戦闘シーンは巻きで書けたのに、今度は沙花叉クロヱが出しゃばった。
と言うわけで宣言通り一万文字越えました。
アリアドネの長を相手するイダスのこめかみには、一筋の汗が流れていた。
そして全身には細かな傷ができ、そこから真っ赤な血が流れ出ていた。
その姿は、まるで『最強』とは思えない。しかし、『最強』にこれ程の手傷を負わせられるのが、神という生命体なのだ。
(リヴァイアサンとはまた違うタイプの不死か……厄介な)
鎧から大剣へと形態変化した神器『白銀』をもってしてでも、長相手には力不足。
(『白銀』の権能では相性が悪い……)
神器『白銀』。
その権能はありとあらゆる武器と防具に姿を変え、防具なら絶大な防御力を、武具ならば強大な攻撃力を与える。しかしこの『白銀』には何故か、魔法が使えないというデメリットがあった。身体魔法や治癒魔法は発動できても、これら以外の魔法は悉く発動しないのだ。 そのため、発動するためには一瞬でも『白銀』から手を放す必要があった。
「どんな抵抗をしようとも無駄なこと。我には勝てんぞ」
「無駄かどうかは私が決めることだ!!」
手足の如く『白銀』を操り、一瞬の隙を突いて無詠唱の魔法を繰り出しても、アリアドネの長には効かなかった。そして『白銀』で斬りつけても、血すら吹き出ることはなかった。
(血はおろか体液すら出ない生物など存在しない筈。ならば相手は生物ではない?)
まさか幽霊かと思ったが、直ぐに有り得ないと捨て置いた。
なら次に考えられるのは、神。
そう思えば、納得する点がいくつもあった。
長の攻撃が避けても当たること。
こちらの攻撃が滅多に入らないこと。
入っても傷ひとつ与えられないこと。
絶級の魔法すらも無効化されること。
おそらく、最初の二つは長の権能。そして最後の二つが神としての不死性。
その考えを裏付けるように、長は毒弾を吐きながらこう言った。
「我々からは逃れられん。我には視えているぞ、お前が我の牙に貫かれる姿がな」
避けても絶対に当たるため、『白銀』で払い落としたイダスは確信をもって頷いた。
「その言い種。やはり未来が視えているな?」
「その通り。故にお前は死ぬ」
アリアドネの長は神。
その権能は『糸の導き』であり、攻撃の『必中』と『未来視』を能える。そして神であるが故の不死。
そんな理不尽な権能をもつ神を斃すためには、こちらも同じ土俵に立つ必要がある。
しかし、イダスは『聖人』であって『神』ではない。
本来ならば、なす術もなく足を折るしかないのだが、イダスは別だった。
「風真殿! 時間稼ぎを頼む!!」
「任されたでござる!!」
遠くから一瞬で駆けつけたいろはに、イダスは『白銀』を纏わせる。
神器チャキ丸と神器『白銀』を纏い、いろはは更に身体強化魔法を発動。『白銀』の権能と身体強化魔法によるパフは、いろはに風神のような速さを与えた。
「風真一刀流 六ノ段 天蓋傷壊風」
全てのスピードを神器の切先にのせた突きは、長の胴体を捉えて遠くに吹き飛ばす。いろはが神であれば、あるいはこれが神でなければ、長の身体を貫通してドデカイ穴を空けただろうが、長にとっては痛くも痒くもない。
「爆ぜろSSRB!!」
ぼたんの号令により数多のSSRBが大きな爆発を起こしたが、長は爆心地の中央で無傷の状態で立っている。
そして苛立ち気に牙を鳴らした。
「『最強』が準備を終えるまで、畳み掛けるぞいろは!!」
「はい!!」
決定打が無い以上、こちらの体力が消費されるだけであるが、二人の体力が尽きるまでの時間にイダスが望む時間を稼ぐのは十分だ。
「この声は我が声に非ず青の声。この息は我が息に非ず青の息。この手は我が手に非ず青の御手。我は古き神の代行者。神の威を知らしめる者なり。この身を縛る禍つ鎖を打ち砕き、復活の鬨を知らしめせ。敵を全て滅と成せ」
神降ろしの呪文を唱えれば、イダスの胸の中央が熱く燃え滾る。
身を焦がさんばかりの灼熱が全身に回ったあと、イダスの眼光は青みを帯びていた。
神をその身に憑依させたイダスは、入れ替わるようにいろはと交代し、再びその両手に『白銀』を収める。
「神をこの身に降ろせば、貴様などたわいもない」
「我の足が……!!?」
『糸の導き』の権能は健在だろうが、神の不死性は神の力によって罅が入る。
切断された足は再生せず、黄金色の血を噴き出した。
再生しないことで大きな隙をみせた長の脳天へ、イダスは『白銀』を振り上げる。
「終わりだぁぁぁああああ!!!」
先程までの苦戦が嘘だったかのように、振り下ろした一撃はあっさりと長の息の根を止めた。
「……これで終わりでござるか?」
大剣の『白銀』を元の鎧に変化させたイダスに、いろはが問いかける。
その返答に、イダスは首を横に振った。
「まだ生きているだろう」
「え、この状態のままで? こやつ唯のクモじゃなくて黒光りグモでござるか」
「いやゴキブリではなくてな、コイツは神だ。そして神は独自の権能と不死性をもつ」
「なるほど。どーりで血が出なかったんでござるな」
「ああ。それで、神は肉体を滅ぼされても魂の状態で生存できる。その魂も、今はおそらく眷属の身体を乗っ取っているのだろう」
イダスの推測通り、肉体が活動を停止したことにより、アリアドネの長は魂の繋がりがある子供達の一匹に憑依した。そして、もしその子蜘蛛が殺されても、また別の子蜘蛛に憑依する。
つまり、この長を殺すには、眷属である子蜘蛛達を一匹残らず殺さなくてはならない。
「しかし奴の気配が捉えられないからな、もしやすると諦めたのかもしれん」
とは言え、その確信はない。
ひとまずイダス達は警告も兼ねて子蜘蛛達を蹴散らしつつ帰還することにした。
―――………
そして、チヒロと言えば。
腕の間にぽこべぇを挟んで持っていた。
「それでは、船の修理を始めましょう。船の修理に関しては門外漢なので私は何もできませんが、私の念力が必要になったら呼んでください」
本部前の焚火のそばでそう宣言し、一時解散としたチヒロはぽこべぇを抱えたまま医療所のテントの垂れ幕を潜り、設置したベットのひとつに潜り込んだ。
「徹夜は肌に悪いってじぃちゃんが言ってた。なので私は寝ることにします」
リヴァイアサンを念力で一晩中浮かし続けたチヒロは、リヴァイアサンとの戦闘での疲労もあって、現在物凄い眠気に襲われていた。ちなみに、リヴァイアサンは現在浜辺に置いてある。
そしてぽこべぇを抱き枕にして丸くなると、チヒロはあっという間に寝息を立て始めた。
「――いや乙女か!!?」
その様子を見ていたクロヱは、思わず突っ込んだ。
一般市民ということでお留守番していたクロヱは、特にやることもなく、ぽぇぇぇ……と気が抜けた声を出す。
外からはさざ波が聴こえ、遠くからはトンテンカンと鎚の音が届いてくる。
「暇だぁぁぁ………」
髑髏島は危険だからと言われて島の内部に入ることは許されず、クロヱは一番安全なチヒロの側にいるように言われていた。しかし話し相手になってくれると思っていたチヒロは、クロヱを一瞥することなく夢の中へと旅立ってしまった。
「……」
自身が睡眠を大事にしていることもあり、無理にチヒロを起こそうとしないクロヱは、そのうちチヒロを観察することで時間を潰すことにした。
取り敢えずチヒロの愛刀の『桜花爛漫』をしげしげと見つめ、そして試しに持ってみて重いと溢す。
今度はチヒロが抱き枕にしているぽこべぇに近づき、ぷぅぷぅと寝息に合わせて膨らむお腹を、そっと突っついた。
「ぷぅなぁあぅ……」
「はぅ……可愛い!」
ぽこべぇの僅かに開いた口から可愛らしい声が漏れ、クロヱは思わず身を悶える。
そして肉球をぷにぷにしたりしているうちに、自分もペットが欲しくなってきた。
「沙花叉もなにか飼おうかな……ぽこべぇみたいに可愛らしいペットが欲しい……」
想像している内にどんどんと思いつき、クロヱは次々に指を折った。
「沙花叉を守ってくれるくらい強いのもいいな……あと沙花叉の言うことをちゃんと聞いてくれて……ご飯作ってくれたり、食べさせてくれたり、お世話してくれたり」
それはペットじゃなくて介護である。
「でもなによりも、沙花叉が世話しなくても死なない生き物がいいな!」
怠惰ここに極まれり。
とは言え、クロヱらしいと思えばそうである。
「ああ~つまんないー」
先程とは打って代わり、だらけきった声を出すクロヱ。お前の情緒はどこにある。
そして急にチヒロの横に立ったかと思えば、ウズウズと肩を震わせた。マジでお前の情緒はどこにある。
「うぅぅぅむ。お面、外したい……。なぁに、バレてもぽこべぇのせいにすればいい。わぁお、沙花叉天才では!?」
指をわしゃわしゃと動かし、悪戯に目を輝かせるクロヱは、チヒロの顔を覆うお面へと手を伸ばす。
「そぉおおっと、そぉぉぉっと………」
そして、人差し指の先端が狐のお面に触れた。
緊張でバクバクと鳴る心臓の鼓動が、指先にまで伝播する。
(あ、何だかイケナイことをしてる気分………)
なんてしょーもないことがふっと頭を過った瞬間。
『そこまでじゃ』
誰かの吐息が耳を擽った。
「んひゃぁっ!!?」
猫のように飛び上がったクロヱは、バッと後ろを振り向く。しかし、そこには誰もおらず、ただの静寂があるだけだった。
「……え゛っ幽霊?」
クロヱは思わず肩を震わせる。
そしてチヒロを盾にするように、一般人とは思えない程の素早い動きで寝ているチヒロの傍にしゃがみこんだ。
「…………」
チヒロの頭越しに向こう側を見つめ、じっと息を潜める。それが数分続いたところで、安心したのかクロヱは深い溜め息を吐いた。
「気のせいだったのかな……?」
胸に手を置いて心臓を落ち着かせたクロヱは、何の気なしにチヒロを見た。
純銀を溶かしたような銀髪。
寝返りに従ってサラサラと流れる髪は絹のような滑らかさ。
お面の向こうに見える睫毛は、長く綺麗なウェーブを描いている。
「……いや乙女か?」
ふっと立ち上る香りは香水でもつけているのか、甘い匂いがした。
白と金の詰襟から覗く喉は起伏がなく、触ればつるりとした滑らかさを感じるのだろう。
思わずクロヱは触れてしまった。
「あっ、やべ」
急に焦るクロヱだが、起きるかもしれないという予想は別の方向から叩き落とされた。
「ぅぁん……んぅー……、もぉすこし……」
「いや乙女だ。これは乙女だ」
チヒロの舌っ足らずな甘い声に、クロヱは洗脳されたように何度も頷いた。
しばらくして、チヒロは『うぅん……』と起き上がった。
「にゃぁあ!!? 沙花叉さんっていたの!!?」
「悲鳴が猫だぞ。あと始めからいたわ」
「そ、そうでしたか……………あ、あと寝言とか……その…言ってなかったですか?」
「『ぅぁん……んぅー……、もぉすこし……』って」
「わ、忘れてください……私も忘れるので」
「え、あ、うん」
恥じらうように尻尾とぽこべぇで顔を隠したチヒロに、思わずクロヱは頷いた。
「んん゛っしょれ……」
「噛みました?」
「んん゛っそれはさて置き、ちょっと着いてきてくださいな」
「噛みましたね」
「しらない」
ささっとぽこべぇを連れて逃げるようにテントの外に出たチヒロを追いに、クロヱも急いで追いかける。
すると、チヒロは森の方向を向いていた。
「あの、何するんです?」
「こうします」
森の方向へと手を翳していたチヒロは、急に『あっ』と溢してクロヱに問い掛けた。もう先程のことは無かったことにしたらしい。
「ヨットに乗る時の掛け声は?」
「えっ?」
「正解は、『あら、ヨット』でした」
「ダジャレじゃねーかっ!!」
そんなダジャレ『あら、ヨット』と共にチヒロは翳していた手を握る。すると、森の奥から小さな恐竜が五体引き擦り出されてて来た。ヴェロキラプトルと呼ばれるその肉食の恐竜は、群れで行動して狩りをする動物であり、森の向こうからこちらを窺っていた。
チヒロはその殺気に気付き、こうして外に出て来たのだ。
「暇つぶしに、良ければ触ってみます?」
「じゃあ、ぜひとも「コイツら肉食ですが」やっぱ遠慮しておきます」
伸ばしかけた手をぴゃっと引っ込め、クロヱは肉食の恐竜を撫でまくるチヒロに奇異な視線を送る。
「よしよしラプちゃんいい子だなぁーーお手!」
「いや犬や猫じゃないんだから」
「お手!!」
「……」
「お手!! ……いやぽこべぇじゃないよ?」
しゃがんでいた膝の間から、ぽこべぇがポフと右手を出した。
チヒロは思わず和んだが、咳払いをするともう一度繰り返した。
「お手!!」
「諦めれば……」
「諦めたら試合終了だってじぃちゃんが言ってた。だから私は諦めないぞ勝つまでは。はいお手!!」
「……」
「……………んっ、お手できて偉いねぇえ」
「今無理矢理やらせましたよね」
念力で強引にお手をさせて喜ぶチヒロが理解不能。それはもはや諦めているのと同じではと思ったが、クロヱは口に出さない代わりに、チヒロから一歩遠さがった。
一方チヒロは気が済んだのか、念力で五体まとめて持ち上げると、
「おうちへおかえり」
と、森の奥へと吹き飛ばした。
中々強引な帰宅方法である。
「さて、もう一回寝ようかな」
うぐぐと伸びをしたチヒロは、先程のテントへと踵を返す。
しかし、軍艦の修理をしていた海兵のひとりから声がかかった。
「すみませーん! 副団長、少しお力添えを願いますぅー!」
「ん、ばっちおっけー!!」
そう返事をして軍艦に足を向けるチヒロに、クロヱはこう指摘した。
「それ、もう古いですよ」
「え……でも私の中ではまだ流行中なんで。流行遅れとかしてないんで。寧ろ時代を先取りしてるんで。なんなら時代が私より遅れてるんで……ん? つまり私は新世界の神だった?」
「何か変なもの拾って食べました?」
「失敬なっ! 拾ったのはネタ帳くらいだ!」
「誰のだよ!!?」
『てってれー!』とチヒロが取り出したのは『マル秘』と書かれた革の手帳。名前が書かれていなかったため持ち主が不明だが、代わりにその裏表紙には鷹のようなマークがあった。
「これ中々面白くて私のバイブルなんだ。……あっ、欲しいと言われてもあげないですよ。これは私のです」
「いらんし、バイブルってのも今日日聞かないですよ」
「うえっ!? でも私まだまだ若いですし、そんじゃそこらの若者には負けないですよ! わんぱんよわんぱん!! アイアムワンパンマン!!」
シュッシュッと拳を繰り出すチヒロに、クロヱは年齢を訊ねた。
「んー……たぶん二十代前半」
「たぶん?」
「や、あまり年齢考えないから。それに……祝ってくれる人いないですし」
ふーんと頷いたクロヱは、ニヤニヤと口角を上げる。
「なるほど。つまりぼっちっすか?」
「越えちゃいけないラインってもんを教えたろか?」
「やーいぼっちぼっち!! 天下の白銀騎士団の副団長はおひとりぼっちぃぃ!!」
「友達いるもん! ぼっちじゃないもん!!」
「出ましたぼっちの常套句!! いるんですよね~こういうぼっちと煽られて友達いるとかのたまう人。その反応が自分でぼっちを宣言していることに気が付かないんですかぁ?」
「いや、ホントにいるから!!」
「どうせちょっと話しただけの間柄でしょう? 沙花叉分かるんですそういうの」
「お前ほんっっと失敬な奴だな!!」
そんな言い合いしているうちに浜辺につき、チヒロはクロヱのために軍艦まで続く足場用の魔法陣を展開する。
「ほら一緒に行きますよ。足元気をつけて下さいね」
「なんですツンデレですか?」
「落としてやろうか」
クロヱは『やーん冗談です』と魔法陣に跳び乗り、再びチヒロの横を歩く。
「んで、本当のところ友達居るんです?」
「親しい間柄なら何人か。でも全員部下ですし、なんか話しかけづらくて」
「それ親しいって言わないですし、コミュ障なんです?」
「いや、なんか共通の話題がなくて。去年産まれたノエル様の話しはもう古くなったし、最近どう? って訊いてもボチボチですとしか返ってこないし。同僚のハーフエルフの人は多少言葉が返ってくるぶんまだマシですが」
「あるあるですねそれ。なんなら私がコミュニケーションのなんたるかを教えて差し上げましょうか?」
「えっ本当? 助かります!」
「ただし沙花叉のことは様付けで呼んで下さい」
「沙花叉様! ぜひ迷えるこの子羊に救済を!! 沙花叉様万歳!! 沙花叉様最高!!!」
「いつから沙花叉は宗教の教祖になったんだ?」
そう口に出したクロヱであったが、持ち上げてくれることに嬉しさを感じ、ふふんと胸を張ると腰に手をあてた。
「我がぽえぽえ教の教えは、『死は終わりではない』あと『運が良くなる』」
「はいはいそれで?」
「以上」
「はーつっかえ! 入信料返して?」
「金払ってないだろっ!!」
憤慨するクロヱを傍目に、チヒロはうーんと頭を捻る。
「正直、私ってちゃんとコミュニケーションはとれていると思うんですよ。でも何故か避けられますし、私ってそんなに怖いですか?」
「んー……その狐のお面を着けているからじゃないですか?」
「そうですかね? でも陰で私のこと『年中お祭り気分のアホキツネ』って言ってるの知ってるんです」
「ぶふっッ……くふふふふっ!!」
「そんな面白いかこれ」
「アハハハハハハハ!!」
「そんなに笑えます?」
「アハハハハハハ!!!!」
「……そんなに笑うこと無いじゃないですか」
「フヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
「泣くほど笑うこと無いじゃないですか……あ、ぽこべぇ慰めてくれるの? ありがとぽこべぇ」
腹を抱えて転げ回ってたクロヱは、涙目でひぃひぃ言いながら立ち上がった。そしてチヒロの肩を叩く。
「いつか、良いことあるって!!」
「うるせぇわ!!」
サムズアップするクロヱの頭をはたき、止めていた足を再開する。
「話を戻しますが、私は別に陰口叩かれても多少凹むぐらいなので構わないんですが、さっきのあだ名から察するに私怖がられてはないですよね?」
「ふふっ……そうですね………ぷふ」
「いつまで笑てんねん!」
「ごめんねー」
「その顔腹立つ」
片目を瞑って謝るクロヱの額に、チヒロがバチン、とデコピンをした。
そしてそのあまりの痛さに悶絶するクロヱを放置し、チヒロは件の軍艦に到着する。
「軍艦を浮かせれば良いですか?」
「はい。お願いします!」
先程の海兵に確認し、ふわりと軍艦を浮かばせる。そして船底の損傷具合を確かめるために、海兵達が潜り見る。
そんな中、
「ん?」
「どうしたんです?」
「………いや、なんでもない」
ふと、チヒロは『桜花爛漫』に手をかけると固まった。そのまま少し考えるように首を傾けると、すっと柄から手を離した。
「それにしても、良い天気ですねー。眠くなっちゃいそうです」
「さっきまで寝てたのに?」
「私の恋人はふかふかお布団なので。離れ離れになったら恋しいのです。あーんマイスウィートおふとんー」
「淋しいおひとね……」
「別に良いだろ! 別に!!」
さて、チヒロとクロヱが雑談しているうちに軍艦をチェックした海兵達は、その損傷具合をチヒロへと報告した。
「船底は特に酷いところはありませんでした。……もしかして銀鏡様が防御していたのですか?」
「ええ、していましたが、咄嗟に結界を張った程度ですよ。恐らくこの軍艦を造った船大工達の腕が良かったのでしょう」
宝鐘海軍の軍艦はとても頑丈に造られているらしい。造船技術は秘匿であるため詳細は不明だが、軽く放った探知魔法の結果から、魔導科学の産物であることはわかった。
「素晴らしい腕ですね。船大工も、科学者も、究明者も」
「ええ、全くです」
海兵とウンウン頷きあっていると、側にいたクロヱがチヒロの袖を引いた。
「どうかしましたか?」
「あれ……結界の外……」
「ん?……うわぁ」
クロヱが指を差す方向には、海から大きく突き出した背びれがあった。ここから見て人間二人分程の大きさをもつ背びれは、波を掻き分けてこちらに向かってくる。
「でっかい鮫かなぁ?」
「そんなに呑気にしてないで早くどうにかしてくださいよ!!」
「いや、まだ私の念力の範囲に入ってないのでどうにもできないです」
チヒロの背中をバンバン叩いて急かすクロヱは涙目だ。それもそうだろう。ここから見える背びれが人間二人分あるのなら、その体長はどれ程のものとなるのか。もしかしたら軍艦と同等の大きさをもつかもしれない。
「あ、入りました」
「早く追い出して!! 沙花叉を守って!!!」
「よっこいしょういち、と」
ぐっと力を込めたチヒロは、持ち上げるように両手を掲げる。
するとその鮫――メガロドンよりもふた回り程大きい、言うなればギガロドンが海上へと浮遊する。
「で………か」
そのあまりの巨大さに、思わず言葉に詰まるクロヱ。
しかし驚くべきことに続きがあって、そのギガロドンを海中から飛び出した鯨が、ひと呑みで腹に収めた。
「えええええええ!!!?!?」
クロヱは最早気を失いそうである。
それもそうだ。ギガロドンをひと呑みした鯨はリヴァイアサンに匹敵する程の巨体を誇っていたのだから。
黒と白の斑模様の鯨は、大空さえも悠々自適に泳ぎ、今度はこちらを狙ってくる。
それはまるで、山が落ちてきている様だった。
「食べられるぅぅうぅうううう!!!」
「これは拙い」
「死ぬ! 沙花叉死んじゃう!!」
絶望と呼ぶに等しい、軍艦を覆う程の巨大な顎が開かれる。
オオォォォオオオンンン―――という鳴き声が鼓膜を酷く揺らした。
「結界を護らなければ。これが最後の砦だ!!」
鯨型の魔獣はその重さも大したものだろう。たとえ意思をもった攻撃でなくとも、その自重と落下速度だけでとてつもない威力となり、強固な結界はいとも容易く破壊されてしまうだろう。そうすれば他の海獣どもも襲ってくることは間違いない。
それだけは防がなくてはならない。
「ぽこべぇ二人を守ってくれ!!」
チヒロはそう言い残し、弾丸のように空を飛ぶ。
風真一刀流で鯨を討伐しても、命を失ったその巨体は結界を砕いて軍艦を沈ませるだろう。これでは本末転倒だ。
ならばやるべきことは魔法と念力の並列行使。まず優先すべきは鯨の進行方向をずらすこと。
結界の一部を解除して外に出るのと同時に紋章を付与して、神話の魔法を口ずさむ。
「上は下に。天は地に。星の息吹きは事絶えて、地上の砂が星夜を描く。この身を縛る鎖は解き放たれて、自由とならん翼を得る―――」
願うは世界の改変。
告げるは法則の書き換え。
展開するは超広範囲魔法。
「いまここに告げる。我が前に横たわるセカイよ、汝は我の望みを妨げる者に他ならない。故に我は力を持って押し通る。ならばセカイに宣言しよう。森羅万象見通す眼に、我は決して映ることはない―――」
現出した魔法陣は、チヒロを中心に金色の火花を散らしつつ高速で回転及び集束。そして爆発。
金色の鱗粉が全方向に放出され、結界を除く海面や地上、鯨に付着して溶け込む。
そして最後の一節が唱えられた。
「――砕け散れ、セカイの縛鎖」
その瞬間、世界はひっくり返った。
―――………
大きすぎる鯨の姿は、髑髏島の全土から見えていた。
故に宝鐘セドナは来るであろう衝撃波に備えようと魔法を唱えていたし、遠くに居たとはいえ、白銀イダスや風真いろは迎え撃とうと地上を駆けていた。
そしていろはは渾身の一撃を、そしてイダスは神降ろしの状態のまま『白銀』を抜いた。
「風真一刀流 奥義―――ってぇ!!?」
「
しかし、突如として発生した地震に足元を崩される。
いろはは転び、イダスはたたらを踏んだ。
「こんな時に―――っ!?」
起き上がったいろはの目に映ったのは、力強く根を張る木々が大地ごと宙に飛ばされて空に舞う光景。高さ数十メートルはあるであろう木々が、遥か上空へと吹き飛んでいく。
しかしその一方で、横に落ちるものもあった。
重さ数トンはある恐竜が、地面に落下するように空に、横にと落ちていく。また地面ごとミニョーカオンが浮かび上がり、アリアドネの蜘蛛達もまた混沌とした様子で上へ横へと落ちていく。
「神話魔法……セカイ系の魔法か……!!」
その光景にチヒロが何の魔法を唱えたのか知ったイダスは、驚きの声を上げた。
「風真殿、早急に本部に戻るぞ」
「はい!」
未だ空と横に落ち続ける地面に足をとられながらも、二人は再び駆け出した。
そして浜辺に到着した瞬間、目を瞪った。チヒロが鯨に呑まれたのだ。
「食べられたぁぁあああ!!!?!」
驚愕で足が止まるのも束の間、イダスの背中を追っていろはも駆け出す。
果たして消化される前に助け出せるか否か。
「大分高く飛んでおる……標高何千メートルだ?」
「デカ過ぎて近くに見えるでござる」
チヒロを喰らった鯨は、勝利の雄叫びでも上げているのか甲高い声を発している。
上空をしばらく泳いでいると、再び鯨は降下を始めた。今度こそ軍艦ごと喰らうつもりか、真っ直ぐ軍艦目掛けて落ちてくる。
と、鯨の口から何か白いものが吐き出された。
それは吐き出された勢いを殺すことなく、音速を遥かに越えた速さで髑髏島の浜辺に墜落した。
「向かうぞ」
「はい」
砂埃をあげる場所に向かえば、大きなクレーターが形成されていた。
そしてその中央に、チヒロが血と粘液に濡れたぼろぼろの状態で仰向けに倒れていた。
「生きてるかチヒロ?」
「うわばっちいでござる……」
駆け付けてきた二人にチヒロは軽く手を振った。どうやら見た目程怪我はしてないらしい。またお面も欠けてすらいないため、やはり呪われているのかもしれない。
チヒロは腹筋の反動を使って跳ね起きると、団服に着いた鯨の唾液を魔法で取り始めた。
「まったくもう……あ、怪我はもう治りましたんで大丈夫です」
「そうか。それより何故セカイの魔法を使った? あれは周囲の味方も巻き込む諸刃の剣だぞ」
「緊急事態だったのがひとつと、たとえ巻き込まれても逃げ出せると踏んで。……おっとそれよりもひとつ伝えなくてはいけないことが」
クレーターから出たチヒロは、敵であるはずの鯨に手を振った。
すると、鯨は理解したように頭を振った。
「取り敢えず、あの鯨は襲ってきません。安心してください」
「それは分かったが、一体何があった?」
「かざまも気になるでござる」
「それはですね。えー……簡単にまとめると、あの鯨は私のことを気に入ったらしいです」
「いや全く分からん。なぜそうなった?」
簡単にまとめ過ぎたらしい。チヒロは改めて始めから説明を始めた。
どうやらあの鯨はチヒロの魔法で飛び上がったのを戯れと受け取り、もう一度遊んで欲しいそうだ。そしてチヒロを食ったのは思念を届けるつもりだったらしい。
「なるほどな。まぁ過程はどうであれ、チヒロの好きにするといい。それにアレが居るのは我々にとっても好都合。邪魔な海獣どもが恐れをなして逃げ出すだろう」
「神話魔法を戯れと受けとるだなんて凄い鯨でござるな」
二人は特に異を唱えることなく頷いたが、クロヱは別だった。
迎えに行ったチヒロが説明すると、絶対嫌だと断固反対したのだ。
「意味分かんない! 追い出してよ!! それで沙花叉の心の安寧を取り戻してよ!! 沙花叉は普通の一般人!! あんた達とは違うの!!」
「しかし襲わないと言ってますし……あっ、言ってはないですが」
「ほらほらほら今なんつったなんつった!!? 沙花叉聞き逃さないよ!!!」
「め、めんどくせー」
ひとまず猛烈に反対するクロヱと、一緒にいたぽこべぇを浜辺に引き連れ、その後チヒロは鯨がいる沖合いへと飛んで行った。
一方、いろはは自身の従者かつ非常食のぽこべぇに話しかけていた。
「ぽこべぇ、チヒロの言動に怪しいところはなかったでござるか?」
いろはからチヒロの調査を任されていたぽこべぇは、ふるふると首を横に振る。そもそも、チヒロと寝ていたため調査など微塵もしてないが。
「本当でござるか? まさかナスで買収されたとかないでござるよな?」
そんなことはされてないと、ぽこべぇはしきりに首を振る。
「そっか。ならよかったでござる!」
にぱっと笑ったいろはは、ぽこべぇの頭を労うように撫でた。ぽこべぇも、もっともっとと急かす様にその手に頭を擦りつける。
「命拾いしたなぽこべぇ!」
ぽこべぇはピタリと固まった。
白銀イダス
なんか察しが良すぎないかと思っているかもしれませんが、ちゃんと訳があるので。
神器『白銀』の真の継承者であるがため、一時的に風真いろはに『貸与』することもできた。
どうやら『白銀』にはもうひとつ、創造主も想定していなかった二次作用があるそうだ。
神器『白銀』
本文の内容に加えて、形態に関わらず持ち主に大きなパフを与える。また、形態に合わせて切れ味上昇、衝撃吸収力アップなどの効果が発揮される。
鯨型の魔獣。
言葉は話せないため、感情を思念に乗せてぶつける。
ぽこべぇ
もしかしたら、いろはに食われてたのかもしれない。
沙花叉クロヱ
たとえ相手が高位な人間でも、私は退かぬ媚びぬ省みぬ! の精神を地で行くシャチ。未来の総帥は尊敬されず涙目だ。
銀鏡チヒロ女性説の信者にこの度入信。機会があれば確かめたいと思ってる。
神
独自の権能と不死性を持つ。中には異界を構築する者もいる。
神を斃すには神になるしかないが、イダスがやったように神降ろしで一時的に神を憑依させることでも斃せる。大事なのはそこに神の力(意思)が介入しているかどうか。なければ神を降ろしても斃せない。
しかし神を斃せても魂まで抹消しない限り何度でも復活する。それもどの眷属に憑依するのは神以外探知不可能であるため、完全に殺すことは難しい。
神は基本的に不死で、『最強』を傷つけられる程の攻撃力と『最強』を翻弄する程のスピード、更にありとあらゆる攻撃の無効化。そして権能と復活。また神の気配は神でしか捉えられない。流石神様とでも言うべき理不尽。しかし、神殺しを成した者はセカイに評価される。つまりイワレが手に入る。今回イダスは完全な神殺しはできなかったが、一度は本体を殺したのでイワレを手にしている。
神の権能同士では上下関係がある。しかしそれぞれの神威、神位、魂の存在値などで上下関係が逆転することもある。言わば畏れた奴が負ける。
ここで『聖仙人』について。
神になる前の段階だからか、とある者達は『亜神』と呼んでいるそう。不死身の事もあるが、神と比べればそこまで理不尽じゃない。条件を満たせば普通に死ぬ。
魔導科学。
魔導学と科学を複合させた学問。更に魔導工学、魔導生物学、魔導化学等々に分けられるが、総称として魔導科学と呼ばれる。
魔法を学問としたものが魔導学と言い、これを研究する者を究明者と呼ぶ。
科学は従来の通り。ただ異なる点があり、生命の起源や宇宙の起源の解明と共に、魔法を科学で再現することを命題のひとつとしている。博士が魔法(錬金術)の産物であるポーションを科学で再現したのは、まさにこの命題を達成したと言える。
セカイ系の魔法。
かつての魔王、マクスウェルの魔が開発したとされる神話魔法。通常の魔法とは異なり、その呪文はとある星の言語で構成されている。
イダスはこのセカイ系の魔法に忌避感を覚えているようだ。
呪文
上は下に。天は地に。星の息吹きは事絶えて、地上の砂が星夜を描く。この身を縛る鎖は解き放たれて、自由とならん翼を得る。
いまここに告げる。我が前に横たわるセカイよ、汝は我の望みを妨げる者に他ならない。故に我は力を持って押し通る。ならばセカイに宣言しよう。森羅万象見通す眼に、我は決して映ることはない。
砕け散れ、セカイの縛鎖
基本、読者の皆様が『普通に考えればこれおかしくね?』と思ったものは今後に繋がるものです。ただ、単に間違っているものもある可能性があるので、見極めて下さい。
ごちそうさまでした!