やさぐれみぽりん   作:穂美璃蘭

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暗い閃光

 大洗女子学園の校庭には発見した五両の戦車が雑然と並べられていた。

 

 M3中戦車リー。

 38(t)戦車B/C型。

 Ⅲ号突撃砲F型。

 八九式中戦車甲型。

 そして、沙織が操縦していたIV号戦車D型。

 

 これらの車両は長らく放置されていたため、整備されていない上にあちこちに錆が浮き、履帯は外れかけ、車体も傷だらけで、とても使えるような状態ではない。

 そのためまずは各々清掃作業に取り掛かることになった。

 車体を磨き、車内の掃除を行い、部品の交換を行う。

 皆黙々と作業をこなした。

 そうしている内に日は沈み、今は沙織たちと生徒会の面々だけがその場に残っていた。

 

「ふう、これじゃ戦車道じゃなくて洗車道だな。……疲れた、寝る」

「何言ってんの、麻子はただ水かけてただけじゃん。ほら、こんなとこで寝ないの!」

 

 沙織は疲れ果て倒れている麻子を起こしながら言う。

 やる気が出たときの集中力は素晴らしいが、それ以外のときはいつもこうだ。麻子の自由奔放さは今に始まったことでは無いが、それでも慣れないものである。

 

「Ⅳ号は居住性も高いんですよ! それまでの戦車は基本的に砲塔内に二人までしか入れなくて、車長が装填手を兼任したりしてたんですけど、IV号は三人まで入れるようになってて、車長、砲手、装填手それぞれ役割を分担出来るんです! 車長の負担も減って、車内や部隊内の連携も取りやすくなったんですよ!」

 

 対して優花里は溌剌と、Ⅳ号の車内で誰に語るでもなく熱弁を振るっていた。

 戦車について語り出した時の優花里は、早口かつ饒舌になり、まるで別人のように生き生きとしている。

 

「あはは……。相変わらずすごいね、ゆかりん」

 

 沙織は苦笑いを浮かべつつ相槌を打つ。

 だが、なんとなくだが共感できる部分もあった。

 優花里にとっての戦車は、自分にとっての恋愛と同じようなものなのだろう。だからその話題になると、つい我を忘れてしまうのだ。

 

「んで、華は何やってんのよ」

 

 その片端、華は小銃を構え、無言で一点を見つめていた。

 銃口の先には的代わりのドラム缶がある。

 

「ええ、拾ってきた銃の試射です。私、砲手やってみたいんです」

 

 それだけ答えると、華はまた一心不乱に狙いを定める。

 引き金を引くと、乾いた音と共に弾丸が飛び出す。

 だが、その弾は明後日の方向に飛び、近くの土嚢袋に当たって沈んでしまった。

 

 

「ふう、やっぱり反動が強いですね」

「……ねえ、それホントに戦車道の試合で使えるの?」

 

 どう見ても素人丸出しな射撃に思わず尋ねる。

 

「さあ? 少なくとも規則書に駄目とは書かれていないので、大丈夫だと思いますが」

 

 華は平然と答えると、再びドラム缶に向かって構え、照準を合わせる。

 沙織はため息をつくと、肩をすくめた。

 この様子だと何を言っても無駄なのは、長い付き合いでよく分かってる。

 華は見かけによらず頑固な性格なのだ。

 そんなことを思っている間にも、華は淡々と銃弾を撃ち込み続ける。

 先程よりかは幾分マシな弾道を描いているが、相変わらず的に命中する気配は無い。

 そんな姿を見かねてか、背後から杏が声を掛けてきた。

 

「あ〜、貸してみ貸してみ。私が手本見せてあげるから」

 

 華から小銃を取り上げると、手慣れた動作で狙いを定め、引き金を絞る。

 

「ちゃんと端っこを肩に付けて、脇も締めて……ああ、前かがみになるくらいで丁度いいかな。んで、添え手は弾倉でもハンドガードでもどっちでもいいけど、力み過ぎると返ってブレるから、軽く握るように持って……」

 

 説明をしながら、次々と銃弾を撃ち込んでいく。

 放たれた弾が綺麗な直線を描き、標的に吸い込まれていく。

 全ての弾が寸分の狂いも無く着弾し、ドラム缶を蜂の巣に変えた。

 杏は一仕事終えたとばかりに、手にした小銃をくるりと回し、華に手渡す。

 

「ま、人に向けて撃つわけじゃないし、戦車相手には牽制程度にしかなんないから、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」

「ご、ご教授ありがとうございます」

 

 華は深々と頭を下げる。

 その様子を見て、沙織は少し意外そうな表情を浮かべた。

 

「会長、すごいですね。偉そうにふんぞり返ってるだけじゃなかったんだ」

 

 普段のおちゃらけている態度を知っているだけに、素直に感嘆の声を上げる。

 

「これでもジュニアリーグでは結構鳴らせていた方でね、昔とった杵柄ってヤツかな」

 

 得意げに笑うと、今度は沙織の方へ視線を向ける。

 

「そうそう武部ちゃん、あのⅣ号なんだけどさ……」

 

 そう声をかける瞳には、いつもの気さくな笑顔は無く、真剣な眼差しが宿っていた。

 不意に雰囲気が変わったことに戸惑い、沙織は息を飲む。

 

「あのⅣ号、君一人で持ってきたわけじゃないよね? 誰とここまで運んだのか、教えてくれないかな」

 

 杏の言葉は疑問形ではあるが、有無を言わせない圧力があった。

 沙織は一瞬躊躇したが、観念して口を開く。

 

「えっと、実は友達が見つけてくれて、その子が運転も教えてくれたんです」

 

 

「……へぇ」

 

 沙織の答えを聞くと、杏は目を細める。

 

「西住みほ、って知りませんか? ほら、不登校の……」

「西住みほ!?」

 

 沙織がその名前を口にすると、優花里は驚愕の声を上げ、Ⅳ号から降りて駆け寄ってくる。

 

「知ってるの? ゆかりん」

 

 沙織が尋ねると、優花里は興奮気味にまくし立てた。

 

「知ってるも何も、戦車道界では有名で……。あっ、プロマイドも持ってるんですよ! ほら!」

 

 優花里は生徒手帳を取り出して開き、中に入っている写真を見せてくる。そこには戦車に乗る少女が写っていた。

 キューポラから上半身を乗り出しているその姿は凛々しくも可憐で、まさに戦乙女と呼ぶに相応しい勇姿である。

 しかし、それは沙織の知るみほとは大きくかけ離れていた。

 

「……これが、みほ?」

 

 信じられないと言わんばかりに呟く。

 髪は無造作に長く伸び、頬は痩せこけて血色が悪く、瞳は虚ろで、どこか淋しそうな雰囲気を持つ少女。

 そんなみほと写真の少女が同一人物だとはとても思えなかった。

 

「はい! そうなんです! 西住殿は私の憧れで……」

 

 沙織が呆然と立ち尽くす隣で、優花里は嬉々として語り続ける。

 みほが戦車道の名家、西住流の娘であり、去年の全国大会準優勝校、黒森峰女学園で副隊長を務めていたことなど、優花里は熱弁を振るう。

 

「本当に西住殿がこの学園艦にいるんですか!? 私、会ってみたいです!」

 

 話している内に感情が高まって来たのか、段々と声が大きくなっていった。

 

「どうかな。あんま期待しない方がいいと思うけど」

 

 興奮する優花里に対し、杏は冷めた口調で静かに圧力をかける。

 先程まで饒舌だった優花里は途端に押し黙ってしまった。

 

「なんていうかさぁ、君達とはちょっと、いろいろと違うんだよねぇ。あの子」

 

 歯切れの悪い物言いだったが、それでも沙織には杏が何を言いたいかがわかった。

 みほのことをよく知らない自分ですら、薄っすらと感じていたことだ。

 

「家元の娘なのにわざわざ田舎の戦車道がない学校に来た。しかもその学校にも通ってないで、酒と煙草、ギャンブルに明け暮れる。あの娘が今どんな状態かなんて、ちょっと察しが良ければ想像付くと思うけど」

「そ、そんな……」

 

 みほは普通の人間とは違う。戦車に乗るために生まれた、兵器のようなものだと、そう杏は言いたいのだろう。

 だから何らかの理由で戦車に乗れなくなった今は、ただ死を待つしかない、と。

 沙織の中で、妄想にしては妙に納得してしまう考えが浮かんだ。

 だが、決して認めたくない。

 異様なまでに優しくしてくれた、あの瞳は他の誰かと何も変わらない、どこにでも居る女の子のものだった。

 

「……みほはただの女の子だよ」

 

 沙織は拳を握り締め、自分に言い聞かせるように独りごちる。

 言い返しにならないその言葉に、杏はただ苦笑いを浮かべた。

 その傍ら、優花里は暗い表情のまま俯いていた。




お待たせしました。
言い訳すると期末やら塾やらバイトやらで忙しかったです。
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