ふたりぼっちの世界 -side vアルマ姫v-
他に何もいらない。
二人でさえいればそれでいい。
貴方さえいれば私は生きていける。
ただ、貴方さえいれば……
意識が現実に戻る感覚。
私はあまり好きではない。
まるで楽しい夢から無理矢理起こされるような感覚に似ているからだ。
私、七瀬 加奈子はエレウシスオンラインのプレイヤーだ。
青空教室という初心者ギルドに所属して活動している。
今日もプレイを終え、ログアウトして現実に戻ってきた。
「おかえりなさい。」
「ただいま、ゆりね~。」
彼女は七瀬 結梨子。
私の姉であり、最後の肉親だ。
私とは6歳差の中学3年生、両親がいない期間が長かったおかげで、年齢以上に出来た理想の大人だ。
それに比べて私は……
「今日はどうだったの? お友達とIDに行って来たのでしょ?」
「いつも通りだよ、慣れてきたからピンチになる事もないしね。」
そう言って私はベッドの上を転がる。
正直、私は新人の一人が気に入らなかった。
確か――oリナoとかいう名前の女。
唯一の紅一点だったのに、アイツが来たから……
――背中に柔らかい感触。
姉が後ろから抱きしめてくれたのだ。
慣れた手つきで私の頭を撫でる温かい手。
「加奈子が頑張りやさんなのは、私は知っているわ。」
「――うん。」
私はそのまま姉に体を預けた。
―――
――
―
ログインしてすぐに、私はユキさんに連絡をした。
当然、全員の無事を確認するためである。
強制ログアウトでの悪影響の心配だ。
”あら、貴方が一番乗りよ。”
「そんな事はいいですわ! 家来に何かあっては私が困ります!」
”素直じゃないわねぇ。”
まるで内側を覗かれているようで寒気がする。
この人も、私にとっては苦手な部類なのは間違いない。
”シャルが体調崩して入院だけど、他のメンバーは無事よ?”
「そんな、シャルが……」
シャルロットとはほぼ同時期にこのギルドに加入した。
レベルも近く一緒に遊ぶ事も多かったのに……
でも、深刻な状況では無いのはユキさんの雰囲気で分かる。
ただの検査入院くらいだろう。
とりあえずINしてきた家来共を一人ずつ確認しよう。
そう思ってる矢先、その一人から連絡が飛んで来た。
”よっ! vアルマ姫vも協力してくれないか!”
卍エクスカイザー卍であった。
―――
――
―
卍エクスカイザー卍の呼び出してギルドルームに来ると、ギルマスとユキさんもいる。
「私を呼びだしてどんな要件なのかしら? 内容によってはおし――」
「これ飾り付けて!」
手渡されたのは折り紙で作られた輪飾りだ。
そもそも飾り付けるって……
「いやさ、oリナoのやつが今日誕生日だから祝ってやりたくてさ。 あいつシャルの事で思い詰めてたし。」
「ふん! そんな事で私は手伝おうとでも!」
「ほんとお願い! みんなでやった方が早いだろ?」
「――フン!」
私は嫌々ながら作業を始める。
手間のかかる家来だが、自分の嫌な気分も紛れるかもしれない。
そう考えての行動だ。
「ゆりね~、ただいま。」
「おかえりなさい。」
ログアウトして現実に戻ると、いつも通り姉が待っていてくれた。
姉も一緒に、このエレウシスオンラインをプレイしているのだが、一緒に遊ぶ機会は少ない。
自慢の姉はレベル100なのだ、私と一緒に遊べるわけがない。
私が目指すべき目標でもあるのだが、恥ずかしいので姉には言っていない。
「今日はずいぶん嬉しそうなのね。 何かいい事があったのかしら?」
「そ、そうかな? 特に特別な事は……」
「本当に?」
そう言ってこちらを見つめる。
姉の微笑みは、同性の私でもドキドキしてしまう。
「友達の誕生日会をやったの。」
「なるほど、それでニヤニヤしてたので。 でも少し嫉妬してしまうわね。」
姉はそう言って少し困ったような顔をする。
本当、こういうのはずるいと思う。
「ち、違うよ! 私が一番楽しいのはゆりねーと一緒にいる時だよ!」
「ほんと?」
そう言いながらベッドに押し倒してくる。
この行為も慣れているはずなのに、未だに胸が高鳴る。
「ほ、ほんとだよ!」
「ふふ、いい子ね♪」
そうして今夜も夜が更けていく。
私の、大事なお姉ちゃん。
ずっと一緒に……
―――
――
―
今日は久しぶりに姉と一緒だ。
「あのねエリね~、今日は私の特訓に付き合って欲しいんだ。」
「いいよ~☆ でも何の特訓するのかな?」
姉はゲーム内ではエーリカというキャラクター名を使っている。
職はプリースト、ヒーラーの上位職であり回復特化というべき性能を持っている。
そういう意味でも、自らのPSを磨くには姉に指導してもらうのが一番だ。
「えっとね、スキル回しの練習がしたいの。」
「なるほど、ならお姉ちゃんが上手になるよう指導してさしあげましょう♪」
やり方は簡単だ。 レベル高めの狩場で姉に戦ってもらい攻撃を受けてもらう。
私は回復やバフをかけるだけだが、やりすぎるとこちらにタゲが来て即死。
いかにヘイトを見極め、必要なスキルを使うかの訓練だ。
「CTはちゃんと見てタイミング考えて使うようにしないと、いざって時に発動出来ませんじゃ困るからね。」
「はい……」
ゲームをしている時の姉は厳しい。
少しのミスでもあろうものなら即指摘してくる。
「今のどうだった!?」
「うんうん!よく出来てるじゃない♪ あとここは――」
でも、姉に褒められるのは嬉しいので私はいつも辛さに耐える。
こうしていけばきっと立派なヒーラーになれると信じて。
「あら、久しぶりね。」
練習の最中に出会ったのはユキさんとoリナoだった。
最近ギルドに顔を出さないと思ったが、二人でこんな所にいたのか。
「あら、お二人共久しぶりですわね! 最近ギルドで見かけないのでサボってると思いましたわ!」
「急いでレベル上げしたくてね……」
「ふーん。」
oリナoは何か元気の無い様子だった。
一方のユキさんは、ずっと姉を睨んでいる。
「どうしました?」
「随分と久々に見かけたと思ったら、妹の指導中?」
「そうですけど。」
なんというか、ピリピリとした雰囲気だ。
ユキさんは、明らかに敵意を姉に向けている。
流石に相手がユキさんでもそれは許せない。
「なんですの? 言いたい事があるならおっしゃりなさい!」
「ん、なんでもないのよ。」
そう言うとユキさんは顔を背けた。 ――その態度も気にくわない。
しかし、気になるのはoリナoだ。
誕生日の時に元気になってくれたとは思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。
あの事件の事を引きずっているというなら……
「そこの家来! 明日は暇なのかしら?」
「えっ? まぁ暇だけど。」
「ならば荷物持ちの仕事を与えます! 花江町の駅の前に9時、いいわね?」
「ちょっ、それリアルの――」
「いいわね!?」
NOとは言わせない。 多少強引にいかないと頷きはしないだろう。
どうせネチネチと家に籠るくらいなら、気晴らしに外に出させた方がいい。
「あらいいじゃない、息抜きに行ってきなさいな?」
「……わかった。」
―――
――
―
「ゆりね~、今日はどうだった?」
「どんどん上達してるわね、加奈子はきっと私よりも上手になれるよ。」
「えへへ、ありがと!」
いつもの寝床での語り合い。
こうやって互いの温もりを感じながら寝るのが私は好きだ。
何故か、こうしていないと落ち着かない。
「ゆりねぇは、私を一人にしないよね?
「そんなの当たり前のことじゃない。貴女と私は姉妹なんだから、ずっと一緒よ。」
その孤独感はとても恐ろしいのだ。
こうやって抱き合っていないと、押しつぶされてしまいそうな程……
「ごめんなさい、でも今は――こうしてたいよ。」
「あらあら、しょうがないけど今だけよ?」
まるでその孤独を知っているような。
もう二度と味わいたくないという強迫概念のような……
―――
――
―
「時間通りね。」
私と姉の二人で待っていると、oリナoは時間通り現れた。
なんというか、思っていたイメージと違い、言いたく無いが美人だ。
「何よ、私がガキだって言いたいの?」
「いや、えっと……」
相手側似たような感想を持ったようだ。
流石に私が小学生とは予想していなかったようだ。
まぁ大人として見られていたなら、まぁ……いいのかな?
「兎も角行くわよ! 今日は買い物に付き合ってもらうんだから。」
そう言って私は姉の手を引き歩き出す。
oリナoは呆れた表情で後ろをついて歩いた。
―――
――
―
「ごめん、少し休ませて……」
「その程度でだらしないわね! 仕方ないなぁ。」
oリナoは両手に衣服の入った袋を持ちながらひぃひぃ言っている。
予想通り体力はそう多くない様子だ。
「流石に疲れるから……」
そう言って近くのベンチに座り込む。
額には軽く汗が滲んでいた。
私はその隣に座り、姉は私の隣に立ったままだ。
「しかしなんというか、ゲームとは雰囲気違うね。」
「ゲームとは雰囲気が違う? そんなの当たり前じゃない!」
「まぁ、確かにそうなんだけど……」
「アンタ、変わってるって言われるでしょ。」
「まぁ、結構言われるかな……」
あくまでもゲームはゲーム、現実は現実だ。
oリナoはこう、混同してしまっている感じがした。
だからこそあそこまでシャルの事を引きずっている
その優しさは危うさも含んでいるような気がする。
「ごめんゆりねぇ、アイス買ってきて。」
「ん……?」
oリナoが不思議そうにこちらを見る。
「なによ?」
「それって、誰?」
「私のお姉ちゃんよ! 朝から一緒にいるでしょ!」
「いや、朝から2人だったじゃん。」
「え……?」
朝から二人だった……?
言っている意味が理解できなかった。
だって、朝から3人だったじゃないか。
2人なわけがない!
「そんな事ない! ゆりね~はいるんだもん!」
「ちょっ、何を言って……」
「アンタに私の何が分かるの! 何も知らないくせに!」
お姉ちゃん、お姉ちゃん助けて……
一人は嫌だよ……
「大丈夫?」
心配そうにoリナoがこちらを見ている。
「……」
「えっとさ、気づいてなかったなら謝るよ。」
「アンタ、やっぱり変わってるね。」
その後、アイスを買いに行った姉は戻って来なかった。
姉が戻ってきたのは、oリナoと別れてからだ。
「どこ行ってたのさ!」
「ごめんなさい、ちょっと道に迷っててね。」
そう言う姉は、何か嘘をついているように感じた。
黙っていた方がいいと脳が警告している。
でも、聞かずにはいられなかった。
「嘘でしょ、どこ行ってたのよ。」
「……」
しばしの沈黙。
姉は困ったような顔をしてこう告げた。
――あなたは、知ってるはずよ と……
―――
――
―
私は一人、家に帰宅した。
誰もいない部屋、かつて二人でいた部屋。
――私は孤独に耐えられなかったのだ。
姉が死んだなんて思いたくなかった。
だって、ずっと一緒にいてくれると言ったのだ。
絶対に私を一人にしないと……
「そう、言ってたのに!」
こうして、私は一人ぼっちだ。
もう、何故死んだのかも思い出せない。
きっと、今まで一緒にいてくれた姉は幻覚だ。
孤独に耐えられなかった私が見続けた夢だったのだ。
今だってほら、泣いている私を慰めている幻覚が見える。
いつものように、泣きじゃくる私を抱きしめて、頭を撫でている。
温もりだって感じられる。
「ごめんなさいね……」
姉の幻覚は謝り続けている。
ごめんなさいと、壊れたように呟き続ける。
「ずっと一緒にいてあげたかったけど、私はもう壊れちゃったから……」
「……」
「でもね、心はずっとあなたと一緒よ。 霊基の欠片は確かに残り続けるから。」
「ゆりねぇ……」
「だからね、ずっと一緒よ。」
それでも私は、ふたりぼっちでは生きてはいけない。
きっとどこかで気づいている、頼れる仲間達が出来たと。
それに本当に気づくのは、もう少し後の話だ。
今はただ、姉の胸で泣きじゃくった。
―――
――
―
「面白いデータだけど、彼女はどっちなのかしらね。」
”マザー”はデータを一通り見やるとそう呟いた。
「超越者候補なのは間違いなさそうだから、しばらくは観測を続けましょう。」
特に誰かに話しかけているわけでもない。
それはまるで自分に言い聞かせるかのような語らい。
あるいは、”マザー”という存在は個ではないのかもしれない。
「しかし、初期の頃に霊基崩壊を起こした個体を自らの内部で再構成とは……人間ってほんと怖いわね。」
”マザー”はそう語りながら唇を釣り上げて笑った。