「流石に予想外だったわ……、その後ろにいるありえない人物もね。」
後ろを振り向くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。
「ユキさん!?」
マザーにやられたと思っていたが、ユキさんも無事だったんだ!
良かった、本当に……
「ただの端末だと記述されていたのに、どういう手品なのかしら00(ダブルオー)?」
マザーがユキさんの事を00と呼ぶ。
おかしい、前にAIは01から03まで存在していると説明してくれた。
00とはなんだ?
「……」
「答えなさい!」
マザーが攻撃の態勢に入る。
しかし、卍エクスカイザー卍は動かない。
「やめときな、アンタも限界なんだ。 それ以上は即消滅に繋がるんじゃないのか?」
「くっ……!」
マザーは魔法を唱えるのを止める。
「全て答えよう。 お前達にはその権利がある。」
そう言うとユキさんは私達の真ん中へと歩み出る。
「私は00。 マザーの管理者にして創造主だ。」
「創造主って……確か開発者は?」
「そう、橘健蔵博士だ。」
卍エクスカイザー卍の返答に頷くと、そのまま言葉を続ける。
「私はマザーの監視のため、自らの霊基を00端末へと組み込んだ。
そして、マザーに存在を知られないため、巧妙に隠蔽工作を続けていたのだ。
そのために都合が良かったのが君だよ、oリナo君。」
「私が……?」
「そうだ。霊基に元々エラーを持つ君は、恰好の隠れ蓑だった。
そのためルナプスを護衛につけ、君のエラーに隠れる形で監視していたのだ。」
コールドスリープ開発の中止を命じられた私は、今まで否定してきたプロジェクト箱舟に組み込まれた。
ほぼ完成していたコールドスリープ開発を中止してまで、何故プロジェクト箱舟を進めたと思う?
彼ら、ジェネラルコーポレーションが描いた筋書きはこうだ。
まずは人類の生き残りを自分達のサーバーに保護する。
次に人々に記憶を少しずつ改変していく。
そして最後に、超越者となった幹部達が人類を復活させ、その頂点へと君臨する。
そうだ、彼らは救世主となって世界を支配したかったのさ。
だからこそ、人類を生き残らせてしまうコールドスリープ技術は邪魔だったのさ。
そのために彼らは私の研究を握り潰した!
私は彼らを恨んだよ。自分自身が生み出した世界もね。
それならばいっそ、全て壊してしまいたかった。
だから私は、手始めに幹部達を電子化せずに溶かしてやった。
この時点で、マザーのプログラムにある超越者という存在は消えた。
計画のフェイズ移行が長期間されずに、マザーが誤作動するのは目に見えていた。
更に私はマザーを作成するうえで、一つ細工をしたのだ。
――彼女達に、無意識に人間性を学ぶようにプログラミングしたのだ。
結果はどうだ?
01は人間と触れ合う事で、02はそんな01を観察する事で自我を獲得したのだ。
彼女達は、私が思った以上に人間らしく成長したのだ。
私はそんな彼女達を見て、いつしか罪悪感に苛まれるようになっていた。
そもそも、幹部達を殺した時点で私の復讐は終わっていたのではないか?
今いる人々は無関係なのではないか……とね。
現状を打破するため、私はoリナo君に超越者としての識別番号を埋め込んだ。
ルシェドの町での事、覚えているのではないかな?
私は記憶を掘り出す――あぁ確かあった。
路地裏から何故か現実の世界のような場所に出て、確か……
そうだ! あの時見た人影は確かにユキさんと同じ顔をしていた!
何故今まで忘れていたのだろうか?
予想通り、その後マザーが動き始めた。
まさか02が君を消そうと動いたのは予想外だったが。
だからこそ君にルナプスを用意したのだ。
という事は、ルナプスの想像主も00だったのか。
ルナプスが言っていた主からの命令とは00からの指示だったのだ。
「なんて茶番! じゃあ私がしてきた事は……!」
「全て、計画通りだったという事だ。
君達が試行錯誤で考えた記憶改変もただの予定調和だったという事さ。」
マザーは力なく地べたに座り込む。
その瞳からは人間のように涙が流れていた。
「では、何故貴方はこの場に来たんですか。」
「今こそ人類を復活させるためだよ。 ファイナルフェイズ――エレウシスの儀式を起動させるためにね。」
『うぉぉぉぉ!』
モニターから複数の声が聞こえる。
多くのプレイヤー達が選定の塔を攻略しようと押し寄せて来ているのだ。
マザーは床に落ちていたリボンを握りしめた。
そうだ、人類はまだ屈してなどいない。
皆懸命に生きようと戦っている!
「マザー、これでお前の望むものは揃ったぞ。」
「……」
「もういいだろう、なぁ01よ。」
マザーが01? 01はユキさんの事で、02がマザーとして人類を……
あれ? どういう意味なんだ?
「そうね……」
そう言うと、ふらつきながらマザーは立ち上がる。
「00さん、今のはどういう?」
「簡単な事さ、既に02は01の手で倒されていたという事だ。」
つまりそれは、既にユキさんがマザーを倒していたという事。
では、あの通信相手はユキさんのままだったという事だ。
ならば何故こんな事を!
「時間が無かったのよ…… 00の端末にアクセスして私は真実を知った。
マザーのサーバーが稼働限界を迎えようとしていた事をね。」
「そんな! サーバーの状態なんていつでも観測できるんじゃ!」
「私が細工していたからだよ。 00端末にアクセスした事で正規の状況を知ったのだ。」
「それだけじゃ答えになってないよユキさん!」
そうだ! こんな色々なものを犠牲にしてでもやらなければならない理由なんて!
多くの人を苦しめて、傷つけて……!
「許されない事なのは分かってる。 でも、人類を救うにはこれが最善だったのよ。
でもこれで、私の願いは果たされる。」
”ファイナルフェイズ移行。エレウシスの儀式を発動します。”
その時、塔内にアナウンスが流れた。
「一体何が!? 何をしたのユキさん!」
「これで、これで私は……」
こちらの質問が聞こえていないのか、独り言を呟くだけだ。
卍エクスカイザー卍が私の手を握ると、代わりに答え始める。
「エレウシスの儀式ってのはファイナルフェイズの名称だ!
これから生き残りを全員現実世界に飛ばすってことだ。」
「全員って……」
「そうだな、範囲は精々この塔内部にいる人間だけだろうな。」
あぁ、そうか……
だからユキさんはこの選定の塔に人を集めたかったのか。
マザーの稼働が止まる前に少しでも多くの人達を救うために。
でも、事情を説明して集まってもらう事も出来たはずなのだ。
「なぁ綾香、世の中はお前みたいな強い奴ばかりじゃないんだ。
外の世界で生きていくには戦う意思が無ければダメなんだ。」
「だから試したっていうの……こんな方法しかなかったの?」
「時間があれば、また違ったんだろうな。
真実を受け入れるには、あまりに時間がなさすぎた。」
塔が大きく振動する。
今度は一体何が!
「うそ――間に合わなかったの?」
「マザーの稼働限界の方が早かったのか!」
このままでは現実世界に戻る前に皆消滅してしまう!
「ユキさん、何か手は無いんですか?」
「こうならないように準備してきたのに、こんな結末なんて……」
ユキさんの瞳に力は無かった。
本当にやれる事がもう無いのだろう。
私は卍エクスカイザー卍の手を強く握り返した。
一人じゃないなら、まだ寂しくないかもしれない……
「――光?」
光だ。
光は空間全てを包み込むように広がっていく。
「なんだこれ、どうなってんだ?」
「どういう事……?」
先程まで口を閉じていた00が再び口を開く。
「マザーよ、お前達は一つだけ勘違いをしていた。 それが今から証明される。」
光は収束し形を成す。
これは――人だ!
無数の光は数えきれない人間達の集合体なのだ!
「”霊基崩壊は消滅ではない。 ただ人の魂に休息が必要なだけなのだ。」
「まさか、この光全部が……」
「そうだ、霊基崩壊で消滅したと思っていた者達だよ。」
光に包まれ、選定の塔の揺れが収まっていく。
おそらく一時的なものだろうが、それでもその少しの時間が活路となる。
”さあ、時間を稼いでいるうちに!”
「シャル!」
見覚えのある光の人影――シャルロットだ!
”さあ、行きましょう加奈子。”
「ゆりねぇ……?」
先程まで動けなかったvアルマ姫vが光に包まれて天に昇っていく。
「あれ、私も?」
私と卍エクスカイザー卍の身体も、いつの間にか宙に浮いていた。
「どうやら、このまま帰れるみたいだぜ。」
私達の他にも、他のフロアのプレイヤー達が同じように天を目指して昇って行く。
そこにはディリスタさんや、アレンさんの姿もある。
良かった、みんな無事だったんだ。
「ユキさん?」
しかし、一人だけ塔に残っている者がいた。
ユキさんはその場から動かず佇んでいる。
「私は行けないわ。 元々人間でもないし、ケリをつけるためにもね。」
ユキさんはとある光の方を見上げると、笑顔で手を振る。
しかし、その笑顔でも瞳から流れる涙は隠せなかった。
「だから、貴女は私の分も生きて……
oリナoちゃんも、本当に迷惑をかけたわね。」
「ユキさん!」
「マザーはここで朽ちる運命なのよ。 人間になれなかった出来損ないの末路には相応しいわね。」
必死に手を伸ばすが、最早届く事の無い距離まで離れていた。
「そんなのおかしい! 貴女は生きて罪を償うべきなんだ!」
「何言ってるのよ、私はそもそも生きてすらいないじゃない。」
意識が遠のいていく。
私の手は、結局ユキさんを掴む事は無かった。
ふわふわとした感覚。
昇っているのか沈んでいるのかも分からない。
全ての境界が曖昧で、生きているのか死んでいるのかも分からない。
でも、一つだけ確かな事がある。
繋いだ右手の温もりは、確かに感じられる。
そうだ、そこには彼がいる。
卍エクスカイザー卍。
いいや、高瀬明――私の大切な夫。
やっと、会えた。
こうやって触れ合えた。
もう二度と会えないと思っていた。
それでも彼は、私の元に来てくれた。
あぁ、私はなんて幸せ者なのだろう。
あの時も、そして今も、彼は私の味方だったのだ。
”綾……”
声が聞こえる。
”綾……!”
そうだ、この声は――
「綾香!」