無駄飯喰らい   作:甘栗@

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最近、体調を崩してました。
結果思いのほか時間ができたので、前回より早く更新できたのが不幸中の幸いでした(更新目標は過ぎてますが)。
また、お気に入り、高評価頂きありがとうございます。
おかげでモチベ保ててます。更新速度上がる気がします。
次回も多分早いと思います。よろしくお願いします。

たこ焼きが好きです。



交錯

 

 

 

 

 

 ギンガ団内部に、裏切り者がいる可能性があると。

 

 

 そんな情報が入ってきたのは、作戦の実行数日前のことだった。

 正直、耳を疑った。最初はたちの悪い冗談かとも考えたけれど、入った情報の筋が筋なものだから。ただの下っ端ならばともかく、幹部候補生からの忠言となれば話も変わる。

 思い起こせば聞こえるのは、どこかいたずらっぽく語る少女の声で。

 

 ――あくまで可能性の話ですよサターンさん。ただ、頭にだけは入れておいてくださいね?

 

 錆びた明かりの元、水色の髪を揺らす少女はそんな忠言を残していった。

 くつくつと笑みをこぼしながら、ひらひらとその手を振りながら。

 

「非常に面倒だ」

 

 そんな記憶を思い起こし、少年――サターンは部屋で一人、ひっそりと愚痴をこぼしながらコーヒーを啜る。

 冗談だと笑い飛ばすのは簡単だが、その結果寝首を掻かれたのでは笑いごとではなくなってしまう。だからこそ今まで以上に周到な用意をした上で、計画を進めてきた。

 それこそが、幹部としての自分の責務だとよく理解しているから。

 

「お前も、随分と手こずらせてくれたな」

 

 サターンは爪を噛み、簡易カプセルの中にいるアグノムをギロリと睨みつける。

 多少の抵抗は覚悟していたけれど、まさか数日に渡るほどの戦闘の上、とっておきのギンガ爆弾まで使わされる羽目になるとは思わなんだ。

 だが、どれだけ抵抗を重ねようと、それが伝説のポケモンであろうと、結局は数の力が物を言うのはいつの世も同じこと。

 

「だがアグノム。いかにお前といえど、無尽蔵に戦い続けられるわけじゃあない。くっく、わざわざ本部に掛け合ってまで応援を寄こして貰ったかいがあったってもんだ......アカギ様、ぼくはやりましたよ...」

 

 アカギからもらう労いの言葉を考えながら、サターンはご機嫌に椅子へと腰掛けて。

 どうにも落ち着かない気持ちを乗せ、回転式のデスクチェアーをクルクルと回転させる。

 

「......」

 

 回る視界の中、頭に浮かぶのは『作戦の成功』と『裏切り者の存在』だった。

 

「裏切り者、か」

 

 前者はいい。というか、問題がない。

 何せ既にアグノムの捕獲は完了しており、今はその護送を行う段階である。これから天地でもひっくり返らない限りは問題なく目的を達成できるだろう。

 問題は、後者。裏切り者の存在にある。

 

 本来は護送部隊にもっと人数を割くつもりだったけれど、この言葉がそれを踏みとどまらせた。人物の特定はおろか、そもそも存在の成否も定かではない。しかし仮にいるのだとすれば、人数を増やせば増やすほどその中に裏切り者が混じる可能性が上がることになる。

 だからこそサターンは信頼のおける数名のみを船へと乗せる判断をした。戦闘員たちに関しては万が一の場合に備え、『仕込み』だってしておいた。可能な限りのリスクヘッジを行った、最適な選択だと信じて疑っていなかった。

 

 刹那、飛行船中に大きく、大きく響き渡る爆発音を聞くまでは。

 

「なっ、なんだっ!? 爆発!?」

 

 それは一度では終わらず、二度、三度、四度。

 まるでドアノブをノックするような感覚で何度も爆音と衝撃が飛行船内を突き抜け、サターンは明確に異変が起きていることを察知する。

 

「ど、ドクロッグ!」

 

 サターンはどくづきポケモンのドクロッグを繰り出し、前に立たせる。

 何が起きているのかは検討がつかないが、少なくとも非常事態であることは確か。であれば、第一目標であるアグノムの護送はまず達成しきる必要があった。

 

 冷静に考えて、敵の強襲と考えるのが妥当。

 規模は、相手は、人数は、強さは、

 

 そう思考を回すサターンの間左の壁に巨大なヒビがいくつも入り、

 

「ロッグゥ!」

「おわっ!?」

 

 その隙間から目を覆いたくなるほどの眩い光が幾重にも突き抜け、その中の一筋がサターンの頭があったはずの個所を一瞬にして焼き払った。

 しかしながら光はそれだけに留まらず、放たれた全てが部屋のあちこちを焼き焦がしていく。ドクロッグに襟を引っ張ってもらっていなければサターンも例外なく黒焦げにされていただろう。

 

「なっ、ななななんだ!?」

 

 すぐさま前に飛び出したドクロッグが"どくづき"で光線を弾き、サターンはその間にそそくさと後ろへ下がった。

 薄暗い部屋の中で橙色の光と紫の軌跡が交差し、散らす火花が視界をチカチカと照らす。絶えず放たれる光の束を、ドクロッグはとかく弾き、弾き、はじきはじきはじき――。

 一拍置いて放たれた一際大きな光の奔流を、揃えた両の手による一閃で相殺してみせた。

 

 戦いの余波で壁が崩れ、その先に佇むは一人の男の姿であり。

 その傍らでは水晶のような美しい光沢を放つポケモンが、反して赤黒い危険色の光を頭部の角に宿していた。

 

 その姿を知っていたわけではなかったし、話に聞いていたわけでもなかった。

 根拠だって何一つとしてないけれど、それでも確信めいた何かがあった。

 

「う、裏切り者......!?」

 

 黒髪の猫っ毛から覗くは、どこか影を宿した暗い瞳で。

 

 

 ――寄こせ、と。ただそれだけを冷えきった声音で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 強襲を行うにあたって重要なのは、いかに相手を冷静にさせないか、である。

 

 

 冷静にさせないことで判断を誤らせ、行動に移すまでの時間を遅らせる。

 そうすることで常に先手のアドバンテージを取り続けることができるからだ。

 

「チャーレム、"けたぐり"で崩して"ローキック"!」

「チャァム!」

 

 華麗なステップで駆け抜けて背後を取り、ゴーリキーが振り向いたときには既に真横へと移動しているチャーレムが鋭い足払いで体勢を崩させる。

 その隙を見逃さず、払ったのとは逆の足で地面を蹴りつけてジャンプし、前かがみに倒れこんだゴーリキーの顔面に遠心力を乗せた"ローキック"を叩きこんだ。

 

「問題ない。ゴーリキー、"リベンジ"」

 

 連続で攻撃を叩きこんだけれど、そこまでは想定内らしい。

 ダメージを受ければ威力が増加する"リベンジ"の指示が飛ばされ、ゴーリキーの体から可視化されるほど熱く滾っている熱気が上がる。

 

「リッキィ!!」

 

 着地した瞬間を突いて放たれた"リベンジ"のパンチに左手を添えて受け流し、チャーレムは最小限だけ体を動かして躱す。

 そのまま回転して飛び上がると、受けた勢いを乗せた回し蹴りをゴーリキーの横面に当てて吹き飛ばした。

 

「ッ!?」

「ナイス"カウンター"。そのまま追撃!」

 

 着地と共に蹴り出したチャーレムは吹き飛んだ場所へ真っ直ぐに疾走し――

 

「"とびひざげり"!!」

 

 起き上がろうとするゴーリキーの鼻面に、思い切り"とびひざげり"を叩きこんだ。

 相手に対して息つく間も与えないチャーレムの連撃である。倒しきるまではいけなくとも、間違いなく相当なダメージを与えることができたはずだった。

 だというのに、対面で指示を出す団員に焦った素振りは見受けられなくて。

 

「ゴーリキー、"ビルドアップ"」

「ゴゥ――!」

 

 ゆらりと立ち上がったゴーリキーが大きく息を吸って力を込め、筋肉が大きく膨れ上がる。

 その瞳には確かな自信と闘志を宿し、まだまだやる気は十分であるようだった。

 

「いいぞ。まだまだやれるなゴーリキー」

「......随分とタフだこと」

「そういうお前は随分と余裕そうだ。先から指示も出さずにハクリューを戦わせている」

「あー、あれなぁ」

 

 そんな会話を挟むカイルたちの反対側では、縦横無尽に飛び回るエテボースとニューラの攻撃を流麗な"りゅうのまい"で躱すハクリューの姿があった。

 するりと躱し、尻尾で防ぎ。そうして生じた隙をついて横薙ぎの"りゅうのはどう"を放つ。

 数的有利も意に介さないその戦いぶりを横目に、カイルは自嘲混じりに呟いた。

 

「まあ、そう見えるなら何よりだよ」

 

 流すようにひらひらと手を振り、大きく息をついて。

 

「さっ、第二ラウンドと行こうか。もう時間も残り少ない」

「そうさせてもらうとしよう。これ以上は飛行船の運行に支障をきたしかねんのでな」

 

 短く会話を打ち切り、互いに何も言わず睨み合う。

 それから軽く、二度ほど、息をする間があり。

 

「――"すてみタックル"!」

「ゴオォォォウ!!」

 

 火蓋を切って落とすは、最速であり最大の威力を放つ突進だった。

 ゴーリキーは指示と同時に力強く蹴りつけて前に繰り出し、"ビルドアップ"で強化した鋼さながらの肉体を肘を突き出すような形で固める。

 自身へのダメージなど度外視した超スピードの、まさしく捨て身の一撃。

 

 そうして徹甲弾と化し迫るゴーリキーを前に、チャーレムは静かだった。

 目を閉じて。手を合わせて。そして、ただ、ただ、静かな息遣いで、

 

「"溜め"は十分だな、チャーレム」

 

 すうっと見開く目に宿るは、静かながら獰猛な殺意を宿した闘志でいて。

 大砲のような重低音を響かせて踏み込み、闘志を、殺意を、気合の全てを乗せた拳を大きく振りかぶり。

 その間にもじっと、じっと、ものの一秒たりともゴーリキーから目を離すことはない。ただ力強く握りしめた拳を構え、彫像のような佇まいで待ち続けている。

 

 きっと、同じことを考えている。 

 勝負は次の一撃で決まる。

 

 迫りくる風切り音。空気のうねり。ただそれだけを感じ、時を待ち、

 

「思い切りいけ! "きあいパンチ"!!」

「チャム!」

 

 溜めた力と共に放つ必殺の"きあいパンチ"が、ゴーリキーの顔面を捉えた。

 それと同時にゴーリキーの肘鉄がチャーレムの鳩尾に入る――かと思われたけれど、もう片方の手の平を当て、パンチのために踏ん張った体と合わせて受け止める姿がそこにはあった。

 

「何っ!?」

「そのままっ撃ち抜け!」

「チャァァム!!」

 

 踏み込みでミシミシと床を軋ませ、相手の身体にめり込む程の全力を乗せて。

 轟音と共に振り抜いた拳がゴーリキーの体を吹き飛ばし、その奥にいた団員の体も巻き込んで壁に巨大なクレーターを作り出す。

 その衝撃で飛行船がグラグラと揺れ、ヒビの入った壁面からは団員たちが倒れ伏した。

 

「ぐッ、ガハッ......」

 

 いかに手持ちを持っていようと、トレーナーが戦える状態でなければそれが出てくることもない。戦闘を終わらせるに一番手っ取り早い手段と言えるだろう。

 外道と言われてしまえばそれまでだけど、今の状況は一刻を争うわけで。

 

「お疲れチャーレム。さっ、次だ......と思ったんだが」

 

 ひとまず、カイルの担当分は完了。

 先から一人で戦わせてしまっているハクリューの援護に回ろうかとも考えたけれど、そちらも問題ないようだった。

 

「流石、その必要もなさそうだ。ありがとうハクリュー」

「クリュゥー」

 

 向けた視線の先では、余裕そうな表情のハクリューがその細長い肢体でニューラとエテボースを下敷きにして抑え込んでいた。

 空いた尻尾の先端も座り込む団員二人の首に当て、いつでも仕留められる状態。

 尋ねられているのは、連中の処遇をどうするかと。大方そんなところだろうか。

 

「"頭"を頼む」

「ルゥ」

 

 カイルが指で頭を示すと、廊下に鈍い音が二度ほど響く。

 先は腹部への強打で仕損じたけれど、今度は油断なく頭部への攻撃で気絶させることにした。見たところ装備の類もつけていないし、確実に意識を刈り取るにはこれが一番手っ取り早いだろう。

 

「ここは問題ないな。となると次はアグノムの奪還だけど......チャーレム、何か感じ取れたりする?」

「ム、」

 

 その場に座り込み、カイルは横のチャーレムに問うてみた。

 あくまで仮定ではあるけれど、神話の通りに考えれば"いしのかみ"と言い伝えられているアグノムもまた、エムリットと同じエスパータイプと考えられる。

 故にチャーレムなら、アグノムの放つ波長を感じ取れないものかと考えたけれど。

 

「チャー、」

「了解、一応聞いたみただけだよ。お前の専売特許ってわけでもないもんな」

 

 やはりというか、快い返事は返ってこなかった。

 あくまでチャーレムは戦闘員であり、こういった探知はエーフィの仕事である。本来なら彼女に頼むべきだろうけれど、現在彼女はお休み中。ないものねだりをしても仕方がない。

 であればどうするか、と。そう考えていた折、

 

「サターン様は、慎重なお方だ」

 

 声が、聞こえた。

 

「であればこそ、俺たちはその信頼に応えなければならない」

「......ついさっき、倒したはずだ。なんで起き上がってる?」

 

 背後からだった。聞こえないはずの、倒した男の声だった。

 

「サターン様は、慎重なお方だ」

 

 そこには、何かに吊り上げられるようにして立ち上がる団員の姿がある。

 倒したはずのゴーリキーもゆらりと立ち上がっており、見ればガリゴリと星屑を思わせる結晶を齧っていた。

 溜息、

 

「"げんきのかけら"。強制的に意識を取り戻させ、肉体を活性化させる代物だったか。一トレーナーとしては関心しないな」

「ゴオォォォ!!」

 

 げんきのかけらを服用するにつれ、ふらついていた足取りは次第に確かなものとなり、殺意を宿す瞳も暗い光を増していく。

 そして、力強く、力強く、とかく力強く、ゴーリキーは"ビルドアップ"を繰り返して。

 

「であればこそ、俺たちはその信頼に応えなければならない」

「もう意識もないのに第三ラウンドって、そういうわけかい?」

 

 会話にならない会話を挟み、団員は抑揚のない声で指示を出した。

 

「"リベンジ"」

「絶対にっ! まともに受けるな!!」

 

 もはや異常なほどに肥大化した筋肉の鎧をまとうゴーリキー。

 その図体のまま素早く飛び上がるようにして迫り、轟音と共に放たれた"リベンジ"のパンチをチャーレムは思い切り体を逸らして躱す。

 それだけに留まらず逆の手で放たれた左フックを右手を添えて受け流し、

 

「そこ、"はっけい"!」

「チャァッ!!」

 

 両手を振り抜き無防備になったゴーリキーの鳩尾に、思い切り左の掌底を叩きこんだ。

 

「そのまま一回下がろう!」

 

 本来ならば追撃を狙いたいが、ここではあえて一歩分の距離を取ることにする。

 というのも、攻撃を受けることで威力の上がる"リベンジ"である。万が一にもここまで攻撃を受け続け蓄積したパワーの一撃を食らえば、形勢はそれだけで大きく傾くことになる。

 防御は行わず、躱し、いなし、受け流し、その上でどう倒しきるか。とにもかくにもその手段を確立しなければならないわけで、

 

「"リベンジ"」

「"カウンター"!」

 

 放たれる拳に左手を添えて方向を逸らしつつ、押し込もうとする力の流れに逆らわずに寧ろ身を任せる。

 左側は押し込まれた分だけ脱力して力の流れをいなし。その分だけ反して前に出ようとする右側に、押された分の力を余すことなく伝える。

 そうして放つ"カウンター"のパンチでゴーリキーの顔面を捉え、カイルは勝ちを確信した。

 

 いかに"ビルドアップ"で攻撃と防御の能力を引き上げたところで、引き上げた分の自分の力をそっくりそのまま受けているわけである。

 たとえ"げんきのかけら"で肉体が活性化していたとしても、十分に意識を刈り取れるものだと。

 

「ゴーリキー、"リベンジ"」

 

 そんな甘い考えは、次の指示ですぐさまに打ち砕かれた。

 "カウンター"をまともに食らったにも関わらず、ゴーリキーはニヤリと下卑た笑みを浮かべ。

 

「ゴオォォォウ!!!!」

「ッッッーーー!」

 

 ここぞとばかりに放った渾身の一撃が、チャーレムのどてっ腹を貫いた。

 声をかける間もなく轟音と共に吹き飛ばされ、カイルのすぐ横を通り過ぎて背後の壁に叩きつけられる。体力も、戦意も、意識も、全てを一撃のもとに屠る、まさしく必殺の攻撃。

 

「チャーレム! いけるな!」

「チャアム!」

 

 ただ、それだけで倒されるほどやわな育て方はしていない。

 チャーレムはふらつきながらも立ち上がると、血を吐き捨てて。それから何も言わず両の手を合わせる。

 それから広げる掌の間には、バチバチとエネルギーの弾ける球体が生まれ出でて。

 

「受けた分返すぞ......!」

「クウウリュウウウウ!!」

「って、待て! ハクリュー!」

 

 次の指示を出そうとした刹那、耳をつんざくような咆哮と共にハクリューが前に飛び出していた。

 カイルの静止も気に留めない。振り絞る怒りと激昂で周りも見えていない。

 これは、まずい。

 

「リュウ!」

 

 一筋でなく、いくつもの光の束となって軌道を描く"はかいこうせん"を四方八方にばら撒く。

 それらは地面にぶつかり、壁に炸裂し――

 

「リーシッ!?」

 

 照明を撃ち抜いた刹那、爆発と共に鳴き声が響いた。

 巻きあがる煙から飛び出すは鈴を思わせる姿。すずポケモンのリーシャンであり、それと同時にゴーリキーに指示を出していた団員はぷつりと糸が切れたように倒れこんだ。

 その様子を見て、カイルもなるほどと合点がいく。

 

「あれはリーシャンか。あいつがトレーナーを動かしてたってわけだな、それなら......」

 

 であればどうするかは至って単純。丁度準備だってしている。

 アイコンタクト、

 

「チャーレム、リーシャンに"きあいだま"!」

「チャァァム!」

 

 時は一瞬。穿つは虚空。込めるは、他でもない、気合。

 声と共に放つ"きあいだま"は小さい的ながら正確に敵を捉え、鳴りやまぬ爆音以上に大きな破裂音を響かせて。

 

「シャァン、」

 

 ぷすぷすと煤を上げながら、リーシャンはべしゃりと倒れた。

 これで再び団員が起き上がることもないだろう。次に考えるべきはまだ残っているゴーリキーなのだけど、そもそも指示を出すトレーナーがいなければ戦う必要もないわけで。

 

「落ち着けハクリュー、もう戦う必要はない!」

「リュゥゥ!」

 

 再びの静止も無視して追撃の"りゅうのはどう"を放ち、荒々しい龍の力とオーラを身にまとった"げきりん"の突進で跳ね飛ばして。

 そうして倒れこむゴーリキーに、しなる長体から繰り出す尻尾を叩きこんだ。

 

 これまでのダメージに加えてハクリューの連撃である。

 見る限りのゴーリキーの肉体には明らかにダメージが蓄積していた。"はかいこうせん"の余波で肉体の所々が焦げ付き、"げきりん"の影響で身体の所々の肉が削げ落ちていて。

 痙攣した身体に掠れた息遣い。考えるまでもなく、決着は既についていた。

 

「リュウウウウ!」

 

 そのはずが、ハクリューが止まる気配はない。

 殺し、かねない。

 

「ハクリューちゃんと見ろ! チャーレムは大丈夫だ、死んじゃない!」

「ウリュウウゥゥ!」

 

 カイルは咄嗟にハクリューの体に組み付き、続けざまに放つ"げきりん"を間一髪でゴーリキーから逸らした。

 そんな最中、状況を察したチャーレムの行動は素早い。団員たちを重ねて肩に担ぎ、念力で倒れたポケモンたちを持ち上げて端まで運んでくれていた。

 欲を言えばさっきの倉庫にでも避難させてほしいところだけど、状況がそれを許さない。

 

 カイルは普段の戦闘において、ハクリューを使わない。

 何かしらの要因で感情が高ぶってしまえば最後、自分の力とその矛先が制御できなくなってしまうからだ。

 

 ハクリューは強く、優しく。そして、怯えている。

 その体に秘める強大な力により、目の前の敵を打ち倒すことができる。けれどその力を御すことができず、力と感情の波に飲み込まれてしまう。

 飲み込まれた結果、倒すだけでよかったはずなのに、違う結末を辿ってしまう。

 それを、知っている。

 

 故に、ハクリューは怯えている。戦うことを怖がっている。

 けれど、彼はとても優しいから。目の前で仲間が傷ついていたのなら、ましてや死にかけていたのなら、精一杯に自分の力を振るうことを躊躇ったりなんかしないのだ。

 だからこそ、カイルはハクリューを使わない。戦わせない。

 

 ――否、戦わせたくないのだ。

 

「ハクリュー!」

 

 呼びかけるが、さながらシャワーのように放たれる"はかいこうせん"は止まず。

 通路周辺の壁をいくつも破壊し、貫き、その間にも止まない爆発とそのたびに上がる煙でむせ返りそうになる。

 

「なっ、ななななんだ!?」

 

 そんな最中に背後で聞こえたのは、若い男のものだった。

 広がる破壊の波は、貫かれた壁の向こう側にある部屋にまで届いていたらしい。倒れたデスクチェアーと、何かのカプセルを抱える少年。

 そしてその少年を守るように、前に立ちはだかるドクロッグがいた。人型の体で構えを取り、威嚇のつもりか喉元にある真紅の毒袋を膨らませて。

 

「リュア!!」

「ログログログロッグゥ!!」

 

 カイルの取り組みも虚しく放たれた無数の"はかいこうせん"を、ドクロッグは毒々しい光を放つ両腕を器用に振るい、"どくづき"でその全てを防いでみせた。

 

「う、裏切り者......!?」

 

 その背後、震えた声で呟く少年を見てカイルは思考を巡らせる。

 他の団員たちとは一風変わったデザインの白黒の上下。左右、三日月型に伸びた髪の毛。こちらを睨みつける、特徴的な猫目。

 作戦の実行前にマークから聞いた通りの情報である。つまるところ、目の前にいる男こそが幹部のサターンなのだろう。

 

「......寄こせ」

 

 となれば、彼が抱えている透明なカプセルの中身についてもある程度想像がつく。

 小さな身体だった。エムリットとよく似た妖精のような姿であり、額に輝くは真紅の宝玉。そしてその逆に、体色は透き通るような海の色をしていた。

 アグノム、

 

「そのカプセルを、寄こせ!!」

「ドクロッグ! 俺をっ守れ!!」

 

 向かい合うカイルとサターンが互いに鋭く指示を吐き出す。

 言葉と当時、飛び出したチャーレムが、ドクロッグが拳を突き合わせる。相も変わらず暴れまわるハクリューが、そこらじゅうを破壊して回る。

 戦いが、始まるはずだった。アグノムの処遇をかけて。カイルたちの命運をかけて。

 けれど結論から言えば、この場では戦いには発展しなかった。

 

 それぞれの思惑と拳がぶつかり合った刹那、地面が大きく揺れた。

 ――正確には、飛行船が揺れていたのだ。先からずっと戦い続けたが故の結果か、それともハクリューの暴走の余波によるものか。

 直接的な原因は定かではないけれど、それでも今わかる状況は至ってシンプル。

 

「飛行船が、落ちる......!?」

 

 落ちることで発生するであろう被害が、災害が思考にノイズとして混ざりこむ。

 そうなっても構わないとは考えていたけれど、そうするために戦っていたわけではない。中途半端な覚悟をしてしまっていたことへの後悔がカイルの頭を駆け抜けた。

 

 アグノムの奪還が第一目標だ。そのためにはサターンとの戦闘が必要であり、けれど飛行船が落ちるかもしれない以上は先に倒した団員たち、またその他の乗員たちの避難が必要になる。

 また、飛行船の墜落範囲となる場所についても、避難の誘導と防止を行わなければならない。

 改めての後悔を噛みしめる。覚悟ができていないから、即決ができなかった。

 

 何が一番重要か。そのため何を行うべきか。そのため、何を『切り捨てる』べきか。

 カイルには、それがまだ固く決められていなかったから。

 

「くそっ!、」

 

 飛行船が再び大きく揺れた。

 もう一刻の猶予もない。カイルは、決断を下さなければならない。はかる天秤の重さで心が軋むのを感じながら、とかく冷静かつ冷酷な判断を下そうと思考を巡らせていた。

 

《しかたがない ゆうじんを たすけるためだから》

 

 刹那、鈴を転がすような声音が感じ取れた。

 光、である。腰元のモンスターボールから眩い光が生まれ、見る見るうちに広がるそれは温かい輝きを放ちながら大きく膨らんでいく。

 

《ひこうせんはなんとかする みんなのことはりっしこへはこぶ》

 

 紡ぐ言葉には、ただ、ただ、純粋な願いが感じ取れた。

 だから、とエムリットは続けて。

 

《アグノムを たすけてあげてほしい》

 

 光に飲み込まれる最中、そんな言葉だけが聞こえて。

 もはや、迷うことはなかった。返す言葉だってなかった。

 だからカイルは、ただ大きく、大きく頷いてみせた。

 できる限りの手を使い、可能な限りの死力を尽くし。

 

 

 ――アグノムを助ける。

 

 

 改めてその覚悟を深く心に刻み付け、その目を閉じた。

 

 

 

 

 




次回目標は二週間です。よろしくお願いします。
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