翌日、みほは当ても無く学園艦を彷徨っていた。
平日だが、高校に行く気はさらさらない。かと言って、何時もの様にパチンコにも雀荘にも行く気にはなれなかった。
ただただ歩き続け、気が付けば学園艦の外れにある森の中にいた。鬱蒼とした木々が茂っており、まだ昼前だが薄暗い。
みほは煙草を取り出し、明かりを灯すように火を付ける。そのまま煙を大きく吸い込み吐き出すと、紫煙がゆらめき消えていく。
ぼんやりと紫煙の行く先を見つめ、昨夜のことを思い出していた。
戦車道を復活させたいという角谷杏の話。
わざわざ不登校の不良生徒に声をかけてくるとは余程切羽詰まっているのか、それとも何か裏があるのだろうか。
どちらにせよ、自分に選択の余地はない。唯一の価値である戦車道を捨てないことには自分を殺すことなどできない。
角谷杏も哀れだ。折角当てにできると思ったのが、まさかこんな屍同然の女とは思うまい。つくづく運のない奴だ。
……だが、どんな理由であれ自分が必要とされているなら、それに答えなければならないのではないか?
そう考えて、ふと自嘲気味に笑う。
そんなはずはない。私が他人に出来ることと言ったら傷つけ、苦しめることだけだ。角谷杏は勘違いしている。すがりつく対象が欲しいだけなのだろう。奴の偶像崇拝に付き合えるほど、私は良く出来ていない。
「他人に入れ込むなど無意味だ」
独りごちて、煙草を携帯灰皿の中に押し入れる。
その時、木々の奥に光るものを見つけた。それは懐かしさと共に、どこか呪いのような忌まわしさをみほに与える。
無意識のうちに足はそちらへ向かっていた。
近づくにつれ、みほは息を飲む。
そこには見慣れていた、巨大な鉄の塊があった。
「何故こんな所に……?」
みほは思わず呟く。
Ⅳ号戦車D型。
ドイツが開発した中戦車であり、大戦中に最も多く生産された戦車、そのレプリカだ。
錆びついた砲塔、苔むした車体。
履帯や転輪はボロボロで、あちこち凹んでいる。
しかし、その堂々とした威容はみほの知るものと全く同じだった。
みほは錆びついた操縦手用のハッチを力づくでこじ開け、車内に入る。
中は埃っぽくカビ臭い。長らく人の出入りが無かったようだ。
それでも構わず操縦席に座り込んでイグニッションを入れる。
独特の重音を立ててエンジンが始動し、激しい振動がみほに伝わる。
「駆動系は死んでいない、か」
みほがアクセルを踏むと、Ⅳ号は鈍い音を響かせながらゆっくりと前進していった。
「各部正常。燃料も残っている」
戦車の状態を確認しているうちに、久しく忘れていた感情が湧き上がってくる。
ずっと抑え込んでいたものが一気に溢れ出した。
戦車を操れるというだけで胸が高鳴る。血が沸き立つ。
この感覚を忘れていた。
だが、それはみほにとって否定しなければならないものだった。
自分はもう、二度と戦車道に関わるべきではない。
それに感情に振り回されるなど、自分の最も忌避すべき行為だ。
「アタシは、アタシを殺さなければならない」
自分に言い聞かせるように呟いたが、意に反してみほの操縦桿を握る手には力が入った。
Ⅳ号は森の中を走り抜ける。時折現れる枝葉を弾き飛ばし、木々の間を縫うように進んでいく。
そうしていく内に、みほは幻覚に襲われる。
川に沈んでいくⅢ号J型の姿を再び、それが現実であるかのように、鮮明に思い出した。
頭が割れるように痛む。呼吸が荒くなり、冷や汗が流れ落ちる。
「アタシは、ただ、助けたかった、後の結果なんかどうでもよかった、ただ、助けたかっただけだ」
誰に対しての言葉でもない、自分自身に対する言い訳が口をついて出る。操縦桿を握る手は震えていた。
「違う、誰も助けなんて望んでない、アタシの思い込みで、自分勝手な自己陶酔だ」
頭痛と吐き気に襲われながらも、みほは必死に意識を保とうとする。
Ⅳ号は軋みを上げながらも前進していた。
「アタシは、何故生きている、何故死ねなかった」
Ⅳ号は進む。
Ⅳ号が動くたびにみほの心はかき乱される。
戦車を降りようとするが、身体は言うことを聞かない。
Ⅳ号もみほの意志を無視して勝手に動いているようだった。
みほは自分の手の甲をライターで炙り、痛みによって身体のコントロールを取り戻す。
そしてⅣ号を止め、外へ降り立った。
気がつくと崖上まで来ており、瞰下には川原が広がっている。ここから50mはあるだろうか。
みほは何の躊躇もなく、仰向けになりながら飛び降りた。
重力に従い落下していき、やがて地面へ到達。体感的には一瞬で後頭部が打ち付けられ、視界が真っ赤に染まった。
衝撃が全身を駆け巡り、辺りを黒い血で染めていく。
だが、意識は酷く鮮明だった。
「この程度で逝けるものか」
そう吐き捨て、身体中の鈍痛をただ耐え忍ぶ。骨も幾つか折れているのだろうが、そんなことは気にならなかった。
ただ仰向けのまま空を見上げる。
雲一つない、晴れ渡った青が広がっていた。陽の光がみほの身体を照らしつける。
それはみほには眩しすぎるものだった。