【読書感想文】吾輩は猫であるを読んで 作:夏目漱石(仮)
私が吾輩は猫であるを読んで感じたことは、実に簡単なことであった。それは先生が猫の一生を人間にたとへて語っていられることだ。第一章からして、人間も動物の一種だと云ふことを語つてゐる。私はこの一章を読んだとき、実に驚いた。その驚きは今も忘れない。
私がまだ小学校六年生の少年であつたとき、母に連れられて、ある本屋へ行つたことがある。その時私は、母の膝の上に乗つて、店先に陳列してある本の背表紙を見てゐた。するとそこに、「吾輩は猫である」という題名のついた本が置いてあつたので、私は何気なくそれを手に取つて見た。そして次のやうな文句を見たのだ。
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いた記憶がある。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間の中で一番好かん人種であったそうだ。ここに親父殿が帰って来てわれわれ二人を前において坐った。親父殿は何と思ったか教へてくれ給へ。……」
私はこんな文章を読んで、非常に面白いと思い、さぞかしこの人は偉い人にちがいないと思った。そしてその晩のうちに母にその話をしたのである。母はそれをきいて笑ひながら云つた。
「お前はその本屋の主人のことを、きっとお大尽だと思ったんでしょうね。でもね、これはちよつとした小説ですけれど、本当は只の日記ですよ。つまり日記の書き出しですね。そんなことよりお前はもっと大切なことが書いてあるところを読みなさい」
そう言つて母は私の手から本を取上げて元の所に置いた。それから、私はまた別の本を眺め出した。けれども私の心には、あの時読んだ「吾輩は猫である」という言葉が焼きついて離れなかった。
今、私はあのときの母の言葉を思い浮べてみた。そして改めて先程の「吾輩は猫である」を読む。
──吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いた記憶がある。吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれは書生という人間の中で一番好かん人種であったそうだ。ここに親父殿が帰って来てわれわれ二人を前において坐った。…………
これが小説ならどんなにいいだろう。私はこの文章を読んでつくづく思つたものだ。
しかし、私は又考える。もし、自分がこの作者の立場に置かれたらどうしよう? 自分は一体何をするだろうか。勿論、自分は書生ではないし、自分の父親でもない。だからその立場に置かれても何も出来ないかも知れぬ。それでも私はこの主人公と同じように泣くかも知れない。泣きたくなくても涙が出るかも知れない。とにかく私は泣いてしまうに違いないと思う。何故なら私はこの主人公の境遇を自分に置きかえて考えて見るからだ。
では私はなぜ泣いたのか? それはこの主人公が猫だったからである。
この主人公は猫なのだ。それもまだ生まれたばかりの子猫だ。それが生まれて初めて見た人間が、この親父殿なのだ。その親父殿が自分の家に来て、これからは自分の子だと言つてくれるのだ。これほど嬉しいことはないではないか。
ところがこの主人公は、猫でありながら、人間の言葉を使ふことが出来るのだ。それで親父殿とも話が通じ合つてゐる。だが、この猫は人間になれてゐない。まだ人間の生活を知らないのだ。知らないものを想像することは出来まい。それに、いくら人間の言葉を使っても、人間は猫の言葉を理解することが出来ない。そのことはこの主人公の不幸でもあると同時に幸福でもあった。なぜなら、猫の世界にも人間はいる。だが、その人間はいつも自分の仲間ばかり可愛がり、他のものは見向きもしないのだ。それに比べると、この主人公の家は違う。この家に居る限り、彼は一人前の人間として扱われる。
しかし、この世界は、彼が生まれて来た世界とは全然違つた世界だ。彼の父親は立派な人間ではあるが、決して善人とは限らない。善人の振りをして、実は悪徳を弄んでいるかもしれない。あるいは父親が悪人であっても、母親は普通の女かも知れない。どちらにしても、この家の中の生活と外界との往復だけで一生を終えるかも知れない。つまり、この世界のどこにも安住の地はないのである。そして、その日一日を無事に過すことが精一杯なのだ。
では、なぜこの子はこんな世界に生れてきたのか。それは神のみぞ知ることだらう。
私が今、「吾輩は猫である」の主人公に同情したのは、この主人公の孤独を感じたからなのである。
私自身、子供時代は貧しく、毎日の生活に追われていた。だが、大人になってみれば、私の貧しさは、何一つ不自由のない家庭に生まれた子供の貧乏より、ずっと恵まれていることがわかった。少なくとも、私は親に甘えることが出来た。しかし、この主人公の場合はどうであろうか? この子は人間としての教育を受ける前に、人間の社会の中に放り出された。しかも、そこでは何もわからないまま、人間たちの中に混じって暮さなければならないのだ。しかも、その人間は、彼を人間扱いしようとせず、むしろ軽蔑している。さうして見ると、私はこの子の気持ちがよくわかるような気がする。この子が可哀想だと思う。
私は今更のように、自分が親に育ててもらったことを感謝した。同時に、この子には自分が親にされたように、親が自分を愛してくれることを祈るだけだと思った。
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