「もーっ! 戦車なんてどこにあるのよーっ!」
草木が生い茂る静寂な森に、少女の声が響き渡る。
声の主は武部沙織。大洗女子学園普通科2年生。
彼女は今、戦車探しに奔走していた。
学園で戦車道を復活するから人員が欲しいと、生徒会に半ば強引な勧誘を受けてしまったのだ。その時見せられた戦車道のプロパガンダ映像は今でも脳裏に焼き付いている。
優雅に戦車を走らせ、敵車両を撃破する姿はまるで映画か何かのようで、戦車道に憧れを抱くのに時間はかからなかった。
自分もあんな風に華麗に戦って、男性から頼れる女性として見られたい。異性に好かれたいと思うのは年頃の少女としてはごく自然な事だろう。
だが、現実は甘くはなかった。
まさか学園艦内に遺棄された戦車を探し出すところから始めるとは思ってもみなかった。
そもそもこんな広大な敷地の中で数台しかない戦車を探すなど無謀にも程がある。
最初は友人の五十鈴華、幼なじみの冷泉麻子、そして今日会ったばかりで戦車マニアの秋山優花里と一緒に戦車を探していたのだが、一向に見つかる気配はない。
今は各自バラバラになって捜索している。
「せっかく巻いた髪がボサボサになっちゃうー! やだもーっ!」
森の中は風が吹き荒れ、沙織の長い朱色の髪を搔き乱していく。
あんな安直な宣伝に引っかかった自分が恨めしい。異性にアプローチするときだって、最初から自分の全てを晒け出して相手にぶつかるのではなく、少しづつ相手の警戒心を解いて、それから徐々に本性を打ち明けていくものだ。いきなり全部さらけ出したら、引かれてしまう。
そんな風に何でも恋愛と結び付けてしまうのは悪い癖だと自覚はしているが、こればかりはどうしようもない。
沙織は気を取り直し、草木を掻き分けながら森の中を進む。
まだ梅雨にも入っていないというのに虫が多い。
特に足下は蟻が多くて、ローファーの中に入り込んでくるのが何とも気持ち悪い。
「もーっ、ほんと何なのぉ……」
沙織はぼやきつつ、足をばたつかせて追い払う。
その時、沙織の耳が異音を拾う。
鈍く激しい轟音。
「ん? 何の音?」
不思議に思いつつも音のする方へ向かう。途中でその音は途切れてしまったが、自分の感覚を頼りに進んでいく。
しばらく進んで木々の間を抜け、開けた川原に辿り着いた。
小石混じりの川原を見渡すが、音の発信源らしきものはどこにも見当たらない。だが、沙織の意識はもう轟音でも、戦車でもない別のものに奪われていた。
「人!? 大丈夫!?」
沙織は倒れている人物を見つけ、慌てて駆け寄る。
仰向けに倒れた人物は、自分と同年代くらいの少女だった。
長く伸びた栗毛の髪。黒いタンクトップに紺のホットパンツとラフな格好をしている。
露出している手足はどれも細く、異常なまでに筋肉質だ。
そして後頭部からは血が大量に流れ、顔色は蒼白を通り越して土気色になっている。
「ねえ、あなた、しっかりして!」
沙織が呼びかけると、少女はいきなり跳ね起きた。
何事もなかったかのように歩き出そうするが、すぐによろけて倒れる。
「ちょっ、ちょっと待って! 危ないよ! 傷だらけだし、とりあえず病院行こうよ」
「必要ない」
少女は腰を降ろし、自分の左足を手でなぞる。手が行きついたある部位を擦ると、そこを両手で引っ張った。
「ね、ねぇ! 何してるの!?」
「折れた骨を繋ぎ合わせる」
沙織の問いかけに、少女は淡々と答える。そして右足から鈍い音が鳴り響いた。骨が繋がり、皮膚が引き伸ばされる。
あまりの光景に言葉を失う沙織だったが、我に帰ると同時に彼女の肩を掴んだ。
「そんなことしたらダメだよ! ちゃんと病院行って、お医者さんに見てもらった方がいいって!」
「必要ないと言っているだろう」
この少女は何を言っても聞く耳を持たないようだ。
しかし、このまま放置しておくわけにはいかない。
「じゃあ、せめてその頭の出血だけでも止めようよ。見てるこっちが痛々しいからさ」
「……そうか」
沙織の言葉を聞き入れてくれたのか、少女はポケットに手を入れ、ハンカチを取り出して後頭部に押し当てる。
だが、ハンカチはすぐ血に染まり使い物にならなくなった。
沙織は慌てて自分の鞄から予備のタオルを取り出す。
「これ使って! ほら、頭に巻いてあげるから動かないでよー」
沙織は少女の後頭部に慣れた手つきでタオルを巻きつけた。
「これでよし、と。それにしても、なんでこんな所にいるの? 危ないし、怪我だって酷いし」
少女は何も答えない。
「ねえ、私あなたのこと全然知らないけどさ、こんな所に女の子一人は危険だよ」
沙織は少女の顔を覗き込む。
すると、少女は視線だけを動かして沙織を見た。
「お前こそここで何をしている」
少女が鋭い目付きのまま尋ねると、沙織は少し照れたように頬を掻いた。
「実は、学園で戦車道を復活させることになって……昔使ってた戦車があちこちに放棄されてるらしいから、それを探してるの」
沙織の話を聞いた少女の表情が変わる。驚いたようで、そして何か納得したような様子だ。
少女はしばらく考え込み、そして口を開いた。
「……ついてこい」
「えっ!?」
沙織は驚嘆の声を上げ、同時に疑問符を浮かべる。
少女は立ち上がり、そのまま背を向けた。
「案内する。おぶってやるから早くしろ」
「え? でも……」
「戦車が必要なんだろう」
有無を言わさないその口調は、拒否することを許さなかった。
「わ、わかったよ……」
沙織は戸惑いながらも少女の背中に身体を預け、首に手を回す。
華奢な見た目とは裏腹にしっかりとした体躯は、沙織の体重など物ともしない。
「うわぁ……凄い力……」
「喋ると舌を噛むぞ」
少女はそれだけ言うと崖に向かって駆け出し、パルクールのような動きで絶壁を登り始めた。
先程まで重傷を負っていたとは思えないほど俊敏で、荒々しい岩肌を蹴っていく。
「きゃあああっ!」
沙織は悲鳴を上げて、振り落とされないよう振動に耐え必死にしがみつく。
そして数十秒後、少女と沙織は崖上まで辿り着いた。
「は、はやっ……怖かった……」
沙織は息も絶え絶えになりながら、少女の背中から降りて安堵の息をつく。
「戦車……Ⅳ号ならそこだ」
少女の指した先には戦車が鎮座している。それは映像で見た戦車のように綺麗な状態ではなく、至る所に錆が浮き、カビが生え、苔むしている。
だが、沙織の目には十分すぎるくらい凛々しく映っていた。
「これⅣ号っていうんだ……格好いいね、ありがとう!」
沙織は満面の笑みを浮かべ、礼を言う。
その笑みを少女は直視できなかった。