現れたユキさんは、遠目から見ても分かる程傷を負っていた。
おそらくはかなりの数の戦闘をこなしたのだろう。
「そのデータ構築……アンタ、逆にこの施設を利用したわね。」
「えぇ、おかげでユニーククラスなんてものを作れたわ。」
確かにユキさんの衣装が変わっている。
白いローブを羽織り、頭には同色のフードを被っている。
データにはクラス”ワイズマン”と表記されている。
当然ワイズマンというクラスは存在しない。
本来なら上位職のエレメンタラーであるはずのユキさんのクラスが変わるわけがないのだ。
ユキさんがチラりとこちらを見る。
――ものすごく嫌な予感がする。
「”アイシングピアス”」
予感が的中とばかり魔法をこちらに放つ。
いやいや! それ食らったかなり痛いですからね!
手足が自由にならないため、そのまま魔法が直撃する。
激しい衝撃で後ろへと吹き飛ばされている。
私は目を瞑ったまま衝撃に備えた。
――ゴン!
背中に衝撃、正面からは魔法の衝撃。
――かなり痛い。
このまま意識が吹っ飛びそうだ……。
しかし、手足を拘束していたパイプ椅子は砕けていた。
「さっさと脱出するわよ!」
ユキさんの声でなんとか意識を戻す。
バックから赤ポーションを取り出し飲み干す。
”マザー”とユキさんは対峙したままにらめっこ中のままだ。
しかし、彼女の表情は怒りと憎しみに彩られている。
「アンタはいつも私の邪魔ばかりするわね、型落ちが!」
「貴女こそ、機械のくせに感情丸出しの人間の真似事するのはやめたら?」
なんだろう、とても危険な状況ではあるはずなのだが……
なんというか、姉妹喧嘩している微笑ましい光景にも見えてしまう自分が嫌だ。
「ユキさん! なんとか動けます!」
頭を振って雑念を追い払い、叫んだ。
今はとりあえず逃げなきゃいけない。
これ以上ここにとどまっては、二人共やられてしまうかもしれない。
そもそもで、私がユキさんの足を引っ張ってしまう……
「”マザー”、次は遊んであげるから今日は帰らせてもらうわ。」
「そう簡単に逃げられると思ってるわけ?」
ユキさんはバックから何かを取り出して地面に投げつけた。
――閃光。
直後に世界を光が支配した。
誰かが私の手を握って走り出す――おそらくユキさんだ。
「どうやって脱出するんですか!」
「私に考えがあるの、兎に角走って!」
進んできた廊下を駆けて行く。
今の所追ってくる気配はないし、敵の妨害もない。
「色々聞きたい事もあるだろうけど、脱出してからゆっくり話してあげるわ。」
ユキさんは急に足を止めて通路の壁に触れる。
壁だったものは急に扉に変化した。
その中に二人で転がり込む……
中は何かの研究室のようで、機械の棺桶のようなものが何基か並んでいる。
ユキさんは近くの端末に近づくと何か操作を始める。
――何か空気の抜けるような音がして、機械の棺桶が開く
「そこに横になって。」
そう言いながらユキさんは機械に横たわる。
「だ、大丈夫なんですかこれ……」
「つべこべ言わずに横になりなさい。」
モタモタしていたら、いつ追いつかれるかもわからない。
私は覚悟を決めて横になる。
静かな駆動音で棺桶の蓋が閉じる。
――やはり不安だ。
”転送シークエンス開始……”
内部に取り付けてあるであろうスピーカーから機械音声が聞こえる。
これから起きるであろう事に予想が付き、更に不安になる。
「だ、大丈夫ですよね……」
「死にはしないから覚悟決めなさい。」
5―4―3―2―1――
南無三……!
視界が真っ白になり、意識が途切れた。
ぴちゃぴちゃと誰かが私の頬を舐めている。
瞼が重くて開けない、体も鉛を付けられたように動けない。
なんとか左腕を動かして触れる――ふわっとした感触が手のひらに感じる。
あぁ、ルナプスか……
無事で良かったと安堵する。
呼べなくなった時は焦ったが、何事もなくて良かった。
「気が付いた?」
「――はい。」
ユキさんの声だ。
おそらく無事に脱出出来たのだろう。
「このまま貴方をルナプスに運んでもらってここを離れるわ。」
「今どこにいるんです?」
「深淵の森の入口よ、今他のメンバーに撤収の準備をさせてる。」
なんとか生きて帰れそうだ……
安堵からか再び意識が薄れてくる。
ゲームの中で言うのも変だが、眠くなってきた感じだ。
「そのまま寝てても大丈夫よ、どうせまだ”マザー”の影響でログアウト出来ないし。」
”マザー”か……
この深淵の森では色々ありすぎて、頭がパンクしそうだ。
あれが”マザー”の作った幻影か、それとも――
分かった事と増えた謎。
やっぱりユキさんに色々と聞かなければならないだろうか。
増えた点を結ぶ線、そこから浮き上がる真実は何なのか。
そのカギは、恐らくユキさんが握っている。
薄れゆく意識の中、私はルナプスに体を預けた。
お前だってほんとは嫌なんだろ?
――そんな事ないよ。
昔からそうやって、誰かに従えばいいって思ってる。
――違う、これは私が選んだ事。
ずっと親の言いなりでよ、テメェの意思はねぇのか?
――親? 親って誰?
あんたはいつまでもそんな訳の分からない事を!
――貴方は、誰?
見知らぬ男女、思い出したくない青年。
知らない場所、コワイ……
お前はさ、これからどうしたい?
顔の塗りつぶされた青年はそう問う。
何か懐かしさを感じる声。
私が、どうしたいか……?
ワカラナイ。
何も分からない。
慌てなくてもいい、まだ時間はあるよ。
そう言って頭を撫でてくれた。
あぁ、なんだろう……、遥か昔にもこんな風に――