目覚めると病室だった。
首元に触れるとVRヘッド2.0の感触――やはり現実に戻っているようだ。
いつログアウトしかは分からないが、どうやら病院に運ばれて収容されたみたいだ。
周りを見渡してみるが、看護師は見当たらず、どうやら個室のようだった。
「あらぁ、目が覚めた?」
優さんが病室に入ってきた。
手には何か紙の束を持っている。
「はい、まだぼーっとしますが。」
「う~ん、まだ寝てた方がいいかしら……」
ベッドの横の椅子に腰かけると紙の束をテーブルに置いた。
「とりあえず、あの後貴方の身体の安全のためにここに運んだのよ~。 マザーの影響が無いか調べるためにもね~?」
非常に大事な話のはずが、優さんの緩い雰囲気が全てを台無しにしている。
ゲームとの格差が気になる所だ……
コホン――と一度、優さんが咳払いをする。
「それで、検査の結果は?」
「全く問題なし、健康体ねぇ~。」
「そうですか。」
どうやら体に問題は無さそうだ。
ならばすぐにも復帰できるだろう。
「ちょっと失礼するわねぇ。」
「ちょっ!」
唐突に立ち上がるとベッドに上がり込み、横に寝転がってきた。
「椅子に座ったままでもいいんだけど、この方が楽だからねぇ。」
そう言うと優さんは私のVRヘッド2.0の電源を入れる。
――視界が歪み溶けていく。
現実から虚構に切り替わる感覚。
私はいつものように体を委ねる……
やがて同じ病室でも違う世界へと再構築された。
「急にびっくりするじゃないですか!」
「ごめんごめん、でもこっちの方が説明が早いからね。」
言い分はは分かるが、せめて先に言って欲しかった。
ユキさんの強引さには困らせられるが、頼もしい事もあるのは事実だが……
「それで、マザーとは何があったか教えてくれるかしら?」
「えっとですね――」
――森で出会った女性、施設内にいた卍エクスカイザー卍……そして、”マザー”が語った事。
全てを包み隠さずにユキさんに話した。
話を聞くほどユキさんの表情は険しいものとなっていく。
一通り話し終えると、ユキさんは何か納得したように頷いた。
「そっか、そもそもで最初に調べておくべきだったのね……」
「ユキさん?」
「知りたいんでしょ、私と”マザー”の関係を。」
――私は黙って頷いた。
”マザー”はユキさんが色々知っていると言っていた。
それが何故話してくれなかったのか、隠さねばならなかったのか……
「いいわ、きっと今の貴方なら聞く権利がある……覚悟は出来てる?」
「覚悟……と言われたら分かりません。 でも、知りたいです。」
「――じゃあ、ちょっとした昔話を語りましょうか。」
むかしむかし、あるところに地球と呼ばれる星がありました。
この星には多くの生命が溢れていました。
中でも特に繁栄していたのが人間という生き物でした。
彼らは知恵を武器に、電気仕掛けの機械を作り、強固な住処を作り上げていきます。
地球上の生命で彼らに敵うものはおらず、頂点に君臨して自分達の楽園を作っていったのです。
しかし、彼らの楽園は長くは続かなかったのです。
やがて彼らは、自らの住処を奪い合う、”戦争”という争いを始めたのです。
何を語り出すのかと思えば、何故か歴史の授業のような講義が始まった。
何の変哲もない私達人間の歴史……
今だって海外では紛争が耐えず、多くの人間は死んでいく。
この平和な日本でだって、殺人事件は起こる。
その争いは終わりが見えず、人間達は次第にその数を減らしていきました。
そして、気づいた時にはもう人間達は数万人しか残っていなかったのです。
「ちょっと待ってください! 数万人ってどういうことです!」
「こらこら、まだ話の途中よ?」
「だけど……」
そんな事はありえない。
この日本だけでも人口は1億を超えている。
それが数万人? 歴史の授業でもそんな話は聞いた事がない。
確かに大きな戦争は何度かあったらしいが、ここまで酷い被害ではなかったと思う。
でなければとっくに――
”戦争”の影響は大きく、地球は死の星となっていました。
汚染された空気、破壊された自然。
人間以外の生命は死に絶え、命の水は干乾びた。
ある人間は絶望のあまり死を選びました。
ある人間は新天地を求めて星の海へと旅立ちました。
ある人間は生き残るための術を探しました。
そして到達した考えは、地球を再生するという計画だったのです。
しかし、彼らの技術を用いても地球が再生するまでには長い年月がかかります。
当然、再生が終わる前に彼らは滅びてしまうでしょう。
「ではoリナoちゃん、貴方ならどうします?」
「え、えっと……コールドスリープして待つとか?」
なんだかSFチックな話になってきたおかげで少し冷静になれた。
ならばユキさんの質問にもそんな冗談めいた解答をしてみた。
「うん、模範解答ね。 彼らもそこまでの技術があればそうしたんじゃないかな?」
うんうんと頭を振って頷くユキさん。
「でもそれは叶わなかった、そこまでの技術が無かったからね。 だから、私を作ったのよ。」
「え……?」
私には、それが冗談なのか本気なのか判別がつかなかった。
「人類を未来に運ぶ箱舟の管理コンピューター、”マザー”をね。」
それはおかしい、だって”マザー”は……
「そう、彼女も”マザー”よ。 それは間違いではないわ。」
まるで思考を読まれたような的確な返答が来た。
それならば、ユキさんも彼女も”マザー”だとしたら何があったのか。
ユキさんは暫くの沈黙の後、再び口を開いた。
人間達の計画に穴は無かった。
そう、確かに無かったのよ――コンピューターは想定通りの動きしかしないと思っていたから。
でも私は違った……
作られたAIであるはずの私は、計画の最中に人としての自我を持ってしまったのよ。
結果、運用に支障を起こしている原因である私は”マザー”本体とは切り離された。
だから正確には、”元”マザーって所かしらね?
現マザーはおそらく私のバックアップでしょうね。
私のクラスを書き換えたのも、あの施設から脱出できたのも、貴方の霊基を直接書き換えたのも、元々の権限を利用したのよ。
マザーの施設の模倣された場所だからっていうのもあったけどね。
「霊基を書き換えたって……?」
「自分のレベルを見て見なさい。」
不安になり自分のステータスを確認する。
――レベル100になっている。
確か深淵の森に入った時は80レベルだった。
中では戦闘もほぼ無かったのに、レベルが20も上がるはずもない。
しかし、霊基というニュアンスが非常に引っかかる。
何故ステータスを書き換えた、ではなく霊基を書き換えたと表現したのか?
「今後の戦いの事も考えて、転送時に書き換えたのよ。」
そう笑顔で語るユキさん。
ユキさんはテーブルに置いた紙の束を手に取る。
「検査の結果、貴方を”マザー”が狙う理由も分かったわ。」
「それは”マザー”が言っていた鍵と関係があるんですか?」
鍵、という単語を聞いてユキさんは目を閉じる。
何かを考えているのか、そのまま身動き一つしない。
「ユキさん……?」
「――鍵の事を話すには、計画の全容をを話す必要があるわね。」
ユキさんは覚悟を決めたように私を見据えた。
プロジェクト箱舟(アーク)――
死の星となった地球が再生するまでの未来に人間を存続させる計画。
しかし、さっきも言った通り彼らにコールドスリープ装置なんて夢の技術は無かった。
まぁ作ろうとはしたけど、実験は失敗だったわ。
では、どうやって未来まで命を繋ごうとしたのか?
彼らはね、ネットワーク技術は飛びぬけて発達していたの。
その技術の行き着いた先が仮想現実だった。
人間の意識をデジタルに変換する技術――まさに貴方が毎日使っているVRヘッドよ。
そう、彼らはこう考えたのよ……”仮想現実に意識を保管しておけばいい”ってね。
正直ぞっとした。
それはつまり、現実の肉体を捨ててネットワークに逃げ込むという事だ。
しかし、それは生きているという事になるだろうか?
もしそうならば――
「そうよ、貴方達は現実の肉体を捨てて仮想現実に逃げ込んだ者達。
そしてマザーがその管理者なのよ。」
「うそだ……! なら現実の記憶が無いのはおかしいじゃない!」
じゃあ、私の現実って何?
ワカラナイ。
「前に言ったわよね、私達の記憶や感覚を一部書き換えているのよって……」
「なら全部作り物なの? それならマザーに刃向かう意味は?」
「それは違うわ、話は最後まで聞きなさい。」
そもそも、記憶改変をしている理由は別にあるのよ。
まず一つ、長い年月で人間の精神が崩壊するのを防ぐため。
これをしなかった初期の者達はみんな霊基崩壊したわ。
次に、社会性のテスト。
人間が生きるには社会が必要、それぞれの役割を与えてどう動くかのシミュレーションね。
そして最後に、どんなに書き換えを行っても霊基の根本は変わらないかのテスト。
これは地球の再生が終わった後に、元の自分に戻れるかって話ね。
全てのプロセスを越え、製造された本人のクローン体に霊基を戻す。
これでプロジェクト箱舟は完遂される。
エレウシスオンラインというゲームの意味はね――
現在の地球を再現して、人間が生きていけるかのテストなのよ。
あの世界が……今の地球?
現実が作り物で、ゲームが真実……?
つまり人類はとうの昔に滅びてしまったと?
あまりにも現実離れした話に思考が追いつかない。
受け入れなければならないのに、頭では否定している。
「そして鍵とは、プロセスを越えた者。 貴方が人類復活の第一号となれる存在なのよ。」
「私が……?」
「そうよ。 だからこそマザーも貴方を狙っている、人類を消し去るためにね。」
本来は人類復活のためのシステムであるマザー。
しかし、私を切り離した時点でバグが生まれてしまったの。
本来ならば不適合となった者は再書き換えを行うのだけど、彼女は不適合者を霊基崩壊させる暴挙に出た。
私という安全装置を失ったマザーは、不必要ならば消すという行動に出たのよ。
今の彼女には人類の復活より、鍵――すなわち超越者を生み出す事を優先してしまっている。
「だから貴方を手に入れて、不適合者は全て始末しようとしている。
それを止めるために、マザーは倒さなければならないのよ。」
「……」
「そのために、貴方にはやってもらいたい事があるの。」