Another line   作:空野 流星

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超越者

 

 

「――準備はいいわね?」

 

 

「はい。」

 

 

 

私達は再び深淵の森へ訪れていた。

 

前回脱出するために作成した疑似ポータルを利用して内部へと侵入したのだ。

 

 

私達がマザーを倒すための手段――

 

 

そう、物理的な消去だ。

 

検査の結果分かったのは、私が超越者の適正者であることだ。

 

本来ならばマザーへのバイパスを作ってデータ内部に侵入するという計画だったが、超越者がいるならば話は変わる。

 

つまりだ……私が現実世界へ行ってマザーのAIを直接削除するのだ。

 

 

 

「さっきも言ったけど、クローン体への霊基の移動はこれが初めてよ。

 

何が起こるか分からないし、貴方にどんな悪影響が起こるかも不明よ。」

 

 

「分かってます。 でも、一番確実な方法でもあるんですよね?」

 

 

「……そうね。」

 

 

 

機械の棺桶に横たわる私を心配そうに見つめている。

 

ユキさんも確実な確証が持てるまでは実行したくなかったのだろう。

 

あくまでも私の検査は簡易なもであり、正規の検査にはマザーの設備が必要だ。

 

もし私が超越者でなければどうなるのか……

 

 

 

「覚悟は出来てますよ、やってください。」

 

 

「行くわよ。」

 

 

 

どうせ私には何もない。

 

元から空っぽだった現実だ。

 

どうせ落ちるなら地獄の底まで覗いてやろう。

 

 

ユキさんが端末を操作して装置を起動させる――

 

 

 

「作業を始めた以上、ここもマザーにばれるわ。 向こうについたら最初に説明した通りにお願いね。」

 

 

「分かりました。」

 

 

「貴方が戻るまでここは死守してみせるから安心して。」

 

 

 

ユキさんの声が遠くなっていく……

 

徐々に希薄になっていく意識に身を委ねる。

 

 

さて、次に目覚める時はどうなっているやら……

 

感動も恐怖も無く、私の意識は微睡みに溶けて行った。

 

 

 

 

「……なさい、綾……!」

 

 

「んぅ……あと3分――」

 

 

「いい加減起きなさい!」

 

 

 

包まった布団を剝ぎ取られる。

 

部屋の冷たい空気に身震いし、私は丸くなって抵抗する。

 

 

 

「いい加減起きないと遅刻するわよ?」

 

 

「――ふぁ~ぃ。」

 

 

 

母への抵抗も空しく、私はベッドから起き上がった。

 

床に散らばった漫画、準備もせずに投げ捨てられたランドセル。

 

私、”水野綾香”がどれだけダメ人間かが部屋に表れている。

 

 

 

「あんたが遅れるとお兄ちゃんまで遅刻になるんだからね! 早く降りてくるのよ!」

 

 

 

そう言うと母は部屋から出て階段を降りて行った。

 

無造作に投げ捨てられたランドセルを拾い上げ、中に教科書やノートを詰め込んでいく。

 

 

学校に行くのは面倒だけど、大好きなお兄ちゃんには迷惑はかけたくない。

 

だから仕方なく準備しているのよ。

 

 

そう言い聞かせてランドセルの蓋を閉じた。

 

 

 

ランドセルを手で掴み、部屋から出て階段を降りる――

 

リビングにはテーブルで朝食を食べている父と母、そして兄の姿がある。

 

 

 

「お兄ちゃんおはよ!」

 

 

「綾香は今日も元気だなぁ。」

 

 

 

私はテーブルに置いてある食パンを手に取り齧りつく。

 

とても女の子とは思えない行儀の悪さだろう。

 

しかし、兄のためならこれくらいなんでもない。

 

 

 

「もう綾香!」

 

 

「まぁまぁ……、時間もないし仕方ないだろう?」

 

 

「貴方はまたそうやって甘やかして!」

 

 

 

両親の他愛のない口喧嘩が始まるが、いつもの光景なので私にはどうでもいい。

 

お兄ちゃんも食べ終わったようで、椅子から立ち上がった。

 

 

 

「じゃあ一緒に学校に行くか?」

 

 

「うん!」

 

 

 

頭を撫でてくれた兄に対して、満面の笑みで答えた。

 

 

 

 

「お前はさ、これからどうしたい?」

 

 

「んー? どういうこと?」

 

 

「ほら、将来の夢とか考えないのか?」

 

 

 

兄の突然の質問に私は考え込む。

 

――一つ妙案が浮かんだ。

 

 

 

「えっとね、お兄ちゃんのお嫁さんかなぁ!」

 

 

「おまっ! 急に何言ってるんだよ!」

 

 

 

兄は予想通り顔を真っ赤にして狼狽えている。

 

これが見たかっただけの嘘だけど、実は満更でもない。

 

母はガミガミ煩いし、父は相手してくれない……

 

いつも一緒にいてくれるのは兄だけだ。

 

そんな兄のお嫁さんになるのもいいかもしれない。

 

 

 

「えへへ~♪」

 

 

「まったく……コイツめ!」

 

 

 

頭をわしゃわしゃと撫でてくる兄。

 

こうやってお互い触れ合ってる時が一番幸せだ。

 

そう、私の唯一の――

 

 

 

 

 

 

「あの子、おかしいのよ! ねぇ聞いてるの!?」

 

 

「もう少し静かにしろって……」

 

 

 

あぁ、今日もまた馬鹿な親が喧嘩している。

 

いい加減うんざりだ。

 

僕、”水野正樹”にとっては地獄でしかない。

 

”妹”を亡くしてから3か月……ずっとあの調子なのだ。

 

当然、学校には行く気にならないので今日も無断欠席予定である。

 

 

ピンポーン――という呼び鈴の音が部屋に響くが、親は喧嘩を止める気配はない。

 

仕方なく、僕が玄関へと向かう。

 

 

玄関の扉を開けると、そこには見慣れた人物がいた。

 

僕の”悪友”である、”高瀬明”だ。

 

 

 

「一緒にドライブいかねぇか?」

 

 

「あぁ、行くよ……居心地悪いし。」

 

 

 

彼が乗ってきたバイクに二人で跨り、しっかりとつかまる。

 

 

 

「んじゃぁ行くぜ。」

 

 

 

彼は目的地も告げずに走り出す。

 

風を切る感触がたまらない。

 

 

 

「いったいどこ行くんだよ?」

 

 

「決めてねぇ。」

 

 

「じゃー任せた。」

 

 

 

彼がスピードを上げたので、腰にしっかりとしがみついた。

 

彼は驚いたのか、体を一瞬ピクリと動かしたのが少し面白かった。

 

 

 

 

「よっと……」

 

 

 

バイクから降りて、先ほどコンビニで買ったサンドイッチを受け取った。

 

 

 

「海をバックにモーニングなんてシャレてるねぇ。」

 

 

「だろ?」

 

 

 

近くのベンチに二人で座り、サンドイッチを頬張る。

 

口の中にマーガリンとハムの味が広がる。

 

 

 

「やっぱりハムだけだと味気ないなぁ。」

 

 

「それでいいって言ったのはお前だろ?」

 

 

「じゃあそれもらう。」

 

 

 

横から明の食べているカツサンドを奪う。

 

――流石に朝からコレはヘビィだったかも。

 

 

 

「だから好きなの選べって言っただろうが……」

 

 

「まぁ気にするなよ。」

 

 

 

風が磯の香を運んでくる。

 

僕は残りのサンドイッチを口の中に放り込む。

 

 

 

「お前さ……」

 

 

「ん?」

 

 

 

急に表情を硬くしてこちらを見やる。

 

明らかにさっきまでのふざけた雰囲気ではない。

 

 

 

「お前だってほんとは嫌なんだろ?」

 

 

「何が?」

 

 

「そのさ……確かにお前だって辛いのは分かるよ。」

 

 

「――うん。」

 

 

 

何かを言いたいのは分かるが、やけに回りくどい。

 

じれったいのではっきりと言って欲しいのだが、明が切り出してくるのを待つ。

 

 

 

「だからさ、お前はお前でいいじゃないか。」

 

 

「どういう意味だよ?」

 

 

「だから――正樹のマネなんてしなくてもいいんだよ!」

 

 

 

意味が分からなかった。

 

だって僕が正樹だ。 そのマネをする意味などないではないか。

 

 

”お前はさ、これからどうしたい?”

 

 

僕は正樹だ。

 

 

 

「正樹はさ、死んだんだよ。 お前のせいなんかじゃないんだ。」

 

 

「違う!」

 

 

 

僕はベンチから立ち上がる。

 

気分が悪い……

 

 

 

「おい! 綾香!」

 

 

「ふざけるのもいい加減にしてくれ!」

 

 

 

”あんたはいつまでもそんな訳の分からない事を!”

 

 

違う、違うんだ。

 

あの時死んだのは――

 

 

 

 

 

 

「えへへ~♪」

 

 

「まったく……コイツめ!」

 

 

 

仲睦まじい兄弟の会話だ。

 

しかし、事件は起こった。

 

兄弟に向かって猛スピードの車が――

 

 

 

「綾香!」

 

 

「え……?」

 

 

 

それは一瞬だった。

 

兄は私を突き飛ばした。

 

私の身体は歩道を転がり、見知らぬ家の玄関前いた。

 

遅れて聞こえてきたのは轟音……

 

 

悲鳴や叫び、あらゆる音が飛び交う中、私は動けなかった。

 

何が起こったのか理解出来なかったのだ。

 

 

次に兄と会ったのは兄の葬式の時だ。

 

母は見てはいけないと言って兄に会わせてくれなかった。

 

 

そして私は――壊れた。

 

 

 

 

そして私は正樹になったのだ。

 

自らを殺す事で、まともなフリをしたのだ。

 

 

 

「綾香……」

 

 

「聞きたくない……」

 

 

 

だけどコイツは、それを否定する。

 

僕を綾香と呼ぶ。

 

 

 

「お前のそんな姿はさ、俺見たくないんだよ。」

 

 

「……お前も僕が死んだって言うのか?」

 

 

 

明を睨みつけて問いかける。

 

彼は黙って首を縦に振った。

 

 

 

「このさい言ってやるよ、俺はな――」

 

 

 

明は急に僕を前から抱きしめてきた。

 

僕は訳が分からずそのまま硬直していた。

 

 

 

「昔からお前が好きだったんだよ、愛してるんだ!」

 

 

「え……?」

 

 

「だから今のお前を見てられないんだ、守ってやりたいんだよ。」

 

 

「……」

 

 

 

分かっていた、私だって馬鹿じゃない。

 

彼の気持ちには昔から気づいていた。

 

彼と兄、3人で遊ぶことも多かったし、何よりも態度が露骨だった。

 

 

 

「だからさ、綾香に戻ってくれよ?」

 

 

「ばか……」

 

 

 

 

 

 

――そういう事だったのね。

 

 

再構成された記憶が身体に染み込んでいく……

 

自分の人生――どうやって生きて、どうやって死んだか。

 

それは全てユキさんが説明したものと一致していた。

 

 

 

”やっとこうやって話せるな”

 

 

 

兄の声が聞こえる。

 

おそらく、現実に辿り着く前の刹那の時間の邂逅。

 

それでも懐かしい声だった。

 

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

「久しぶりだな、綾香。」

 

 

 

 

嬉しさと悲しさが入り混じって言葉が出ない。

 

私は、何を話せばいいのだろう?

 

 

 

「僕はお前の霊基から生まれたのは分かるな?」

 

 

 

私は黙って頷く。

 

兄が死んだのは霊基を仮想現実に移動する前の話だ。

 

だから兄の霊基がこの世界に存在するわけがないのだ。

 

ならば、私が自分を兄、正樹として振舞っていた事に理由があるはずだ。

 

 

実際、私はこの仮想現実では自らを男として生活していた。

 

最初から分かっていたはずなのだ、周りの皆の反応を思い出せば……

 

それでも私は自らを男として生きていたのだ。

 

 

 

「お前の行動が、お前自身の霊基に負担をかけ、やがてありえないエラーが起きた。」

 

 

「エラー?」

 

 

「霊基の分断だ。 その結果僕が生まれたんだよ。」

 

 

 

この兄を生み出したのは私……でも元は私の霊基。

 

 

 

「結果、この仮想現実にもあらゆる悪影響を与えた。 思い当たる事もあるだろう?」

 

 

 

悪影響……?

 

確かにエラーの塊が動き回ればシステムに悪影響も起こるだろう。

 

でも、どんな――

 

 

 

「お前は分かっているはずだ。 今まで考えないようにしていただけじゃないのか?」

 

 

「待って、それじゃあそもそも”マザー”の分裂って――」

 

 

「あぁ、それも悪影響の一つだ。」

 

 

 

あぁ、なんという事だろうか……

 

それなら現状を生み出した元凶は私……

 

 

 

「最近でも幻影を生み出したり、マップをバグらせたり、ありえないパートナーを生み出したり……」

 

 

「嘘、それって”マザー”の仕業じゃ!」

 

 

「よく考えろ、”マザー”がやっていた事はなんだ?」

 

 

 

マザーのやっていた事――失敗作の処分、そして超越者の探索。

 

なら、私にあんなちょっかいをかける必要はない。

 

そもそも、”マザー”が私に接触してきたのは深淵の森だけではないのか?

 

 

私とユキさんは根本的に何か勘違いをしていたのではないか?

 

 

 

「もう分かっただろ、”マザー”が誰を狙っていたのかを。」

 

 

「”マザー”は、最初から卍エクスカイザー卍を狙っていたのね……」

 

 

 

あの時の彼の反応で気づくべきだったのだ。

 

彼は、とっくに超越者として覚醒していたのだ。

 

彼は、”田辺勇は”……”高瀬明”なのだから。

 

私が思い出していない時も彼は――

 

 

あの時も……あの時……

 

 

私は、彼になんて事を……!

 

 

悔しくて涙が出る。

 

どんな時でも、彼は私の事を思っていてくれたのに……

 

 

 

「泣いている暇はないよ。 早く”マザー”を止めなければ明は――」

 

 

「分かってる!」

 

 

 

分かってる。 今、私がやらなければならない事は!

 

 

兄は私を見て微笑む。

 

 

 

「時間だ。」

 

 

 

兄は私に近づき抱きしめる。

 

データのはずなのに、ほんのりと温かい。

 

 

 

「僕達が一つに戻ればエラーは無くなり、これ以上の影響は出ない。」

 

 

「うん……」

 

 

「さよなら綾香、愛している……」

 

 

「ありがとう、お兄ちゃん――大好きでした。」

 

 

 

兄の身体は光の粒子となり、やがて私の身体へと吸い込まれていった。

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