無駄飯喰らい   作:甘栗@

1 / 16
パンが好きです。


無駄飯食らい、仕事をうける

 

 

 

 

 

 生き物が生命活動を続けるためには、食事をとる必要がある。

 

 

 耐えがたい飢餓感に襲われた空腹からか、はたまた単なる嗜好からなるそれかは置いておくとして。

 生き物である以上は必要不可欠な行為である。三大欲求、中でも食欲という言葉がある通り、食べたいから食べるし、第一食べなければ生きていけないのだ。

 だがしかし。何かを食べるということは、その何かが失われてしまうということでもある。 

 

 ガリゴリ、とどこか子気味良い音。

 

「クチート、もしかして月の石食った?」

「クチ?」

「おまっ、お前ほんとっ、おま......!」

 

 

 というわけで、当面の生活資金にするはずだった鉱石たちは相棒の胃袋に収まっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー腹減った」

 

 

 秋空のシンオウ地方である。

 どことなく冷ややかな風がトバリシティを吹き抜け、街行く人々が白い息を吐きながら大通りを行き交っている。夕方の掻き入れ時なこともあり、今日も隣のキッチンカーから漂う肉の香り。それに鼻孔と腹の虫をくすぐられながら、青年――カイルはぼうっとベンチに佇んでいた。

 

 腹こそ減っているものの、日銭が無いのでキッチンカーで買うことはしない。

 では身も心も満たされないかといえば、意外とそうでもなかったりするもので。ぼうっと景色を見ながら隣で匂いを嗅いでいるだけでも、何というか、こう。幸せな心地がするものなのだ。

 

 街を眺めれば、色んな人がいる。

 

 寒いからねー、と手を繋いでいる親子。

 足早に通り抜けるサラリーマン。

 

「ちょっともう、また何も食べてないの?」

 

 ふくれっ面でもって話しかけてくる少女。

 なんというか、特徴的なデザインのスーツを着ていた。具体的には、どこかSFチックな白と黒を基調とした上下で、腰当たりはミニスカートのようになっている。

 とやかくは言わないが、胸元に大きく『G』の文字があるのは、なんというか、こう。

 

「......やあマーズさん」

「何今の間。なんかムカつくんだけど」

「いやいや、今日も可愛いと思いまして」

「そ、ならいいのよ」

 

 少女は素っ気なく赤色の前髪をいじいじ。どうやら機嫌は斜めから正常に戻ったらしい。

 踏みつぶされる危険が去ったことに、カイルは安堵のため息をこぼしつつ。ちらと彼女の手に握られた二つの紙袋に視線を移す。

 隣のキッチンカーで売っているケバブである。しかも大盛。一番高いやつ。

 

「ほら」

「あざっす」

 

 投げられたので受け取った。

 即座に開封して被りつこうとしたのを人差し指で静止される。

 

「貸し一個。あと一仕事お願いね」

「ケバブ一個で随分と盛りだくさんだなぁ、」

「チッ、」

 

 赤髪少女は舌打ちと共に手持ちのもう一個を放り投げ、追加のケバブを買いに行った。

 あの態度ながら要求にはしっかりと答えてくれるのが可愛い所だったりする。その分は体で払われされることになるので、それはそれで素直には喜べないが。

 それでもまあいいか、なんて頬を緩めた。今はそれよりもケバブを楽しみたいのだ。

 

 かたりと揺れるボールを放り、出てくるは薄黄色の身体と頭部から伸びるこげ茶色のオオアゴが特徴的なポケモン。

 

「よっ、お前の分も貰ったぞクチート」

「クチー!」

 

 空中でケバブを受け取りつつ一回転、それからすとんっ、と。

 カイルの隣に芸術点の高そうな着地を決めた相棒は、久々に手にした肉の香りに目を輝かせている。

 

「やー、久々の肉だぁ」

 

 日数にして一週間ぶりである。

 流石に雑草も食べ飽きてきたし、相棒にもまともな食事をさせてやりたかったところだ。このタイミングでマーズからの誘いが来るのは素直にありがたい。

 まさしく渡りに船。ただし遠いギンガ行きの、しかも泥船ではあるけれど。

 

 ケバブを一口。齧りながら思い返す。

 彼女からは数週間に二度、三度呼び出される仲だった。

 幸いトレーナーとしての勘は鈍っていなかったらしく、傭兵がてらギンガ団の計画に駆り出されることが数回。

 この地方では珍しいポケモンを連れているため、見てみたいと数回。

 ソノオ発電所での計画でよくわからないガキに負けて腹立たしい、愚痴に付き合えと言われたのが、確か前回だったか。

 

 ちなみにギンガ団は意外にもホワイトであるらしく、計画参加時の報酬はそこそこな額を貰えるので参加しない考えはない。

 

 とはいえ、新しい世界がどうだの、崇高な目的がどうだのと。

 そんなことにカイルは毛ほども興味がなかった。正規トレーナーでなく、定職にもついていない人間はその日暮らしの日銭を稼ぐので精いっぱいなのだ。

 

「それで? 今日は何を頼みに来たんだ、マーズさん」

「......ま、後で話すわ」

 

 戻ってきたマーズに尋ねる。

 彼女は遠慮なくどかっと横に座り込んだ。

 

 それから例の通りケバブを豪快に一口、

 

「あんた、またその子にまともなもん食べさせてなかったの?」

 

 "その子"。言うまでもなくクチートのことだろう。

 

「俺も食べさせてはやりたいんだがなぁ、」

「バトルして稼げばいいじゃない......って、そっか。トレーナーズカードないんだっけ?」

「とっくの昔に失効したまんまだ」

 

 現代は電子マネーが完全に普及して久しい。

 現金を持ち歩く人間は少なく、基本的には電子決済を搭載したトレーナーズカードを使うのが主流だ。故に正規のバトルでの賞金のやり取りはカードを介して行われる。

 逆にカードを介さずにやり取りをするのは、非正規のバトル――いわゆる野良バトルと呼ばれ、基本的には歓迎されないのが普通だ。

 

「持ちかけても相手してもらえないわけね」

「そういうこと。一応、地下大空洞でたまに鉱石掘ったりはしてるんだけどね」

 

 であれば何か物を売ることで金を稼げばいいのだけれど、これもまた上手くいかない。

 幸いシンオウ地方には地下全域に大規模な空洞があり、掘り進めればあちらこちらから珍しい鉱石が出てくる。

 不思議な欠片に始まり、ポケモンの像。アオたま、アカたま、きんのたま、etc...。

 

「それ売ればよくない?」

「まあそうなんだけど、こいつが食べちゃうんだ。このアゴで」

 

 目線で横の相棒を示す。

 クチートの捕食器官は二つ。美味しそうにケバブを咥える小さな口と、貴重かつ恐ろしく硬い鉱石をおせんべいさながらにバリボリと食べ進める頭部のオオアゴである。

 後者については味覚はないそうなのだけど、それでも腹は膨れるそうな。

 おやつ感覚で鉱石を食べている、と考えると実にシュールだ。

 

「実際それ売ればそこそこまとまった金になるんだけど、まあ仕方ないな」

「叱った方がいいって言っとくわよ。どうせ無駄だけど」

「ま、他のことでちまちま稼ぐさ」

 

 マーズからため息の気配、

 

「あのさぁ、いい加減その無駄飯喰らい何とかしなさいよ。お金に変わる鉱石ばっか食べてるし、それで太らせる気?」

「まことそうでございますねマーズ様」

 

 特大大盛ケバブを食べている御方が何を申し上げられているので、と。

 もちろん口には出さず、あくまで心の中で考えていたのだけれど、

 

「......馬鹿にしてる?」

 

 

 機嫌もへそも曲げられてしまった。

 

 

 

「機嫌は直った?」

「うるさい」

「そっすか」

 

 触らぬ神に祟りなし。

 こういうときは彼女から話しかけてくるまで黙っておくのがいい。

 

「チ」

 

 食べ終わったらしいクチートが膝の上に乗っかってきた。

 小さい身体がすっぽりとカイルの中に収まって、少し高めの体温がどこか心地いい。それから食べ足りなかったらしい相棒と残りのケバブを半分こし、くっついたまま寝かしつけ、カイルもどことなく瞼が重くなってきた頃。

 

「そろそろね」

 

 おもむろに、マーズが立ち上がった。

 

「ね、カイル。本格的にギンガ団に入ってみるつもりはない?」

 

 人気も遠ざかり、太陽もテンガン山の向こうに沈みきり。

 暗がりに閉ざされたトバリシティの中で、紅一点。朱色のショートヘアーを揺らす少女に、そう問いかけられて。

 

 冗談だろ、と。

 

 喉元まで出かかった言葉は、けれどすぐに飲み込んだ。

 彼女の目は、本気だったから。

 

「断る、と言ったら?」

「言わせないわよ」

 

 一応問い掛ければ、彼女はハッキリとそう返した。

 それだけの自信があるのか、それとも作戦があるのか。どちらにせよカイルとしては、首を縦に振るつもりはない。

 念のため、クチートを起こしておくことにする。

 

「チィ?」

「あー、それじゃ暗くなってきたし。そろそろお暇しようかな」

 

 あくまで自然な笑顔でもって立ち上がるカイルに、マーズもニッコリと笑顔を浮かべたまま。

 

「ま、今日のところは仕方がないわね」

「おっ、見逃してくれる?」

 

 

 微かに、カチリと、音が聞こえて。

 

 

「ブニャット、"のしかかる"!」

「クチート、"アイアンヘッド"で弾き返せ!」

 

 上空高く放られたボールからのしかかりの体制をとったブニャットが飛び出し、ジャンプをしたクチートが背中側の大顎でもってそれを迎え撃つ。

 一度、二度回転し、遠心力を乗せたアイアンヘッドがブニャットの巨体を弾いた。

 小さいからと侮るなかれ。鉱石をも砕く怪力は伊達じゃないのだ。

 

「私が勝ったら入りなさいよ、ギンガ団」

「なるほど、俺が勝ったら?」

「そしたら一仕事お願いするわ」

「俺に得なくない!?」

 

 そんな会話をしてから、一呼吸分の間を挟み。

 先に動いたのはマーズだった。

 

「ブニャット、"とっしん"!」

 

 マーズの言葉に、地響きがするほどの踏み込みでもってブニャットが飛び出す。

 

「ジャンプして躱せ、クチート」

 

 風切り音すら聞こえてくる速度だが、クチートならば問題なく躱せるそれだ。故にカイルは躱す指示だけを行い、寧ろ避けた後の展開について思考を巡らせていた。

 付け入る隙があるとすれば、まさしくそこだったのだろう。

 ギラリと瞳を光らせたマーズが、鋭く次の指示を飛ばす。

 

「そこ、"だましうち"!」

「なっ!?」

 

 先以上に力強く踏み込み、瓦礫が飛び散るほど蹴りだし。

 ブニャットが、更にもう一段階加速した。

 

「ニャァット!」

「--ッ!」

 

 タイミングをずらされたクチートが、"とっしん"をもろに食らって跳ね飛ばされる。

 

「クチート、立て直すぞ!」

「――クチ!」

 

 崩れていた体制を戻し、ブニャットの様子にも気を配りながら着地。

 隙をついた。絶好の一撃を入れた。上空に跳ね飛ばした。この好機を、彼女が見逃すはずがない。着地と共に次の指示が放たれた。

 追撃だ。

 

「"みだれひっかき"!」

「ブガァ!」

「大顎で防げ!」

 

 前足の爪を鋭く伸ばし、あの巨体からは信じられないスピードで迫るブニャット。

 初撃を叩き落し、その勢いを乗せて回転。横薙ぎの二撃目を身をひるがえして躱し、そのままブニャットの背後へ。

 

「"かみつく"!」

「チー!」

 

 首元に大顎を挟み込み、鋭い牙がブニャットの分厚い皮膚に食い込む。

 

「"かみくだく"で掴め!」

 

 ミㇱリ、首をガッチリとホールド。

 クチートの筋力であればこのまま骨を折ることはできるけれど、カイルの目的は倒すことではない。かといって生半可な力で掴み続ければ、ブニャットからの手痛い反撃を食らうことになる。

 故にここでの正解は、戦闘の継続が難しい状態に落とし込むことだ。

 

「そのまま"ぶんまわす"!」

「チーッット!!」

 

 血管が浮き出し、更に大顎に力が込もる。

 大きく声を張り上げ、力の限りブニャットを振り回して投げ飛ばした。大砲を思わせる速度と質量のまま、ブニャットはマーズの背後に吹っ飛んでいく。

 

「ブニャット!」

 

 あくまで倒すのではなく、戻れないくらいに吹っ飛ばすことで戦闘不能にする。

 ......誰かに当たっていたり、しないだろうか。一応人気はなくなっていたし、見える限り誰かがいないことも確認はしていたけれど。

 あの速度で飛びくるブニャットにぶつかったのなら、まず間違いなく無事では済まないだろう。

 誇張抜きに大砲のそれだ。

 

「っは、」

 

 自分でぶん投げておいて、なんてカイルは笑う。

 反してマーズはぎりぎりと歯を食いしばり、顔を真っ赤にして。

 

「ムカつく、ムカつく......!」

 

 本来ならここで賞金のやり取りを挟むところだけれど、カイルはぐっと堪える。

 ああ見えて真面目な性格の彼女だ。賞金は貰えるだろうけれど、怒り狂う彼女を宥める作業。おまけにその後でナーバスになった彼女を励ます作業までくっついてくる。

 正直、面倒である。賞金は惜しいけれど仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹っ飛んでいたブニャットを介護し、半泣きのマーズを宥め。

 それから程なくして、カイルたちは近場のベンチに座り込んでいた。

 

「それでさ、なんでこんな強引な手段をとったんだ?」

 

 マーズは何というか、実直な少女だ。

 何事にも真っ直ぐに取り組み、その努力を怠らない。彼女の長所といえるだろう。しかしながらその実直さは、目指す方向性自体が外れてしまえば見る間に短所と化してしまう。

 

 今回は、その悪いところが出てしまったんだとカイルは思う。

 それがギンガ団の計画でもない限り、こんな強引なやり方を彼女は好まないから。

 

「アカギ様に、言われたのよ」

 

 ぽつりとこぼれるは、ギンガ団リーダーの名前。

 

「ちょこちょこ計画に呼んでたあんたのこと、あの方も知ってたみたいでさ」

 

 そこからマーズが話すことを簡単にまとめるならば、

 

 ギンガ団はこれから大きな計画の実行段階に移る。

 しかしながらシンオウ地方各所で計画を進めていくため、問題として戦力を一か所に集中することができないことがある。

 加えて、近くにある街のジムリーダーによる妨害。その上最近は計画の場に現れては構成員たちを倒して回る謎の子供の情報もある。

 

 そんな問題が浮かんでいる中、まずはギンガ団の戦力を増強する必要があるわけで。

 結果として、ときおり雇われ傭兵として顔を出していたカイルに白羽の矢が立ったそうな。正直人が足りていないんだろうなぁ、と思う。

 

 計画でもない限り強引なやり方はしないと考えていたのだけど、なるほど。

 今回は計画の一部だったらしい。

 

「とはいってもなぁ、俺も入るのはごめんだし」

「制服がダサいから?」

 

 カイルは苦笑。

 まあ、それもあるのだけど、

 

「正直言うと、ギンガ団の目的ってやつに興味がないから」

「はぁ、別にいいじゃないそれくらい」

「いいや、そうでもないよ」

 

 カイルは首を振る。

 

 『団』とは、同じ目的をもったもの同士がそれを達成するために身を寄せ合うものだ。

 集団を束ねるには共通の目的が必要になる。そして集団の数が多ければ多いほど、その必要性は高まっていく。

 目的を失った団は崩壊の一途を辿るのが自然の理。

 

 故に、構成員一人ひとりをとっても目的意識を持つことは重要なのだ。

 そう考えればこそ、目的に興味を持っていないカイルの加入はありえなかった。

 

「マーズさんは、俺を連れて行かないと怒られるの?」

「多少はね。でも勝負は勝負だし、残念だけど今回は見送るわ」

 

 それよりも、とマーズは立ち上がり。

 先とは打って変わって真剣な表情でもって、カイルに向き直る。

 

「仕事の話よ。あんたに一つ依頼がある」

 

 カイルは黙って続きを促す。

 若干頼みづらい内容であるらしく、彼女は大きく息を吸い、そして吐き出して。覚悟の決まったらしい紅の瞳でもって、カイルの目を見つめなおした。

 

 正直言えば、度肝を抜かれた。予想の斜めはるか高みをいく内容だった。

 いくばくか考え、こちらも大きく息をつき。

 

 それから、伸ばされた。微かに震えているマーズの手を取った。

 

 

 

 ――伝説のポケモン、"エムリット"の捕獲に協力してほしい。

 

 

 

 それが彼女からの依頼だった。

 

 

 




不定期更新です。
早かったり遅かったりします。

よろしくお願いします。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。