お久しぶりです。
相変わらず仕事やらなんやらあって、一か月ちょっとぶりの投稿です。
基本一、二か月は間が空くカタツムリみたいな更新速度の無駄飯喰らいをお気に入り登録、高評価してくださっている方々、ありがとうございます。励みになってます。
ペペロンチーノが好きです。
一つ、勘違いを正さなければならないと思う。
とはいっても、誰かに対してそうするわけではない。
あくまで自分に対して、改めて強く言い聞かせる必要があると感じたからだ。本来であれば何かの判断を下す際、何より一番最初に考慮すべきもののはずだった。
それが、ここ最近のカイルはすっぽり抜け落ちていたものだから。
「俺は、めちゃめちゃ強いわけじゃない」
血混じりに呟く言葉は、雨音にゆるりと溶けていく。
正直、キャパオーバーだと思う。今のところは運よく難を逃れているが、カイルが何とかできるような領分はとうに超えている自覚があった。
そこらのトレーナーやポケモン程度であれば問題なく対処できる。しかし所詮はその程度であり、一流の相手にはとても敵わないのが実情だ。
「はっ、」
あんな啖呵を切っておいて、また随分と情けない話だとは思うけれど。
とかく重要なのは、弱い事実を受け止めることだ。
「弱い者は弱い者なりの戦いかたを、だったか」
『先生』の言葉を思い起こし、カイルはぎゅっと手を握りしめる。
弱者に手段を選ぶ余裕は与えられない。ただ死力を尽くし、考えうる全ての手札を以て目的を遂行する。それすらできなければ、弱者とも形容しがたい何者かだ。
だからこそ。だからこそ、
「あ、れ」
自分が倒れたことに、痛みを感じてようやっと気が付いた。
よく回る思考。そのわりに体が重い、というか動かない。テレポートである程度の距離は取れたけれど、今回に関しては状況が状況。相手だって探すのに必死なはずだ。
だからこそ、ここから急いで離れなければならないというのに。
「くそ」
どうにもならない。指先一本に至るまで動かせない。
このまま倒れていれば、自分が、自分のポケモンたちが、どういう末路を辿ることになるかなんて。そんなこと、考えなくたってわかるのに。
「......まいっ、たな」
苦笑。
せめて手持ちのポケモンたちだけは、と。そう考えながら零れていく意識の中で。
「あ、お尋ね者発見ですねぇ」
やけに軽快なその声だけが、いやに耳に残っていた。
▽
夢を見ていた。
今では遠い昔。それこそ、カイルがまだポケモンを持っていなかった頃の記憶。
とはいえ、全くもって関わりがなかったというわけではない。ただしそれは手持ちとしてではなく、あくまで『借りていた』という形であり。
様々な街を行き来するポケモンサーカス団、カイルはその下っ端だった。
子供の故の小さい体ではできることも少なかったため、他の団員からは無能判定。そのため基本的に居場所がなかった当時は、ステージ裏の小道具置き場が定位置だった。
「な、またご飯食べてくれないわけ?」
「......」
ポケモンサーカスというものは実力主義の世界。
何か目立った特技や特徴がなく、演目に参加することができない者は雑用に回されるのが常だ。
「お腹減ってるだろ、食べようって」
「......」
ポケモンサーカスというものはポケモンと人間の連携が求められる。
心が通じ合っているかはともかく、互いにある程度協力しようという意思が必要になる。
「なあ、クチート?」
「...ッ!」
伸ばした手を、とても強い力で弾かれて。
ぎろりと睨みつけて来るその瞳には、拒絶の色がとても色濃く表れていた。
「ちぇ、わかったよ。一人で食べるよ」
カイルはカチカチのパンを半分にちぎり、もう半分を自分の横に置く。
どうしようもなく不仲であり、それ故に技の練習もできず。結局は雑用くらいしか任せられることがない。そのくせ食事だけは一丁前にとる無駄飯食らい共として認定をされているので、サーカス団での肩身はどうにも狭かった。
――片割れについては、その無駄飯すらまともに口にしていないわけだけれど。
とはいえ、食事も睡眠もろくにとっていないのを見ていると流石に心配にもなってくるもので。
「急に攫われて、こんなところに連れ込まれて怖いのはわかるけどさ」
話しながら、カイルは自分の服をめくりあげる。
そうして覗いた様々な形で残る生傷を、クチートは伏し目がちに見ていた。
「まあ、俺も同じだよ。怖いのはお前だけじゃない。無理やり組まされて、その上指示してくるようなやつがこんなこと言ったって、だからなんだよって思うかもしれないけど」
――俺だって生きるのに必死なんだ、と。
そう呟き、カイルはクチートに背を向けてパンを齧る。
「...、」
程なくして、小さく。小さく息を呑む気配があった。
気が付かないふりをしていると、クチートは黙ったまま、すっとカイルの横に座りこみ。
半分のパンを拾い上げ、心底まずそうに食べ始めた。
「やっと食っ、......わかったよ」
再び伸ばそうとした手は、今度は頭部の大顎を向けて止められた。
苦笑。案の定信用はされていないらしい。
「ま、一歩前進かな」
「チ」
熱々で渡されたはずのスープは、とっくに冷めきってしまっていたけれど。
その日のパンは、心なしか普段よりも特別美味しかった。
▽
意識が戻ったとき、最初に感じたのは圧迫感だった。
「おおぁ、?」
口には何か詰め物がされているらしく、声が出せない。
ということは、拘束でもされているのだろうか。そのわりには手も足も自由に動かせるので、なんとも珍妙な捕まえ方をされているものだとは思う。
目には何かが覆い被さっているらしく、何も見えない。ただ、どことなく覚えがある、安心する匂いがして。
「ういいお」
「チト?」
なるほど、クチートが乗っかっていたらしい。
となれば拘束の線も薄れてくるのだけど、はて。そうなると口の中へぎゅうぎゅうに詰め込まれているものは一体なんなのか。
とりあえず噛んでみるとほんのりと甘い。
というか、パンだった。
「むぐぐ。クチート、ちょっとどいて」
「チイイィィィ」
咀嚼して飲み込み、顔にしがみついて離れようとしないクチートを頑張って引き剥がし。
やれやれと起き上がるカイルの向かいには、その光景をくつくつと笑う少女がいる。
「こんにちは、お尋ね者さん」
にこやかな笑みを浮かべ、ひらひら手を振る彼女の格好はよく見慣れたそれだ。
グレーと黒のある種近未来な上下と、やはりというか胸元に鎮座するGの文字。その瞳は吸い込まれるような群青色であり、髪の毛はギンガ団員お決まりの水色のおかっぱ頭……ではなく、それを肩口まで伸ばしたウルフカットにしていた。
「その髪の毛、服装規定に引っかからない?」
「んーまあ。でもあのおかっぱ頭だけは勘弁ですねー」
「俺もあれはごめんだなぁ」
適当に会話をしつつ、カイルは腰元を探り。
「あ、ボールは私が預かっちゃてるので無いですよ。ここで暴れられても困りますし」
「っ、」
見透かしたように話す少女は、身に着けているポーチからボールを取り出して。
人質。攻撃。思考を巡らせ身構えるカイルに、「ほいっ」と気の抜けた声と共にそのボールが渡された。
拍子抜け、
「それ、クチートのボールです。手当てしてから戻そうとしたんですけど、すごい嫌がられたもので」
「......なんのつもりだ?」
「いやいやこっちのセリフですよー。その子、私が食べようとしたパンを半分取ってったかと思ったら、あなたの口に突っ込み始めたんですから」
「?」
半ば呆れ気味に語る少女。
当のクチートはといえば、褒めてもらいたそうにカイルの裾を掴み、きらきらとした瞳で見上げていて。夢で見た景色も相まって、目の奥が少し熱くなるのを感じる。
「そっか。ありがとな、クチート」
「チ」
柔らかい頭を撫でてやると、小さな体でぎゅっと抱きしめられた。
感じる温もりが、なんというか、すごく落ち着く。そのタイミングを見計らったかのように少女は咳払い、
「一応自己紹介しますね。私、マークといいます。一応ギンガ団員です」
「そうか、俺は……うん?」
一応、という言葉が何か引っかかるけれど。
とはいえ、名乗られたからにはこちらも返す必要があると。そう考えていたのを、待ったの手のひらで静止された。
「ああ、名乗らなくて結構ですよ。カイルさんですよね? 一傭兵のくせにボスに真っ向から喧嘩売って、結果的にエムリット連れて、尻尾巻いて逃げだしたっていう」
苦笑、
「うん、まあ、いいか。わかってるなら話は早い」
立ち上がると同時にアイコンタクト。
意図を汲み取ったクチートが、半歩前に出て周囲の警戒を行う。
カイルも改めて状況を確認する。
目覚めたここは、恐らくは森の中のどこか。簡易的なツリーハウスのような場所であるらしい。どういう原理かはわからないが、樹上の枝を幾重にも捻じ曲げ、だいたい大人四人分ほどの床が作られている。
同様の原理で壁や天井の雨避けも作られており、マークの存外にも丁寧な手腕が感じられた。
その上で先までの態度を含めて考えるに、彼女は今すぐにカイルをどうこうしようというつもりはないらしい。
というのも、本当に捕まえるか突き出すつもりだったのなら、カイルが眠りこけている間に捕まえてギンガ団に引き渡してしまえばそれで終いのはずだ。
だというのにマークは、わざわざ目覚めるのを待ち、自分の素性を明かし、手持ちを返して戦闘の意思がないことを伝えている。
そうできるのは、本当に捕まえようというつもりがないか、それとも手持ちを返したところで問題ないほど実力に自信があるか。そのどちらかだろう。
ただ、現状ではそこまでは絞り切れなかった。
「とりあえず、手当てをしてもらってありがとう。その上でいくつか聞きたいことがあるんだけど、構わないかな」
「はい、構いませんよ――といいたいところなんですけど。ちょっと事情があって私もここを離れたいので、聞きたそうなことだけ手短にお話しますね」
言いながら、マークは人差し指を立てる。
「まず、ここはシンジ湖周辺の森です。"ひみつのちから"という技は知ってますか? 森羅万象、様々なものの力を借りて、自分の意のままに操る技です。とりあえず、今回は木の力を借りてツリーハウスを作ってみました」
「ふむ」
むふー、と自慢げに胸を張り、マークは中指も立てた。
「次。薄々感づいてるとは思うんですけど、私はあなたを捕まえるつもりでは来てません。どちらかといえば、協力者よりだと考えてもらっても大丈夫です」
「ほう」
にこやかにそう語る彼女は、最後です、と薬指も立てて。
「私、ギンガ団をぶっ潰したいんですよ。協力してくれません?」
「断る」
「えええええぇぇ......」
とてもげんなりされてしまった。
とはいえ、そのクーデターもどきに参加しようなんてつもりは毛頭ないわけだし、かといって生返事をして変に期待をさせてしまうのも申し訳ないし。
やはりこういうのはすっぱり断ってしまうのが一番だと個人的には思う。
「悪いけど、俺はそういう争いとかはめっぽうごめんなんだよ。できれば静かにのんびり暮らしてたいんだ、その日暮らしの日銭を稼いでさ」
「んーまあ、言いたいことはわからなくもないんですけどね?」
マークは下唇に指を添え、
「今回のあなたの状況だとそうもいかないと思うんですよ、私」
「うっ、」
確かに、作戦そのものの根幹であるエムリットを連れて逃げ出したわけである。
具体的にどの場面で必要になるのかはわからないけれど、現状確かなのはエムリットがいなければギンガ団の計画が確実に頓挫する、ということだ。
そうなれば――というかそうなる前に、アカギは必ず手を打ってくるはずだろう。
今更になってエムリットをほっぽり出すわけにもいかないし、さてどうするべきかと。そう考えてみると、確かに結論は近いところに結び付いていた。
例えばギンガ団そのものが潰れてしまうか、もしくはエムリット自体が必要なくなるか。
大方、そんなところだろう。
「......なるほど。元を断たないとどうにもならない、か」
「そういうことですよ」
「チト、」
クチートは話についていけず、少し寂しそうだった。
カイルは胡坐で座り込み、足元を示すようにぽんぽんと軽く叩く。クチートは目を輝かせ、飛びつくようにして足の上に納まった。
「正確には、ぶっ潰すって言い方は正しくないかもですね。私はあれを、新世界の創造なんていうバカげた作戦を、失敗させたいんですよ」
そう考えるマークの表情は、いつになく真剣なもので。
「そうかい。具体的にどうするつもりなんだ?」
「必要な情報はその都度話しますよ。あなたが協力してくれるなら、の話ですけどね」
どうですか? とばかりに目くばせを送られて。
エムリットというカードを握っている以上、カイルはギンガ団を何とかしなければ平穏な日常は返ってこない。
それを丁寧に話し、誘導し、そうしてマークは優しく手を伸ばしていた。......とはいえ、大方の状況はただただカイル自身の自業自得なのだけれど。
「なんか気に食わないけど、わかったよ。協力する」
そこについては、とりあえずカイルも理解したし。前向きに検討しようと思う。
ただ、今回は協力を依頼されているわけである。すなわち、
「それで、報酬はどうする?」
「報酬ですか」
もちろん、とカイルは頷く。
「一応何でも屋みたいな感じでやってるんだ。俺をこき使おうっていうなら、その分は報酬を貰わないとだね」
なにせ、今回当てにしていたギンガ団からの報酬が、パーになってしまったものだから。
ただでさえ肌寒い懐だ。しばらくは他の仕事などできる状況ではないだろうし、このままでは生活が立ち行かない。
そのため、ここでは何としても報酬の確約を貰う必要があった。
「構いませんよ。成功したらそれなりに、それと今回協力関係でいる間は生活を保障します」
即答だった。この女の子すごい。
「了解。それじゃよろしく頼みます」
「ん、こちらこそお願いしますね」
「チト!」
カイルは手を伸ばし、マークと握手を交わす。もちろんクチートもだ。
何とも薄っぺらい協力関係だけれど、案外それくらいの方が丁度いいものだ。少なくともカイルとしては、まだ目の前の少女を手放しで信頼するつもりなどさらさらないわけだし。
信用とか、信頼とか。そういったものは、基本的に後から積み上げていけばいい。
最初から期待をしすぎていたら、裏切られたときがとても辛いから。
ゼロからというよりは、マイナスから始めるのが人付き合いの常だ。
「それで、まずはどうするんだ?」
「そうでしたそうでした。急いで出ないと間に合わなくなりますね!」
問いかけると、マークはやや慌てた様子でカイルのボールを返してきて。
今度は自分のボールを放ったかと思えば、中から飛び出すは燃え盛る炎を体現したかのような、雄々したてがみが印象的な姿。
「よろしくです、ウインディ」
「ワフッ」
でんせつポケモン、ウインディ。
たくましい体と無尽蔵のスタミナが自慢のポケモンであり、一昼夜で一万キロを駆け抜けることができるというのは有名な言い伝えだ。
吐きだす炎の出力も申し分なく、間違いなく炎タイプの代名詞といえるだろう。
しかし彼女、この水色の髪で水タイプ使いでないのかと考えていると。
「......悪かったですね、見た目と感じが違って」
「まだ何も言ってないですマークさん」
「いいから乗ってください」
言いながら、既にウインディに乗ったマークはその背を示すように叩き。
クチートをボールに戻してからカイルも乗ったところで、ウインディがすっくと立ちあがる。
「この子の体、しっかり掴んでおいてくださいね。私たち程度の力じゃ痛がらないので、思い切りやって大丈夫です。むしろ喜ばれます」
「ほう?」
試しに撫でてみると、くすぐったそうに身じろぎされた。
なるほどと思い体をガシッと掴むも、これも嫌がる気配はない。それと、炎タイプ故の温かい体が存外心地よかった。冬の日に湯たんぽ替わりとして抱きしめれば、幸せ間違いなしだろう。
もっと大丈夫、とばかりにこっちを凛々しい瞳で見られていた。
「ウォン」
「ほんとだ」
温かいし安心だし、連戦に次ぐ連戦で疲れたし。
このまま眠ってしまうのも、悪くはないかと。そんな思考がふわふわと浮かび上がってきたのを、感じる灼熱と真っ赤に染まる景色で塗りつぶされる。
せっかくのツリーハウスは、ウインディの"かえんほうしゃ"で焼き払われてしまった。
若干もったいないなぁ、なんて気持ちにすらなっているカイルを置き去りに、マークはウインディにいくつか指示を出し。
にこりと笑いながら、こちらに振り返る。
「舌、嚙まないでくださいね」
「?」
刹那、風を感じた。
「それじゃ、ギンガ団の包囲網を抜けますよ!」
「――――――ッッッ!???」
というか、カイルたち自身が風になっていた。
必死に掴まっていないと今にも振り落とされそうだし、器用に木々をかわしつつ走るものだから視界がグルグルとして気持ち悪い。
とはいえ現状カイルの手持ちではこのスピードについていける者はいないので、ただひたすらに我慢してしがみついていた。
ただし最悪の乗り心地に反し、やはりというかその実力はお墨付きである。
ウインディは瞬く間に包囲網を抜け、若干慣れてきたころにはシンジ湖も遠く離れていた。しかしながらそこで止まる気配はなく、飄々とした顔のままで走り続けていて。
「そういえば、今はどこに向かってるんだ?」
「ありゃ、言ってませんでしたっけ」
カイルが尋ねると、マークは幾ばくか考えるように数秒置き。
まるで、買い物にでも行くかのように。友達に会いにでも行くかのように。これといって特別でも何でもない、至極当然のことを述べるような、あっけらかんとした様子で。
「向かうのは214番道路。連中がトバリに到着する前に、アグノムを乗せた飛行船を叩きます」
彼女は堂々と、そう宣言してみせたのだった。
マーズだのマークだの似てる名前が多いですね。
次回目標は二週間です。
よろしくお願いします。