白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 さぁ、叛逆者達のお出ましだ―――

 以前投稿した内容を加筆修正。
 次回はJusticeを出す予定です。


第34話 降臨

 六月末に行われた寮戦祭。その冒頭で乱入した破壊神オメガによって天界は甚大な被害を被った。

 そして、その一部始終を見ていたオメガαが以下のような予言を残した。

 

 〝来たる七月七日、五人の謀叛者が解き放たれ、明日(みょうじつ)に四人の正義が解き放たれる〟

 

 ウェスタ闘技大会。その予選開催日の次の日がオメガαが告げた七月七日。

 

 彼女らは日常の中に突然、現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『The Cell』と呼ばれる大監獄があるのは知っているだろうか。

 それはヒトに限らず、手に負えないモノを封じるために用意された監獄であり、謂わば封じるしか方法が無かったものを閉じ込めておく所だ。

 故に、その所在は煙に巻かれており、世界のどこか、地中深くにあると言われている。

 

 

 さて、ここまで綴ってきたが、察しの良い諸君らは悟ったことだろう。

 この大監獄から脱走者が出てしまったことに。

 

 

 

 

 

 

 最近まで乱れに乱れていた蠢く文字が、凄まじい勢いで何かを綴っていく。

 

「ハ」

 

 手元のアブラハムの書を見て、思わず声が出た。

 

「ハハハッ―――」

 

 綴られていたのは、未来の事象。

 

「ハハハっ、ハハっ、フハハハハハハッッ!!」

 

 とても面白いものでも見たかのように、オメガは顔に手を当てて大笑い。椅子の背もたれに深々と沈み込み、指の隙間からアブラハムの書に視線を落とした。

 

『The Cellより五人の謀反者が脱走―――と会敵―――念力の核心を掴む―――五人は繝裟ャの下に……』

 

「運命が大きく変わった!! 私の辿った道筋は、もはや私のものでは無くなった!!!!」

 

 運命というのは、もっぱら大きな川で喩えられる。

 川の中に大きな岩があろうと、別れた川はいずれ一つに収束する。だが、今回は、川そのものが変化したのだ。まるで、大規模な地殻変動を起こして、川が本来交じることの無い川に合流するかのように。

 

「Adventを手に入れれば、理想郷に大きく近付く!! 私の計画は飛躍的に進むだろう!!!」

 

 興奮冷めやまぬまま、アブラハムの書を辿る。

 読むのは、六年後の十一月二十四日。その日の出来事。

 

 今までの流れでは、銀鏡チヒロは白銀イダスに敗北し、この世からいなくなるという流れだった。だが今回の運命の流れではどう変化しているのか。

 

 指で辿った文字は、白銀イダスの死去を示していた。

 ピタリと、オメガの興奮が冷水をかけられたように終止する。

 

「(……念力の核心を掴んだのならば、やはりこの結果になるか。だがその後の流れが問題だ)」

 

 続けて、アブラハムの書を捲る。

 

「(ふむ。やはりそうするしか無さそうだな)」

 

 オメガが望む未来にするには、勝利したチヒロに攻撃することだった。無防備の背中に叩き込めば、オメガが思う道筋を辿る事を知った。

 

 ある程度未来の算段を付けたところで、オメガは立ち上がる。

 ちょうど、その時、空間の揺れを感知した。

 遥か昔にマーキングした『The Cell(ザ・セル)』から、異常を知らせる信号が送られたのだ。

 

「懐かしい友を迎えに行くとしよう」

 

 パチン。

 

 指を鳴らしたオメガは、幻のように姿を消した。

 

 

―――………

 

 

 

 混沌の眠りが醒めかけている。

 本来ならばまだ目覚める時では無いというのに、あり得ない事が存在し続けたがために、目覚めが早まっている。

 

 だがしかし。

 今この時、空間に激震が走ったのは、混沌のせいではない。

 

 大監獄『The Cell(ザ・セル)』の扉が抉じ開けられたのだ。

 

 それを察知したのは、議会の神々『空間の代弁者』九十九佐命、『自然の番人』セレス・ファウナ、『時間の典獄』オーロ・クロニー、『文明の守護者』七詩ムメイに加えて、『魔神』ラプラス・ダークネス、『死神』森・カリオペ、そして『破壊神』オメガと『白銀の仙狐』銀鏡チヒロの計八名である。

 

 その中でも『白銀の仙狐』である銀鏡チヒロは一目散にその場所に飛んだ。

 向かった先はウェスタの中心に突き刺さっている空色の巨剣。

 それははるか古代より存在するイワレが不明な剣。

 

 そのガード()にあたる部分に、五人の脱走者が腰掛けていた。

 

 

 

「久し振りの外の空気は美味しいわね」

 

 まずは一人目。

 黒と白のツートンカラーの髪色で、太陽のフレアのように惨烈な輝きを目に宿す彼女の名は、【収集家】シオリ・ノヴェラ。

 

 彼女はこれからの物語を知るため、脱獄を計画、実行してみせた。

 

 

「月の輝きは、今も昔と変わってないんだね」

 

 二人目。

 穢れを知らぬ清浄な銀髪の持ち主で、吸い込まれるようなアメジストの瞳を瞬かせる彼女の名は、【感情結晶体】古石ビジュー。

 彼女は厳密なヒトではなく、ヒトビトのあらゆる感情が凝縮された『感情結晶体』である。

 

 その結晶体、古代魔石の輝きを我が物にしようと数多の愚か者が争い合ってしまった歴史から、誰の手にも渡らぬよう、ネフィリムによって秘密裏に幽閉されていた。

 

 

 

「誰か近付いてきてるようだ。素晴らしい魂の音色がする」

 

 三人目。

 正に闇そのものを濃縮したかのような漆黒の髪色。しかしその内側は深みのある青色で夜空の星を溶かしたかのようだ。彼女は昏い赤い眼を細め、眼下から飛来する銀鏡チヒロを見た。

 刺叉にも似た杖を携える彼女の名は、【音の魔人】ネリッサ・レイヴンクロフト。

 

 歌をこよなく愛するが、その歌は世界を狂わしかねない程の威力を持つ。

 

 

 

「えぇ〜誰だろぉ〜? ふわふわに包み込んであげようかな~?」

「おおっ! さっそく遊びの時間だー! みんな、準備は出来てるよね!!」

 

 

 そして四人目と五人目。

 前者と後者は双子であり、『魔界乃番犬』のまとめ役と暴れん坊である。ゆるふわな雰囲気を醸し出している【ふわふわしてる方】がフワワ・アビスガードで、【もこもこしてる方】がモココ・アビスガードである。

 

 言動が幼いからと言って侮ってはいけない。彼女らは神々をも困らせる程の悪戯好きで、それが原因で大監獄『The Cell』に投獄されていたのだ。

 

 

「―――どうやって剣を壊さず脱走できたか、とか聞きたいことは沢山ありますが、まず、あなた方は何者ですか?」

 

 彼女らと同じ高さまで上がってきたチヒロは、そう問いかけた。

 眼の前に浮遊する白い人物を前に、シオリは警戒を露わにしながら返事を返す。

 

「人に名前を訊ねる時にはまず自分から名前を名乗るべきでは?」

「……銀鏡チヒロと言います。付け加えると、ここウェスタにある白銀騎士団の副団長をやってます」

 

 ペコリと頭を下げたチヒロは、今度はそちらの番だと視線を送る。さすれば、各々名前を告げた。

 続いてシオリが厳かに口を開く。

 

「我々はAdvent。世界に、己が運命に、退屈な日々に反逆すべく大監獄『The Cell』から飛び出してきた」

 

 その宣言はまるで、世界に刻みつけるかのようだった。

 

「そう、Advent……。ではあなた方に要請します。即刻『The Cell』に戻りなさい」

「断ったら?」

「力付くで戻します」

 

 殺意を高めるチヒロに対し、収集家は冷ややかな笑みを浮かべて紫色の栞を一枚取り出した。しかし、隣りにいたネリッサがシオリの腕を掴んだ。

 

「舐めない方がいいね。魂の音色から察するに、彼……彼女? は結構できるタイプよ」

「じゃあこっちを」

 

 ネリッサの忠告に従い、シオリは改めて別の栞を取り出した。その栞には数多の腕を持つ巨人が描かれてある。

 

「さぁ、行くわよ」

 

 真上に放り投げられた栞が、溶けるように空間へと消える。

 

 シオリの『ワザ』はその代名詞の通り。

 気に入った物語や大切な思い出を栞に変え、保管することができる。そして自在に取り出すこともできる。

 

「顕現、『ヘカトンケイル』」

 

 シオリの背後に呼び出された物語は『ギリシャ神話』に登場する三兄弟の巨人。百椀巨人の異名の通り、その腕の数は百本。それが三体で計三百本。

 神話ではその無数の剛腕で一度に三百の大岩を敵に投げ付けた。更にその大岩はひとつひとつが山の如き巨大さを誇り、着弾の衝撃で大地が揺れ動くほどであったという。 

 これだけでも十分過ぎる戦力だが、シオリはもう一枚取り出した。

 

「顕現、『八岐之大蛇』」

 

 次に呼び出された物語は『日本神話』に登場する怪物であり、頭が八つ、尾が八つ、谷を八つ渡るほどの大きな体を持つ。

 その巨大さは、かつてのリヴァイアサンを上回る。

 

「これでもまだやるっていうのかしら?」

 

 更に複数枚の栞をこれ見よがしにヒラヒラさせながら、シオリは問う。

 正直、シオリは目の前の相手を舐めていた。

 これ程の力を見せ付ければ諦めて我々を見逃すかと思っていた。しかし予想に反し、チヒロの戦意は微塵も衰えていなかった。

 

「あまり私を舐めないでもらいたい」

 

 淡々と答えたチヒロは、眼光鋭く彼女らを睨む。

 

「今、私の得物が無い事に感謝しなさい」

 

 チヒロの身体がブレると同時、小さな爆発でも起こったかのように空気が弾ける。それは初速から音速を超えたことによるソニックブームの発生。

 彼我の距離は元々十メートルもない。その距離で音の速さで跳び出したチヒロの姿は、シオリとネリッサの動体視力では捉えきれなかった。

 

「モココが相手だー!」

 

 直撃するかと思われた拳は、モココ・アビスガードによって防がれた。更に追撃を仕掛けてきたフワワ・アビスガードの脚撃を仰け反ることで回避する。

 

「フワワも相手するよ〜!」

 

 チヒロは狐のお面を掠めそうになる程の紙一重のタイミングだったが、全く焦りは無かった。

 闘志を燃やすモココとフワワに向けて、チヒロは片手を広げる。

 

「もう、あなた方の技量は分かりました」

 

 グッと広げた手を握れば、五人全員の身体をその場で拘束した。更に、

 

「まず召喚者を叩くのが定石でしょう」

 

 結局虚仮威しとなったヘカトンケイルと八岐之大蛇を引っ込ませるため、チヒロはシオリの元に飛ぶ。

 ここで一言言っておくが、チヒロは油断をしていなかった。ただ、その攻撃を初見で防ぐ方法は無かったのだ。

 

「『ぶっ飛べ』」

「がァァァ!!?」

 

 その言霊はネリッサによるもの。

 かつてその歌は世界を狂わしかねないと危惧された力が、チヒロの精神をゴリゴリと削る。魂に直接影響を与えるその言霊は、いとも容易くチヒロを退けた。

 己を縛る念力を外し、自由となった彼女らは、ここから逃げることを決断した。

 

「ビブー!」

「オッケー!」

 

 ネリッサの声に、古石は間髪入れずに答える。既に彼女らの足元には金色の魔法陣が展開されていた。その魔法は転移魔法。発動すればもはや追っては来られない。

 そんなことはチヒロもよく知っている。だからチヒロは、酷い頭痛に悩まされながらも全力で魔法陣に向かって飛んだ。

 

 そして、魔法陣が消えた時には誰の姿もそこには無かった。

 

 

 ――転移した先で、視界に飛び込んで来たのは砂漠が一面に広がっている、自然が死んだ世界。

 

「ここはどこよ」

「エデンの筈何だけど……」

「エデン!? この砂漠しかない所が!?」

 

 飛んだ先はエデンの筈が、何故か一面砂漠地帯。

 夜の砂漠は酷く寒く、彼女らはぶるりと肩を震わせた。と、砂漠の暗がりから荒い息を吐くチヒロが姿を表す。勢い余って砂に突っ込んだらしく、立ち上がった衝撃で肩から砂が零れ落ちた。

 

「逃がしま……せんよ」

「うわぁ、アイツ一緒に来てたのかよ。驚いたね」

「私が言霊ぶつけて潰そうか?」

「いや、せっかくヘカトンケイルと八岐之大蛇を出したんだ。コイツラにやってもらおう」

「ふ〜ん。でも斃されたら厄介だからね。一回だけ折を見てぶつけるよ」

 

 頭痛に加えて吐き気も催しながらチヒロは錬成陣を展開。バチバチと青く弾ける錬成光を立てて、その錬成陣から刀を引き抜いた。

 

「覚悟ー!」

 

 先手必勝と、モココが飛び出す。その後を一瞬遅れてフワワも追う。

 念力という手段を捨てたチヒロは、剣士として二人に相対する。万全な体調では無いものの、チヒロは全力で刃を振った。

 しかし自分が思う以上に言霊によるダメージは大きく、振り翳した刃は躱され、カウンターを食らいそうになる。

 

「くっ……」

「たぁ!」

 

 モココは距離を離されまいと更に踏み込むと、流れるように追撃の手を繰り出していく。

 空気を撃ち抜き轟音を響かせる拳打は、一打一打がまさしく岩をも砕かん威力だろう。それがフワワとモココの阿吽の呼吸で迫ってくる。

 

「うららららぁあ!」

「たららららぁあ!」

「風真一刀流 八ノ段 流幻天狗風」

「うわ斬撃が飛んできた!!」

「ひやぁっ!?」

 

 ひとまず全方位に斬撃を飛ばしたチヒロは、体勢を崩してたたらを踏んだモココへと狙いを定め、抜刀。

 

「風真一刀流 一ノ段 疾風迅雷天津風」

 

 月光に煌めく刀身が、モココに迫る。

 風より速く、雷より素早い刃が、己の首に差し掛かった時、フワワが叫んだ。

 

「『トリック』!!」

「くっ……!?」

 

 フワワのワザにより、鉄で出来た刃が植物の花に変化した。これでは殺傷力の一文字も無い。チヒロは再び錬成し直し、地面から新たに刀を引き抜いた。

 

「ありがとー、助かったよフワワー!」

「モコちゃん、後でポンデリング十個ね!」

「Hae!!?」

 

 仕切り直しとなったこのラウンド。

 息を整えるチヒロに、突如として悪寒が走る。言霊が来ると、察知した直感に従い、弾丸のようにその場から離れた。防ぐ手段が分からない今、ひとまず距離を取ることを選んだのだ。

 しかし、言霊の威力は距離を取ったにも関わらず微塵も衰えておらず、チヒロは堪らず血を吐いて地面に墜落する。

 

「潰せ。ヘカトンケイル」

 

 砂煙が上がるかの場所に、ヘカトンケイルの無数の腕が迫る。まるで滝にも似た拳の雨は、一つ一つが必殺の威力。振り下ろされた衝撃で、天空高く大量の土砂を巻き上げた。

 

「燃やせ。八岐之大蛇」

 

 更に、八岐之大蛇の八つの頭全てから超高温の炎が吐かれる。一本一本がただでさえ巨大かつ高威力だというのに、収束されて一つとなった炎はさらに極大となり、砂漠の一部を容易くガラス化した。

 

 その全てを見届けたシオリは、肩の荷が下りたかのように溜め息を吐き、一言。

 

「さて、これで死んで無かったら人としておかしいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隕石のように落ちてくる数多の拳。それを防ぎ切るには負ったダメージがデカ過ぎた。

 

(言霊にここまで抵抗できなかったのは、想定外だった。それに、古石ビジューがまさか古代魔術の使い手だったなんて)

 

 目にも止まらぬ速さで落ちてくる拳が、チヒロに直撃。せめてもの防御にと、構えた腕ごと弾き飛ばされる。

 意識が飛びかけた中、眼前に迫る拳が、まるでスローモーションにでもなったかのようにゆっくりに感じられた。

 それは間違いなく、走馬灯だった。

 

(でも、ここまで追い詰められたのは初めてじゃない)

 

 今まで生きた時間が、瞬く間に通り過ぎていく。

 何度も死にかけては、生き延びてきた。修羅場を潜ってきた。

 

 ぼんやりと明滅する意識の中で――はっと目を見開いた。

 

 光は波と粒子の二つの性質を持つことはご存知だろうか? これは前者はヤングによって確かめられ、後者はアインシュタインによって説明された。更に、この二重性は光だけが持つものじゃない。全てのものが持つ性質である。

 よって、魔子と霊子も同じだ。そこで、『念力』とは、魔子と霊子を操るものである。

 今まで『念力』を使う時、魔子と霊子は粒子として扱ってきた。それは粒というイメージがし易いが為に、その具現化が容易かったからだ。

 

 ならば、波はどうであろうか。

 点では存在せず、線として存在し続ける異なる考え。

 これはイメージするのが難しい話だ。何しろ、数学的に言えば次元が一つ違うのだから。

 

 だが、チヒロは聡かった。十分な科学の知識を持っていた。でなければかつて、宇宙望遠鏡『イカロス』の打ち上げに参加できるものか。

 

 で、あれば。

 具現化するのは容易い。

 

 念力を科学的に、数学的に解釈、発展、昇華。

 魔子と霊子の振る舞いを把握し、掌握、理解。

 

 一次元()二次元()に、二次元()から三次元(波動)に。

 

 謂ってみればそれは―――念力の奥義。

 

 

「確率――収束。波動展開――【凪】」

 

 

 粒子として扱ったときを矛とするならば、波として扱ったときは盾である。

 

 だから――これは当たり前の結果である。

 手から放したリンゴが地面に落ちる様に――落ちる拳が、【凪】によって宙に止まったのは。

 

 何やら八岐之大蛇が口を開いたが、どんな攻撃であろうと、その結果はもう分かっている。

 砂から立ち上がり、血をペッと吐き出して、口元を拭い――人差し指を、ピンと立てた。

 

 思考が澄み渡る。

 視界がクリアになる。

 それはまるで無我の境地に入ったかのような夢心地。

 顔を覆う狐の面が地面に落ち、熱気が頬を撫でた。

 

「今なら――何でもできる」

 

 ――ここが、ここからが、到達点だ。

 

 

 

―――………

 

 

 

 突如、巨大な光がシオリのヘカトンケイルと八岐之大蛇を襲った。何の気配も無く放たれたその光は、いとも容易く2匹の怪物を滅ぼした。

 

「うそぉ……」

 

 もうもうと立ち込める砂埃が、呆気に取られたフワワの口に飛び込んだ。たまらず咳き込む。

 そんな砂煙が落ち着いた時、見えた先に立つ傷一つもない姿に、誰もが背筋に冷たいものを感じた。

 

 確率――収束

 

 狐の面の下、可愛らしい顔を冷徹に歪めて、チヒロはフワワ達の方へ指を向ける。

 それに脅威を真っ先に覚えたのは、獣の感覚を携えたフワワとモココ。

 みんなに逃げるように叫んだのと同時――

 

「粒子装填――【撃】」

 

 ――眩い光が全員を呑み込んだ。

 

「へっ?」

 

 てっきりやられたかと思えば、五体満足で立っていた。矢面に立っていたのは、ビジュー。あの一瞬で防御魔法を展開したらしい。

 キリッとしたその横顔がたちまち崩れて焦燥の色を浮かばせた。

 

「どうしよ! めっちゃ強いんだけど!!」

 

 ひぃーんと涙目で叫んだビジューにトドメでも刺すように、再び閃光が駆け巡る。ビジューの魔法陣の守護範囲の外では、砂漠が熱せられて硝子化していた。

 

「古代魔術はやっぱり強固ですね。普通の念力ではどうにもできそうにない」

「じゃあ諦めて!」

「でも、どうやら【撃】なら通じる様子」

 

 再三の極光。黄金の魔法陣が力切れを示すかのように点滅を繰り返す。

 モココのもこもこの耳と尻尾が、戦意を失ったことを示すように垂れていた。それはフワワも同様であったが、せめてと言わんばかりに、BAUBAUと威嚇している。

 

「『潰れろ!!』」

 

 ネリッサの言霊がチヒロを襲う。瞬間、チヒロは地面に叩き付けられて赤い飛沫が舞うが、その瞳はまだ燃えている。

 

【撃】!!

 

 地面に伏せているのに、変わらないその威力。ダイヤモンドよりも固い意志に、フワワは敵ながら天晴とも思う。

 放たれた光はてんで的外れの方向に飛んだ。安堵の息を吐いてほっとした瞬間、明後日の方向から極光が。

 

 いかなる手段か知らぬところだが、どうやら白銀チヒロは放った【撃】を引き戻したらしい。

 

 刹那、フワモコの脳裏を過ぎるのは、Adventと一緒に投獄されてた女の子。その子がいればどうにかできたのかもしれないのに、あの子はAdventの誘いを蹴った。

 

『妾はまだここにおる。……そんな顔をするな。いずれまた出会う』

 

 Uhuun……。やっぱり無理矢理でも連れてくれば良かったよぉ。

 

 後悔しても時既に遅し。

 Adventを喰らわんと、チヒロの攻撃が飛来する。今直ぐに対応しないとやられるのは時間の問題。

 

 直後、ドバァンという音とともに、何かが砂漠の下から現れた。真っ黒の姿をしたそれは飛び出した先のチヒロを呑み込み、十数メートル高く飛んだ。コントロールを失った【撃】は紙一重でAdventの上を飛んでいく。

 

 滞空するそれは砂漠の魔物。砂海を泳ぐ捕食者。サンドエンペラー。

 他の魔物と違って桁違いの危険度とされるサンドエンペラーは、皇帝と呼ばれるに相応しい能力を持っている。

 

 砂に潜っている間は別次元に潜んでいる*1ため、知覚することも攻撃することもできない。気付いた時には既にサンドエンペラーの腹の中。

 

「た……助かった?」

 

 サンドエンペラーはチヒロを吐き出すこともないまま、再び砂の海に潜る。

 Adventは顔を見合わせて、急いで身を寄せ合った。ビジューが出した魔法陣に乗り、サンドエンペラーを刺激しないようにゆっくり上空へと浮かび上がる。

 

 そして、地面から八メートル程浮かび上がった時、ザパァン!

 

 水面から鯨が飛び出すように、サンドエンペラーが砂の海から飛び出した。もちろん、その口内はAdventの方を向いている。

 

 しかし――

 

「「……Hae?」」

 

 サンドエンペラーが爆発した。

 膨れ過ぎた風船のように、バァンと破裂した。

 チヒロが内部から爆発させたのか、衝撃で血と臓物の雨が降り注ぐ。 

 

 その中で、チヒロはAdventをギラギラした目で見つめて――急にあらぬ方向を向く。

 その方角には、何やら闇が蠢いていた。

 

 

 ――は ハハは、ふフ

 

 ――ヘヘは ハは、はハはハ

 

 

 太く、黒く、巨大な触手が天へと昇る。

 蠢く数多の触手は、歓喜に震えてるようだった。

 

 

「あれは――半神(デミゴッド)!!?」

 

 神に成れなかった紛い物。

 理性を失い獣に堕ちたモノ。

 どんな理由か、あのサンドエンペラーの体内にずっと居た。

 

 ――あヘヘ ぁは、はハはアぁ

 

 呪詛のような、心が壊れた人のような笑い声をあげて、半神(デミゴッド)が身を捩りながら向かってくる。

 

 くるくる身を捻りながら、数多の触手で這うように移動するその姿に、生理的嫌悪感を抱く。

 

 ――欲ㇱい ホじイ 欲しいィいイ゙

 

 相手は堕ちても神。滅するには神の力が必要だった。

 

 チヒロは愛刀が無ければ神を斃せない。よって一時休戦とばかりにAdventへ共闘を求める声をあげた。

 

「確率――収束。二重・波動展開――【凪】」

 

 攻撃の意志はないと示す為に、無防備の背後をAdventに晒し、半神(デミゴッド)が放つ触手を防ぐ。

 

 世界の上位存在である神。それも権能を振り撒く異質な半神(デミゴッド)を前にしても、チヒロに恐怖も焦りも何もない。

 

 チヒロの胸中には不思議な熱さが満たしていた。念力の核心を掴んでからずっと、心が熱かった。その興奮が、心臓に乗って全身を巡っていた。髪や爪の末端に至るまで血潮が沸騰するようだった。

 

 されど思考は冷え冷えと冴え渡って、世界は透き通るように鮮明。神を斃すことはできなくても、永遠に防御し続けることができるという確信があった。

 

 ――餘ェ斐rェ縺kャ゙ェ!!!

 

 狂った半神(デミゴッド)はまたも触手を振るう。癇癪を起こした子供のように、何度も触手を【凪】に叩き付ける。

 背後から上がるAdventの悲鳴に、違和感を覚えながらもチヒロは目の前の怪物を見る。半神(デミゴッド)の権能は不明だが、少しずつ【凪】を侵食してるように見えた。

 

 なので、不可侵にした。

 

 凪いだ粒子に、斥力を発生させる。

 見た目は【凪】のまま、その性能が『壁』から『反発』に変化。

 

「確率――変則。二重・波動展開――【斥】」

 

 【斥】に近付けば近付く程、より強力に跳ね返す。あとからあとから迫りくる二の手三の手を、悉く弾いてみせた。

 

 たらり、と鼻から熱いものが垂れてきたのをチヒロは感じた。

 【斥】は【凪】の応用だ。全ての霊魔子に『斥力』を与えて操作するには脳の演算容量が足りてない。

 

 それでもチヒロは笑う。血を乱暴に拭って、爛々と眼を輝かせる。

 

 確率――収束。

 

 これを使わなければならない理由はない。今の【斥】だけで十分対処可能。

 だがこの興奮が、さらなる高みに繋げてくれると確信していた。

 

 粒子装填――

 

 行使するは【斥】と【撃】の同時展開。

 度の過ぎた応用だ。たった二重に展開した【斥】の時点で限界を迎えていたのに、【撃】を併用するのは短時間で完成させていい絶技ではない。明らかに寿命を削る荒業だ。現に高熱を出し、眼球からも血が流れ始めていた。

 

 情報が処理しきれてない。

 氷のように澄み渡っていた思考はもはや茹で上がっていた。

 

「あっ」

 

 纏め上げた【撃】が揺らぐ。直後、暴風が吹き荒ぶ。

 超自然現象を引き起こす霊魔子は、エネルギーそのものといっても過言ではない。それが暴走した結果、敵の半神(デミゴッド)とAdventを巻き込む大爆発を引き起こした。

 

 砂埃が晴れた中、隕石でも落ちたかのような惨状が広がっていた。爆心地では手足がバラバラに吹き飛び、内臓が零れ落ちて焼けたチヒロらしき物体があった。

 

 はて、どうして自分達は無事なのか。

 そう疑問に思うAdvent達の鼓膜を、第三者の声が叩く。

 

「少し……焦ったぞ」

 

 Adventを爆発から防いだオメガは、ドーム状に展開した【Calm()】を解いた。

 チヒロとAdventの実力を推し量る為、虚像世界で観察していたら突如として爆発したため、慌てて出てきたのだ。それでも爆炎や衝撃波を防げたのは流石と言うべきか。

 

 そんな裏事情はともかく、オメガはAdventにとって不審者に違いない。先手必勝とばかりにネリッサが言霊を飛ばすが、届く前にオメガは爆発でできたクレーターに転移。そこで再生中の半神(デミゴッド)を破壊し、チヒロの再生が終わるのを待つ。

 

 みるみるうちに形成されていく骨、肉、内臓、皮膚。生えた右腕でチヒロは頭を掻いた。

 

「……うーん。なんだかなぁ」

「そういうことだ」

「あぁなるほど。やっぱり運命が変わってますか」

 

 肉体は再生しても服は再生しないので、チヒロは今後の身の振り方を考えながら、白銀騎士団の団服を錬成する。

 

「狐の面が取れましたし、こうして私が『仙人』ではなく『聖仙人』であることも世界に許容されました。そして、オメガがここに来たのはつまり」

「ああ。Adventを我々の組織に抱き入れる」

「……正直、Adventは弱すぎる。神々に匹敵すると思われるのは現状、シオリとネリッサ……いやシオリだけ。なぜ伝説の大監獄から脱獄できたのか不明ですね。これも運命の思し召しでしょうか」

 

 錬成光が砂漠の闇を切り裂く中、チヒロとオメガは思考を交わす。Adventはこれ幸いにとどこかに転移していった。

 

「おそらく、近日中に世界から調整(辻褄合わせ)が入る。闇が濃くなれば光も一際輝くだろう。Adventに匹敵する存在であれば、その正体も自ずと導ける」

「都合を合わせるとしたら、The Cellの閻羅人。あるいはもっと上の存在ですかね、っと」

 

 錬成し終えたチヒロはそそくさと着替えを済ませて、オメガの肩を掴む。オメガなら既にAdventの居場所を把握してるでしょ? という無言の信頼だ。

 

「跳ぶ前に、面も作っとけ」

「ああ、そうでした」

 

 再び錬成して狐の面を装着すれば、今度こそオメガは転移のトリガーである指を鳴らした。

 

 砂漠の世界から一転、今度はどこかの森の中。梟の声が木霊する深緑の世界で、オメガは破壊を乗せた【Strike()】を一直線に飛ばした。

 闇に迸る破壊の弾丸は森林を破壊し、豊かな土壌を消し、霧散する。破壊の爪痕が残る先に、Advent達はいた。

 驚愕と恐怖を足して割ったような表情を顔に貼り付ける面々に、オメガは威圧代わりの神威を放ちながら言った。

 

「さて、交渉の時間だ。我々に下るか、ここで滅ぶか」

 

 実質、一択である。

*1
そのため生態がよくわかってない




 銀鏡チヒロ
 この度念力の新たな可能性を切り開いた。
 チヒロが仙人ではなく聖仙人であることは初めから考えていました。なので、第8話で鯨に吐き出されたチヒロの傷が治っていたという伏線を張っていました。あと治癒魔法が使えないというのも第23話で負傷したぼたんに回復薬を与えたというのが伏線となります。チヒロ程の魔力量と実力(念力)があれば片手間に治しつつ戦闘することも可能でしたからね。あとどこかでチヒロが治癒魔法が使えない事を書いてたかも。
 今話の途中の違和感を感じたってのは、Adventの面々が想定よりもずっと弱かったことです。半神が出た時にAdventは悲鳴をあげており、その力に疑問を覚えたからです。

 Advent
 無事にオメガの傘下に入る事になった。そのうち馴染む。というのも、実は遥か昔のエデンでオメガ(当時は別の名前)と会ったことがあるし、顔馴染である。
 申し訳ないですが、Adventはフワモコしか見てないのであまり詳しくありません。

 オメガ
 強力な戦力(ワザ)を手に入れてホクホク。計画の練り直し作業に入る。

 半神(デミゴッド)
 聖仙人が死を迎えて神になれなかった場合、権能に呑み込まれて自我を失う。つまり半分獣で半分神のようなもの。ちなみに今回の半神の権能は『渇望』。
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