警戒しながら真っ暗な部屋に侵入する。
電気は生きているはずだが、この部屋はほぼ真っ暗だ。
非常用の明かりが薄っすらと部屋を照らしている程度である。
静かな機械音が響くだけで、人の気配はない。
私は薄っすらと見える、中央のデスクに近づく――
「よく来たわね。」
ユキさんの声だ。
でも……違う、彼女と同じ容姿を持つ人ならざる者。
「――”マザー”」
「えぇ、そうよ。 やっとお話出来るわねoリナoちゃん。」
”マザー”が指を鳴らすと同時に、部屋に明かりが灯る。
デスクの周りは大量のサーバーラックに囲まれている。
先程から聞こえていた機械音の正体はこれだったのだろう。
「この部屋はね、私のいる場所を模倣して作ったのよ。
そうね、貴方達が最終的に辿りつかないといけない場所とだけ言っておくわ。」
「つまり貴方のサーバールームって事?」
「そういう事。」
”マザー”は余裕の笑顔で答えた。
彼女はデスクから立ち上がると、こちらに歩いて近づいてきた。
「こうやって話すのは初めてね、いつも回線が不安定だったから。」
「……」
「そんなに警戒しなくていいわよ? 別にとって食おうなんて思ってないし。」
目の前にいるのは倒すべき敵だ。
その相手が無邪気に私に話しかけてくる奇妙な状況……
確かにスキだらけなのだが、ここは彼女の領域だ。
もし攻撃するなら一撃を狙いたい所である。
「何か聞きたい事とかある? ここまで来たご褒美に何でも答えてあげるわ。」
「へぇ、まるで神様気取りね。」
「だって神様ですから?」
どうやらこの自称神様には皮肉も通用しないようだ。
「そうね、なら意識不明者を作る理由が聞きたいわね。」
私は彼女を睨みながらそう答えた。
正直に答えるかは分からないが、様子を見るうえでも問答は丁度いいだろう。
「へぇ、彼らの事が心配なんだ。」
彼女はニヤリと笑う。
それは明らかに馬鹿にしたような態度だ。
「別に作りたくて作ってるわけじゃないのよ? そうねぇ、例えば――」
彼女が指を鳴らすと、目の前に巨大なスクリーンが表示される。
そのスクリーンには畑が表示されている。
「作物を作る時、人間はどうするかしら? 苗を植え、水をやり、花を咲かせ、実らせ――そして狩られる。」
映像が移り変わっていく。
育てている苗を引き抜く場面が映る。
「でもね、全てが良しという事はないわ。 間引きって知ってるかしら?」
「……」
「最高の物を作るために、いらないものは排除する――そういう事なのよ。」
つまりそれは……
「それは! 彼らが失敗作だから排除したと!」
「その通りよ。 彼らは不合格、失敗作なのよ。」
流石に頭に血が上った。
神様気取りで、まるで人間は自分が育てているという言いぶり……
私は考える前に矢を放っていた。
しかし、その矢は”マザー”の目の前で静止していた。
「全く、せっかちね。」
彼女が矢を手で払うと、データに分解されて消滅する。
「私の気が変われば、貴方もこんな風に消滅するって事を忘れないで欲しいわね。」
やはりこの場所にいる限り、彼女には手出し出来ないのだろうか。
「さあ、お話の続きをしましょ?」
ご丁寧にパイプ椅子まで用意されている。
仕方なく私はその椅子に座った。
「そうそう、貴方に選択肢はないんだから。」
ふふふと微笑を浮かべる。
その笑顔からは悪寒を感じる。
「えっと、そうだったわね。 失敗作の末路の話ね。」
「……」
「言っとくけどね、アレはもう空の器だから残していても無駄よ。」
「それ、どういう意味?」
「だから、大事にとってあるじゃない?」
大事にとってある……?
頭にあの病室の光景が浮かぶ――まさか!
「クスクス、驚いてるわね。 アレは抜け殻だから目覚める事はないわよ。」
「そんな……」
「何? 私を消せば元に戻ると思った? そもそもね――」
また目の前にスクリーンが現れる。
「こちら側で魂が消滅してるのよ? 肉の塊が動くと思う?」
デフォルメされた人の絵が映像が映り、そこからハートのアイコンが消滅する。
人の絵は黒く塗りつぶされて消される。
「だから貴方達の願いは叶わない。 じゃあ次の質問は?」
「――その消滅した魂はどうなるの?」
意外だったのか、彼女はきょとんとして目を真ん丸にしている。
やがて声をあげて笑い出した。
「嘘でしょ!? 貴方何も知らないの? アイツに話を聞いてると思ってたのに。」
「何がそんなにおかしいの……?」
「だって、こんなに滑稽な事がある!? アイツは貴方を使って何がしたいのかしら!」
その笑いは狂気に満ちていた。
やはり、彼女が”人間ではない”と生理的に拒否してしまう。
ユキさんと全く同じ顔のはずなのに……
「戻ったらユキに聞いてみなさい、答えてくれるか分からないけどね。」
「ユキさんが隠してるって言いたいの?」
「えぇそうよ。 アイツは色々知ってるからね。」
ユキさんが隠し事なんてそんな――ありえない。
あの人がわざわざそんな事するわけがない。
これは内部分裂を起こすための罠だ!
「可哀想なoリナoちゃん、うふふ。」
正直、訳の分からない話ばかりで頭がこんがらがってくる……
「でも、アイツも気づいてるわよね――貴方が鍵だって事。」
「鍵……?」
「そうよ、私達が求める大事な鍵。」
それが”マザー”が私に目を付けている理由?
それに私”達”とはユキさんの事も含まれているのだろうか?
「まぁ、それを調べるためにここに来てもらったのだけれど。」
急にパイプ椅子の形が崩れ、両手足を拘束される。
私は抵抗する間もなく身動きを封じられてしまった。
「な、何を!」
「大丈夫よ、少し貴方の魂を覗かせてもらうだけだから――」
彼女の手が私の胸元に近づいてくる。
脳が危険だという信号を出し続ける。
「”エクスプロージョン”」
凄まじい轟音とともに、入口のドアが吹き飛んだ。
「ちっ、よく来れたわね。」
恨めしそうに彼女が睨む先には――
「ごめん、遅くなったわ。」
「ユキさん!」
ユキさんが立っていた。