エヴァンゲリオンANIMA ep. ZERO   作:サルオ

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c,反旗

 

 

「何故、ダミーシステムを破壊した」

 

 数日前に訪れた、男のセリフ。

 

 底冷えするような面会室の中で、その男の声は尚、冷めきっていた。

 

「ダミーではありません。破壊したのはレイですわ」

 

 お互いに顔を合わせることはない。男は司令で、自分は罪人だ。合わせる顔などあるはずもない。

 

 いや、それは詭弁だと、赤木リツコは心の中で少しだけ笑う。本当は信じれなくなっただけ。己の弱さを必死に隠し、その為に周囲を傷つける、ヤマアラシの様な男。かつて憧れ、そして愛し、愛された男を、どうしても信じることができなくなっていただけだ。

 

 なぜなら、

 

「司令にとって大事なのはダミーシステムではないレイ自身。そうでしょう?」

 

 私が愛した男は、私のことなど全く見ていないのだから。

 

「今一度問う。何故だ」

 

 男の声音が少し強張る。その反応に内心でほくそ笑む。この男にも、少しは飼い犬に噛まれたと感じるだけの心はあったらしい。

 

 しかし、そんな所につけこんで、少しでも私を見てほしいと思う女の自分もいるわけで。

 

「あなたに抱かれても、嬉しくなくなったから」

 

 少しだけ、本音を出した。

 

 

 

 

 

「・・・・・・君には」

 

 

 

 

 果たして答えは、

 

 

 

 

 

「失望した」

 

 

 

「失望?」

 

 縋ったことを後悔させるだけの、分かりきったものだった。

 

「私には最初から期待も望みも持たなかったくせに。私には、何も。何も!何も!!」

 

 分かりきっていたことと、それをハッキリと口に出されるのでは、受け止め方は全く異なる。きっとそう、多分そう。でももしかしたら、と少しだけ残されていた希望が、今、真正面から叩き潰された。

 

「う・・・うぅ・・・・・・」

 

 自分の喉から出る嗚咽を、この男に聞かせたくなかった。

 こんな惨めな自分を、この男に見せたくなかった。

 

「うううううぅ・・・・・・!」

 

 私は一体何をしていたんだろう。何のために生きてきたんだろう。

 

 愛のため?確かにそういう時期もあった。

 

 でもそうじゃない。

 

 これはきっと執着。

 

 母が得られなかったものを私が得たい、と思う執着。

 

 そして母とは同じにはならないという自負。

 

 母が愛した男を私が手に入れた、という下らない優越感。プライド。

 

 

 

「すまなかった」

 

 

 

 リツコの肩に手が置かれる。愛しい人の、優しい声とともに。

 

 

 

「辛い思いをさせた」

 

 

 

 すっと背後から抱きしめられる。愛しい男の、温もりとともに。

 

(そんな夢を見たって、構わないでしょう?・・・ゲンドウさん)

 

 けれど、そんな夢は叶わない。プシューッと自動ドアが開いて閉まる音と共に、背後にあった気配も消えてしまう。

 

「私、どうしたらいいの?母さん・・・っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 だだっ広い、人1人が過ごすには広すぎる隔離棟。ここではただ、自分の小ささを、弱さを、ひたすらに実感することしかできない。

 

 時間の感覚がない。今が何日なのか。今が昼なのか夜なのか。ゲンドウが来てからどのくらい経ったのか、まるでわからない。覚えているのは、少し前に葛城ミサトが来たことくらいだ。

 

 確かフィフスチルドレンの事を聞きに来たのだったか。

 

(私にとってはどうでも良い事だけれど・・・・・・)

 

 そう、最早どうでもいいのだ。何もかもが。

 

 これからの世界がどうなろうが、結果として人類が滅ぼうが、どうでも・・・・・・。

 

 いっその事、あの男と心中でもしてやろうか。

 

 それも良いかもしれない。

 

 安っぽい女の、安っぽい最期としては。

 

 

 

 カタンッと、音がした。

 聞き慣れた音。ここに入れられてからずっと聞き続けている音。リツコに会いにくる人間はゼロに等しいが、それでも食事の配給係だけは毎日訪れてくれる。

 

 たが、純粋に食欲がない。

 

(こんな所を見せたら、おばあちゃん、心配して気絶しちゃうかもね)

 

 でも本当に食欲がない。というより、生きる気力を失った、とでも言えばいいのか。

 

 だから基本的に、リツコは食事に手をつけない。水分補給だけはしっかりと、あとは配膳された時と同じ状態のまま返却している。

 

 ちょうど喉が渇いていた。水でも飲むかと思って配膳トレーに目を向ける。

 

 

 

 そこでリツコは、ほんの小さな違和感を覚えた。

 

 

 

 違和感の正体は解らない。勘、とでもいえば良いのか。長年の友人であるミサトからすれば「そーんなの、女の勘よ!これに勝るものは無いわ!」とでも宣う(のたま)のだろうが、生憎とリツコは科学者の端くれだ。勘などという不確かなものを根拠とは認められない。配膳トレーに慎重に近づいて、不用意に触れる事なく観察する。

 

 食事のメニューは毎日変わる。飲み物も、栄養バランスを考えその都度変わる。

 

(そう考えると捕縛した人間に対して、かなり良心的よね、ネルフって)

 

 などと考えながらも、観察の目を止めない。もしかしたら毒という事もある。あの男、碇ゲンドウならばそれくらいやってもおかしくない。

 

 生きる気力は確かにないが、殺されたいわけじゃない。私の人生の最後の選択まで、あの男に奪われたくはない。

 

 違和感の正体に、リツコはようやく気づいた。食事と一緒に提供された飲み物。今日はペットボトル入りミネラルウォーターだ。どこのコンビニにでも普通に売っているもの。ただ、そのラベルの位置がおかしい。いや、位置は通常通りのものだと思う。

 

 ただ、

 

「貼り直されている・・・・・・?」

 

 本当にごく僅かなラベルのズレ。恐らく製品として出回っても問題のない程度の誤差。工場での出荷検査で引っかかっても、良品として出荷されそうなレベルの。

 

だが、リツコはどうにもそのズレが気になった。ほとんどの一般人が気にならないような誤差。けれど科学者、しかも赤木リツコのような世界でも有数の優秀な科学者であれば、どうしても気になってしまうような誤差。

 

(もしかして・・・)

 

 これは、誰かからの接触か?

 

 リツコはそんな風に考え始めた。

 

 根拠はない。この広すぎる隔離棟にいる人間を全て把握できている者はネルフ内部でも少ない。ましてや特定の人物に対して接触を試みる者など、まずいないだろう。

 

 だがリツコには、これが何かのメッセージのように思えて仕方がなかった。

 

 なぜなら、リツコはこういったやり方を好む人物に心当たりがあったから。

 

 まるで「君なら気付くだろ?」とでも言われているような、意地の悪い手口。

 

(罠・・・?可能性は否定できない。でも・・・・・・)

 

 リツコの脳裏に、死んだハズの男の姿が浮かぶ。ヨレヨレのシャツ。微妙に残る無精髭。中途半端に伸ばした髪を輪ゴムで結んだだけのニヤけた男。ある種の懐かしさを感じる男の姿。

 

(生きていた?いや、それよりも、ここでの会話は録音されている。だからこそのメッセージ、なの・・・・・・?)

 

 そこまで考えて、リツコは腹を括った。いつだって科学者は実践と検証の反復作業だ。疑問に思う事があれば、手を出してこその科学者だ。好奇心が猫を殺そうと、謎の解明とあれば躊躇はしない。

 

 この部屋は盗聴だけでなく、監視もされている。リツコは努めて不自然にならないように配膳トレーに近づき、ミネラルウォーターを手にとった。そして何気ない素振りで蓋を開け、中の水を一気に飲み干した。どうやら毒は無さそうだ。

 

「ふう」

 

 思っていたよりノドが渇いていたらしい。柄にもなく「生き返った」と一息付いたところで、リツコは苦笑した。

 

(さっきまで人生の最期を考えてたってのにね。さて・・・)

 

 リツコは慎重にラベルを剥がし、ペットボトルを片手でくしゃっと握りつぶす。

 

 傍から見れば、ゴミの分別まで気を遣う几帳面なリツコの性格がよく現れた行動に見えたことだろう。実際のところはラベルに書かれてあるだろうメッセージを盗み読むための演技でしかないのだが。

 

 さて、肝心のラベルは何が書かれているのだろう。もしかしたら本当にただの製品のミスかもしれない。リツコの勘違い、勘ぐりすぎなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、その考えは杞憂に終わった。

 メッセージはリツコの想定通りに記されていた。

 

 

 

 

 

 それもたったの一言。簡潔に。

 

 

 

 

 

 リツコはそれを見て、瞬きほどの笑みを浮かべた後、ペットボトルとラベルをトレーに戻し、いつものように配膳回収用の小窓から丁寧にトレーを外に出した。

 

(リョーちゃんたら・・・・・・)

 

 返事は要らない。詳細も必要ない。あのキザったらしい男のことだ。やるといったらやるのだ。そのためのお膳立ても、もう出来ているはずだ。あれはそういう男だ。

 

 リツコは自分の心が少しだけ軽くなった事に気付いた。たった一言で女心を鷲掴みにするキザな男。さぞかし多くの女を泣かせてきたことだろう。だからこそミサトから煙たがられているのだ。だが傍から見たらそれは、立派な「嫉妬」と言うのだ、と心のなかで笑う。

 

「さて、少し寝とこうかしら」

 

 そう言って、リツコは椅子にもたれるように座り、目を閉じた。瞼の裏では、先程のメッセージが映し出されては消える。

 

 その度にリツコの心が軽くなっていく。

 

 ラベルにはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

「1発殴りにいかないか?」と。

 

 

 

 つづく

 

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