今回収穫できたきのみは質が良い。大きさも良いし、色かたちも綺麗だ。もちろん多少質が劣ってもそれはそれで俺の腕のみせどころなのだが、もとが良いに越したことはない。
瞳を輝かせる俺の天使のために、味のバランス、栄養価、見た目の美しさまで計算して、とっておきのスイーツに仕上げる。それぞれ違う種類のスイーツをいくつか作り、麗しのレディの前に順番に並べた。
「さあ、召し上がれ」
俺がこの言葉を口にすると、ニンフィアたんはいつも瞳を輝かせる。あああ可愛いなぁ美しいなぁ天使だなぁ本当に作った甲斐があるなぁ! この顔を見るためにパティシエになった俺としてはもう大満足である。その小さな口に俺の作ったものが啄まれていく様子は、なんとも表現しがたいほどに嬉しいものだ。
あっという間に数種類のスイーツをすべて食べ尽くしたニンフィアたんは、その口元をぺろりと舐める。うん、可愛い。
「お粗末様でした」
「ふぃあ!」
「うん、ありがとう。じゃあニンフィアたん、いつも通り選んでくれる?」
そう言うとニンフィアたんはぴたりと動きを止める。むむむ、と難しい顔で悩んで、空になった皿を何度も見比べる。んんん悩んじゃう顔も可愛いいいいい! 悩んじゃうくらい全部美味しいと思ってくれたんだねまたいくらでも作るからね!
そして一分ほどしっかり考えてくれた後、ニンフィアたんはその愛くるしい鼻先でひとつの皿を指した。
「…ふぃ」
「おっけー、ヒメリのマカロンな。じゃあ季節のスイーツはこれに決定」
パティスリー「アンジュ」では、定番のスイーツのほかに季節限定のスイーツも用意している。季節限定というか、きのみの旬とワイルドエリアでの収穫状況を踏まえたうえで作っている、ある種の即興スイーツだ。こうしていくつか思いついた試作品を作り、ニンフィアたんに店頭に並べる商品を選んでもらっている。うちのスイーツはすべて俺の天使によって決められています。
「じゃ、ヒメリのマカロンを明日から発売って告知出しといてくれ」
「了解ロト!」
スマホロトムがくるくるとまわり、先ほど撮っておいたマカロンの画像を選択する。俺自身はSNSのアカウントは持っていないが、「アンジュ」公式としてアカウントは取得している。うまくやれば低コストで高リターンが望める宣伝媒体なので、まあ炎上しない程度にちょくちょく更新をするようにしていた。今回のような新スイーツの告知を出したり、うちの看板娘ニンフィアたんの可愛い画像をお裾分けしたり、そこそこにフォロワーも増えているのでまあ良かったと思っている。ちなみに可愛いの化身であるニンフィアたんの画像はめちゃめちゃバズります。当たり前。
「さっそく反応がきてるロトよ」
「マカロンみたいに見た目可愛いスイーツだと受けがいいんだよな~。いつもより多めに作るか」
伸びていくいいねとリツイートの数を眺めつつ、頭の中で調理にかかる時間と材料、原価を計算していく。初日だけでも多めに作って様子を見よう。
と、そう思ったとき、ロトムが着信を告げた。
「ソニアからロト!」
「ソニア? つないでくれ」
画面がぷつりと切り替わり、しばらくぶりの彼女の顔が画面に映る。あ、これ徹夜明けだな。
『カエデくん久しぶり~ニンフィアも相変わらず美人さんね!』
「当たり前だろ。何だよソニア、また根詰めて学術書でも読んでたのか?」
『えっなんでわかったの?』
クマできてる、と自分の目元を指すと、ソニアはきゃあきゃあと言いながら目元を隠した。もう遅いというか、身なり気にするなら連絡する前に確認しろと思う。やれやれとため息をつくと、ぴしりとニンフィアたんにリボンでダメだしされた。え、言わない方が良かったのか? 驚いてニンフィアたんの方を見ると、これまた呆れた顔でため息をつかれた。そんな顔も可愛いです。
『ちょっと夢中になっちゃってさ~。ようやく一区切りついてSNS開いたらちょうどカエデくんのマカロンが目に入ったから、つい。今までマカロンは置いてなかったよね?』
「うちに置くスイーツの決定権はニンフィアたんにあるから」
『さすがカエデ君…ねえ、今日定休日よね?』
「ああ」
うっかりと馬鹿正直に答えたのが良くなかった。嘘をついてもすぐバレるとはいえ、でもこのあと予定があるとかそういう適当なこと言っとけば良かったのに正直者の俺ときたら!
画面の中の彼女は、にっこりと何かを含んだ笑みを見せる。
『今から行くね』
いつもダンデのマイペースぶりに文句を言っているソニアだが、俺は十分彼女もマイペースでゴーイングマイウェイだと思うんだがどうだろうか。違う? いや、絶対違わない。
*
「んん~!! やっぱりカエデくんのスイーツは最高ね!」
見事な有言実行で定休日の店に飛び込んできたソニアは、中庭のテーブルに座って俺の作ったマカロンを堪能していた。その足下ではソニアのワンパチもすごい勢いでマカロンに食いついている。
「はいはい、もうついでに没になった試作品も消費してってくれ」
「きゃーいいの!?」
ソニアとワンパチの前に追加の皿を置くと、俺の天使がちょっとだけ羨ましそうな顔をした。しかしさすが俺の天使、ちゃんと節制というものをわかっている彼女は、それ以上を要求するようなことはしない。低カロリーでも食べ過ぎはよくないからな、偉いぞニンフィアたんその分夕飯もちゃんと美味しいもの作るからね!
「美味し~! 疲れた脳にしみる~!」
「はいはい」
「もー、カエデくんたら褒めても全然嬉しそうにしないわよね」
「俺がニンフィアたんのために作ったスイーツだぞ、美味くないわけないだろが」
「ほんっと昔からぶれないわね」
ニンフィア以外には全然甘くないんだから、とソニアは言うが、当たり前のことを言うなと思う。昔から俺には俺の天使しか目に入っていなくて、それでも絡んでくるのはお前たちの方なのだ。
「その俺を訪ねてくるんだからお前も大概物好きだよ」
スイーツが目当てだったとしても、本当に。ジムチャレンジをしているときも時折ブラッシータウンにいる俺に連絡をしてきて、時には直接会いに来て。一応友人だとは思っているが、特別優しくしているつもりもないのに懲りずに話しかけてくるのだから、ソニアにしろダンデにしろ本当に変な奴らだ。
本心からそう言うと、ソニアは少し驚いた顔をして、また笑った。
「そういうカエデくんだから、でしょ?」
昔からずっと、とそう言ったソニアの顔が、「あのとき」の顔と重なる。
***
あれは、ダンデがチャンピオンになってすぐのことだった。
テレビでダンデの勝利を知った俺も「うわアイツマジで主人公だった」以外の感想がわかず、画面の外にいたのだろうソニアのことにまで頭をまわすこともなく。特にたいした感慨もないまま、いつも通り俺の天使とともにきのみ採取ついでの散歩に出ていた。
まさかそこで、涙を流して走るソニアと森でぶつかるなんてご都合主義展開になるとはさすがの俺も思わなかった。反射的に謝った後、二人して目を合わせて沈黙した。気まずかった俺は、正直な気持ちを口にする。
「…とりあえず見なかったことにしていい?」
当時まだイーブイだった天使のずつきがボディに決まる。可愛いけどめっちゃ痛い。痛いけどめっちゃ可愛い。うめき声とともにうずくまる俺を見て、ソニアはようやく笑った。まだ流れ落ちる涙をそのままに、くしゃりと破顔する。
「…やだもー、見なかったことにしていいはないでしょカエデくん。イーブイも女心がわからないご主人だって怒ってるよ」
「ぶい!」
「そんなこと言われてもさ…」
俺にどうしろと。何だよ慰めろとでも言うのだろうか、向いてないにもほどがある。そう思ったがイーブイたんがぺしぺしと愛らしい前足でしゃがみこんだ俺の膝を叩くので、とりあえず口にはしない。何これ可愛い役得。
涙の理由でも聞けばいいのか、とまたソニアの顔を見る。目が合ったソニアは、少し堪えたような顔をして、それでもまた笑った。
「…ちょっとだけ、話してもいい?」
正直いやいやだったが、頷くしかなかった。
*
ぶつかった場所から少し森に入ったところに、綺麗な川辺がある。ごろごろと大きな岩も転がっているので、座って話すにはちょうどいい。一応のマナーとして、ソニアには持っていたタオルを敷いた岩を譲った。そういえばここ、俺もすぐ忘れるのですが、紳士淑女文化が根付いた地方なのです。
「…カエデくんのそういうとこって、やっぱりイーブイの指導のたまもの?」
「いぶ」
実際その通りなんだけど、そんなに呆れた様子で頷かないで欲しい。俺の気遣いなんて数少ないものをイーブイたん以外にあげる余裕がないだけだ。
「…で?」
「うん。…あのね」
私、ジムチャレンジやめることにしたんだ。
そう言ったソニアの声は、震えていた。
「ダンデくんがチャンピオンになったのを見て、わかったの。私は、…ダンデくんに敵わない。ダンデくんの、ライバルではいられない…!」
今季のジムチャレンジ、最後のトーナメントで頂点に立ったのは今年初チャレンジのダンデだ。しかし、その決勝を戦ったのはほかでもないソニア。その前の準決勝にだって年の近いトレーナーたちが並び、若く将来有望なトレーナーが多く輩出された年だと言われている。この一度で諦めるのは早い気もするが、そのあたりは本人にしかわからない感覚なのだろう。
ソニアはその大きな瞳に目一杯涙をためて、続けた。
「…おばあちゃんのところで勉強して、ポケモン研究の道に進もうと思う」
ぐす、とソニアは子どもらしく鼻をすする。
それを聞いて俺はん? と首をひねった。その言葉を繰り返す。
「ポケモン研究の道」
「うん…」
「いいんじゃないの」
「…え」
むしろ何が悪いんだ、と問い返す。
ソニアは頭がいい。いくつもポケモンに関わる書籍を読破していて、大人顔負けの知識を持っている。俺だってイーブイたんについてソニアに質問したこともあるし、その答えもとても明白で頭の回転の良さも伝わってきた。トレーナーとしての適性も十分にあるのだろうが、研究の道もきっと向いていることだろう。
「なんでそれで泣くんだよ。いいじゃないか、ポケモン研究。頑張れば?」
「なんでって、…だって、」
ひとつ、涙が零れた。その瞳が揺れ、視線がうろついている。口元は震えたまま、次の言葉は出てこなかった。
その様子に、なるべく言葉を選んで、言った。多分だけど、と前置きして。
「ソニア、自分のことは、自分にしかわからないんだ」
「!」
「自分でもわからないことも、多いけど。でもやっぱり、自分のことを一番わかってるのは自分なんだ」
だから、ちゃんと考えて、言葉にしなきゃだめだ。どうして自分が、泣いているのか。どうして自分が、苦しんでいるのか。
「何に苦しんでるのかわからない状態が、いちばん辛いと思うよ」
少しずつでいいから、と言うと、ソニアは少し俯いて、小さく唇を噛む。イーブイたんはぴょんとその膝に乗って、こぼれ落ちた涙を舐めた。ありがとう、とソニアはその毛並みを撫でる。ひたすらにソニアが羨まし以下略。わかってますわかってるよ今はソニアの話ですからね!!
そんな俺の天使に励まされ、ソニアは口を開いた。
「…恥ずかしいの」
「…何が?」
「だって、…私、諦めたんだよ。ジムチャレンジで友達になった女の子も、準決勝でダンデくんとバトルした男の子も、きっと今年がだめでもまたチャレンジすると思う。きっと、いつかダンデくんに勝ってチャンピオンになるんだって、また頑張るんだよ。…なのに、私は…」
ジムチャレンジをやめるトレーナーは珍しくない。そもそも途中で脱落するトレーナーの方が多いくらいで、それを責めるような考えの人間は少ないと思う。それでも引け目に感じてしまうのは、まだジムチャレンジに挑む知り合いのトレーナーの存在があるからか。
けれど、なんとなく。それだけでは、ないような気がした。
「…まだ、あるだろ」
「…え?」
「今の理由だけだったら、多分ソニアはそこまで落ち込まないんじゃないか。だってお前、研究だって中途半端にする気ないんだろ」
「! ない!」
「だったら、頑張るものが変わるだけだ。それは全然、恥ずかしいことじゃない」
同調するように、俺の天使も小さく鳴く。そしてきっと、ソニアほど賢い子ならそれくらいちゃんと割り切れる。少しは落ち込むかもしれないが、ちゃんと前を向けるはずだ。こんなに混乱するほどではないと思う。
少し傾いてきた陽に照らされながら、ソニアは黙った。多分、自分の中の思考と感情を整理しているのだろう。考えてもいなかったという顔をして、ようやく口を開いた。
「…私、チャンピオンになりたかったわけじゃないのかもしれない」
静かな、声だった。
「いつだって迷子になっちゃうダンデくんには、…私がいなきゃダメだって、思って…そんなダンデくんが旅に出るなら、私だってって…。チャンピオンになるって夢も…だって、負けたく、なかったし、…私がダンデくんの腕を引いてたはずなのに、…いつのまにか、私がダンデくんを追いかけてて…」
追いかけていたはずの夢は、自分のものではなく。
対等だったはずの相手は、自分の手の届かない遙か高みに。
「皆、チャンピオンになるために頑張ってたのに、私は違ってた。同じ夢を追いかけるライバルだって言ってくれたダンデくんに応えることも、私には、できない。どっちも、すごく、…恥ずかしい…」
それが、涙の原因か。
再び涙を流しながらも、ソニアはどこか腑に落ちた顔をしていた。自分の感情に整理がつき、それでも堪えきれない涙があるのなら。
尽きるまで、泣いてしまえばいい。
「イーブイ」
一声かけると、ソニアの膝に乗ったままの俺の天使は、心得たというように愛らしく鳴いた。茶色の柔らかい毛並みを揺らし、ソニアの肩に通ってその頭に乗る。俺の天使の重みに合わせて、自然とソニアの顔は下を向いた。ぽたりと、ソニアのスカートに涙が落ちる。
俺は顔を前に向けたまま、ポケットのハンカチを取り出して隣に差し出す。
「どんな理由であれ、お前はジムチャレンジを突破してトーナメントの決勝まで上り詰めたんだ。少なくとも俺はその努力を恥ずかしいとは思わない。でも、ソニアが恥ずかしいと思うなら仕方ない、とりあえず気が済むまで泣けばいいよ。…でも、その後はちゃんと胸張れよ」
お前は頑張ったし、これからも頑張るんだろ。
「…っうん…!」
そしてソニアは日が沈むまで泣いた。森の薄暗がりのなかではソニアの顔は見えなかったが、どうせ泣きはらした顔をしていたことだろう。ソニアもそれをわかっていたのか、恥ずかしがって顔をあげようとはしない。しかし夜の森はただでさえ歩きにくいのだ。あくまでも親切のつもりで俺は言った。
「不細工になっててもどうせ暗くて見えないから前見て歩けよ」
このとき左頬に食らった天使のずつきはなかなかに痛かったです。ごめんなさい。
***
「ほんっと昔からデリカシーないわよね~」
「え、スイーツのおかわりはいらないって?」
「やだ嘘いる! カエデくんは昔からずっと優しい!」
結局あのときは、確か研究所までソニアを送っていった。研究所から漏れ出た光で見えたソニアの顔は、やっぱり泣きはらしていて不細工だったが、多分今と同じ顔で笑っていたように思う。その笑みに含まれた感情は何なのか俺にはよくわからないが、何となく胸のあたりがくすぐったいのは何故だろう。面倒なのでそれ以上は考えない。
追加で差し出した皿にフォークを動かし続ける主人をよそに、食べ終わったらしいその相棒は尻尾を振りながら俺の脚にじゃれついた。クリームのついた鼻先を寄せるのは勘弁してほしい。
「ワンパチ、美味かったか」
「イヌヌワ!」
「そうか、次はちゃんと買いに来るように主人にしっかりねだっておいてくれ」
元気に返事をしたワンパチに、次はちゃんと買いに来るもん、と叫ぶソニア。ふたりして口元がクリームまみれなんだから、何ともまあ似た者同士だ。呆れる俺をよそに、苦笑した俺の天使がそのリボンを伸ばしてそれぞれの口元を拭ってやる。俺の天使が優しくて尊くて辛い。
きゃ、と顔を赤くして口元を隠すソニアに背を向けて、茶でも淹れてやるからその間に拭いとけよ、と声を飛ばすと、カエデくんてば、と怒った声が背中にぶつかる。見ないように気を遣ってやるだけ上等だと思えっつーの。
「…で、戻ってきたらこれか」
ティーポットとカップをのせたプレートを片手に中庭に戻ると、そこにはテーブルに突っ伏して眠るソニアと、芝生の上で腹を向けて転がるワンパチ。
ニンフィアたんがふたりをフォローするように俺の足元で柔らかく鳴く。疲れてるから休ませてあげようと言いたいことは伝わってきた。本当に俺の天使尊すぎるんだけどどう思います?
「…寝かせるって言ってもここ一応外だしもう夕方になるからなあ…ニンフィアたん、悪いんだけどリビングからブランケット持ってきてくれる? 俺迎え呼ぶから」
「ふぃあ!」
優しく返事をしてくれたニンフィアたんの可愛さに胸を打たれながら、スマホロトムを呼んで通話を繋げた。ワンコールで繋がったあたり、運よく手のすいている時間だったらしい。
『どうしたんだカエデ、お前から連絡なんて珍しいな!』
「おー。ダンデ、今仕事中か?」
『一区切りついたところだぜ』
「そうか。お前の幼馴染が寝落ちたから回収してくれ」
そしてロトムのカメラを寝こけているふたりの方へ向ける。
「見ての通りだ。しばらく起きそうもないし、俺は泊めてやるつもりはない。ああ、お前は別に来なくていいぞ、リザードンだけで」
『いや、さすがにソニアのご家族の方に説明が必要だろう! 俺も行くから待っていてくれ。大丈夫だ、リザードンが一緒なら迷わない!』
「何度でも言うけど俺マジでリザードンに同情する」
まあ、空を飛ぶのはリザードンだ、まっすぐこの店に来てくれるだろう。今日の天気なら陽が落ちる前には到着するはずだ。やれやれ、とロトムを前に溜息をつく。ソニアはスイーツを食べに来たのか、と呑気に言うダンデに、ふと思いついて尋ねた。
「ダンデ」
『何だ?』
外に向かっているのか、オフィスらしき場所を歩いているらしいダンデは視線だけをこちらに寄越す。
「お前最後にソニアとバトルしたのいつ?」
『俺がチャンピオンになったときのバトルが最後だぜ。…それ以降は全部断られてる』
「ふーん。…そのバトル、」
楽しかったか?
そう聞くと、ダンデは少し驚いた顔をして、それでも心の底からそう思ってると言わんばかりに笑った。顔全部使った、太陽みたいな笑い方だった。
『当たり前だ! ライバルとのバトルが楽しくないわけがない!』
本当に楽しかったし手強かった、と言うダンデに、俺も口の端だけで笑う。
何でこんなことを聞いたのかと言われれば、まあ本当にただの気まぐれだ。何となく、必要なことだったような気がしただけ。しかし、俺が聞くことでもなかったかな、とちょっと思って、息を吐いた。当の本人が寝落ちてるんだから仕方ない。
それがどうかしたか、と言われ、別に、と返す。不思議そうな顔をしたダンデだが、何か思いついた顔をしてまた笑顔になった。
『バトルと言えばカエデ、俺はお前とも、』
「何度も言わすな。ぜってーやだ」
笑顔で切り捨てて通話を切る。少しうるさかったか、とふたりを見たが、何も変わらず寝こけていた。どこまで熟睡してんだオイ。
いつのまにかブランケットを持ってきてくれていた俺の天使は、器用にリボンを使ってそれをソニアの肩に掛ける。ついでに俺もワンパチをそっと転がした。もこもこの毛皮着てるんだから腹さえ冷やさなければ体調を崩すこともないだろう。
これで後はダンデの到着を待てばいい。ニンフィアたんにお礼を言おうと顔を上げると、その蒼い瞳がこちらを覗き込んでいた。
「? ニンフィアたん、どうかした?」
「…ふぃ」
何か思うところのある様子で、そっとリボンでロトムを指す。ああ、ダンデとの話を聞いていたということだろうか。
「ダンデがどうかした?」
「…ふぃあ」
しゅるり、とリボンが俺の腕に絡む。何となく、言いたいことがわかった気がした。
「…ダンデとバトル、したい?」
ダンデともそれなりに長い付き合いであり、幾度となく高レベルのニンフィアたんを見てバトルを申し込まれたが、一度もそれを受けたことはない。そして今後も、受けるつもりはなかった。
俺の言葉に、ニンフィアたんはどちらとも言えない顔で黙る。そしてゆっくり、目を閉じた。いつも使う、瞬きのサイン。イエスなら瞬きは一回、ノーなら瞬きは二回というのが俺とニンフィアたんの間でのサインだが、目を閉じたということはどちらでもない、ということだろう。俺が望むならバトルをするのに、ということだろうか。
俺はそっとニンフィアたんの鼻先を撫でる。美しい蒼が再びこちらを見返した。
「…俺はね、勝つ可能性の見えないバトルはしたくないんだ」
俺の天使が弱いとは全く思っていない。その力を最大限に引き出すだけの采配も考えてきた。実際、非公式かつダイマックスなしのバトルだったとはいえ、あのキバナにだって勝ったことのある俺たちである。ダンデのリザードンを相手にしたって、相応に善戦できる自信はあった。でも、勝てるとは思わない。
だって、アイツは「主人公」だ。順当にジムチャレンジをクリアし、トーナメントを勝ちに抜き、この地方の頂点に立ち続けるチャンピオン。この
「勝ち筋の見えないバトルに挑んで、ただニンフィアたんが傷つくのは見たくないよ」
負けたバトルに意味がないとは言わない。だけど、負けると確信しているバトルに俺の愛する天使を付き合わせたくはなかった。バトルで傷つくのは、いつだってポケモンの方なのだから。
「…情けないと、思う?」
そう言うと俺の天使は鼻先を俺の掌に寄せ、まばたきをふたつ。そんなことないよ、と示してくれるのが嬉しくも切ない。
もう一度その鼻先を撫でて、俺は笑った。
「…さ、もうすぐリザードンが迎えに来る。ダンデはともかく、リザードンには何かお土産を用意しとかないとな。ニンフィアたん、手伝ってくれる?」
いつもより少しだけ優しさを多めに含んだ俺の天使の返事は、それはもう録音してとっておきたいほどに愛らしかった。…と思ったらロトムが録音していたらしい。さすが俺のスマホロトム、有能である。