分かっていただけるように書いているつもりですが、分からなかったら……すいません!
忘れるはずがない。
あなたと出会った、あのとても寒い冬の日を。
初めて利用するレッスンスタジオへと向かう中、考えうる限り最悪の場所で道に迷ってしまった。
周りに人がいても、状況が、道を尋ねることを許してくれない。
私自身の弱さもあった。
他人に弱い自分を見せたくない。
その強がりが、状況をさらに悪くした。
自分を追い込んだのはその時の、そしてそれまでの私自身。
なのに、辛くて、苦しくて。
不安で一杯。
我慢していないと涙がこぼれてしまいそうで。
体以上に、心が先に凍えそうになっていた。
――そんな私の手を、あなたが取ってくれた。
男の子と手を繋ぐなんて、小学生のキャンプの時以来よ。
でも。
それだけで嘘みたいに、冷たかった全身が熱くなる。
心臓が自分のじゃないみたいにバクバクと早鐘を打つ。
さっきまでの不安は綺麗サッパリどこかへと吹き飛んでいて。
顔の赤さがあなたにバレないか、そのことばかりが気になった。
そんなあなたと。
別の高校になると覚悟したのに、まさか再会できるなんてね……。
いいわ。
もう離れるようなことが無いように。
今度は私の魅力で、あなたを夢中にさせてみせるから!
◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇
「お兄ちゃん。今年のバレンタインは無理しなくていいからね?」
もう少しで中学生も終わりとなる、3年の2月。
勉強を終えてリビングへ入るなり、侑から単刀直入にそう告げられる。
「そうそう。翔君、私も今年は大丈夫だから」
遊びに来ていた歩夢ちゃんからも、無慈悲な言葉の刃が飛んできた。
「えっ、二人とも急にどうしたんだ。……あっ、もしかして、今までのって実は迷惑だった?」
あべこべ世界でのバレンタインは、男性から女性へとチョコやお菓子を渡すイベントとして認識されている。
逆に3月14日はそのお返しに、女性が男性へと何か贈り物をする。
郷に入っては郷に従えと、俺も侑や歩夢ちゃん、それに母さんへと毎年渡していた。
だがまさかそれが、実は俺の独りよがりだったとは……。
「いやいやいや! お兄ちゃん、そうじゃなくって!」
絶望の淵に叩き落されていると、侑が今まで見たことないくらいの慌てようで立ち上がった。
「そ、そうだよ! 翔君からチョコ貰えて嬉しくない人なんていないよ!」
歩夢ちゃんも同じく。
いつもの控えめな様子はどこへといいたくなる前のめりさで、強く強く訴えかけて来た。
「でも、二人とも、いらないって……」
「それは! お兄ちゃん、今年受験でしょう?」
「だから、翔君の負担になったらダメだし、遠慮しようって」
ああ~そういうこと。
俺の高校受験の日程が、ちょうど今年の2月14日前後と被るのだ。
二人はそのことに配慮して申し出てくれたらしい。
「そっか。そういうことなら、簡単に用意できる範囲にしとくよ」
前世で、曲がりなりにも大学受験を突破した経験があるんだ。
高校受験で落ちるつもりは毛頭ないし、そのために正についさっきも勉強していたところである。
だが油断して万が一を引くのもあれだから、二人の気持ちはありがたく受け取っておくことにした。
「それにしてもビックリしたよ。侑と歩夢ちゃんが同じタイミングで反抗期にでも突入したのかと思った」
あれだ。
前世の価値観で言えば、弟がちょうど姉を
幼馴染のお姉さんとの関係が、理屈無く恥ずかしいと感じる時期もあるだろう。
「侑ちゃんが翔君に反抗期? フフッ、翔君。それはないよ」
歩夢ちゃんが、まるでとてもおかしな冗談を聞いたとでも言うようにクスクスと笑う。
「侑ちゃん、翔君のこと大好きだもん。クラスの子から翔君のこと紹介してって頼まれても、なんだかんだ理由つけて断り続けてるもんね」
「あっ、歩夢っ!?」
そうなの?
……侑に大切に思ってもらっているようで、それが本当なら嬉しい。
歩夢ちゃんの突然の暴露に侑も動揺したのか、聞いたことないくらい声が裏返っている。
……可愛い。
だがすぐに立ち直り、顔を真っ赤にしながら侑も反撃に出た。
「そ、そういう歩夢だって! 毎年この時期はすっごくソワソワしてるじゃん! 『侑ちゃん、今年、翔君からチョコ貰えなかったらどうしよう……!?』って私にそれとなくお兄ちゃんの様子聞いてくるし!」
「ゆっ、侑ちゃん!? なんでそれ言っちゃうの!?」
それはそれで嬉しい限りだ。
歩夢ちゃんにも、毎年チョコを楽しみにしてもらえているということだから。
……ってか、歩夢ちゃんのモノマネとはいえ、侑の口から“
その後、なんだかんだ言い合いながらも。
自然に仲直りへと収束していく親友同士の二人を、目を細めて見守り続けたのだった。
― ― ― ―
「はぁぁ~。寒っ」
高校受験を数日後に控え。
一人、当日のための下見にやってきた。
「……試験、マジで
それは落ちたらどうしようという、受験生特有のプレッシャーからなどではなく。
これから場所を確認しに行くその“男子高”という一点のみに由来していた。
「……この滑り止めだけ受かったらどうしよう」
本命は共学の虹ヶ咲、その普通科だ。
これから行く場所の他、もう1校滑り止めを確保している。
しかし、虹ヶ咲・もう一つの滑り止め共に落ち、この男子高だけ合格となると――
「うげぇ……」
俺の2度目の高校生活は、3年間男子だけの空間で過ごすことが確定してしまう。
しかもより
つまり男子の同級生、先輩・後輩同士でキャッキャウフフの青春を送ることになるのである。
……うん、頭がおかしくなる自信しかないな。
「やっぱり、下見に来てる学生は結構多いな」
当日は試験自体に集中したいから、道順の確認などは事前に済ませておきたい。
そう考えることは同じなのか。
異なる制服姿の男子やその父親らが、バラバラに複数見られた。
「わざと落ちる……は流石にダメだよな」
目の前の光景を見て、改めて自分の最悪の未来を想像してしまう。
前世の感覚で、父親が娘のことを案じて女子高に入れたがるのと同じように。
ウチも母親の強い意向で、男子高が候補の一つとなってしまった。
男子が少ないこの世界で、俺を心配してくれる気持ちは理解できるので、やはり意図的に不合格を狙うのは不義理に感じる。
「……要は全部受かればいいんだ」
結論はそれに限る。
人生2周目のアドバンテージを出し惜しみせず全部利用すると、強く強く誓うのだった。
「――ねえ、あの子。さっきからずっとこの辺りにいない?」
そうして当初の目的も済ませ、決意も新たに帰ろうかとした時だった。
周囲にいた他中学の男子や、その父親たちが何やらざわざわと話し出す。
「俺たちがここに来るときも見かけたよな?」
「えっ? 男子高の周りを、ずっと女一人でうろうろしてるってこと? 怖いっ!」
漏れ聞こえる内容も踏まえ、彼らの視線の先を目で追う。
そこには、背が高く綺麗な女の子が一人いた。
「…………」
青みがかった黒いウルフカットの髪。
スラっとした体型は、芸能関係に所属しているのかと思うほど整っている。
だが、そんな彼女はとても居心地悪そうに視線を下げていた。
「うわっ、ずっとスマホ出してる。もしかして僕らのこと盗撮してるんじゃない?」
「こっちに向けたら、注意してやる!」
確かに、少女はスマホと道へ視線を行き来させている。
周囲の声が届いているからか、その表情は今にも泣きだしかねないほど不安そうだった。
前世の価値観で例えると、女子高の周辺を男がずっと、一人でうろうろしているということだ。
周囲の男子や父親たちの懸念・警戒心も理解できなくはない。
でも……。
――これ、もしかしてあの子、道に迷ってない?
― ― ― ―
「っ!」
そう思った時には、体が自然に動き出していた。
あの、迷子になって親を探している子供のような、不安で一杯の表情。
あれは、自分が悪事を働いているのを見
「――あっ! いた、ようやく見つけた!」
努めて明るい表情を作り、ウルフカットの少女に声をかけた。
「……えっ?」
少女は全く予想だにしなかったことが起きたというように、反射的に声を出した直後、俺を見て固まる。
知り合いの存在を期待していたのか。
俺の顔を見て、さらに硬直が継続。
……そうです、俺たち初対面で合ってます。
「いやぁ~ごめんごめん。俺が学校の下見、一人じゃ心細いからって無理に付き合わせて。もっとわかりやすい集合場所にすればよかったね」
「あっ――」
彼女、頭の回転は速いのか。
ここまで言うと、理解が頭の中で浸透したというように小さく声を上げる。
「えっと、ええ。で、その、用事はもういいのかしら?」
当たり障りのない言い方。
だがこれだけで、彼女も話を合わせてくれているのだとわかった。
「うん。もう道もわかっちゃったし、当日は大丈夫そう。……来てもらったのに悪いけど、帰ろっか」
自然と彼女の手を取る。
そうした方が、周囲の目を誤魔化せると思ったから。
うわっ、冷たっ!
……冷え冷えだな、この子の手。
そりゃずっとスマホ出してたらそうなるわ。
「ぁっ――その、ええ」
彼女も、一瞬だけ手に力が入ったように感じたが、振りほどかれることはなかった。
そうして、ひとまず視線から逃れられるところまで、彼女と連れたって歩いて行った。
「――ふぅぅ~。ここまでくれば、とりあえずは大丈夫か」
「あっ……」
繋がれていた手を放す。
彼女は小さく声を出した後、何か言いたげな様子で自分の手を凝視していた。
……何?
「……ところで、思わず声かけちゃったけど、道に迷ってるってことで、合ってます?」
「うぐっ! ……ええ、その通り、道に迷ってます」
不安や緊張感から解放されたためか、顔や体の強張りはなくなっていた。
だが一方で、あたかも最大の秘密を知られてしまったとでもいうように、彼女はとても恥ずかしそうにしている。
顔が真っ赤で、しばらく俺の顔を見てくれない。
……そんなに気にすることないと思うけど。
「4月から高校生になるのに、スマホでもろくに道がわからない女でごめんなさい」
「いや、俺に謝る必要はないから……ってか、同い年なのか」
見た目からとても大人びた印象があっただけに、そこそこ意外だった。
「そっか。あなたも受験の下見にって言ってたわね……。――その、改めてありがとう。あそこ、男子高だったのね。周りの人に道を聞ける雰囲気でもないし、どうすればいいかもわからなくて。本当に、助かったわ」
「いや、まあ、うん。いらぬおせっかいになってなければ良かったよ」
侑や歩夢ちゃんへのチョコの件もそうだった。
良かれと思ってやったことが、独りよがりの可能性だってあるからねぇ……。
「……えーっと。で、行きたい場所っていうのは?」
「ああ、えっと、ここなんだけれど……」
持っていたスマホを見せてもらう。
やはり地図アプリが開かれていて、目的地のピンが立っていた。
……うわっ、これ、完全に逆方向だ。
「…………」
「……方向音痴な女で、アプリ以下の性能でごめんなさい」
沈黙を非難と受け取ったのか、彼女はこれ以上があったのかというほどさらに顔を赤らめて謝罪する。
いや、だから責めてないって!
「……まあ、これも何かの縁だから。俺がわかる場所までは一緒に行くよ」
と言いつつ、自分の帰路からは遠回りになるだろうなと半ば覚悟する。
だが一方で会話相手を得て、行きとは異なった退屈しない帰り道となったのだった。
果林さん、今までで一番の難産でしたね……。
後、今のところは1年生の演劇少女も難敵認定済みです。
これで中学生編は終了ですね。
次回からは高校生、つまり虹ヶ咲へと突入します。
次話で書くかはわかりませんが、翔君・侑ちゃん・歩夢ちゃんの通学過程をいずれ描写することがあると思います。
その際、バス通学という設定で行きたいと考えてます。
根拠は1期の“私だけの侑ちゃん事件”(白目)解決後、二人で帰るとき「今日はバスで帰らないの?」「今日は歩いて帰ろう」的な会話があったと記憶しているためです。
……違ってたらすいません、独自設定ということでお願いします。