今回も本人が最後に自白してるので、多分誰のお話かは分かると思います。
1年生組の中の誰かですね。
やはり長くなってますのでお気を付けください。
ではどうぞ。
あなたに声をかけてもらえたあの日から。
間違いなく。
無色だった私の人生は、鮮やかな虹色へと色づき始めたんだ。
この表情のせいで、いつも誤解されて。
ずっと友達もできなかった。
変わらなきゃ、とは思っていた。
それで勇気を出して声をかけて。
……でも。
私は何度“……何でもない”という言葉を口にして逃げてしまっただろう。
傷つくのが嫌で、相手から変に思われるのがとても怖くて。
その場しのぎで逃げた事実は、その時だけは私を守る鎧になってくれても。
積み重なると、ズシリと、とても重くて。
私を縛り付ける鎖か、呪いのようにのしかかった。
これ以上に状況が悪化することはあっても、決して改善されることはない。
やる前からそう諦める気持ちが、もう生まれてしまっていたんだと思う。
――そんな時だった、あなたが私を引き留めてくれたのは。
……その、いきなり上着やネクタイを取りだしたときは、凄くドキドキしちゃったけど。
何かとてもいけない、大人なことでも始まるんじゃないかって。
でも、ちゃんと考えると。
あなたの行動はどれもこれも、私への優しさや思いやりに溢れたものだった。
私の“……何でもない”を、あなたは言葉通りに受け取ってはくれなくて。
人付き合いの拙さから勝手に失敗して、そうして自己嫌悪に陥っても。
そんな私との会話を、時間を、“楽しい”とまで言ってくれた。
そして“
もう胸の高鳴りを、まだ名前の知らない想いが生まれそうになっていたのを。
自覚せずにはいられなかった。
あの日の出来事が特別なことなんかじゃないって。
私たちの関係はこの先も普通に続いていくし、一緒に遊ぶ機会なんていくらでもあるんだって、ちゃんとわかったから。
お世辞や。
その場限りのリップサービスなんかじゃないって、心からそう思えたから。
……ただ、あの後食べたアイスの味は、正直あんまり覚えてない。
でも、あなたが美味しそうに食べていた姿は今でも目に焼き付くほど覚えてる。
……アイスに夢中になってる隙をずっと見てただけだから、ギリでバレてなかったよね?
うん、大丈夫!
あなたとのあの1日は。
私を覆う鎧や鎖に、明確なヒビを入れてくれた。
あれからも失敗することや、逃げちゃうこともあったけど。
それでも折れず、腐らずいられたのは。
間違いなくあの日のことがあったから。
あなたとの思い出が、私の心を支えるお守りになってくれたんだ。
おかげで愛さんや同好会のみんなと出会えた。
沢山の人と繋がれた。
今度はあなたと。
“先輩・後輩”、“友達”以上の関係として繋がれたら、嬉しい!
……はぅぅ~。
やっぱり、それを言葉にするのは、流石に恥ずかしい。
璃奈ちゃんボード『照れ照れ』。
◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇
「おっ! そう、よしっ、やった! 頑張れ歩夢っ!!」
高校最後の春休みも後半へと差し掛かったある日。
常に味方でいてくれる侑が。
今日に限っては、兄を応援してはくれないようだった。
「うんっ! 翔君にっ、絶対、勝つよ! ――よっ、はっ、やっ!」
隣では歩夢ちゃんが、懸命にステップを踏んでいる。
流れてくる矢印と見事に一致、スコアはどんどんと伸びていた。
普段の穏やかな様子はどこかへと潜み。
呼吸を弾ませ体を動かす様子からは、並々ならぬ強い意志が窺えた。
「くっ、あっ、くそっミスった――」
そんな調子に影響されたこともあり。
初めて挑戦するゲームに、俺は翻弄されるばかり。
決して悪くはない運動神経でカバーはするものの。
ゲームセンターでの音ゲー勝負は、惜しくも歩夢ちゃんに敗北したのだった。
「んくっんくっ……ぷはぁ! お兄ちゃんに勝って飲むジュースはまた格別ですなぁ。のぅ、歩夢さんや?」
白熱した戦いの後、フリースペースにてしばらく休憩する。
侑は勝者の余裕を感じさせながら、美味そうにジュースを飲んでいた。
「ふふっ。そうだねぇ~侑ちゃん」
歩夢ちゃんも親友チームの勝利を共に味わうように、柔らかな笑顔で頷いている。
「お兄ちゃん。約束、忘れないでよ? 次私たちが勝ったら、3戦目に行くまでもなくお兄ちゃんの負けだからね?」
「わかってるよ。勝てば二人の言うこと一つ聞いてあげるから。……まっ、勝てればの話だけれどな」
正直負ける可能性の方が高いと思う。
だって二人の内どちらか一人でも勝てれば、それで俺の1敗としてカウントされるから。
だがここは二人に楽しんでほしい、勝負事を盛り上げるという意味でも、あえて煽るヒールの役目を演じておく。
「くそっ、侑には勝ったんだ! だが、まさか歩夢ちゃんがあそこまで俺へ敵意を持って挑んでくるとは。……そんなに俺のことが嫌いだったなんてショックだな」
遊びの一環なので言うほど悔しさもなかった。
だが一方で、これもまた冗談の一種として。
敗者の憎しみと恨みが込められた目で、歩夢ちゃんをむぅ~っと見つめる。
「わっ、えっ!? しょ、翔君!? そんな、違うよ! 私、別に翔君のこと敵とか嫌いだなんて! むしろ、その、何て言うか――」
歩夢ちゃんは分かりやすいくらいに動揺してくれた。
ワタワタと可愛らしく慌てている。
……歩夢ちゃん、本当に素直で良い子に育って。
将来、悪い男に引っかからないか。
お兄さん、とても心配です。
「フフッ、歩夢、慌てすぎ。お兄ちゃんの冗談だって」
「へっ?」
間の抜けたような声。
反射的にこちらへ向いたような目に、悪戯が成功したという茶目っ気ある顔で頷き返す。
歩夢ちゃんは、瞬く間に頬を赤く膨らませた。
「もう~翔君っ! やめてよ、凄くビックリしちゃったんだから!」
「ごめんごめん。選挙に期末テストで俺も忙しかったから。ちょっと羽目を外したかったんだ」
テストは全生徒共通の事情だが。
生徒会選挙が俺特有の事情だということは、二人もわかってくれている。
今日はそうしたあれこれの発散を含めて、パァーっと遊ぶということも目的となっていた。
「あ~あれかぁ。お兄ちゃんの応援演説、凄く良かったよ!」
「うん。確か私たちと同学年で、同じ学科の人なんだよね?」
二人もちゃんと投票はしてくれたはずだが、その人の名前やどんな相手だったかはあまり記憶にないらしい。
まあ高校生の生徒会選挙なんて、普通はそんなもんだろう。
俺も、別に中川さんと深い知り合いだったわけじゃない。
普通科繋がりで。
俺が特待生かつ教師陣の覚えもいいから、話が来たってのが真相だろうと想像している。
「まあ中川さんは真面目で優秀な子だから。立派に会長を務めてくれるよ。――さっ、次はユーフォ―キャッチャーだ。敗者の弁の用意はいいか、二人とも?」
そうして話をまとめ、再び仁義なき戦いへと身を投じるのだった。
― ― ― ―
「むふんっ! お兄ちゃん、敗者の弁ってなんだっけ? お兄ちゃんが教えてくれるんだよね?」
「ぐぬぬっ……! 今度は侑が、俺の前に立ちふさがるというのか!?」
遊ぶゲームを変えての再戦。
体を動かすダンス系とは打って変わって。
ユーフォ―キャッチャーでは、侑がその隠されていた力を発揮してきた。
運動神経が必要なゲームの類は全然ダメなくせに。
侑め、こういうのは出来るのか……クソッ!
「3番勝負で2連敗。3戦目をせずして俺の敗北決定かぁ……。チクショウ、参りました」
「侑ちゃん、あんまりゲーム得意じゃないからこの勝敗もビックリだけど。翔君がこういうの、あんまりしたことないっていうのも意外だったなぁ~」
侑がゲットに成功した蛇っぽいぬいぐるみをギュッと抱き、歩夢ちゃんは不思議そうに口にする。
歩夢ちゃん……。
前世からボッチ続きの俺に、ソロでゲームセンターやアミューズメントパークなんて難易度ベリーハードなんすよ。
だから実質、音ゲーもユーフォ―キャッチャーも今日が初体験みたいなもんだ。
「――さて、お兄ちゃん。それでは約束を果たしてもらおうっかな」
「ああ分かってる。何でも一つ“お願い”を聞く、だろ? お手柔らかに頼みますよ。……歩夢ちゃんも、俺に出来ることにしてね?」
話の流れとして自然なことを口にしたつもりだった。
だが、歩夢ちゃんは何故か早口になり、挙句は不審者のごとく噛みに噛みまくる。
「もっ、もちろんだよ! “何でも”って言ったって、翔君にそんな、エッチなこととか、お願いするわけないって! 常識的な、うん! 常識的なことしか、言わないよ!?」
「……ははぁ~ん。さては歩夢さん、エッチなことでも考えてましたかなぁ?」
ニヤッとした侑の意地悪そうな笑みに射抜かれ。
歩夢ちゃんは、図星を突かれたようなギクリとした表情へ。
……そうなのか、歩夢ちゃん。
ただ“俺”という具体的な相手で想像した、ってよりかは。
多分“男・異性”と“何でも言うことを聞く”というワードから、漠然とそういうことをイメージしちゃったんだろう。
歩夢ちゃんは純粋な子だからなぁ。
「いや、うん。歩夢ちゃんも女の子だもんね。大丈夫、分かってるから」
前世の価値観でいう、男子高校生が話題から、反射的にエッチな妄想をしてしまうようなものだ。
思春期真っ盛りで、性欲や異性への興味・関心が人一倍に強くなる多感なお年頃。
このあべこべ世界だと、高校生の女の子がそういうことを考えてしまうのは、むしろ健全に成長している証拠だともいえる。
……侑も、偶に家で、俺にコソコソしてる時あるからね。
「違うの! 翔君、だから、誤解だって!!」
目をグルグルさせている歩夢ちゃんに、うんうんと頷いて答えておく。
大丈夫、俺はそういうことには理解ある方だから。
だがあの歩夢ちゃんが……。
そう思うと、歩夢ちゃんがちゃんと真っすぐ育っていることに嬉しさや喜びを覚える反面。
自分の元を離れ巣立っていっているような感じを覚え、一抹の寂しさもあったのだった。
― ― ― ―
「うぅぅ~。……侑ちゃんの、バカ。翔君の顔、絶対に誤解してるよ」
恨めしそうに。
だが、相手への親しみや愛情を隠し切れていないような柔らかいトーンで。
歩夢ちゃんは侑へと可愛らしい抗議をしていた。
「あはは、ごめんごめん。……あ~でも本当だ。これはお兄ちゃん、また変な勘違いしちゃってそう」
ジト目で一体何を言うか妹よ。
このあべこべ世界で女子のエッチな類のことに、俺ほど寛容な奴はそういないと思うけどなぁ。
「いつものお兄ちゃんは置いといて――歩夢。お詫びってわけじゃないけど、お兄ちゃんへの“お願い”。歩夢が決めていいよ」
今度は茶化したりふざけたりする感じは見られず。
歩夢ちゃんも侑のそうした雰囲気を感じ取ったのか。
いつも見る、お互いを思って譲り合うというようなことはなかった。
「……わかった。えっと、じゃあ、その――侑ちゃんと翔君と。3人でプリクラ。撮りたい、かな?」
そうして歩夢ちゃんが視線を向ける先には、ゲームとは別に設けられたプリクラ専用のスペースが。
「あぁ~プリクラかぁ。確かに1回はやってみたいって気持ちはあったけど。あれ、女子だけじゃ何となく行き辛いよねぇ~」
歩夢ちゃんがうんうんと頷いているように。
侑の言葉が、この世界での“プリクラ”に対するイメージを端的に表しているようだった。
ゲームコーナーでは男子・女子それぞれ学生の姿が散見される。
しかしプリクラの周辺へ目を移すと、途端に女子の比率はグッと減ってしまう。
前世で考えると。
おふざけやバカなノリでもないと、男子高校生だけで行くのは少し勇気がいる空間、みたいな感じか。
「確かに男子がいた方が自然な気はするね。……俺は全然いいけど。でも、いいの?」
歩夢ちゃんへ、暗に“遠慮して程々なお願いにしているのではないか?”と確認。
俺たちの関係だからこそ、こういう時は遠慮なく言って欲しいと思う。
すると、歩夢ちゃんは不意にスマホを取り出した。
「――あのね。去年の今頃って入学式があったでしょ? 今年も、何か3人で思い出になるようなものが撮れたらなって……」
そうして画面に表示された写真を、歩夢ちゃんは俺たちに見せてくれる。
虹ヶ咲の校舎前で、真新しい制服に身を包んだ侑と歩夢ちゃん。
そして、2年生色のネクタイへと変えたばかりの俺が、そこには映っていた。
二人を祝うように俺が一歩下がって中央に立ち。
そうして二人の肩にそれぞれ手を置いている構図だった。
「あぁ~! 懐かしいね! そっか、もうあれから大体1年くらいになるんだ……フフッ。歩夢、すっごい不安そうな顔してる」
一方の侑は、これから待つ未来には希望が溢れていると言わんばかりに、ワクワク一杯の表情だ。
我が妹ながら、肝が据わってるというかなんというか……。
「うん、ずっとドキドキだった。……でも、侑ちゃんと翔君がいてくれたから」
「そっか……えへへ」
はにかんで嬉しそうにしている侑と、バッチリ目が合う。
お互い思っていることがリンクしたように感じた。
俺たち兄妹は。
本当に揃って、歩夢ちゃんのことが大好きらしい。
「そういってもらえると俺も嬉しいよ」
あの日、在校生の手伝いで駆り出されたのも。
歩夢ちゃんの言葉のおかげで、今なら良かったと思える。
「ほらっ、歩夢のお願いなんだから。今日は歩夢が中央に行かないと! ……あっ、お兄ちゃん、もっと寄って寄って!」
早速、数あるプリクラ機の一つに場所を移す。
どれがいいかはわからなかったので、青春っぽそうなイラストと宣伝があったものを選んだ。
「はいはい。……歩夢ちゃん、また顔、強張ってるよ? せっかくなんだから笑顔じゃないと」
「あぅぅ~! 侑ちゃんと翔君に挟まれてなんて……私、幸せすぎて明日は死んじゃってるのかな?」
歩夢ちゃんの冗談みたいな言葉に、侑と二人でおかしそうに笑う。
それにつられてか。
歩夢ちゃんもシャッターが切られる前には、ぎこちないながらも笑顔になってくれた。
出来上がった最高の1枚を見て。
残り1年となった二人との高校生活を、今まで以上に楽しもうと思ったのだった。
― ― ― ―
「まさか、あんな決意をした早々、春休みに学校へと呼び出されるとは……」
何か勉強面や生活面で俺がやらかしたとかではない。
だが目的が何であれ、制服を着て登校するというのは、やはり少し気疲れする。
「……そういえばヴェルデさん、いつ
留学が決まったと報告してくれたのはいいが。
いつ虹ヶ咲にやってくるか、その具体的な日程については
俺がスイスにサプライズで行ったのと同じように。
ヴェルデさんも、俺を驚かせようという悪戯心があるのかもしれない。
「それはそれで嬉しいけど。来て早々迷わなければいいな……」
ヴェルデさん、芯が強いしっかりした子ではあるけど。
案外ポワポワとして抜けてる部分もあるからねぇ……。
日本の首都東京は、自然豊かなスイスとは違い、建物が乱立している。
方向音痴な朝香さんでなくても、迷子になる要素は盛沢山だ。
でもヴェルデさん、俺が迷わずヴェルデさんのもとにたどり着けたんだから“私も大丈夫”みたいに思ってそう……。
「まっ、いざとなったら諦めて連絡くれるか」
それに日本語も不自由しないレベルだ。
困ったら誰かに道を尋ねるくらいはできるだろうし。
「――おっ、中川さん! こんにちは」
校内に入る。
知っている相手を見つけることができて、かなりホッとした。
それが今日、俺に来るよう依頼してきた本人なだけあり、余計に気が楽になる。
「……高咲さん。その、こんにちは」
眼鏡をした黒髪三つ編みの少女。
現生徒会長の後輩は、一瞬浮かべた笑顔を直ぐにひっこめてしまう。
「……今日は春休み期間中にもかかわらず、来ていただきありがとうございます。それと、無理を言って申し訳ありませんでした」
選挙戦の際、活動の協力やら応援演説やらをした間柄だが。
中川さんは、うーん、何というか。
先輩に対する一般的な態度以上に、俺への接し方が硬いように感じる。
同性の前生徒会長に対してはもう少し柔らかかったように思うんだけど……。
……異性に対する免疫がそんなにないのかな?
「いや、気にしないで。……生徒会長も大変だね。学年が変わる前からもう活動しなくちゃだから」
虹ヶ咲の生徒会選挙は冬の定期試験後に行われる。
そのため、1年生で当選した中川さんは未だリボンの色が変わることなく、生徒会長としての職務に勤しまねばならない。
「いえ。やりたいと思って始めたことですから。それに今日のことも正規の行事というわけではありませんので、負担ではないです」
「そっか……」
関係ない雑談はそれでおしまいというように。
中川さんは歩きながら、今日俺がやるべきことを話してくれた。
「内部進学組の相談会かぁ……」
俺みたいに受験で、高校から虹ヶ咲の生徒になる人の方が、何となくフォローが必要そうにも思える。
もちろんそちらのケアはちゃんとするという前提で。
だが見方を変えると、内部進学で高校生になる子たちはある意味、既に人間関係が出来ている人も多い。
それで問題ない人は、放っといても楽しい青春を勝手に送ってくれるだろう。
一方、じゃあ中学時代にあまり上手く行ってない子たちは……?
……そう考えると、今日の相談会が企画された趣旨も理解できる。
「正規の行事ではありませんから、あまり形式に拘らなくて大丈夫です。状況に応じて、高咲さんがしたいと思った行動をしてくだされば」
「はぁ、了解です」
つまりサポートというか、何かあった時用の予備人員みたいな感じか。
「さて――」
忙しそうな中川さんとは分かれ。
会場となる空き教室の一つに到着する。
相談会は既に始まっているようで、中・高両方の制服姿が多数見受けられた。
「……今のところ、特に問題はないようだな」
1対1の対面で相談に応じている者もいれば、座談会的に5人くらいで輪になって話しているスペースもあった。
趣旨としては、とりあえず悩み相談で不安を解決することももちろんだが。
それと同じくらい、新学期が始まるまでに知り合い・顔見知りを作るという点も重視されているように思う。
知っている人が一人でもいるかいないかで、全然違うもんねぇ。
「でも俺、本当に今日来る必要あったのかね……」
求められている役割としては、多分“特待生”のことや“海外留学”の件についてだ。
だが今のところ、それらについて聞いてみたいという学生はいないらしい。
なので一度も椅子に腰を落ち着けることはなく。
会場となっている空き教室を見回るため、廊下を歩くだけとなっていた。
まあ、呼ばれたのはやっぱり保険・予備的な意味合いだったんだろう。
……だよね、中川さん?
俺のこと嫌いで、嫌がらせで招集したとかないよね!?
「――ん?」
そうしてブラブラ歩きながら、中川さんの俺への好感度を疑っていると。
女の子が一人、ポツンと立っているのが目に入った。
― ― ― ―
「…………」
あれは……中学の制服、だよな。
じゃあ新1年生か。
ピンク色にも見える明るい髪色をした少女は、しかし。
相談会の会場となる教室には入ろうとせず。
下を向き、まるで足に根でも生えたようにその場に立ち尽くしていた。
……今日ここまで来ているってことは参加希望者、だよね?
「えっと。こんにちは」
声をかけてみた。
「っ~!」
するとビクッと肩を震わせ、あからさまに驚かれてしまった。
表情こそ変わらないものの。
少女の視線は俺の胸元、制服やネクタイへと向けられる。
そこで、さらに怯える雰囲気が強くなったように感じた。
……あっ、上級生で、しかも男だからビックリしたのかな?
「ごめんね、いきなり話しかけて。驚くよねそりゃ。よし、ならもう、こうだ――」
先ほど中川さんの口から出ていたように。
今日は正規の行事じゃなく、また春休み中でもある。
なので思い切って、下級生に対し威圧感を生む服装は、可能な限り取っ払うことに。
ジャケットを脱ぎ、学年を示す色付きネクタイもスルっと外した。
「袖もまくってっと――ふふっ、これじゃあもう不良さんだね。……俺、高咲翔。4月から3年生だね。君は?」
怯える猫でも相手をするかのように。
少し屈み、目線を合わせ。
自分が怖い存在ではないと、できるだけアピールしながらの自己紹介。
その効果があったのか、少女からは想像していなかったような反応が返ってきた。
「はっ、はわ!? あわわ……てっ、
カーっと赤く染まった顔を、両手で覆い隠すようにする。
しかし指と指の間隔を広げ。
チラッと盗み見るようにしながらも、名前を教えてくれた。
……相当な照屋さんなのかな?
「そっか。じゃあ天王寺さん、どうしようか? 相談会に来たってことで合ってる?」
中学の制服で今日、この時間に、高等部の校舎に来ている。
それだけでも、そう判断するのには十分だった。
「あっ、その――」
天王寺さんも何かを、言おうとしていた。
……だが。
「――何でもない、です。……帰ります」
喉まで出かかったものは言葉にならず飲み込まれ。
代わりに。
予め決まっていたかのような、機械的な応答のセリフが吐き出されてしまう。
……今の天王寺さんには、そんな暗い雰囲気があった。
「ちょっと待って!」
反射的に呼び止めた。
何か考えがあったわけではない。
だが今にもどこかへと駆け出し、消えてしまいそうな天王寺さんを、放ってはおけなかった。
「……?」
「えっと、その――あっ! ならさ、俺も丁度サボろっかなって考えてたところなんだ。だからちょっと付き合ってくれない?」
中川さんが言ってくれた“自由に行動してほしい”という言葉通り、ありがたくフリーで動かせてもらうことにする。
そうして閃いたアイデアを実行すべく。
一枚の紙を、脱いでいたブレザーから取り出したのだった。
― ― ― ―
「お~! ジョイポリ、メッチャ久しぶりだなぁ~」
渋りそうな天王寺さんを何とか説得し。
二人でジョイポリスへとやってきた。
子供の時に侑や歩夢ちゃんと来て以来だから、随分と懐かしい気がする。
「無理言って付いてきてもらってごめんね。割引券、年度内が有効期限だったからさ。使わないともったいなくって」
それは嘘でもなんでもなく。
早く使わないととずっと思ってたが、使う機会がなかった。
1枚につき2人までしか割引を受けられないので、誘える友人のいない俺には……うん。
侑と歩夢ちゃんがくれたものだし、その二人に使ってくれと返却するのもおかしいからねぇ。
「……別に。大丈夫、です」
気のないというか、関心のなさそうな返答。
だが一歩エントランスから中に入ると、全然違った。
非日常が演出されている周囲へ、天王寺さんはキョロキョロと視線を行き来させている。
どことなく体の動きもソワソワしている、かな?
表情の変化は殆ど感じられないが、ワクワク感を持ってくれていることは確かだった。
「そっか……それはよかった」
天王寺さんが嫌がっていないことにホッとしつつ。
その隙に、ちょうどさっき来たばかりのメールに目を通す。
――――
【差出人:中川さん】
相談予定だった生徒の方に付き添われるとのこと、承知しました。
何度も申しました通り非正規の行事ですし、ちゃんと連絡もくださいましたから問題ありません。
むしろ内部進学組の新1年生が持つ不安を解消するという、今日の趣旨に則る行動ともいえるでしょう。
気になさらず。
高咲さんが思うように、その生徒さんにとことん向き合ってあげてください。
――――
「…………」
中川さん、良い人だよなぁ。
真面目・お堅い一辺倒かと思えば、こうした柔軟性もちゃんと兼ね備えている。
そして何よりこの文面から滲み出ているように、静かだが内に秘めたる燃えるような熱さ。
やはり彼女を生徒会長として推せたのは良かったなと、改めて再認識した。
……後は俺を嫌ってる疑惑が無ければ最高なんだけどなぁ。
「――よし! せっかく来たんだ、どんどん遊んじゃおう!」
テーマパークが天王寺さんへかけてくれた魔法や、中川さんに感謝しつつ。
早速アトラクションを巡っていくことに。
「ぬおぉぉ~!!」
「……!!」
世界的にも人気のキャラとタイアップした、体験型の陸上アトラクション。
この前の侑や歩夢ちゃんに対してのように。
俺が負ければアイスか飲み物を奢ると言って煽ると、天王寺さんは面白いように乗ってくれた。
ランニングマシンのようなベルト上に乗って、時に全力で駆け。
時にはマシンに付属するボタンを押しながら、幅跳びやハードル走を体験。
……運動能力的には年長の意地を見せていたが、総合結果で普通に負けた。
「天王寺さん、協力プレイだ!」
「……敵対していた相手との共闘。激熱展開!」
スケボーで使うような半円のボードに二人で乗り込み。
振り子のようにスイングする度、タイミングよく足のペダルを踏みこむ。
勝敗ではなくどれだけポイントを稼げるかの超人気アトラクション。
天王寺さんはまた夢中になって楽しんでくれた。
「っ!! ……コラボキャラの限定フレーム。これは是が非でもクリアしたい」
「このアニメは見たことないけど。……へぇ~今度は謎解きアトラクションか、面白そうだね」
クリアするとその記念写真が撮れるらしい。
歩夢ちゃんのプリクラの一件があったから、写真一つといっても軽視はできないな。
「あっ――……その、ごめんなさい」
だが何故か、唐突に。
天王寺さんから謝罪を受ける。
さっきまでかかっていた魔法から我に返ったというようにハッとして、天王寺さんはすぐに下を向く。
「えっ、どうしたの突然」
「……男の人に、アニメとかゲームのキャラの話して。そういうのを力説する女は気持ち悪いとか、不快に思うだろうから」
あ~なるほど。
要は前世の価値観でいう男が異性に、二次元の美少女について熱弁するみたいなことか。
“俺、彼女いるんだ! 照れ屋で全然画面から出てこないけど……”みたいな?
お互いに気心知れた仲ならともかく、初対面でそれをやるのは流石に引かれることもあるだろう。
このあべこべ世界だと。
女性がそれをやったら、男性から白い目で見られるというイメージが根強いのかな。
……まっ、俺は全くそんなイメージないけどね。
「全員が全員そうじゃないと思うよ?」
安心させるように、笑顔で天王寺さんに語り掛ける。
「少なくとも、俺はアニメも見るしゲームもする。ラノベだって読むよ。それで話が合う人って全然いなくて」
侑と歩夢ちゃんを除くと、学園では本当そっち系の会話ができる知り合い0だからなぁ~。
……いや、知り合い自体がそもそも少ないとか、そういう話は良いんだよ。
まさか人間関係の構築には転生チートが通用しないとは……!
「だから、天王寺さんとゲームやアニメキャラの話ができて楽しいよ。これからもまたどんどん聞かせて欲しいな」
「あっ、“
やはり表情の変化自体は少ない。
だがそれでも。
天王寺さんが心から喜んでくれているということは、一目見ただけですぐに察することができた。
声の弾み方や細かな仕草も含めて判断すると、むしろ天王寺さんはかなり分かりやすい方だと思うなぁ……。
― ― ― ―
一通りアトラクションを体験して。
出入り口付近にあるアイスを買って締めくくることに。
「なんだこの粒々は!? これが次世代のアイスなのか!?」
大きな1つの固形型ではなく、カップに無数の小さな粒が集まった不思議なアイスだ。
口に含むとサラサラとし。
歯や舌に張り付く感じが、また童心を思い出させてくれて楽しい。
「天王寺さん、どう? そっちのって味は違うんだよね?」
前回の歩夢ちゃんの時と同様、しっかり敗者としての約束を守り。
アイスを奢ったのだが、対面にいる天王寺さんからは反応がない。
チラと顔を上げると、目が合った。
アイスはそのままに。
テーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せてボーっとしている。
こちら、というか。
俺をジーっと見てるっぽい。
……何?
口内にアイスが張り付いた姿がそんなに滑稽ですかい、お嬢さん?
「……天王寺さん? おーい」
「……あっ――っ~!」
呼ばれ、目が合ったことに気づいて。
ようやく我に返ったように、天王寺さんはハッとする。
直後、言葉にならない声を上げたと思うと、恥ずかしそうに頬を赤に染め。
さらに手で顔を覆い。
しかしやはり、指の隙間からチラリとこちらの様子を覗いてきた。
……やっぱり反応が分かりやすいし、可愛いな。
「ふぅ~今日は遊びに遊んだなぁ~!」
外はもう暗くなり、建物の明かりが東京の街を彩り始めている。
侑や歩夢ちゃん以外の人とここまで遊びつくしたのは初めてかもしれない。
「…………」
「…………」
楽しい1日が終わってしまう寂しさや名残惜しさがあり。
しばらく無言で二人、余韻に浸る。
それも気まずい沈黙ではなく。
周囲の喧騒を耳にするだけで心地よい時間だということすら、天王寺さんとの間で共有できている気がした。
だがやはり終わりはやってくるもので……。
「――あの、高咲さん。……ありがとう」
天王寺さんは不意に、歩きながら振り返り。
恥ずかしそうにしながらも、しっかりと思いを言葉にしてくれた。
「私、この表情のせいでずっと友達できなくって。高校でも上手くやっていけるか凄く不安だった」
だからこそ、今日の相談会にやってきたという。
しかし最後の最後で、やはり怖くなって帰ろうとしたのか。
……人によっては、だ。
そうした相談会に出席しようとすること自体、そもそもハードルが高いという場合もあるからねぇ。
なのに天王寺さんは今日、それでも勇気を振り絞って。
自分を変えようと、その直前まで足を運んでくれたんだ。
……その努力に、頑張りに。
少しでも応えてあげられたのなら嬉しい。
「……でも。今日のことで、頑張ろうって。そう思えたから」
「そっか。……じゃあ今度はちゃんと1年生になったら、お祝いにまた一緒に来ようか」
その場しのぎや社交辞令の言葉などではなく。
本心からのお誘いだと、天王寺さんにもちゃんと伝わったらしい。
「ぁっ――うん!」
高揚感を全身に滲ませ。
弾んだ声で、力強く頷いてくれた。
その後。
新年度用の新たな割引券を獲得することから始めるかなど、具体的な計画の相談を楽しみながら帰路についたのだった。
書くにあたって1期の6話、何回か見返しました。
本当、エモエモすぎますね……。
アイス食事中にハッとした後の赤面チラ見や、入口前で振り返っての照れ「……ありがとう」はMVを参考にしてます。
6話で愛ちゃんへと渡すことになるであろう割引券は新年度用だろうからと、璃奈ちゃんが高校に上がる直前でのお誘いなら矛盾しないかなとこうした展開になりました。
つまりお話外で二人が入手することになる割引券の内1枚がそれに……という感じですね。
同じく6話でのVRゲーム後、歩夢ちゃんから「来るのは子供の時以来」的な発言があったので、侑ちゃんと翔君も同じく子供の時以外にはジョイポリスに来てない設定となってます。
着々と原作開始に近づいてますね!
当初の想定通り9人それぞれとの絡みを書いて、ちょうどスタートぐらいになりそうです。
次は果たして小悪魔系の後輩か、はたまは大女優系の後輩か!?