それはさておき、お気に入り登録、高評価ありがとうございます。
おかげさまで二話目が投稿できまして、とても励みになっています。ありがとうございます。
亀更新ですがどうぞよろしくお願いします。
シーフードのカップ麺が好きです。
その ポケモンの めを みたもの
いっしゅんにして きおくが なくなり
かえることが できなくなる
その ポケモンに ふれたもの
みっかにして かんじょうが なくなる
その ポケモンに きずを つけたもの
なのかにして うごけなくなり
なにも できなくなる
――ミオ図書館、『おそろしい しんわ』より抜粋。
▽
ポケモンの中には、稀にその名を、その能力を伝承として語り継がれるものがいる。
その要因は様々だが、多くの場合は常識の範疇を超える能力にある。
あるポケモンは、はるか昔に時間の概念を創造した。
それと対をなすポケモンが、空間の概念を創造した。
はたまた、そのポケモンたちが生まれるよりも昔、原初のポケモンがこの世界を創り出した、なんて言い伝えだってあったりする。
正直、それが本当であることすらにわかには信じがたい。
だからこその伝承なのだ。言い伝えとして、物語として伝えることで、ふんわりとその存在を意識づけている。
今回の目標。エムリットにも、そんな伝承が存在する。
「"感情"、か」
雨音に乗せて呟く。
各地に伝わる内容は様々だ。
ある時、その存在が人々に感情を与えた。
発さずとも、内からなる言の葉をその者は理解する。
そのポケモンに触れれば、感情を奪われる。
聞いた限り、調べた限りではだいたいこんな具合だったろうか。
要するに、他人の感情に対して干渉を行うことができる能力があるらしい。いわゆるテレパシーというか、シンパシーというか。どちらにせよ並外れた能力である。
これを捕まえろ、というのが今回の指示なのだそうで。
カイルは吐息。
次いで、反対側で火を囲むマーズに語り掛けた。
「中々の無理難題を頼むな、マーズさんとこのボスは」
「理想の実現のためだもの、当然よ」
「そうかい」
コーヒーを一口、啜ってから一つ息をつく。
正直にいえば、色々と思うところはあるのだ。
ただそれを正直に言葉にすると色々と面倒なことになるので、そんな不満をため息という形で吐き出している。
雇われ傭兵の身だとはいえ、せめてこれくらいは許してほしいとカイルは思う。
そんなことを考える内、袖をくぃと控えめに引かれて。
足元のクチートが、ものほしげにカイルの握るコップを指差していた。
「クチ」
「これ苦いぞ」
「チゥ、」
上目遣いでおねだりをしてくるクチート。
前回あげたときには苦かったらしく逆ギレされたので、今回は鋼の意思で無視を貫くことにする。人間は学びを重ねて成長するのだ。二の足は踏まないと心に決めていた。
口を尖らせるクチートの頭をそっと撫でてから、カイルはもう一つのカップにコーヒーを淹れる。
「マーズさん、砂糖とミルクは?」
「マシマシで」
「マシ、」
カイルは苦笑。二郎系じゃないんだから。
「沢山ね、ほらこれ」
「ん、ありがと。ていうかさらっと用意してるけど、どっから持ってきたのこのコーヒー」
「さっき本部から拝借してきた」
「......見逃すのは、今回だけだからね。それとクチートはこっち来なさい。これ甘いから」
「チー!」
深まる苦笑。色々と甘い。
小雨降りしきるシンオウ地方。
カイルたちはシンジ湖の畔にきていた。
なんでも伝承によれば、シンオウ地方各地に点在する三つの湖。中でもここの中心に佇む小島の中にエムリットが眠っているのだそうだ。
詳細な歴史についても会議で話されていたような気がするけれど、早々に意識を手放したカイルにはそんなこと知る由もない。
とはいえ。
どれだけ良い情報を集め、またそれをもとにした計画を立てたとしても。結局のところ実行に移せないのならば、それらは全くもって意味のない絵の中の餅となってしまう。
なんだったら、現在絶賛そうなりかけている状況なわけで。
「はぁ、」
これで四度目のため息。
シンジ湖にやってきてからはや二時間。絵の中の餅を取り出すことができず、責任者であるマーズさんの表情は暗いままだった。
ちらと湖を見れば、高く上がる水しぶきと団員たちの必死そうな声がする。
「あのギャラドス、まだ居座ってるんだな」
「ほんと、いい加減にしてほしいわ」
このあたりの生態系の頂点には、きょうあくポケモンのギャラドスが君臨している。
彼らの縄張り範囲は広く、またその意識も強い。
悠々自適にシンジ湖内を見回るように泳ぎ、近づく者たちには何人たれどその巨体と強力な技でもって牙を剥いてくるのだ。
『地元の人間はシンジ湖に近づかない』というのはわりと有名な話である。
要するに本日のギンガ団は、彼らの縄張りへの侵入を咎められ続けているのだ。
「まだ戦ってるのか、みんな大変そうだなぁ」
「逆よ。あんたが暇そうにしすぎなの」
からからと笑う。
見張り番を命じられているカイルの心持ちはいたって軽い。
人が集まってくるのは、大抵何かが起きてからである。故に現状の見張りは、座ってのんびりしているだけでも成り立つような簡単なお仕事なのだ。
湖からは爆音と共に砂煙が上がる。
「そう言われても......一応、仕事はしてるからね?」
「見張りなんてなんも起きなかったらただの暇人だから」
「刺さるなぁ」
鋭い、がしかし、言ってることは至ってまともなのが悲しい。
とはいえ一度命じられた役目は最後まできっちりと果たすのが傭兵の役目。故にカイルは最後までこの見張り番の役目を全うさせて頂くのだ。
湖からはギンガ団員の情けない悲鳴が聞こえてくる。
「大体、みんな根性がないのよ。今の声聞いた? とてもギンガ団員とは思えないわ」
「今のはひどかったね」
湖からは、また水しぶき。
そんな光景を横目に、カイルは恐る恐るマーズに尋ねる。
「ちなみに、今は何部隊くらいやられてるわけ?」
「二部隊。とりあえず今は休んでもらってるけど、これ以上やられたら作戦に支障が出るわね」
「まぁ、相手が相手だからなぁ。それも仕方ない」
被害は大きいが、それでも妥当な数字だとは思う。
降りしきる雨の中、湖ということで相手の得意な
豊富な技の種類に加え、強靭な肉体。またそれを活かした攻撃手段。簡単に何とかできるような相手でないことは想像に難くない。
マーズも同じ考えらしく、神妙な表情で頷いていた。
そして、またニコリと可愛らしい笑顔を浮かべて。
どことなく嫌な予感、
「そ、仕方ないわよね。だからカイル、一仕事お願い」
「報酬は?」
すくっと立ち上がる彼女は、馬鹿ね、とでも言いたげな小生意気な表情で。
「エムリット捕まえなきゃ報酬自体ないわよ」
カイルは今日一番の苦笑。
それを言われたら何も言えないですマーズ様。
▽
「さて、どうしたもんか」
とりあえず戦っていた団員たちと交代し、まずは様子を見るところから始める。
流石に進化系なだけあって、戦闘経験そのものも豊富。多対一での戦い方もそれなりに理解しているようだった。
何せ、これだけ敵を追い払っておいて陸に上がってくる気配が毛頭感じられない。
相手の土俵に乗らず、寧ろ自分の得意な戦場に引き込む。
数的不利を覆すための基本戦術だ。
「頼んだ、エーフィ」
ボールを放り、飛び出すはしなやかな体躯と額の宝石が印象的な姿。
たいようポケモン、エーフィ。パーティーで二番目の古株だ。
クチートで相手取ることも考えたけれど、水中戦は論外。
かといって地上へ引き上げようにもギャラドスの方から物理攻撃が飛んでこないので仕方がない。故に今回は留守番である。
エーフィはといえば、何も言わずカイルの足に二又の尻尾を巻き付けていた。
「こら、一応バトルの場だから」
「フィル、」
ちょっと悲しそうで罪悪感、
「ギャアアアアス!」
「くるぞ、"ひかりのかべ"!」
ギャラドスは咆哮と共に"はかいこうせん"の構え。
対し、エーフィは渋々といった様子で額の宝石のサイコパワーを高めて。
そうして撃ち出された破壊の奔流を、展開された三枚の障壁が迎え撃った。目を奪う光と共に爆発が起き、晴れていく砂煙の中には健在なエーフィの姿。
カイルは安堵と共に次の指示を飛ばす。
「そのまま、"めいそう"」
「――フィ」
エーフィは藤色の瞳を閉じ、大きく深呼吸。
風のなかったはずのこの場所で、ざわり。目に見えない何かがうごめく感覚。それは小さな風を生み出し、やがて清流が如く吹き抜ける烈風へ。
その全てを吐き出す吐息と共に静めると、エーフィはゆるりと目を開き。
――額の宝石が、先以上に眩い赤の輝きを放つ。
エスパーポケモンの超能力の高まりは、そのまま攻撃と防御の強さに繋がる。
攻撃はより広範囲に、強力なものへ。防御もより大きく、硬いものへ。しかしながらそれだけの力を扱おうとすれば、当然そのポケモンの体にも負担がかかる。
故に、突き詰めるべきは短期決戦だ。
「"みらいよち"」
「エフィッ!」
エーフィが天高くサイコパワーを放ち、その間にギャラドスは作戦を変えたらしい。
巧みに水中に潜り込み、素早く地上のエーフィへと接近。先よりも近く、かつ現在位置を特定しにくいようにした状態から巨大な激流――"ハイドロポンプ"が繰り出された。
「撃ち返すぞ、"シャドーボール"!」
「エーッフィ!」
前方へと放つ"シャドーボール"が"ハイドロポンプ"とぶつかり合い、相殺して小さな爆発を起こす。
舞った水蒸気で視界が悪いけれど、それはお互い同じ。
寧ろ超能力で感知のできるエーフィに歩がある、と。
「風、?」
思考を巡らせる最中、はたと気づく。
相手の攻撃はそれに留まらず、吹き荒れる風が竜巻の形を成して左右からエーフィに迫っていた。
"ぼうふう"を水中に潜る前に予め仕込んでいたらしい。頭の回ることだ。
カイルは舌を打ち、鋭く次の指示を飛ばす。
「"ひかりのかべ"で自分を覆え!」
指示を受け、エーフィは球状に"ひかりのかべ"を展開。急ごしらえ故に強度には難があり、吹き荒れる"ぼうふう"をヒビが入りながらも何とか防ぎきった。
しかしながら、嵐のような攻撃は止まず。湖から飛び出したギャラドスが、大木のような尻尾で"アクアテール"を繰り出す。
「ギャラァッッッ!!」
「ッ、」
「エーフィ!」
胴体に直撃し、エーフィが背後まで吹き飛ばされた。
砂煙舞う中、油断のないギャラドスは再び"はかいこうせん"の構えをとり――
「ギャッ?」
放出されるはずのエネルギーが、未だ球体の形を保っていることに気が付く。
"サイコキネシス"によって、射出しようとする力の働きを無理やりに抑え込んでいるからだ。
恐らく"めいそう"抜きでは成しえなかった力業。
けれど、現状できる中での最適解だ。
行き場を失ったエネルギーは、やがて大きく膨れ上がり。
後は風船とそう大差ない。エーフィが超能力による捩じりを加えることで、エネルギーを蓄えに蓄えた光球がその場で一気に破裂する。
響き渡る爆発音、
「ギャガッ、」
とはいえ、タフなギャラドスのことだからこの程度では怯まないだろう。
やはり『保険』をかけておいて正解だった。
「大丈夫か、エーフィ」
「エフィ」
砂煙から飛び出したエーフィの足取りは重い。
元々物理攻撃に弱いエスパータイプだ。たかが一発とはいえ、高い攻撃能力を持つギャラドスの攻撃を受けたのだからそうなるのも頷ける。
これ以上の戦闘はこちらの被害が大きくなるばかりだ。
であれば、丁度よかったとカイルは息をつく。
まだ気は緩めていないし、油断をしているつもりもないけれど。
「"サイコキネシス"で縛り付けろ!」
体内時計が指し示す時間通りならば、次の攻撃でこのバトルが終わるはずだから。
「フィッ――――!」
高めた超能力で、ダメージの残っているギャラドスを押さえつけて。
ギリギリと絞めつけることで少しでもダメージを与える。当然こんなことをしても倒せないことはわかっているけれど、カイルたちの本命は絞め上げての戦闘不能ではない。
残る切り札は、少しだけ遅れてここまでやってくる。
はるか上空から、キラリと。
流れ星とも見紛うようなアメジストの輝きを放ち、サイコパワーの奔流が唸りを上げて迫って。
「ギャッ、ラアアァァァ!」
「フィィィィッ――!」
逃げようともがくギャラドスを、エーフィが渾身の"サイコキネシス"で掴んで離さない。
これで王手だ。
「――"みらいよち"!」
シンジ湖に落ちる流星。その光が、瞬く間にギャラドスの体を包み込んで。
耳をつんざくような轟音と共に、大きく、大きく弾けた。
光が収まれば、そこには力なく浮かぶギャラドスの姿。
隠れていたマーズさんはドン引きだった。
「ちょっと。やりすぎ」
「......何となく、そんな気はしてた」
正直、派手に戦いすぎたとは思う。
とはいえ、どうせカイルが戦う前にも団員たちが散々騒いでいたわけだし、今更少しくらい派手な攻撃をしたってそう変わらないだろう、多分。
「それよりもほら、湖が開けたし。今のうちに小島に渡ろう!」
とりあえず一体倒したはいいけれど、シンジ湖にいるギャラドスはそれだけではない。
他のギャラドスたちに気が付かれたくはないし、時間をかけすぎて若干日も沈み始めている。そこそこに急がねば面倒なことになるのは想像に難くない。
カイルはマーズの手を取り、お疲れのエーフィを片手で抱きかかえて。
「エーフィ頼むな。それじゃあいくよー、マーズさん」
「ちょ、どっ、どうやって!?」
「"テレポート"」
「フィッ」
指示と同時、グン、と頭が思い切り引っ張られるような感覚。
そして転送が行われるその刹那、いやいやお前何してんだ信じられないとばかりに睨みつけてくるマーズと目が合って。
確かに最初からこうすればよかったんじゃないか、なんて思考が脳裏によぎったのを、カイルは必死に気が付かないふりをした。
▽
「ここか」
「ここね」
「チト」
カイルとマーズは並び立ち、小島の中心にある洞穴を見つめていた。
マーズに思い切り蹴られて足の脛が痛い。エーフィは超能力を使いすぎたので今日はそろそろ休憩。今度は自分の番だとばかりにボールから飛び出したクチートが意気揚々とカイルたちの前を歩く。
一見、何ともなさそうな普通の洞穴に見えるけれど。
それでも中からどことなく感じる空気がその感覚を否定させる。
視覚ではなかった。聴覚でもなかった。
通常の五感とはまた異なる、いうなれば第六感ともいうべきそれに対し、この奥にいる何者かが存在を訴えかけている。
引き寄せられるように歩いていく内、揺さぶられていたナニカも確かに感じられた。
感情、
「エムリット」
思わず、そう名を呼んでいた。
さながら妖精のような、神秘的な風貌。小さな体、先端が木の葉のように広がった尻尾。桃色の頭部に輝くは、エーフィとは似て非なる額の宝玉。
カイルたちの足音で目を覚まし、金色の瞳でもって品定めをするような視線を向ける。
かんじょうポケモン、エムリット。
その声は発さずとも頭の中に伝わってきた。
発する言葉は短く、単純で、それでいて恐ろしさを感じさせる。
――あなたの かんじょうを ほっする。
初対面で随分なプレゼントをねだるものだと、カイルは引きつるような笑みを浮かべた。
主人公はわりとバトル好きです。
不定期更新ですが、次はわりと早いと思います。
よろしくお願いします。