エヴァンゲリオンANIMA ep. ZERO   作:サルオ

3 / 28

お読みいただきありがとうございます。

本作品中で、この話が一番長いです。
もっとうまくまとめられたかもしれませんが、これが今の限界でした。




b,証明

 

 初老の男性が、席に向かい、コーヒーをすする。

 

 昼食の後のわずかなひとときであるが、これが彼にとっての数少ないブレークタイムであった。

 

 しかし、その顔には苦い表情が浮かんでいる。コーヒーの味によるものではない。原因は彼の手の中にある、報告書の束だ。

 

 彼はいっそあからさまともいえるほどの大きなため息をつき、コーヒーカップをソーサーに戻した。カップとソーサーが軽くぶつかり、カチャっと小さく音を立てる。

 

「それで・・・」

 

 男性は机に頬杖をついた。報告書も机に放り投げる。

 

「私の決して多くない休憩時間を費やしたんだ。一体何が望みなのかな?」

 

歎願(たんがん)に参りました」

 

「本気かね?」

 

 男性の視線の向こう、部屋の入口、その豪奢な扉の前に、加持リョウジは立っていた。

 

 いつもの着崩したワイシャツ姿ではなく、ネルフの制服でもない。黒を基調とした上等なスーツを身にまとった加持は、男性の問いに微笑で応える。

 

その顔に、男性はさらに大きなため息をついた。

 

 

 

 広大な空間だった。

 

 大理石で覆われた部屋。その床には常人では踏むのにためらいを覚えるほどの高級な絨毯が敷かれている。天井は高く、壁の一面を占める大きなガラス窓からは夏の陽光が部屋に降り注いでいる。

 

 しかし、その空間にあるのはたった一つの机のみ。初老の男性が腰をかける執務用の、黒い木製の重厚な机だけだった。30人は入れるであろう小ホール並みの部屋の様子は、ネルフ司令官である碇ゲンドウの執務室と同様、対峙する相手に威圧感を与えるためのものだ。

 

 男性が再び口を開けた。

 

「君の報告書でなければ、即座に焼いて捨てるところだよ。妄想か、もしくは書きかけの小説のネタでも見せられているのかと思った」

 

「そうでないと思えるだけの根拠と物証は提出しましたが?」

 

「だとしても、だ」

 

「かつて発生した、セカンドインパクト。そしてその後に来襲している使徒や、それに対抗するための人型兵器エヴァンゲリオン。私にとっては現実に起こっていることですが、50年前の人間からすれば、頭のおかしい妄想ととられるでしょうね」

 

 加持の言葉に、男性は薄く笑みを浮かべた。男性の年齢から考えれば加持のそれは立派な嫌味であったが、それを嫌味として受けたうえで尚『受け流させる』だけの実力と実績を、目の前の男、加持リョウジが持ち合わせていることを男性はよく理解している。

 

 それを踏まえたうえで、加持と自分の間に、覆しがたい権力の落差があることも。

 

「『人類補完計画』。まったく・・・、とんでもないことを考えつくものだな」

 

 男性は机の上にある、自分の役職名を記した席札をピンとはじく。

 

 黒地の席札には白い文字で「内閣総理大臣」と記されていた。

 

「セカンドインパクトをキッカケに発生した数々の自然災害、その後に世界各国で発生した数々の紛争とその終結。・・・・・・ゼーレという組織の名前を耳にした事はあったが、まさか一連の出来事が全てゼーレの手によって引き起こされたものだったとはな」

 

 総理がこめかみを軽く抑える。

 

「セカンドインパクト自体は、最初の使徒である『アダム』を再封印するために引き起こされました。その事象だけを都合良く解釈しようとすれば、人類のためだったと言えなくもないでしょうが・・・」

 

「その後の混乱で、結果として大勢の人々が命を落とした。そしてその混乱に乗じて、ゼーレは全世界に根を張った。今では国連を裏で操る秘密結社、か」

 

「まるで昔の特撮にある『悪の組織』みたいですよね」

 

茶化すように笑う加持を、総理は睨みつけることで諌めた。

 

「失礼。・・・・・・その後ゼーレは、彼らが手にした『死海文書』に記された予言をもとに南極で発見したアダムを使ってエヴァを造り出し、ネルフを創設しました。第3新東京市の地下、ジオフロントにて永い眠りについているリリスを目指すだろう使徒を迎撃するために」

 

「『生命の実』を持つ使徒は、『知恵の実』を持つリリスと接触することでサードインパクトを引き起こし、リリスと我々人類を一掃する。いや、この場合はリリスの作り出した<人類(リリン)>と言うべきか・・・・・・」

 

「それを防ぐためのネルフです」

 

 加持が口にした言葉は、奇しくもかつてゲンドウが国連軍に対して放った言葉と同じであった。

 

「人類の平和を守るため、使徒と呼ばれる怪獣に立ち向かう正義の味方、ネルフか・・・。世界に大混乱を招いておきながらよくもまぁ・・・。とんだ茶番だな。まさしく『悪の手先』だろうに」

 

「仰る通りです」

 

「『人類補完計画』。その実態は、使徒を全て排除した後にゼーレの手によって引き起こされるサードインパクト。人類は全て溶け合って一つの生命体となり、争いの無い幸福の楽園が訪れる。まさに、神の儀式というわけだ」

 

 勝手にも程がある、と総理は吐き捨てた。

 

「どこをどう間違えばそのような発想に至るのか。こんなものは、自分が幸せになるためだけに他の人間を皆殺しにするのと全く変わらん。人類の救済などと・・・そんな言葉はとてもじゃないが口にはできんよ」

 

 総理の言葉の中に含まれる確かな怒り。それは総理としてではなく、今を生きる一人の人間として発露したもの。

 

 この総理の反応に、加持は心の中で息を吐く。

 

 加持が一番恐れていたのは、すでに総理にゼーレの息がかかっていた場合だ。「シロ」か「クロ」か。判断が難しいところではあるが、少なくとも総理は『人類補完計画』の全容については初めて知った様子である。そのうえで、ゼーレの考えは容認できない、という姿勢を見せた。

 

 総理に完全に味方になってもらう必要はない。ただ、ゼーレと対立する姿勢を見せてもらえればいい。そういった意味で、加持が恐れていた最悪の事態は避けられた、と言えるだろう。

 

「まあいい、時間もない。君のいう歎願とは『ネルフへの対処』といったところか。情でも移ったのかね?」

 

「仰る通りです」

 

 加持は苦笑しながら答える。

 

「ご存知の通り、ネルフは国連組織を裏で指揮するゼーレの実行機関であり、人類補完計画を完遂させるための組織です。ですが、一部の上層部を除いてそこに勤めている職員の大多数は、ネルフが本当に使徒から人類を守るための防衛機関だと信じ込んでいる。加えて、人造兵器エヴァンゲリオン。これに乗り、命を懸けて戦っているのは、何の事情も知らされていない少年少女たちなのです」

 

「ふむ」

 

「彼らの多くは利用されているだけです。しかし、襲ってくる使徒の脅威は本物。ネルフが無ければ、我々人類はとっくに絶滅していたでしょう」

 

「人類の平和を、文字通り体を張って守ってきた。だからネルフは見逃せ、と?」

 

「今、使徒への有効な攻撃手段を持っているのはエヴァンゲリオンだけ、つまりネルフだけです。人類最強の火力を誇るN2兵器が使徒のATフィールドの前に無力化されている現状、使徒を殲滅することができるネルフを抑えるのは悪手です」

 

「我々がその手段自体を奪取して行使する、というのは?」

 

「我々にはそのノウハウがありません。ネルフを排除し、我々の手でエヴァを使おうとしても、我々には手に余る代物でしょう。そういう組織として、ネルフはすでに完成され過ぎている」

 

「では、頭だけ抑えるのは?」

 

「ゼーレに対しては現状では不可能です。彼らの前には国連という巨大な壁が立ち塞がっている。たった一か国が国連の不正を謳っても、過干渉として警戒されるだけでしょう。最悪、全世界を敵に回す可能性がある」

 

「ネルフの指揮官。碇ゲンドウ、といったか。彼を捕らえるのは?」

 

「碇ゲンドウとその周辺の連中がエヴァに関するすべての情報を握っていることは確かです。しかし、その詳細についてはネルフ内の大多数の者たちにも明かされていない。徹底した秘密保持が取られております。頭を抑える、という意味でいえば、少なくともキーパーソンである碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコの誰かひとりでも欠けば、ネルフは十分な機能を発揮できなくなると推測できます。しかし頭を抑えることはできても、ネルフが機能不全に陥ればエヴァの運用がままならない」

 

 総理はそこで一息つき、再びコーヒーをすすった。

 

「つまり、使徒をすべて殲滅するまでは、ネルフを抑えるのは悪手。我々が取れる手といえば、全ての使徒の殲滅後、ゼーレおよびネルフが人類補完計画を始動させるタイミングで妨害し、補完計画の阻止に全力を注ぎこむこと・・・・・・」

 

「仰る通りです」

 

 ここまではいい。総理には、ネルフの実態と有用性を理解してもらう必要があった。

 

 総理のような立場の人間は、メリットのないことには一切目を向けない。彼はこの国のトップだが、トップの指示に対して皆が皆「はい、わかりました」と動くわけではない。働きに見合った報酬を欲するのが人間だ。総理が感じるメリットは、そのまま、彼の部下たちにも納得のいくメリットでなければならない。

 

 ここまでは現状の課題の洗い出し。

 

 ここからは『ネルフを見逃すメリット』の提示の時間。

 

 つまり、プレゼンテーションだ。

 

 加持は自分のネクタイに手を伸ばしかけ、それを止めながら首相に改めて『作戦』を持ち掛けた。

 

「おそらくですが、ネルフがゼーレの『人類補完計画』に加担することはありません」

 

「・・・・・・なに?」

 

 結論を最初に提示する。プレゼンテーションの鉄則だ。

 

「本来であれば人類補完計画の実行はネルフが行う予定だったのでしょう。なぜなら人類補完計画の儀式に必要な鍵は、すべて実行機関であるネルフの手中にあるのですから」

 

 総理の興味がこちらに向いていることを意識しながら、加持は話を続ける。

 

「しかし、私はすでに碇ゲンドウから別命を受け、アダムの肉体をゼーレには秘密で彼に届けています。この事実から見ても、碇ゲンドウはすでにゼーレと袂を分かっていると見ていい。推測ですが、彼はゼーレとは全く別の人類補完計画を遂行するつもりでしょう」

 

「別の人類補完計画、だと・・・?」

 

「ええ。碇ゲンドウはゼーレの人類補完計画のシナリオに則った行動をしていますが、ところどころでゼーレの思惑とは違った動きを取っている形跡がある。アダムの肉体の入手に始まり、エヴァンゲリオン初号機の覚醒タイミングのズレ。直近では、儀式の遂行に不可欠なロンギヌスの槍を使徒殲滅のために使用し、槍を回収不可能な宇宙空間に放り投げてもいます」

 

「ふむ・・・、しかし、その事実がなぜ『別の人類補完計画』を碇ゲンドウが目論んでいる、という考えに結び付くのかね?それだけ聞けば、碇ゲンドウはゼーレの補完計画を妨害しているだけに聞こえるが」

 

「それは、碇ゲンドウが儀式で必要となる鍵のいくつかを、意図的に手もとに残しているからです。表立ってゼーレに歯向かう事ができない、というのは勿論あるでしょう。ですが本気で妨害するならば、手に入れたアダムの肉体をも破壊するといったような行動をとってもおかしくないハズです。だが、碇ゲンドウはそれをしなかった。とても大切なモノのように扱っていました」

 

「つまり、碇ゲンドウはアダムを何か別の目的のために使おうとしている・・・・・・?」

 

「アダムだけではありません。彼の手もとにある3体のエヴァ、そしてそれを運用するネルフ。ゼーレの実行機関としてネルフが存在しているがゆえに、碇ゲンドウは人類補完計画に必要なピースを自分の意志で扱う事ができる立場にいます。ということはつまり・・・」

 

「ゼーレの補完計画を別の目的で利用しようとしている可能性がある、という事か」

 

 総理が加持のセリフを継いだ。

 

「その目的が何かはわかるのか?」

 

「掴み切れておりません。ですが恐らく『碇ユイ』という人物が鍵かと・・・」

 

「ああ、資料にあったな。碇ゲンドウの妻、か」

 

 総理が資料をパラパラとめくる。

 

「初号機の起動実験で亡くなったのか」

 

「ええ・・・。申し訳ありません、碇ゲンドウの補完計画の詳細は判明次第、追ってご報告致します」

 

「いや、いい。十分だよ。どいつもこいつも碌でもない奴らばかりだな・・・・・・」

 

 総理は資料を閉じると一度目をつむった。

 

「碇ゲンドウの離反はほぼ確定事項だろう。そしてゼーレがそれを見逃すはずがないな・・・。推測だが、使徒をすべて殲滅したそのタイミングで、おそらくゼーレが出張ってくるだろう。ネルフに預けていた儀式の鍵を取り戻すために」

 

 違うかね、と総理は目を開けて加持に問う。

 

 加持は頷く。

 

「国連の支持のもと、大手を振って我が国に侵攻を開始するでしょう。そして『人類補完計画』、事実上の人類破滅の儀式が執り行われる。それがゼーレの望んだものか、碇ゲンドウの望んだものかはわかりませんがね」

 

「我が国の実行部隊も出すことになるだろうな。国連の息のかかった戦略自衛隊を」

 

 戦略自衛隊。通称、“戦自”。

 

 それは第二次大戦以後、日本の法律・理念に基づいた専守防衛を目的として設立された自衛隊とは別に、世界的規模の大戦を想定して組織され、その危機において国連の要請によって出動を余儀なくされる、日本という国にあって日本の完全な支配下にはない国家クラスの戦力である。

 

 もちろん、細かな作戦指揮権は日本政府にある。しかし「作戦の最終目標」を設定するのは国連である。今回の場合であれば、作戦の第一目標は「人類補完計画の儀式のカギの奪取」、加えて第二目標として「ネルフという組織の殲滅」といったところであろう。

 

 戦略自衛隊に限らず、国連加盟国にはこういった「世界のための武力組織」を設立することが「国連加盟の条件の一つ」とされており、一度設立してしまえば、これを放棄することは許されていない。「世界の危機」という途方もなく、かつ非現実的な事態を想定した場合、人類すべての戦力を集結させる必要があるというのがお題目だ。

 

 これは条件の一つであって、必須事項ではない。しかし大戦の敗戦国としての当時の日本は、この条件を退けるだけの力が無かった。

 

 総理がコーヒーカップをソーサーに戻しながら、加持を睨みつけた。

 

「君が望むのはここだな?戦自によるネルフへの制圧、または虐殺の阻止」

 

(その通り・・・!)

 

 加持の人生にとって、宿敵であるゼーレやネルフを全力で叩き潰す事こそが生きる目的だった。仮にその両方がお互いに潰しあいをし、共倒れしてくれれば言うことは無い。そこまでいかなくても、激戦の末、互いに弱り切った2つの組織を叩き潰すだけならば、戦略自衛隊を用いれば十分だろう。加持の人生を懸けた戦いは、遂に達成を目前にしていた。

 

 しかし加持の脳裏に、かつての恋人である葛城ミサト、そしてエヴァンゲリオンのパイロットである少年少女たちの姿がよぎる。彼らだけではない。スパイとは言えネルフに身を置いていたのだ。友人とは呼べないまでもそれなりに親しい関係を築いた者たちもいる。

 

 そうした者たちのほとんどは被害者だ。自分と同じ、エヴァに関わったがために人生を狂わされた被害者。今は実感がなくても、使徒を殲滅した後、彼らに破滅が訪れることはほぼ決定されている。しかもそれはおそらく、自分たちが頑張って守ってきた人類の手によって引き起こされるのだ。ここまで残酷なことがあるだろうか。

 

 こんな感情を抱くなんてことは、少し前の加持には考えられない事だった。

 

 3つの組織でスパイとして働き、自分の目的のためならばどんな犠牲だって許容できた男。だからこそ、生き残るために自分の弟と仲間すら見殺しにした自分だからこそ、幸せになってはいけないという強迫観念があった。

 

 だがあの時。

 

 自分の人生が終わると覚悟を決めたとき、加持は渚カヲルによって思いがけず命を拾った。

 

 真実を知り、その上で今後の展開を想定したとき、加持はその先に訪れる未来を確信した。自分だけでなく、自分の関わってきたすべての人間が不幸になる未来を。

 

 それだけは、許容できない。

 

『君たちには未来が必要だ』

 

 渚カヲルが別れ際に放ったセリフ。それが加持の頭にこびりついている。

 

 加持が再び口を開いた。

 

「ゼーレによる戦自の出動要請はほぼ決定事項と想定します。しかし指揮権は日本にある。ならば、ゼーレがどのような戦力を投入してくるかは現時点では不明であるものの、ゼーレに対しては人類補完計画を阻止するためにも、戦自および自衛隊の全戦力を投入し、我が国への侵攻に対して応戦することが最善と進言致します。一方で、少数精鋭によるネルフ上層部の制圧。具体的には先ほど申し上げた碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、赤木リツコ、3名の捕縛。これと同時に、ネルフの残存勢力に対してエヴァによる応援を要請して戦自と共同戦線を張り、ゼーレを改めて迎撃、殲滅にあたります」

 

 総理の表情は変わらない。

 

 構わず加持は続ける。

 

「前段階として、私がネルフ内部の信頼のおける人物に情報をリークし、作戦に向けた準備を整えてもらいます。同時に、総理には内閣、および世界各国に向けて人類補完計画の全貌を伝えていただきたい。ゼーレの投入戦力を少しでも減らすのが狙いです。各方面を説得するための資料は、すでに総理の手元に」

 

 加持が目線で、総理の机の上に投げ出された資料を示唆する。

 

「作戦時のネルフ上層部の制圧においては、私自身が現場へ赴き陣頭指揮を執ります。彼らは私が死んだと思っている。そのように動いてきましたからね。そんな私が場に現れれば、ネルフ内部でも少なからず混乱が生じるハズです。その一瞬の混乱こそが勝負を決定する鍵となるでしょう」

 

 加持の目が鋭く首相をとらえる。

 

「自分からの歎願、および作戦提案は以上です。全人類を守るための戦いです。総理、ご決断を願います」

 

 

 

 沈黙が、部屋を満たす。

 

 

 

 やがて、首相の口から「フッ」と息が漏れる。

 

 加持は確信していた。

 

 乗るしかない。乗らないはずがない。

 

 人類補完計画の全貌、その黒幕まで情報を提示したうえで、各国を説得するだけの証拠も用意した。各国の首脳陣、さらに世論を味方につける事ができれば、いかに国連といえども、その牙城を崩すことは決して不可能ではない。加盟国の半数、いや三分の一でもいい。日本への同情票が集まれば、ゼーレのネルフ侵攻のための戦力は大きく削れる。加えて、本番時の作戦まで用意した。自分が先頭に立って戦場に臨むと提案したことで、加持自身の誠意も示せたはず。

 

(ここまでお膳立てしたんだ。満額回答とは言わずともそれなりの条件を引き出せるはず・・・・・・)

 

 プレゼンテーションは終了。

 

 ここからは、加持と日本のトップに君臨する者とで交わされる『交渉』の時間だ。

 

 

 

 やがて、総理が沈黙を破って口にした最初の一言は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「論外だ」

 

 加持の予想の外にあるものだった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 総理の回答に、あまりにも間抜けな声を出してしまった。それほどの驚愕が加持を襲っていた。

 

「聞こえなかったのかね?『論外だ』と言っているのだよ」

 

 総理は構わずに、再度同じ言葉を加持に投げた。

 

 なぜ?加持の中に無数の疑問が浮かびあがる。

 

 人類存亡の危機なのだ。

 

 ここまでのお膳立てを用意したのだ。

 

 それなのに、なにが「論外」なのだ?

 

 交渉のテーブルにすら着いていないではないか。

 

 加持は自身の驚きを極力表情に出さないように努めていたが、きっと抑えの利かない部分が顔に出たのだろう。総理は薄く笑みを浮かべていた。

 

「理由をお聞かせください」

 

「理由?簡単な話だ。リスクの問題だよ」

 

 リスク?人類存亡以上のリスクがあるとでもいうのか?加持にはわからないが、それはもしや政治的な問題なのだろうか?

 

「私の提出した資料に何かご不満でも?」

 

「いいや全く。大変ありがたい情報だ。それを裏付けるだけの根拠もある。これが無ければ、私たち人類は何もわからないまま滅亡を迎えていただろう。私としては君に心の底から感謝している。内閣総理大臣顕彰を送りたいくらいだよ。」

 

「では、」

 

 加持の言葉を、総理が片手をあげて制する。

 

「だが、君と私で一つ決定的に違う点がある。これだけの情報を得て、君が願い出たのは『ネルフ職員の身の安全の確保』と『ゼーレ、およびネルフによる人類補完計画の阻止』だった。この『作戦』を君が出してきた時点で、私と君とでは視点が違い過ぎたんだよ」

 

 総理が、まるで子供に言い聞かせるような優しい口調で『授業』を始めた。

 

「私個人は君のことを高く評価しているし信用もしている。信頼といってもいいかもしれない。だが、それは一諜報員としての君の手腕と人柄によるものであって、国家、あるいは世界を対象とした君の判断に対してではない。私がこの情報によってまず最初に決定しなくてはならないのは国民の安全。ひいては全人類の安全の確保なのだよ」

 

 ここまではいいかね?と総理が目で訴える。

 しかし加持が何かを言う前に、総理は続きを話し始めた。

 

「人類の安全を第一に考えたとき、では何をしなくてはならないか。これは、君のお願いにもあるように『ゼーレとネルフの排除』だ。人類補完計画の全貌が明らかになった今、これは最優先事項というしかないだろう。私も異論はない。では君のもう一つのお願いのほうはどうだろうか?」

 

 加持がすかさず口を挟む。

 

「私が申し上げているのは、何もネルフ職員の全員の身の保障ではありません。私が対象としているのは、あくまで碇ゲンドウとその周辺の危険思想に被害を受けるだろう者たちであって・・・」

 

「だから、それが有り得ないのだよ。ネルフの職員は、全員、一人残らず、排除しなくてはならない。なぜなら彼らは『ゼーレという人類滅亡をたくらむ悪の組織の手先』なのだから。ゼーレの思惑、碇ゲンドウの思惑、どちらもあるとしよう。では彼らの危険な思想を理解し、まさにその手先として動ける人間が、どれだけネルフ内部にいると思うのかね?」

 

「それは・・・」

 

「正解は『わからない』だ。ネルフがゼーレの組織である以上、ネルフ内部には必ずゼーレから送り込まれた者がいる。そしてもちろん、碇ゲンドウも自身の手足として動かせる人間を用意しているだろう。私の目の前にいる、君のような、ね」

 

 総理の言いたい事を、加持は理解した。

 

 した、つもりだった。

 

「それらの人物は、私が人類補完計画の発動までに必ず暴きだします。ですから・・・!」

 

「だからその考えが根本的に間違っている。先ほど言っただろう、リスクの問題だと。私は君を信用しているが、人間はミスを犯すものだ。どんなに優秀な人間だろうと一生に一度もミスをしない、という事はありえない。仮に君がもし万が一、彼らの手先の一人でも逃がしてしまったとしよう。たとえゼーレやゲンドウを拘束・排除できたとしても、君の手をすり抜けた輩が人類補完計画を発動させないとは限らない。そのようなリスクをはらんだ作戦を、内閣総理大臣である私は許容できない。人類全体の危機というならば、なおさら、だ」

 

 加持は言葉を失った。

 

 総理の言いたいこと、それはつまり・・・

 

「『リスクを冒すこと』自体を許容できない。つまり、どこに潜んでいるかわからないスパイを探すくらいなら・・・・・・」

 

全員、殺したほうがマシだ、ということ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「私のような立場の人間は、『賭けをすること自体が許されない』。常に最悪のリスクを前提にして考え、リスクをゼロにするために行動しなくてはならない。目先の『メリット』に決して飛びつかず、その更に奥にあるリスクを正確に把握してからようやく議論を始めるのだ。そこまで考えて私がネルフに評価を下すとしたら、『百害あって一利なし』だよ。彼らネルフは文字通りの悪の手先だ。人類を守るためならば、私はネルフを排除することに何の躊躇も持たない。仮にネルフのなかに善良な人間がいたとしても、それがたとえ幼い少年少女たちであったとしても、人類滅亡のリスクをゼロにできるなら、処理することに一切のためらいはない」

 

 なぜなら彼らがいるのは、悪の組織なのだから。

 

 人類全体と、悪の組織の人間、言い換えればテロリスト。

 

 どちらを取るかと言われれば、当然、前者を取るに決まっている。

 

 その事実を総理に提示され、加持は目の前が暗くなっていくのを感じた。

 

「考えていただく事はできませんか」

 

 そして無様にも縋りつく。

 

「仮にネルフを皆殺しにしたとして、ゼーレはいかがなさるのです・・・?奴らだって、人類補完計画を発動させるでしょう。そちらにはどう対処なさるおつもりなのですか?」

 

「最終的にはゼーレにも消えてもらうために動くことになるだろう。ただし、それは何も戦自投入のタイミングでなくても良い。なぜなら、人類補完計画発動の鍵はすべてネルフが保持しているのだから。ネルフを殲滅し、その鍵を確保であれ破壊であれしてしまえば、人類補完計画自体が発動できない。だからこそ、我々は最優先で、ゼーレよりも早くネルフを抑えなくてはならない。ネルフを見逃せ、等という話はまったくの論外だ」

 

 縋った手は振り払われた。

 

 総理が立ち上がり、加持に近づいて言った。

 

「君のおかげだ。君の情報のおかげで、私は物事の優先順位を間違わずに作戦を立てる事ができる」

 

 総理は自分よりも拳一つ分高い加持の目をまっすぐと見つめ、感謝の意を示し、加持の肩を優しくぽんぽん、と叩いた。

 

 加持はその手の重さに、思わず崩れそうになるのを必死で耐えた。

それは日本国民すべての命の重さ。加持が提出した作戦程度では天秤を平らにするどころか、一瞬でも傾けることもできない、揺らぐことない責任の重さだった。

 

 自分のもたらした、命がけで得た情報。これさえあれば、加持の大切な者たちを守る事ができると信じていた。それがまさか、こんな結末を呼び込むことになろうとは・・・。

 

「これから早速打ち合わせに入ろうと思う。ご苦労だったな、加持リョウジくん」

 

 総理が机に戻り、自身の側近に向けて電話を掛ける。

 

「また・・・俺から奪うのか・・・・・・」

 

 加持の胸に到来したのは怒り。かつて自分の弟たちの命を奪った国家への。

 

 そして、あの時と同じく、自身の小賢しい考えですべてうまくいくと思っていた自分自身への。

 

知ったことではない(・・・・・・・・・)

 

 総理の回答は当然のもので、加持自身もそう返ってくるだろうことを理解していた。

 

(何か言わなければ・・・なんとしても止めなければ・・・)

 

 頭ではわかっていても、加持には何も浮かばない。総理を止めるだけの策が、この場では思いつけない。心臓が早鐘を打ったように響く。

 

「私は、どうすれば・・・・・・」

 

 ようやく口から出た言葉がこれ。考えうる中でも最悪手。相手に判断を委ねるなど、加持にとってもありえない。しかし口から出た言葉は、もう戻すことはできない。

 

「君がそれを言うのかね?『自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか』」

 

 皮肉にも総理が口にした言葉は、かつて加持がエヴァンゲリオン初号機のパイロットである碇シンジに言って聞かせた言葉だった。

 

 大人だと思っていた自分が、偉そうにも大上段から子供に投げつけた言葉。

 

 それが今、自身に返ってきている。今更ながら、なんて酷い事を言ったのだろうと後悔した。

 

(シンジ君は、俺よりもずっと子供で、必死で誰かに助けを求めていたんだ。それなのに、俺は・・・・・・俺は?)

 

 ここまで考えが及んだことで冷静になってきた頭脳が、もう一つ、加持の中で疑念を湧き起こす。

 

 この情報をもたらした自分自身はどうなるのか。

 

 歎願という形で、間抜けにも総理に「自分はネルフを助けたい」などと言ってのけた加持自身の身柄はどうなるのか。

 

 良くて拘束、下手すればこの場で殺されるのではないか。

 

 これは決してわが身可愛さによって出てきた疑念ではない。今、自分が拘束されれば、葛城ミサトや碇シンジ達に情報を伝える者がいない。

 

 加持は自身の死を装い、徹底して自分の足跡を消して行動してきた。それは裏を返せば、この土壇場において加持が頼れる人間が一人もいないという事。加持が唯一頼ろうとしたのは、目の前の総理一人だけだったのだから。

 

 せっかく拾った命を、無駄に使ってしまった。

 

 その自責の念が加持を押しつぶそうとしていたときだった。

 

 

 

 

 

「君を拘束はしない」

 

 

 

 

 

 ややあって、総理がそう口にした。

 

「え・・・・・・?」

 

 加持は意味が分からず、ぼやけ始めていた焦点を総理に合わせる。

 

「私が総理である以上、だれか個人の意見を優先することは決してないし、これから行う作戦を覆すつもりもない。国が君のために何かをすることは決してありえない。しかしまた、総理だからこそ、君のような国民の幸せを尊いと感じ、大事にしたいとも願っている」

 

 総理は加持と目を合わせた。

 

「もし仮にネルフを、彼らを救おうとするならば、彼ら自身が証明しなくてはならない。『自分たちは悪の手先ではない』という、潔白の証明を」

 

 

 

 

 

 その言葉が、加持の沈みかけた心に火をつけた。

 

 

 

 

 

 まだ終わっていない。

 

 ここで加持が見逃されるなら、まだ諦めるのは早い。

 

(俺には、俺にしかできないことがあるはずだ、か・・・)

 

 加持の心に宿ったのは青い炎。決して燃え上がらず、しかし静かに熱く燃える炎。

 

 潔白の証明。

 

 それはつまり、ネルフ自身が人類補完計画を阻止し、ゼーレを叩きつぶすという事。

 

 そして同時に、碇ゲンドウの人類補完計画をも、ネルフ自身で阻止すること。

 

 戦自がネルフ制圧に動くのは決定事項だ。戦自の猛攻を退けながら、これらの目標を達成することはかなり厳しいだろう。可能性は限りなくゼロに近い。

 

 だが、やるしかない。今、加持が動かなければ、そのチャンスは二度と戻ってこない。

 

 加持は総理に一礼をすると、駆け出したい自分を必死に抑えて部屋を出て行った。

 

 へらへらと自らを装い、その実、復讐の炎に身を燃やしていた男の姿は、もはや無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出ていく加持を見送った後、総理は机の上のコーヒーカップを手に取った。

 

「こんな形で、歴史に名を刻みたくなかったなぁ・・・・・・」

 

 口にしたコーヒーは、いつもよりも苦かった。

 

 

 

つづく

 




ラストのセリフはシン・ゴジラから頂きました。

シン・ゴジラ、面白いですよねぇ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。