エヴァンゲリオンANIMA ep. ZERO   作:サルオ

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旧劇場版の例のシーンです。

R-15描写がありますので、ご注意ください。

※サブタイトルは演出上、■■と表記しております。


d,■■

 

 

 

 

 

 降り注ぐ蝉時雨。

 

 

 

 

 

 どこまでも突き抜ける青空。

 

 

 

 

 

 羽の生えた巨人の眠る湖。

 

 

 

 

 

 人の気配の消えた廃墟。

 

 

 

 

 

 性病と産婦人科の看板。

 

 

 

 

 

 憎たらしいほどの青空を映し出す水面。

 

 

 

 

 

 なぜ殺した?

 

 

 

 

 

 答えの出ない問に身を焼かれながら、

 

 

 

 

 

 碇シンジは立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

d,欲情

 

 

 

 

 

「避難棟の第二、第三区画は本日18時より閉鎖されます。引継ぎ作業はすべて本日16時30分までに終了してください」

 

 ネルフ施設内の病棟にアナウンスが流れる。

 

 その303号室、惣流・アスカ・ラングレーの病室にて。

 

 碇シンジは、ベッドに横たわる、かつての同居人を見下ろしていた。

 

 金髪碧眼の麗しい見た目の少女は、しかしその目に光はなく、ただ虚空を見つめている。アスカの身体は、呼吸に合わせて静かに胸を動かすだけであった。

 

 その少女を、シンジはただ見つめる。

 

 彼女につながれた心電図の音は、ピッ、ピッ、と一定のリズムで部屋を満たす。

 

 シンジはその音を聞きながら、音に合わせて記憶の底に潜っていくように、彼女とともに過ごした時間を思い出す。

 

 楽しいだけじゃなかった。見た目に反して気が強くてプライドが高く、傲慢で、気に食わないことがあればすぐに手を上げる彼女。料理、洗濯、掃除などの家事全般を自分に押し付け、そのくせ文句だけは一丁前の少女。

 

 何度も蹴られた。何度もケンカした。でも時々笑いあう事もあって、少し距離が縮んだと思うこともあった。

 

 彼女と過ごした時間には、今まで味わってこなかったさまざまな喜怒哀楽が含まれていたように思う。

 

 彼女だけではない。この街に来てから出会った人々。

 

 家事スキルが全滅した生活能力ゼロの保護者、葛城ミサト。

 

 何を考えているかわからず、父を信じきれない自分の頬を張った、綾波レイ。

 

 妹にケガを負わせたと殴りかかってきた鈴原トウジ。

 

 その後ろにくっついて回る、カメラとミリタリーオタクの相田ケンスケ。

 

 何かにつけてお節介で、そのくせ変なところだけ耳年増な委員長、洞木ヒカリ。

 

 つかみどころがなく無頼を気取っていて、どことなくうさん臭かった無精ヒゲの男、加持リョウジ。

 

 シンジがまだ施設の先生のところにいたときは、ただ漫然と毎日を過ごすだけで良かった。

 

 それが父のたった一言「来い」と書かれた手紙とも呼べないようなメッセージによって呼び出され、半ば無理やり巨大ロボットに乗せられて、初めて経験した恐怖と激痛の中で気を失い、知らない天井で目を覚ます。そこからシンジの人生が一変した。

 

 人との関わりを避けてきた自分にとって、それは戸惑いと苦痛を伴う日々だった。

 

 

 

 

 

 でも、とシンジは思う。

 

 楽しかった。もちろん、初めての事に多くの戸惑いはあったし、時には痛い目を見る事もあった。それどころか、エヴァに乗り、何度も命の危機を味わうこともあった。

 

 それでも、誰かと喧嘩したり、バカみたいに騒いだり、他人とともに過ごす時間はシンジには新鮮で、いつの間にか、シンジにとってかけがえのないものとして映っていた。

 

 それが、無くなっていく。止めようのない濁流のように、流されて消えていく。シンジがどれだけ傷つき抗おうとしても、世界は気にも留めずに奪い去っていく。

 

 大切なものが、守りたかったものが、手のひらから零れ落ちていく。

 

 自分の場所が欲しかった。

 誰かに認めてもらいたかった。

 ただ、それだけだったのに。

 

 やっと手に入れたものを、少しずつ奪われていった。

 

 暗闇に落ちていくような錯覚を覚えるほどに。

 

 そんな暗闇に光を与えてくれた、初めて「好きだ」と言ってくれた友人さえ。

 

 渚カヲルさえも、自分の手で、縊り殺したのだ。

 

 

 

 

 

 なぜ殺した?

 

 彼は自分の手の中に、確かにあったはずなのに。

 唯一手の中に残ったもののはずだったのに。

 止めることもできたはずなのに・・・っ!

 

 なぜ、その手に力を込めてしまったのか。

 

『君たちには未来が必要だ』

 

 なぜ、彼はそんな事を言ったのか。

 

 気が付けば、ボチャンッと音を立てて、オレンジの水面に落ちた彼の首。

 

 手の中に残った、友人だったものの残骸。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼくのせいじゃない。

 

 そうだ、どうしようもなかった。

 ぼくはぼくにできる精一杯をやっていただけなんだ。

 なのに、どうしてそんなに責めるんだよ。

 どうしてそんな目で見るんだよ。

 

 どうして、みんなに出会ってしまったのか。

 どうして、みんな離れて行ってしまうのか。

 

 奪うくらいなら、なぜ与えられたのか。

 

 わからない。なにもわからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ・・・」

 

 シンジの口から自然と音が漏れる。

 

「アスカ・・・起きてよ、アスカ」

 

「なにいつまでもそんなトコで寝てるんだよ。大変なんだよ、僕ひとりで」

 

 返事はない。

 

「零号機も壊れちゃったし、みんな死んじゃったんだよ。綾波も、カヲル君も、加持さんも」

 

 空しい。モノに語り掛けているような感覚を覚える。

 

「ミサトさんも今の綾波も怖いんだ。助けて・・・、助けてよ、アスカ」

 

 アスカの意識が戻ることはない。少なくとも、今、この場では。

 

「ねえ・・・起きてよ・・・。ねえ・・・目を覚ましてよ」

 

 耐えられない。返事が返ってこないなんてことは。

 もう誰からも相手にされないなんてことは。

 

 シンジは、あるいは子供の駄々のように、アスカの肩に手をかけて揺さぶって起こそうとした。

 

「ねえ、ねえ・・・・・・アスカ・・・アスカ、アスカ!」

 

 焦燥感がシンジを襲う。すぐ後ろまで絶望が迫ってきているようだ。

ベッドが動くほど揺さぶっても全く起きる気配を見せないアスカ。シンジはまるで、悪夢を見て目覚めた幼子がまだ寝ている母にすがるように、アスカに泣きついた。

 

「助けて・・・助けてよ・・・助けてよ・・・助けてよ・・・助けてよ」

 

 アスカの肩に縋り続ける。アスカの声を聞きたい。

 

 なんでもいいんだ。なんでもいいから、だから!

 

「またいつものように、僕をバカにしてよ。・・・・・・ねえ!!」

 

 勢いよくアスカを引き寄せた反動で、仰向けになるアスカの身体。

 

 アスカの胸についていたセンサーの一部が剥がれて床に落ちる。

 

 

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 ピッ、ピッ、ピッ、と電子音が鳴り続ける。アスカの表情はうかがえない。

 

 

 

 しかしシンジの前に広げられたもの。

 

 

 

 アスカの病衣がはだけ、あらわになったものをシンジは凝視してしまう。

 

 

 

(アスカの・・・ハダカ・・・・・・)

 

 

 

 瞬間的にせり上がってくる、下腹部の熱。昏い欲情。

 

 

 

 抑える事ができない。生活を共にしていた少女のハダカが目の前にある。

 

 

 

 抑えられようはずもない。夢に見たほどの少女のハダカ。

 

 

 

 何度も妄想した。もしかしたら彼女が何かの気の迷いで、自分にその肌をさらしてくれる瞬間を。それにむしゃぶりついた自分を。その体を組み敷く快楽を。彼女の中に吐き出した欲望を。自分の下で体を震わせて悦びを感じる彼女を。

 

 同じ生活空間のなかで、彼女に悟られないように、何度も何度も妄想した。もしかしたら気づかれていたかもしれないけど。知られたら殺されるかもしれないけど。

 

 夢想せずにいられなかった。それだけの魅力を、シンジは彼女に感じていた。

 

 

 

 同時に思い出される、別の少女のハダカ。綾波レイの、性にまるで無頓着な表情。その顔のまま、全裸で自分の前に立った綾波レイを。

 

 

 

 同時に思い出される、自分の保護者として接してくれていた年上の女性。女性の中でも極めてプロポーションの高い、日本人離れした体系。それを太もも丸出しのショートパンツと、ブラもつけずタンクトップでリビングに寝転がる葛城ミサトを。

 

 

 

 彼女たちを、僕の手で汚す。思いのまま、思うがままに。無理やりに。

 

 嫌われたって構わない。どうせ自分の妄想だ、好きにしてやる。

 

 

 

 そんな思いを日々溜め続け、時々吐き出していた。シンジの得られる最高の快楽と、ちょっとした嫌悪感を残しながら。

 

 

 

 

 

 アスカの胸が上下する。息をしている。

 妄想ではない、生身の、アスカのハダカ。

 無防備すぎる。当然だ、今の彼女に意識はない。

 

 

 

 

 

──こんな事、ダメだ。すぐに服をもとに戻さないと・・・。

 

 

 

 頭ではわかっていても体がついてきてくれない。むしろチャンスだと、体が心を急き立てる。この先、こんな幸運が再び訪れるかわかったもんじゃない。いや、僕はアスカに嫌われている。こんなチャンスは二度とないだろう。

 

 

 

──だったら今ここで無茶苦茶にしてもいいじゃないか。いつかの妄想のように。それを今、この場でできるならば!

 

 

 

 残ったシンジの理性が必死に体を抑えつけようとする。

 

 

 

──ダメだ、それは人として最低の行為だ。しかもここは病院だ、すぐに医者が駆け付けるぞ。

 

 

 

 頭ではわかっていても、目の前の現実離れした現実が、少しずつシンジの理性を破壊していく。

 

 

 

──僕も、すぐに死ぬかもしれない。

 

 

 

──そうだよ、エヴァなんかに乗っていたら、いつ死んだっておかしくないんだ。

 

 

 

──下手をすれば、明日にでも。

 

 

 

──そうだよ、しょうがないじゃないか。昔起きた戦争でだって、兵士は戦場に行く前に女性と一夜を過ごしていたって聞いたことあるし、当然のことじゃないか。みんなやっていたことじゃないか。僕だけそれをやっちゃダメな理由にはならない。僕という遺伝子をどこかの誰かに残す。生物として当然の権利で、これまで命を懸けて戦ってきた僕には、それくらいの事は許されるはずなんだ。全く悪いことじゃないんだ。

 

 

 

 

 

──だから・・・。

 

 

 

 

 

──僕は僕の好きなようにしていいんだ・・・。

 

 

 

 それでも、シンジの理性が最後の抵抗を見せる。アスカに手を伸ばしかけた手を必死で引き留める。

 

 

 

──ダメだ、それだけは本当にダメだ。それは人として最低の行為だ。アスカをそんな風にはしたくない。壊したくない。

 

 

 

 しかし、下腹部の劣情は、もう抑えがきかない。限界だ。

 

 ゆえに、シンジの理性と野生が、落としどころを見つける。

 

 アスカには手を出さない。でもこの欲情は、この場で吐き出す。

 

 いくつもの言い訳でシンジは自分をごまかした。自分の取った選択肢は、最善に思えた。誰から見ても「しょうがない」と思える劣情を抑え、自分を律したのだ。シンジは、自分の行いが悪魔の誘惑を退けた聖人のような、高尚な行いであるように感じていた。

 

 一度、自身に正当性を見出せば、もう歯止めはきかない。きかす必要もない。むしろ、すぐにでも吐き出さなければ、自分はアスカを襲ってしまうだろう。

 

 急がなければ・・・。

 

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・っ」

 

 ズボンのベルトを外し、ジッパーを下ろしていく。かつてなく膨張した自分が我慢できないと飛び出し、外気に触れる。冷房の効いた病室の空気が心地よい。

 

 アスカの前で局部をさらす。普段では絶対にありえない状況に、しかしアスカからの咎めも何もない状況に、今目の前にある光景が夢ではないと実感が強くなる。シンジの頬に、自分でも感じたことのない笑みが浮かぶ。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・!」

 

 蝉の声がうるさくなる。まるですべての音が遮断され、世界に自分とハダカのアスカだけがいるような錯覚を覚える。

 

 呼吸が荒くなる、下腹部の熱はとどまることを知らない。興奮に思考が塗りつぶされていく。痛みを覚えるほどの膨張を感じる。きっと触れただけで暴発してしまうだろう。

 

「あっ、ああぁっ、はあ・・・はあ・・・あぁう」

 

 ゆっくりとシンジの手が、指が、膨張したそれに伸びていく。期待に高まる興奮。シンジの意識が、再びアスカに向いた。ハダカのアスカが、変わらずそこにあった。

 

 不意に、アスカの頭が動く。

 

 ただの身じろぎ、アスカが意識を戻したわけではない。むしろその動きはアスカが生きているというリアリティを補強し、シンジの興奮に拍車をかけた。

 

 限界だ・・・・・・!

 

 シンジがアスカの顔を強く見つめる。

 その空虚な瞳の中に、自分が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ち悪い(・・・・・)

 

 

 

 

 

「うわぁあああああああああ!!!?」

 

 

 

 唐突に聞こえた声に驚愕したシンジはとっさに飛びのき、病室の壁に背中を強くぶつけた。

 

 強烈な痛みとともに肺が潰される。吐き出しきってしまった空気を求めるように、肺が悲鳴を上げ、痛みにシンジの視界が明滅する。

 

「ハアッ!ハアッ!ハアッ!ハアッ!・・・・・・・・・!??」

 

(今の・・・声は・・・・・・ッ!?)

 

 シンジが病室を見回す。

 

 誰もいない、シンジと、意識のないアスカを除けば・・・。

 

 自分の鼓動音が聞こえる。バクバクと、心臓が暴れまわる音がうるさい。さっきまで聞こえていた蝉時雨も心電図の音も、今は全く聞こえない。自分の荒い呼吸音と心臓の鼓動音だけが部屋を満たしていた。

アスカがしゃべったわけでも、ましてや目を覚ましたわけでも、ない。

だからさっきの声は、単なる幻聴。

 

 しかしシンジは、それがまさしく自分に向けて放たれた言葉であると理解していた。

 

 アスカの目は未だ虚空を見つめている。その瞳にシンジが映る事はない。

 

 強烈な後悔と、身を引き裂いてしまいたいほどの羞恥がシンジを襲った。「最低」だなんて言葉では生ぬるい。自分の欲情、エゴで、一人の少女を汚そうとした自分。先ほどの自分の思考が、徹底的に「シンジ自身の考え」でしか無かった事。それを「他人」が、「被害者」がどう感じるのかという意識が一切無かったという事実に、シンジは嘗てないほどの嫌悪を覚えた。

 

 

 

『気持ち悪い』。

 

 誰だってそう思う。自分の横で、自分のハダカを見ながら自慰を始める人間がいたならば。

 

 

 

(結局・・・・・・僕は、自分のことしか・・・・・・)

 

 

 

 興奮はどこかに吹き飛んでいた。壁に預けていた背をそのままに、ズルズルとしゃがみ込んでいく。あれだけ膨張していたものは、恐怖で縮み上がっていた。

 

 

 

(だから、誰も助けてくれないのかな・・・・・・・・・)

 

 

 

 膝を抱きかかえ、嗚咽を必死でこらえる。

 

 消し去ってしまいたい。

 自分という、最低以下の人間をこの世から一切。

 それが今の自分にできる最善の事としか思えない。

 

 

 

(でも、苦しいのは苦しいんだよ・・・、痛いんだ、怖いんだよぉ・・・)

 

 

 

「うっ・・・・・・うぅっ・・・・・・・・・ぐす・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 堪えていた嗚咽が漏れる。涙が頬を伝い、膝を濡らす。

 

 

 

 シンジに声をかけてくれる存在は、この部屋にはいなかった。

 

 

 

 

 

 つづく

 

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