暁の水平線に戦い続ける歓びを 作:相浦鎮守府提督
燃料が燃え尽きたボイラー建屋は、まだ形を保っていた。片道とまでは言わないまでも、作戦行動をするにはあまりにも少量の燃料では、いくらボロで冷却水がないとはいえ、頑強な建屋を崩壊させるには足りなかった。それでも安全のため、これを見張り台に使うことを禁じた。あまり気は進まないが、煙突に見張りを立てる方が利点が大きかった。明日にでも、緊急脱出用ロープを配備しよう。手袋とハーネスもつけよう。
煙突の航空障害灯が気になったため、配電盤を探し出し、その電源を落とした。どこかに電池か何か、停電しても点灯できるような電源があるようだが、下手に手を出すと感電しかねないのでやめた。私は専門家ではないのだ。
かつては佐賀から煌々と輝く福岡の灯が山越しに見えたと言う話もあったが灯火管制もあって完全に暗闇であった。今日は新月で、星明りが綺麗だった。
朝になったら周囲の店から空き巣と洒落込もう、と艦隊に告げた。私の正気を疑いよう面々であったが、とある紙切れと説明をすることで不本意な顔が多いながらも納得していただいた。この近辺の住民は、強制避難で家財から家から土地からなにもかも所有権を放棄させられている。軍は佐世保絶対奪回を佐世保避難区の住民------佐世保難民に約束しているが、これでは佐世保奪還の目処などない、と言っているようなものだ。私達の相浦派遣が、松浦で防衛線を張るための時間稼ぎだろうと予想したのも、この件があったからだ。
「暁、拝借したものの一覧は絶対に間違えるなよ」
明日の空き巣は、できるだけ奪った物に対し補償をする気でいた。配属前に一応上司に言質をとって、命令書も書いてもらっていた。新任の提督に言われるままホイホイこんなものを書くあたり、私の生還は考慮してなかったのだろう。件の紙切れの正体である。
そして今、明日の空き巣任務にあてた第六駆逐隊の旗艦、暁を残して、段取りを終えるところだった。六駆の他の面子には説明をして、「ほしいものリスト」の作成のため、艦隊の歴々に聞いて回ってもらっている。
「そんなに何回も言わなくたって大丈夫よ。一人前のレディなんだから!」
気品の片鱗は感じられるが、ちんちくりんで精一杯背伸びして届いていないように見えるのは憐れむべきか、微笑ましく思うべきか。少々不安だったので、こうして念を押しているのだが。
「まだまだ淑女には遠そうだ」
「あら、どうしたら一人前と認めてくれるのかしら」
口を滑らした私の言葉に、しかし暁は怒らなかった。これは意外だ。
「そうだな。まだ行動が子供っぽく見える。落ち着きと余裕が足りない」
先程慌ててこの部屋に飛び込んできたのを思い出してか、それとも他に色々心当たりがあるのか、恥じるように赤面する暁。
「響みたいに、ってことかしら」
「響は確かに落ち着いてはいるが、それは暁の目指すレディなのか?」
響は淑女というよりは、人のふり見て我が道を行くといった感じである。
「違うわね」
「うむ。となると……まずは目指すべき淑女と言うものを思い浮かべてみろ。暁がどうなりたいか。具体的な形を考えて、そうなるために努力すれば立派なレディになれるだろう」
「わかったわ!」
「じゃあ、明日に余裕をもって起きれるようにもう寝ようか」
「そうね! 夜ふかしはお肌に悪いって言うし。おやすみなさい司令官!」
駆け出そうとして、ふと立ち止まる。そしてしずしずと歩き、丁寧に扉を開けて出ていった。
まだやることは残っている。当面の目標は佐世保攻略、これに尽きる。これの完遂なくして私達の生存はもはやありえない。相浦鎮守府は通信設備もなく、軍からの資源輸送は望むべくもなく、敵は大軍港を我が物とし物量で押し寄せてくるだろう。
燃料は無く、弾薬も限られる以上、一回の攻撃にて陥落させるしかない。運が良ければ資源を得られるかもしれない。全賭けの大博打であるが、これに勝たねば死ぬだけだ。
そのために準備はしておかねばならない。戦いの前にどれだけ準備ができるかで勝敗が決まると、私はHoIで学んだはずだ。ゲームがそのまま現実に反映できるなんて思っていはいないが、まっとうに戦術を教えてもらってない以上、参考にできるものはそれくらいしかなかった。砲撃と空爆で敵を減らして歩兵で占領、とはなんのゲームだったか。
長門の主砲は『砲撃シム』との異名をもつとあるゲームで撃ちまくったため、なんとなくわかるが、相手の拠点がどうなっているかわからない以上は、いくら精密砲撃ができても当てられない。
近所のデイリーからかっぱらったマップルで、佐世保が見られる位置を確認する。双眼鏡や通信機を置いていそうな店も探す。そうだ、レーザー距離計もあれば便利かもしれない。
「以上、敵拠点偵察作戦の概要だ。質問は?」
第十八駆逐隊の面々に問う。練度もなく、ほとんど素人であるという彼女らでも、なにかいい手を思いつくかもしれない。敵機撃墜数が比較的多めだったのと、不知火の目つきが尋常の者のそれではなかったので選んだが、そう悪い選択ではなかったようだ。
「私達は戦闘に関して素人です。司令の指示に従います」
この鎮守府の所属艦娘が、全員まるっと建造されたばかりで実戦どころか教育も訓練されていないことは長門から簡単に聞いてはいたが、そのことに対して不知火は割り切り方がすごい。現実主義者で合理的、生命が絡まないゲームの戦闘では、かなり厄介な相手になるのではないか。
「私達も、司令だったら安心して従えるわ」
「不本意だけど、ク、司令官なら大丈夫だって信じてるわ」
「司令官……」
そしてもう一つ。こいつらは私を歴戦の名提督とでも勘違いしているのではないだろうか。艦隊指揮など、ゲームでしか経験がない。
さりとて、ここでそれを否定するのも士気に関わる。信用されすぎても困るが、そこの匙加減が難しい。盲目的に従われても困るのだ。私は千里眼を持った予知能力者ではないので、より良い方法があったり、命令に疑問があったり、そもそも前提が間違っている際に意見できる程度の関係が理想だ。提督など、しょせんはオペレーターに過ぎないのだ。
「気楽に行こう。敵がいたら逃げる。隠れる。バラバラに散って、相浦に帰ってこい。生きてれば次がある。この地には守るべきものなど何もない」
私達は、要約すれば「相浦鎮守府に行け」という命令しか受けていない。相浦鎮守府を死守せよとか、そういうのがなかったのは僥倖であった。従うべき命令がないのである。ここには通信機もないため、指示を仰ぐこともできない。命令系統から完全に切り離された存在である。
「こっから先は、生きるための戦いだ。初戦さえ始まってない準備段階で死ぬのなんか嫌だろう?」
『へっくしょい! ちくしょー! 誰かあたしの話してんな⁉ 人気者は辛いぜー!』
外からでかいくしゃみが聞こえた。私の話は聞こえていないであろうが……。
お前の話をしていたわけではない。これだけは偽らざる本心であることを申し上げておく。
「それでは、命令を下す。生きて帰れ」
「了解」
「了解よ! よろしくね!」
「了解よ」
「……了解」
バラバラではあるが、咎めはしない。私はそもそも軍人であるという意識は皆無だし、そもそも彼女らにそれを強いることもあり得ない。
解散を命じて、私は明日に備えて寝ることにした。
夢の一つも見なかった。タービン建屋の奥底の中央制御室では日の一つも入らない。もしかしたら寝過ごしたか、はたまた夜かと思ったが、中央制御室外の窓から射す光がまだ朝だと教えてくれる。
「おはよう司令官! 起きてたのね!」
陽炎が起こしに来てくれたようだ。
「ああ、おはよう。今日はよろしく頼む」
夜襲もなく、しっかりと眠れた。文明の灯はなく、文字通り暗闇である夜というものは、人に深い眠りをもたらしてくれるようだ。
「私は準備できてるけど、駆逐隊のみんなはもう少しかかりそうよ」
「そうか、私も準備ができしだい向かおう」
「了解よ!」
陽炎型姉妹の長女だからか、しっかりして元気だ。このような絶望的な状況で、あのように振る舞ってくれるのは有り難い。
「さて。楽しい楽しい情報戦の時間だ」
走り去る陽炎を見送って、私は気合を入れた。
ぞろぞろと市街地を歩き、やたら席の多いハイエースを手に入れた。記録は不知火に任せる。どこでどんな物をかっぱらったか。軍上層部に知れたら『徴発』とか、そういった言葉で書き換えられそうだが、今はとにかく使えるものを使う。幸いオートマチック車であるため、最悪の場合は運転経験のない駆逐艦でも運転させられる、と思う。備えあれば憂いなし、万が一の場合は自分の生存を最優先せよと命じてある。
近隣のスポーツ用品店、スーパーマーケットなどを回り、必要なものを盗んでいく。略奪の跡はなく、目的の物は大半が手に入った。この辺りは秩序的な避難ができたようだった。
家電量販店にあったパソコンとプリンタ、これだけは個人的に確保しておきたかった。私が持っていた……軍に奪われたパソコンとは雲泥の差だが、Officeが入っている。インターネット回線が確保されていない状態では、これだけで充分だ。
のろのろよたよたと4tユニックがホームセンターに到着した。運転席から降りてきた暁を見て驚いた。
「あ、しれーかーん!」
嬉しそうに手を振る暁だったが、クラッチ操作やペダルに足が届くのかとかいった疑問が脳裏を駆け巡ってそれどころではない。
「どうやって運転してるんだ……?」
「第六駆逐隊の連携を甘く見ないでほしいわ」
続いて降りてくる響、雷、電。全員運転席から。
頭を抱える。足が届かないなら姉妹に踏ませようという、ギャグ映画でしか見たことのないようなまさかの発想である。操艦は乗組員の連携によるものだから、もしかしたらユニックの運転を連携して行うくらい楽勝なのかもしれない。
「なかなかのデカブツだ。お嬢様がたは何を運ぶつもりかな」
「みんなが色んなものを書くから、一度で全部回収しようと思ったのよ」
あまりにも大雑把だった。
「そうか。記録はしっかりしろよ。事故には気をつけろ」
「任せて!」
ぶつけた痕跡もないし、できるだけ多くのものを一度で運ぶのも理に適っている。街と相浦鎮守府を往復すればするほど、移動する時間が増える。軽油の消費も馬鹿にできないが、敵の哨戒機に見つかる可能性も上がる。陸とはいえ、ここは敵地で空はどこまでも繋がっている。
「司令官、準備ができました」
ノートとバインダーを持った不知火の他には、両手に買い物かごを持った駆逐艦たち。観測機材と水と食糧が満載である。菓子類が混じっているのはご愛嬌。程々に緊張して、程々に気楽にいこう、と言ったのは私だ。遠足気分はちょうどいい。
目的地は弓張岳展望台とした。コンビニの観光案内で佐世保市街地から港までが一望できると書いてあった。帝国海軍時代に対空砲陣地が設置された経緯から、もしかしたら敵がこの場所に対空砲でも仕掛けているのではないかとも考えたが、それも含めての偵察である。敵がいたら、第二候補の烏帽子岳にみんなで登山だ。
無人の街でよく響くハイエースのディーゼル音を聞かれないように日野小学校付近で降りて登山と洒落込む。随伴には物静かそうな霰を連れ、残りの十八駆にはハイエースで待機してもらい、敵がいなければ霰の通信か発光信号で展望台まで来てもらうようにした。小学校の前で駆逐艦とハイエースを並べると、ひどく犯罪的な香りがするな、などと思ってしまったのは、きっと疲れているからだ。
鬼が出るか蛇が出るか。網とアロンアルファで作った即席ギリースーツを纏い、霰に着せ、目立たぬよう道路を外れ、道なき道をひたすら歩く。ようこそプリピャチ。深海棲艦相手に銃は意味がないので食料と水だけのリュックのみを持ったピクニックだが、敵地である緊張感からかやたらと疲れる。また、無人化して3ヶ月ではあるが、野生動物や野生化した家畜などとの遭遇もあり得るかもしれない。野犬は会いたくない動物上位ランカーだ。
霰は静かに私についてきている。野生動物相手には、霰の三年式C型連装砲だけが頼りだが、これを使ったら遠かろうが佐世保の敵に気づかれると思われるため、最終手段となる。日本の銃砲店にサプレッサー付狙撃銃とか拳銃とかあれば、せめて九二式重機があれば、などと無い物ねだりをしてしまう。12.7cm通常弾(榴弾)よりかは静かだろうが、我が艦隊では誰も持っていなかった。
「…………」
ハンドシグナルで近寄れと伝える。一度に全部は覚えられないだろうと、十八駆には『来い』『動くな』『伏せ』など簡単なものだけを教えておいた。訓練ができるようになれば、いずれ全部教えたい。
「…………」
「現在地の確認と休憩だ」
艤装もなく、あどけない顔で見上げられると、ただの女の子にしか見えない。抱きしめたくなるが、それは気の迷いだ。気を抜くと死ぬのはゲームでも現実でも変わらない。すぐに離れていく霰を名残惜しく思う煩悩に喝を入れる。女の子に免疫がないからといって、駆逐艦にうつつを抜かすのはよろしくない。私はロリコンではないはずだ。
コンビニや家電量販店で手に入れた電池やUSBバッテリーでスマートフォンを使えるようにした。回線はなくともGPSもGoogleMAPも使える。多少のズレはあるだろうが、現在地はペンション丸太小舎の西400mほどだ。ここまで道なき道を登ってこれたのは意地だ。霰が合わせてくれるからいいが、本当に行軍であればとっくに脱落していただろうことは想像に難くない。今だけは、強制された訓練に感謝しよう。そしてこれからも体力だけは維持していかねば。いざというときのために。
休憩は霰のためのものではないので、私が回復すれば出られる。流石は艦娘、鋼の骨格と高分子素材の筋肉は伊達ではない。疲れないわけではないが、人の身である私と比べれば疲れ知らずと言っても過言ではない。時には何千kmもの距離を不眠不休で征くのだ。
「行こう」
「……はい……」
目的地は目と鼻の先だ。霰も気が緩んだのかその逆か、この道中で初めて口を開いた。
たった2kmほどの行程を4時間かけてたどり着いた展望台では、何も動くものはなかった。見える限りでは敵影はなく、野生動物にも遭遇せず、何事もなくたどり着けたことは幸せなことだろう。森の中で少しばかり休憩し、弓張公園から弓張の丘ホテルまでクリアリングする。敵に見つかればお陀仏、オワタ式であるので隠れられる場所から目視で確認するだけだが、人型をとる深海棲艦は艤装を含めるとかなり大きいため、おおよその死角からははみでる上、建造物に入ることもない。トイレやホテルの中は無視していい。
たっぷり1時間かけて確認し、ここに敵はいないことを確信できた。
「霰、陽炎たちに発光信号を送ってくれ」
「……わかりました」
万が一にも佐世保から見えないよう、山影に移動して発光信号を送るように指示していた。その間に、私は展望台でコイン式双眼鏡で佐世保を眺めていようと思っていた。
人影があった。
すぐさま伏せ、霰が戻ってくるのを待つ。展望台の柱の影で寝ているとは思わなかった。深海棲艦が寝るとか、艤装を外すとか、そういった今までの常識を撤回する必要があるかもしれない。もしかしたら逃げ遅れた民間人かもしれない、という楽観はない。佐世保が敵の手に落ちて何ヶ月経ったか、それまで艦娘の庇護化にない人間の生存率など極々低い。死体かもしれないが、だとしたら匂いで気づく。
心臓が単気筒ディーゼルかと思うくらいうるさい。自分の他に聞こえる訳はないが、ナイフをブッ刺して今すぐ止めしまいたいと血迷うくらいにはうるさい。必死に息を殺し、深呼吸もできず、酸欠になりつつある頭が回るうちにどうするか決めなくてはならない。
音を立てないようにその場を離れることを決めた。気付かれてはいない。ゆっくりと立ち上がる。ゲームではないので、這いずると音が出る。忍び足で、足音を立てないように動くのが正解だろう。
「司令か……」
霰の声が途切れた。言い切れなかったのか、叩きつけられた脳が意識を飛ばしたか。正常な思考ができない。状況が判断できない。ここで死ぬのだ。霰が砲を向けているようだ。誰に。
「霰……さん……」
水気のない、乾ききった声帯がこすれるような声。これを私が「アラレ」と判別できたのは不思議極まりない。
「大淀……さん……?」
誰、だっけ。
軽い脳震盪のようだ。2週間から6週間は頭を守らねばならない。ヘルメット必須だ。霰に瞳孔を確認してもらったが、左右で大きさが違うということもない。頭痛や二重に見えたり認識困難はない。
元凶たる大淀は、私の提供した昼飯を食っていた。ボサボサで大きく膨らんだ髪、汚れきった服、割れた眼鏡、荒れた肌。言われなければ、山姥と誤認したのではないか。幸いにも悪臭はそれほどではない。覆い隠すような錆と重油の匂いが、彼女が艦娘であると教えてくれる。いや、さきほど人ならざる力を思い知ったが。彼女が整備不良であったことを感謝しよう。
「ごちそうさまでした。佐世保が落ちてから野生動物が減ってしまいまして……」
持っていた水を全部のんだからか、ずいぶんと聞きやすい声になった。
「いないのか」
とすれば、野生動物に対する警戒はしなくてよかったのか。次から楽になるな。
「深海棲艦の拠点付近では、生物の生きていける場所が限られているようです。海上で生存者はことごとく捕食されていましたので、食べられてしまったのかもしれません。漁場が限られているので、艦隊でサンマ漁をしたこともあります」
大漁旗を掲げた艦娘を何度か見たことがあった。資金獲得量を増やすのではなく、本来の用途で使っていたようだ。当時の私は頭の悪いことばかり考えていたな。
「ときに大淀はなぜここに? 私は佐世保の艦娘は全員撤退したと聞いたが」
上官を名乗る軍人から聞いたわけではない。佐世保陥落のテレビ報道で聞いただけだ。不愉快な言い回しだったため、すぐに切ってしまったが。
「私達は、見捨てられていたのですね……」
その表情からは諦めと絶望がみてとれた。
「失礼しました。救援で来てくださったというのに」
「いや、私達は救援ではない」
「えっ。どういうことですか?」
「時間稼ぎの捨て石だよ。相浦発電所に鎮守府を立てたことにして、敵をそっちに引きつけようって魂胆だろう」
「そんな……いえ、今の海軍なら納得できることでした。最近の劣勢で、有能な提督から戦死されていますから」
なるほど。じゃあ大本営を焼き尽くす大義名分も立てやすい。いいことを聞いた。
「ほう。じゃあ君達の提督は……」
「私達の提督と艦隊は、最後まで佐世保の防衛と民間人の避難を優先しました。大本営からは即刻撤退せよとの命令が下っていましたが、提督はそれを無視しました。敵の侵攻が速く、友軍の撤退もままならない状況でした。不慣れな陸上での戦闘で数人の提督が戦死して、その残存艦をかき集め、最後まで踏みとどまると宣言しました。その渦中で提督も被弾してしまい……」
大淀の視線の先には、コンクリートブロックと、それに生けられた枯れた花。
「連中を追い払ったら、まっとうな埋葬をしないとな」
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけでも、提督は報われるでしょう」
陽炎たちが着いたら、お参りをしておこう。英霊に挨拶くらいはしないといけない。
「幸い、敵は私達を見失っていました。しかし、松浦までの退路では戦闘が続いており、戦闘能力を失った私達では突破は困難でした。まだ息のあった提督は、ここで佐世保を監視し、状況を友軍に送ることを命令されました。鎮守府にいる敵の数などを記録し、はぐれなかった雪風さんに松浦まで伝令に走ってもらったのですが、帰ってくることはありませんでした。時折、敵の逆探覚悟で全帯域での通信を試みましたが、返答もなく、ここで敵をずっと見ていました」
なんとなく繋がってきた。大淀の情報は松浦に伝わっているだろう。返答がないのは、通信内容の解析を恐れてか。松浦では普段より多くの艦娘を見たが、これは反攻作戦のためではなかろうか。この段階で松浦が襲われてはたまらないので、目と鼻の先である相浦発電所囮を設ける。あくまで推測にすぎないが、そう外れていないとも思う。
「ありがとう。辛い話をさせてすまない」
「いえ、話せて少し、楽になりました。ずっと独りでしたから」
「そうか」
提督を失い、艦隊も失い、家たる鎮守府も失い、その失った鎮守府が敵に蹂躙されるのを見続ける。有能な提督だったのだろうが、遺された者には少々しばかり酷なことを言い残したようだ。
「私がここまで来たのは、死にたくないからだ。佐世保を砲撃し、敵を殲滅し奪還、占拠する。海軍の連中が来たらこう言って追い払ってやる。『イピカイエー・マザーファッカー』」
大淀がアーマード・コアのレイヴン試験を初めて受けた子供のような顔をした。なにもかもがわからないといった、あの表情。
「提督適正があるからと、民間人を強制徴用して特攻作戦に使うような無能な軍は要らない。友軍を見捨てるような仲間も要らない。私は何があろうと仲間は見捨てない」
賭けだった。大淀が乗るか、それとも。
「大淀。大本営を焼き尽くす。付き合わないか?」
「地獄の底までも」
デジカメで写真を撮り、人間の領域でなくなった佐世保の風景を頭に叩き込む。弓張岳展望台どころか、敵は人や艦娘がいない限り、山に一切入らないという有益な情報が大淀からもたらされた。着弾観測が好き放題できるようになった。建造物配置や敵の数なども大淀が網羅している。砲撃の際は是非とも同行していただこう。
陽炎たちがたどり着き、提督の墓にお参りを済ませ、いざ帰るとなった際に大淀が待ったをかけた。
大淀曰く、陸上では艦は沈まない、大破するのみ。深海棲艦に食われてなければ生きているはず、と。流石に佐世保市街は回収不可能なので、日野あたりを回ることとした。
「いました、武蔵さん……」
民家のガレージのシャッターを開けると、そこで倒れている銀髪褐色肌の女。ほぼ裸で転がっているが、焼け焦げた半身と抉れた肩から見える錆びた肩甲骨が劣情を吹き飛ばしてくれる。
「おお……よど……てい……と……は……」
「残念ながら……」
「…………」
それ以上は何も言うことはなかった。
「運んでくれ」
スクラップと見紛うばかりの艤装は、今回は置いていくしかない。住所を記録して、大淀の艤装ともども、暁のユニックで回収するようにしよう。
「もしかしたら、提督はこのような事になるのを予見していたのかもしれません。大破した艦を隠すように指示したのは、提督でした」
「だとしたら、余りにもでかい喪失だな」
反乱を企てる提督に戦力を供与したという点では、無能と言われるかもしれない。さすがに私のようなのに拾われるとは思ってもいなかっただろう。もし私が来ることさえ考えの内ならば……
「司令官! 武蔵さんを載せたわよ!」
陽炎の元気な声で少しばかり救われる。私と大淀では、雰囲気が暗くなりがちだ。
「次は摩耶さん、五十鈴さんですね」
四肢のうち右脚右手を失い転がる五十鈴と、それを膝枕して座っている、顎がまるまる脱落した顔のない摩耶と呼ばれたヒトガタ。
「どうにかして治療できないものか。相浦には船渠も資材もない」
「明石が生きていればいいのですが……」
「誰か。摩耶に包帯を巻いてやってくれ」
「了解」
不知火が包帯を巻く間、ぎぃぎぃと摩耶の首が軋んでいた。
それから2箇所を回ったが、誰もいなかった。大破はしたが、自力で移動はできる程度だったため、友軍に回収されたか、別の場所に身を隠したか、食われたか。
そして3箇所目にて、再び人の姿を見つけた。
「雪風さん、どうして……」
「松浦から逃げてくる途中で、被弾してしまいました……」
「修理のためにと私のところに来たのですが、資源がなくてどうしようもなくて」
雪風と明石がいた。ちょうど一個艦隊が揃ったが、誰一人として戦闘はできそうになかった。佐世保奪還までは、相浦で留守番してもらうしかないだろう。
全員をハイエースの座席に座らせ、鉄錆の匂いで咽そうな帰路を辿ることになったが、実に実入りのいい遠征であったことは揺るぎない事実だ。
決めた。
明後日、佐世保を奪還する。