「基地のシェルターって母上は言っていたな......」
勢いに任せて水族館を飛び出したゼロだったが、あの魔法を使うためには長い準備時間とその間の安全が必要になってくる。そして真夜が言っていた通りゼロが今いるところから基地のシェルターまで、通常の道のりはともかく直線距離だけなら然程距離はない。
「(「改竄」発動)」
枷を外す事なく「改竄」によるイデア世界への干渉だけで観測できる距離だ。
「(ちょっ!? 何だこれは??)」
イデア世界からゼロが見たのは──武器を持って争い合っている兵士達の姿。しかも同じ軍服を着た者同士の。
「(反乱?)」
そしてイデアからの意識を基地の入り口から基地内部に向けていく。いくら防御力に長けた基地とは言え、この力の前では丸裸も同然だ。この力があれば泥棒の下見や覗きなど犯罪も容易に犯す事ができるだろう。
「(失礼な)」
......ともあれ、程なくして深雪達は見つかった。しかし彼女達がいるのは防御力の低い屋上であり、とても
「(っていうか達也はいないのか?
反乱兵と思われる兵士達は魔法式を乱すキャスト・ジャミングを発生させるアンティナイトを持っていた。あの中でまともに魔法を発動させる事ができるのはキャストジャミング波をも「分解」させる事ができる達也か、そもそも魔法の発動に魔法式を必要としないゼロくらいなものだ。そして......想子波に対する抵抗力が著しく低い深夜に至っては致命傷にもなりかねない。
「クソッ!」
ゼロは移動魔法をかけ全速力で駆け出すと──
「なッ!」
ゼロの襲来に、反乱兵達は気づく事ができなかった。海上から襲撃が来るなど思いもしなかったのだろう。そもそも屋上、この基地の防御力が高い理由は三方を海に囲まれている事にある。それはつまり気にすべき方向が少ないという事であるから海上からの襲来を気にしていないという事に兵士達の落ち度はないのだが。
ともあれ、完全に気づかれない形で奇襲を成功できた事はゼロにとっても大きかった。如何に熟練の兵士であろうと死角から奇襲してしまえば簡単に倒す事ができる。そして、一瞬で制圧する事ができれば、異変に他の兵士が気がつく事もなくまた他の兵士をも簡単に制圧する事が可能となるからだ。
「まさか......空を飛んでくるとは......」
何の問題もなく反逆兵達を制圧する事に成功した。達也がいない中、ここにいるのは深雪と深夜、そして深夜のガーディアンの桜井穂波のみ。ゼロがイデアから見た時にいた良い身なりをした家族はどこかに行っていた。逃げたのかもしれない。
ゼロの存在を知らず、またこんな場所にジンベエザメの被り物を被ってやってきた不審者に対して
深夜は被り物を被った不審者の正体を看破していたが娘と
守るものと守られる者の緊張感の違いがとても印象的であった。
「あ、あなたは......!」
そんな敵意を保っている穂波とむしろ安堵すら覚えている深夜のどちらでもないのが深雪だ。
被り物を被って相手の顔も分からないのに直感でその正体を探り当てて、この数日間でずっと言いたかった事を、相手が本当にその人かどうかも分からないのに言おうとしていた。
「(マズい......ッ!)」
そしてそれはゼロにも伝わった。自分に感謝しているという後者ではなく深雪が自分の正体に気づこうとしているという事だけであったが。
だってしょうがないじゃん。深雪が兄の達也との関係を見直すきっかけとなったあの発言は、ゼロからしてみれば一刻も早く深雪から離れるための口から出まかせだったし、今深雪を守った事もゼロからしてみればあまり接点のない深雪よりも親しくしている叔母の深夜を守る意識の方が高かった。それに基地にやってきたのもジン子を守るためにあの魔法を行使するに当たって身を隠すためだった。
だから──深雪が自分に対して並々ならぬ想いを抱いているなんて気づく訳が無い。──それが高校一年生の現在に至るまで変わる事なくすれ違いを起こしている最大の要因であるのだが。
「あ、あれ?」
深雪が顔を伏して何かを考えている間にゼロは元来た海上に飛び出て基地から姿を消した。最後、他の人に気づかれぬように深夜に一礼してから。
大地を揺るがす振動が皮膚を刺した。空を裂くほどの爆音が、尋常でもない事が起こった事を示していた。
「達也のマテリアル・バーストか」
基地から離れた廃墟、そこにゼロは身を隠していた。この大魔法の発動の準備中は平時よりも周囲に対して無警戒になってしまう。意識がイデアを通して遠くに向かっているためだ。あらゆる要素が組み合わさって初めてできる、ゼロだけの大魔法。
「(マテリアル・バーストによって日本に攻めかかっていた艦隊は壊滅。今回の戦争は日本の勝ち、という事になるだろう。──まだ終戦はしていないけれど)」
戦闘行為を終えなければならない期日は、厳密には降伏を宣言した瞬間ではなく講和文書に調印した時である。だからこそゼロはまだ魔法の発動準備を続けていられる。
「(確かにマテリアル・バーストによって日本に攻めかかっていた部隊は全滅した。しかしまだ、ジン子を怯えさせた元凶は健在だ)」
確かに戦争の前線指揮官は消滅した。しかし今回の戦争を企画し、実際に兵を最終的に動員し、そしてジン子の苦しみの元凶となった者は依然として無事だ。戦争の総大将が前線に出てくる事はない。今も悠然と彼らの国の中にいる。
「ようやくだな」
魔法の発動準備がようやく整った。息を大きく吸い込み精神を安定させる。
「
──────
「なっ......壊滅しただと......ッ!?」
完全なる奇襲攻撃。戦争の勝利を確信していた男は部下からの思わぬ報告に一瞬我を忘れた。
「は、はい。沖縄に上陸した直後、我々の兵を瞬時に消滅させ、倒れた敵兵を瞬時に蘇らせる光を発する者が現れ上陸部隊は壊滅。その後、第二陣として日本への上陸に向かっていた艦隊も謎の光に覆われた瞬間大爆発を起こし......消滅しました」
「ば、莫迦な......」
今回の戦争において大亜連合が最も恐れていたのが戦略級魔法だ。魔法の中でも一度の魔法で人口5万人規模以上の都市、または艦隊を壊滅させる事ができる特別な魔法、それが戦略級魔法だ。
無論そんな魔法は誰にでも使える訳ではない。使える者は限られている。
現在把握されている、日本が所持する戦略級魔法は、五輪澪の使う
そんな魔法の存在を知った上で馬鹿正直に宣戦布告した上で侵攻作戦を行う馬鹿はいない。五輪澪が沖縄に到着する前に沖縄に上陸する。──それさえできれば勝ちを確信できる。だからこそ今回、戦略として奇襲という手段を採ったのだ。そして沖縄上陸完了の報を受けた。男は安堵し、一息ついたところでこの報告だ。男は誤報の可能性を依然として捨て去る事さえできなかった。
「大丈夫なの?」
「あ、ああ。大丈夫さ。日本が反攻してくる事はないだろう。ボクもキミも、ここにいれば大丈夫さ」
戦争においては守る側が有利である事は言うまでもないが事戦争による被害は違う。当然の事ながら戦場となった国の被害の方が大きい。攻め込んだ大亜連合は出陣した兵士の損害こそ大きいものの戦場にはなっていないため言うほどの損害にはならない。敗戦したとしても男は敗軍の将ではあるが、戦場ではないこの国にいる限り男と、男の妻の身の安全は保証される。──少なくとも戦後の処理に至るまでは。
「あれ? 何その頭の上の?」
「うん?」
そんな中、男の妻がふと男の頭上を指指してそう言う。だが自分の頭の上など直接見る事もできないので男は鏡の前へと移動した。
「......何だこれは?」
そこには握り拳ほどの大きさの金属の玉のようなものが男の頭上10cmほどに浮かんでいた。首をブレイクダンスのように勢いよく動かしても玉は一緒に付いてきた。代わりに得られたものは「こいつ何やってんだ?」という妻の冷ややかな視線だけだった。
「一応触れれるようだけど......全く動かないな。本当に何なんだ?」
次の瞬間だった。
「
「ッ!?」
突如として聞こえた挨拶。数十年前に流行った機械音声のような、ボイスチェンジャーを通しての声だ。発音としては外国人が学ぶ北京語に近いものだろう。
「何か言ったか?」
「え? 急にどうしたの?」
男の妻は何とも言っていないらしい。しかも妻にはこの声が聞こえていないらしい。
「......この奇妙な鉄の玉と何か関係しているのか?」
男のその疑問はすぐに解決される事になる。
「今現在、あなた方の頭上に現れている玉──のようなものに対してもう気づかれている方が殆どでしょう。今、私はこの玉に干渉してあなた方に話しかけています。この玉を破壊しようとする事は止めておいた方がいい。折角設けた猶予を無駄にする事はお互いにとって損となる」
ペラペラと話すこの機械音声はやはり妻には聞こえていないのだろう。ベッドに寝転んでグダグダしている彼女との温度差は大きい。
「数時間前、貴殿ら大亜連合は私達、日本国に対して突然の侵攻を開始した。宣戦布告なしの非常識な軍事行動。まあ、
「ッ!」
この魔法の発動者、その者の言葉を純粋に信じるとなれば、目の前の人間は艦隊を一度に吹き飛ばすほどの大魔法を使った直後にこれだけの広範囲の魔法を発動している事になる。その事実に男の手は震え始める。
「だが貴殿らの侵攻によって私の大切なものが脅かされた。ひいてはその返礼に参った次第」
「なッ!」
この魔法の目的が分かった。返礼──つまるところ報復。艦隊を一度に吹き飛ばしたほどの大魔法を行使した魔法師だ。あながち嘘だとも言い切れない。男の額に一筋の冷や汗が流れた。
「本攻撃は国際法に則った正当な手段である。本攻撃の対象は当該軍事行動に加担した軍人である。これは貴殿らのように誤って民間人を対象としないための猶予である」
「春華......」
「ん? どうしたの──って本当にどうしたの貴方?」
魔法師の目的は分かった。これから辿るであろう自分の結末も。おそらく相手は戦略級魔法師だ。それも未だ公表されていない未知の力を持った。この魔法師は民間人を巻き込まないために猶予を設けているのだろう。もしかするとこちら側から何かしら干渉できる手段もあるかもしれない。現在多くの者が魔法師に対して命乞いをしているのかもしれない。が、男にとっては無意味な事だ。男は今回の軍事作戦における最高指揮官だ。まず民間人と偽る事はできないだろう。
「(ならせめて──最後くらいは穏やかに)」
「春華。私の命も間も無く終わる事になるだろう」
「え? いきなりどうしたの貴方。そんな冗談いきなり言ったって──」
「聞いてくれ!」
「......わ、分かったけど」
猶予がいつまであるかも分からない。伝えなければならない事はできるだけ早くに。
「......春華、君と出会えて本当に良かった。ここまで私に着いてくれて......ありがとう......」
「......貴方......」
最後に男が見た妻の顔は──
「こいつ何言ってんだ?」と言った顔だった。
「(この現状を話す方が先だったか......)」
次の瞬間、頭上に浮かんでいた金属のような玉が頭蓋を砕き、首の骨をへし折り、意識を失った先で聞こえたのは──その玉が地面に転がる音だった。
──────
魔法の原理自体は簡単なものだ。空気の原子を硬化魔法をかける事によって押し固め、また対象の頭上10cmほどに相対位置をも固定する。無論緻密な想子コントロールが必要となるが「改竄」によってイデアへの直接介入を可能としたゼロにとってはこれくらいは簡単なものだ。
問題は──この魔法の効果範囲を他国の首都にまで広げたところにある。当然「改竄」を普通に使うだけではそんな事不可能だ。前に理論上無限に範囲を広げる事ができると言った事もあったがそれが現実的にも不可能であるとも述べたはずだ。すなわち──無理をしなければならない。
まず自己への究極の精神干渉魔法である「改竄」は術者の精神状態に大きく左右される。今現在のゼロの精神状態は、言うまでもなくジン子が苦しめられた事への激しい怒りで支配されていた。怒りの感情は魔法発動範囲を大いに広めてくれる。しかしそれでは当然まだ足りない。つまり他に何らかの要素で穴埋めをしなければならない。
イデア世界においては過去も未来も存在しない。否、存在しないというよりも現実とはその概念が違うと言うべきが正確か。多次元空間に存在するイデア空間には過去と未来は現実世界の縦横奥行きのように簡単に行き来する事ができる。尤も、イデア空間に直接介入できるゼロとはいえ、彼の大脳はあくまで現実世界の三次元のものでしかないためタイムトラベルなどといった事は不可能であるが。
つまるところ、ゼロは想子の前借りの真似事をする事ができる──無論相応以上の代償を支払う必要があるものの。
その一つとして──ゼロはいくつかの例外を除いて前借りした期間の間、一切の魔法の行使ができなくなる。
だがそれでも、ジン子を脅かした怒りは消えはしない。
対象全てに攻撃準備が整った。イデアを通して彼らが「自分は民間人だ」と偽証をして命乞いをする様が聞こえてくる。が、やはり間違いはないようだ。ゼロは右手で大きく天を仰ぐと──勢いよく振り下げた。
その瞬間、玉を頭上から10cmと定めていた相対距離は変数によって負の数に変更された。
「......終わったよ」
仇は取った。脅かした者からそれ相応の物を取り上げた。少なくない被害がこれから国際社会を襲うとしても今のゼロにとってはどうでも良かった。
「ここまでごっそりと持っていかれるものなんだな」
言うまでもなくこれほどの大規模魔法を使った事は初めてだ。今は先の魔法の原理を応用して宙に立っていたが、その魔法も維持ができなくなり地上にゆっくりと落ち始めていた。緻密な想子操作は「改竄」によってイデア世界に直接介入しているとはいえゼロに対してかなりの疲労を与えていた。達也の魔法によってここら一体の敵兵が処理されたとはいえここが戦場である事に変わりない。加えてもうじき国防軍もやって来るだろう。同族とはいえ正体を悟らされる訳にもいかない十師族の達也も併せて。ならばやる事は一つしかない。
「
想子の前借りでも使える魔法の例外だ。ゼロは緊急的に帰還する事ができる緊急避難を一度だけ、イデア空間に起動待機させている。その魔法の行使に必要な想子だけ予め残しておいたのである。つまり前借りした後でも一度だけ、緊急避難を使う事ができるのだ。
全身が想子レベルで分解される感触がする。しかし痛みはなくどこか気持ちよさすら感じる。例え一定期間魔法が使えないとはいえ、四葉の本家であるのなら何の問題もない。
「勝ったな」
ところで、身体を想子レベルで分解し、イデア世界を経由する事によって目的地である四葉本家まで運び肉体をそこで再構成する。そんな緻密な魔法が、発動中に外部から干渉を受けたらどうなるか。
『外部から魔法の干渉を確認。オートスタート中の緊急避難、中断する事を推奨』
「え?」
警告に従って魔法が飛んできた場所を見てみると──拳銃型のCADをこちらに向けた──達也の姿があった。
「......へ? 何で達也が?」
しかしそんな疑問はゼロを待ってはくれない。先ほど達也がゼロに対して向けた魔法、その正体をゼロは知っている。
「え、何で
その時、ゼロは体感で自らの魔法に致命的な
「待て待て待て待てヤバいてヤバいてマジでヤバいて!!」
しかしそんなゼロの葛藤も知らない達也は──もう一度引き金を引いた。
「おいテメェ達也マジでこの野郎ぉぉぉぉ!!」
全身の想子が乱される。そもそも発動自体危険な最終手段的なこの魔法。──失敗すればどうなるのか想像すらできない。
「(あ、終わった......)」
この瞬間、ゼロは全てを諦めた。
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
大亜連合の幹部を大量に殺した戦略級魔法師は──こうしてもう一人の戦略級魔法師に討伐された。
「ッ! 逃したか......」
偶然見かけた妹を危機に陥らせた仇。マテリアル・バーストを使った後で疲労困憊の達也であったが、持てる想子を駆使して
「(まああれではどちらにせよ、生きてはいないだろうが)」
生命反応は完全に停止した。そもそもあんな断末魔をあげた上で姿まで消して、それでも生きているなんてあり得ない事だ。
「深雪......! 仇は取ったぞ......!!」
この事を深雪に話し、彼女の顔を真っ青にさせる事になるのは──もう少し先の話である。
──────
〜ゼロが深雪を助けた後〜
達也「深雪! これは一体誰が(お前をこんな目に合わせた)?」
深雪「お兄様! これは......そ、空を飛んでいる人が(助けてくれました)」
達也「そうか......! (殺してやる)」
Q, 自らを想子レベルにまで分解し、運搬してから再構成するという「緊急避難」を使う事ができるゼロは、達也のような雲散霧消を使う事ができますか?
A, 使う事ができません。そもそもゼロが分解できるのは自己と接している範囲で、かつ非常に時間がかかるものです。接近できるほど近づいたのなら分解以外の手段で倒したほうが合理的です。したがって戦闘という目的で分解を扱う事はできません。......そう、戦闘ならね。
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