白銀家のきつねじゃい!   作:ポンタ ponta

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 ららーいおん、ららーいおん、第5話だよ、ららーいおん。

 戦闘シーンはやはり日常シーンを書くより楽で頭空っぽで書ける。よって長くなる。そんなわけで一万五千文字。後書き含めれば一万六千字。時間があるときにお読み下さい。

 ホロライブオルタナティブの技術的には、現代より先に進んでいると思われます。よって海軍が乗る軍艦はイージス艦などと思われますが、世界観に合いません。なので、海軍が所持している軍艦はONE PIECEの海軍の軍艦と似ている物だと思って下さい。これにレーダーや魚雷などを搭載しております。
 また、オルタナティブで獅白ぼたんが所持していたスナイパーライフルの種類が分からないため、ひとまずSVD Dragunovにしています。


第5話 髑髏島を目指せ。海の覇者討伐戦線

 出港当日。

 幹部といろはは宝鐘海軍の軍艦に搭乗し、甲板で水平線を眺めていた。

 天候は快晴。空にはカモメが飛んでいる。清々しい程の出港日和である。

 

「潮風が気持ちいいでござるなー」

「そうだねぇ」

 

 風を孕んで膨らむ帆。その推進力で力強く金波銀波を掻き分け、時折白波が高く上がる。

 

「ととと……中々に船が揺れて、船に酔いやすい人は大変でござるな」

「そうだね。それに、髑髏島があるのは特に波が荒れやすい海域だからね、対策をしてないと倒れそう」

 

 髑髏島。それが手記に記載されていた島の名前である。

 現在、髑髏島に向かって進んでいる軍艦は全部で三艦。それぞれの艦船に、宝鐘海軍総帥、白銀騎士団団長、白銀騎士団副団長が総責任者として搭乗している。とはいえ、船の操縦自体は海兵が行っているが。

 幹部といろはが乗っている船は団長であるイダスが取り仕切る船である。幹部としては『宝鐘』を乗せると思われる総帥の船に乗りたかったが、そうは問屋が卸さなかったらしい。実際はイダスが幹部といろはを秘密結社だと疑っているからである。

 

「あっちの船、何だか楽しそうでござるな」

「ん? あ~確かに。何か盛り上がっているね。芸人とか乗っているのかな」

 

 艦隊は対潜、対空、対水上戦によって陣形、距離は異なるが、今回想定されているのは主に対潜。よって陣形は横隊を取り、艦同士の距離は一定の距離を取って進行している。

 この度の艦隊は進行方向から、左から順に総帥、団長、副団長の軍艦となっている。

 幹部といろはが視線を向けたのは副団長が取り仕切る軍艦であった。

 

「お、火の玉と火の輪っかが出た。サーカスの人でも乗ってるのかな?」

 

 ちなみに、サーカスの人はフェネックのクォーターで、獅子の獣人と人間の計三人で搭乗している。

 二人一緒にそのサーカスみたいなものを見ていると、お酒が入っているのか、それとも船酔いにやられたのか、フラフラと足取りが危ない男の人がいたのを捉えた。

 

「む、あの人危ないでござるな。今にも転落しそうでござる」

 

 直ぐにいろはが叫ぶも、距離があって届かない。幹部が空を飛んで助けようと思った瞬間、一際大きく船が揺れ、男性が手摺を越えて宙に落ちた。

 しかし、その身体が海面に叩き付けられることはなかった。

 

「空中で止まってる?」

 

 飛んでいる訳ではない。魔方陣を展開して、その上に立っている訳でもない。正真正銘、時間が止まったように、逆さまの状態で浮いていた。

 

「あ、戻った」

 

 そのまま、すーっと甲板に戻された男性は、再び手摺から身を乗り出したかと思えば、盛大にもどした。やはり船酔いにやられていたらしい。

 

「うっ、かざまも吐きそうでござる……」

「ああ、人のを見るともらっちゃうタイプかぁ」

 

 よしよしと背中を擦る幹部は、先程の現象について考えていた。

 

(今のはおそらく念力。だけどその範囲が広すぎやしないか? 司令塔から念力を使ったのなら範囲が異常すぎる)

 

 念力が使えるのは『仙人』のみ。幹部は今まで何人かの『仙人』に出会ったことがあったが、その誰よりも念力が通じる範囲が広かった。

 その念力が使える人物に、幹部は心当たりがあった。それは――

 

(――白銀騎士団副団長、通称白銀の仙狐)

 

 副団長の名前は銀鏡チヒロ。『仙人』に至ったとされる狐の獣人であり、その実力は団長である白銀イダスを超えるとまことしやかに噂されている。しかし、当の本人が否定していることから、イダスよりは弱いと考えられている。とは言え、チヒロの実態及び全力が不明であるため、都市伝説の如く扱われている。

 

(イダスより強いと言う噂は本当だったのか………?)

 

 通常、念力と言うのは『仙人』が対象を知覚し、その周囲にある霊力や魔力を操ることで物体を動かすことができる。こう言っては万能だと思われるが、やはり弱点というものが存在する。念力が通じるのは『仙人』の周囲に限られ、『仙人』に成りたてならばその効果範囲は一メートルも満たない。しかしその練度次第では空を飛んだり、海上を歩いたりすることが可能だが、そこに至るまでは人生を費やすほどの時間をかけるか、莫大な量のイワレを必要とする。

 

「うう………かざま、部屋に戻って横になっているでござるよ」

「あ、うん。お大事にね」

 

 巨大化したぽこべぇに乗せられて運ばれるいろはに手を振って見送った幹部は、再び思考の海に潜る。

 

(あの念力をどうにかしないと、『宝鐘』を奪えても空を飛んで逃げられないな)

 

 一応考えられる手はある。

 チヒロはどうやら、他人に自分の顔を見せたくないらしく、普段から狐のお面をしているという。ならばチヒロが自室で食事中の時に逃げればいい。ただし、今度はイダスの魔法から逃げられるかどうかがネックになるが。

 

(難しい………ううむ、いっそのこと諦めるか?)

 

 人間の中で最強と言われる人物と、それより強いとされている人物を相手にするなど難易度が高すぎる。

 ならばいっそのこと、普通に参加者として『宝鐘』を探す方が楽ではないだろうか。

 かの場所は宝鐘ディーネが死んだとされる髑髏島だ。金銀財宝がある可能性が十分にある。それらをくすねて持って帰ればそれだけで来た意味がある。

 新しいメンバーも引き入れたのだ。ラプラスにも何か言われることは無いだろう。

 

(よし決めた! 諦める!!)

 

 すっぱり諦めた幹部は、髑髏島に着くまでの間、何も考えずのんびりと過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を遠くから窺っていたイダスは、気を休めるように細めていた目を弛めた。

 

(……ただの思い過ごしだったのかもしれんな)

 

 そもそも、イダスが鷹嶺ルイと風真いろはを秘密結社holoxの一員だと疑っている理由は、総帥であるラプラスの配下が総じて天才あるいは鬼才と呼ばれるほどの実力を持つと考えていたからである。そのため、『最強』の称号を持つ自身と打ち合えた風真いろはを結社の戦闘員と愚考し、連れであった鷹嶺ルイも同じだと判断したのだ。

 

 だが蓋を開けてみればどうだ。

 風真いろははただ『聖人』に至った人間で、鷹嶺ルイはただの鷹の獣人である。

 先程も甲板で隣の軍艦を眺める二人に、『シエル』を誘拐するような犯罪的な気配は微塵も感じられなかった。

 

(私も焼きが回ってきたか……)

 

 自嘲染みた笑みを浮かべ、司令塔へと踵を返したイダスは頭を切り替える。

 司令席に座り、手元に用意したのは手記の写し。その内容を再び脳に刻み込むように読み込んでいく。

 そしてとある一節に目を止めた。

 

『私は、間違えたのでしょうか』

(これは一体何を表しているのか……)

 

 手記を解読したといっても、その手記そのものが大航海時代に書かれたものであり、一部破れていたり虫に食われていたり、また文字が薄れていたりして完全に読み解くことは不可能だった。

 ただ今の一節に関しては、その内容に関わるであろう前後の文が、まるで怒りに身を任せたように大部分が塗り潰されていた。

 

 不可解な部分はそれだけではない。

 この手記そのものが、まるで誰かに懺悔するような形で記されていたのだ。

 

(これを書いた者は、一体何を思っていたのか………)

 

 ひとまずは、間違えた何かが『宝鐘』の回収に支障を来すようなものではないことを、祈るしかない。

 

 

 

―――………

 

 

 

「島が見えたぞおおお!!!」

 

 およそ出港から九時間後、目的地である髑髏島が見えてきた。

 天候は先程とは変わって曇天。言い様の無い不安が掻き立てられる。

 

「あれが………髑髏島か……」

 

 双眼鏡で見た誰かの息を吞む音が幹部の耳に届く。

 乗船していた冒険者並びに海兵までもが、その全貌に圧倒されていた。

 幹部でさえも、その例に漏れず、感嘆の声を漏らす。

 

(凄い……これが、あの髑髏島なのか)

 

 髑髏島はその名の通り、まるで髑髏のような山があるからそう名付けられた。

 別名死神の島とも呼ばれ、不吉な雰囲気がここまで漂ってくる。

 髑髏島の周囲は大きな渦潮が点在し、遠く離れているのにも関わらず、ここまでゴォォォオオオオオオオという音が聞こえている。幹部はまるで怪物の声だと思った。

 

「『総員、警戒せよ』」

 

 女性の声だ。平均より低い声ではあるが、その声は威厳で満ちている。

 その声の主は宝鐘海軍総帥。燃えるような赤い髪が特徴で整った顔立ちに、全てを見透かしていると言わんばかりの鋭い眼光を持ち、引き締まった肉体を持つ女性だ。

 

「『これから先は、いつ何時たりとも警戒を怠るな。そして、何か見えたり聞こえたりした場合、すぐに声を上げろ』」

 

 総帥の声が響いてから、乗員の間には張りつめた緊張感が満ち始める。

 息を殺し、目をギラつかせ、鼠の足音さえ聞き逃さないという気迫で満ちている。

 

「ふぅぅうう―――」

 

 幹部の隣に立ついろは、背中に担いでいたチャキ丸を腰に佩き、静かに気を沈めて愛刀の柄頭に手を添え、いつでも抜刀できるよう準備を終えている。

 幹部もまた、通常の瞳から銃の照準のような紋様を持つ特殊な瞳へと切り替えた。

 艦隊はじりじりと、焦らす様に髑髏島へと進む。気のせいか、波が荒れ始めているように感じた。いや、確かに荒れ始めている。どうやら髑髏島を取り巻く海域に侵入したようだ。

 上空は風が強く、雲の流れる動きが速い。

 光源の太陽が雲に遮られるたび、ピクリと眉を動かす者が絶えない。それだけ、警戒心を呼び込んでいるのだ。

 

「――――」

 

 唐突に、その声は響き渡った。

 くぐもった低い音が、後を引くように残響を残す。

 

「『総員、警戒だ』」 

 

 再び総帥の声が鼓膜を揺さぶる。

 水を打ったような静けさが、辺りを痛いくらいに満たしている。

 

 不意に、日差しが消えて影が降りる。空を流れる雲が太陽を隠したのだ。

 

 先程より視界が悪くなったことにより、各々が不安げに唇を嚙んだり肩を揺らすなか、突然の揺れが艦隊を襲った。

 

「キャアアアアアア!!??!!?」

「――――っ」

 

 誰かが悲鳴を挙げ、また誰かは息を呑み、サッと青ざめた。

 その視線の先には、あまりにも大きな魚影が蠢いていた。

 数百メートル先にあったその影が、うねるようにこちらに近づいてくる。

 

「この軍艦だって四十メートルはあるんだぞ……一体……どれほどでけぇってんだ……」

 

 その大きさは、この軍艦を丸呑みできる程に大きく、少しの身動ぎで大きな波を引き起こした。たちまち軍艦が横に縦に揺さぶられる。

 しかし、それだけでは終わらない。

 

「なんだなんだなんだ!!? 一体何が起きている!!!?!」

 

 海面がボコボコと泡立ち、何か巨大な影が海中から出てこようとしている。

 

「牙だ! 牙があるぞ!!」

「こいつ俺達を喰うつもりだ!!」

 

 波が激しく巻き上がり、その場に立っていられないほどの揺れが艦隊を襲う。

 そして、大砲が鳴るような音とともに、海面から海の怪物が姿を現した。

 

「リヴァイアサンだ!!!」

 

 誰かがその怪物の名前を呼んだ。

 その怪物は獲物を見つけたとばかりに牙を剥き、鬨の声を挙げるように天に向かって炎を吐いた。超高温の炎が、一気に周囲の気温を上げる。

 

「ギャアアアァアアァァァァアアア!!!!!」

 

 爛爛と輝く双眸が、イダスの乗っている船に狙いを付けた。

 たちまち恐慌に陥る冒険者と海兵。自暴自棄になったように魔法や矢がリヴァイアサンに向かって飛んでいくが、鱗が鎧のように身を守り、全く効いている様子がない。

 

「落ち着け皆殿!! 息を合わせろ!! 同時に攻撃するのだ!!!」

 

 イダスの怒号染みた指示が飛ぶ。

 しかし、いつの間にか立ち込めていた霧が、その声を減衰させた。

 その間にも霧はどんどん深くなり、リヴァイアサンの姿さえも搔き消した。

 誰もがこれはヤバいと思ったその瞬間、霧が何かに吸われるように晴れていく。

 

「皆の者!! 怯むでない!!」

 

 宙に魔法陣を描いてその上に立つ者は軍服を着用し、その背中に『宝鐘』の二文字を背負う者――宝鐘海軍総帥が、リヴァイアサンの眼前に立っていた。

 その両手は何かを掴むように握り込められており、その先を辿れば、先程まで存在しなかった巨大な竜巻が霧を吸い込み閉じ込めていた。

 霧で視界が奪われれば、それはより恐怖を煽る。しかし、総帥の魔法が霧を払ったことにより幾分か恐怖が軽くなる。

 

「まさかここまで魔法を使えるとは……!」

 

 ウェスタを守る二大組織。海の宝鐘のトップ――宝鐘セドナの力は、白銀騎士団団長の力と遜色ない。

 セドナはトップゆえに事務作業が多く、滅多にその実力を振るうことはないが、その二つ名である『海王』の称号に、相応しい程の水の魔術を得意としている。

 と、宙に立つセドナに向かってリヴァイアサンの息吹が襲う。

 しかし、セドナの顔に恐怖はない。それどころか笑みさえ浮かべていた。

 

「その攻撃は通りませんよ、と」

 

 光線の如く放たれた炎は、真っ二つに裂かれて上空に消えた。

 セドナの隣に浮かぶその人物は白銀騎士団副団長、銀鏡チヒロ。

 

「グルゥゥゥアアアアアアア!!!!」

 

 息吹が効かないと悟ったリヴァイアサンは、その巨大な顎を開いて喰らおうと二人に迫る。一軒家を一度で二三軒程呑み込めそうな大きな口腔が開かれ、黄ばんだ何百本もの鋭い歯が薄明かりを受けてぎらつく。

 しかし。

 

「引け、リヴァイアサン」

 

 その攻撃は、イダスの剛剣によって防がれた。イダスの振り下ろしの一刀が、リヴァイアサンの鼻先に命中し、切り裂くとはいかないまでもその巨体を大きく退けた。

 

「ここには『海王』と『最強』、『白銀の仙狐』もおるのだ!! 決して負ける戦いではない!! 武器を取れ!! 声を上げろ!! 決して呑まれるな!! 海の覇者に我々の力を見せてやれええええええ!!!!

 

 冒険者と海兵の全身に力が宿る。体が震える。

 絶望からではない。希望が彼らの体を満たしたのだ。

 

「総員、反撃の開始だあああああ!!!」

 

 総帥のその号令を待っていたかのように、全ての軍艦の砲門が轟音を立てて砲弾を発射する。それに加えて魚雷も発射され、海中での被弾が光によって確認できる。

 リヴァイアサンに向かって、魔法と砲門の数多の光筋が来襲した。

 

「立ち合いで 見るべきものは ただひとつ 月を見遣れば 太刀は届かん――」

「後来、僧問う、如何なるか是れ室内一盞の灯。林云く、三人、亀を証して鼈と成す。又た問う、如何なるか是れ衲衣下の事。林云く――」

 

 身体強化魔法を発動したいろはとイダスの剣技は、実力試験で見せたものとは一線を画す。

 その動きは体が霞んで見えるという領域ではない。残像すら見えず、ただ刃の残光がそこに残るだけである。

 

「――風真一刀流 三ノ段 風雲天竜爪(ふううんてんりゅうそう)

「――臘月火山焼(ろうげつひやまをやく)

 

 いろはの剣技が、リヴァイアサンの胸元に命中。竜の爪のような傷跡から、リヴァイアサンのどす黒い血が吹き出した。更に、エンチャントされたイダスの灼熱の剣が鱗を削ぎ落し、その下の柔らかい肉を盛大に引き裂いた。

 一方、チヒロの軍艦の司令塔の屋上に、獅子の獣人――名を獅白ぼたんという狙撃を得意とする者がいた。

 彼女は屋上に寝そべり、スコープを取り付けた愛銃であるSVD Dragunovを構える。この銃はスナイパーライフルに分類されるものの、セミオート射撃が可能であるため、精密な射撃には向いていない。

 しかし、彼女の技能はそれを可能にする。

 また、彼女自身がカスタムしたSVD Dragunovは銃身全体が黒色化かつ長銃化され、その威力を元の数倍に高めつつも反動を限りなく抑えた自慢の一品。

 とは言え、相手は身勝手に動く標的であり、こちらも不規則に揺れる船上。例え自慢の一品であれど、当たらなければ宝の持ち腐れ。

 そう、それが唯のスナイパーならば。

 

(風向き、風速、角度、振動、反動、そして気迫)

 

 ぼたんは外れる要因を列挙し、ひとつひとつを修正修正修正修正――。

 すうっと細められた右目が、鋭い眼光を放つ。その刹那、瞳孔が収縮しギラリと見開かれた。

 

(――今!!)

 

 引かれた引き金。マズルフラッシュ。発射された弾丸。弾かれた薬莢。

 まるでスーパーコンピューターが弾き出したような弾道を描き、他の仲間をすり抜け、魔法を潜り抜け、目標に到達。特殊な銃弾は着弾と同時に炸裂した。

 

「ギャアアアアアアア――!!?」

 

 常人離れした神業は、リヴァイアサンの片目を撃ち抜いた。その距離凡そ三百。狙撃としては決して遠いとは言えないまでの距離とは言えど、不規則に揺れる船上から自由に動く目標、しかも眼球という小さいもの相手に寸分違わず命中させるなど、例え目の前にあっても至難の業。

 それを成功させたぼたんは、その結果に舞い上がることなく、ただひと息ふっと吐いて牙を見せた。

 更に追い討ちをかけるように、海兵の部隊がひたすら呪文を唱えていた雷撃が畳み掛ける。

 

「「「――墜ちろ天雷ッッ!!!」」」

 

 訓練された海兵の詠唱は一寸のずれもなく重なり合い、重奏魔法として現出。本来なら一筋の落雷が、唱えた人の数だけ重なり合い、数と威力を桁違いに跳ね上げる。

 上空が一瞬煌めいたかと思えば、極太の雷光が迸って爆轟と共にリヴァイアサンに直撃する。『天雷』は鱗の持つ物理抵抗力及び魔法抵抗力によって減衰したが、残った片目を蒸発させるには十分の威力を持っていた。再び片目を潰されたリヴァイアサンは甲高い絶叫を上げ、鼓膜を破かんばかりに響き渡る。

 更に、すさまじい密度で練り上げられた超級の氷槍が、セドナの両手の先に具現化。投げられるような動作と共に射出されたそれがリヴァイアサンの胴体に撃ち込まれ、いろはとイダスが刻んだ傷口にそれぞれ深く突き刺さる。

 

「弾けろッ!!」

 

 それに加え、内部から爆散した氷の棘が内蔵を突き破る。一拍遅れてリヴァイアサンの絶叫と噴出した血が海面を赤く染め上げた。

 たまらず、リヴァイアサンは海の中に潜り込んだ。

 だが、その戦意は微塵も衰えてはいない。それを分かっている海兵達は軍艦に搭載されているソナーでリヴァイアサンの影を追う。そして追尾式の魚雷を発射。しかし、その魚雷はリヴァイアサンのスピードに追いつけず、役目を終えた。

 

「見たかよ! 海の覇者とは言え呆気ないな!! このままいけんじゃねぇの!!?」

 

 一連の攻撃で海中に避難したリヴァイアサンを見て、一部の冒険者が拳を握った。

 実際、現状こちら側に負傷者も軍艦に故障もなく、優勢に思える。勝利を目前にしているような高揚感があっても不思議ではない。

 しかし、そんな簡単に撃退できるほど、リヴァイアサンは甘くない。

 

「――――ァァァァアアアアアア!!」

 

 再び姿を現した海の覇者。

 咆哮を上げ、両目を抉られた怒りと言い様にやられたせいで傷付けられた海の覇者としてのプライドが、ある筈のない双眸を真っ赤に染める。

 

「グゥオオオオオォォオオオンンンン―――」

 

 今までとは違う咆哮をしたかと思えば、リヴァイアサンの肉体から奇妙な光が明滅した。

 一体何事だと顔を上げ、訝しげに目を細めながら観察。

 するとすぐに、何が起こっているのかが分かった。

 

「傷が……再生している…………」

「伝説は本当だったのか……」

 

 リヴァイアサンはなぜ海の覇者と呼ばれるのか。

 それは不死身だからだ。

 そもそもリヴァイアサンと名付けられた由縁は、旧約聖書に登場する怪物と似た特徴を持つからだ。この旧約聖書に登場するリヴァイアサンは、その巨大さゆえに少しの身じろぎで高波が発生し、潮の流れが変わってしまう。また、炎を吐き、身を守る強靭な鱗は大抵の攻撃を跳ね返す。

 そして何よりの特徴が、不死身であること。

 

「グルゥゥゥアアアアアアア!!!!」

 

 もはやその姿に一切の傷無し。

 潰された両目も、抉られた胸元も、何もかもが元通り。

 リヴァイアサンは蛇のように縦に割れた瞳孔で眼下を睥睨し、己の縄張りを侵した侵入者へと鎌首をもたげる。そして絶望を掻き立てるように口元を震わせ、哄笑を上げた。

 

「くそったれ」

「何だよ……くそ」

 

 打ちひしがれるように呟く彼らに、リヴァイアサンは追い打ちをかける。

 一度海中に潜ったかと思えば、物凄い勢いでチヒロの軍艦の底に体当たりをし、何千トンもある軍艦を宙に放り出し、ひっくり返した。

 

「うわぁぁぁぁあああ!!!??!?」

「誰か助けてくれぇぇええええ!!!」

 

 誰かが手を伸ばす姿が見える。

 誰かの泣き顔が網膜を焼く。

 誰かの悲痛な叫びが鼓膜を揺らす。

 

「副団長ぉぉおおお!!!」

「みんなぁぁああ!!!」

 

 何の抵抗もできずに海底へと沈んでいく軍艦。最高戦力の一人と、大勢の冒険者と海兵の命が喪われた。

 その喪失はいかんばかりか。果たして、残りの冒険者と海兵、そしてイダスとセドナの力だけでリヴァイアサンを斃せるのか。

 仲間の仇を討とうにも、リヴァイアサンが眼下にいる人間たちを嘲笑うように牙を剥いている。

 

「もうお終いだ……」

「……殺されるんだ」

 

 鬱憤を晴らせたと身体をくねらす怪物を見上げ、心が折れたと膝を着く音が小さく鳴る。中には武器を取り落とす者もいれば、ぐったりと肩を落とし、下を向いて顔を覆う人もいる。

 

 たったの一撃だった。

 それもただの体当たり。炎を吐いた訳でもなく、噛みついた訳でもない。

 

 その一撃で、大勢の仲間がやられた。

 

 残る力を結集しても、それはもはや象に挑む有象無象の蟻畜生、風車に突撃する騎士と等しい。

 

 白銀騎士団の副団長が、あれほど呆気なく命を散らしたのだ。

 総帥も、団長も、そして冒険者も海兵も、直に海の藻屑となるだろう。

 勝ち目など、あるはずがない。

 

「――諦めるな!!」

 

 しかし、諦めない輩は必ずいるもので。

 絶望に打ちひしがれた冒険者と海兵の耳に、イダスの怒号が轟き渡る。

 響く声に思わず顔を上げれば、宙に展開した魔方陣を蹴ってリヴァイアサンに飛びかかる影――イダスの姿があった。

 身体強化魔法独特の燐光を纏い、唸りを上げる一振が動きを止めていたリヴァイアサンの胴体を直撃する。

 合金よりなお固い鱗を易々と打ち砕き、肉を切り刻む。

 

「絶望するのはまだ早い!!」

 

 リヴァイアサンの絶叫が上がり、その眼光がイダスを捉える。そして仄かに光る口内を広げ、炎を吐こうとする。しかしその息吹が放たれる前に、下顎をいろはが殴打。華奢な少女の一発に、リヴァイアサンの巨躯が大きく揺らいで息吹は天高く消えた。

 

「悲観も諦観も何もかも――!」

 

 目前と迫ったいろはに、リヴァイアサンは喰らい付こうと牙を剥く。

 しかし幹部が空高く舞い上がり、いろはを喰われる前に回収した。

 

「まだ何も終わっとらん!! ――戦いは始まったばかりだぞ!!」

 

 軍艦に舞うように着地したイダスは声高らかに叫ぶ。

 

「リヴァイアサンに攻撃が通用するのは確たる証拠! 確かに奴は不死身かつ強大な力を持っておる!! だがそれが我らの負けになる証拠とは足り得ない!!」

 

 声を荒げて眼光鋭く、宣戦布告のように剣をリヴァイアサンの目に向けた。

 

「我らを信じよ! 仲間を信じよ!! 隣に居るものが心細いか、弱く見えるか!! ならば『最強』を見よ!! 『海王』を見よ!!」

 

 その瞬間、海面にリヴァイアサンとは別の巨大な影が浮かび上がってきた。そして、もの凄い勢いで宙に飛び出した。

 それは先程沈んだ筈の軍艦だ。しかも軍艦だけじゃない。軍艦を中心として海水さえも空中へと浮かび上がり、その中に沈んでいた冒険者、海兵も一緒に浮かび上がった。

 そして海面に正常な体勢で着水すると、泡が弾けるように海水が放出された。

 続けて、艦首にチヒロが現れた。その立ち姿に、お面にさえも、一切の傷は無い。

 

 イダスは無意識に笑った。セドナも笑った。

 寧ろなぜ笑わないのか。

 

「―――そして『白銀の仙狐』を見よ!!! お前達の進む道を、我ら三人が切り開く!!! ―――ここからが正念場だ!!」

 

「―――ウオオオオオオオ!!」

 

 各々が武器を空に掲げて、一斉に鬨を叫ぶ。

 すさまじい士気の高まりが空気を震わせ、沈みかけた戦意に着火して、爆発する。

 

 宝鐘セドナが巨大な魔方陣を展開する。

 白銀イダスがその絶剣を振るう。

 銀鏡チヒロがその絶大な念力を操る。

 

 彼らだけではない。

 

 海兵が重奏魔法を唱える。

 冒険者が各々魔法と武器を振るう。

 風真いろはが剣技を舞う。

 鷹嶺ルイが空中でのアシストを行う。

 

「ガァァアアラァァァァアアアアアアア!!!!」

 

 猛威を振るう冒険者と海兵に対し、リヴァイアサンは轆轤を巻くように身体を回転させると、百メートル級の高波を起こした。

 

「もう、船を沈ませませんよ」

 

 チヒロが高波に向かって手を突き出し、おもむろに手刀を作ると、一気にそれを振り下ろした。するとその延長線上にある波が、モーゼの如く割れて艦隊の周囲に通り過ぎていく。

 

「チヒロ、念力で奴を押さえられるか?」

「正直に言えば難しいですね……ですがやってみます」

 

 イダスがチヒロに念力での拘束を頼むと、チヒロは深呼吸をしたのち、再び手を突き出した。

 

「はぁああああ――!!」

 

 チヒロの唸り声が上がると同時に、リヴァイアサンの動きが僅かに遅くなる。

 更にチヒロが集中すると、リヴァイアサンが窮屈そうに身を捩り、チヒロの念力から逃れようと踠く。

 

「――――くうっ」

 

 リヴァイアサンが拘束から逃れようと体を震わせると、念力によって押さえていた空気と海水が内側から押されるように膨らむ。

 狐の面の下で汗を垂らしたチヒロは、歯を喰い縛って抵抗する。

 そして、より一層の力を引き出したチヒロは、リヴァイアサンのその巨躯を海中から引き摺り出し、空中へと浮かび上がらせた。

 その結果――、

 

「なんてデカさだ……」

 

 ――これまで海中に隠れて見えなかったリヴァイアサンの全長が、はっきりと衆目に晒されることとなる。

 

「――ガラァァァァァァ!!!」

 

 強引に引き摺り出されたことに怒りを覚えているのか、落雷のような咆哮を上げるリヴァイアサン。発せられた轟音は実体を持つかのように、ビリビリと体を痺れさせた。

 それに加えて、

 

「これではまるで、山じゃないか……」

 

 リヴァイアサンのその大きさだけで、吞まれた一部の冒険者と海兵は、蛇に睨まれた蛙のように硬直したように動きを止めてしまった。まさに海の覇者と呼ばれるその威圧、あるいは神威が、その身をもって知らしめられた。

 

 リヴァイアサン――旧約聖書の怪物にちなんでいるだけあって、その巨体は生物というよりひとつの山に近かった。

 かの大航海時代において、数多の船乗り達をその船ごと丸吞みしたというリヴァイアサンの姿は、文献に載っている記録より遥かに大きい。長い年月を経て更に成長したのだろう。

 また瑠璃色の鱗を持ち、炎を吐く姿は、念力によって宙に浮かんでいるということもあって大陸極東にあるヤマトという島国に伝わる龍の姿に酷似していた。

 

 しかし畏敬を払うに値する龍とは違い、リヴァイアサンは忌み嫌われる存在。

 念力によって拘束されている今でも、繰り出される魔法と剣撃によって巨躯のあちこちから血を流し、苦しそうに叫び声を上げている。

 だがその数秒後、リヴァイアサンの頭部がひび割れたかと思えば、雪崩のように全身に波紋し、硝子が砕け散る音と共に鱗が剥がれ落ちた。

 

「まだ何か隠し技があったのか……!!」

 

 この現象からみるに、おそらく脱皮だ。

 しかも憎らしいことに傷が全快している。

 また、脱皮前と比べて、澄んだ瑠璃色の鱗は輝く紅色となり、全長そのものも先程よりも一回りほど大きくなっている。

 

「――――駄目だっ、拘束が外れます!! 離れてください!!!」

 

 脱皮したことにより力を増したリヴァイアサンを拘束し続けることはできず、遂にチヒロの念力から抜け出した。そして身体を高速で回転させると、周囲に集まっていた冒険者たちを吹き飛ばし、高い波飛沫を上げながら海へと舞い戻った。

 悠々と動く身体に、もはや一切の精彩さを欠かず、再び冒険者と海兵たちの前に姿を現した。

 

「グゥラァァアアア!!!」

 

 まだ戦いの幕は閉ざされない。

 

 

 

 

 

 

 

 それから三時間。まだ三時間と言うべきか、それとももう三時間と言うべきか。だがどちらにしろ、リヴァイアサンとの戦いが終っていないのは変わらない。

 もう数え切れない程魔法をぶつけた。剣撃を与えた。

 そしてその度に、リヴァイアサンの肉体は再生する。

 何度この鼬ごっこを繰り返しただろうか。冒険者並びに海兵の士気や体力は限界に近付いていた。

 

「ポーションはまだあるか!?」

「もう無いぞ! 治癒魔法の使い手を頼れ!!」

 

 死者が出るのも時間の問題。

 そしてこちらの回復手段であるポーションは底を突き、治癒魔法の使い手も直に魔力切れ。

 また、そもそもポーションや治癒魔法は万能ではない。どちらも多少の傷や病気は治せても、四肢欠損の怪我は作成者あるいは使い手の力量に左右され、致命傷は治せない。

 唯一、治癒に特化した神器である『姫森』ならば話は別だが、それは王族である姫森が所有しており、ここには無い。

 

「ーーイダスよ、妙な感覚がしないか? 奴の攻撃が妙に軽い気がする。それに鱗が柔らかい気がする」

「ああ、それは私も思っていたことだ。斬るときに違和感がある」

「なるほど、確かにそれは妙ですね。私も薄々感づいていましたが、てっきり気のせいかと」

 

 合流する影が三っつ。セドナとイダスとチヒロである。

 その三人が各々違和感を感じているのだ。ならばその違和感は各々の感覚のズレではなく、確かに存在することだ。

 三人同時にリヴァイアサンを見やる。その視線の先にはいまだ激戦を繰り広げる冒険者と海兵の姿がある。

 

「あの、それは私も感じました」

 

 後ろから飛んで来た声に振り返れば、そこには獅子の獣人が、己の武器である狙撃銃を片手に立っていた。

 

「始めは特殊な弾を使わなければ鱗を砕けなかったんですが、今はそれよりグレードの低い弾でも砕けるようになっています」

「そうか、君もか」

 

 再びリヴァイアサンを見る。依然としてその猛威に衰えは見えないが、キレというか、ふとした瞬間の時に動作が緩慢になる。

 

 つまり、リヴァイアサンは体力の限界が近い。

 

 考えてみれば当たり前だ。

 いくら不死身だとはいえ、肉体を再生するエネルギーは何処から得ているのか。

 その巨体を再生するために使用するエネルギーは莫大なものとなる筈。しかもそれを何度も繰り返しているのだ。体力の限界が近付いていても不思議ではない。その考えを裏付けるかのように、リヴァイアサンの鱗は剥がれ落ちたままで、傷口は再生していない。

 

「あとひと押しってところか」

「そうだな」

「ええ、しかし時間が問題ですね。今やもう夕方。夜になってしまえば味方同士で攻撃してしまうことがあるでしょうし、何より夜の海は、特にこの海域は危なすぎる。できるだけ早く島に着く必要があります」

 

 チヒロの言う通り、髑髏島を取り巻く海域は怪物が犇めく海であり、今はリヴァイアサンの縄張りに入っているため他の怪物が襲来することはないが、もしリヴァイアサンを斃すもしくは退けた場合、他の海獣が襲いかかってくる前に島に辿り着く必要がある。

 

「早期の決着が望まれますね」

「うーむ………」

 

 さて、どう決着を早めるか。『海王』、『最強』、『白銀の仙狐』が居なくても戦えている今のうちに今後の展開を決めなくてはならない。

 

「神話級の魔法を使えば話は早いが……」

「詠唱が終わるまでにリヴァイアサンが大人しく待ってもらえる筈がない」

「なら、魔法ではなく物理的な攻撃が適してますね。それも一撃必殺の攻撃が――と?」

 

 そこまで議論が進んだ時、リヴァイアサンが再生の雄叫びを上げると共に鱗が変化した。脱皮したことにより紅色となった鱗が熱せられたように赤熱し、触れている海水が音を立てて蒸発し始めた。

 

「近付かせない気か!?」

「奴も雌雄を決するつもりか……」

 

 リヴァイアサンは知性がない訳ではない。そこらの獣より遥かに賢い。一度炎の息吹が防がれたように、通じないと判断した攻撃は無駄に繰り返さない。そして、軍艦を海中から攻撃したように、相手にどんな攻撃が効果的かと思考する知能を持っている。

 だが、知能を持つということは比例的に本能を抑えられることと同義。

 自身が賢いという自負がリヴァイアサンにあるために、傷付けられた海の覇者としての矜持が、撤退を許さない。尻尾を巻いて逃げるという手段を取らせない。

 だからこそ、著しく体力を消費する赤熱化を行ってでも目の前の敵を殲滅したかった。

 

「イダス、貴殿の剣術で討ち取れるか?」

「うーむ……」

 

 セドナに問われたイダスは、自身の西洋剣を見た。業物ではあるものの、強固な鱗を砕く為に何度も振るわれた刃先は、何ヵ所も刃零れが生じていた。それにエンチャントも行っていたため、耐久が心許ない。

 それを察したセドナは、チヒロを見た。

 

「ではチヒロ、貴殿はどうだ?」

「まぁ、出来なくもないです」

 

 チヒロは今まで腰に佩いている刀を使ったことがない。それはもう、都市伝説ができるくらいに使ったことがない。なにしろ、今の今まで念力で全てどうにかできたからだ。刀を抜くより先に念力で無力化が可能、斬らなくても念力で叩き潰せる。なまじ念力の範囲と強さが異常なほどに強大であるため、刀を使わなくてもここまでこれた。

 だが、刀を使わない理由はそれだけではない。

 

「私はあまり、この刀を使いたくないんです」

「なにか事情があるのか? 魔剣の類なのか?」

「私の大切な思い出の品なのです。なので血で濡らすこともエンチャントもしたくないです」

「そうか。じゃ、やれ。そんなもの気にしているヒマがあるか」

「ごもっともです」

 

 当たり前である。素っ気なくセドナに命じられたチヒロは、泣く泣く刀の柄に手をかけた。

 だが、そこを偶然耳にしたいろはがチヒロに話しかけた。

 

「あの、チヒロ殿、よかったらかざまのチャキ丸を使ってください。見たところチヒロ殿のその刀はかざまの使うチャキ丸と同じ種類なので、使い勝手はあまり変わらないかと」

「えっ、良いんですか?」

「どうぞ。かざまのは神器ですので多少手荒に使っても壊れないでござるよ」

「そうですか、では有り難く使わせていただきます」

 

 大切な品を使わずに済んだチヒロは、試すようにその場で抜刀して何度か振ると、微妙な顔をしているイダスとセドナに振り返る。

 

「では、私がトドメを刺すので足止めをお願いします」

「……良いだろう。代わりに絶対に仕留めろ。失敗することは許さん」

「かしこまりました」

 

 突出したイダスに続き、チヒロは腰に佩いていた己の刀をいろはに託し、刃を納めながら散歩するような足取りで艦首まで歩く。

 

「―――ッッ!!?」

 

 いろはは、その後ろ姿を見て、ゾクッと背筋を震わせた。無意識に片手を見れば、震わせているつもりは無いのに僅かに震えていた。

 周りを見れば、セドナもいろはと同じように身体全体を震わせている。思わず背筋が凍りついているようで、足止めの魔法を唱えることを忘れているようだ。

 

 だが、それも無理のない話。チヒロのその姿はまるで覇者のようで、騎士ではなく、剣士としての気迫が実体を持つかのように空気を鳴動させていた。

 

 一歩歩けば軍艦が軋み、

 二歩歩けば身体が痺れ、

 三歩歩けば空間が悲鳴を上げる。

 

 波動する威圧は周りの軍艦、冒険者、海兵まで伝播し、まるで示し会わせたかのように冒険者たちの攻撃は止んで、リヴァイアサンは身じろぎせずチヒロを見つめる。

 そして、更にいろはを驚かせることが起こった。

 

「水心に 落ちる影を とらえるな 斬ろうとすれば 霞むばかりか」

 

 今の和歌は風真の里に伝わる、明鏡止水の極意或いは無我の境地に達するためのトリガー、『病去一告』である。

 それをなぜチヒロが口ずさめる?

 そしてなぜそれを唄った?

 まさか、まさか、まさか―――。

 

「な―――」

 

 言葉が出ない程に仰天するいろはの目が、厳かにチャキ丸を構えるチヒロに釘付けにされる。

 

 まさか―――風真一刀流を?

 

 期待するような、畏れるような、言語化出来ない感情がいろはの胸中で渦を巻く。いろはの目には全てが遅く見え、またひとつ膜を通したかのように周囲の声がこもって聴こえ始めた。

 

「―――」

 

 声になる前の音が、

 形になる前の吐息が、

 いろはの鼓膜を揺らす。

 

「―――は」

 

 いろはは確信を得ると同時に、立っていられない程の武者震いに襲われた。

 ゆっくりと動く世界の中、チヒロの白銀騎士団の団服が風で煽られ翻る。

 周囲を圧し殺さんばかりの威圧が霧散し、代わりに清浄な気配が場に満ちる。

 

「風真一刀流 奥義―――」

 

 水面に揺蕩う落葉の如く流麗な動作で腰を落とし、チヒロは鞘を掴む指で刀の鍔を弾いた。

 キンッ、という澄んだ金属音が微量ながらも響きわたり、その下からは鈍く光る刀身が顔を出す。

 そして軍艦が傾く程の強靭な踏み込みによって、チヒロの姿は霞の如く消え去った。

 

 身体強化魔法の青色の燐光を追い、見上げてみれば、チヒロはリヴァイアサンの眼前に。

 虚を突かれたリヴァイアサンは、直ぐに赤熱化するに使ったエネルギーを口腔内に溜める。

 全身に回っていたエネルギーが集約され、リヴァイアサンの口腔から赤々とした光が漏れる。当たれば即死は免れないだろう。

 

 そして―――開放。

 そして―――抜刀。

 

「―――ガァァァァアアアアアアアアア!!!」

「―――天神地祗刕(てんしんちぎり)志那都比古(しなつひこ)

 

 全ての神を千切る。

 風の神の名と共に名付けられた技名――神速の居合は、息吹諸ともリヴァイアサンの首を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 首を失くし、轟音を立てながら海中へと倒れ、沈み込むリヴァイアサン。しかし、それは半ばでピタリと止まった。同じように、刎ねられた勢いで後方に飛ぶ頭部も宙に固定される。

 しかしそれはリヴァイアサンが生きているという証ではない。チヒロの念力によって沈むことを許されていないだけだ。

 足元の魔力を固め、上空に足場を作ったチヒロはふぅ、と息を吐き、おもむろに神器を天へと掲げた。

 

「――ここに、海の覇者は討たれた」

 

 静かな声量であれど、その声ははっきりと眼下でチヒロを見る仲間に届く。

 共に命を懸けて戦った仲間に対し、討伐したリヴァイアサンの頸が見えるように念力で掲げて、声高らかに叫ぶ。

 

「この戦い、我々の勝利だ――!!」

「―――うおおおおおおおおお!!」

 

 勝利の宣告が叫ばれた瞬間、冒険者と海兵たちが有らん限りの歓声を上げる。中には感極まって涙ぐむ人もいる。

 

 ――戦績。

 死傷者無し、負傷者多数。されど命に関わる重傷者は無し。

 戦利品であるリヴァイアサンの亡骸は、リヴァイアサンを再生後に一撃で仕留めたことにより、その状態は非常に良い。

 

 ――その成果はひとえに、彼ら冒険者と海兵、そして三人の尽力がもたらした結果である。




 宝鐘セドナ。
 名前の由来はイヌイット神話である海の女神、セドナから。
 謎解きや暗号は不得意であるため、『宝鐘』の手記をイダスに渡していた。

 白銀イダス。
 おかしいな。一話ではイダスが冷徹非情な人間だったのに、今話では普通に仲間を激励して笑っておる。戦闘狂の気質があるかもしれん。
 手記の解読には副団長であるチヒロも手伝った。

 風真いろは。
 チヒロに対する懐疑心が膨らんだ。

 尾丸ポルカと桃鈴ねね。
 海上での戦いではあまり役に立てず、ひたすらぼたんのSSRBをぶん投げてた。稀に『ぽ』と書かれた爆弾もぽいしてた。

 鯱娘。
 何故か気付いたら軍艦に。多分乗る船間違えた。これだから低血圧の人に早朝出港は無理なのだ。
 次回出演。

 ポーション。
 錬金術師が産み出す液体薬であり、魔法的な手法で治癒させるもの。現在、まだ発表はされてないが博士が化学的な方法で治癒させるポーションを作り上げた。近々学会で発表予定。

 念力の弱点。
 効果範囲と操作密度を上げるために大量の時間、あるいは大量のイワレを必要とする。また、相手の魔法を事前に、あるいは放出中に打ち消すことも可能だが、魔法の練度が念力の練度より優れている場合は、打ち消すことができない。また、刻印されている魔法陣の場合、事前に打ち消すことができない。同様に相手の体内などで真価を発揮する身体強化魔法や治癒魔法も無効化できない。他にも、知覚してから操作という手順を踏む必要があるため、その間に攻撃されてしまえば終わりである。
 このような弱点が知れ渡っているうえに成るために時間がかかるため、『聖人』を目指す人がいても『仙人』を目指す人が少ない。ただ、『覚醒』によって『聖人』に至れるように、『夜明』によって『仙人』に至れる。
 ちなみに、魔力と霊力を捉えられるという念力の応用として、念力の及ぶ範囲に限られるがそれらの流れを読むことで周囲の気配や現在起動あるいは起動しかけている魔方陣などを探れる。


 魔法のクラス。低い方から順に高い方。
 初級、中級、上級、超級、絶級、神話級。
 初級~上級は大抵の冒険者などが修めており、超級や絶級はその難易度から少しの人間しか修めておらず、神話級はほんの一握りの者しか扱えない。特に神話級はその威力の強さから、カミガミ相手に闘うために作られたとされている。
 重奏魔法は人数で威力が変わるため、初級の魔法でも少量の魔力で超級、絶級の威力を叩き出せる。理論上は神話級の威力を出すことも可能。このような利点があるため、宝鐘海軍や白銀騎士団は部隊それぞれに重奏魔法の習得を目標としている。
 以上に記した魔法とは別に、ワザがある。こちらに関しては種族、個人によって異なるため、クラス分けは不可能。例えば鷹嶺ルイの『ホークアイ』や獅白ぼたんの『リスポーン可能なSSRB』はその一種である。

 銀鏡チヒロの謎。
 なぜ何時如何なる時も狐のお面を外さないのか。
 なぜ狐のお面なのか。
 刀の謎。
 性別不詳。
 年齢不詳。
 出身不詳。
 本気の全力が不明。 

 銀鏡チヒロの都市伝説的な噂。
 女性である。(声が中性的、身長も高過ぎず低すぎず、髪もショートくらいの長さ)
 イダスより強い。(その疑惑が今回で非常に高まった)
 腰から下げている刀はお飾りである。(今の今まで誰も剣で戦っているところを見たことが無いため)
 狐のお面は狐の呪いによって外せない。
 お面の下には醜い火傷の跡がある。
 ↑は痴情のもつれでやられた傷であるため、人に見せることがない。
 本気の全力で戦ったら星が落ちてくる。
 いや、星が滅ぶ。
 ウェスタの中心に刺さっている剣が、本当のチヒロの剣である。
 ↑言った奴馬鹿だろwww
 ↑てめぇが馬鹿だろ。

 はーい、じゃあ、ばいばーい
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