学校から帰宅し、早々にログインする。
2.0を導入してから、oリナoの姿でいる時間が明らかに増えた。
その弊害で、ついつい日常生活でも”oリナo”の癖が出てしまっている。
このままでは自分のアイデンティティーが行方不明になるのでは、と悩む事もある。
私は誰なのだろうかと……
椅子に腰かけると、メニューを操作する。
何もない机の上に、急に料理が並べられた。
仮想現実での食事にそこまで意味はない。
ただ、味は本物と変わらないし、刺激を与えられた脳波満腹をしっかり感知する。
当然、現実では栄養補給がなされていないので、別の形で摂る必要があるが……
口に入れた料理の味は、本当に現実と変わらない。
仮想現実でここまで再現出来るものなのだろうか?
ほんの1週間前まで考えられない世界だ。
「うん、ご馳走様。」
メニュー操作で食器を片づけようとすると、入室申請が来ている事に気づいた。
――ユウキ? 誰だろう?
相手に音声通話を飛ばす、流石に面識のない相手を部屋に通すわけにはいかない。
調べた情報では、コンピューターウィルスを持ち込まれる可能性も0ではないらしい。
「もしもし、どちら様ですか?」
「おう、oリナo! 卍エクスカイザー卍だぜ!」
あぁ、卍エクスカイザー卍だったのね。
あくまでもゲーム内での名前なので、2.0の登録ユーザー名は別という事か。
ちなみに私は、ユキさんに初期設定をされたせいでoリナoになっている。
「今鍵開けるね。」
「おう!」
入室許可をすると、卍エクスカイザー卍が部屋に入ってくる。
彼は部屋を軽く見回してる。
「お前って、結構かわいい趣味してんだな。」
「ちょ、それどういう意味!」
彼は面白い物でも見つけたようにニコニコ笑っている。
彼もまた、見た目はゲームと同じ姿にしているようだ。
元々、2.0の初期設定にエレウシスオンラインのグラをコンバートする仕様がある。
プレイヤーの大半はコンバートして済ましているだろう。
しかし、何故エレウシスオンラインだけなのだろうか。
やはり同じ会社からの提供だけあって、そういう部分で提携しているのだろうか?
「隣いいか?」
「うん。」
一通り部屋を見て回った彼は、私の隣の椅子に腰かけた。
先程までニコニコ笑っていた顔が、急に真面目になる。
「お前、最近ユキさんと一緒にレベル上げしてるんだって?」
「そうだけど?」
最初の話題で察しがついた。
そうか、その事を聞きにきたのかと。
「なんだよ、俺も誘ってくれればよかったのに。 いつの間にか12レベルも差がついてるしよ。」
「あはは、2人の方が効率いいかね。」
――しばしの沈黙。
意を決したかのように彼は再び口を開く。
「あの事、責任感じてるのか。」
「え?」
「シャルロットの事だよ。」
「……」
答えられない。
責任は、確かに感じている。 私はあの時彼を見捨てたのだ。
「あれは事故だろ? お前一人が背負う必要なんてないって。」
結局は、あれはきっかけでしかなく。
”貴方にも協力して欲しいの、この世界を取り戻すために”
最初から決まってたのかもしれない事で……
「最近の急なレベル上げもそのせいなんだろ?」
「それは……」
私は見ていられなくて視線を逸らした。
違う、違うのよ。
この思いは口には出せない。 彼にはまだ純粋にエレウシスオンラインの楽しんでいて欲しい。
「シャルロットだって、その内元気に――」
「無理なのよ!」
私の返答に彼の口が止まる。
瞬きも忘れて硬直している。
「だから私がやるしかないのよ! そのために必要な事なの。」
そう、私しかいない。
唯一”マザー”と接触する可能性がある人物である私しか。
その時のためにすぐに強くなるしか。
「お前、なんかうぬぼれてないか?」
「は?」
「自分がやるしかないって? そんなわけないだろ! 一人で背負う必要なんてないはずだろ!」
ごもっともだ、でもこの事案はそんな単純なものじゃない。
知る者と知らざる者、彼にはこのまま知らないでいてくれた方がいい。
だから私は絶対に話さない、彼のために……
「……」
「なんで何も言わないんだよ。」
例え嫌われる事になっても――
「――わかった、好きにしろよ。」
そう言って彼は立ち上がり、玄関に向かって歩いて行く。
その背中は、少し寂しそうに見えた。
「――ごめん。」
彼に聞こえない程の、小さな謝罪の言葉が口から漏れる。
ごめん、ごめんね……
でも、貴方のためだから。
「”反転する世界”」
思いを断ち切るようにエレウシスオンラインへとログインする。
その光が私を浄化するように祝福してくれる。
そう、今は立ち止まってはいけない。
過程よりも結果を見るのよ、私のやるべき事は何?
少しでも早く強くなる事でしょ?
自分に言い聞かせるように……
それが私が出来る、唯一の事だった。