今のところ失踪の予定はないので、なるべく早くにぼちぼち投稿していきます。読んでくださる方がいれば、もうしばらくお付き合いいただければと思います。
大体三十話くらいで終わるような構想なので、このペースだと一体いつに終わるのやら、というところではあるんですけどね。
あたりめが好きです。
リッシ湖での爆発の被害は、思っていた以上に大きなものだった。
何せ、あれだけ広大だったはずの湖の水が全て蒸発し。
露出した岩肌には無残にも打ち上げられたポケモンたちが見える。倒れこんだコダックは力なくもがいており、打ち上げられたコイキングは跳ねる気力もないらしく、ぴくりとも動かない。
「こりゃひどい」
遠めに見る限りでもこんな凄惨なのだから、実際に降り立てばどれだけひどい状況なのかと。そう考えているだけでも、気分が悪くなってきて。
「近くで見ると、意外とでっかいもんだな」
背けた視線の先では、ホエルオーさながらに巨大な飛行船が空を切っていた。
飛行船など日常で、ましてや近くで見る機会などそうないけれど、そんなカイルですら一目で通常よりも大きなものだろうと確信できるほどの立派さである。
空の青とも木々の緑とも似つかない、グレーの色合い。宣伝も兼ねているのか、バルーン部分にはシンオウ地方ではよく見かけるGのマークも描かれている。
その横で優雅な自由落下を決め込んでいるカイルを見たら、人は何を思うのだろう。紐なしバンジージャンプか、それともスタイリッシュな身投げか。
どちらにせよ正気の人間がやるような所業でないことだけは確かだ。
何せ、カイルだって今の状況を飲み込めていない。
はてさてどうしたものかと考えている内、上から鳴き声が落ちてきた。
「ケシ」
「おいお前、無理やり連れてきたんだから何とかしてくれないか」
カイルの襟首に掴まっているのは、ねんりきポケモンのケーシィ。
どこか狐を思わせる風貌が特徴的であり、とかく臆病的な気質であることでよく知られているポケモンである。
「ケシ?」
「なあ、もう一回言うんだけど」
得意技は超能力による瞬間移動を行う"テレポート"。
ただ逃げるかその場を離れるかなだけの技なので、性格しかり技しかり、基本的には無害だと考えてよいとされている。
「"テレポート"でここに連れてきたなら、責任持って飛行船まで運んでくれない?」
ただ、その"テレポート"に巻き込まれるなんて事態が起きればたまったものではない。
どこに連れていかれるかも定かではないし、第一ケーシィと違って普通の人間は"テレポート"でもう一度移動することもできない。
つまるところ、変な場所に連れて行かれれば帰ってくることすらままならないわけで。ましてやリッシ湖の遥か上空なんぞに飛ばされたりした日には、そのまま帰らぬ人になってしまうことだろう。
「あの? ケーシィさん?」
「......?」
そんな具合で三途の川の上空にカイルを運んできたケーシィは、しばし何を言っているんだという顔で話を聞いていたのだけど。
ほどなくして何かを思い出したらしく、どこからか取り出した携帯端末をカイルに手渡した。例によってギンガ団印の刻印が施された、腕時計型の形状の端末だ。
確か、名前は。
「ポケッチ?」
「ケシ!」
「ちょっ、あれ、ケーシィさん!?」
役割を果たしたらしいケーシィは、どこか満足げにサムズアップをしながら"テレポート"で消えていった。
未だに自由落下を決め込んでいるカイルを置き去りに、である。
「何もかも中途半端すぎるな――うん?」
そんな愚痴をこぼしている最中、カイルはケーシィから受け取ったポケッチの画面が点灯したことに気が付いた。
見れば、画面には電話のアイコンが映っており。その下には着信の文字もある。
『テステス。――あ、聞こえます?』
通話のボタンを押せば、聞こえてくるは若い女性の声。
「ああ、聞こえてる。あんまり時間もないから手短に頼むよ」
『今しがた、アグノムの護送部隊がリッシ湖を離れたところだと連絡が入りまして。リッシ湖には着けましたか?』
「ああ、うん。おかげさまでね」
皮肉たっぷりにそう返すと、電話越しにくつくつと笑みをこぼす声が聞こえて。
『結構離れたテレポートなので心配だったんですけど、到着できたならよかったですよ。ケーシィもお使いご苦労様でした』
「はいはい。改めて確認させてくれ。到着次第俺は場をかく乱して、可能ならアグノムを奪取。それが難しければどうにか到着を遅らせて時間を稼ぐ......だったな?」
『その通りです。傷が開くので無茶はしないでくださいね、また倒れますよ』
「無茶言ってくれるな」
要するに、敵の多数集まった場所に単身で突っ込み、でもあんまり無茶しないで時間を稼いでくれ。できればアグノム連れ出したりしてくれたら嬉しいな、と。そんな具合の指令らしい。
正直、無茶である。できるならばもっとはっきり言い返してやりたい。
『私もできる限り急いで向かってますから。それまでの間、よろしくお願いしますね』
「ああ、了解」
淡々と返し、カイルは通話を打ち切る。
既に落下を始めて随分立つ故、あまりうかうかしているわけにもいかなかった。自分の死に様など対して考えたこともなかったが、大地と熱い抱擁を交わしての最後というのは、こう。
何というか、痛そうだし。
「勘弁してくれよ......エーフィ!」
「エフィッ」
呼ぶと同時に飛び出したエーフィは、持ち前の頭脳で素早く状況を理解したらしい。
腕を広げたカイルの胸にぴったりとくっつき、優しく支えるような念力で落下速度を下げてくれた。それだけでなく次の指示に備えてカイルを見つめる目に頼もしさを感じつつ、カイルは自分たちの横を飛ぶ飛行船を指さす。
「あの中に"テレポート"してほしい。できそうか?」
「......」
こくりと頷くと、エーフィは瞳を閉じ。
返す言葉はなく、しばしの沈黙。時間にして数秒か、数十秒か。そうして時間が経つにつれ、額の宝石から柔らかに放たれる光がカイルたちを包んでいき――
「エフィ!」
力強く言い放たれた鳴き声と共に、藤色の光がリッシ湖の空で弾け、そして消えた。
▽
――ちょっとまずいですね、と。
目の前で空色の髪をなびかせるマークの、そんな言葉が始まりだった。
要するに、作戦が想定以上に早いペースで進行しているらしい。ノモセシティのジムリーダーも巻き込んでの交戦に発展しているはずが、既にリッシ湖からの逃走の手筈を整えているそうな。
大人数での混戦の中、損切りの判断も早く、かつ目標も達成する。統率しているリーダーはさぞかし優秀なことだろう。
対しカイルたちがいたのはクロガネシティ近辺。
距離で言えばざっと街5つ6つほどあるが、連中がトバリシティの本部に到着すればアグノムの奪取は困難になるわけで。そのためどうにかして間に合わせる必要があった。
そんな中でマークが考えたのが、その距離とテンガン山までもを跨ぐ超長距離テレポートである。複数のエスパータイプポケモンのサイコパワーを合わせることで、普通ありえない距離までの移動が可能になるのでは、と。
そんないかれた仮説を身をもって実行させられたのがカイルたちだった。
「何とか生き残ったから、別にいいけどさ」
腰を下ろし、安堵感も交えて息をつく。
幸運なことに、テレポート先となった部屋は倉庫のような場所である。埃っぽい上に積み込まれた貨物には消費期限ぎりぎりの食糧品もあり、あまり管理は行き届いてないように見えた。
「エフィ?」
「ああ、無茶させて悪い......ってエーフィ、ちょっとこっち」
傍らで心配そうに鳴くエーフィは、つうと鼻血を垂らしていた。
短期間に度を超えた超能力を駆使し続ければ、その分だけ脳に負担がかかり、やがてその影響が身体に現れる。
鼻血はその初期症状の一つだ。
「ごめんな。今日はもう休もう、お前ばかりに負担をかけすぎてる」
「フィー、」
「気持ちは嬉しいけど、それで何かあった時の方が俺は嫌だよ」
「......」
首を横に振り「NO」の意思表示をする彼女だけれど、それを良しとはしない。
念力と持ち前の器用さで、エーフィは大抵の場合こういった状況を打破してくれる。無理な指示をしても嫌な顔一つせず飲み込み、できる限りの精一杯で応えてくれる、頑張ってくれる。
――否、頑張りすぎてしまうのだ。それこそ、本当に倒れてしまうまで。
「どうにもならない時には、ちゃんとお前を頼るから。許してくれるか?」
ハンカチで鼻血を拭ってやり、空いた手で優しく頭を撫でながら、そう問いかけて。
「エゥ」
眉を寄せながらしばしの長考の後、渋々といった体で納得してくれた。
実際のところ本日中にもう一仕事お願いする予定はないし、彼女もそれは薄々理解しているだろう。それでも不測の事態というのは往々にしてやってくるため、少なくともそこまでの間だけでも休んでいてもらいたい、というのがカイルの本音だった。
鼻血の収まった彼女をボールに戻し、カイルは改めてボールを取り出し。
放ったボールから飛び出すは、細見ながら確かな実力と存在感を感じさせる後ろ姿。
「予め言っとくけど、一体多数になる。そのつもりで頼むよチャーレム」
「チャアッ!」
そんな短い会話とアイコンタクトのみを交わし、カイルたちは倉庫から飛び出した。
飛行船はそう広いわけではないため、どこかで大きい音が鳴れば各所から次々と敵が集まってくる。そのため、可能であれば一撃、ないし数撃で勝負を決めるのが理想となる。
「っ!? なんだおまぁが、」
「おぐっ!?」
「まっ、待て待て待て!」
倉庫近くにいた団員三人と接触。
彼らが戸惑いと共にモンスターボールに手を掛けようとしたその刹那、音もなく駆けるチャーレムがその内二人の鳩尾に掌底を入れた。彼はそのまま流れるような動作で残る一人の背後を取り、尻餅をついている団員の首に片手を添える。
カイルもしゃがみ込んで目線を合わせ、何も言わず、ただ人差し指を立てた。
――静かにしろ、と。
その意を受け取ったらしい団員は何も言わず、両手を上げる。
「聞いたことにだけ答えてくれ。質問は許さない。この飛行船の構成人数は?」
「待ったっ、待っただ。ちょっと落ち着いて欲しい」
「時間がない。構成人数は?」
「......七人、だ」
最後に残された男は、やけにすんなりと人数を話してみせた。
「それはお前たちを含んだ人数か?」
「ああ。サターン様は慎重なお方だ。戦闘員は俺たち三人以外この船に乗せなかった」
「そうかい、随分と信頼されてるようで何よりだよ。リーダーを除いて、残りの三人は操縦とか補佐とか、そんな役割?」
「そんなところだ」
カイルの問いかけに、男は頷いて肯定の意を見せる。
相手の話を鵜呑みにするつもりはないけれど、何かしら情報があるのと全くもって情報がないのとでは、状況判断が大きく違ってくるものだ。
本当ならばもう少し時間をかけるか拷問にかけるかして情報の精査を行う必要があるけれど、今はそうする時間だって惜しい。
「情報提供ありがとう。ゆっくり眠ってく......」
「サターン様は、慎重なお方だ」
違和感。
「そんなお方が俺のような人間を信頼し、そしてアグノム護送という大任を任せてくださっている」
気配が、視線が、増えていくのを感じる。
感じ取った違和感は、次第に、しだいに確かな疑惑へと変わる。
「......チャーレム」
「であればこそ、"俺たち"はその信頼に応えなければならない」
「打ち抜けチャーレム、"はっけい"!!」
その疑惑が確信へと変わった刹那、カイルは鋭く指示を飛ばし。
チャーレムが力強い踏み込みと共に放つ"はっけい"の拳底が打ち抜いたのは、目の前の男の体――ではなく、頭一つ分はある大きな手の平だった。
肥大化した筋肉。腕に走る傷跡。そして、全てを受け止める強靭なその肉体。
かいりきポケモン、ゴーリキー。
「悪いが、アグノムは奪取させない。エムリットも返してもらおう」
「......しくったな。ここで騒ぎを起こすつもりはなかった」
増えた気配も、視線も、カイルの勘違いなどではない。
チャーレムの攻撃を受けたはずの団員二人が、背後でゆらりと起き上がっていた。チャーレムが手を抜くはずもないし、恐らくは防弾チョッキか何かを仕込ませていたのだろう。
彼らもボールを取り出すと、えながポケモンのエテボース、かぎづめポケモンのニューラを繰り出した。
人数は不利。クチートは戦闘不能。エーフィも超能力の負荷で実質戦闘不能。
エムリットは極力頼るつもりはないし、エムリット自身も必要に駆られない限り力を貸すつもりはないだろう。
であればとカイルは新たなボールを取り出し、そこから踊り出るは水晶を思わせる色彩としなやかな姿。
「ごめん、ハクリュー」
「――、」
その瞳は、まるで深海のように深く、黒く、そして凍えたそれであり。
故にこそ確かに感じ取れるのは、強い拒絶の意思だった。
「約束と違うのはわかってる。けど、このままだと"みんな"が危ない。だから――力を貸してほしい」
「......クル」
リッシ湖からトバリシティまでの距離はそう遠くはない。
飛行船も既に移動を始めており、その上移動も既に始まっている。
「チャーレム、ハクリュー。もう時間がない。だから、」
紡ぐ言葉は、ただただ感情を抑えた、殺しきった、冷たいもので。
「ここを堕とす。そのつもりでいくぞ」
淡々と、宣言してみせた。
次回投稿目標は二週間です。
よろしくお願いします。