白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 konfauna〜

 皆さんお待たせしました。前話で書いた通り、ちゃっちゃか時間を進めていきます。
 今回は天音かなた超強化イベントです。もしかしたら次回、風真いろはのことについて軽く書くかも。


第27話 自然の番人登場!

 ダンジョンがあるのは、天界学園が所在するミネルヴァ島ではなく、クレタ島にある。

 なので生徒全員+引率の先生方は転移ゲートを利用して移動してきた。

 

 現在、天音かなたがいるのは、ダンジョンの前の広場。

 あと二十分後には、ダンジョン入りするため、教師陣が緊急時の行動や連絡手段等と説明してくれているのだが……正直言ってかなたは聞いてない。何故ならクソ眠いから。

 

「――の状況に陥った場合……」

 

 あ、先生が何か言ってる……。でも聞こえない……。

 いや、だって、ダンジョン初めてだもん!! ワクワクして堪らなかったんだもん!! 

 なんなら昨日、ソワソワし過ぎてお嬢に『お花摘みならさっさと行ってきたらどうでしょうか』って言われたもん!!

 

「――――」

 

 ………。

 

「――――」

 

 ……。

 

「ねぇ」

「いや寝てないっ!!」

「何言ってんの?」

 

 声をかけたきたのはルミニー。ダンジョンで探索するメンバーの一人だ。ちなみに仲間は僕とお嬢とルミニーの三人。知ってる二人が仲間だと知って安心したのは内緒だ。

 

「もう皆向かってるよ? ルー達も早く行こ?」

「あっホントだ。ごめん」

「そうよ。貴女さっきから声掛けてたのに上の空ですもの」

「ごめんってお嬢」

「貴女って何時もそうですわ。ごめんと言っても口だけですもの」

「そうかな?」

「そうよ。わたくし覚えてますからね、貴女の部屋汚いから片付けてと申し上げても『すぐに片付けるー』と言いながら一向に片付け無いんですもの」

「…………」

 

 それは本当にごめん。汚部屋でごめん。

 なまじ部屋が広いから床汚くても歩けるからさ、別に良いっかなーって。なんなら最悪浮けば良いから床がゴミで溢れてても良いかなーって、思ってます。

 

「わたくしはもう嫌ですわ。あんな魑魅魍魎が住んでそうなお部屋。メイドだったら追い出してますわ」

「つまりかなたんは魑魅魍魎の類? 爆笑」

「くっ、ルミニーにそう言われても反論できない」

 

 もう良いもん。どうせ天使の姿したゴリラですよ僕は!

 マウンテンゴリラならぬエンジェルゴリラですよ!!

 

 とまぁ、そんな話をしているとダンジョンの一階層に付いた。授業でも習った通り、ダンジョンは一種の異世界であり、天井や壁といったもので区切られてるものではない。

 

 でも実際に見るのは初めてで、僕は心の底から興奮してた。

 入口を潜った筈の僕達は、いつの間にか一面に広がる草原に立っていたからだ。

 空には雲と鳥が。

 遥か先には何やら走り回ってる動物が。

 

「一階層は目ぼしい魔物もおりませんし、早急に下層に降りましょう」

「さんせー」

「ええ!? 僕もっと見て回りたい!!」

「駄目ですわ。そんなことしてたらトップは取れませんことよ」

「ちぇー」

 

 一番のしっかりものであるお嬢がパーティメンバーのリーダーを務めており、その部下イチと部下二の我らはお嬢を先頭にてってこ草原を走る。目指すは天高く伸びる青色の光だ。あの根本に下に降りる階段がある。

 

「ねぇねぇ」

「ん?」

 

 不意に、ルミニーが僕に声をかけてきた。

 

「もし一位だったらどうする? 何を選ぶ?」

「……なにを?」

 

 ごめん。多分ダンジョン探索で一位になれたらの話しだろうけど、先生の話し聞いてなかったら分かんない。

 そんな僕を見通したかのように、お嬢は深々とした溜息を付いた。

 

「一位になれたら好きな神器を選べるんですわ」

「ええっ!? それマジ!?」

「マジマジ、大マジ、ハマグリハマジ」

「凄いねー」

 

 神器って、出血大サービスどころか失血死してない? 真っ赤な赤字じゃない?

 

「ルーは守りとか結界に特化した神器が欲しいー」

「なんで?」

「安心して眠れそうだから」

「なるほど」

 

 ルミニーらしい理由である。

 

「わたくしはやっぱり大火力の弓ですわ。一矢投射するだけで一軍滅ぼせるような弓が欲しいですわ」

「こわ、お嬢」

「暴力はんたーい!」

「何でそんなこと言うんですのー!?」

 

 暴力系お嬢様でも目指してんのかな?

 初対面でもメイドをこき下ろしてたらしいから、元々そんな気質なのかもしれない。僕は訝しんだ。

 

「それで、かなたんは何選ぶの?」

「正直全然考えてない」

「あはっ、天音さんらしいですね」

 

 いや、そんなパッと思い付くようなものじゃないし。

 強いて言うならお金が際限無く湧き上がる財布が欲しい。でもこれ神器じゃないよね。

 

 そうこうしてるうちに二層に到着。

 一層の草原とは違ってこちらは森だった。樹海と言った方が良いかも知れない。

 

「どこまで行くの?」

「目指すは五層ですわ。あまり深く潜り過ぎると危ないですからね。ここら辺が妥当でしょう」

「おっけー。ならあと三層か」

 

 樹海を抜け、三層に入り、鍾乳洞の世界を走り、四層に到達。重力が弱くふわふわする地面を駆けて、目的である五層に僕らは辿り着いた。

 

 そこはまるで、花園だった。

 地面には赤白黄色、青緑、と多種多様な花が咲き乱れ、頭上にも立派な藤桜が咲き誇っていた。

 

「ここからは気を抜かないことよ。どこに魔物が潜んでいるか分からないわ。アークさんは探知魔法の展開、天音さんはいつでも戦えるように準備をしておいて下さい」

「「りょーかい」」

 

 三人組で行動してるし、五階層だからそこまで危険なことは無いと踏んでいたんだけど、遇に聞こえてくる悲鳴から察するに、そんなことは無いらしい。

 

 ほら、また声が聞こえてくる。

 

 ──たすけてぇええーー!

 ──嫌ぁああーー!

 

 その悲鳴を聞かなかったことにするなど天使の風上にも置けない。僕達は直ぐ様悲鳴の主に向って駆け出した。

 

「うわ、食虫植物!?」

 

 駆け抜けた先には、ウツボカズラとハエトリグサを合わせたような見た目の植物が、クラスメイトを捕食せんと蠢いていた。

 

「ハエトリカズラよ! 見た目と違って炎に強いから「フンッ」あっ……力も強いんですけど」

 

 なんかお嬢が何か言ってたけど、鞭のように撓る触手を捕まえて思いっ切り引っ張ったらちぎれた。これでいけそう。

 なんなら地面から引っこ抜けそう。

 

「せぇーのぉお!!」

 

 思ったら即行動。

 触手を束ねて一本背負い。

 ハエトリカズラは抵抗してたけど、僕の力には敵わず見事に一本釣りされた。

 

 地面に叩き付けたことにより、捕食されていたクラスメイトが一人吐き出される。根っこが抜かれたせいか大分ダメージが入ったようで、まともに動けないうちにお嬢やルミニーから集中砲火されて御臨終した。

 

 

 フッ、またつまらぬものを壊してしまった……。

 

 

 地面に伏すハエトリカズラから、モゾモゾとまた一人クラスメイトが出てきた。

 危ないな全く。もうすぐで全滅するところだったじゃないか。

 これはお嬢も思ってたらしく、救出した三人に緊急事態時には直ぐに先生を呼ぶことを徹底させていた。

 まぁ三人はリタイアすることを決めたようだけどね。

 

 僕は彼女らを傍目に灰となって消えるハエトリカズラから、緑色の核を回収する。この核の最終的な量とサイズで順位を決めるのだ。一応襲われてた彼女らに訊ねてみれば、快く譲ってくれた。

 

 是非とも受け取って欲しいと言われた僕は、核をリュックに仕舞う。そして頭を下げて見送る彼女らに手を振って、僕らは再びこの階層を歩き回る。

 

 ハエトリカズラを何体か倒し、核を回収。

 ハナカマキリに似た虫系のモンスターもルミニーが率先して倒してくれた。あと芋虫もやってくれた。本当にありがとう。芋虫はほんっっとに無理だからルミニーが居てくれて助かった。なおお嬢は虫は全部苦手らしく、戦う時は凄い遠くにいたし、攻撃する時もちまちまと魔法を放ってた。

 

「そろそろ寝る所を探しましょう」

 

 リーダーのお嬢の言葉に従い、僕とルミニーは辺りを散策する。今いる場所を中心に、僕は南へ、ルミニーは北へ、お嬢は東へ別れた。

 

 五分程歩いた先に、白詰草が咲き誇る草原と、その中心に聳え立つ立派な桜があった。さっきの集合場所に戻って早速、二人を木の根元まで連れてきた僕は得意げに胸を張った。

 

「ん〜〜、疲れたぁああ」

「そうですね」

 

 伸びをした二人。ルミニーが倒れ込むように木の根元に寝転んだ。その直後、ルミニーの驚く声と共に彼女の上半身が木にめり込んだ。

 

「「ええ!!?」」

 

 お嬢と驚きふためきながらも、ジタバタ藻掻くルミニーの足を掴み引っ張る。

 

「っ、駄目だ抜けない!」 

 

 けれどどれだけ強く引っ張っても、ピクリとも動かない。それどころか、僕とお嬢もルミニーと一緒に桜に呑み込まれてしまった。

 

 ―――筈だった。

 もつれ合った状態で呑み込まれていた僕達は、弾けるように立ち上がる。そして、束の間息を忘れた。

 

 さっきまでいた階層とは異なり、足元は地面じゃなくて驚くほど太く大きい木の枝。

 何よりも、目の前にはあり得ないほど巨大な樹木が、天を衝く勢いで聳え立っていた。頂上の枝や葉には白い雲がかかり、夜ということもあって全体像は窺えない。

 

「な、なんだか力が抜ける感覚がするんだけど」

 

 全身の力が抜ける。グッと拳を握ってもいつもの半分も力が入らない。訊けばお嬢やルミニーも僕と同じ状態にかかってるそうだ。お嬢によると、おそらく霊力も抜けてるそう。

 

「ぴぎゃーぁあああ!!??」

「な、何急に大声出して!」

 

 唐突に叫んだルミニーにへと、僕とお嬢は振り返る。驚いて尻餅をついたルミニーの指差す先には、綺麗な緑色の髪をした少女が立っていた。全体的に緑色で、白い肌に彫りの深い目鼻立ちをしている。

 その彼女のふっくらした唇が動いた。

 

「わたしは樹妖精(ドライアド)……主様がお待ちです…………」

 

 深い知性を湛えた青い瞳が、僕らを射貫く。

 急な申し出に僕らは目を合わせて狼狽える。知らない人に付いて行っちゃいけないと思いつつも、敵意らしきものは見えないので、お嬢の一声に従い、僕らは彼女の後ろを追うことにした。

 

 カンテラを揺らしながら歩く彼女の後ろを、僕らはこしょこしょ内緒話をしつつ付いていく。

 

「ドライアドがここに居るなんて……珍しいわね」

「そうなの?」

「妖精族はそもそも、自身の聖域である妖精郷を出ないの。特に知性ある妖精はその傾向が高いわ」

「あっ、見てあれ。彼女が持ってるランタン」

 

 僕とお嬢はルミニーの指摘に従い、ドライアドが持ってるランタンを注視する。何か、彫り物がしてあった。

 

「あれは……金色のリンゴ?」

「リンゴ?」

 

 お嬢が不思議な声を出して、考え込むように顎に指を添えた。

 黙り込んでしまったお嬢に、僕とルミニーは一瞬目を合わせて、そのままそっとしておくことにした。

 

 そして数分経った頃、ハッとお嬢が顔を上げる。

 忙しなく辺りを見渡すお嬢の顔は、怯えの色が浮かんでいた。

 

「どうしたの? 何か分かったの?」

「もしかしたらわたくし達、神様の領域の中にいるかもしれないわ」

 

 それを切っ掛けに、お嬢は恐怖から震える声で説明を始めた。

 

「一番初めに気付くべきでしたわ。わたくし達はダンジョンの階層を隔てる階段を下ってないのにここに来たわ。転移の魔法陣を踏んだ訳じゃないですから、転移でここに来たわけでは無いの。いいかしら?」

「「うん」」

「おそらくあの桜は、ここの神様の領域に繋がる扉の一つ。わたくし達はそれを通ってきてしまったんですわ」

「「そうなんだ」」

「あのドライアドが持ってるランタンに刻まれた金の林檎のマーク。あれは知恵の果実を意味しますわ。あとはもう分かるわよね」

 

 わっかんねぇ。

 

「―――主様がお見えです」

 

 いつの間にか目的地に着いていたらしい。

 ドライアドは役割は果たしたと言わんばかりに、地面に溶けるように消えた。

 急にほっぽかれて唖然とする僕の裾を、お嬢が必死に引っ張り、僕を跪かせようとする。ルミニーもいつの間にか膝をついていた。

 

「な、何急に……」

「いいから早く!」

 

 青白いを通り越して土気色になったお嬢の顔色。あまりなその形相に圧され、僕もおずおずと膝をつき、下を向く。お嬢は今直ぐにでも五体投地でもしそうな程の気迫を放ってた。

 

 不意に全身が震えるような、魂が震えるような、奇妙な感覚を覚えた―――直後。

 

「こんばんは」

 

 鼓膜を揺らしたのは、蜜をたらふく舐めた鳥の囀りかと思う程の、甘味の一言。声帯に絹糸でも張っているのかと疑うほど、吐息にも音色の余韻が残る。

 一体その声は誰なんだろうと、僕は顔を上げてしまった。

 

 そこには、春の木漏れ日を擬人化したような女性が立っていた。肌は白く、絹のような緑の髪がサラサラと流れるように下ろされている。瞳は、瑞々しい林檎を半分に割ったような綺麗な金色。

 湯船に揺蕩うような微笑みを浮かばせる彼女は、司祭が着るような白と金のローブを羽織っていた。月光を受けて微かに光るその生地は、太陽の下なら更なる輝きを見せてくれるだろう。ローブの内側には大小様々な花が、花畑のようにあしらわれていた。

 

「ど、どなた様でしょうか?」

 

 神様が自らの御手で創り上げたような美の権化を目の当たりにして、僕は緊張して掠れた声が出た。

 見た目は人間だけど、頭には木の枝が生えていた。それにどこか神々しさを感じる。

 『あのお方は……』と、跪くを通り越して土下座するお嬢の声には、紛れの無い畏敬の念が籠もっていた。

 

「『議会』と呼ばれる五柱の神々の一柱

 

 ―――自然の番人。セレス・ファウナ様ですわ……」

 

 お嬢の答えに、目の前の神様は良くできましたと言わんばかりの、柔らかな笑みを浮かべたのだった。

 

「私の開闢―――神域・ユグドラシルにようこそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「木の中って、こんな感じなんだね。僕初めて」

「皆初めてだと思うよ?」

 

 あの後、僕達はセレス様に連れられてここまで来た。

 道中、気色悪い色をした巨大な花々や、勝手にのたうち回る蔓、図鑑でしか見たこと無いような遥か昔に絶滅した筈の花を見た。

 僕達がいるこの巨樹―――ユグドラシルの中は空洞になっていて、玄関から入って顔をあげたら、木の中にいるのに上の方ではうっすらと雲がかかっていた。幹の内側にそって階段が造られていて、枝の内部に入れるようになっている。驚くべきことはさらにあって、幹の一部から滝が噴き出していて、その水がはるか下まで落ちてきて、滝壺にあたるところは巨大な水盤になっていた。

 

「ここの枕、すっごい良いやつだ!」

 

 この部屋にある家具はベッドだけ。そのベッドは木製フレームの低いベッドで、肌触り抜群の高級そうなシーツが敷かれている。ちなみに、ベッドの下にはカーペット代わりか、見たこと無い厚い動物の毛皮がじかに敷かれていた。

 そのベッドに寝っ転がるルミニーは、凄く嬉しそうに枕を抱き締めた。

 

「ところでさ、この倦怠感ってどうにかできないかな?」

 

 部屋のど真ん中で突っ立ってた僕が、しばらくして言った。熱を出した時のように、まるで力が入らない。それがずっと続いてて、一体何時になったら治るんだろう。

 

「さぁ?」

 

 投げやりのように適当に答えたルミニーと変わって、お嬢はスマホを取り出すと僕達に画面を見せた。

 

「見てみなさい。充電が刻一刻と消えてくのが分かるでしょう?」

 

 僕とルミニーは揃って顔を画面に近付けてお嬢のスマホの電池残量を覗き込む。画面右上にある電池のバーが、一本一本と消えていく。

 

「霊力も一緒。つまりエネルギーを何かに吸われてるのよ」

「でも……どこに?」

 

「ここに、ですよ」

 

 いつの間にか、さっきのドライアドが部屋の入口に立っていた。

 

「あなた方はセレス様の神域に招かれた。神域は絶えず成長を続けます。成長するために必要なエネルギーを、あなた方からも頂いているのです」

 

 無論、わたしからも。

 そう続けたドライアドは、ゆっくりと部屋の中に入り、僕達を見渡した。

 

「神々は並外れた魔術を使って神域を開き、秩序を保っています。神域内は神様の思いがまま。神域内に生命を与えるのも、死を齎すのも、神様のその意思一つ」

「つまり、僕達は死ねって言われたら死んじゃうの?」

「それは神様によります。死神ならそうでしょうし、セレス様なら異なります」

 

 その言葉に、僕はほっと安堵の息を吐いた。

 

「通常の神域には必中必殺が前提条件として組み込まれていますが、セレス様の神域にはそれがありません。代わりに神域内のエネルギーを吸収することで神域の維持を可能としています」

「ああ! 『天秤』ですね!!」

「その通りです」

 

 不意に、大きな家鳴りがした。その音の意味を僕達は分からなかったけれど、ドライアドはひとつ頷いて口を開く。

 

「主様がお呼びです」

 

 腰を上げた僕らに対し、ドライアドはついっと人差し指で僕を差した。

 

「ああ、主様が呼んでいるのは、あなただけです。他の方々はこのままお待ち下さい」

 

 な、なんで僕だけー!!?

 

 なんて悲鳴も無いものとされ、僕は泣く泣くドライアドの後を着いていく。

 案内された部屋は暗く、天井にある水晶が淡い翡翠色の光を放っていた。その光の下に丸いテーブルがひとつあり、対面にはセレス様が座していた。

 

「どうぞ。おかけになって」

「失礼します……」

 

 びくびくと震えながらも椅子に座り、どこに目をやろうかと迷った挙げ句、視線の先をテーブルの上に彷徨わせた。

 テーブルの上には綺麗な彫刻が施された木の器に、林檎と葡萄、蜜柑が剥かれた状態で置いてある。側には黒曜石のナイフもあった。

 

「あなたを呼んだのはね、〝目覚め〟にさせるためなの」

 

 葡萄を一粒摘んで、セレス様はそう言った。

 

「ヒトを〝目覚め〟させるなんて、一万年振りかしら」

「いち!?」

「ふふふ。驚いた? 私、基本的に〝目覚め〟なんてやらないもの。以前〝目覚め〟させて〝禊〟をしたのは……風神ミコトって言ったかしら?」

 

 一万年前……暗黒時代て言われてたニブルヘイムの時だ。

 つまり、その風神ミコトっていう人も一万年生きてるのか。僕には途轍もない時間だ。想像が難しい。

 

「あの、それで僕はなぜ選ばれたんでしょうか?」

「ん〜〜、そうねぇ。今後の世界のため、とでも言っておきましょうか」

「はぁ……正直、僕にはさっぱり分りません」

「いずれ嫌でも分かるわ。私もイヤイヤあなたを仙人にさせるんですもの」

 

 セレス様は穏やかな微笑を浮かべたまま、摘んでいた葡萄をブチュリと潰した。率直に言って怖い。

 そして葡萄の果汁で濡れた指を舌を這わせて舐めた。怖い。

 

 お前も潰してやろうかっていうことじゃないよね?

 

 僕は直ぐにでも逃げたい気持ちに駆られた。 

 

「これから僕はどうすれば良いんでしょうか? 横になれば良いんですか?」

「何もする必要はない。ただ私の言う通りにすれば良いだけ。これは簡単なことじゃないの」

 

 ぴしゃりと、叱りつけるように声を尖らせた。

 

「ヒトは数万年前から不要な感覚を削ぎ落としてきた。いまや視覚はほんの一部しか使ってないし、物凄く大きな音しか聞かない。嗅覚は貧弱で味覚も鈍い。触覚なんて触れなければ分からないなんて馬鹿にしてる」

 

 不意に天井の水晶が瞬いた。もう〝目覚め〟と〝禊〟の儀式? は始まってるんだろうか。

 

「遥か昔、エデンが滅ぼされ、氷河時代が始まってから、ヒトは不要な感覚を棄ててきた。魔法があればもてる感覚を全て使う必要はないと」

 

 水晶の灯りが消えて、部屋が完全な闇に呑み込まれた。僕は怖くて怖くて堪らなくて、ぶるぶると肩を震わせていた。

 

「それでも、抗うヒトはいた。五感が受け取る大量の情報を廃棄する脳を、再び目覚めさせんと藻掻く者が。そしてそれに成功したのが『聖人』よ。……わたしはそれを、今からあなたに施す」

 

 覚悟はいい? とセレス様は言った。

 無いよ? と僕は言いたかった。

 けれどそんなこと言えるはずもなく、僕は無言で震えながらも頷いたのだった。

 

 

「ヒト族、天使種の天音の門を継ぐ娘、かなたよ………」

 

 翡翠の光が輝きを増す。

 自然の神の言霊に従い、翡翠が煌めく。

 

「森羅万象司る……我が命ずる」

 

 時は瞬き

 光は捩じれ

 血は魂を求め彷徨う

 

 現代の言葉から、次第にセレス・ファウナの口から飛び出る言葉は人類より歴史が古い言葉に移り、抒情詩のような美麗な言葉に変わる。

 ファウナが唱えるにつれ、かなたの体温が上がっていく。心臓が一回鼓動する度に、体温が一度上がっているような感覚。

 そしてファウナが太古の言語で一言唱えた。

 

「◆」

 

 ドクン、と天音かなたの心臓が跳ねた。 

 

「(何……これ………? 霊力が体から吹き出てる……)」

 

 突如、肌という肌から、銀色の霧のような光が噴き出した。その霊力は泉のように際限無く湧き上がり、湯気のように立ち昇る。加えて、自分の体の至る所から音がしていることに気付いた。

 シューシューと自分の鼻の穴を出入りする空気の音。

 ゴゥゴゥと血管の中を奔流する血の音。

 ドクドクと力強く胸を叩く心臓の音。

 

 心臓()から噴き出す霊力の流れが背骨を伝って頭に、足に、腕に、全身へと広がっていく。

 暗かった部屋がかなたの霊力によって銀色に染まる中も、ファウナは古の秘密を囁やき古の呪文を呟いていた。

 

「さぁ―――〝目覚めよ〟」

 

 ファウナの両手がかなたの頬を撫でる。

 左右の親指が、かなたの瞼に触れた。

 

「闇に鋭く……」

 

 途端、かなたの視覚は一気に高まり、あり得ない程、物事を詳細に見分けられるようになった。壁の木目の濃淡も、目を閉じているファウナの睫毛の本数も、簡単に数えられる。ファウナの顔の細胞でさえも見えるような気がした。

 

「万物を聞き……」

 

 ファウナの指が耳に触れた直後、まるでヘッドホンを外したかのように音が明瞭に聞こえた。部屋の中のあらゆる音が大きく、強く聞こえる。自分の心臓の音がまるで爆弾が爆発したかのように聞こえる。更にはファウナの心臓の音も聞き取れ、ユグドラシルの枝や葉が擦れ合う音も聞き取れた。

 

「無を嗅ぎつけ……」

 

 不意に涙が滲む程の強烈な匂いでかなたは噎せた。無臭だと思ってた自分の汗の匂いにやられた。更には服に着いてたルミニーとシャルロットの匂いにも気付く。そんな中、この世のものとは思えない酷い匂いの中で、一番マシだったのは清涼なファウナのミントの香り。

 

「黎明に味わい……」

 

 ファウナの親指がかなたの唇に触れた。

 ビリビリと電気が走ったような感覚を舌に覚え、ペロリと唇を舐めた途端、先程ファウナが潰した葡萄の味がしたのに気付いた。加えて、ファウナの香りのミントの味も分かった。

 

「泡沫を感じる……」

 

 刹那、かなたは強烈な圧迫感に襲われた。綿の下着のふわふわとした肌触り。強靭で柔軟な制服が肌に掠れて繊維の違いが分かる。そして何よりも一等凄まじいのが、目の前の神から感じる、蟻のように潰されそうな程強烈な圧迫感。

 

 ファウナの賛美歌のような祝詞に合わせ、サアッとかなたは無意識に両腕を広げて宙に浮かぶ。その全身を迸る銀色の霊力が繭のように包み込んだ。

 かなたは目を閉じ、天井を仰ぎ見る。今まで感じてきたことのない光や音などの情報が、凄まじい勢いと量で押し寄せてくる。津波のように押し寄せる情報の波を脳が凄まじい早さで処理している。

 

 ドクン。心臓が拍動する。

 

「(あぁ―――…………)」

 

 脳がスパコン並みの演算処理を発揮している一方、かなた自身は呆然と意識を漂わせる。

 

 ドクン。心臓が高鳴る。

 

「(視える。解る。識っている。まるで生まれ変わったかのように思える)」

 

 ドクン、ドクン。魂が吼える。

 カッと目を見開いた。

 

「(ああ、世界ってこんなにも素晴らしい!)」

 

 無意識に涙を流し両手を祈る様に組んでいたかなたの両目は、銀色に変化していた。

 かなたの霊力は今や純粋な銀色に輝いていた。さながら中世の鎧のように煌めき、銀色の火花がバチバチと音を立てながら髪の毛を伝い、液体のようにポタポタと床に落ちる。

 

 

 以上を以て、〝目覚め〟による天音かなたの聖人化は果たされた。

 

 ―――だが、これで終わりではない。

 

 〝禊〟はまだ終わってない。これから始まるのだ。

 

〝創成・千紫法爾〟

 

 掌印を結んだファウナは、既に展開された神域の中で、新たな秩序を齎した。

 

〝ヒトは自然に非ず

  不潔たるその咎

  不浄なるその穢れ

  万象一切禊ぎ祓い給え〟

 

 神社で聞く祝詞のような、教会で聞く聖歌のような、そんな不思議な言葉が、神聖なる大気に朗々と響き渡る。

 目を閉じて一心に唱えるファウナに合わせて、床、天井、空間と場所を問わず方陣が出現する。完璧な調和を意味する方陣が、蛍の光のように淡い光を放ちながらゆっくりと回り始めた。そして回り始めるにつれて、方陣から植物の蔦と蓮の花弁を模した文様が伸び始める。それらは互いの方陣と絡まり合い、更に成長し続けかなたの身体を覆い尽くす。

 

〝還元せよ

帰還せよ

我が求むは―――〟

 

 蓮の花弁が世界を包む。

 薄い金のカーテンを透かしたように大気がゆらゆらと揺れる。

 ファウナがまるで愛しい人を抱きしめるように大きく両手を広げて―――

 

 

―――パンッ

 

 まるで、世界中に響き渡るような大きな柏手を打った。

 

〝―――万全たる融和なり〟

 

 何重にも重なったような、荘厳な声がファウナの口から吐き出された。

 次の瞬間、蓮の花弁がより一層と輝き、そして弾けた。世界を覆う花弁が光の雨となって激しく散らばり、虹色の水滴となって溶けていく。

 ファウナによって新たに齎された秩序は課された使命を果たし、終焉を迎える。

 

 そして現出したのは―――どこまでも清浄で静謐な、神聖なるユグドラシルだった。




 天音かなた
 この度ひとっ飛びで仙人へと昇華した。
 たが気を抜いてはならぬ。相手は常識が通じない神である。

 セレス・ファウナ
 神域・ユグドラシルは別に全てが自然のものでできてる訳では無い。ファウナだってパソコンとか持ってるしテレビだって持ってる。そのため、色々と『天秤』を傾けることで神域を維持し続けている。ちなみに、霊力が切れかけるとクロニーやムメイを呼んで補充してる。特に佐命がいると霊力の回復が早い。
 天音かなたを仙人化させた理由。
 幾千幾万もの捻れた時の道を見通す時間の典獄。過去も現在も未来も見通すその彼女が、セレス・ファウナに天音かなたを仙人にさせることを指示した。

 風真いろは
 今日も今日とて仙人になるための修行中……。

 faunwell〜
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