ポケットにリアル   作:ふみどり

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俺の天使が可愛いので店を開きました

 職人の朝というのは早いものだ。

 昨日のうちに焼いておいた生地の出来をチェックして、クリームを泡立てソースを作り、トッピングのためのきのみをカットする。甘い香りがふわりとキッチンに漂い、俺の天使がふんふんと鼻を鳴らしながらうっとりとしていた。

 ナックルシティにオープンしたパティスリー「アンジュ」は、おかげさまでそれなりに好調な日々を送っている。好調というか、開店時の特需がやっと落ち着き、ようやく俺ひとりでさほど無理なく店をまわせる程度の売上に落ち着いている。含みがあるのは自身の影響力のデカさをわかっているようでわかっていない馬鹿どもの存在があったせいだ。

 連勝記録を重ねる無敗のチャンピオン。

 その紹介で知り合ったトップジムリーダーのドラゴン使い。

 そんなやつらと縁のあるパティスリーだなんて話が広がったら、俺がどんな目に合うかくらいわかるだろいう話で。ダンデときたら開店の日に堂々とどでかい花を自ら持ってきやがった挙句ちょくちょく店に顔を出しやがるし、キバナはキバナで店の前での自撮りとうちのスイーツを頬張るポケモンたちの画像をSNSに流しやがった。となれば結果はもうお察しの通り、連日開店と同時に客が詰め掛け、ショーケースを空にして帰っていく。当初見込んでいた売り上げをはるかに上回ったと言えば聞こえはいいが、通常の営業時間よりかなり早く店を閉める羽目になるわ、仕込みを増やしても増やしても追いつかないわ、どころか何でスイーツがねえんだとクレームまで食らってしまった。いや、それだけならまだいい。何よりも俺が天使のために作る天使のためだけのスイーツを献上し、その笑顔に癒される時間すら取れなかったことが何よりも腹立たしい。本末転倒もいいところである。

 よって俺は怒った。それはもう怒った。ダンデを当分の間出禁にして、キバナには店への配慮を求める文章をSNSに投稿させた。ぐちぐちと文句を言われたが、訥々と俺の天使への愛を正座で聞かせてやったら三時間で降参した。俺の愛の勝利である。

 そして毎日必死でスイーツを作りながら事態が沈静化するのを待ち、現在に至る。全く、長い道のりだった。ただ流行に乗っただけのミーハーな客は減っていき、自分の愛するポケモンと一緒にティータイムを楽しみたいというお客様だけが店に通ってくれている。必要以上に稼ぎたいわけではないので、それくらいがちょうどよかった。

 

「ふぃあ?」

 

 イーブイからニンフィアに進化した俺の天使が、甘い香りを楽しみつつも不思議そうに俺の手元に駆け寄った。そしてちょん、纏うリボンでカレンダーを指す。

 

「ああ、今日は定休日なんだけど、ほら、ダンデから中庭を使わせてほしいって連絡が来てただろ?」

 

 俺の天使は納得したように頷いた。

 そろそろ出禁を解いてくれないか、と連絡してきたダンデからオーダーが入っている。とっておきのスイーツと、できればティーパーティをやりたいという依頼だった。

 うちの店は基本すべてテイクアウトなのだが、店の奥には小さな中庭がある。俺が接客している間、ニンフィアたんの暇が潰せるように作った庭なのだが、テーブルが設置できる程度の広さはあり、もちろん植え込みや花々の手入れは完璧にしてある。外からは見えない仕様になっているので、ダンデもちょうどいいと考えたのだろう、なんとそこでジムリーダーを集めたティーパーティを開きたいというのだ。馬鹿かと。

 俺はスイーツは作れるがお茶の扱いやサンドイッチなんかの軽食は素人だぞ、と言っても公的なものじゃないから構わない、とダンデの野郎は平気な顔で押し通し、最終的に「よろしく頼むぜ!」の一言で片付けたあの馬鹿。今日が終わったらもっぺん出禁を申し付けてやる。

 ガラルのティータイム文化は理解していたが、サーブする側の勉強なんてしたことがない。急ぎ調べて突貫で準備をさせられたのだから、ダンデへの請求書は相応に割増して、なおかつワイルドエリアにしか自生していないきのみを山ほど用意させようと思う。ニンフィアたんと戯れるための休日に仕事をさせる罪は重い。

 苛立ちを込めてがしゃがしゃとクリームを泡だてていると、苦笑した雰囲気の俺の天使が可愛らしく鳴いて首を傾ける。手伝えることはないかと聞いてくれているらしい。今日も俺の天使は尊いです幸せ。

 

「んんんニンフィアたんありがとおおじゃあそこのきのみの中からちょうど熟してるやつをいくつか選別してくれるかなぁ?」

「ふぃあ!」

 

 お手伝いに積極的な俺の天使ほんとに可愛いなあ可愛すぎて天使なんて言葉じゃおさまらないなぁ自分の語彙力のなさが恨めしいなぁ! きのみの山と戯れるニンフィアたんを癒されながら、仕方なしに俺はスイーツを拵えたのだった。

 

 

 *

 

 

「…カフェも始めたのか?」

「なわけねーだろ誰がわざわざ仕事増やすかよ」

「いやだってコレお前」

 

 キバナが驚いた顔で中庭を指さしている。そこには白いクロスに覆われたテーブルが三つ並び、その上のティースタンドには渾身のスイーツと軽食。ささやかながら花も飾り、もちろんティータイムに相応しいお茶の用意もばっちりだ。

 

「仕方ねーだろティーパーティって依頼なんだから。よくわかんねーけどアフタヌーンティってこんなのなんだろ?」

「いや正直俺もここまでやってくれるとは思ってなかった。カエデはいつも俺の予想を軽く上回ってくれるな!」

「…えっ」

「さあ皆、どうぞ席へ!」

 

 聞き捨てならない台詞を吐いたダンデは、何もなかったようにゲストをそれぞれの席へと促した。俺の伸ばしかけた手は空を切り、それを見たキバナは気の毒そうな顔をして俺の肩を叩く。あいつがああいうやつだって知ってただろ、と目線だけで語られ、いやその通りなんだけども、この脱力感は何というか。

 足元で天使が労わるように鳴いてくれなかったら膝をついていたかもしれない。…いや…うん…俺頑張るよニンフィアたん…。ひとつ溜息をついて、気を取り直してお茶の準備に入った。一度受けたものを中途半端に投げ出すのは主義ではない。

 全員が座ったのを確認して、ダンデは笑顔でゲストを見渡す。

 

「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。ラテラルタウンの新しいジムリーダーの就任のお祝いと、その懇親を兼ねてこの場を用意させて頂きました。…と、堅苦しいことを言いましたがどうか肩の力を抜いて、俺の友人が腕によりをかけて作ってくれたスイーツを楽しんでもらえればと思います」

 

 カエデ、と声をかけられて手を止めると、ぐいっと肩を組まれて引っ張られた。おい俺がティーポット持ってるの見えねえのかお前は。

 

「彼とはトレーナーになったばかりの頃からの付き合いでして。本当はスイーツ専門なのですが、今日は無理を言ってこの場を設けてもらいました。カエデ、お前も挨拶を」

「とりあえずティーポット置かせろ危ない」

 

 おっと悪い悪い、とダンデは笑いながら腕を外した。好奇の目線にひとつ息をつき、サーブ用の台車にポットを置く。

 

「本日は当パティスリー『アンジュ』にご来店頂き誠にありがとうございます。パティシエを務めております、カエデと申します。紅茶とフードは見よう見まねなので味の保証は出来かねますが、スイーツは今日のために考えた特別なものをご用意しました」

 

 ラテラルタウンのジムリーダー就任祝いを兼ねていると聞かされれば、一応何かしら考えねばと思ったわけで。

 視界の隅で、椅子の上に小さく収まっている小柄な影を見る。幼くしてその腕を認められた、けれど内気で臆病、いつも素顔を仮面の下に隠しているという新しいジムリーダー。

 

「改めまして、オニオンさん、ジムリーダー就任おめでとうございます」

「!? あ、ありがとう、…ございます」

「ゴーストタイプの使い手と伺っておりますが」

「あ、は、はい」

 

 こりゃ本当に人見知りなんだな、とそのキョドり方を見て失礼なことを思う。まあまだ幼いのにこんな大人たちの中に放り込まれれば無理もないだろう。むしろよくジムリーダーなんて重い仕事を引き受けたものだ。周囲に流されて頷くような人間にジムリーダーが務まるとは思えないし、彼なりにきっとその立場への思いがあったのだろう。そんなことを思いながら、彼をイメージして作ったスイーツを指した。

 

「メインのスイーツは、ブリーのみを使ったケーキです。と言ってもブリーを使ったのはいちばん上のジュレのみ。その下にはスポンジやクリームが層のように重なっており、それぞれ異なるきのみを使用しています。数で言うなら十以上のきのみを使っていますね」

 

 パッと見は、紫色のブリーばかりが目立つただのフルーツケーキ。けれど、一度ナイフを入れれば全く異なる顔を見せ、口に入れれば予想外の味がくる。

 相手の裏をかき、その動きを読ませないゴーストタイプと、素顔を見せない彼自身をイメージした。積み重なった層を作ったのは、一応ラテラルタウンの古くから続く歴史への敬意も込めて。

 まあぶっちゃけこじつけが八割だが、味には自信がある。だって俺の天使ニンフィアたんがおっけー出したケーキなので。うちのスイーツはニンフィアたんのおっけーが出たもののみご提供しております。

 

「…ケーキの背中にゲンガーが隠れてる…」

 

 そうだ、きのみが余ったからそんなオマケも付けたんだった。

 

「はい、ケーキの側面にオマケも少々。きのみをゲンガーの形にカットして添えておきました。見えにくいところにつけたつもりですが、さすが気づくのがお早いですね」

 

 そう言うと、オニオンは恥ずかしそうに俯く。ほかからも本当だ、と感心する声がぽつぽつと聞こえた。

 

「とまあ、長々喋るのも芸がありませんね。スイーツ以外も、素人なりにこだわったものをご用意しました。お楽しみ頂ければ幸いです」

 

 そして一礼すれば、ささやかながら温かい拍手が。頑張って拍手してくれているオニオンが微笑ましい。

 終わったぞとダンデに目をやれば、満足そうなそいつはひとつ頷く。

 

「では、さっそく」

 

 楽しい時間を過ごしましょう、とそいつはチャンピオンの顔で笑った。

 

 *

 

 挨拶終わったんだから俺はただの給仕でいたいんだが、何故だかこちらにも興味を示してくれるジムリーダーたちは、ちょくちょく話しかけてきた。何でだよ今日の主役はオニオンだろそっち行けよ。

 

「ここのケーキ、ポケモンたちも食べられるって本当なの?」

「ええ、そういうコンセプトのパティスリーですから。今日お出ししているものも、たいていのポケモンたちに美味しく召し上がって頂けると思いますよ」

 

 飲み物も含めて、と言葉を添えると、徹底してるのね、とバウタウンのジムリーダー、ルリナは感心したように頷く。彼女の噂はソニアから聞いたことがあった。俺は詳しくないが、確かモデルとしても活躍してるんだったか。

 ついでとばかりに低カロリーです、と付け加えると、隣にいたエンジンシティのジムリーダー、カブがそれはいい、と食いついた。

 

「疲れた時には甘いものが食べたくなるが、やはりカロリーは気になるからね」

「高タンパクなきのみを使ったスイーツも取り扱いがありますよ」

「それは興味があるな」

「カブさんはいつも熱心ですなぁ」

 

 見習わねば、と朗らかに笑うのはターフタウンのジムリーダー、ヤロー。このひととは顔見知り程度だが交流がある。ヤローを始めとするターフタウンの農家さんたちが作る小麦やミルクは絶品なのだ。野菜も美味しいのでよく自分たち用に仕入れている。

 後ろからちょいちょいとつつかれ、お茶のおかわりかと隣のテーブルへ振り向いた。

 

「マダム、何か?」

 

 アラベスクタウンのジムリーダー、さすがの貫禄をみせるポプラは、まっすぐにその視線を俺の天使に向けている。そして目を離さないまま、続けた。

 

「あのニンフィアはあんたのポケモンかい?」

「ええ、俺のパートナーです」

 

 そういえばポプラはフェアリータイプの使い手だったか。まあ俺のニンフィアたんはどこに出しても恥ずかしくない淑女である。どうだうちのこはあんたから見ても美人だろう、と心の中だけでつぶやいた。

 ポプラはふうん、と頷いて、改めて口を開く。

 

「いいピンクじゃないか」

「当然です」

「あんた、実はトレーナーとしても相当だろう」

「いえそんな…彼女は自慢のポケモンですが、俺の腕なんて大したことはありませんよ」

 

 よく言うぜ、と言わんばかりの視線がポプラの隣から飛んできたので、とっておきの笑顔で嫌みを飛ばしておくことにした。

 

「せいぜいどこかのドラゴン使いのヌメルゴンを戦闘不能にするくらいです」

「よーしその喧嘩買うぞカエデ、すぐにバトルだ」

 

 バトルか、と腰を浮かせかけたバトル狂(ダンデ)の頭にニンフィアたんが飛び乗って座らせる。素晴らしい機転だ、ありがとう俺の天使。

 勤務中のバトルはお断りしておりますと笑顔のまま返すとキバナの額に血管が浮いた。相変わらずからかい甲斐のあるやつだ。スパイクスタジアムのジムリーダー、ネズもそんなキバナを煽るように笑う。

 

「タイプ有利とはいえキバナを負かすなんて相当じゃねえですか」

「仰る通り、タイプ有利の一対一だからこその勝利ですよ。俺の手持ちはニンフィアだけですし、公式戦では歯が立たないでしょう」

「お前ほんっとうに嫌なバトルすっからな…」

「おや、タイプ有利を攻めるのはバトルの常識じゃないか」

 

 同じくドラゴンに有利なこおりタイプをつかさどる、キルクスジムのジムリーダー、メロンは笑う。そういえば確かキバナはこのひとに一度も勝ったことがないんだったか。ちょっと二人のバトルは見てみたいような気もする。

 

「さてはフェアリーを駆使してドラゴンを徹底的にいじめたのかい?」

「ご想像にお任せしましょう」

 

 そう返すと、ダンデの頭を踏みつけたまま俺の天使が愛らしく鳴く。

 ニンフィアたんはバトル狂いではないが、それでも結構負けず嫌いだ。彼女に勝利を捧げるためならば、いくらでも戦略を考えてみせるというもので。俺のバトルはエンターテイメントじゃない、勝つためのバトルだ。観客に魅せることを前提としなければ、キバナとだってそれなりに渡り合える。

 素直に称賛した視線が、小さな仮面の奥から飛んできた。

 

「是非…見てみたいです、貴方のバトル」

 

 戦ってみたい、じゃなくて見てみたい、のあたり、彼が勝ちたいのはキバナの方か。

 俺だって裏なく褒められれば悪い気はしない。空になった彼のカップにお茶を注ぎながら、笑顔を返した。

 

「それは光栄ですね。ケーキのお味はいかがですか?」

「とても、美味しい、です。ひとくちごとに味が違って、予想ができなくて…ゴーストタイプみたい」

「そう言って頂けると頭をひねった甲斐があります」

「ポケモンたちも…食べられるお菓子なんですよね? また、買いに来ます。うちのこたち、皆甘いものが大好きだから」

「ええ、是非。このケーキは売り物ではないですが、事前にご連絡頂ければご用意いたしますよ」

 

 人見知りがとれてきたのか、だんだんとオニオンの口数が増えてきた。おっとこれは固定客ゲットか。オニオンのように礼儀正しい、そして目立つことを好まないお客様なら大歓迎です。ついでに懐が温かいお客様なのでなおよし。

 ニンフィアたんもオニオンのことは気に入ったようだ。ダンデの傍を離れてオニオンに駆け寄った。鼻先を寄せる俺の天使に、オニオンは座ったまま嬉しそうにその頭を撫でる。しゅるりと彼女のリボンが彼の腕に絡んだのを見て、おや、と少し目を見開いた。ニンフィアたんがそこまで気に入るのも珍しい。

 

「お前もニンフィアもオニオンに甘くない? 何だよそういう趣味か?」

「でんこうせ、」

「待て待て待ておい冗談だろが!」

 

 ジョークのセンスもないどこぞのキバナは放っておくとして。

 

「やっぱりカエデのスイーツは美味しいな! リザードンが食べたがってるんだが、また店に顔を出してもいいか?」

「いや、ダンデは出禁」

「そろそろ解いてくれてもいいんと思うんだが!」

「誰かにおつかい頼め。お前は来るな」

 

 手厳しいんだぜ…と嘆くダンデをよそに、もういいだろうと俺はひとこと断ってその場を離れる。オニオンのための懇親会で俺ばかり目立つのはよろしくない。するりとついてきたニンフィアたんの気配を背中に感じながら、とっとと土産の用意をしてしまおうとキッチンへと向かった。

 ちなみにこの後土産に渡した焼き菓子も非常に好評で、ありがた迷惑なことに「アンジュ」はジムリーダー御用達のパティスリーとしてまた繁盛することとなる。やめろうちのスイーツをSNSに載せるな宣伝するな公の場で食べるなせめて少しは変装して店に来い!!

 残念なことに俺の平穏の日々は遠いらしい。やっぱりダンデ、お前は許さん。

 

 

 ***

 

 

 パティスリー「アンジュ」には、週に二日の定休日がある。一日は純粋な休息のため、存分に俺の天使と戯れるための至福の休日だが、もう一日は違う。仕込みと、材料であるきのみの仕入れるための日だ。

 うちのスイーツには多種多様なきのみを使用する。それらには一般流通しているものだけではなく、めったに市場には出てこない珍しいきのみも含まれる。当然珍しいきのみになればなるほど仕入れも高つくわけだが、俺としてはもちろん原価を抑えたい。何より、きのみをわざわざ金で買うなんてブラッシータウンの民としてはありえない。きのみは買うものじゃない、どっかその辺にあるものです。

 珍しいきのみなんてのは、つまり栽培に成功していない、かつ採集が困難な場所に自生しているきのみということだ。そしてこのガラルにおいて、採集が困難な場所なんてひとつしかない。ワイルドエリアである。

 ありのままの自然が残る広大な土地、ワイルドエリアにはきわめて高レベルの野生ポケモンが多数生息している。ジムチャレンジャーにとって大きな試練の場、修行の場であり、同時にその多くが脱落してしまう過酷な場所だ。とはいえ、心強いパートナーと、それなりの装備さえあれば言うほど怖い場所でもない。

 俺はいつも通りリュックを背負い、機嫌のいい俺の天使に声を掛けた。

 

「ニンフィアたん、行こっか~!」

「ふぃあ!」

「ちなみにどこぞのドラゴンも来るそうです」

「…ふぃあ?」

「うん、暇なんだと思うよ」

 

 いやどう考えても超多忙だと思うのだが、絶対行くからなと言い張るので勝手にしろと言ってある。まあ、わざわざ時間をつくってまで気晴らしをしたい理由にはだいたい予想がつくので、少しは構ってやることにしよう。

 ナックルシティの石畳を歩きながら、しかしあいつほかに友達いないのかな、と我が身を棚に上げてそんなことを思った。いや、俺も友達は少ないけどニンフィアたんがいればそれで幸せなので本当にいいんですマジで。

 

 *

 

 何度でも書こう、ワイルドエリアは広大な自然が広がっている。青々とした緑、連なる山々、鏡のような湖に、大地の色さえ美しく見える。ナックルシティの門を開けた先に見るその景色は、嫌いではなかった。

 

「ん、今日は天気良さそうだ」

「いや、局地的に砂嵐と雪だってよ」

「お前どっから湧いた」

「今来たんだよ」

 

 ようニンフィア、と毎回律儀にしゃがんで俺の天使に挨拶をするキバナ。バトルスタイルから気性が荒いと誤解をされがちなのだが、わりとキバナはそういうところちゃんとしている。まあそうでなければニンフィアたんに近づけさせたりなどしないのだけれど。

 

「今日はどの辺行く予定なんだ?」

「キバ湖のあたりかな。天気が崩れないうちに済ませないと」

「一応フライゴン二匹連れてきたけど乗ってくか?」

「じゃあよろしく」

 

 普段はスイーツ(えさ)で釣って手伝ってくれるようになったやせいのポケモンたちに移動や荷運びをお願いするのだが、自前で済ませられるのならそれに越したことはない。ボールから出てきたフライゴンをひとつ撫でて、ニンフィアたんにボールを向ける。

 

「ごめんねニンフィアたんちょっとだけ我慢してくれる?」

「ふぃ…」

「んんん俺がしっかり抱っこしておくからね! 絶対離さないから!」

 

 ちょっと嫌そうな顔をする天使に申し訳ない半分、そんな顔も可愛い半分。実はうちの天使、高いところが苦手なのである。自分で着地できる程度の高さなら良いのだが、それを超えるとぷるぷるして動けなくなってしまう。そんな天使も可愛いとか思ってません俺はニンフィアたんの笑顔がいちばん好きですでもぷるぷるするニンフィアたんも可愛いとかいや思ってないって言ってるだろ!!

 そんな俺にキバナは「うわあ」という視線を向けるが知ったことではない。

 

「お前本当に相変わらずな…」

「自分のパートナーを愛でて何が悪い」

「悪くはねえけど程度と表現の問題っつーか…ティーパーティの様子見てて少しは落ち着いたのかと思ったけど、気のせいだったな」

「公の場でそこまで素は出さねえよ。俺のせいでニンフィアたんに生きづらい思いをさせるわけにはいかないだろ」

「つまり他所でやったらドン引かれる自覚はあるんだな、安心した」

 

 ボールに戻したニンフィアたんを懐にしまいながら、うるせえと一言返す。

 昔は誰の前でも態度を変えることなどなかったのだが、さすがに俺も大人になったので多少は愛情表現をおさえるようにしている。過ぎた愛で周囲に引かれたところで俺は痛くもかゆくもないのだが、俺が敬遠された結果ニンフィアたんの幸福に差し障りが出るようなことがあってはならないのだ。

 とはいえ、それなりに長い付き合いであるやつの前で今さら態度を変えようとは思わなった。というか多分そんなことをすればダンデやソニアに病院に叩き込まれる。

 お前らしいけど、と苦笑したキバナは軽い身のこなしでフライゴンに跨った。俺もフライゴンに声をかけてそれに続く。

 

「んじゃ、出発するぞー」

「よろしくな、フライゴン」

 

 二匹のフライゴンは楽し気な鳴き声を上げて、ばさりのその緑を羽ばたかせた。

 

 *

 

 収穫は順調に進んだ。変わりやすいワイルドエリアの天候も、今日は味方をしてくれたらしい。晴天のうちにおおよそ必要量のきのみを集め終わり、区切りのいいところで一休みついでにカレーを食べた。

 ニンフィアたんのために辛みをおさえたカレーだが、これでも俺はきのみのブレンドについては相応に研究した職人である。甘いからと言って決して物足りなくはない、当然栄養バランスも完璧のものを作り上げた。キバナが言うところの「辛くないのにめちゃくちゃ美味い、何か変なカレー」である。何か変なカレーとは何だこの野郎。

 ぺろりと俺の作ったカレーを平らげた天使は、満腹で眠気が来たのだろう、陽だまりの中でうとうとしながら丸くなった。控えめに言って可愛いが過ぎる。叫びたいのを全力で抑え込みながらその背を撫でた。

 

「お昼寝していいよ、ニンフィアたん。出発のときに起こすからね」

 

 ふぃあ、と眠りの中から返事が聞こえる。尊すぎて唇を噛んで堪えた。ダメだ俺、天使の眠りを妨げるなどあってはならない。煩い鼓動を鎮めながら、着ていたパーカーをふわりと掛けてやった。眩しさを避けてパーカーに潜り込む天使、可愛い以外に何て表現すれば良い…? 可愛すぎて辛い…地上の天使がここにいる…。

 

「何だ、ニンフィアも寝ちまったのか」

「キバナちょっと黙れ?」

「何なのお前」

 

 せっかくのニンフィアたんカワイイフィールドが野郎の声で壊された万死。

 全く、と振り向くと、キバナの後ろにはこれまた丸くなって眠っている二匹の竜。ドラゴンもこの陽気には勝てなかったらしい。彼らを指してキバナは苦笑する。

 

「もうしばらく休憩でいいよな?」

「ああ、あとはあまいミツ回収するくらいだから」

 

 ちなみにあまいミツについては、とあるやせいのビークインに質の良い天然ものを分けてもらっている。ひとに慣れていないポケモンでも、誠意(スイーツ)を示せば分かり合える良い例と言えるだろう。

 俺の返事を聞いて、なら休憩続行、とキバナも適当に座り込んだ。仕方がないので適当にいれた珈琲を手渡してやる。ちなみに珈琲はカフェインが入ってるのでポケモンによっては毒になるから間違っても摂取させないように注意な! 俺もニンフィアたんが寝てる時しか飲まないし店にもカフェインが入ったスイーツは一切並べてない! パティシエのお兄さんとの約束だぞ! 閑話休題。

 カップに口をつけたキバナが微妙な顔になって言った。

 

「…この珈琲インスタントじゃねえ?」

「そうだけど」

「スイーツとかカレーには死ぬほどこだわるくせに珈琲にはこだわんねえの?」

「ニンフィアたんは珈琲を飲まないし飲ませない」

「納得。オレさまお前のそういうところ嫌いじゃねえわ」

 

 そして文句も言わずまたひとくち。俺もお前のなんだかんだで誰かからもらったものには一切ケチをつけないところは嫌いじゃないぞ。言わねえけど。

 俺もインスタントの安っぽい味で口を湿らせて、ひとつ息をつく。

 

「で?」

「…何だよ」

「何も言いたくねえならそれはそれでいいけど」

 

 そう言うと、キバナは押し黙る。

 いつもより僅かに少ない口数、一度も取り出さなかったスマホロトム、何より連れてこなかったキバナの相棒たち。そうでなくても多忙を極めるこいつがわざわざ俺に付き合って外出なんかするのは、たいてい理由が決まっている。

 

「…ダンデに負けた」

 

 いつも、この理由だ。公式戦はこの時期ではないから、きっと野良試合でもして負けたのだろう。だがどんな状況でもバトルはバトル、このバトル狂いたちはきっとスタジアムでの公式戦と変わらない本気の闘いを繰り広げたに違いない。

 そして、キバナは負けたのだ。最強の座を決して譲らない、あのチャンピオンに。

 

「そうか」

 

 バトルにそこまでの情熱を注いでもいない、そして勝ち負けにさほど興味のない俺にはそれ以上の感想は出てこない。言葉だけの励ましを言ってやるつもりも全くなかった。

 

「で?」

 

 第一俺の優しさと気遣いのすべては俺の天使に注がれていて、他に使う余裕など欠片もないのだ。そもそも情が深い人間ではないのだから俺にそんなものを期待しないでほしい。もちろんキバナも、そんな俺の性格をわかっている。それでも俺に話したいというのだから仕方がない、とっとと話せという気持ちを込めて続きを促した。

 たった一文字の切り返しで全てを察したらしいそいつは、小さく噴き出す。

 

「お前ほんとにあれな! 励まそうとか全く思わねえのな!」

「何をわかりきったことを」

「ハイハイ知ってる、お前の全部は『ニンフィアたん』のためにあるんだもんな」

「やめろ『たん』とか言うな気持ち悪い」

「それお前が言う?」

 

 けらけらと笑うキバナの顔に、影はなかった。その水色の瞳が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 もともと、ただ落ち込むような柔なやつではないのはよく知っている。敗北の悔しさを牙に変え、その反省を爪に仕立て上げるだけの強かさがなくては、ガラル随一のトップジムリーダーなど務まらない。ひとりでも勝手に立ち直るくせに、何でわざわざ俺のところに来るのだろうとは思うが、まあ必要だと思うなら勝手にすればいい。

 そろそろ敗北なんてクソ不味いものを食い飽きたであろう竜は、いっそ愉しそうにカップに残った珈琲を呷った。

 

「何も考えねえ時間作って頭を冷やしたかったんだよ。きのみ採集とか単調な作業してると無心になれるだろ?」

 

 珈琲の最後の一滴をその舌先に落とし、空になったカップを地面に置いてキバナは背中を倒した。緑の大地に、大の字になって寝っ転がる。そして晴れ晴れとした顔で、叫んだ。

 

「次は絶対勝ァつ!!」

 

 見てろよダンデ、と宙に向かって続けるキバナに、俺も苦笑した。その勝利への渇望は俺にはよくわからないが、走り続けるそのさまはどこか羨ましいと思わなくもない。

 

「頑張れよ」

「おう! …何だよ、お前が応援してくれるなんて珍しいな?」

「いや何、今のお前の叫びで俺の天使が目を覚ましてな」

 

 そっと俺が指さした先で、とてもとても機嫌の悪い、それでも愛らしい俺の天使がゆらりと立ち上がる。その怒りに反応してか、近くの木々からとりポケモンたちが一斉に逃げ去った。

 さっとキバナも顔色を変えて起き上がる。

 

「ニンフィアたんは眠りを妨げられるのが死ぬほど嫌いなんだ。いや、大丈夫だ、俺も毎朝蹴られ踏みつけられてるけど、賢いニンフィアたんは寝起きでもちゃんと手加減してくれるから怪我をしたことはないよ。うん、でも痛いは痛いから頑張って逃げろよな」

「ちょっと待て頑張れってその頑張れ!? てかお前トレーナーならそこは止めろよちゃんと躾しろ!!」

「俺の天使に躾なんて言葉使うな無礼者。第一俺はトレーナーじゃありませんむしろニンフィアたんの奴隷です」

「お前マジで気持ち悪ィな!?」

 

 ほどなく始まった人間とポケモンの本気の追いかけっこに、さすがに止めてやろうかと思わなくもなかったが、でんこうせっかを使う様子が見えないところを見ると俺の天使も本気で怒っているわけではないらしい。それならいいかと放置を決め込んだ俺は、さっさと皿やカップを片付けるべく近くの小川へと向かったのだった。

 俺の天使は怒る様もまた愛らしく美しいので、今日も今日とて俺は生きるのが楽しいですまる。

 

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