【読書感想文】吾輩は猫であるを読んで   作:夏目漱石(仮)

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『こころ』を読んでいる青年の話 第三話

(一九二五年三月)

 

僕は、先生の言葉と父の言葉について考えていた。父は、僕に勉強をしろと言った。先生は孤独の中で死んでいった男の話をした。その二つの言葉が僕の胸で重なり合っていた。僕はこの二つの間に何か深い関係があるような気がしてならなかった。そして、もしそれが事実だとしたら、それはどんな関係であるのか。

 

 

僕はある日の午後、ふっと、このまま学校へ行かないで、どこか遠い所へ行きたいと思った。けれども、そんなことをする勇気はなかった。僕は何だかむしゃくしゃしていた。こんな気分の時は、いつもあの川べりへ行くことにきまっていた。僕は急いで着替えると外へ出た。そして自転車に乗って、川の方へ向かった。

 

川は今日もおだやかに流れていた。流れに沿って、僕はゆっくり歩いた。しばらく行くと、川上の方から小鳥たちが飛んで来た。みんな楽しそうな声を立てていた。その中に一匹だけ元気のない鳥がいた。それは、たしかに雀だった。でも、他のどの雀よりもきれいな声で鳴いていた。

 

「あの声ならいいのに」

 

僕は思わず呟いた。すると、また小鳥たちは歌い出した。僕はじっとその歌を聞いた。その時、僕は突然わかったのだ。なぜ先生の話を聞いて、あんなにも悲しかったのかということを。それは孤独という言葉の中にあったのだ。先生は言った。『私は孤独だった』と。僕は孤独という言葉を父の口から聞いたことがあった。

 

父が死ぬ一週間ほど前のことだったと思う。僕が庭で遊んでいると、父はふらりと家を出て行った。母が後を追って出て行くと、間もなく父と母は一緒に帰って来た。二人とも妙に晴ればれとした顔をしていた。僕は二人が手をつないでいるのを見て、何となく気恥ずかしいような気がした。

 

「お父さんはどこに行ってたんですか?」

僕は二人の顔を見比べながら訊ねた。

 

「うん、ちょっとお墓参りをして来たんだ」

父は母の方をちらと見て答えた。

 

「お墓参り? お母さんのお墓参に行ったんですか?」

「ああ、そうだよ」

「どうして一人で行って来なかったんですか?」

「一人じゃ行けなかったんだよ」

「だって……どうしてですか?」

「お父さんにとってお墓というのは特別なものなんだ。だから、どうしても一人行けないところがあるんだよ」

「ふうん」

 

僕は少し驚いたようにうなずいて見せた。けれども内心では納得がいかなかった。何故特別なお墓に行くのに、わざわざ母親を連れて行かなきゃならなかったのだろうか。お父さんは次のように続けた。

 

「人は誰しも孤独であると勘違いする。だけどお父さんはそれが間違いだと証明しないといけないのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥たちのコーラスを聴きつつ、僕は土堤の上に立って、川の方を見おろした。川の流れは相変わらずおだやかだった。しかし、よく見てみると、流れの中にはたくさんの魚がいた。そして時々水の中に潜ったり浮いたりしていた。僕はしばらくそこに立ったままで川を眺めていた。すると、急に何か大きなものが飛び上るようにして、僕の目の前を通り過ぎた。僕は驚いて振り返った。すると、そこには一匹の大きな鯉がいた。「わあ、すごいな」僕は思わず叫んだ。すると、その声を聞きつけたらしく、鯉はもう一度こちらを振り向くと、ゆっくりと下流の方へ泳いでいった。

 

その時、ふっと、僕はあることを思い出し、胸が締めつけられるような思いがした。それは父が死んだ日のことだ。

 

あの日もちょうどこんな風におだやかな天気だった。父は母と一緒に病院から帰って来た。そして母が買物に出かける間、僕たち兄弟は家に残っていた。間もなく母が戻って来て、お茶を飲み始めた。僕はその前に、父の好きな饅頭を出してやった。すると、父はうれしそうに笑って言ったものだ。「ありがとう」と。あれは父の言葉の中で一番やさしい言葉であったと思う。けれども、その後まもなく父は死んだのだ。

 

あの時は、僕は、父の死というものがどういうものなのか、わかっていなかった。ただ、いつものように父が帰って来たと思っていただけだった。

 

「お父さん、死んじゃったの?」

と、僕は母に訊ねた。

 

「うん、そうなの」

母は答えた。

「ごめんね」

 

「どうして謝るんですか?」

「だって、お父さんは病気で死んでしまったんだもん。かわいそうだよね」

「うん」

と、僕はうなずいた。

 

「だけど、どうして病気だとかわいそうだっていうんですか?」

「だって、お父さんは死にたくなかったはずだもの」

「どうして? お父さんだって人間でしょう? 死ぬこともあるよ」

「それでもね、お父さんは、もっと生きていたかったはずなの。だから、お前たちに会えないのはとても悲しいの」

「ふうん」

「わかるかい?」

「わからない」

「そうだよね」

「お母さんは悲しくないの?」

「もちろん悲しいわ。とても悲しいけど、寂しくはないのよ。だって私は一人ではないのですから」

 

母は泣いていなかった。泣きたいだろうに泣かなかった。それなのに、何故僕は泣くことができないのか。僕にはそれが不思議でならなかった。母は続けた。

 

「お父さんから、あなたに最後の言葉がありましたよ」

「どんなことですか?」

「勉強をして、大きく立派に育ちなさいと言っていました」

「それだけですか?」

「そうです。たった一言だけですよ。後はもう何も言いませんでした」

「ふーん」

 

僕は、そのときは父の言葉の真意がわからなかった。

 

 

 

 

しかし、今ならその言葉の意味が少しわかるような気がした。

父は、どんなに辛いことがあっても、孤独を感じても、前を向いて進み続けなければならないと考えていたのだ。そして、僕にもそれを望んでいたのだ。父は僕に、『勉強しなさい』と言った。『学問しなさい』と。

 

「お父さんは、やっぱり偉い人だったんだなあ」

 

僕はつぶやくように言った。

 

先生の友人は、歩むことをやめてしまったのだ。新しく学ぶことをやめ、生きていることを馬鹿にして、そしてとうとう自殺してしまった。

 

「けど、お父さんは違った」

 

僕は呟きながら、また歩き出した。土堤の上を歩いていると、また鳥たちがやって来た。雀たちはさっきよりも元気になって鳴いていた。鯉はまた上流に向かって元気に泳ぎ出していった。

 

父は、学問というのはけっして無駄にはならないものだと言った。僕たちが未来に向かって歩み続ける限り、僕たちはただ食べる行為によって生きているのではない。父のような科学者にとっては、世の中のためになることをする人間ではならない。また、それらは世間一般の人と深く結びついているものである。

 

僕は、この自然の中の雄大さと、またその素晴らしさに圧倒されていた。

僕は土堤の上に立ち止まって、しばらくの間、空を眺めていた。そして、鳥たちの歌声に耳を傾けていた。水の流れに耳を澄ませていた。そして僕は、僕たちはけっして孤独ではないことを理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、いつの日かお父さんのお墓参りに行こうと決めた。

 

もちろん、僕の大切な人と一緒に。

 





これで完結です。良ければ評価よろしくお願いします。
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