無駄飯喰らい   作:甘栗@

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多忙と遅筆が重なって二か月以上遅れました。申し訳ないです。
前回お気に入り登録して頂いた方、ありがとうございます。これからものんびり投稿していくつもりなので暇つぶし程度に読んで貰えると幸いです。
ちなみに今回は難産な分いつもより多めになってます。
おせんべいが好きです。


悪感情

 

 

 

 

 

 目を覚ました時には、すべてが終わっていた。

 

 

 情けない話だけれど、何より最初に感じたのが安堵感だった。

 数日ぶりにぐっすりと眠って、相対した伝説や作戦への緊張感からも解放されて。そうして起き上がるベッドの横では、よく見慣れた光景が広がっていたものだから。

 

「クチート、俺にも一口」

「チト」

《......!》

 

 シンジ湖近辺に設営した、仮拠点の休憩室である。

 起き上がったベッドの横。併設されているテーブルにはカイルがいた。膝上のクチートと食事を分け合い、反対側には目を輝かせてフーズを頬張るエムリットの姿もある。

 マーズは大きく欠伸。次いで緋色の目を擦り、改めて目の前の状況を認識する。

 瞳をぱちくち。やはりテーブルにはエムリットが座っていて。

 

 呟く、

 

「エムリット、?」

《やぁ》

「っ、...っ!?」

 

 ベッドから転げ落ちそうになった。

 正しくはバタバタと後ずさりをして、背後の壁に思い切り頭がぶつかる。

 

「あいったぁ......!」

「マーズさん、大丈夫?」

 

 かなり痛い、けれど。後頭部に鈍く感じるそれが、ここが夢の中でないことを証明してくれる。

 今いるのはシンジ湖の洞窟内ではなく、拠点の休憩室。にも関わらず、当然のように佇むエムリットの姿。

 つまるところ、

 

「……捕まえたわけ?」

 

 思わず、零す。

 にわかには信じがたいし、こんな都合よくいくかと思う。体のいいドッキリか何かかと疑いそうにもなる。ただ一つ確かなのは、目の前の男はそういう嘘がヘタだってことくらいなもので。

 そこまで考えて、やっと実感が湧いてきて。

 気がつけば、彼の手を握って引き寄せていた。

 

「ちょっとカイル。勝ったの? エムリットに?」

「え、あっ、ちょっ……」

 

 息まきながらカイルの手を振り、尋ねる。

 けれど当の本人はといえば、どこか煮え切らない様子でいて。視線だけで「いいから早く言え」と促すと、彼は気まずそうに頬をかき、ちらとエムリットの方へ眼を逸らした。

 

「いや、あっさり負けたよ。流石伝説って感じだった」

「ならどうやって捕まえたのよ。不意打ちでボール投げたとか?」

「あははっ、そんなマーズさんみたいなことしな......って痛い痛い痛い! ごめん、ごめんって!!」

「ちっ」

 

 吐き捨てるように舌打ち。次いで、ギリギリと握っていた手の力を緩めてやった。

 しかしこのところ部下にしてもこの男にしても、最近マーズのことを舐めている節がある。そろそろ一度制裁を加えておくのも悪くはないんじゃなかろうか、なんて考えながら。

 ひとまずはベッドに座り込み、続きを促す。

 

「で、なんでいるわけ?」

《かれのことが すこしだけきになったものだから》

 

 問いかけには背後のエムリットが答えた。

 威厳も何もあったものじゃない、ポケモンフーズを思い切り頬張っている姿である。テレパシーの使いどころを若干間違えている気がしないでもないけれど、それを指摘するのは野暮だろうか。

 

「俺もよくわからないんだけど、そうらしいよ」

「余計わからなくなってきたわよ......」

 

 もう一度、ベッドに倒れこんだ。 

 気の遠くなるほど、はるか昔。その時代から生きてきた、ある時には人々の営みに身を寄せてきた伝説のポケモンが、今更ただの一個人に興味を持つことなんてあるのか。

 仮にそれが本当だったとして、ただそれだけの理由で、本当にギンガ団に力を貸してくれるものかと。そんな疑問は残るところではあるけれど。

 

「はぁ、」

 

 考えるのが馬鹿らしく思えてきて、散らかった思考を記憶の彼方に放り投げた。

 何はともあれ、エムリットの捕獲には成功しているわけで。終わりよければ全てよし。それ以上余計なことを考える必要はないのだ。多分。

 

「マーズさんもほら、これ美味しいよ」

「ん」

 

 考えることをやめてカイルから固形食を受け取り、一口齧る。

 硬すぎず柔らかすぎず、ほどよい塩味と木の実の甘味が寝起きの体にちょうどいい。

 

「ちなみに、これはどこから持ってきたわけ?」

「本部から拝借してきた」

 

 二度目の溜息。また頭が痛くなってきた。

 

 それから軽く事情を聴いてみれば、マーズが寝ている間に色々とあったそうな。

 カイルとエムリットの間で一つ、取り決めが交わされたり。戻らない自分たちを救出しに行こう派と作戦失敗の言い訳を考えよう派に団員達が分かれていたり。

 眠るマーズを背負って戻ってきたカイルに、何故か一部の団員が感涙と共に拍手をしていたり。

 

「大体、こんな感じかな」

「はぁ......」

 

 要するに、半分近くがろくでもない話であるらしい。

 一応の上司として、部下たちにはそれなりに気を使った対応を心がけてきたのだけれど。教育において重要なのは飴と鞭の使い分けである。

 やはり連中には鞭の時間が必要そうだった。

 

「ま、全員後で説教ね。あんたにも悪いことしたわ」

「俺は報酬さえ貰えればなんでもいいよ」

 

 からからと笑ってくれる分、いくらか心持ちも楽になるけれど。その態度に頼りきりになってしまってはいけないこともまた事実だ。

 小さく頭を振り、

 

「それもそうなんだけど、今回は特にあんたへの負担が大きかったから」

「あ、気にしてくれてたんだ」

「まあね」

 

 元々彼に依頼した内容は、エムリットを捕獲することだった。

 それだけでも中々な無理難題だというのに、シンジ湖でのギャラドスとの戦闘。オマケにエムリットとの戦闘の後、寝ころんでいたお荷物を抱えながらの帰還。

 当初と比べれば随分とオプションがついたものである。

 

「リーダー格のギャラドスの撃退と、エムリットの単身での捕獲」

 

 マーズは指折り数え、小さく頷き。

 

「その分はちゃんと報酬は弾むよう言っておくわ」

「助かりますマーズ様」

 

 苦笑。どちらの方が助かっていると思っているのだろう。

 本来であれば、強敵であるエムリットとの戦闘だけに集中してほしかった。だからこそ、それまではやることのない見張り番を頼んだはずだったのに。

 立ちはだかるギャラドスを倒せなかった。お膳立てすらしてあげられなかった。

 

 不甲斐なさすら感じている、というのが本音だ。

 

「それと、」

 

 皆から、何か変な勘違いをされている気がする、なんて。

 口をついて出かけた言葉は、すんでのところで理性がせき止めた。

 

「それと、何?」

「何でもないわ。それより、他に何か変わったことは?」

 

 マーズの問いかけに、カイルはたっぷり五秒ほど、あーだのうーんだのと考えて。

 

「そうだ。そういえば、アカギさんがこっちに来るって言ってたかな?」

「......一応聞くんだけど。それいつの話?」

「ああ、確か今向かってるとかなんとか」

 

 数秒、思考停止。ギンガ団のボスであるアカギが、こちらに向かっている。

 恐らくは、作戦の進捗状況を確認しに来ているのだろう。理由なんて考えるまでもない。マーズが眠りこけていたため、本日分の進捗報告ができていないからだ。

 とはいえ、何故他の幹部や部下を寄こさないのかと疑問は残るけれど。今はそんなことを考える暇はない。

 

 急いで立ち上がり、さっと手櫛で寝癖を整えて。

 

「ちょっと、それ早く言いなさいよ!!」

「うんっ!?」

「ほんとにもう! ええと成果の報告は、いやまず昨日報告できなかった言い訳を、ああでもでも計画自体は成功したわけだし......!」

 

 通りすがり様、右ストレート一閃。

 報連相がなっていない目の前の大バカ者は、とりあえず思い切り殴っておいた。歩き出し駆け出し、とっちらかる思考をまとめながら扉を開けて。

 

「む」

 

 その向こう側に佇む男の姿に、すーっと。体中の熱が抜けていくのを感じた。

 背筋が冷える。というか凍える。その実感に違わないアイスブルーの髪と、どこか濁りを感じさせる黒々とした三白眼。

 

「あっ、ああああアカギ様......!?」

「ご苦労、マーズ。作戦の進捗はどうなっている?」

 

 

 忘れもしないその姿、ギンガ団のリーダーであるアカギがそこにいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 こういってはなんだけれど。

 皆が思っている以上に、アカギという人物はまともな人格をしている。

 

 

 新しい世界を創造する、という大きな野望を掲げて。

 そのために、今やシンオウ地方の中でも突飛して大きな組織であるギンガ団をまとめ。またその中で、職を失った人間や理念に共感するトレーナーを雇い入れては、身寄りのないポケモンを教育して彼らに貸し与える。驚くことに給料だって普通にもらえる。

 

 何か失敗をしたときでも、頭ごなしに叱ることもしなかった。

 状況を聴き、対応を聞き。原因を分析して対案を示す。

 

 いわゆる、カリスマというべきか。

 リーダーとしても、一人の人間としても、とても尊敬できる人だ。

 

「えっとですね。作戦の方なんですけれども、昨日は報告の方できずにいて申し訳ありません。一応そのための書類まとめたり連絡どうしようかなとか考えたり。あ、いやいやもちろん提出しろと言っていただければ今すぐ提出しますよ。サボっていたわけでないんです。本当ですよ? 実際に昨日はですね、シンジ湖周辺からまず状況を見て準備を進めて......」

 

 尊敬はしているのだ。それはもう。

 ただ、そうであっても、というかそうであるほど、かえって緊張をしてしまうもので。

 

「長いな」

「あああすみません! えっとですね、計画の方は成功しました!」

「ほう?」

「カイルがエムリットを捕獲したんです」

 

 見てください、とテーブルの方を指さしてたものの。

 さっきまでいたエムリットの姿はなく、横のカイルは怪訝そうな表情でモンスターボールを握っていた。

 

「君か」

「ああ、お久しぶりですアカギさん。ほらエムリット.....ってあれ、出てこない」

 

 開閉ボタンが押されても、ボールはうんともすんとも言わない。

 恐らくは中にいるエムリットの意思だろう。内外共に外に出ようという働きかけが無ければ、ボールからポケモンが外に出ることはない。

 モンスターボールというものは意外とよくできたシステムをしているのだ。

 

「......いや、本人が出たくないのならそれで構わない。ボールを渡して貰えるだろうか」

《だめだ》

 

 アカギの言葉に被せ、先までとは似て非なる強い思念が思考に割り込んできた。

 

「えっと、自分は大丈夫なんですけど」

《おそろしい。にごった よどんだかんじょうをしている》

 

 先以上に強まる思念に、頭痛すら感じる。

 カイルも同様に思念を感じ取っているらしく、唇をきつく引き結んでいた。そんなこちらの様子など意に介さず、アカギは淡々と言葉を繋げていく。

 

「既にユクシーは手中に収まっている。もうじきリッシ湖のサターンも、アグノムの捕獲を完了させる頃合いだろう。そこに君が捕まえたエムリットを加えることで、私たちの最終計画は完遂に大きく近づくことになる」

 

 野望を見据える男の言葉は、ただとうとうと紡がれて。

 

《とおいむかし いちどだけみた じゅんすいな あくかんじょう》

 

 反して思念には、入り混じる恐れが色濃く表れていた。

 

「そういうことだ。力を貸してもらいたい」

《このにんげんには ちからをかせない》

 

 これ以上なくシンプルなそれらが、二人が導きだした結論であり。

 その正反対な主義主張から板挟みにされているのがマーズたちだった。

 

(えぇ......)

 

 口角が嫌に吊り上がる。

 片方を選べば、当然ながらもう片方が敵に回る。かといってうまいこと間をとる折衷案があるわけではないし、下手をすればあの二人を同時に敵に回すことにもなりかねないわけだし。

 故に、正解は黙って何もしないこと。今の自分は路傍の石ころ。いや花だ。

 

 エムリットを捕獲したのが自分でなくてよかったと心底思う。

 なにせ、挟まれる板のメイン。今回どちらかを選ぶのはカイルなのだから。

 

「ふぅ、」

 

 しばしの思考の後、彼は大きく息をついて。

 

「俺は、頼まれた仕事をこなします」

 

 ――エムリットの捕獲を頼まれましたから、と。そう続ける。

 そう語る横顔は、何かを覚悟したらしい顔つきでいて。静かにアカギの元まで歩み寄り、ボールを手渡そうとした、その刹那。

 

 大地が、揺れた。

 

 それは体の芯に通じる重い地響きであり、立っていられないほどの地動であり。

 後に聞いた話によれば、この地震はシンオウ全土に響き渡っていたそうな。それが"人為的に"引き起こされたものだなんて、きっと誰だって信じないだろう。

 けれど、確かに起きた。起こされたのだ。

 

「サターンか」

 

 眉一つ動かさず、アカギは呟く。

 

「あ、アカギ様。今のは?」

「最小の範囲であり、最大の威力。それだけを突き詰めて作り上げたギンガ爆弾。それをリッシ湖に落とした」

「......あんな。あんな大きい地震が起きるようなものを、ですか?」

「必要だから落とした。ただそれだけだ」

 

 淡々と話すアカギに対し、何か言おうとして、けれどうまくまとまらなくて。

 結局何も言えないまま、マーズは下唇を噛んで俯いていた。

 

「アカギさん」

「ああ。すまない、話の途中だったな」

 

 カイルの方を振り向いたアカギは、いっそ清々しいくらいにいつも通りの様子だった。

 マーズが何か失敗をしたときも、こうだった。――否、今まで何が起きたときにだって、彼は変わらずいつも通りを保っていた。

 

 喜びも、怒りも、哀しみも、楽観も。

 ともすれば目の前の男は、今回発生しうる被害にも、今までの出来事にも。何一つ心は波打たず、何も感じてはいなかったのかもしれない。

 そう考えれば考えるほど、嫌な悪寒が背筋を走るような心地がして。

 

「とりあえず、俺は頼まれた仕事はこなしたので。これでお暇しますね」

「ああ。ご苦労だった」

 

 カイルは改めてアカギにボールを渡し、マーズの横を抜けて部屋の外へ。

 

「それじゃマーズさん、また何かあればよろしく」

「えっ、あ、うん......、」

 

 片手をひらひら。彼は何事もなかったかのようにアッサリと去っていく。

 なんというか、二人ともどこかドライすぎはしないだろうか。アカギはともかく、カイルはこういう時にいの一番に現場へと駆け付けようとするはずの人間だ。

 少なくとも何も気にしないまま、帰ってのんびり眠るなんてことはできないお人好しだ。

 

 第一、あれだけ拒絶反応を示していたエムリットを簡単に手渡すとも考え難い、と。 

 そこまで思考を巡らせ、もしかしてと思い当たる嫌な予感。

 

 こいつまさか、

 

「ときに、カイル君」

「......なんでしょう」

 

 アカギは振り返ることもせず、また淡々と話す。

 

「人間というものは、合理的に判断することのできない生物だ。人生にて幾重にも存在する選択肢の中。頭では何が正しいのか理解をしていても、敢えてその逆を選ぶものが後を絶たない」

「はぁ、どういうことですか」

「感情的になるから失敗する。道を誤る。時として人間が非合理的な判断を下すのは、必要のない感情が思考に割り込むからだろう」

 

 そう話す彼は、渡されたボールを地面へと落とし。

 

「その場限りの感情に身を任せるのは、愚かな人間のそれだ」

 

 思い切り踏みつけ、砕き割る。

 

「......ッ!」

「――改めて問うが。"これ"が君の選択で、間違いないのだな」

 

 嫌な予感と溢れ出そうな文句を、生唾と共に飲み込んだ。

 カイルが渡したのは空のボールであり、その意はいたってシンプル。ギンガ団にエムリットを渡すつもりなどさらさらない、ということだろう。

 交渉は決裂したのだ。それもこれ以上ないくらいに最悪な形で。

 再三の問いかけに、カイルは一縷の迷いもなく返した。

 

「ええ、これが俺たちの選択です」

「そうか。であれば、仕方がないな」

 

 アカギは吐息。次いで腰元のモンスターボールに手をかけ、

 

「クチート!」

「チィ!」

 

 瞬間、目を奪う速度でカイルに迫る漆黒を、クチートが大顎で受けとめた。

 互いに押し合い、そのまま睨み合うこと数秒。漆黒は初撃を受けとめられたことなど意にも介さず、力強い踏み込みと共に鋭い両翼による連撃を繰り出す。

 一閃、二閃、それに留まらず息つく間もなく続く"つじぎり"に、クチートの表情に苦悶の色が浮かぶ。

 

「クチートは確か、はがねタイプだったな」

「ええ、そうですが」

「はがねタイプの特色は、相手以上に硬いその肉体にあるといえるだろう。それは時に相手を打ち砕く矛となり、またある時には自分を守る盾となる」

 

 苦しみつつも攻撃を防ぐクチートに対し、漆黒は大きく距離を取り。

 その翼が。否、羽の一枚一枚に至るまでもが光沢すら覗く鋼鉄の刃へと変わっていく。

 

「ならば、対峙する我々が取る行動もまた然りだ。同じく硬い"はがね"を用意してやればいい」

「ッ、躱せクチート!」

「ドンカラス、"はがねのつばさ"」

 

 風切り音が、聞こえた。

 

「チグッ、」

 

 次の瞬間には、漆黒――ドンカラスの両翼がクチートを捉えていた。

 ガードの大顎をするりと抜け、右翼が喉元を、左翼が鳩尾を鋭く突いている。考えるまでなく、最短であり、最小であり、それでいて最大の効果を発揮する急所への攻撃。

 傍から見ているマーズでもわかる。今の一秒にも満たない数舜で、この勝負は決したのだ。

 

「クチート!」

 

 倒れこむクチートをカイルが支え、その小さな体を自分の足元へ。

 優しく頭を撫でてやり、耳元で何事か囁く。

 

「......ごめんな、休んでくれ」

「カイル、」

 

 マーズは、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

 今までずっと、ギンガ団の理念が。ひいてはアカギに付いていくことが正しいのだと考えていた。故にこそ、彼の指示に従う自分自身の行動にも疑いなんてなくて。

 けれど、あれだけの拒絶を見せたエムリットと、それを守ろうとするカイルの姿。加えて、ただ必要だからと簡単にリッシ湖に爆弾を落とすアカギの冷酷さを目の当たりにして。

 

 ともすれば、今までの自分たちの行動は間違っていたのではないか、と。

 自分の中の根底が揺らぐのを感じて、相反する感情に板挟みにされていた。

 

「私は、」

 

 自分の今までを信じ、アカギに加勢するか。

 それとも今の感情に身を任せ、カイルに加勢をするか。

 

 わからない。怖い、何もできない。

 

 どちらを取ることもできないまま、マーズはただ黙って戦いを見つめる。

 一人で作戦を実行に移せなかった、実力不足なのは自分だ。それ故にカイルを呼び出したのも自分だ。ここまで状況がこじれた原因は全て、他でもない自分自身にある。

 であればこそ、せめて事の顛末だけでも見届ける必要があった。

 

 瞬き一つするだけの間にも、戦況はすぐに移り変わり。

 ボールホルダーへと手を伸ばそうとしたカイルの喉元に、ドンカラスの黒翼が突き付けられる。

 

「悪いが、これで終わりだ」

「......」

 

 カイルは何も言わず、そのまま両手を上げる。

 

「必要以上の戦闘は好まん。ボールは触れさせないし、開かせない」

 

 ドンカラスは黒々とした瞳でもってカイルを見据え、その一挙手一投足すら見逃さない。

 アカギはそのまま歩み寄り、カイルの腰元にあるモンスターボールを取ろうとして。

 

「ボールが、ない?」

 

 そこにはただ一つのボールもなかった。

 鞄に入れた様子は見受けられないし、ポケットなどにそれらしき膨らみもない。であればどこに、と。思考を巡らせようとした一縷の隙を、彼は決して見逃さない。

 

「すいません、アカギさん」

「チト」

 

 相槌を打つクチートの大顎から、ボールが飛び出した。

 呟く。零す、言い放つ、

 

「――俺たち、諦めが悪いんですよ」

「ッ、」

 

 クチートはボールを握り、その開閉ボタンを押して。

 その内から飛び出すはエーフィ。その額から生まれ出ずる"フラッシュ"の光が、大きく、大きく部屋を照らす。

 その間にカイルたちは再び距離を取り直した。

 

「ナイスエーフィ、次は"テレポート"よろしく!」

「させん、"つじぎり"だドンカラス」

 

 "フラッシュ"をまともに受けておきながら、アカギ達の対応は素早い。

 その場から一瞬にして移動ができる"テレポート"は便利な技だけれど、その分発生までの隙は大きい。その時間を如何にして稼ぐかが肝といえるだろう。

 

「グァルッ、」

「フィ」

 

 迫るドンカラスの"つじぎり"は、見えない『壁』によって阻まれる。

 "リフレクター"、

 

「繰り返し"つじぎり"」

 

 動じないアカギの指示。それに応えるドンカラスが体を舞うように回転させ、展開した五枚の"リフレクター"を次々に切り裂き、破っていく。

 彼らは瞬く間に三枚をその翼撃にて切り捨て、

 

「"ダメおし"」

 

 暗いオーラを纏った黒翼による刺突が、残る二枚を貫いた。

 その勢いは止まることはなく、合わせた翼は真っ直ぐにカイルへと向かう。先と同じく急所を狙い、戦闘不能のクチートと"テレポート"に集中するエーフィでは間に合わない。

 にも関わらず、カイルは焦った様子一つ見せず。再びクチートが開くボールから飛び出したポケモンが、ドンカラスの攻撃を流麗に防いでみせる。

 

「ガッ!?」

 

 最小限の動きで攻撃を躱し、その力を別の方向へといなし。

 受けた勢いをそのまま乗せた"カウンター"を、ドンカラスの腹部に打ち込んだ。

 

「......助かった、チャーレム」

「チャム」

 

 めいそうポケモン、チャーレム。

 鮮やかに攻撃を捌きながらも、微塵の油断も見せず、静かに構えを取る。その構えはゆったりしているようで隙がなく、その瞳には燃えるような闘志を宿していた。

 よろけつつではあるがクチートも立ち上がり、カイルの前へと並び。

 

「逃がすなドンカラス!」

「すみません、アカギさん」

 

 立ち上がるドンカラスに対し、エーフィの宝石が赤く瞬く。

 時間にして、たったの数秒。短いけれど、とても長く、濃密に感じる数秒。

 

「今日はこれでお暇します。また何かあれば、よろしくお願いします」

 

 けれど稼ぎきった、カイルの粘り勝ちだ。

 

「"エアカッター"!」

「"テレポート"!」

 

 瞬間、先とは異なる光が部屋一帯を包み込み。

 それと同時に幾重にも放たれた"エアカッター"が炸裂した。発生した爆発に思わず目を覆い、ボールから飛び出したブニャットが前に出て爆風から守ってくれる。

 その間にも追撃の姿勢を崩さないドンカラスが、白煙を一翼にて切り払い。

 

「......してやられたな」

 

 呟く言葉。破壊の跡が残る室内、既にカイルの姿はなかった。

 

「マーズ、お前の処遇については後ほど決める」

 

 ひゅっ、と。魂が抜ける心地がした。

 

「"テレポート"の範囲はそう広くはない。念のため稼働できる団員を集め、今すぐに周囲一帯の探索にあたるように」

「か、かしこまりました。アカギ様はいかがなさいますか?」

 

 アカギは僅かに考えるような素振りを見せ、

 

「私は本部に戻る。お前も日を跨いだ段階で撤収しろ。以降の指示はそれから出す」

 

 それだけを言い残して去るアカギの背中を見送り、その場にへたり込み。

 

「~~~~~ッ、」

 

 本当にしてやられた、と頭を抱える。

 見事に悪い予想が的中した。直球、ストレート、紛れもないど真ん中。

 

 ――かれのことが すこしだけきになったものだから、と。途中のエムリットの発言でどこか嫌な予感がしていたのだけれど、まさかこんな面倒なことになるとは思わなんだ。

 つまるところ、エムリットが興味を示しているのは。ひいては力を貸してもよいと考えているのは、あくまでカイル当人に限った話であり。

 その雇い主であるギンガ団はその範疇に含まれていない、ということだろう。

 

 計画について、あの男がちゃんと伝えていなかった。

 そのことについて多少の不満はあるし、何より先まで何もできなかった、選べなかった自分自身に対して腹が立つ。

 

「ほんと、何やってんのよ」

 

 それだけをぽつりと呟き、自分の中でスイッチを切り替える。

 やることをやらなければならない。自分はギンガ団の幹部だ。自分の管理不足で失敗した責任がある。犯したミスに対して対応する責任がある。

 失敗は失敗。大事なのはリカバリーだとアカギに教えられたから。

 

「何よりあのバカを捕まえること。まずはそっからね」

「ニャット」

 

 タスクはいたって単純、エムリットを奪うこと。

 

「それと......一発、いや三発殴るか」 

 

 後、三発殴ること。

 

 

 




ちなみに普通にバトルしたらカイルはアカギに勝てないです。
次の投稿目標は二週間です。
よろしくお願いします。
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