ポケットにリアル   作:ふみどり

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俺の天使のためなら誰にだって負けません

 ダンデに時間を作ってくれと言われた時から、なんだか嫌な予感はしていた。シリアスブレイカーのくせに、そんな真剣な顔で頼み事をするなと思う。

 

 

 *

 

 

「ああ、やっぱり美味しいねえ。これで低カロリー、しかもポケモンも食べられる。人気も出るわけですよ」

 

 無駄によく活用してしまっているこの中庭のテーブル。もういっそ撤去してやろうかと思うが、ここで俺の天使と過ごすティータイムは格別なのでそうもいかない。

 目の前に座るガラル最高の権力者を前に、俺はため息をつきたくなるのを必死で抑えた。

 

「……恐れいります、ローズ委員長」

 

 何で俺がこのひととティータイムなんかやってるかって、そりゃダンデにどうしても時間を作ってほしいと頼まれたからだ。ローズ自身が、俺と話してみたいとダンデに言ってきたらしい。そりゃジムリーダーたちのせいで少々有名になりはしてしまったけれど、このひとにまで目を付けられるとは正直予想外だった。

 そっと励ますように、足元のニンフィアたんがそのリボンで俺の膝をさする。ありがとう俺の天使、優しさにもだえたいところだけど今はその余裕もない。

 

「ふふ、そう緊張しないで。噂はよく聞いていたんですよ、ひととポケモンが一緒に食べられるきのみのスイーツをつくるパティシエ、そしてダンデくんやキバナくんのご友人だと。最近はほかのジムリーダーたちまでも君のスイーツを絶賛しているのを聞いてね、これは是非わたくしも頂きたいと」

 

 期待以上でした、とにこやかに微笑むローズに、俺は何とか笑みを返すしかない。

 私も頂きたい? そんな理由だけでわざわざ足を運ぶほどあんたは暇じゃないだろう。スイーツが食べたいだけなら誰かに買いにこさせればいいだけだ。分刻みだろうスケジュールに時間をあけてまで来る理由にはならない。それでも来たからには、まあ、話すことがあるのだろう。おそらくは、「経営者」の立場として。

 

「……君はどうやら、とても頭のいいひとのようだ」

 

 見透かしたような瞳が、こちらに向けられる。

 

「よろしい、では単刀直入に。今日はビジネスの話をしに来たのです」

「……お伺いします」

 

 ああ聞きたくねえ。そんな気持ちを表に出さないようにするので精一杯だった。このひとの提案がどんなものであれ、不興を買えば俺はこのガラルで仕事をすることは不可能になる。このひとがほんのひとこと零すだけで、「アンジュ」を潰すことくらい容易い。

 

「何、そう難しく考えないでください。わたくしは君のスイーツをガラル中に広めたいのです。いえ、ガラルだけではない、それこそ世界中に。わたくしがスポンサーになります、君をオーナーとしてこの『アンジュ』の支店を増やし、まずはファンを増やしましょう。これほど味の良い、しかもポケモンと一緒に食べられるスイーツなら間違いなくブームになる」

 

 徐々に熱のこもる声音。このひとは自分がそれをできると確信しているのが伝わってくる。いや、実際できるだろう。それだけの力が、このひとにはある。

 

「その段階が終わればその次へ。君の監修をもとに大量生産可能なスイーツを開発し、より安価に、そして他の地方にも輸出する。可能ならガラルだけに自生するきのみで開発をしたいですね、そうすればガラルの名産にもなり得る」

 

 どうです、と言う彼の瞳は輝いていた。ああ、よくテレビでも見る表情だ。カリスマなんて陳腐な言葉で表現しきれない、自己の熱をほかに伝え、そして火をつける能力。なんだよ何のほのおタイプの技だよ。ねっぷうか? いやむしろとくせい「シンクロ」か?

 しかし残念なことに、俺はそういうものに全く燃えない性質(タチ)なのだ。俺の情熱はただニンフィアたんのみに注がれています。

 

「無論、わたくしに出来るサポートは惜しまない。もちろん、資金もです」

 

 如何でしょう、とローズは広げた腕を閉じ、顔の前で指を組んだ。まっすぐに投げかけられた視線に、曇りはない。

 さて、どうしたもんか。力んだ肩から力を抜くべく、細く緩く息を吐く。

 

「……そこまで評価していただいたこと、本当に光栄に思います。お忙しい時間を割いてわざわざ足を運んでいただいたことも」

 

 でも、俺の答えは決まっている。

 

「しかし、そのお話、お受けすることは出来ません」

 

 あっローズの後ろの女の人の目が怖い。まあ、断られるとは思っていなかっただろう、こんな良い話。こんなとんでもねースポンサーがつくなんて普通有り得ない話だ。

 ローズは特に気を悪くした様子もなく、ただ不思議そうに言った。

 

「……今日は提案だけして、後はゆっくり考えてもらおうと思っていたんだがね。こんなにすぐに断られるとは思っていなかったよ」

 

 理由を聞かせてもらえるかな、との言葉に、俺も少し考える。金にも名声にも興味がないからと言えばそれまでだが、適当に答えすぎて揚げ足を取られて丸め込まれるわけにはいかない。

 さて、どう答えるか―――と思ったとき、ふと頭をよぎった姿があった。

 

「……決まって月に一度、この店に来てくれる男の子がいます」

 

 赤茶の髪にそばかすの散った顔が、小銭の入ったウールーの財布を握りしめて店に走り込んでくる。走らなくてもスイーツは逃げねえぞと言っても笑うだけで、一向に俺の親切を聞き入れようとはしない少年。そしてその後ろにはいつも、同じく元気に飛び跳ねるスボミーの姿。

 ショーケースの中をふたりして睨みつけて、でも結局いつも買うのは一番安いきのみ入りのビスケットをひとつ。それを大事そうに持って店の前の広場のベンチに座り、ふたりではんぶんこして食べるのだ。

 小さく割ったビスケットをスボミーに食べさせてやる少年の姿を見て、柄にもなく俺は思った。

 

「俺がやりたかったのは、()()だと」

 

 俺は、手段と目的を履き違えたりはしない。

 

「……まず第一に、俺のレシピは採ってきたきのみの状態を考慮して調整しています。レシピをコピーしたからといって、俺と同じ味を出すことはできない。まして機械が作る大量生産では尚更無理です。俺は、俺のスイーツの劣化版コピーに『アンジュ』を名乗らせるつもりはありません」

 

 俺が作り、俺の天使が美味しいと認めた味。ひとつとして同じものはないきのみを使って、常に「美味しい」を作るのは簡単ではない。しかし、俺は出来る。いつだってニンフィアたんに喜んでもらうために、工夫と研究を重ねてきたのだから。

 

「第二に、俺は自分できのみを採りにいくことで原価をぎりぎりまで抑えています。俺が使っているきのみを金で集めようとしたら莫大な資金が必要になりますね。そうなればスイーツの価格もかなり上げなければ採算は取れない。今のように一般人でも購入できるような価格帯には設定出来ず、極端に客層が絞られます。まず確実に売り上げは見込めないでしょう」

 

 栽培方法が確立していないきのみは自生しているものを採りに行くしかなく、そんなきのみが自生してるのはだいたいワイルドエリアだ。あそこできのみ採取ができるなんてそもそも相応のトレーナーでないと無理だ。依頼できる相手も限られるなら、依頼できる相手を見つけたところでどうせ危険な仕事だからとぼったくられる。

 俺とニンフィアたんのタッグがあるからこそきのみを必要経費のみで手に入れられているわけで、大量に採ってくるのもそもそも無理なのだ。

 

「最後に、……そんな大規模なプロジェクトのオーナーになれば、おそらく俺が店先に立つこともなくなっていくでしょう」

「……そうだろうね」

「俺は、俺の作ったものを食べてくれるひとの顔が見えなくなるのは嫌です」

 

 誰のために作るのかわからなくなったら、きっと俺の職人としての人生は終わってしまう。誰よりも俺の天使のために、そしてときどきちょっとその少年とスボミーのような客のために、こうして毎日毎日せっせとスイーツを作っているのだ。「美味しい」というその顔を見るためにやってるのに、そこから遠ざかってしまっては意味がない。

 

「お断りする理由としてはそんなところです」

 

 頼むからおとなしく引き下がってほしい。そういう気持ちを込めてその顔を見つめると、ローズはふっと笑って、肩をすくめた。

 

「どうやら、説得するのは難しそうですね」

 

 苦みを含んだ笑みを見せてはくれたが、その瞳はどうも諦めているようには見えない。爛々と輝いていた炎が、むしろ強くなったように感じられた。何このひとそういう趣味? 断られて燃える系? 困難なことほど挑みたくなる的な? ドMかよ信じられねえ……。

 

「今日は噂のスイーツの味も確かめられたことですし、大人しく引き下がります。次はその断る理由を潰す策を考えてから伺うとしましょう」

「恐縮です。……が、それほどまで俺を見込んでくださるのは、」

 

 俺が、ダンデの友人だからですか?

 一瞬、彼の肩が揺れたような気がした。

 

「このガラルの頂点に立ち続けるチャンピオンの友人がつくる、彼や彼の相棒もお気に入りのスイーツ。これ以上ない宣伝ですよね」

 

 それも、()()()()()()

 ローズは微笑んだまま答えない。彼の後ろに控える秘書の瞳が、鋭く細められる。嗚呼、どうやら間違ってはないらしい。ごちゃごちゃと話していたが、このひとは結局()()()()()()()()()使()()()()のだ。ガラルの「チャンピオン」のカリスマ性を、話題性を、その「特別さ」をさらに強調するために、俺をその引き立て役として。

 そこまで確信して、目を伏せる。別に不快感はない。彼はガラルとダンデを盛り上げたい、それだけなのだろう。

 俺は、表情筋をもう一度動かして最大級の笑顔をつくった。

 

「またのご来店をお待ちしております」

 

 でも面倒だからもう来んなバーカ。

 

 

 *

 

 

 ふたりの後姿を見送って、また中庭に戻り大きく伸びをする。全く、せっかくの休日に疲れることをしてしまった。でも俺の天使が労わるようにすり寄ってくれたので疲れも吹っ飛びました全然平気ですありがとうございます。

 ニンフィアたんにおやつでも出してあげようか、と思ったとき、急に空が暗くなる。ばさり、とよく知った羽音が聞こえた。

 

「……もうちょっと目立たないように来いよお前」

「カエデ! あのふたりは?」

「ついさっき帰った」

 

 この話を聞いたときはダンデも同席するつもりでいたらしいが、抜けられない仕事が入ったとかで来れなくなったとローズから聞いた。どうせ適当に仕事をまわして同席させないようにしたのだろう。ダンデが同席すれば間違いなく俺の味方をするからだ。

 

「何もなかったよ。話を聞いて断った。それだけだ」

 

 そう言うと、あからさまにダンデはほっとした顔をする。

 その後ろで、全力で飛んできたらしいリザードンに俺の天使がきのみをわけてあげていた。優しくて尊い。

 

「それならよかったぜ……ローズさんは無理を言うひとではないが、甘いひとではないからな。少し心配だった」

「……そうだな、確かに甘くない」

 

 甘くないどころじゃねーよ、とは思ったが口には出さない。

 ダンデがダンデなりにローズを慕っていることを知っている。そりゃチャンピオンになってからずっと面倒を見てもらってれば、そうもなるだろう。実際、腹が黒いだけで裏表があるひとというわけではなさそうだった。彼は彼なりに、やるべきことをやっている。そのためなら、利用できるものは利用するというだけで。

 

「今日は引いてくれたけど諦めてくれたわけじゃなさそうだから、お前も適当に言っといてくれよ。俺はこの店でささやかにスイーツ作って売ってるくらいでいいんだ」

 

 富も、名声も、今の俺には必要のない。逆に何が必要かってそりゃニンフィアたんですよ俺は俺の天使がいればそれだけで毎日はっぴーです。だからこれ以上忙しくなって俺の天使と戯れる時間が減ったりしたらそっちの方が死活問題だ。心が死ぬ。

 ダンデはそんな俺に苦笑して、言った。

 

「ああ、伝えておくぜ。一応、今回の話を聞いたときからカエデは嫌がると思うって言いはしたんだがな」

「もっと強く言っとけよ。ちゃんと止めろ」

「それくらいカエデの存在が魅力的だったんだろう」

「やめろ気持ち悪い。……ったく」

 

 ようやく、大きく息をつく。ダンデと話していると気が抜けた。全く、気を遣わなくていい相手というのは楽でいい。取り繕うのが苦手なつもりはないが、かといって得意なわけでも決してないのだ。

 きのみをぺろりと平らげて回復したリザードンを確認し、この後の仕事は、と言葉を投げた。

 

「ん? 急ぎの仕事は片付けてきたから時間はあるぜ!」

「そうか。リザードン、ワイルドエリアのミロカロ湖わかるな?」

 

 リザードンは不思議そうな顔をして頷く。

 きのみで回復して早々申し訳ないが、まあそこはダンデの相棒だからということで。

 

「その東のエリア、巨人の腰かけのあたりな。あの奥に大きなオボンの樹があって、そろそろ熟す頃なんだよ。ちょっといくつか採ってきてくれ」

「え」

「本当なら今日収穫に行く予定だったんだけどな?」

 

 ダンデがちゃんとローズ委員長のことを止めてくれれば、俺はニンフィアたんときのみ収穫デートに出られたんだけどなぁ。

 そう言うと、少しばかり罪悪感のあるらしいダンデは黙った。まあ正当な言いがかりで八つ当たりだ、自覚はあるが気にしない。

 まあまあとダンデの堅い肩を叩いた。

 

「採ってきたらそれ使ってなんか作ってやるから。早く行かねえと日が暮れるまでに帰れねえぞ」

「……。……わかった、行って来る。カエデ」

「ん?」

 

 はちみつ色の真摯な目線が、届いた。

 

「悪かった」

 

 俺があまり目立ちたくないのをダンデは知っている。俺はただニンフィアたんと静かに暮らしたいだけだというのもダンデは知っている。だからこそ、出てきた言葉なのだろう。善人が過ぎるこいつに、性悪説よりの俺は苦笑するしかない。

 第一、ダンデが何を言おうともローズは止められなかっただろう。それを今日は肌で実感した。ガラルを想い、「チャンピオン」を想うからこそ、彼はダンデでは止められない。

 

「……お前にはお前の立場があるだろ。オボンでチャラにしてやるからとっとと行ってこい」

 

 そう言って背を向けると、ダンデとリザードンが笑った気配を背中に感じた。すぐに戻るからな、とそう言った声は、リザードンの羽ばたきでかき消された。一瞬で見えなくなったその影を追って、空を見上げる。すぐ足元で、俺の天使が可愛らしい声を奏でた。

 

「ふぃ、」

 

 目線を下ろすと、不安そうな顔をしたニンフィアたんが俺を見上げている。少しばかり殺伐とした空気に触れさせてしまったから、怯えさせてしまったかもしれない。慌ててしゃがみ込んでその毛並みを撫でた。俺の天使は繊細なのだ。

 

「大丈夫だよニンフィアたん、もう怖いのは終わったからね! ごめんね、やっぱり離れててもらった方がよかったかな!?」

「ふぃい!」

「いや違うよ頼りないとかそんなことは有り得ないけど! ……そうだよなぁ」

 

 心配、させちゃったね。

 ニンフィアたんを撫でて初めて気づいた、自分の手の震え。いやあ俺ガラルでいちばんの権力者前にして平気でいられるほど神経太くないんだわ。ついノリで喧嘩売っちゃったけど、あのひとマジでその気になれば俺をガラルから追い出すくらい普通に出来るんだろうし。ニンフィアたんの衣食住を支える身として、俺の天使に不自由をさせることだけは避けなければならなかった。

 とはいえ、ローズの提案を受け入れるわけにも行かず。

 

「……いや~マジでもっかい来たらやだよな。どうしよう」

「ふぃ」

「え、ニンフィアたん守ってくれんの? さすが俺の天使だわ」

 

 俺の天使の優しさに甘えて、その首筋に顔を寄せる。柔らかなリボンが、そっと俺の頬をくすぐった。

 

「大丈夫。……大丈夫だよ」

 

 俺は、優しくて可愛くて美人で尊い俺の天使を守るために、この世界(ものがたり)を生きると決めたのだから。そのためなら、いくらだって頑張れる。

 

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