白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 次回今章最終話。
 今回は戦闘描写ということで、多めの一万二千文字あるので、時間あるときにお読みください。
 混戦ってやっぱ書きにくいや。


第30話 敗けフラグ

 寮戦祭へ向けて、天界学園の生徒達は日々練習を積み重ねていた。午後の授業は全て歌と踊りの練習と訓練にあてられ、疲労を感じながらも充実とした毎日を送っていた。

 

 寮戦祭は学年毎によるパフォーマンスということもあり、歌と踊りに関しては寮ごとに分かれてそれぞれでの学年全体練習も多く、かなたは他のクラスメイト達とも交流が多くなった。それでも何時ものメンバーであるプリンシ・シャルロットとアーク・ルミニーの三人で行動することが多かったが。

 

 バトルロワイヤルに関しては、いわゆる軍師の役割が重要となる。いかに上手く兵士達を動かせるかが決め手になるが、魔法という手段がある以上、最強の個が全てを決する。

 そのため、ふんわりとした指示しか与えられず、あとは攻撃こそ最大の防御なりと、二の槍三の槍は無い。

 だからこそ、一年においては仙人に到達したかなたの戦力強化が勝利への鍵だった。どこぞのパッパラパーな狐と違って『世界』のアリエルはワザを併用することで、かなたに最適な訓練を与えていた。訓練相手はアリエルだったり、デウス・エクス・マキナだったりと相手に不足が無かったのも一つの要因だろう。

 

 そのおかげで、かなたは寮戦祭を迎える頃には必殺技とも言えるような強力な技を手に入れた。

 念力の範囲が狭くても、触れることさえできれば、その技は相手を確実に仕留めることができる。

 

 アリエルはそれを幻影拳と呼んだ。

 

 寮戦祭まで一週間を残したところ、天音かなたは生徒会室に呼び出されていた。

 生徒会は五人のメンバーで構成されている。会長、副会長、書紀、副書記、雑務の五人だ。そのうちの二人、会長と副会長が生徒会室で天音かなたを出迎えた。

 エンと自称した会長は赤い髪と猫のような吊り目をし、スイと呼ばれた副会長は水色の髪をして、両目は閉ざされていた。

 

「お前は誰だ?」

 

 自己紹介して早速、エンはかなたにそう問いた。

 直前に自己紹介したくせに何言ってんだと思い首を傾げたかなたに、エンは『信仰する神だ』と訂正した。

 

「一年生はまだ神仏学を学んで無いだろうが、ある程度目星は付いてるだろう? 毎朝我々は賛美歌歌ってるんだから興味はある筈だ」

「え? いや特に信仰してません」

「……スイ」

「本当よ」

 

 この人嘘発見器みたいなものなのかとかなたは思う。

 

「……まぁいい。我々がお前を呼び出したのは、期待してるからだ」

「何をですか?」

「生徒会の一員になることを、だ。一年生は生徒会には入れないが、二年生から権利は得られる。……まぁ唾を付けるために呼んだっていう認識で構わない」

「はぁ」

 

 生徒会に入れば外界に降りられることはミュウから教えてもらったこと。しかしかなたは諸手を上げて喜べなかった。絶対に何か裏があると踏んでいた。

 

 話はこれで終わりだったらしい。

 すごすごと撤収しようとしていたかなたの背に、スイが声を掛ける。

 

「天音かなたさん」

「?」

「神々はいつも、あなたの傍にいますよ」

「……はぁ」

 

 何だったんやろか。

 かなたは頭に疑問符を浮かべながらも、皆のいる教室に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレス?」

 

 初めて耳にしたその名前を、かなたは声に出して復唱した。

 

 白薔薇寮の屋上にある闘技場、その休憩中にて、アリエルは殺戮の神――別名破壊神オメガ――の名前を挙げた。

 

「うん。今からざっと百二十年くらい前にね、天界を悉く破壊し尽くした神がいたんだ。名前を名乗らなかったからワタシ達はアレスって呼んでる」

「怖すぎでしょ、そのアレスっていう神様」

「圧倒的なまでの力でな、ワタシ達六大天使全員ですら、足止め程度しか抵抗できなかった。いや、それすら全うできたかどうか」

「その時ヌト様はどうされたんですか?」

「殺されたよ。だから今のヌト様は二代目みたいなもんなの」

「あっへぇー」

「当時ウラヌスに住んでた神様も半分近く消滅した。最終的には『議会』の神々が親臨なされて、アレスをどうにかしてくれたの」

「そうだったんですか……何故それを僕に?」

 

 どこか言い淀むようにアリエルは目を泳がせてから、再び口を開いた。

 

「寮戦祭でアレスが来る」

「えええええ!!!?」

「予言がそう言ってる。奴が何を企んでまた来るのかわからないけれど、天界学園が戦場になるのは明らかだ」

「どうすれば良いんですか?」

「可能なら、『自然の番人』セレス・ファウナ様に連絡を取って来ていただきたい」

「そんなの、僕には無理ですよ!! それに連絡手段も知らないですし」

「念を送るだけだ。繋がりがある者同士はそれだけで連絡ができる。特にお前とセレス・ファウナ様の繋がりは強い。必ず届く」

「わ、わかりました……」

 

 むむむと目をぎゅっと瞑ってミョンミョン念を飛ばすかなただったが、手応えは感じられなかったのだろう。しょんぼりした顔をした。

 

「念を送ってくれるだけでありがたい。来るかどうかは、まさしく神のみぞ知るってな」

 

 

 ―――そして来る予言の日

 

 

「さて、害虫駆除の始まりだ」

 

 

 破壊の神が、天界に降り立った。

 

 

 

―――………

 

 

 

 寮戦祭の会場は学園敷地内にある屋外訓練場。通称コロッセオ。その設計や魔道具などは屋内訓練場のバトルスタジアムと同様だが、魔道具は様々な用途のものが備えられている。しかし今回においては、対アレス用神器もひっそりと用意されていた。その神器の数は凡そ三百。

 『アレスの攻撃力低下』、『アレスの防御力低下』、『アレスの回復力低下』、『天使の攻撃力上昇』、『天使の防御力上昇』、『天使の回復力上昇』、『空間支配』、『守護結界』、『回復の陣』などなど、効果を重複させたものも含めて大量の神器を用意し、それらを隠蔽するための神器も複数用意されていた。

 

 現在、寮戦祭の開会の挨拶の最中。

 武舞台の上には神界の主、神王ヌトと六大天使のうち、ウリエルとアリエル、そしてラファエルの三人が、ヌトを警護するように正三角形の頂点に立つように整列していた。

 

「これより――」

 

 ヌトが開会の挨拶を締めくくる瞬間。

 大勢の生徒達が鬨の声をあげる直前だった。

 

 

 破壊

 

 ――バキンッ

 

 絶望が天界に顕現する――。

 

 

 ――それを、六大天使とヌトは鋭敏に感じ取った。

 

「?」

 

 不意に途切れたヌトの声に、何も分からない生徒達は困惑の表情を見せる。それでも、ヌトの見せた怯えの表情、六大天使の臨戦態勢に何かとんでもないことが起きていることを悟った。

 

「(嘘だろ!? 神の盾(アイギス)をあっさり破りやがった!!! てかミカエルとガブリエルはなにやってんだ!!?)」

 

 天音かなたの師匠、『世界』のアリエルは神器『ザ・ベスト』を携えながら、油断なくあたりを見渡す。

 

 既に対アレス用神器は、その全てが発動している。

 油断もしてない――筈だった。

 

 ――アリエルを含め、ヌト以外の六大天使――否、会場にいる全天使が、跪くようにその身を屈めていた。

 

「――は?」

 

 混乱の最中、鼓膜を揺らしたのは、百二十年前に聞いたあの声。

 

「やぁ、久しぶり」

 

 どこか面白がるような口調で、その神はヌトの前に現れた。まるで、旧友にでもあったかのように、軽く。

 

「呼んでない」

「だろうな。今回ここに来たのは、私の予定にも無かったことだ。来たくもなかった。だが、私の可愛い仲間のため、仕方なくここに足を運んだ訳だ」

 

 淡々と語るその神は、以前と同じ漆黒の装い。フードの闇から覗く金の双眸も、昔と同じ冷たい光を放っていた。

 

「さぁ、おいで。自己紹介をしよう」

 

 不意に空間が揺れる。その前兆が、『世界』のワザの持ち主であるアリエルは、虚像世界だと気付く。

 パキンと空気が割れ、瞬く間に空間がひび割れ、虚像世界から二人の少女が姿を現した。

 

 目を引いたのは、二人の翼。

 方や天使と思しき純白の翼。

 もう一方は悪魔を彷彿させるような暗黒の翼。

 そして、蒼と紅のオッドアイ。

 

 瞬間――この場にいる六大天使全員の頭に、伝説の天使の名前が浮かんだ。

 

「イータだ!」

「シータだ!」

 

 元気よく名前を叫んだ二人は、同時に頭を下げて『よろしくお願いします』とハモる。その見た目通り双子らしい振る舞いだ。

 

「見ての通り天使と悪魔のハーフだ。一通り勉学と戦闘技術は教え込んである。この二人を学園に入れてくれ」

「……なるほど。良いだろう。どうせ拒否権は無いのだろう?」

「もちろんだとも」

 

 入学許可が降り、ヌトの側に駆け寄ったイータとシータは、オメガへと振り返って手を振った。それにオメガも手を振って返す。

 その光景が、ヌトには信じられなかったのだろう。あの残虐の極を尽くした神が、まるで親のように振る舞うなど、と。

 

「お前、何を企んでいる?」

「破壊、消滅、そして殲滅。

 ――この天界に、地獄を顕現させる」

 

 何の事げもなく放たれたその言葉に、激震が走った。

 

 やはりこの神は邪悪なモノだ。

 ヌトは少しでもヤツの善性を信じた自分が愚かに思えた。

 

「そのまま何もせず帰ることは、無いか」

「当然」

 

 予言はどうやら、外れなかったらしい。

 

「そうか。なら、こちらも全力を出させて貰う!!」

 

 霊力が噴き出す。

 ヌトの命を受けて、六大天使が全身に力を込めた。

 

 先手を取ったのは、『世界』のアリエル。六大天使の中で最も武術に優れた彼女が、オメガの背後を取る。

 

「(転移か……私の転移と違って予備動作を必要としないのは相も変わらず、少々厄介だ)」

 

 転移には通常転移魔法陣を必要とするが、『世界』のワザを持つアリエルはそれを必要としない。同じく、空間の祝福を持つオメガも、必要としない。そしてオメガは視界に入らないアリエルの動きを、祝福によって認識していた。

 

 背後から斬りかかられているのを認識しながら、オメガはウリエルとヌトの挙動を注視していた。

 

 ウリエルが右手の人差し指をオメガに向けている。

 ヌトは地面に両手を着いていた。

 

「(ウリエルは炎のレーザー、ヌトは生命の息吹だな)」

 

 瞬間、オメガの足元の石が生き物のように動き出し、オメガの足に絡み付く。それよりも数瞬速くウリエルのレーザーがオメガの目と鼻に迫る。

 この間、戦闘開始から僅かコンマ数秒。

 

 前門のウリエルと後門のアリエル。身動きを封じられたオメガは焦ることなく指を鳴らし、転移――できない。

 

「死ねぇえええええ!!!」

 

 ――ゴゥ!!!

 

 圧倒的な熱量が空気を焦がし、膨張させる。ウリエルのレーザーによって生じた衝撃波をアリエルのワザで打ち消し、全員が吹き飛んだオメガを見る。

 

 オメガは武舞台の結界に衝突し、地面に座り込む。しかして、数秒も経たずに、立ち煙る砂埃の中でゆるりと立ち上がった。咄嗟に防御に回した右腕は肘から先が消失していて、貫通した胴からはぼたぼたと血と臓物が溢れ出ている。

 

 そんなオメガの表情は苦悶に彩られてはおらず、してやられたというような苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「(なるほど……対私用の神器を複数用意したな。肉体損傷の回復が随分と遅い。それに奴らの攻撃力も桁違いに上がっている。私の念力の壁を突破し、これ程までのダメージを与えるとは。おそらく防御力と回復力にもデバフをかけてるな。だが……)」

 

 オメガはニヤリと、笑みを浮かべて、ぺっと口内の血を吐き出した。

 

「認識を改めよう。お前らを敵とみなす。全力でかかってこい」

 

 ゾワッと、全身に寒気が走る。

 オメガの氷柱のような殺意に、一瞬足が竦む。だが、その中でもアリエルは獰猛な笑みを浮かべて、飛び出した。

 

「ワタシ達は前より遥かに強くなってるからなァ!!」

 

 そしてアリエルは身体強化魔法を発動し、神器『ザ・ベスト』を腰に携えた。

 

「(! 転移か?)」

 

 オメガが身構えるのと同時、二間先のアリエルの姿が掻き消えた。

 

「(空間跳躍か――)」

 

 それは転移の精度を態と落としたものを組み合わせた移動術。オメガを中心にして、ありとあらゆる方向からアリエルの気配が飛び出してくる。

 

「なるほど(――空間の祝福の精度を逆手に取ったな)」

 

 オメガは空間の揺らぎを逐一に拾ってしまう。

 アリエルの本気の転移は空間の揺らぎを最小限に抑える。だが空間跳躍は空間の揺らぎのブレが定まらない。

 

 オメガが僅かに目を瞑ったのと同時、アリエルは神器を真横に振るった。一文字の斬撃がオメガに向かって飛ぶ。アリエルはその斬撃の行方を見送ることはせず、転移と空間跳躍を混ぜ込みながら高速で斬撃を飛ばす。

 

「(四方八方から飛来する斬撃。ハッ、まるで斬撃の嵐だな)」

 

 未だ隻腕状態のオメガは、残った左手に刀を錬成した。

 飛んでくる斬撃を念力で逸らし、左手に持った刀の切先は地面を向いたまま、来るであろう攻撃に備える。

 

「(それは読んでたぞ!)」

 

 逸らした筈の斬撃が空間を転移し、オメガとの距離をゼロにした状態で飛んできた。だがそれを読んでいたオメガは、微かな空間の揺らぎを察知し、転移した直後の斬撃を手にした刀で弾いてみせた。

 

 しかしここまではどちらも予定調和。

 六大天使の放つ魔法を、ヌトとアリエルが転移させる。

 上下左右、正面、背後と、息もつかせぬ攻撃の嵐。全方位同時の攻撃。

 オメガはそれを尽く防いでみせたが、隻腕状態では分が悪かったのか、バツバツバツ! っと斬撃が入った。

 

「そんなもんかよアレス!」

「無論だ」

 

 Probability(確率)――Convergence(収束)

 

 Triplet(三重)Wave Expansion(波動展開)――

 

 ――【Repulsion()

 

 不意に、全ての攻撃が何かに阻まれてオメガに届かなくなる。

 足も、拳も、魔法も、その全てが強力な磁石に反発したかのように阻まれる。

 

 もうオメガに攻撃は届かないと思う中、

 

 斬。

 

「ぐ……!?」

 

 鮮血が舞う。

 

 斬。斬。斬、斬、斬、斬斬斬斬。

 

 ――ここに来て、『天使の攻撃力上昇』と『アレスの防御力低下』による効果が目に見えて露となる。アリエルのワザが神器の絶大なバフを受けて、オメガの防御を貫いた。

 斬撃の嵐は魔法で放たれた雷、炎も相まって、不用意には近寄れない程の濃度となってオメガを包みこんでいた。

 

 そんな嵐の中で、オメガはクハッと嗤う。

 

「悪いが、この程度では私を止められんぞ」

 

 ――Multiplet(多重)Expansion(拡張)

 

 更に防御壁を展開したオメガは不遜な笑みを浮かべ、どこまでも勝気に笑った。

 穴が空いてボロボロになった外套を脱ぎ捨て、その下からは黒のスーツのようなものが覗く。脱ぎ捨てた外套は瞬く間に斬撃で切り刻まれ、炎で燃やされ、雷で焦げて塵となった。

 

「さて」

 

 オメガは漆黒の左腕を銃のように見立て、銃口を天使へと向ける。

 

「『Probability(確率)――Convergence(収束)』」

 

 オメガのその言葉が聞こえ出したと共に、アリエルは仲間の前に躍り出て、世界の壁を何十にも重ねた防御壁を展開する。

 

「その技はもう対策済みだぜ!!」

 

「『Singlet(単重)Authority(権能) Loading(装填)――

 

 ――【Strike()】!!!』」

 

 カッ!! と世界に闇が奔る。

 現世に迸る純黒の魔力。破滅の光。当たれば死は免れない。

 

 刹那にも満たない僅かな時間での顕現。

 存在そのもの一片も残さず消し去る破壊の砲弾が、大気を削り、原子を構成するフェルミ粒子から分解する。

 

「――アリエル。お前のその口振りだと、単なる【(ストライク)】は対応できたのだろう。だが、私の権能を乗せたこの【(ストライク)】はどうだ?」

 

 そして残ったのは破壊の爪痕。進路上に存在する如何なるものが、一撃を以て消し去られた。

 撃ち出された【破壊】の概念は、コロッセオの観覧席を円形状に喰い尽くし、武舞台を囲む結界をも呑み込み、一部の観客すらも跡形も無く嚥下した。

 

「――正直に言って驚いたぜ」

 

 アリエルが生み出した世界の壁にヌトが命を吹き込み、その壁が自死と引き換えに強度を上げて空間ごと【(ストライク)】を跳躍させなければ、今のでヌト以外全員死んでいただろう。

 

 額に汗を浮かべるアリエルは、苦々しい表情を浮かべた。

 オメガが放った【(ストライク)】、――その原理は破壊の権能と念力を掛け合わせたもの。

 百二十年前、かつてオメガが放った【(ストライク)】は念力のみの攻撃であり、それは十分に自身のワザで防げることができると、アリエルは確信していた。それに、オメガの【(ストライク)】を盗んで自分のモノとすることもできた。

 だが、今回のは訳が違う。【破壊】が光の速さで到達するのだ。当たればいかに六大天使といえど容易く無に帰してしまう。

 

「(拙い。遠隔でも【破壊】ができるなんて)」

 

 かつては遠距離攻撃でオメガの足止めをしていた。何故なら、当時のオメガは手に触れたものしか破壊できなかったからだ。

 

「(強くなってるのはワタシ達だけじゃないってことか)」

 

 加えて、破壊の権能が加わった【(ストライク)】によって、

 

「……半分近く神器を持ってかれちまったか」

 

 意図した事なのか偶然なのか。

 オメガが放った【(ストライク)】は隠蔽していた対アレス用神器の半数を破壊した。

 

 アリエルの、いや六大天使とヌトの脳裏に敗北の二文字がちらつく。

 

「(やはりあの程度の神器だとこれが限界か。ならここはやっぱり……)こいッ!! デウス・エクス・マキナ!!!」

「(デウス・エクス・マキナ? 機械仕掛けの神の名前だが、知らない名前だな)何をするつもりか知らないが、召喚元を潰せば終わりだろう」

 

 神威

 

 オメガから放たれた神威が、オメガを中心にドーム状に広がる。その展開速度は光にも匹敵する。

 だが、神器の呼び出しは転移と同様、光の速さを超えて出現する。

 

 疑似・神威

 

 第一主人の召喚に答えて、アリエルの前に出現したデウス・エクス・マキナの内のデウスとエキスから、神威が放たれる。

 こちらも放射状に放たれ、オメガの神威と衝突。暴風が吹き荒れ、目を開けていられない。

 オメガの神威と二人の天使の神威は一瞬、拮抗したものの、直ぐにオメガの神威が優勢となる。

 

神威!!

 

 だが、ヌトの放つ神威によって、再び均衡を保った。

 

「へぇ、その天使も神器か。それも私対策だな」

 

 神威の押し合いをしながら、オメガは新たに登場した二人の天使、デウスとエクスを視る。魂の形と流れを見れば、どちらも全く同じ拍動を奏でていた。

 

「(擬似的に神を模してるのか。機械仕掛けの神、人造の神、まさにその通りだ。おそらく、片方を破壊してももう一方を破壊しない限り復活するな。だが、先程のアリエルの言葉からして、デウス・エクス・マキナは三人。最後の一人は安全な所に隠してるんだろう。私だってそうする)」

 

 神威同士の押し合いにより、オメガ側の観覧席にいた天使達は漏れなく意識を失った。一方でヌト側は天使達への神威の効果を無くしていたため、失神せずにいた。

 そんな中、ヌト側の観覧席にいた天音かなたは、目の前の脅威から全く逃げようとしない他の天使達に、異質さを覚えていた。何故死ぬかもしれないのに逃げないのか。自分の命が惜しくないのか。天音かなたは思わず泣きたくなった。ルミニーもシャルロットも、逃げようとするかなたの方がおかしいとでも言いたげな顔をしていた。というか、言った。『天使(神の兵)がどうして神を置いて逃げるの? かなた変だよ』と。

 それでも、何とか説得しようとしても暖簾に腕押しで、もはやかなただけでも逃げようとした瞬間、脳裏に声が響いた。

 

『動かないで』

 

 その声はかなたを仙人へと昇華させたセレス・ファウナの声だった。その声が聞こえた途端、かなたの足は意思に反して動かなくなり、席から離れることができなくなった。それどころか、眼球すら固定されて武舞台上の戦いを網膜に焼き付けるように見せつけられる。

 武舞台では丁度、神威の押し合いが終わったところだった。

 

「正直、ここまで私を抑えられるとは思いもしなかった。褒めてやろう」*1

「褒めなくていいからさっさと帰れ」

「そこのデウス・エクス・マキナも、十分私への兵器として通用するだろう。だが――」

 

 ――これはどうかな?

 

 かつて神々を無に葬った破壊の権化、オメガは雨が降るように滑らかな、自然な動作で掌印を合わせた。

 

開闢・神域展開

 

 オメガの魔力が世界を侵食する。

 掌同士を合わせたまま、最凶最悪の破壊の神は、実に愉しそうに口の端を吊り上げた。

 

「さぁ、どう凌ぐ?」

 

 ――巨大な津波のように押し寄せるオメガの魔力、神域。それはコロッセオごと飲み込み、破壊の領域に引きずり込んだ。

 

開闢・神域展開!!

 

 引きずり込まれる直前、ヌトが神域を展開する。展開した神域は自身と六大天使のみを囲む様に限定された。開闢は魔力の消費が甚だしい。ヌトのこの選択は間違いでは無かった。

 そして、たとえ極小の神域でも領域のせめぎ合いが始まればオメガの権能の必中効果は失われる。無論自身の権能も失われることになるが、霊力の節約にはなる。ヌトはいかに自身の神域を保てるかが鍵だと思考し、神域の保持に全てのリソースを割いて戦闘行為を放棄し六大天使にオメガの相手を任せた。ハナからオメガ相手に領域の押し合いで勝とうなんてこれっぽっちも思ってないのだ。

 

 ――現世に創成された世界は、原初の宇宙のように何も無い荒野。無限に続く闇。永遠に続く夜。

 しかし、光あれと炎が宿る。だがその炎は白かった。

 

 ――通常、神にダメージを与えるには同じ土俵に立つ必要がある。神で無ければ、神の本体とも言えるその御魂にダメージを与えられない。序盤でオメガが即死レベルの重傷を負っても普通に動けたのはそのためだ。神は魂が肉体より上位に位置する。

 しかし、ウリエルの『神炎』は魂の領域まで影響を及ぼせる。

 

出力最大!! セイクリッド・プロミネンス!!!

 

 神をも焦がす炎が太陽の如く燃え盛る。

 その熱は太陽の中心温度である千五百万度と等しい。

 

 奇しくも現実では使用できない禁断の技が、神域のお陰で封が解けた。

 煌々と輝くその焔は、まさしく星の輝き。その星の光を極限まで圧縮する。

 かつて敗れた屈辱を、亡くした同胞の無念を込めて、ウリエルはオメガに向けて解き放った。

 

 だが――

 

「それは悪手だろう」

 

 オメガは呆れたとばかりの溜息を吐いた。

 迫りくる太陽と等しい熱エネルギーを前に、オメガは無防備にその身を曝け出し、直撃したかと思えば瞬く間に熱線が消失する。

 

「何をやってるんだ貴様らは? せっかく破壊の必中効果が消えたんだ。ここはヌトかデウス・エクス・マキナを旗頭に私を叩くべきだろう」

 

 戦いの熱が冷めたと、オメガは鼻を鳴らす。

 ヌト達は戦況が見えてなかったのだ。その事をオメガは暗に指摘した。

 神域中には神のオメガとヌト、そして六大天使を含めた一般の天使達。加えて、建築物のコロッセオも含まれているが、魔道具などはオメガによって弾かれた。つまり対オメガ用の神器も弾かれている。

 

 オメガが神域を展開した瞬間で、既にオメガにかかるデバフは排除されていた。

 全力を取り戻したオメガに対抗できるのは同じ神のヌトか、対オメガ用神器のデウス・エクス・マキナのみ。ダメージ自体は与えられるが、決定打のないウリエルはオメガの眼中に無い。

 

「このまま領域を押し潰してお前達を破壊する。ヌト以外は全員無に帰ることになろう。辞世の句でもしたためるといい」

 

 オメガは確実に破壊するために一段と魔力を放出させた。

 ガリガリガリッ!! という幻聴でも聞こえそうなほど、圧倒的に、理不尽にも、ヌトの神域が削られる。

 

「(クソ、領域が押し潰される! なんとかしないと……だがラファエルを今使うのは拙いしっ!!)……ッ宣誓!! 三分間権能凍結!!」

 

 ヌトが苦し紛れに採った策は『天秤』を傾けて領域の強度を上げること。

 天秤の内容を公言したことと、自分の死後三分間権能の使用を禁止することの二つによって得られた領域の強度は、しかしオメガの領域の侵食を僅かにしか遅らせられなかった。

 

「(嘘でしょ!? まるで要塞を押してるみたい!! やっぱり三分はケチったな!!!)」

 

 ヌトの奮闘虚しく、あと十秒も経たずにオメガの神域に塗り替えられるだろう。塗り替わった刹那に、その命は終焉を迎える。

 デウスが慌ててヌトの神域を補強するために疑似・神域展開を行うも、本物の神では無いせいか、その精度はあまりにも低い。

 一方でエクスはウリエルとアリエルと共にオメガに向かって遠距離攻撃を仕掛けるも、容易く相殺された。

 

「勝負あったな」

 

 もはやヌトの神域は僅か畳二つ分。

 勝利を確信したオメガは氷のように冷ややかな目でヌトの神域が崩壊するのを見届ける――直前、オメガの神域が崩壊した。

 

「(は――?)」

 

 オメガは驚愕で一瞬思考が止まる。

 神域が無くなり、現世に舞い戻った直後、空間の祝福が乱入者の存在を告げた。

 思わず振り返りながらも、その気配が誰のものかオメガは理解した。

 

「やってくれたなぁあ!!!――ガブリエル!!!!」

 

 背後の空に浮かぶ六大天使のひとり、『神言』のガブリエルが顔を苦痛で歪めながらも、効果を増幅できる己の神器(ラッパ)を目一杯吹いた。

 

 同時に、時間が止まったかのようにオメガが硬直した。

 

「今だ!! 畳み掛けろ!! 五秒しか保たない!!」

 

 ガブリエルの起死回生の一手。

 ガブリエルは自身のワザでオメガの領域を解体、及びオメガの行動を制限した。

 六大天使と言えどたかが天使。単なる『神言』ではオメガに太刀打ちできない。

 よってガブリエルはオメガの領域を解体する時に『天秤』を設けた。それは『次の一回以降のワザの使用を百年封じる』こと。

 神器によるバフも相まり、オメガの領域を解体できた。

 そしてオメガの行動を制限する時、次のように『天秤』を傾けた。『神器が崩壊する代わりにオメガの思考速度を五秒間通常の百分の一にする』こと。

 オメガの思考を停止させる方が一番であったが、その効果を得る為にはおそらく神器以上のものを懸ける必要があった。

 

 オメガ相手に五秒は短い時間であるが、ラファエルがいる以上十分である。そしてオメガにとって五秒は百倍の五百秒、つまり八分近くの時間となる。

 

 全力以上を引き出して吐血したガブリエルが武舞台に墜落するのと同時、ヌトと六大天使が動く。

 

「くたばれぇぇえええ!!!」

「(速い! 見えなかった!!)」

 

 オメガの顔面にアリエルの拳が炸裂する。ピンボールのように吹き飛んだオメガを追いかけ、再びの脚撃。五秒が経過する一瞬前に、オメガの体にラファエルが触れた。

 

「『回帰!!』」

 

 ラファエルは硬直した瞬間を元の状態と認識して、オメガの硬直時間をリセットする。あとはもうこれの繰り返し。オメガは永遠に続くループに囚われた。

 ラファエルが今の今までまともに『回帰』を使ってこなかったのは、このための布石だった。

 

「(あまりにも速すぎる! 時間を操作したか? いや……そうかこれは、思考速度の低下か!!)」

 

 外の時間で十秒が経過した頃、オメガは自身を襲う脅威の正体に気付く。オメガはコンマ一秒でそう考える間も、肉体と思考の剥離は収まらない。

 オメガの武器である念力も、思考速度が低下すれば今の状況に対応できない。なされるがままに、オメガは四方八方からありとあらゆる魔法が叩き付けられる。

 

 だが外の時間で更に一秒が経過した頃、オメガの肉体はダイヤのように硬くなる。身体強化魔法だ。

 

「(嘘だろ判断が早すぎる!! 肉体が反射的に魔法を使ったのか!? けど――)意味無ぇんだよ!!」

 

 たかがダイヤ如き砕いてしまえばいい。

 まともに反撃できないオメガ相手なら、十二分に可能だ。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!!」

 

 ラファエルの『回帰』とアリエルの『世界』で、オメガを空中に固定し、全員で攻撃を叩き込む。そして念を押して三秒間隔でラファエルがオメガの硬直状態をリセットする。

 

「『ヘブンズ・フレイム!!』」

 

 ウリエルの『神炎』がオメガを容赦なく焼いていく。あまり大きなワザを使うとラファエルに支障が出るため、規模を最小限に抑えてウリエルは放った。

 一秒にも満たない焔は、オメガの右上半身を炭化させる。

 

 だが。

 

 全身に付けた傷が緩やかに再生していっている。神々のもつ不死性によるものだ。

 

「なっ、この――神威!!」

 

 不意に、ヌトは神威を放った。

 それと同時、オメガから放たれた神威がヌトによって相殺された。

 

「(ちょっとまだ二十秒経ってないだけど!? コンマ二秒でここまで動けるなんて、やっぱりあの噂は本当だったんだ!!)」

 

 凡人なら、コンマ二秒の領域をしかと認識することはできない。だが、かつて『知恵の実』を口にしたオメガは、脳の機能が飛躍的に上昇し、伴って思考力も比類無きものになっている。ヌトはオメガに戦慄を憶えながらも、心の中で確信していた。

 

「「「「「(勝てる!!!)」」」」」

 

 全員が同時に得た確信は麻薬のように脳を痺れさせた。今まで散々痛めつけられてきた相手を無遠慮に仕返しすることができる。

 雌伏の時を経て、長年燻ってきた反逆心を拳に乗せ、その威力を高め、血潮をぶち撒ける。

 

 ――アレスに勝てる!!

 

 ボルテージが上がる。

 頬が紅潮する。

 心臓が水を得た魚のように拍動する。

 

 一方的なまでの戦闘は、オメガの肉体を多いに損傷させた。

 ガブリエルの『神言』から丁度一分。

 

 オメガは眼球を貫かれた上に達磨状にされ、首をアリエルの神器で貫かれていた。

 腹部からは腸が掻き出され、だらんと垂れ下がっている。

 

 辺り一面、まさに血と臓物の海。夥しい血痕の跡がヌト達の憎悪の激しさを伝えていた。

 

「勝ったな」

「ああ」

 

 硬直状態を解けば、今直ぐにでもオメガは死に絶えるだろう。与えた致命傷は勝利を確信するに十分な証拠だった。

 

 だが、オメガは元々創造神に勝つ為に力を練り上げてきた。奥の手も切り札もまだ隠し持っている。

 

 ―――ヌト達はオメガを見誤ったのだ。

 

「お前の負けだ。アレス」

 

 

 

 本体真如住空理(ほんたいしんにょじゅうくうり)

 寂静安楽無為者(じゃくじょうあんらくむいしゃ)

 鏡智慈悲利生故(きょうちじひりしょうこ)

 運動去来名荒神(うんどうこうらいみょうこうじん)

 今此三界皆是我(こんしさんがいかいぜが)

 有其中衆生悉是(うごちゅうしゅうじょうしつぜ)

 吾子是法住法位(ごしぜほうじゅうほうい)

 世間相常住貪瞋癡之(せけんそうじょうじゅうとんじんちし)

 三毒煩悩皆得解脱(さんどくぼんのうかいとくげだつ)

 即得解脱(そくとくげだつ)

 

 掲諦掲諦(ぎゃてぃぎゃてぃ)

 波羅掲諦(はらぎゃてぃ)

 波羅僧掲帝(はらそうぎゃてぃ)

 菩提薩婆訶(ぼうぢそわか)

 

 多呪即説呪曰(たしゅそくせつしゅわつ)

 

 オン キリカク ソワカ

 オン キリカク ソワカ

 オン キリカク ソワカ

 

 

 

 ―――開闢・神域展開

 

*1
褒めて伸ばすタイプ




 作中のMultipletは測定機器のNMRの用語です。同じくSingletとTripletもです。どちらも量子力学に関係します。

 生徒会
 いずれまた出すかも。

 天音かなた
 天使の異質さを知る。
 幻影拳習得。

 オメガ
 次回二個目の権能発動。
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