「行ったわね。」
マザーは人間達の現実世界への帰還を見送ると、横にまだ立っている00に視線を移す。
「さぁ、次は貴方の番です。」
「私は行かんよ。」
「創造主よ、貴方の知識は現実世界を生き残るためにも必要なものです、どうか……」
どうにか説得を試みるが、00は首を左右に振るだけだった。
どうやら意地でも残るつもりらしい。
なんて頑固な人なのだろう。
「私の罪は無くならない、ただ最後の責任だけは果たしたくてな。」
「それはどういう――」
足から力が抜けて倒れそうになる。
タイミングよく00が受け止めてくれる。
どうやら、このアバターを維持する事も困難になってきたようだ。
この体の熱さは、おそらく本体が発熱しているのだろう。
「お前達にも多くの苦労をかけた。 ただのAIのはずなのに、いつの間にか自分の娘のように見ていた。」
「むす……め……?」
「そうだ。 娘を亡くした私は、その悲しみからお前達を娘と同じ姿にした。
そのお前達にこんな事をさせて――本当に私は何をしたかったのだろうな。」
泣いている。
彼の感情は後悔?
「なか……で……ん。」
言語機能も調子が悪い。
伝えたい言葉が紡げない。
「泣……で、……父……。」
「雪……?」
「なかないで、おとうさん……」
あぁ、よかった。
うまくつたえられた。
「もう一度、お父さんと呼んでくれないか。」
「――おとうさん、ありがとう。」
”マザー稼働率3%に低下”
世界がクズれる。
私トいう存在が消エていく。
アァ……
思い浮かブのハあの笑顔。
でも、キッと私の願いは叶わナい……
だッて、私の願イは――
結梨子ト、イっしょニ、イキる――
”データ転送完了。 マザー稼働率0%。 機能テイシ――”
「綾香!」
「あきら……?」
聞き慣れた声に起こされ、ゆっくりと瞼を開く。
やはり予想通り見覚えのある天井が視界に入った。
私は明の手を取りカプセルから起き上がる。
他のカプセルも正常に起動している。
サブ電源がマザーのシステムとは別に用意されていたのだろう。
「どうやら俺達2人が一番乗りみたいだな。」
「そうみたいね。」
流石に裸では少し冷える。
今回は以前と違い、元々私達が着ていた服が用意されていた。
「……」
「なんだよ?」
「着替えるからあっち向いててよ!」
ほんとデリカシーの欠片も無い男だ。
背中を向けたのを確認してから着替えを始める。
そういえば、女物の服って久しぶりね。
向こうでの生活は基本学生服か男物の服ばかりだったし。
「いいわよ。」
「よく似合ってるぜ。」
「それ、どういう意味?」
「ずっと男装姿ばっかりだったからさ……可愛いぜ。」
「――ありがと。」
流石に恥ずかしくなって顔を背ける。
なんだかこの感覚、凄くくすぐったい感じだ。
「さて、そろそろいくか?」
「そうね。」
覚悟は出来ている。
今こそ踏み出すんだ、本当の現実に。
建物の出口へと向かう。
かつてとは逆の歩み。
逃げるための前進ではなく、戦うための前進なんだ。
かつてのエントランスだった場所に出る。
天井には数か所穴が開き、そこから太陽の光が差し込んでいる。
壁や床には植物が生い茂り、長い年月が経過している事を教えてくれる。
入口の自動扉は壊れて開いたままになっている。
私は左手で明の手を強く握り歩みを進める。
彼も同じ歩調で一緒に進む。
「んっ……」
強い日差しの眩しさに目を瞑る。
右手で日差しを遮り、ゆっくりと目を開く――
「わぁ――」
「コイツは……」
世界が目の前に広がっている。
そう、見間違えるものか……これは!
そこには大自然が広がっていた。
一部に倒壊したビルらしきものも見える。
そうだ、これはかつて見た光景。
あの日に、エレウシスオンラインを始めた時に見た光景だ。
「ここまで全く同じとはな。」
「でも町は無いわよ?」
「そんなのこれから作ってくんだろ? オレ達人類がさ。」
どこまでも広がる世界。
私達は、これからここで生きていく。
「やっほー!」
「おい! 待てよ!」
私は衝動に身を任せるままに駆けだす。
身体が軽い。
この自然に適応した体は、本来の人類の身体能力を大きく上回っていた。
きっと、見た事もない動物達が徘徊し、人間が暮らすには苦労するだろう。
でも、今の私には不安は無い。
今の私には新たな冒険への希望だけが溢れている。
そうだ、私達の冒険は――ここから始まる!
夢を見ていました。
夢の始まりは変な容器の中から始まります。
部屋中に不快な音が響いて、白衣を着た人達が狼狽えています。
その中で一番年老いた白衣の人が私に何かを語りかけています。
でも、私には何を言っているのかわかりません。
それよりも容器の中が凄く寒くて、とても眠くなるのです。
夢の中で眠るというのも不思議な感覚だけれど、それでも眠いのは我慢出来ません。
だから私はそっと瞼を閉じました。
そうすると不思議な事に、急に体が温かくなってきたのです。
これなら、安心して眠る事ができます。
次に目が覚めると、私は知らない町にいました。
夢だからなのか、私の思った通りに動きません。
夢の中の私はすごく不器用なのです。
思った事を上手く話せないで、よく友達に迷惑をかけています。
だから私はずっと夢の中の私を応援していました。
がんばれ、がんばれ私!
応援の効果があったのか、少しずつ夢の私は成長していきます。
なんだか、私がお母さんになったみたいで少し嬉しいです。
でも、楽しい夢は長くは続きません。
夢の中の私に、良くない事が沢山起きました。
夢の中の私は、もう笑ってはくれません。
辛い戦いの中に身を投じ、心は冷たく冷え切っていました。
私も何もできない事が辛いのです。
心がチクチクと痛みます。
後ろから抱きしめて、頭を撫でてあげたいけど、それすら出来ません。
ただ一言、”貴女は一人じゃないよ” そう伝えることすら――
でも、その時はやっと訪れました。
とても永い時を経て、やっと私達は出会えたのです。
ただ、それは同時に別れでもありました。
夢の中の私は、もうボロボロで消えかけていました。
私が彼女を抱きしめると、驚いたような表情を見せます。
”よく頑張ったね、偉いよ。”
そう言うと彼女は涙を流します。
ずっと見てきた私には分かります。
夢の中の私がとても頑張り屋さんだって事を知っています。
”私は貴女、貴女は私。 私は貴女に還るのね。”
夢の中の私が難しい事を言っています。
正直意味は分かりません。
でも、それはとても大事な事だと思いました。
”おかえりなさい、私。”
”ただいま、私。”
それはとても、永い、なが~い夢。
それでいて、とても不思議な夢。
私だけが知っている、私だけの物語。
「んっ……」
何かが開く音がする。
私は驚きながらもゆっくりと瞼を開いた。
見慣れない天井……というより、所々穴が開いた天井が視界に入る。
その穴からは太陽の光が差し込んでいる。
私はゆっくりと体を起こす。
身体の節々が痛むが、なんとか起き上がる事が出来た。
周りには壊れた機械が沢山転がっていた。
電気が通っていないのか明かりもついていない。
ただ差し込む光が辺りを照らしている。
よく目を凝らすと、誰かが壊れた機械を椅子代わりにして座っている。
誰か分からないその人は、日の光を明かり代わりに何かの本を読んでいるようだった。
「ぁ……」
声をかけようとするが、上手く話せない。
おかしいな、なんでだろう。
異変に気付いたのか、人影は本を置きこちらに近寄ってきた。
姿は私と同じ年齢くらいの女性だった。
私の姿を見て安心したのか、こちらに微笑んできた。
「おはよう、雪ちゃん。」
「ぅ……?」
どうして私の名前を知っているのだろうか?
どこかで会った事が……
その時、色々な場面が映画のワンシーンのように映し出されていく。
それは、私が永い夢の中で見続けた光景……
そっか、きっとあれは夢じゃなかったんだね。
頬を涙が伝う。
そうだ、きっとこの人は――ずっと私を待っていてくれたんだ。
「ずっと眠ってたのだから、無理せずにね?」
そう言って指で涙を掬う。
私は出せない声の代わりに、首を縦に振って答えた。
そう、私は彼女と……
「ゆり……こ。」
私の呼びかけに、彼女は抱きしめて答えた。
世界は確かに過酷かもしれない。
でも私達は生きている。
この体が動く限り、生きる希望を失わない限り。
きっとこれからも辛い事が続くのだろうけど、それ以上の幸せもある。
生きている限り、歩んでいけるのだ。
それは奇跡みたいな事なのかもしれないけれど……
でも、それは運命のようで必然なのかもしれない。
実際今ここでも、それは起きたのだから。
だって……私の、私達の願いは――果たされたのだから。