いつも通り、最初は原作キャラの誰かの視点です。
……やはり愛ちゃんと同じように最後に自供してるので、分かると思いますが。
あなたにお弁当を貰ったあの日を、その味を。
私はこの先ずっと忘れないだろうと確信できる。
虹ヶ咲学園の特待生になって、中学生の時以上に勉強を頑張らなければならない日々。
お母さんを少しでも助けるため、バイトも始めた。
お昼代も浮かせられると、お弁当だって早起きして作って。
……でも、何をしても上手くいかない日だってあるんだなぁ。
あの日は失敗ばかりで、本当に落ち込みモードさんで……。
私はこの先、特待生でい続けられるのか。
高校生活そのものを、ちゃんとやっていけるのか。
そして、遥ちゃんが胸を張れるようなお姉ちゃんでいられているか。
そうした漠然とした不安が頭の中で一杯になって。
どうしようもなく苦しかった。
全てを上手くできているなんて、両立できているなんて、とても思えず。
それでも頑張り続けることだけしか、私は知らなかった。
――ただ、今ならあれもそれも。あなたへの大切な想いが生まれるために、全部、必要な出来事だったんだと思える。
あなたに気にかけてもらえたって思うだけで、体が浮いちゃったみたいにふわふわとした。
おかしな女だと。
変な話し方してる奴だと。
そう思われてないか、ずっとドキドキしながら話してたよ。
でもあなたは。
そんなことは一切なくて。
むしろ話を聞いて。
私の努力を。
頑張ってきた過程を。
端的に認めてくれた。
それがとても嬉しかった。
そしてお弁当を口にした瞬間。
そうした想いが一気に溢れてきちゃった。
……侑ちゃんのお兄さんなだけあって、人の心の壁を取り払うのが天才的どころか。
心を奪っちゃう名人さんだよねぇ~。
彼方ちゃん、侑ちゃんのお姉さんに立候補しちゃおっかなぁ~。
◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇
「……よしっ。我ながら上出来だな」
まだ誰も起きていない朝の時間。
テーブルに並べられた3つの弁当箱を見て、小さくない満足感を覚える。
侑、歩夢ちゃん、そして自分用だ。
「これだけできれば、今後も父さんの代わりができるだろう」
今日みたく父さん・母さんが仕事で早出になったときはもちろん。
それ以外の日でも俺が弁当を作れば、それだけ朝は二人に楽してもらえる。
前世でできなかった分、親孝行は早目にしておくに限る。
「――さて。二人を起こさないと……」
歩夢ちゃんのご両親も、今日は出張で家を空けている。
侑とは違い一人でも起きてくれるだろうけど、歩夢ちゃんは我が家にお泊りしてくれている大事なお客さんだ。
万が一にも寝坊させて遅刻なんてことになったら、おじさんとおばさんに申し訳ない。
「侑。歩夢ちゃん。おはよう」
侑の部屋。
ノックをしてから声をかけた。
しばらく待つ。
…………。
「起きてくる気配ないな……」
もう一度同じ過程を繰り返す。
だが状況は変わらない。
仕方ないので、一応断りを入れてから中に入る。
「二人とも、朝だよ。起きようか」
機能性を重視したような、飾り気の少ない侑の部屋。
春の暖かな日差しがカーテンの隙間から漏れ入っている。
部屋の主である侑は床に布団を敷き、そこで歩夢ちゃんと一緒に眠っていた。
― ― ― ―
「んにゅぅ……んむぅ」
いつもベッドで寝ている侑はしかし。
狭いながらも床で二人一緒の方が好きだとでもいうように熟睡中だ。
「侑ちゃん……翔君……3人、で卒業なんて、ダメ……だよぅ」
一方の歩夢ちゃんはというと、なんとも悩まし気な寝言を漏らしていた。
ダメとは言いつつ本心では受け入れいているかのように、胸へ顔を埋める侑を優しく抱擁している。
……どんな夢見てるんだろう。
二人のために俺がわざと留年でもしたのかね?
それを侑は手放しで喜び、一方歩夢ちゃんは怒るに怒れない……的な?
「侑、歩夢ちゃん。おはよう」
気持ち良さそうな眠りを妨げるのは心苦しいが、そろそろ目覚めてもらおう。
「んんっ、んんぅ……あっ、お兄ちゃん。んっ、おはよう」
意外にも、先に起きたのは侑だった。
未だ寝ぼけたような焦点の定まらない目。
だが俺の姿を認識して、フニャリとした
生まれたての雛が無条件に親鳥を信頼するかのような、庇護欲をそそるその姿。
こんな無防備な表情を向けられれば、そりゃ歩夢ちゃんじゃなくても、侑を甘やかしたくなるというものだ。
「そっか……今日お父さんもお母さんも早いんだっけ」
完全な覚醒を待つように、侑は自分の部屋を見渡す。
そうして隣で眠っている歩夢ちゃんを見た。
「……ふふっ、歩夢は幸せ者だなぁ~。幼馴染の異性に起こしてもらうとか、全女子理想の体験をしてるんだもんね」
あぁ~。
このあべこべ世界だと、そういうことになるのかな?
前世では、幼馴染の女の子にそうしてもらうことがある種、男子の夢みたいなものだった。
今世でも、幼馴染の異性とのイベントはラノベやアニメなんかでもよく取り上げられる。
「でも、相手が俺だしなぁ~。歩夢ちゃんも新鮮味とかときめきは無いだろう」
「……そんなことないと思うけど」
だが兄妹で議論になる前に。
この話し声のためか、歩夢ちゃんが目覚めてくれた。
「……ふぇ、侑ちゃん? それに、翔君?」
ボーっとした表情で侑、次に俺を見た。
そして歩夢ちゃんは次の瞬間、顔を真っ赤にする。
「えっ、えぇ!? ど、どうして翔君が!? ――あっ、やっぱり3人でなの!? だっ、ダメだよ3人でなんて……」
また“3人”か。
どうやら未だ夢と現実の区別がついていない様子。
でもやっぱり歩夢ちゃんの持つ無類の優しさからか。
言葉の中身に反して、拒絶を貫き通そうとする意思は感じられなかった。
……歩夢ちゃんも、ちょっぴり悪いことをしたくなるお年頃なのかな?
「ははっ、おはよう歩夢。どんな夢を見てたのかは知らないけど、お兄ちゃんは私たちを起こしてくれただけだよ?」
「えっ? ……あっ――はうぅぅ~!」
侑の助け舟もあり、歩夢ちゃんはようやく現状を正確に把握してくれる。
だがそれはそれで何かの勘違いを自覚することになったからか、やはり顔は真っ赤にしたままなのであった。
― ― ― ―
「あっ、高咲君。今日の昼休み、特待生に向けた奨学金の説明会があります」
無事に二人を寝坊させず送り出した後。
朝のホームルームにて、個別の連絡を受ける。
「昼休み、ですか……。昼食はどうしたらいいですか?」
疑問点を尋ねると、担任の若い女性は分かりやすく動揺する。
質問が来ることを予想していなかったのか、あるいは男子生徒とのやり取り自体に未だ慣れてないのか。
虹ヶ咲は女子生徒の割合が圧倒的に多いからねぇ……。
「えっと、あの、高咲君、お昼はいつもどうしてますか? 説明会自体は簡単なものと聞いてます。学食ならそのまま向かってもらって……」
お弁当だと伝えると、先生は少しだけ考える時間を挟んだ。
「うーん……なら持って行って、終わった後どこかで食べる方がいいかもしれませんね。説明会が終わってからまた教室に戻てくるとなると大変でしょうし」
なるほど。
……まあどこで食べることになろうと、ボッチ飯に変わりないんだけどね。
虹ヶ咲学園に入学してもうすぐ一か月。
見事に特待生として合格を果たしたくせに、未だに友達一人できないのであった。
……心配させるだろうから、侑や歩夢ちゃんには口が裂けても言えないなぁ。
「――えぇ~ですから。期日までには余裕がありますが、忘れないうちに早めに記載・提出してもらうのが無難だと思います」
昼休みの空き教室。
俺を含め20人ほどの生徒が集まっているだろうか。
全学科共通の説明会だから、もちろん俺の知らない顔ばかりだ。
……いや、クラスメイトでさえも未だ知らない人ばかりだけど、それはいいんだよ。
ただでさえ女性比率の大きいこの学園。
特待生となると、男子は他には見当たらなかった。
「一般の奨学金申請とは違って、皆さんは特待生ですから。授業料の免除とは別に、返還不要の給付が受けられます。ですから繰り返しになりますが。申請用紙を、きちんと期限までに提出してくださいね?」
説明自体は、やはり先生の言っていた通り簡潔なものだった。
担当者から、毎年出てくるミスや注意事項を口頭で伝達される。
……特待生って凄いな。
試験勉強を頑張った甲斐があった。
授業料がタダになるだけでなく、奨学金までもらえる制度があるというのは本当にありがたい。
俺の教育に金がかからなければかからないほど、相対的に侑が得られる恩恵は増えることになる。
侑の選択肢を少しでも広げてあげたいから、虹ヶ咲を選んで正解だったな。
「では学科ごとに申請書類を配布していきます。呼ばれた人は取りに来てください」
それを受け取ったら解散でいいらしい。
よかった、昼食の時間は余裕をもって確保できそうだ。
「――では続いて、情報処理学科の……」
呼ばれた生徒が立ち上がっては、次々と書類を受け取り教室を後にする。
普通科だから一番最初かなとか思ってたら、全然違った。
くっ、なぜ俺は入試の時に普通科を選んだんだ!
「次。ライフデザイン学科の
フルネームまで呼ばれているのに、誰も立ち上がらない。
もう残り半分となって、初めて滞りが生じる。
肩越しに、チラッと後ろを振り返ってみた。
「…………」
――うわっ、この子寝ちゃってない!? 船漕いでるよ!
真後ろにいた、明るい髪色の女の子。
ほぼ目を閉じかけで、今にも机につっぷしそうなほどウトウトしていた。
呼ばれても、他の生徒が一切反応を示さない所を見るに、多分この子が――
「……近江さん。呼ばれてるよ」
声を潜め。
しかし一方で、本人には確実に聞こえるレベルで。
後ろの近江さん(仮)に呼び掛けてみる。
同時に、ウェーブのかかった長い髪に触れないよう、軽く肩を2,3度叩いた。
「……うあぇっ? ――あっ、はっ、はいっ!?」
夢の途中にいきなり覚醒させられたかのように。
椅子を後ろに倒してしまう勢いで、少女は立ち上がった。
「……ライフデザイン学科の、近江彼方さん? 奨学金の申請書類、受け取りに来てください」
「あっ……はい」
やはり近江さんで間違ってなかったらしい。
「授業中でもないですしリラックスしてもらっても構いませんが。普段は特待生としての自覚をしっかりもってくださいね?」
「……はい。すいません」
怒られたというよりは小言を貰った感じだが、近江さんはシュンとして書類を受け取っていた。
……気を利かせたつもりだったけど、なんだか悪いことしたかな。
― ― ― ―
「あれ? あの子、さっきの……」
最後から3番目になりようやく書類を受け取った後。
お弁当を食べる場所を求めて外に出ると、先ほどの女の子の姿があった。
広い虹ヶ咲の校内。
庭にあるベンチの一つに座り、近江さんは昼食を取るでもなくボーっと地面を見つめている。
「学食に行くでもないし、お弁当があるようには見えないけど……」
近江さんも同じ説明会に参加していたんだから。
お昼も俺と同じ事情になるはず。
でも昼食を取る気配がなく、ただ暗い雰囲気を漂わせているのだ。
……さっきの件もあるし、な。
「――あの、近江さん、だよね? 俺、同じ1年の高咲っていうんだけど」
自作の弁当片手に、思い切って声をかけてみることにした。
すると彼女は我に返ったようにハッとし、声のする方、俺へと顔を向ける。
「あっ。あなたは、さっきの……」
「うん。お昼、食べないの?」
より意味が伝わるように、自分の手に持つ弁当袋を胸の前に掲げる。
「あぁ~。その、あ、あはは。私、今日、お弁当作ってくるの忘れちゃって」
近江さんはバツが悪そうというか、とても恥ずかし気に告げる。
そしてそれを思い出したことでさらにテンションダウンしたというように、近江さんは余計顔をうつ向かせてしまう。
おうふ。
……俺、今日は近江さんの地雷ばっかり踏んでるのかな。
「えーっと。“持ってくるのを忘れた”じゃなくて“作ってくるのを忘れた”ってことは、近江さんも自分で?」
意を決して隣に座り、気になった発言について深堀してみる。
すると意外にも、近江さんも会話に乗ってくれた。
「そうなんだ~。でも……あれ? “近江さんも”ってことは、もしかしてあなたの“
膝の上に置いた袋を触り、頷いて肯定する。
共通点を見つけて、そこからさらに会話を広げていく。
「うん。そういえばさっきも凄く眠たそうにしてたもんね。……ってことは、もしかして寝坊しちゃって作れなかった的な?」
「あうぅぅ~。あなたってもしかして名探偵? くっ、彼方ちゃんも年貢の納め時だぜぇ~」
会話を続けたことである程度は気を許してくれたのか。
それか、会話に回せる余裕が出て来たということなのか。
それから近江さんは、冗談や独特な口調を交えながら話してくれた。
「高校生になって、なんだか一気にやることが増えて大変だよ~。特待生を維持するためにも、勉強頑張らなくちゃでしょ? 後、バイトも休んじゃダメだし……彼方ちゃん、ずっとねむねむです」
あっ、バイトもしてるんだ。
そりゃ睡眠不足にもなるわ。
自分も正に今朝、お弁当を作ったからこそ実感としてわかる。
いつも以上に早起きしないといけないし、大変だよなぁ。
近江さんは高校生になりたてでわからないことだらけの中、それを続けてきたってことか。
……だが近江さんからは、しかし。
頑張り・努力自慢をするような雰囲気は一切なかった。
「さっきもそれで恥ずかしいところ見せちゃったばっかりだしねぇ~。……あっちを頑張ればこっちが
むしろ迷いや不安というか。
自分の不甲斐なさに苦しんでいるような感じがした。
……ふむ。
悩む若者に、手を差し伸べるのも年長者の務めか。
いや、実年齢の話じゃなく、前世合わせた精神年齢的な感じのことね!
「――ここで、嬉しいお知らせです! そんな頑張り屋な近江さんにはプレゼントとして、お昼のお弁当1日分が送られます! ……ってことで、これ、どうぞ」
照れや恥じらいを誤魔化すために、勢い任せで袋の紐をほどく。
そして中から取り出した弁当箱を、近江さんにサッと差し出した。
「えっ、えっ? 何、ど、どういうこと!?」
近江んさんも事態を飲み込めず目を白黒させていた。
それに乗じて、一気に押し切るぜ!
「お腹が減ってると、ついついマイナス思考になっちゃうものだよ。それに妹にもよく作ってるんだけど、身内以外の評価がちょうど欲しかったところなんだ」
侑はいつも『美味しいかったよ、お兄ちゃん!』と笑顔で言ってくれるが、贔屓目が入ってるんじゃないかと時々疑ってしまうことがある。
歩夢ちゃんももうほぼ家族同然の付き合いだから同様だ。
二人とも多分、俺が砂糖と塩を間違えるような“料理下手ヒロイン”ムーブをしても完食してしまうだろう。
だから第三者の意見が聞きたいというのも嘘じゃない。
「あっ――高咲君も、妹さんがいるんだね」
ということは、近江さんにも妹がいるってことか。
余計に親近感が湧くというか、その頑張りに何かしら報いてあげたくなる。
近江さんもまた共通点があるとわかったからか、遠慮する気配は薄まったように感じる。
だがなおも、本当に貰っていい物かと顔に出ていたので、笑顔で強く頷いた。
「大丈夫。毒なんて入ってないし。俺は弁当以外にも、カバンにカロリーバー常備してるからさ。気にしないで。……むしろ色々知った後、このまま近江さんを放置する方が後味悪いんだけどなぁ~」
最後は冗談めかして口にする。
近江さんも観念したというように苦笑で返してくれた。
「ん。わかった。じゃあ、早速――お、おぉぉ~!」
備え付けのお箸を手に取り、蓋を開け。
近江さんは大袈裟なまでに感嘆の声を上げる。
「ええい、恥ずかしい! 一思いにパクっと行っちゃってくれぃ!」
近江さんに引っ張られてか、こちらも謎のテンション・ノリで応じる。
「ふふっ。……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。いただきます」
綺麗に焼けたと自信のあった卵焼き。
近江さんは迷わずそれをつまみ、パクリと一口。
「あっ――」
数度の咀嚼後。
近江さんの目から、突然涙がホロリと零れ落ちる。
――って、えぇ!?
「なっ、何!? 嘘っ、そんなに不味かった!?」
「ちっ、違うの! 凄く美味しい、これは、そうじゃなくて……」
近江さんは慌てて否定してくれるが、その間にも涙は止まらず。
彼女自身も自分の感情の変化に追いつかず戸惑っている、そんな風に見えた。
……食べてもらっておいてなんだが。
他人の感情を劇的に揺さぶるような、凄く美味い料理を作った自負まではないぞ。
「えっと、その、これは、あれ。男の子の作ったお弁当を食べられるとか、彼方ちゃん、チョー幸運! 全女子を敵に回す凄い経験して感動しちゃったぁ、的な奴だよ~!」
確かに、このあべこべ世界だとそうなのかもしれない。
前世で言えば、女子の手作り弁当は青春の一ページとして強い憧れの一つだろう。
今朝、侑と言い合いになりかけたことみたいに。
この世界じゃ男子の方が少ないから、俺みたいな取り柄のない奴が相手でも、そこそこ喜んでもらえるのかもしれない。
……でも、近江さんの涙の理由は、本当は別なんだろうなぁ。
その後、真実こそ語られはしなかったが。
近江さんは嘘のない笑顔で、きちんと完食してくれたのだった。
感想、全部読ませていただいてます。
楽しんでいただけているようで本当に嬉しいです。
少しでも皆さんの妄想の足しに、手助けになればと書き始めましたので、そうなっていれば幸いです。
2年生組、果林さん・彼方ちゃんと続いてます。
なので次が誰になるかは予想できちゃいますかね?
アニガサキ、2期終わっちゃいましたね……。
エモエモで尊みが深かった……。