気が付くと、私はエレウシスオンラインの世界に戻されていた。
でもここは、エレウシスオンラインではあるが別な物へと変異していたのだ。
「皆さん聞こえます? 私は運営の”マザー”と言います。」
”マザー”の声は世界中に響いていた。
誰もが謎の声にざわめき始める。
「寛大な私が貴方達に最後のチャンスをあげます。 これが見えるかしら?」
空に映像が浮かび上がる。
この風景は、おそらくリクセント城だ。
急に城が崩れ、中から古びた塔が姿を現す。
西洋にあるような円筒状の塔は、天に向けて伸びていく。
一体何階あるのだろうか。
「この塔は選定の塔と言って、貴方達をテストするためのものです。
未来が欲しければ登ってきなさい、参加しない者、失敗した者は皆死ぬわ。」
”死”、という物騒な言葉。
この言葉の意味を何人が理解できるのだろうか?
ここにいる者達はみんな、ゲームの中での話としか思っていない。
しかし、”マザー”の言う”死”は霊基崩壊だ。
本当の意味での”死”なのだ。
「あぁ、もちろんログアウトなんて出来ないわよ? では、良いデスゲームを――」
そう言って”マザー”の声はそれっきり聞こえなかった。
私のせいだ、私が失敗したから……
何故あの時に、声だけでユキさんと判断した。
何故疑問に思わなかった?
そもそも、マザーの分裂を引き起こしたのは私自身のエラーだ。
元を正せば私が悪いんじゃないか……
私のせいで、皆が”死”ぬんだ。
けたましい警告音が、あちらこちら響いている。
私は俯いたまま街道を歩いている。
「ふざけんなよ! 運営はなにしてんだよ!」
「私達一体どうなるの……?」
私はこうなった理由を知っている。
でも私じゃない、私のせいじゃ――ない。
こうなったのは……”マザー”のせいだ。
そうでも考えなければおかしくなりそうだった。
私一人が世界を救えるなんておごりだった。
ほら、アイツだってそう言っていたじゃないか。
「ん……?」
不意なメール受信のアラーム音で現実に引き戻される。
相手はアレン、私が所属しているギルドのマスターだ。
”緊急事態のため、ギルドメンバーは全員ギルドルームに集合”
そう書かれていた。
行きたくない。 でも、行かなきゃ……
危ない足取りで、フラフラとポータルに向かった。
夢を、見ていた気がする。
皆で楽しくゲームで遊ぶ夢。
悩み葛藤もなく、純粋に楽しんでいた夢。
でも、その夢は二度と帰ってこない。
この世界にはもう、悪意と絶望しか無いのだから――
「んぅ……」
重い身体を起こす。
かなり長く眠っていたような気がする。
どんな夢を見ていたか思い出せないが、きっと幸せな夢だったのだろう。
そう思いたい……
確かここは、ギルドルームの自室だ。
サブマスターの勧めで休んでたんだっけ……?
寝起きで回らない頭を働かせる。
今までの事、”マザー”の事、現状――
いい事なんて一つも無い。
ここには絶望しかない。
「少しは落ち着いたかい?」
「サブマスター……」
「まだ顔色が悪いね、ゲームの中で顔色ってのもおかしいが。」
サブマスターはベッドの椅子に座り込むと心配そうにこちらを見る。
「今、どんな状態なんですか?」
「それを聞ける程、今のアンタは平静かい?」
答えはノーだ。
嫌な話だろう事は予想がつく。
ただ、それを聞く覚悟があるかと聞かれれば、今の私にはない。
「答えなくても分かるよ。」
「……」
「まぁ、あの選定の塔とやらを攻略するためにアンタの力も必要なんだ。
今の内に休んでおきな。」
「はい。」
選定の塔。
そもそも、何故なのような場所を用意したのだろうか?
全権限を手に入れたのなら、さっさと人類全員消せばいいだけの話だ。
なぜそうしない? 何のために……?
「アタシは攻略の準備をしに行くから、もうしばらく寝てな。」
「わかりました。」
そう言ってサブマスターは部屋から出て行った。
今の”マザー”の行動の意図はどこにあるのだろう?
全能の力を手に入れて遊んでいるとか?
ありえない、AIがそんな人間臭い事をするわけがない。
ではユキさんはどうだ。
あの人はAIでありながら意思を持っていた。
もしも、それと同じ事が”マザー”にも起きているとしたら?
ありえない事では無いかもしれない。
だって、選定の塔なんてシステムは超越者を生み出すのに全く関係ないじゃないか。
だとしたらまだ間に合う……?
”どうした、行かないのか?”
幻聴なのは分かってる。
だって、彼はもう……
”俺達ならなんだって出来るだろ?”
深淵の森で戦った彼が抜け殻の器なら、彼の霊基はもう”マザー”によって……
”一人なら無理だけどさ、一緒なら大丈夫だろ?”
そう、卍エクスカイザー卍は死んだのよ。
私は彼を助けられなかった。
あの時だって、”マザー”を倒せばなんとかなると思ってた。
でも――でも!
何も戻らない! 卍エクスカイザー卍も! シャルロットも!
”そういじけてたって状況は変わらないだろ?”
貴方はまだ、私に戦えって言うの?
兄も亡くして、貴方まで……それでもまだ戦えって言うの!
幻聴だと分かっている。
でも、まるで彼が私に語りかけているようで涙が止まらない。
彼は私に戦えという。 戦ってどうなる?
負ければ人類は滅びる。
勝てば人類は救われるが、消えた者は戻らない。
結局、私は一人なんだ。
そんな未来なんて――私はいらない。
”本当にそう思うのか?”
幻影はそう問う。
一人は嫌、孤独は嫌。
この絶望の中でも、幻影は問い続ける。
本当にそう思うのか……と。
「私は……」
”答えは出てるだろ?”
「これ以上、誰かが消えるのは見たくない……」
”なら、どうする?”
そうか、やっぱり答えは決まってたのか。
私はやっぱり戦わなきゃない。
この絶望を呼び寄せてしまった責任もある。
せめて消えるなら、全てに決着をつけてからでも遅くはない。
私はベットから起き上がり身支度を始める。
持てる限りの装備やアイテムをバッグに詰め込む。
もう誰も消させはしない。
傷つくのは、私一人で充分。
たとえ刺し違えても、”マザー”を消す。
そう、覚悟を決めた。