暁の水平線に戦い続ける歓びを 作:相浦鎮守府提督
第1話
鎮守府が燃えていた。
徒歩でここまで来たが、引き返そうかどうしようか悩んでいた。気温は不明でとにかく暑い、GPSはイカれて現在地不明、歩いてきた時間を考えるとあと少しかもしれないが、どこかで道を間違えている場合はガチャで爆死する課金兵の如く歩き続けるしかない。なお、確率は公開されない。
これから着任する鎮守府は僻地である。佐世保が陥落した今、臨時に設立された相浦鎮守府である。敵は佐世保の制圧でしばらく動かないであろうから、目立たない廃止発電所にこっそり鎮守府機能を設置し、いずれ行われるであろう反攻作戦の橋頭堡にする計画、だそうだが、佐世保に近すぎやしないか。周辺は避難済みでゴーストタウン、元々僻地だとしても最寄り駅からあまりに遠い。最前線、九州最大のライフライン松浦発電所前駅より山越え徒歩5時間、略奪されてないデイリー(コンビニ)で勝手に購入したお茶や水のボトルが次々に空になる。徴用されたばかりのなんちゃって軍人にこいつはキツイ。
山を下りきってしばらく、やっとそれらしい煙突が見えた。予算がなく解体されず残っており、漁師に目印として重宝されているという話だったが、どうにもおかしい。私の目が暑さでやられていなければ、煙突から煙が出ているように見える。
まさか発電しているわけでは、と思ったが、ここからでは何もわからない。幸いにも行先ガチャは当たりを引けたようだが、嫌な予感がする。
近づくにつれ、だんだんと気温が上がっている気がする。発電所は夏クソ暑く冬クソ寒いと誰かに聞いたが、それとは明らかに違う。
日が沈んでゆく。だんだんと暗くなるが、実に明るい。
巨大なタンクが並んでいる。「火気厳禁」「No.5燃料油貯蔵タンク」「35000KL」と薄くなった表示が見える。見えるのだ。
正門前。ボイラー建屋が燃えていた。
早々にここがバレてしまったのだろう。現実逃避気味にここまで来たが、銃声や砲声、爆発音は聞こえていた。
流石に現実は見たくなかったのだ。最前線どころか敵占領地の目と鼻の先に配属されるということは捨て駒である可能性が高かった。もしかしたら、敵に新たな攻略すべき拠点を与えることで少しでも松浦までの到達時間を稼ごうということだろう。徴用されたときは提督として最低限必要な階級である少佐であったが、赴任先が決まる直前に大佐に昇進した。謎の二階級特進であった。
ともあれ、このままここで突っ立っていても敵の侵攻で死ぬだけである。松浦まで逃げたところで門前払いであろう。私を捨て駒にした連中に何が期待できるというのか。
前へ。未だ砲声はするので、戦闘はまだ続いている。私が指揮すべき艦娘はそこにいるのだろう。
敵の艦載機が我が物顔で飛んでいるのが見えた。所内緑地が放置されていて助かった。伸びきった雑草と木が私を隠してくれている。足に何か当たって転がる。白い棒……かろうじて記念植樹の文字が読めた。もし生き伸びることができたら、私もここに記念植樹をしよう。生存記念だ。
屋内開閉所の角を曲がると、人影があった。海上ではなく陸上、広場で主砲や対空砲を撃ちまくっている。いつから艦娘は沿岸砲台娘になったのだろう。
海を見れば、敵艦隊は見えない。レンジファインダーつき双眼鏡で目標を確認するが、見えるとしたら5km弱より近い場合に限る。12発の着弾が確認できた。いずれも爆発しないか、地面に埋まってからの比較的小さな爆発だったのでAP弾、着弾よりだいたい42秒遅れて砲声が聞こえた。この特徴的な音は……あの特徴的なドヤ顔ダブルシールドのル級2隻と……艦載機からみてヲ級、それと随伴駆逐艦がいるだろう。距離28000、長門の射程が30000mだからギリギリか。周囲の駆逐艦は対空砲で艦載機の対応をしている。
「こんにちは諸君」
聞いちゃいねぇ。
こんなドカドカ主砲を撃っている中で、声が聞こえると思った私が馬鹿だった。近寄るのも躊躇われる。あれ確か長門だったか、戦艦主砲のマズルブラストでバラバラにはなりたくないのである。もしかしたらならないかもしれないが、KYは大事なのだ。危なそうなところに近づかない。射線に入らないよう、海と艦娘の間にも行かない。
しかしこのままではまずい。艦娘は提督指揮下にいると認識することで、士気をはじめとした性能が充分に発揮できるという。私がここにいるだけではカカシと変わらない。そういえば、カブトムシを提督と誤認させることで一時しのぎをした鎮守府があると聞いたが、今度調べてみよう。
いい手が思いつかず、とりあえず背嚢から水の残ったボトルを取り出し、見える場所に投げてみた。何人か気付いたようで主砲をこちらに向けた。撃たれないうちに手を降ってみる。
「司令官!?」
「なんだと!?」
やっと気づいてくれたのはいいが、全員がこっちを向いて砲撃の手を止めた。慌ててハンドシグナルで攻撃継続を指示する。
「吹雪ィ! 来ォい!」
どうにも対空攻撃が苦手なように見えた吹雪を呼んだ。長門の砲撃の合間なら、叫べばどうにか聞こえるようだ。現場で意思疎通をしてきた経験がここで役に立つとは。
「はじめまして司令官! まさか来ていただけるとは!」
「あのうるさい中で長門に声が聞こえていたな! 通信かなんかしているのか!」
「はい! 何か伝えましょうか!」
「その前に! 長門の砲撃中に人間が近寄っても大丈夫か!」
「大丈夫です! 耳栓だけしてください!」
朗報であった。すぐさま長門に駆け寄る。
「司令官! 戻ってください! 危険です!」
「連中はヘタクソな上APだ! そうそう当たらん! 吹雪はとにかく弾を撒け!」
長門は最も海岸に近い。少しでも敵と近付こうとしたのか。
「長門! ちょっと私の言うとおりしてみてくれ! ものは試しだ!」
「こんな状況だがよく来てくれた! 何か手があるのか!?」
「敵位置はわかるか! できるだけ詳細にだ!」
「水偵をあげた! 煙突に見張りの満潮もいる!」
「上等! 主砲の照準を任せろ! 発射も私の合図通りに撃て!」
「面白い! では任せる!」
長門の弾道特性は先程から見て覚えた。発射時の癖、反動モーメント、発射遅延、砲身の加熱。そして環境も覚えた。風は2kmあたりで西風2mほど。海上の気温はかなり低い。敵は舐め腐ってほとんど回避運動をとっていない。砲撃が止まったのをこれ幸いと直進している。
水偵からのやたらと細かい位置情報を長門から聞かされ、右側から一番、二番、三番、四番砲塔と方位と仰角を合わせていく。手を添え、ゆっくりと位置を長門に教える。
「くっ、水偵が落とされた!」
長門が悔しげに告げる。だが感傷に浸る暇などない。零式水偵の妖精さんの情報は充分だった。これを最大限に使うことこそ、彼女らの手向けになろう。
「問題ない! よし。斉射ァ!!」
「ッ射ェエエエエッ!!」
しゃがんで耳をふさいでの命令である。格好はつかないが、目も閉じておけばよかった。砲声が肺を叩き、マズルフラッシュが眼を灼いた。
一回斉射できればそれでよかった。長門の通常弾は零式榴弾であり、徹甲弾に比べれば戦艦の装甲をブチ抜きづらいが、正確に弱点に叩き込めばどうだろうか。幸い、深海棲艦は強くなるほどに人の形をして弱点が明確になる。
「あー、すまん、誰か命中確認してくれ」
真っ白になった視界の中で頼んでみる。
「了解です司令官! 満潮ちゃん、弾着観測お願い!」
着弾はには52秒ほどかかる。長門は次弾を装填したようだ。
「長門、撃つな。着弾まで待て」
「弾着観測か。しかしここからでもわかるのか?」
「まぁ見てろ」
敵からもこちらは見えていると考えてよかろう。発砲炎も見えただろう。そして連中は直進。長門もまた砲撃がうまくなかった、早々当たらないと踏んでのことだろう。
「こちら吹雪! ……命中!? 全弾命中です! しかも頭に!」
「は?」
「なんで?」
長門は疑う声をあげ、私は疑問符を浮かべる。砲塔1基あたり1隻と、硬い大型艦のために腹パンコースを選んだはずだ。
「駆逐イ級……3隻轟沈! 空母ヲ級1隻速度低下、沈んでいきます! ル級2隻……大破!」
「ル級の腹にはあたっておらんか」
「はい……盾部に弾痕を確認しました!」
吹雪の着弾報告は、概ね予想通りであった。狙いが甘かったか。
「長門、今の感覚、わかるか?」
「ああ、なんと心地よい砲撃だ……胸が熱くなるな……」
「残り2隻、いけるか?」
「やって見せてくれたのだろう? これで動かねば長門の名が泣く」
「言って聞かせずともやってくれるとはな」
駄目だと言われたらどうしようかと思ったが、杞憂で済んだ。やはり視界の大半は真っ黒に灼けているが、だんだんと回復している。夕方に発砲炎を見ないことを戒めた。今度は溶接面でも持ってこようか。
「射ェ!」
とっさに目と耳を塞ぐことができた。
「……違う、こうではない」
長門が疑問符を浮かべる。私には見えないが、その弾道はやはり「違う」のだろう。
「外したか」
「いや、当たる確信はあるが、違うのだ」
吹雪が命中を宣言した。
残存航空戦力を駆逐艦が掃討している。ちょいちょいとコツを教えたら、見違えるほどに命中率が上がった。音速を超えないくせに装甲は薄いのだ、慣れれば戦艦主砲でさえ当てられる。
私は地面に座り込んでいる。至近弾はなかったとはいえ、喰らえば即死の戦場に立っていたのだ。軍歴数ヶ月の初陣にしてはよくやった方ではないか。
「散々な初陣だったな」
「長門もか」
「私は余り物でな、建造されてからこのかた一度の出撃すらさせてもらえず解体を待つばかりだと思っていた」
「彼女らもか」
「駆逐艦は特に余るのだ。最近では、竣工即解体が通例だな」
「捨て艦に捨て提督か。つくづくここは時間稼ぎの捨て石なんだな」
思えば徴兵から配属まで、人道もクソもないことの連続だった。幸か不幸か、人質になるような人間がいなかったせいか、財産も住居も何もかも奪われ、軍だけが居場所であるように仕向けたのだろう。だがそれは同時に『無敵の人』を作る結果となるのだが、昨今の軍人とは浮世離れしているのだろうか。
「長門、失うものはあるか?」
「この身のほかには……いや」
残光でわずかに見える顔、その目がまっすぐ私を見ていた。
「提督と、彼女たちだけは失いたくないな」
「そうか。じゃあ……」
ここに来たときに決めたことを長門になら、いや、今この艦隊になら告げてよかろう。徴兵されたとき、家と財を失ったとき、相浦に配属命令が決まったとき。そのたびに明確になっていったその意志を。
「いづれ、大本営を焼き尽くす。付き合わないか?」