話の都合上現世組のマーズやらが完全に空気になってますが、この後いっぱい出番があります。
牛肉コロッケが好きです。
規則的に地面が揺れていた。
何か乗り物に乗っていたらしい。窓の外に移る景色が目まぐるしく入れ替わる。
右へ、左へ、ガタゴトと音を立てて。
それからしばらくして、大きな笛のような音が聞こえた。
程なくして一際大きくガタリと揺れると、それきり地面は動かなくなった。
進んだり、止まったりと忙しいことだ。
真っ暗だったところから、急にライトアップされた。
明暗差に慣れれば、視界に映るものも変わっていた。
数十歩ほど離れた先。向かう合う相手が二人、ポケモンが二体いた。
恐らくは戦っていたのだと、そう思う。
目の前にも、見知らぬポケモンたちが二体いた。
『二体』いた。
一方はノボリのポケモンなのだろう。だがもう一方はそうではないはずで。
ならば自分の横にいるのは――と思考した刹那。
横にはよく見知っているはずの男の姿が見えて、それで。
それで、
▽
最近になって気がついたことがある。
というよりは、状況が変わったとでも言うべきか。
例によって現在進行形で迷子となっている記憶についてだが、当初に立てた想定とは若干異なる状態であることが掴めてきたのだ。
きっかけは、過去を思い出そうとしたとき。何かしらの情報の断片が浮かび上がり、しかし決まって脳にスパークが走りそれを中断されるようになったことだった。
最初は夢でも見ているのかと思ったけれど、だとすればあまりに明瞭すぎるし。
第一見覚えのないものやポケモンがあまりに多すぎる。何よりあれがノボリの記憶でなく単なる妄想なのだとすれば、想起するたび胸に燻る懐かしさはどう説明がつけられるのか。
そんな考えから、新しく仮説を立ててみることにした。
言うなれば記憶は失ってなどおらず、ノボリの中に確かに存在している可能性である。
ありはするものの何かしらの要因でそれを参照することができない。
過去を本に例えるならば、その各ページには記憶が描かれていて。そのページの上から中身を隠すように白紙のページが貼られている、というような。そんな状態になっているのではなかろうか。
どういった経緯でそうなったか――何かしらのショックで落っことしたり、忘れたい出来事に蓋をしたりなどだろうか――は気になるが、一旦置いておくとして。
《まずまちがいなく わたしがきおくにふうをしている》
そんな仮説を裏付けるように、ユクシーがテレパシーでそう零した。
小さな手がぺたぺたとノボリの頬や手に当てられ、時折額の宝玉で照らされるなどして数分後のことである。
《だが わたしはそんなこと していない》
「「???」」
僅か二言で盛大な矛盾を生み出すその言葉に、思わず全員が首を傾げる。
「え、ユクシーがやったんじゃないの?」
《そう わたしがふうをしたのは まちがいない。こんせきがのこっているから》
「だよね。じゃあノボリさんの記憶をさ、ちょちょいって戻してあげてよ」
《それはしてあげられない》
テルの持ちかけを断りつつ、ユクシーはノボリの官帽に腰を下ろして。
《このひとのきおくにふうをしたのは ここにいるわたしではないから》
というわけで、改めて言われ直されてしまったのだった。
したくないだけで封印の解除自体は行うことができるのか、はたまた記憶はユクシー本人ならば読み取ることができるのか、など。気になる点はちらほらあるが、それらを一から十まで懇切丁寧に説明してやろうという気はないらしい。
最低限は教えてやるから、考えられることは自分で考えてみせろとでも言いたいのだろう。
知恵を試すユクシーらしいそれである。
「うんん? 私こういうの考えるの苦手だぁ......」
「僕も......」
カイとテルは眉間に皺を寄せうんうん唸ってみたり、おもむろに辺りを歩き回っていたリ。
しかしそれで答えが捻りだせるような知恵者でもない。程なくして二人とも座り込むと、その場で知恵熱の煙を上げ始めて。カイに手招きされたグレイシアが慣れた様子で主人の膝にするりと収まっていく。
「レシー」
そんな姿に苦笑が浮かぶのを感じつつ、一息つき。
ノボリもはてと考えてみれば、どこか引っかかるものがあることに気がつく。
(にわかには信じがたいですが)
あくまでも違和感というか。
それに実体を持たせるべく、改めて思考を回そうとしたノボリの横では、ぐるぐる目のショウが頑張って情報を整理しようとしていて。
「えっと、えっと、封印をしたのはユクシーだけど、それは今ここにいるユクシーじゃなくて、じゃあ『いつの』――」
それだ、と。
引っかかっていたものが、確かに感じられた。
「なるほど」
合点がいったというか、まあ実際そうだろうなとは思う。
ユクシーは最初から本当のことしか言っていない。ただあまりに現実離れした話であるため、それを受け入れる度量が足りていなかっただけだ。
ノボリが帽子を軽く叩けば、ユクシーはふわりとノボリの前に浮いてくる。
その表情はなんだやっと気がついたかとでも言いたげな、口端を三日月型に吊り上げたそれで。
「お久しぶり、というわけでございますね」
《はじめまして だね》
「「???」」
余計に疑問が深まっていく気配。
しかしその中、「あっ」と何かを納得したらしい声が聞こえた。ショウだ。
「ノボリさんは未来でユクシーに記憶を封じられたわけですもんね。だとしたら、確かに記憶は戻せないです」
「ん、どうして?」
「簡単ですカイさん」
ショウはぴんと人差し指を立てる。
「過去の改変を防ぐためです。そうならないように未来のユクシーが記憶を封じたのに、この時代のユクシーがそれを解いてしまっては意味がないから。そうですよね?」
《......》
概ね、ノボリも同じ見解だった。
時間に関する構想や可能性についてはしばしば学者たちの間で活発な議論が行われているが、何よりのタブーとして扱われているのが過去の改変である。
ひいては歴史への干渉となるそれだ。できるかどうかはさておき、各々が好き勝手に手を加えることをよしとすれば歴史そのものが成り立たなくなってしまう。
故にこそ、時間を遡りは許しても記憶の持ち込みはさせなかったのだとうかがえる。
少なくとも一般人がそうすることは許されないだろう。
特例中の特例は存在するものの、ユクシーにそれを許可する権限はなく。『ユクシーよりも上位の存在』であればあるいは、といったところか。
《さといこ》
「えへへ、ありがとうございます」
というわけで、太鼓判が押され。
カイとテルへの補足説明はどこか自慢げなショウによって行われることとなる。
《ところで》
それを見ていたノボリにパチリと走る思念。
(......私にだけ?)
ユクシーは、指を1本立てていた。
意図はなんとなしに理解できる。黙って聞けとか、話さないでとか。恐らくはそんなところか。
《きみのきおくについて ひとつおしえておく》
(記憶、ですか)
《そのうちもとにもどる》
(っ!?)
《そうなるようにふうじられている すこしずつもどってくるように こころあたりがあるんじゃ?》
心当たりも何も、それが理由でわざわざユクシーに来てもらったわけで。
しかしそれすらも彼にはお見通しなのだろう。
《ほんとうはよくないことだから おおきなこえじゃいえないがね》
みらいのわたしはわるいやつだね、なんて。
そう付け加え、ユクシーはいたずらっぽく笑うのだった。
○
というわけで、ユクシーに直接記憶を戻してもらえる可能性は水泡に消えた。
しかし収穫が無かったわけではなく、記憶については大きな情報を得たわけで。
せっかくなので一緒についてきたアグノムとエムリットにも見てもらったところ、ざっくりとこんな具合のフィードバックを貰うことができた。
《ながされてではなく とてもつよいあなたのいしで やってきている》
《おおきなかんじょうのうごきがあったみたい いまでは おちついているけれど》
要するに未来で何かがあり、ユクシーに記憶を消して貰った上で過去へやってきたと。
そんな具合の状況が薄ぼんやりと浮かんできており、もしかしなくても戻る前の自分は何かしらの形で過去を改変しようとしていたのでは、と。
さんざ歴史への干渉云々の話をした手前、とても口にできたものではないけれど。ノボリに限らずこの場の全員が同じことを考えているだろう。
実際どういう理由でやってきたのかは気になるところだけど、その内記憶が戻る以上はわざわざ今戻してもらう必要もない。それにこの場で記憶を戻した結果ノボリが過去を改変したとして、罪に問われるのは未来の記憶をよみがえらせたユクシーとなるはずだ。
その考慮もして記憶が戻る設計にしたのだとすれば、随分と巧妙である。どの時代のユクシーが罪に問われるのかは限定させることができないからだ。
《だいたい これからXX年後からきみはやってきている》
知ってか知らずか、飄々としているユクシーからノボリの元いた時代が告げられる。
「うん、作戦に必要な情報はこれで全部集まったかな。本当はノボリさんの記憶も戻せれば良かったんだけど......」
「それ以外が全て集まっただけでも十分です。これ以上は贅沢だ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
《まあ そのころには きみのきおくもすべてもどっているだろうね》
これまた、ノボリにのみ送られた思念だろう。
通常の会話と同時並行で仕掛けられると頭がこんがらがりそうになる。
「とはいえ、XX年後まではノボリさんに頑張ってもらわないといけないってわけだね」
「幸い、待つのは得意なものですから」
「随分と気長だ。わたしは干からびちゃうかも」
そんな他愛のない会話をぽつりぽつりとしていた折、くいと袖口を引かれる感覚。
見れば、ショウだった。嫌な顔をしていた。唇をきゅっと引き結び、大きな目の端には涙の粒を溜めて。固く決めたはずの決意を揺らがせてしまうような、そんな表情だった。
「本当にそんな作戦、やるんですか」
「......」
絞り出すように呟くは、そんな言葉で。
並ぶショウも同様に俯いたまま、小さく身を震わせていた。
頑張ってノボリさん未来まで生き残ってもらおう大作戦ーーカイには悪いが、流石に長いので以降は作戦と略そうと思うーーについては、この二人にも簡単に内容を伝えておいた。
だいぶ突拍子のない作戦内容であることは自覚があったため、二人には情報を整理する時間を与えて。その余暇でユクシーに記憶の手掛かりについて聞いていたのが時系列である。
情報についての咀嚼も終わり、その上で納得がいかなかったのだろう。
「そうですね。やらねばなりません」
ノボリとしては慣れた対応である。
なにせ、既にカイとも同じ問答を繰り返しているのだ。その最中でこそ衝突もあったが、結果として彼女には納得した上で同席してもらっている。
「私は、その作戦に納得できません。あなたのことを送り出せないです」
とはいえ、作戦の内容が内容だった。
ショウやテルからの納得が簡単に得られないことは織り込み済みである。
「第一やぶれた世界についてだって、少し調べたってだけで全貌がわかってるわけじゃないですよね」
苦笑い。
わりと痛いところを突かれてしまったものだから。
もともとは、ヒスイの危機ーーウォロとの闘いが収束したところまで話が戻る。
ヒスイの地の最北東。群青の海岸と呼ばれる地域にはとある隠れ泉が存在し、その中心には『もどりのどうくつ』と名付けられた洞窟がぽつりとある。ウォロがいなくなって以降はギラティナがそこに住み着いていたそうだが、ギンガ団による調査の後戦闘へと発展。
最終的にはゲートを開くと、潜り込んでそれきりーーというのがシンジュ団の知る情報であり。
そうして『残されたゲート』の繋がる先が、やぶれた世界だったわけである。
ヒスイの地にも様々な伝承が伝わっていたため、ノボリにも僅かに知見があった。
所説はあるが敢えて一言で表すならば、ありとあらゆる法則が、流れが、果てには時間までもが歪んでいる裏側の世界であると。
そんな場所へ行く機会が目の前。好奇心もあるがとある可能性を探るべく、ノボリとカイはギンガ団に協力を要請し数度の遠征を行って。
実際、いくつか収穫はあった。
その内の一つが、あの世界での歪んだ時空の存在である。
詳細はラベン博士でないと説明できないので省くが、万物に適用される時間の流れすらもやぶれた世界では歪み、何だったら止まっている。
そしてそれが生物にも不自然な形でそれが適用されており、あの世界では生物の時間すらも止まったままになってしまうのだ。
老いることもない。生理現象を催すことだってありはしない。
まさしく肉体そのものの時間まで、止まってしまったかのように。
つまるところこの作戦は、そういうことである。
老いもせず、腹も空かず、眠くもならない。そんな狂った世界でノボリがたった一人、目的の時間軸に時代が追いつくまで数百年、ともすれば千年単位で延命処置をした上で、元の時代へと戻るーーと。言ってしまえば正気の沙汰でない内容なわけだった。
「教えてくれたことだって、仮説ですよね? 100年200年経った時どうなってるかわからないじゃないですか」
まあ、その通りだと思う。
「しかもそんな長い時間生きるとして、ポケモンならともかく人間だとどうなっちゃうか、誰もわからないですよ」
それもまあ、その通りだと思う。
「何より、寂しいと思います」
ーーまあ、そうかもなぁ。なんて微妙な気持ちになってしまったけれど。
それをそのまま認めてしまえば、せっかく固めた覚悟が緩んでしまう気がして。ノボリは何も言わず次の言葉を待つことにした。
納得がいかないのならば、納得してもらえるまで腰を据えて話せばいいのだ。ある種単なるわがままであり、これに付き合わせるのは若干忍びないけれど。
この世界で最後の顔合わせなのだから、できれば許してほしいな、なんて思ったりする。
ともかく、そんな覚悟だった。
それをわかってもらうために会話を紡いでいくつもりだった。だからこそノボリは、黙って続くショウの言葉を待っていて。
けれど、言葉ではなかった。
ーー刹那、テントが大きく煙を上げ弾けて。
ノボリは爆風から受け身を取ってすぐに立ち上がり、モンスターボールを放った。
飛び出した毛むくじゃらことモンジャラが、高速回転する体でツタを振り回して煙を払う。瞬間すでに目の前にまで迫ってきていた電撃ーー"10まんボルト"を地面から伸びた"つるのムチ"が受け止めた。
空気中に青白い残光が広がるのも束の間。避雷針の役割を果たしたつるの数歩後ろでは、既に体制を整えたモンジャラが反撃の準備に入っており。
荒れ狂うがごとく解放された植物エネルギーが、螺旋状に纏められ球体の形を成す。
耳に響く高音が高鳴り、一瞬の静寂の間を挟んで勢いよく"エナジーボール"が発射された。
虚空を抉り、残光を散らし、そうして迫るエネルギーの塊を目の前に、ノボリたちと相対する小さなポケモンは一切動揺した様子を見せず。
逃げるどころか、"エナジーボール"へと向かって真っすぐに駆け出して。
程なくして力強く地面を蹴りつけると、前回転をつける形で小さな体を捻り。
尻尾による、一閃。
そうして"アイアンテール"により縦に両断された"エナジーボール"は、鋭く着地したピカチュウの遥か後ろで新たに爆風を巻き起こした。
ここまで一連の流れに、カイはシンジュ団の里内で始まったことに頭を抱えていた。突発的に始まったこととはいえ、正直申し訳ないとは思う。後でいももちでも差し入れるべきか。
テルは何も言わず、けれど止めようともせず、ただじっとその場で見ていた。彼なりに覚悟を決めた目をしているように思えた。
そして、ショウは。
「あなたをみすみす死に場所に送るつもりはないです」
浮かぶ涙を振り払い、力強くそう宣言した。
言外に「どうしても行きたければーー」という意図を感じる仕掛け方である。少なくともノボリはそう受け取った。
だからこそ、官帽を改めて被りなおし。
呟く、
「......そうですね。私たちはいつだってそうだ」
言葉で、会話だけで、理屈をすべて理解し感情を御すのは賢者の所業である。
場も荒れることはないし、時間だってかからない。この世のありとあらゆる物事がそうして解決できるのならば、なんてスマートだろう。
しかし人類皆がそれをできる賢者ではなく、むしろそうすることが難しい愚者の集まりだからこそ世の中は成り立っている。
そして、ノボリも、彼女も、当然ながら後者にあたる人間だ。
言葉だけで分かってもらえるはずだなんて、できもしない綺麗ごとを一瞬でも考えた自分自身に猛省する。
そうできないノボリだからこそ、何かを成すがために過去へ飛んできた。
そうできない人間たちだからこそ、ウォロとは和解せず決着をつけた。
そうできない自分たちだからこそ、会話でなくバトルでもって相手の意見をねじ伏せようとしているのだから。
「ショウさんは、自分の意見を曲げるつもりはないでしょう。そうまでして止めてもらえることを、何よりも光栄に思います」
故にこそ、ノボリも全力でもって応対すべきなのだ。
「しかし私にもやらねばならないことがあります」
一歩踏み出し、ノボリもまた覚悟を決めた上で改めて伝える。
「未来に戻らなければいけません。あの時代に、あの場所に、私のパートナーがいたはずなんです」
断片的な情報だった。
最初は確証なんてなかったけれど、繰り返し夢に見るうちに推測から確信へと変わっていった。
理由はわからないが、結果としてノボリは彼のことを置き去りにこの世界へやってきている。であればこそ、戻らなければならないと。そう思った。強く、思ったのだ。
その気持ちだけは、譲るつもりなんてない。それは彼女だって同じだろう。
「私が勝ったら、他の方法を考えてもらいます」
「あなた様の気持ちを受け取った上で、同じく強い気持ちでお返します」
意思と、意地と、気持ちのぶつかり合いだった。
「おねがいピカチュウ!」
「では参りましょう。モンジャラ、出発進行ーッ!」
宣言は短く。再び、電撃とツルが入り乱れ。
辺りに爆風と余波を撒き散らしながら、戦いの火蓋が切って落とされた。
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