遺跡の中は深い霧で覆われ、前に進むだけでもかなり困難な状況だった。
建物の中なのに何故こんな……
「どうしたものかしら……」
入口から右壁伝いに進む――
霧は深まるばかりで、前は以降に見えない。
「ルナプス、何か見える?」
――ルナプスは首を横に振る。
兎に角進むしかないようだ。
少し肌寒い……
空気が変わったというか、言葉では表せない変化だ。
何かいる……?
しかし、ルナプスは反応を見せない。
私は一度足を止めて周りの気配を探る……アルマ族の特技の1つだ。
人の気配が――1つ。
「ルナプス、そのままゆっくり前進……」
小声でルナプスに指示をする。
モンスターではないが、何があるか分からない。
警戒して近づくのは当然だ。
――弓を構えてゆっくりと近づく。
徐々に霧の中に人影が浮かぶ。
「動くな。」
人影の背後で弓を構えて警告を発する。
「その声……?」
人影はこちらに振り向く。
見た目は壮年の女性だ。
「あんた、こんな所で何やってるの!」
「え……えっ?」
その女性が急に怒鳴ってきた。
あまりの唐突な展開に、どう反応していいか困る。
そもそもこの人は誰なのだろうか?
「でもその恰好――理樹、あんたやっと普通になったのね。」
「――誰?」
私は一層警戒を強める。
こいつ、私の現実での名前を呼んだ。
”マザー”が用意した罠かもしれない。
「誰って、お母さんの顔も忘れたのかい?」
「お母さんって……冗談でしょ?」
私のお母さんは――どうだっけ?
ズキン!
最近よく起きる頭痛がまた襲ってくる。
こんな時に……!
「あんた、ふざけるのもいい加減にしなさいよ?」
「私にお母さんなんていない……」
頭を抱えながら言葉を紡ぎ出す。
そう――いない。
私は家で一人暮らして、両親は子供の頃に――なんだっけ。
思い出そうとすると、頭痛は一層ひどくなる。
自分の事なのに、まるで他人事みたいな感覚。
目の前にいる女性から、母親だという感情が沸き上がらない。
私の態度にイライラしているのか、女性の表情が険しくなってくる。
パチン!
右頬に痛みが走る。
頬を叩かれたと理解するのに、少し時間がかかった。
「あんたはいつまでもそんな訳の分からない事を!」
――女性は涙を流していた。
その姿はまさに母親、という雰囲気だ。
しかし、やはり私には他人事にしか感じない。
そもそもこんな場所にいるわけがない、これは”マザー”の攻撃だ!
私は腕を振り上げて、ビンタし返そうとする――
しかし、私の手は空を裂いただけだった。
女性は影も形も残っていない。
結局は幻影だったという事だ。
――ちょっと待った。
私はルナプスに乗っていたはずだ、何故今一人なのだ。
「おいで、ルナプス!」
指輪が反応しない、どういう事だ。
”ダーメ、ここからは一人で来てね。”
「誰!?」
突然、脳内に声が響いた。
辺りを見渡すが、人影は見えない。
もちろん気配もない……
”次で最後よ、頑張って私の所まで来てね。”
その声はまるで楽しんでいるような声音だ。
おそらく――”マザー”だろう。
徐々に霧が晴れ、目の前にエレベーターが現れる。
試しにボタンを押してみると、エレベーターがこの階に向かって動き出す。
どうやら電源が生きているようだ。
ここでは分からない事が多すぎる、でも進むしかないのだ。
まとめて”マザー”に問い詰めればいい事だ。
私は開いたエレベーターの中に乗り込んだ。