最初はやはり原作キャラの誰かの視点となります。
また過去一番の長さとなってますので、お気を付けください。
一目見てあなただとわかったあの日、あの瞬間が。
目をつむれば、今でもすぐ瞼の裏に浮かんでくる。
日本に行きたい。
日本のことをもっと知りたい、学びたい。
その想い・感情だけが先へ先へと走ってて。
言葉は全然追いつかず。
……あの頃は本当に、あなたに沢山迷惑をかけたと思う。
それでも、あなたは私を見捨てるなんてことなくて。
むしろ私の拙い日本語が少しでも良くなるように。
親身になって勉強に、話に。
とことん付き合ってくれたよね。
……だからなのかな。
あなたは多分、私の留学への迷いや、諦める気持ちがあることを。
薄々見抜いてたんだと思う。
家族から離れ、遠い異国へと一人向かうことへの漠然とした不安。
勉強に限らず生活全体も含め、自分は果たして上手くやっていけるのか。
そうした後ろ向きな気持ちが、言葉や態度ににじみ出ていたのかな……。
――でも、そんな私に。あなたは会いに来てくれた。
安全な国である日本から離れ、男の子一人で外国に来ることがどれだけ大変か。
それにあなたは言わなかったけど、私のためだってすぐにわかったよ?
大丈夫だよって、背中を押してもらえた気がした。
自分の中にあった留学への想いが。
単に漠然とした憧れ・夢から、具体的な目標へと明確に切り替わった感覚がした。
そうしたことを感じた瞬間、想いが次々に出てきてはすぐに溢れちゃって。
もうね、涙が止まらなかった。
妹が目の前にいることなんて忘れちゃってたよ。
こう、あなた以外見えないというか。
視界がキュ~っと狭くなる感じ。
本当、あなたには感謝しかないよ。
あなたが来てくれたおかげで、皆と出会えた。
日本に行く決心ができて、沢山のことを知ることができた。
見える景色がパァ~っと広く、明るくなったんだ。
……でも、一人になると、ふと考えてしまうことがあるの。
あなたがもしあの時、来てくれていなかったら。
果林ちゃんや皆と、出会えない未来があったかもしれない。
絶対に無くしたくない宝物の思い出たちも、生まれなかったかもしれない。
そして、あなたへのかけがえのない想いも、知らないままだったかもしれない――
――そう思うだけで、凄く胸がキュゥゥッとなって。とても苦しいんだよ。
……こんな想いまでくれてしまうなんて。
あなたは本当に困った人。
でももちろん、大好きだよ!
いつか必ずこの想い、ちゃんと伝えるからね。
……えへへ。
◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇
「あの、少しお時間よろしいですか?」
放課後の駅前。
合流予定の歩夢ちゃんを一人で待っていると、不意に声がかけられた。
「……俺ですか? はい、何でしょう」
「私、こういうものですが――」
スーツを着た真面目そうな女性。
笑顔も何もなく、スッと紙のようなものを差し出された。
恐る恐る受け取り、よくわからないまま視線を落とす。
「……はぁ。芸能事務所の方、ですか」
名刺には、芸能関係に
「はい。単刀直入に申し上げます。――芸能界、アイドルに興味はございませんか?」
「…………」
理解が追い付かず、思考が止まって無言に。
多分この時の俺は、きっと凄い顔をしていたことだろう。
……ゲラの侑ならワンチャン爆笑してくれるかも。
「あの、芸能界? アイドル?」
「はい。あなたとなら、アイドルの世界の頂点に行けると。一目見てそう確信したので、声をかけさせていただきました」
女性のプロデューサーさんに、冗談を言っている様子はない。
……嘘でしょう。
平々凡々な俺のどこをどう見たら、そんな自信あるセリフが出てくるんだか。
俺をそう評価してしまうだけで、俺の中では節穴疑惑が持ち上がりますぜ?
「あっ、私どもの会社はクリーン・健全がモットーです! 枕営業などは過去・現在・未来、決して存在しないと保証できます! あなたの身は絶対に
いや、別にそこに不安感じて黙ってるんじゃないんですが……。
……それはそうと。
やっぱり芸能界だと枕営業とかってあるんだね。
でもこのあべこべ世界じゃ、それをやるのは主に男性ということらしい。
……まあ関係ないけど。
「人を待ってるので。それに、そもそも興味ないです」
素っ気ない対応な気もしたが、こういうのは正直に言った方が後腐れないだろう。
「そうおっしゃらず! せめて、その名刺だけでも……」
まあ、それだけなら……。
渋々返すのを諦めると、確かにその後はしつこく食い下がられることもなく。
“少しでも興味が湧いたら名刺の番号に電話をいただければ”的なことを言われて別れた。
「芸能界ねぇ……」
俗にいうスカウトって奴だろう。
だがそれを自分が受けたのだとわかっても、全く高揚感や興奮・ときめきはない。
実は心のどこかにやってみたい気持ちはあるけど隠している、的な感じも0だ。
分不相応だと、自分が一番よくわかっているからねぇ~。
「ああいうのは朝香さんみたいな、光ってる人の居場所だよなぁ」
虹ヶ咲に入学して再会を果たした、ライフデザイン学科の美少女モデルさんだ。
嬉しいことにあちらも俺のことを覚えていてくれたようで、昼休みにはよく会いに来てくれる。
そういえば近江さんも休み時間とか会うと、結構気さくに話しかけてくれるな。
二人とも、クラスどころか学科すら違うのにねぇ……。
交友関係が壊滅状態の俺には、本当二人は天使か女神みたいな存在ですよ……。
― ― ― ―
「――ねぇねぇ今一人? あたしたちと遊ばない?」
少しだけ移動して再び待っていると、また声を掛けられる。
見ていたスマホから顔を上げると、別の学校の制服を着た女子が2人いた。
「カラオケとか一緒にどう? 私ら
あべこべ世界では、女性が男性に対してお誘いすることを“ナンパ”と表現し。
反対に男性側からアプローチする場合を“逆ナン”などというらしい。
今の俺の場合は……つまり普通にナンパされてるってことでOK?
いくら男の方が少ないからって、俺に声かけるって相当暇なんだね君ら。
「いや、あの、人を待ってるから」
今日はよく待ち人以外に声を掛けられると内心苦笑しつつ、お断りを入れる。
だがさっきとは異なり、今回は結構食い下がられてしまう。
「えぇ~いいじゃん!」
「そうそう! 絶対楽しませてあげるからさ!」
二人の少女が、俺の退路を塞ぐようにして距離を詰めてくる。
可愛いJKに、しかも複数から迫られて悪い気はしない。
でも、その、何て言うか……顔の必死さが凄すぎて。
すいません、ちょっと引いてます。
「――あっ! しょっ、翔君! お待たせっ!」
どうしようかと考えていた、ちょうどその時だった。
待ち人の声がようやく耳に届く。
同じ虹ヶ咲、その女子の制服を着た歩夢ちゃんだ。
「歩夢ちゃん!」
呼ぶと、歩夢ちゃんも笑顔でこちらに近寄ってきてくれた。
だが歩夢ちゃんは凄くテンパった様子で――
「わ、私のか、彼氏に! 何か、用かな!?」
声を上ずらせながら、俺のことを“彼氏”だという。
……もちろん、俺の記憶が正しい限り、最近歩夢ちゃんと“幼馴染”以上の関係になった覚えはない。
だがこの状況……。
――あっ、そっか。
「そうそう! 俺たちこれからデートなんだ。悪いね」
即興芝居に乗っかるように、歩夢ちゃんの手を握る。
少しでも恋人みたいに見えてくれればという思いで。
幼稚園の時から何度もやってあげたことだし、余計自然に見えるはず――
「はうぅっ!?」
……だが当の歩夢ちゃんから、聞いたことないようなくらいの裏返った声が。
いや、お嬢さん、君が言い出したことでしょうに。
握った柔らかい手はじっとりと汗をかいており、緊張していることが伝わってくる。
バレなければいいが……。
「――ちぇっ。マジで待ち合わせだったのか」
「彼女持ちだったのかよ……チクショー。あたしもこんなイケメン彼氏欲しい」
ありがたいことに疑われることはなく。
ナンパしてきた女子高生たちは捨て台詞を吐きながら去っていったのだった。
ふぅぅ……。
― ― ― ―
「ふっ、ふふふ。お兄ちゃんは堂々として話合わせたのに、機転を利かせたはずの歩夢が一番テンパってたの?」
「もう~! 侑ちゃん、笑いごとじゃないよ! 私、もう心臓止まるかもって思ってたんだから……」
歩夢ちゃんに案内され、オシャレな喫茶店へとやってきた。
先に到着していた同じく常連だという侑は話を聞いて、笑い声を抑えるので必死になっている。
「ごめんごめん。……でも、ってことは。その分、歩夢も美味しい思い、したんでしょ? 誰かさんはさっきからしきりに右手をチラチラと見てますからなぁ~」
「はぅっ!? ……い、いやぁ~これは、その、あれかな! そういえば翔君と手を繋ぐことなんて随分久しぶりだなぁ~って! うん、他意はないよ、他意は!」
歩夢ちゃんはギクリとした表情のあと、顔を真っ赤にしてワタワタと狼狽していた。
俺と繋いでいた右手はサッと背後に隠す。
……幼稚園の頃はよく繋いでたからなぁ~。
侑と歩夢ちゃん、二人の手を取り引っ張ってあげてたのが懐かしい。
……あぁ~。
それで“子供っぽいと思われて恥ずかしい”とでも考えてるのかな?
別にそんなことはない。
仮に子供っぽかったとしても、それはそれで可愛いと思うが。
「――まぁこの件でもわかったと思うけど。お兄ちゃんはもう少し警戒心というか、ガードを固くした方がいいと思うよ」
第三者が今回のことを総括するように、侑は人差し指を立ててビシッと告げてくる。
歩夢ちゃんも激しく賛意を示すみたいに、ブンブンと首を縦に振っていた。
「別に警戒心が薄いつもりはないんだけどなぁ~」
その証拠に、あのスカウトさんも名刺以外は受け付けないくらいの毅然とした感じで対応した。
……だが、侑と歩夢ちゃんはというと。
まるで全く説得力のない言い訳を耳にしたとでもいうように、ジトッとした目で俺に反論してくる。
「どこが! 夜だって平気で薄着のままコンビニ行くし! 自分が口付けた飲み物、当たり前のように私にも歩夢にも渡そうとしてくるしさ!」
「うんうん! 翔君、女の子はみんな野獣さんなんだよ!? 翔君のこと、“無防備な美味しい羊さん”だと思ってエッチな目で見てる人ばかりなんだよ!? いつ襲っちゃ……襲われちゃうか、私心配で!」
歩夢ちゃん、なんか今凄い噛み方しなかった?
高校生になって落ち着いた可愛い女性になってきたと思っていたが――
……いや。
それだけ俺のことを思って興奮してくれているということか。
「……まあ、二人が心配してくれてることはちゃんとわかったから。できるだけ気を付けるようにはするよ」
ここは、女性の方が多いあべこべ世界だ。
二人の懸念の方が正当なのだろう。
俺が折れると、二人は目元を緩めお説教モードを解く。
完全に納得した感じではないが、多少なりとも安堵はしてくれたみたいだ。
「でさ~! 夏休みは3人で――」
「あっ! いいね、それ! 侑ちゃんと翔君と、久しぶりにプールでも――」
話が一段落すると、侑も歩夢ちゃんも関心は夏休みのことへと移っていた。
特に二人にとっては青春のイベントとして欠かせない、高校生としての初めての夏休みだ。
楽しみで会話が弾むのも無理ない。
――そんな二人を温かく見守っていると、不意にスマホの通知に気づく。
「…………」
通知元のアプリを開き、内容を確認。
……うん。
やっぱり、行かないとダメかなぁ。
「――二人とも、ごめん。今年の夏休みだけど、最初の2週間は一緒にいられないと思う」
「……えっ?」
「翔君?」
いきなりのことに目を丸くする二人に。
俺は、随分前から計画し準備を進めていたことを話して打ち明けたのだった。
― ― ― ―
「パスポートは大丈夫。お金も余裕をもって……あっ、バッテリーってどうだっけ?」
スーツケースに入れる荷物の最終確認。
何か必要なものができても現地調達すればいいが、日本から忘れずに持って行くに越したことはない。
「――よし、まあ問題ないか。スマホはよっぽどヘマしない限り忘れないだろうけど……」
何となく手持無沙汰になり、今回のことに深く関わるアプリを開ける。
そうして過去のやり取りを見返すことに。
――――
【ショウ】
日本は食事が凄く美味しい。
衛生環境もちゃんとしてるからさ。
……それで聞きたいんだけど。
外国人って、卵かけごはんを食べたことないってマジ?
【エマ】
うん!
私は少なくともそうだよ。
最初“卵かけごはん”って言葉を聞いたときは衝撃だったなぁ~。
スイスだけじゃなくて、日本以外の外国はどこもそうだと思うよ?
でもショウ君がそれだけ言うくらいだからね。
卵かけごはん。
日本に行けたら、一度でいいから私も食べてみたいなぁ~。
―――
「……フフッ」
外国人とチャットができるアプリ。
日本語や日本文化などを学びたい外国人と。
一方で言語や外国のことを知りたい日本人とが、双方向的に教え合える優れものである。
あべこべ世界において、日本以外はどんな感じか知りたかった俺も数年前から利用していた。
このエマ・ヴェルデさんは、その中でもやり取りが長く続いている親しい相手だ。
スイスに住んでいて、日本に強い憧れがあるという。
――――
【エマ】
ショウ君が送ってくれた小説やラノベ、ちゃんと届いたよ~!
国際郵便さんは偉大だねぇ~。
まだまだ難しい日本語とか沢山で、わからない部分も多かったけど、どれも面白かった!
特にショウ君オススメの“ハイブルームさん”の作品、エモエモで尊みが深かったよ~!
私も日本で、あんなラブコメがしてみたい人生でした……(草)
【ショウ】
“草”の使い方よ……。
まあとにかく。
色んな意味で、そう言ってもらえて嬉しい。
日本語を学ぶんなら、日本語を浴びるように体験できる本やラノベ・映像作品はもってこいだから。
どんどん見て、聞いて、読んで欲しい。
……ヴェルデさんも日本に留学してみれば?
【エマ】
だね~。
私も本当、冗談抜きで留学してみたいよ~。
あっ、そうそう!
この前送った写真、届いた?
私の右に映ってるのがお母さん!
その隣が一番上の妹で――
――――
「…………」
留学についての会話は意図せずなのか、打ち切られている。
この日、再び同じ話題が出るということもなく。
……うん、やっぱり、そうだよなぁ。
短期とは言え、海外留学を決めたのは間違いではないと改めて思った。
― ― ― ―
「飛行機に乗るの、初めてだな……」
夏休みに入り、スイスへと向かう当日になった。
前世でも海外旅行の経験はなく、これが生涯通じて初の飛行機となる。
成田でチューリッヒに向かう機体に搭乗。
離陸する際にかかる独特の感覚に一人、感動と興奮、そして若干の不安を覚える。
「……暇だなぁ」
だがそれが終わると、高揚感はすぐに消え去り。
やることのない長いフライト時間という現実に向き合うことになる。
「……スマホでも見とくか」
仮にも留学という形をとっているため、ゲーム機などの遊び道具は持ってきてない。
まあいざとなれば機内サービスの映画でも見とけばいいだろう。
――――
【差出人:歩夢ちゃん】
翔君、もう飛行機の中かな?
無事に到着して。
そして2週間後も、何事もなく帰ってきてくれることを祈ってます。
……あっ。
それと“今日の侑ちゃん”、もう今の内に送っておくね。
――――
「“今日の侑ちゃん”って……。歩夢ちゃん、マジで毎日送ってくるつもりなのか」
二人とも、最初は俺の海外留学に反対していたが。
2週間という期限付きの点を強調し、丁寧に説明したらちゃんと納得してくれた。
ただ“侑のその日の出来事を記録した動画”って、別に無理して送ってくれなくていいんだけど……。
とは言いつつも、早速イヤホンを装着。
メールに添付されていた動画を再生すると、確かに侑の姿が映し出された。
『歩夢ぅぅ~。お兄ちゃん……お兄ちゃんはどこ?』
『侑ちゃん、翔君は今日から海外留学だって。さっきも言ったでしょ?』
暗闇の中で恐る恐る何か探し物をしているように。
侑はヨボヨボと室内を歩き回っている。
それに対して、スマホを向けている歩夢ちゃんが画面外から答えていた。
……君らは熟年の夫婦か。
『うぅぅ~! お兄ちゃんがいないぃぃ~!』
聞きたくない事実を遠ざけるかのように、今度は耳を塞いで床をゴロゴロと転がっている。
『お兄ちゃんのいない夏休みなんて、全然面白くないよぉー!』
手を使わず頭と足だけで器用にブリッジ。
その後は倒立しながら想いを叫んでいた。
……侑、大丈夫か?
『……翔君。侑ちゃんはこの通りなので、2週間後はすぐ帰ってきてください』
最後、撮影者である歩夢ちゃんの心配そうなトーンで、動画は締めくくられていた。
「……こりゃ色々と重症そうだな」
ひとまずは保留にし、別のものへ意識を移すことに。
――――
【エマ】
こんにちわ!
わたし、エマ・ヴェルデ、いうます。
おともだち、なる、きぼうします。
にほん、だいすき!
にほんのことたくさんしる、勉強する、したいです!
――――
「……ふふっ」
チャットアプリを使用し始めた初期の、ヴェルデさんからのメッセージだ。
見返してみて、思わず頬が緩む。
自分で調べて打ってくれたんだろう。
たどたどしくも、一所懸命に気持ちを伝えようとしてくれていたのがわかる。
――――
【エマ】
子供の時、日本のアイドル見て、とても感動する、しました!
心ポカポカ、ふわふわ!
だから日本行く、留学、したい!
日本語を勉強する、したいです!
ショウ君、よろしくお願いしまする!
―――
「最後だけ武士なんだよなぁ……」
だが言葉の些細な部分なんて、全く気にならなかった。
日本のことをもっと知りたい、学びたいという熱い気持ちが伝わってきて。
それでヴェルデさんとのやり取りをもっと続けたいと、俺は決めたんだっけ。
他にも何人かの外国人とチャットしたが、これだけ熱意をもって接してくれたのはヴェルデさんだけだった。
「この時から比べれば、もう日本語ネイティブレベルなまでの進歩だよな……」
発音・イントネーションもビデオチャットで聞いたが、普通に大丈夫だった。
それだけ必死に、熱心に。
ヴェルデさんも学んでくれたということだろう。
――だからこそ。日本への留学を内心では諦めているのではないかと思えたのが、心配でならなかった。
― ― ― ―
「あぁ~快適。こんな涼しく感じるんなら、2週間終わっても日本に帰りたくなくなるな」
長時間の空の旅を終え、ようやくスイスへと到着した。
最初は空調が効いているせいかと思ったが、外へ出ても日本のような暑さは感じず。
「今度は侑と歩夢ちゃんも一緒に来られたらいいなぁ……さて――」
留学先の学校が手配してくれていたバスへと乗り込み、滞在先へと向かう。
虹ヶ咲が留学生を受け入れる際、一人一人に個室の寮を提供しているように。
相互主義的な観点からか、俺が2週間を過ごすのも一人部屋のある男性寮だった。
「OK……Yes……」
もちろん英語で施設の説明を受け、必要に応じて質問する。
やはり前世での経験が生きた。
受験英語とはいえ、大学合格のため必死に勉強したのは確かだし。
何なら大学では英語で授業を受けなければならないものもあった。
加えて前世の日本を基準に考えると、そもそもこのあべこべ世界自体が、ある意味じゃあ外国みたいなもんだろう。
なので心理的なハードルはそこまでなかったし、むしろ初の海外でワクワクしてる。
「それにしても虹ヶ咲様様だ。普通の海外旅行として来てたら、もっと手間も費用も掛かってただろうなぁ」
海外留学は、国際交流学科の生徒を主に想定した制度だった。
だがよくよく調べてみると、別に学科での限定はされておらず。
むしろ普通科かつ特待生の俺が利用すれば“前例ができて他の生徒も今後使いやすくなる”と、先生方には有難がられていたと思う。
「フリーは明後日と最終日……なら明後日にもう行くか」
他の日は留学生として、しっかりと英語漬けの日々になるだろう。
オリエンテーションや簡単な歓迎会などを経た後、その日は早目に休むことにしたのだった。
― ― ― ―
「――よし。行くか」
留学3日目。
フリーの日となり、スイスへとやってきたもう一つの目的を果たすべく寮を出発する。
目指すはスイスの中でも南部にある、イタリア語圏の州だ。
一度タクシーで、初日に降り立った空港まで向かう。
「あっ、へぇぇ……スイスって改札はないんだ」
日本との違いを発見するたびに、喜びや楽しみを見出していく。
そこにある駅から何本か乗り継ぎ、イタリア方面へ。
『君、アジア人でしょう。一人? どこから来たの?』
電車に揺られていると、女性から結構話しかけられた。
イタリア語の反応が悪いとわかると、英語を使ってくれる。
日本人で、友人を訪ねるためにスイスに来たと話すと、大抵は驚かれた。
だがその後は親切にも、目的地の行き方をアドバイスしてくれる。
『無事、そのお友達と会えるといいわね。会えなかったら、私と一緒に今度遊びましょう。あなた、とってもカッコいいし!』
日本に来た外国人たちはよく“日本人は親切だ”なんて言うが。
一方で、こうしてお世辞まで言ってくれるなんて。
外国人もなんだかんだ優しいんだなぁ。
「ふぅぅ……よし。後は徒歩で何とか……」
事前に本人から聞いていた住所近くまで、何とかやってくることができた。
国際郵便を送る際にも、何度も間違いがないよう確認した場所だ。
それを実際にこの目で見て、この足で踏みしめていると考えると、感慨深い想いがある。
町は高台にあった。
周囲は山で囲まれており、空気は澄んでいて美味しい。
一方で進むにつれ、獣臭のような感じも強くなる。
ヤギや牛が散見された。
草の駐車場には、トラクターみたいな農機具が沢山ある。
ここが、ヴェルデさんが生まれ育った地……。
『えっ!? 日本から!? しかも男一人でかい!? まあなんとも勇敢だこと。エマちゃんも隅に置けないねぇ……。ヴェルデさんとこの家は――』
地元の人に道を尋ねながら歩く。
やはり日本という遠い国から。
しかも“男一人で”やってきたという点に強く驚かれた。
いくらスイスが治安のいい国とはいえ、このあべこべ世界だとそういう反応になるらしい。
「…………」
今回のこの訪問を通じて、ヴェルデさんのことを改めて考えた。
2週間という限定された短い留学期間。
その中の1日だけでも、これほどまでに大変なんだ。
俺は前世、地元から離れて大学進学した経験もある。
そうしたメンタル的なアドバンテージもなしに。
ただ一人だけで異国の地へ留学しようと決意するのは、想像もできないほど大きな勇気が必要な気がした。
「――だからこそ、だよな」
少しでも俺の来訪が、何かヴェルデさんにとって良い影響となれば。
何か背中を押すきっかけの一つにでもなれば。
それだけでも、今回の留学を決めた甲斐があるというものだ。
「あっ――」
そして、遂に目的の場所へと辿り着く。
ヴェルデさんからもらった写真を取り出し、目の前の家と照らし合わせる。
……ここだ。
『……! ……?』
その建物から、人が出て来た。
イタリア語なのか、俺の聞き取れない言葉でしゃべっている。
最初に、幼い女の子が元気よく走りだす。
――そしてその後を追ってきた少女を、一目見ただけで誰だかわかった。
特徴的な赤毛を三つ編みおさげにした、可愛らしい女の子。
エマ・ヴェルデさんだ。
『……? ――あっ』
おっ、あっちも俺に気づいた!
「ショウ……君?」
俺の聞き慣れた言葉、声。
それで名前を読んでくれた。
「あ、あはは。こんにちはヴェルデさん。その……来ちゃった」
会ったら何を言おうかと、事前に色々と考えてはいたが。
ヴェルデさんの顔を見た瞬間、そうしたものは一気に吹き飛んでしまった。
「“来ちゃった”って……あっ。私の、ため――うぅっ」
うえぇっ!?
ちょっ、なんで泣くの!?
ヴェルデさんは感極まったというように、いきなり涙を流し始めた。
様子を聞きつけてか、写真で見たことある彼女の弟妹が集まってくる。
『……! ……!』
『……!? ……!!』
彼女の妹たちは俺とヴェルデさんを交互に指さし、俺にはわからないことを言って騒いでいた。
「ちょっ!? しょっ、ショウ君はお姉ちゃんの彼氏とかじゃなくて! あっ――『……! ……!!』」
ヴェルデさんは顔を真っ赤にし、日本語で妹たちに何か反論していた。
それに自分でハッと気づき、慌てて使い慣れた母語で言い直している。
未だ目がグルグル回ってるところを見るに、相当混乱しているらしい。
……でも、涙はもう引いてるみたいだな。
その後、ご両親の参戦もあって事態はさらに賑やかなことに。
だがヴェルデさんの晴れやかな笑顔を見て、今回の留学は間違っていなかったと思ったのだった。
やはり海外、それもスイスのお話が入るとあって、書くのに時間がかかってしまいました。
最近はずっとせつ菜ちゃんと栞子ちゃんの歌をヘビロテ、時々エマさんという感じで聴いてます。
さて、3年生組も出たので、いよいよ次話以降は1年生組ですね。
どういう順番になるかはまだ決めてないです。
お楽しみに!
※“今日の侑ちゃん”はあれですね、分かると思いますが「ときめきはどこー!?」の侑ちゃんを参考にしました。
……可愛い。