「えっと……。見つけたはいいけど、学園まで運ぶ手段がないよね……。どうしよう」
沙織はⅣ号の前で立ち往生していた。本来なら学園の自動車部が回収してくれるはずだが、連絡を取ると他の戦車の回収で手が離せないとのことで、自力で学園まで運んでほしいと頼まれてしまった。
戦車の操縦など微塵も分からない。普通車のようにロープで牽引しようにも重さが違いすぎて普通の女子高生の筋力では不可能だ。
途方に暮れていると、少女が沙織に近づいてきた。
「アタシが操縦する」
「あなたが!?」
「ああ。慣れてる」
そう言って少女はⅣ号のハッチを開き、操縦席に乗り込んだ。沙織も後を追って車内に入る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 怪我人なのに無茶しすぎだって! 足折れてたのに壁走りまでしてたし、そんな状態で運転なんて無理だよ!」
「アタシには出来る」
少女は頑なだった。
「お願いだから安静にしててよ」
沙織の懇願にも耳を貸さず、少女はⅣ号のイグニッションを入れ、エンジンを作動させた。激しい排気音と共にエンジンがかかり、車体全体が震える。
その振動は少女の後頭部の患部を刺激し、再び出血が始まった。
「ほら! やっぱり無理だよ! とりあえず降りよう? 戦車運ぶのは後でもいいからさ」
「アタシの身体など一々構うな。お前には関係ない」
「関係あるよっ!」
沙織の声が車内に響いた。
今までにない沙織の剣幕に少女は思わず押し黙ってしまう。
沙織は少女の両肩を掴み、真正面から見据えた。
「もう、見てられないんだよ。向こう見ずで頑固で、自分勝手で……。でも誰かの為に一生懸命になれる優しい女の子が傷ついてくところなんか」
沙織の言葉を聞いているのかいないのか、少女は何も言わずに俯いている。
だが、沙織はそれでも言葉を紡ぐ。
「私、あなたのこと何も知らないけどさ、なんか放っておけないの。私に何が出来るか分かんないし、大したこと出来ないかもしれないけど……。あなたは私のこと何も知らないのに助けてくれた。それと同じことをしたいの」
沙織の瞳は真っ直ぐ少女を見つめていた。
少女はその視線から逃れられず、ただ呆然と沙織の顔を見るしか出来なかった。
「私がやるよ。でも初めてだから、運転の仕方とか教えてほしいんだ」
少女はしばらく沈黙した後、観念したように口を開いた。
「……分かった。好きにしろ」
「うん、任せてほしいな」
それから沙織は少女に戦車の操縦を教えてもらいながら、学園を目指した。沙織のおぼつかない操縦は道中何度も車体を木々にぶつけ、時には転倒しかけることもあった。
だが、沙織は一度も弱音を吐かずに、少女も文句一つ言わなかった。
やがて日が傾き始め、夕焼けに染まった頃、沙織の視界に車道が見えてきた。
二人はようやく森を抜けたのだ。
鬱蒼とした森林を抜け、沙織は安堵のため息を漏らす。
だが少女の方に目をやると、先程まで穏やかだった表情は急に険しくなっていた。
車道に出る前に、沙織はⅣ号を静かに停車させる。
「……ごめんね、上手く出来なくて。返って怪我、ひどくさせちゃって」
激しい揺れや衝撃で少女の頭に巻かれた包帯代わりのタオルは真っ赤に染まり、端から血が滴っていた。
少女は沙織を責めることもせず、淡々と答える。
「気にするなと言った。お前が気に病む必要はないだろう」
ぶっきらぼうな物言いだったが、沙織はそれが彼女の優しさだと分かっていた。
「ごめんね……。ここからの道は分かるから、もう大丈夫だよ。ここまで連れてきてくれてありがとう」
「そうか」
少女はそれだけ言うとⅣ号から飛び降り、そのまま去ろうとする。
沙織は寂しさを感じたが、これ以上自分が彼女に何か出来る訳でもない。
だが、その思いとは裏腹に沙織は無意識のうちに少女を追いかけ、腕を掴んでいた。
「何だ」
少女が振り返ると、沙織は真剣な表情で言った。
「……私は沙織、武部沙織。あなたの名前、聞いていい?」
沙織は少女の目を真っ直ぐ見つめながら答えを待つ。
少女は一瞬躊躇ったが、沙織の目を見て、静かに名乗る。
「西住みほ」
それだけ答えると、みほは駆け出し、茜色の夕日の中へ消えていった。
「……西住みほ、か」
沙織はみほの名を思わず口にする。
沙織はその名前に聞き覚えがあった。
二年生の初めに担任からクラスに編入するとだけ伝えられたが、今日まで姿を見たことが無かった生徒。
転校してきてから一回も学校に顔を出したことがないという。
そのため秘密機関のスパイ、牧師の拾い子、一流の道化師、中東の富豪の御令嬢、ギムナジウム帰りの秀才など多種多様様々な憶測が飛び交うほど謎に包まれた人物。
「あの娘がそうなんだ」
実際のみほはそんな根も葉もない噂話が霞んでしまう程更に謎の多い少女だったが、そんな彼女に沙織は不思議な魅力を感じていた。
彼女は何で戦車を動かせるのか。
彼女は何で凄まじい身体能力を持っているのか。
彼女は何で学校に来ないのか。
彼女は何であんなに自分を大切にしないのか。
頭の中で疑問が浮かんでは消え、また新しい疑問が生まれる。
沙織は今まで感じたことの無い感情に襲われていた。
「……みほ、また会えるよね」
思考を振り切るように沙織は小さく呟き、再びⅣ号に乗り込む。
みほに教えてもらった手筈通りにエンジンを掛け、学園へと進路を向けた。
話のストックが切れたため、今回から投稿がスローペースになります。
遅筆ですが、付き合っていただければ幸いです。