされた。

 

「最後まで話を聞け。お前はまだ仲間に紹介してないから、終わったら椅子を用意するつもりだ。それまで立ってろという話だ」

「なんだー、疑ってごめんねー」

 

 ヒラヒラと片手を振ってヘリウム並の軽さで謝ったゼットは、キョロキョロと周囲を見渡す。好奇心故か、今にもあちこちと歩き出しそうである。

 

「じきに刻限となる。あまり離れるなよ」

「かしこまー」

 

 既に今いる世界は虚像世界。空間がやたらと揺らいでいる以外は現実世界と変わりないので、ゼットはふんふんと声を漏らしながら徘徊する。先程はイータとシータに出くわしてあまりじっくり見て回れなかったのだ。

 

 そんな中、どこからか鐘が五回鳴った。

 

「お? そろそろ戻るべきですかね」

 

 来た道を逆戻りし、円卓へと戻ったゼットはどこに立ってようかと暫し悩み、結局オメガの隣に立つことにした。ここならきっと間違いじゃない。

 どこかソワソワした様子で待っていると、一人二人と黒のフードを被った人物が現れ、続々と円卓に座り、そして計五人の人物が集まった。

 

 それを確認したオメガは虚像世界を拡張し、この場にいる全員を虚像世界へと招き入れた。

 そうなればオメガの隣に立つゼットが皆に見られる訳で、正体が不明なゼットに内心首を傾げる者が多かった。しかしそれと同時に、何故招集がかかったのか理解した。

 

 点呼が終わってそうそう、オメガは本題に入る。

 

「さて、今回集めたのは皆の察しの通り、コイツの紹介だ」

「初めまして皆様方、私のコードネームはゼットと申します」

「まぁ、見ての通り『白銀の仙狐』だ」

「コードネームの意味は!!?」

 

 顔を見せられない以上、ゼットの正体は遅かれ早かれ気付かれることだ。そう見切りをつけてオメガがあっさりとゼットの正体を口にすれば、やはり剣呑な雰囲気が立ち昇る。

 殺気を一身に受けたゼットは、堪らず叫んだ。

 

「戦争でも始めるつもりですかオメガ!!?」

 

 アルファはヘアピンを『時間之神』に変えて、ベータは先程より一回りも二回りも巨躯が増している。ガンマは燃えるように獅子の鬣を靡かせ、爪を尖らせた。

 一方イータとシータはのほほんとオレンジジュースをチューッと吸って、デルタは溜め息を吐いている。ゼータは我関せずとふにゃぁ〜と呑気に欠伸をした。猫かな?

 

「落ち着け、ハナから戦争を始めるつもりはない」

 

 戦争とは言い得て妙だ、とオメガは少し笑って見せた。

 確かに、ここの戦力だけでどこぞの国でも陥落させられるだろう。

 

「しかし、何故白銀騎士団の副団長がここに?」

 

 ここに居る以上理由など一つしかないが、到底信じられなかった。ベータがそう訊ねたが、他の者も同じだろう。

 

「もちろん、我々の仲間として招き入れた」

「危険です! 奴は正義側で我々は悪! 到底混じり合うことは出来ません! 明確な敵です!!」

「あれ? あなた大空警察にいませんでした? なんだ同類じゃーん!」

「くたばれ」

「そう口を荒げるなベータ。あとゼットお前ちょっと黙れ」

「はい」

 

 煽ったのが駄目だったかもしれない。

 ゼットはキュッと唇を結んだ。

 

「さてベータ。そして皆。コイツを信じられないなら、一つ納得出来そうなものを出そう。ゼット、お前の目的を言え」

 

 結んでいた唇を早々と解いて、ゼットは厳かに宣言した。

 

「私の目的は白銀騎士団団長、白銀イダスを滅殺することです」

 

 先程の飄々とした物言いとは異なり、確固たる意思と殺意が混じった声音。それに本気さを見出してしまえば、納得するしか無かった。

 

「彼の『最強』の称号は伊達ではありません。六年後の十一月二十四日に、私は何としても彼を殺さなくてはならないんです。その為なら、私は悪の身にだって堕ちます」

 

 確かに殺意はある。殺すつもりなのは明らかであるが、しかし何故殺すのか。

 

「その理由は何だ? 何故仲間を殺そうとする? その具体的な日にちは何だ?」

 

 ゼットは皆の顔を順ぐりに見て、その表情から真面目に聞いてくれると判断して、徐に語り出した

 

「まず問いたいのですが、白銀イダスの顔を知ってる人はいますか?」

「そんなもの……」

 

 何を当たり前のことを、と続けるつもりが、意味のなさない言葉となって宙に消える。

 動揺を顕にする彼ら彼女らに、ゼットはそうでしょうと頷いた。

 

「始まりは二年前、私が白銀騎士団に入団するきっかけになった日のことです。私は神の気配を間接的に知ることができるのですが、その当時、既に滅びた筈の神の気配を感じたのです。その気配の先に、白銀イダスがいました」

 

 話は長くなるのだろう。

 その気配を早々と察したイータとシータは机に伏せることにした。

 

「その神の気配は、疑いようもなく、アオガミと呼ばれる禍津神のものでした」

 

 アオガミ、という部分でゼットはイータを膝に乗せるアルファをチラリと見た。

 

「アオガミの権能は人の認識に纏わるもので、イダスさんはその権能の影響で、当時から誰にも顔を判別されることはありませんでした」

 

 だからこそ、顔の造形が不明なのだと言う、

 眉の形も、目の色も、肌の色も、鼻の形も何もかも。

 

 しかしイダスは『聖人』であって神ではない。なのに何故神の気配がするのか。

 その答えは、既に示されていた。

 

「神降ろしですよ。神をその身に降ろす降霊術。恐らく、きっかけはそれだったんでしょう」

 

 その神降ろしの呪文を、ゼットは祝詞を歌うように口ずさむ。

 

「この声は我が声に非ず()の声。この息は我が息に非ず()の息。この手は我が手に非ず()の御手。我は()()()の代行者。神の威を知らしめる者なり。この身を縛る禍つ鎖を打ち砕き、()()の鬨を知らしめせ。敵を全て滅と成せ―――。これがアオガミをその身に降ろす呪文なんです」

 

 知った時には一体どうしてこんなものが、とゼットは呻いたが、今も同じように心の中で唇を噛みしめた。

 

「アオガミに目を付けられたイダスさんは、もはや人としては戻れない。顔さえ認識されなくなってる以上、アオガミにその魂と身体を乗っ取られるのも時間の問題でしょう」

 

 アオガミという禍津神に魂を取られてしまえば、その人の善性も失われてしまう。人の美しさは踏み躙られる。

 

「そうか、そういうことか」

 

 合点がいったとばかりに首肯するベータは、しかしまだ分からない点がある。

 

「それで、何故六年後の十一月二十四日なんだ?」

 

 その疑問には、他の面々も同意を示す。

 ゼットは考えあぐねるように小首をほんの少し傾け、そして纏まったのか口を開いた。

 

「その日は白銀ノエル様の七歳の誕生日なんです。アオガミと混じってるイダスさんの娘である以上、娘のノエル様にもアオガミの魂が入り込んでる。ほら、七歳までは神の子と言うでしょう? よってその境目である誕生日こそが、最もノエル様の魂とアオガミの魂を分離しやすいんです」

 

 しかし、とゼットは続ける。

 

「イダスさん、いやアオガミも薄々私の目的に気付いています。確実にその日に妨害が入るでしょう。誕生日が過ぎてしまえば、絶好の機会がなくなる。もう手遅れになる」

 

 そこでゼットは辛そうに俯き、そっと告げた。

 

「そうなればもう、ノエル様はイダスさん諸とも殺すしかありません」

 

 たとえ、それで白銀騎士団が崩壊したとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼットの――チヒロの掲げる意思を認めて、仲間入りを許容すれば、今宵の集会がお開きとなる。各々教会から出ていく中、オメガはデルタに声をかけた。

 

「新しい任務だ、デルタ」

 

 何だ? と首を傾けるデルタに、オメガは口を開く。

 

「ゼットが我々の手を取ったあの日、三人の冒険者と一人の青髪のハーフエルフが居たのを覚えているか?」

「勿論だぞ? それがどうしたんだ?」

「彼女らと合流し、暫し同じ道を共に歩け。その間、無理にこちらに顔を出さなくていい」

「えっ? もしかして我輩遠回しに追放されてる? 今その界隈で流行してる追放モノですか?」

「真面目に聞け」

 

 オメガは眉間を揉んだ。

 

「彼女らの障害となる壁を取り除け。特に雪花ラミィと言うハーフエルフは命を賭して守り抜け。ただし、己が我々の一員だと勘づかれるようなへまはするなよ。場合によっては我々と敵対行動をしても構わん。具体的な判断はお前に任せる」

「オッケー、了解だぞ」

 

 そういうことだから、とデルタは落ち込むイータとシータの前に屈んで目を合わせる。

 

「しばらく会えないかもな。でも寂しくなったら我輩の名前を呼ぶんだぞ。どこに居ても駆けつけてやるからな」 

「「約束だよ、ねーちゃ」」

「うん、約束だ」

 

 小指と小指を絡めて、指切りげんまんと歌って、デルタは離れる。

 

「じゃあな!」

 

 持ち前の明るさで、デルタは手を振った。『次会う時にはお土産持ってくる!』と明るい笑みで手を振りながら教会の外へと下がっていく。

 

 出入り口の扉を目一杯開け放して、その向こう側でデルタはもう一度大きく手を振った。今度は空高く、天まで届くくらいに。

 

「病気、気を付けろよ」

「行ってらっしゃ〜い」

 

 オメガは片手を振り、ゼットはヒラヒラと両手を振った。

 イータとシータも、羽を大きくはためかせて、体いっぱい使って見送る。

 そして二人は叫んだ。

 一番願うことを。

 

「「元気でねー!!」」

 

 デルタはふわりと優しい笑みを浮かべて、

 

「もちろん!」

 

 笑顔と共に扉を締めた。

 風に攫われるようにデルタの気配が遠のき小さくなって、遂には消える。

 

 ポタリ、と。

 涙が溢れる音がした。

 

 別れとは悲しいものだ。幼い身空ではそれもひとしおだろう。

 

「よしよし」

 

 ゼットはイータとシータの頭を撫でる。

 デルタが何時もどのように撫でていたかは知らない。けれど精一杯の優しさを込めて二人の頭を撫でた。

 そして自慢の尻尾を背中に当てて、擦ってやる。

 入念に手入れをしてる尻尾は絹のように柔らかく、綿菓子のようにふわふわだ。きっと二人の悲しみを優しく支えてくれるだろう。

 

「大丈夫、私が傍に居ますよ」

 

 ぐすん、と鼻を啜る音がした。

 イータとシータは、悲しみを堪えるようにゼットの尻尾に抱き付き顔を深く埋める。

 

 そして。

 

 

 ジィィイイイィンンン!!!

 

 

「あぁ尻尾で鼻水かまないでー!!!」

 

 

 ゼットは泣いた。

 

 

 子供って残酷だな。

 

 

 

―――………

 

 

 

 いつの間にか寝ていたイータとシータをオメガに任せ、ゼットはうひゃーと言いながら尻尾の手入れを始めた。

 

「ううっ、涙と鼻水が大分奥まで入り込んでる……」

 

 ひんひん言いながら魔法を使いつつ手入れをしていけば、数分程度でまぁ納得の行くところまで進んだ。あとは専用の薬液でケアしてブラッシングすれば完了である。

 

「……正直言ってしまえば、ゼットお前も博士と天才と共に研究に参加して貰いたい」

 

 そんななか、今まで口を塞いでいたオメガがゼットに声をかけた。

 

「だがそれは土台無理な話だ。だからお前はこの子達の治療法を探せ」

「……薄々思ってましたが、やっぱりこの子達は短命なんですね」

 

 イータとシータ。

 この幼女達はデルタと一緒に、とある組織で人体実験されていた。

 その組織は人工的にネフィリムを創り出そうとして、この子達を生み出した。

 かのネフィリムと同じ片翼の天使、片翼の悪魔。瞳の色も右目がアメジストで左目はサファイアだ。更に『ワザ』も同じ系統のものが発現した。いや、強制的に発現させられた。

 そのせいか、二人には致命的な欠陥が生まれてしまった。

 

 それは『ワザ』が常時発動していること。

 魂から魔力を抽出して『ワザ』は発動するものだが、止めることが出来なければ魔力は枯渇し、いずれ死に至る。謂わば病のようなものだ。

 

「二人のワザは『破魔』と『壊霊』ですね? 念力が通じないなんて、とんだ仙人殺しもあったものです」

 

 天使の種族的なワザである『破魔』。

 悪魔の種族的なワザである『壊霊』。 

 

 片や魔力による魔法の無効化。

 片や霊力による魔法の無効化。

 

 故にこれらが発動してれば、直接的な念力が通用しない。『仙人』が操る霊子と魔子で触れることができないからだ。

 

「タイムリミットは七年後の三月七日。二人が十五歳になる日だ」

 

 そのタイムリミットはこの現状で進んだ場合だ。

 二人は強制的に発現させられて、しかも相反する二つのものをその身に宿らせられている。いつ不安定になって暴走するか分からない。暴走してしまえば、さらに時間は短くなるだろう。

 

「神器『姫森』を使おうかと思ったが、二人のワザで阻まれるだろう。ワザが消える死の間際、まさしく死の直前で使えば何とかなるかもしれないが、それでは遅すぎる」

「今サラッと人の神器を自分のものにしましたね」

「代替案として私の魂から神器を創ろうと思ったが、もはや私に分割できるほどの魂は残ってない。やってしまえば、創造神と闘う力が無くなる。これでは本末転倒だ」

 

 人の魂は無限じゃない。だからこそ、創れる神器には限りがある。また、望む性能によっては消費する魂の量も変動する。

 

「しかし他の者に頼もうにも、あの痛みに耐えられるかどうか」

 

 更に、魂を分割するにあたって、まさに身を引き裂かれるような痛みが身体を襲う。

 具体的には術式を刻んだナイフを自ら心臓に突き刺し、必要な量の魂を取り出す。この時、身を引き裂かれるような痛みに耐えながら、自身が願う性能を想像しつつナイフを引き抜かなくてはならない。

 

 魂を割るという想像を絶する苦痛に、果たして耐えられるかどうか。

 そして痛みに惑わされず、望む性能を想像できるか。

 

「私はどうも、到底信じられんのだ。……薄情な話だがな」

 

 オメガは髪を梳くように、イータとシータの頭を撫でた。

 

「だからこそ、ゼット。お前に頼みたい。神器を創れとは言わない。だが治療法を見付けてきてくれないか。この子達が死ぬには、まだ若い」

「……分かりました」

 

 交換条件だ。

 ゼットはオメガの力を借りて、イダスの命を奪う。

 その代わりに、二人の命を救う。

 

 命には命で、応えるべきなのだろう。

 

 




 尾丸ポルカ
 瞳の中には星がある。
 母親が月とするからば、尾丸ポルカは北極星。

 雪花ラミィ
 復ッ活!!

 白銀イダス
 今まで顔の造形を書いてなかったのはこのため。

 ゼットこと銀鏡チヒロ
 イータとシータに、くそ面白くなーいと言われたことを内心引き摺ってる。風真いろはならきゃらきゃら笑ってくれるのに。

 オメガ
 『奪われた竜の宝玉』編第12話で言ってた神器『姫森』の使い道はイータとシータのこと。この時は最悪、自身の魂を使おうと考えてた。
 魂を後天的に増やす術があるにはあるが、オメガは何故か使えなかった。自身の魂が原因かと思ってるそうだ。

 イータとシータ
 『ワザ』というのは通常一人につき一つ。それが二つ、しかも相反するものが発現しているため、魂は常にユラユラと不安定に揺れている。
 双子なので見た目は一緒だが、羽の位置が違う。イータは右翼に天使で左翼に悪魔の羽が生えてるが、シータはその逆。
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