ポケットにリアル   作:ふみどり

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俺の天使とともに生きていこうと思います

 一年に一度、店を開けていても全く商売にならない日がある。

 その理由はもちろんわかっている。今日という日を、誰もが家で過ごすだろう。いや、家で、というのは正しくないか。誰もが今日を、それが映し出されるモニターの前で過ごすのだ。とんでもない倍率を勝ち抜いた一握りの幸運の持ち主だけが、それをスタジアムで直接目にすることを許されている。

 このガラルにおける、間違いなく最大のイベント。エンターテイメントであり、ビジネスであり、熱狂という熱狂が呼び起こされるそれ。店のカウンター横の丸椅子に座りながら、俺はただスマホロトムの画面を見つめていた。傍らの天使も、じっと画面を見つめている。

 この数日、どうも例年にないトラブルが頻発していたことは察している。このナックルシティも、何かと被害を受けた。それでも何事もなかったかのように開催されたそれ。熱狂と言うにふさわしい空気が、画面越しにも伝わってくる。その対戦カードには少々驚かされたが、俺はその結果をただ無言で見つめていた。

 そうか、と誰に言うでもない小さな声が口から零れ落ちる。

 

「……ふぃい」

「うん。……うん」

 

 この感情を何と呼ぶのか、俺にはよくわからない。どこか心配そうにすり寄ってくれた天使に手のひらで応えて、その美しい毛並みを堪能する。

 画面に映っていたのは、まさに世界(ものがたり)の終焉。

 

「……そっかー……」

 

 俺はただ、そう呟くことしかできなかった。

 

 

 *

 

 

 夜のとばりはとっくに降りた。

 ガラル中のお祭りムードはようやく少し落ち着き、時計の短針も右に傾いている。いつもならとっくに眠っている時間だが、今日は何故だか目が冴えていた。キャンプの時に使っているランタンを引っ張り出し、マッチで火を灯して中庭のテーブルに置く。キッチンで沸かしたお湯はポットに入れ、お茶の用意をして椅子に座った。用意したカップは二人分。別に誰とも約束などしていない。だが、来るような気はしていた。

 先に寝ていていいんだよと言っても俺の天使は部屋に戻ろうとはせず、俺の足元で丸くなる。ここで眠るつもりだろうか、風邪を引くよと言ってもぺちぺちとリボンで嫌だと叩くだけ。ううん、可愛い。途方もなく可愛い。仕方ないので椅子の背もたれにかけていたブランケットを掛けてあげた。お礼のように小さな声が聞こえて、また口元がにやける。

 そのとき、ばさりと大きな羽ばたきが空に響いた。

 

「……客が来ていい時間じゃねーぞ」

「その割には迎える準備が万端じゃないか」

 

 ぱぎゃ、と控えめに鳴く炎の竜。その背に乗った、__《元》チャンピオン。

 冠を譲った後だって相当に忙しかっただろうに、わざわざ夜中に抜け出してまでやってくるとは本当に物好きな奴だ。バトルで酷使されたうえに連れまわされるリザードンが気の毒でならない。

 中庭に降り立ったダンデはリザードンに一言礼を言ってボールに戻し、俺の前にある椅子の背を引いた。仕方がないので用意していたお茶の用意を始める。まだポットの中のお湯は熱かった。

 

「紅茶か?」

「ハーブティだよ。徹夜するつもりはない」

「そうか、……そうだな、真夜中もとっくに過ぎてるしな」

 

 今気づいたと言うように笑うダンデからは、僅かにアルコールの香りがする。普段あまり酒をやらない人間のはずだが、付き合いなのか気晴らしなのか今日は一杯ひっかけてきたらしい。

 酔い覚ましにはちょうどいいだろうと、湯気のたつハーブティを置いてやる。

 

「この時間まで付き合いか? 酒臭いぞ」

「新チャンピオンは酒が飲めないからな。そういうところは俺がカバーしてやらないと」

 

 さらりとダンデは新チャンピオン、と口にした。

 トーナメントの決勝戦、不敗神話を誇るこいつに時代の終わりを告げたのは、年端もいかない少女。ダンデ自身が推薦状を渡したその少女こそが、長かったこいつのチャンピオンタイムに終焉を告げたのだ。バトルにトレーナーの年齢は関係ないとは言え、さすがに予想はしていなかった。……いや、本当にしていなかったのだろうか。

 あの少女とダンデの弟が一緒にいるのを初めて見たとき、何か予感があったのは確かだ。けれど、まさか、……なあ? それでも俺は、やっぱり、どうしても、ダンデが勝つと思っていた。

 

「……バトル、リアルタイムで観てたぞ」

「そうなのか? 営業中だっただろうに、珍しいな」

「さすがに店が暇すぎてな」

 

 おかげで商売あがったりだ、と両手を広げてみせれば、お前はその方がいいんじゃないのか、と笑われる。

 いつも通りの軽口、いつも通りの表情。けれどやはり、俺にはいつもと違うダンデに見えた。しかし、と自分でその思考をかき消した。もちろんダンデもこの敗北で何らかの影響を受けただろう。悔しい気持ちをいまだ噛み殺している最中かもしれない。けれど、今俺がダンデをいつもと違うと感じるのは、きっと、俺自身の認識が変わったからだ。

 

「なあ、ダンデ」

「何だ?」

「俺は、」

 

 この次の言葉を言えば、きっとダンデは怒るだろう。基本的に寛容で他者の言葉に振り回されることのないこいつでも、きっとこれは怒る。

 これまでの人生の全てを、ポケモンバトルに費やしてきた、こいつだからこそ。

 

「俺は、お前が当たり前に勝つんだと思っていたよ。誰が相手でも、どんな状況でも」

 

 夜の静けさの中で、椅子を蹴る音は大きく響いた。俺の胸倉を掴む浅黒い手が震えている。目の前に迫った顔に先ほどまでの穏やかな表情はなく、噛みしめる奥歯の隙間から漏れ出る言葉は獣の唸り声のようだった。

 

「当たり前なんて、……あるわけ、ないだろ……!」

「……ああ」

「それは、俺や、俺が今までバトルした全てのトレーナーへの、最大の、侮辱だ」

「そうだな」

 

 でも、本当にそう思ってた。だってお前は、主人公だから。

 

「何があってもお前は負けないと思ってた。……そんなはずないのにな。今日、それに気付いたよ」

 

 どれだけ実力差があったとしても、勝負に絶対はない。ポケモンのレベル差、コンディション、相手とのタイプ相性に出す順番、使う道具、持たせる道具、そしてもちろんトレーナーのゲームメイク。どれかひとつにでも綻びがあれば、簡単に番狂わせは発生する。もしかしたら綻びなんかなくたって、幸運の女神の機嫌ひとつで絶体絶命に追いやられるかもしれない。

 ダンデはその中でずっと勝利を重ねてきた。当たり前に勝てるわけじゃない状況の中で、それでも不敗を誇ってきたからこそ、その功績に意味がある。そんなダンデに敗北を叩きつけようと懸命にあがくからこそ、キバナを筆頭とするライバルたちが讃えられる。

 だと言うのに俺は、それを《当たり前》だと。世界(ものがたり)に愛されたヒーローは、決して誰にも負けないのだと。どうしてそんなことを思い込んでいたのだろう。

 

「うん、お前たちのバトルみて反省したよ。考えを改めた。謝るのもおかしな話だが謝るよ。……悪かった」

 

 無言のまま、ダンデは手を離した。わずかに俯いた顔は闇に隠れ表情は見えない。少し伸びてしまった首元を直しながら、目の前の男をまっすぐに見据えた。

 ダンデとは、もうそれなりに長い付き合いの友人だ。友人だという気持ちに嘘偽りはない。けれど、俺は本当にこの男と真正面から向き合ったことはあっただろうか。主人公(ヒーロー)ではないただの《ダンデ》を見たことはあっただろうか。

 ダンデがわずかに顔を上げた。ランタンの灯りを受けて、その琥珀色の瞳が力強く輝く。何故だろう、とっくに二十歳を超えたガタイのいい男の姿に、かつてブラッシータウンの外れで迷子になっていた新米トレーナーが重なる。俺がまだ、名前も素性も知らなかったときのダンデ。壮絶な方向音痴で、パートナーになったばかりのヒトカゲとも逸れてしまっていたくせに、呑気に笑っていたあの少年。……馬鹿なことを言っている。重なるも何も、その少年とこの男は同一人物なのに。あのときのダンデと今のダンデを勝手に別人のように思っていたのは、俺の方なのに。

 

()()()

 

 改めて、その名前を呼ぶ。今まで幾度となく呼んだはずなのに、ダンデは妙に驚いた顔をして二度三度と瞬きをした。

 その姿がおかしくて、軽く笑って言葉を続ける。

 

「何だよ、怒ったり驚いたり忙しい奴だな。名前呼んだだけだろ」

「いや、……何だろうな。変な感覚が……」

 

 すごく久しぶりに、名前を呼ばれたような。

 そう言って不思議そうに首を傾げるダンデに、相変わらず勘のいい野郎だといっそ呆れる。何だよその勘の良さ、迷子になったときは間違いなく二択の道で間違えるくせに。

 

「ああ、遮って悪かった。何を言おうとしたんだ?」

「ん、ああ。まあ、なんつーか……」

 

 バトル、するか?

 

「もちろん俺の天使が頷いたらだけど……って、ダンデ?」

 

 一瞬で表情を消したダンデは、おもむろにスマホを取り出す。眠そうなロトムを起こし、迷いなく誰かの名前をタップした。何度かコール音が聞こえたあとに、半分寝ぼけたような不機嫌な声が聞こえてきた。

 

『おまえな、今何時だと思って、』

「キバナ、寝てる場合じゃない!! ナックルスタジアムのバトルシステム貸してくれ!! カエデが俺とバトルするって言った!!」

『マジでか待ってろ』

「ちょっと待て!!??」

 

 思わず大きな声が出た。えっ何、なんでお前そんなきらっきらの笑顔してるの? 今日お前チャンピオンタイム終了して少しばかり感傷的になってたんだじゃないの? 俺は別に今じゃなくてそのうちお前がまたバトルする気になったら付き合ってやってもいいぞの意味で言ったんだけど? というかそこのドラゴンストーム待ってろじゃねえんだよあらゆる意味でまず止めろせめて事情を聞け!!

 スマホに映ったキバナが、にやりと俺に目線を向ける。

 

『どういう風の吹き回しだよカエデ。あれか、ダンデを励まそうとでもしたのか? 何だお前たまには優しいところあるじゃねーか』

「反論したいところが複数あったがとりあえずそれは置いといて! あのな、プライベートのバトルでスタジアムのジムシステムなんか動かすな職権乱用やめろ! というかスタジアムだとダンデお前キョダイマックス使うだろーが、戦力的に差が出来すぎるからバトルするにしてもダイマックスはなし! そもそも俺は今すぐバトルするとは言ってねえだろうがどんだけポケモンたち酷使する気だお前は!」

 

 えー、と見るからに不満そうな顔をするダンデに頭が痛くなる。何やら手元でタブレットをいじりながら面白そうにこっちを見るキバナがめちゃくちゃ憎らしい。次会ったらニンフィアたんのでんこうせっかをお見舞いしてやる。

 

『ま、確かに片方だけダイマックス使うのはバトルとして面白くねーな』

「……わかった、ダイマックスは使わない。となるとスタジアムじゃなくてもバトルできるから……場所はワイルドエリアでいいか」

『ダンデ、オレさま明日なら審判やってやるよ』

「よし、じゃあ夜が明けたら頼む!」

「だから気が早えっつってんだよバトル狂ども」

 

 何でタブレットを触ってたのかと思ったらキバナは予定の調整をしていたらしい。というかお前は仕事ねえの、とダンデに聞けば休養日だ、といい笑顔が返ってきた。休養日なら休養してろよ馬鹿なの。

 

「何を言ってるんだ、休養日は気晴らしにポケモンバトルをする日だろう?」

「真顔で言うな。お前はともかくポケモンたちを休ませろ」

「何、皆バトルが大好きだからな! お前のニンフィアとバトルができると聞けば喜び勇むに決まってる!」

 

 バトル狂のトレーナーのポケモンもバトル狂でした。まあそうじゃなきゃダンデの手持ちなんて務まらないか。

 深く深くため息をついて、今の時間を確認する。

 

「……俺は五時間は寝たいし朝飯もちゃんと食いたいし、久々のバトルだからニンフィアたんの調整もしたい。から、バトルは明日の午後、ワイルドエリアの比較的天候の落ち着いてる場所でだ。いいな」

 

 ぱあっと顔を輝かせたダンデは、どう見てもガキの頃そのまんまの笑顔をしていて。そういえば初めて会ったとき、まだイーブイだった俺の天使とバトルがしたいなんて同じ笑顔で言っていたなと思い出す。その声に応えるのに、随分と掛かってしまった。明日起きたら連絡入れろよ、絶対オレさまが行くまでバトル始めんじゃねえぞと煩いキバナにダンデが笑顔を返すのを見ながら、何となくほろ苦い笑みが漏れる。

 ふと俺の方に視線を戻したキバナが、俺の足元を見てにんまりと嫌な笑みを見せた。同時に、ぞわりと悪寒が走る。小さな唸り声が、鼓膜を震わせた。

 

「……あ」

「ん? どうした?」

『あーあ、カエデ、お前明日の午後までにきっちりお前の天使サマの機嫌とっとけよ。ポケモンが言うこと聞かなくてバトル放棄なんて目も当てられねーからな』

 

 どうやら天使サマは、いたくご立腹らしいぜ?

 ドラゴン野郎のその言葉を聞き終わるより先に、俺の頭上に麗しき天使が飛び上がる。あ、可愛い。美人。さすが俺の天使は世闇の中でもリボンをひらめかせて美しいです。ええ、その憤怒の表情すら愛らしいとも!

 

「うわ、いって、ごめんごめんごめんニンフィアたん煩かったね! 違うんだよニンフィアたんが寝てたのを忘れてたわけじゃないんだよ、痛っ、いやニンフィアたん肉球柔らかいねって痛い! 待って待って、ごめんていい子だから! うん! 寝てるところ煩くして本当にごめんね!!」

 

 麗しいおみ足にふみふみされながら、俺は心に誓う。

 仲が良いなぁと呑気に笑う元凶には最高に渋くて苦いもはや漢方薬かという最高レベルのリュガの実で悶絶させてやるし、こっちを指さして爆笑している寝癖満載で外には晒せない髪型をしているオレさま野郎には生で食うと辛さと苦さで涙が出ると評判の最高レベルのヤタピの実でしばらく味覚を忘れさせてやる。カレーに仕込むかサラダに仕込むかパンに仕込むかは悩むところだが、俺はこの恨みを絶対に忘れない。いいか、絶対にだ。

 

 

 ***

 

 

 その次の日、キバ湖の瞳は珍しく快晴だった。

 何故かキバナの他にもギャラリーは増え、ソニアはまだわかるにしてもユウリにホップ、それからネズに、その妹のマリィやビートという少年まで。アラベスクタウンの新ジムリーダー? そういや何かニュースでやってたな、へえ。

 ユウリとダンデにも特に遺恨がない様子で、おふたりのバトル楽しみです、なんて年若い新チャンピオンは目を輝かせている。その次は是非私と、なんて言うくらいだからこの子も根っからのバトル狂か、と少し呆れた。さすがダンデの後継。

 ソニアにはどういう心境の変化かと聞かれ、ただの気まぐれ、とだけ返す。別に俺だってバトルが嫌いなわけじゃない。俺の天使がもっとも苛烈に輝くのはポケモンバトルのときなのだから、それを見たくないわけがない。

 

「……ニンフィア」

 

 俺の声に反応して、可愛い耳がぴこりと揺れる。同時に、やる気満々と言った風に淡い色のリボンがふわりと広がった。

 その美しくも力強い瞳が見据えるのは、昨日さんざん酷使されただろうに、その疲れなど一切感じさせずに炎を滾らせる一匹の竜。

 キョダイマックスを使わないにしてもそのパワーは計り知れず、その後ろに立つトレーナーの采配は文字通りこのガラル、いや世界でも有数のもの。ある程度の戦略は俺の頭にもあるが、そうやすやすとそれ通りには進ませてくれないだろう。

 けれど、それでも。今の俺は、負けてやるつもりは毛頭なかった。

 

「いつも通り、やれるな?」

「ふぃあ!」

 

 ひどく楽しそうな俺の天使の声に、炎の竜は咆哮で応える。準備は突貫、気合は十分。さてどうなるか、と正面を見ると、心からポケモンバトルを愛する琥珀の瞳と目が合った。楽しいな、と語られたような気がして、口元が少し緩む。

 審判を買って出たキバナが、高らかに叫んだ。

 

「バトルはシングルマッチ、相手のポケモンを戦闘不能にした者を勝ちとする。……準備はいいな?」

 

 審判のくせに楽しそうな声が、快晴の空に響いた。キバナもまた、その頬に笑みを浮かべて、片手を上げる。そして勢いよく、その腕が振り下ろされた。

 

「バトル、スタート!」

 

 どんな勝負も、やってみなければわからない。

 

 

 ***

 

 

「いやあダンデとキバナの顔は傑作だったな!」

 

 疲れた身体をベッドに投げ出し、傍らに伏せてくれたニンフィアたんに話しかける。ふぃい、と悪戯っぽく笑ったニンフィアたんは、まさに俺の天使でした。小悪魔な天使最高かよ知ってた。

 

「かなり質の良いきのみをわざわざ選んで食わせてやったからなぁ、特にキバナはしばらく舌が馬鹿になってるだろ。ざまあみろ」

「ふぃ!」

「うんうん、昨日は夜中に起こしちゃってごめんね。今日は早めに休もうな」

 

 ゆるりとその頭を撫でると、天使は気持ちよさそうに目を閉じて、大きな欠伸をひとつ。やはり夜中に叩き起こした後に本気のバトルというのは負担が大きかったのだろう。話の流れで仕方がなかったとはいえ、反省せねば。

 そんな気持ちを込めて指で頬をかいてやると、気にしなくていいよとでも言うかのように天使は俺の手に頬ずりをくれる。そういう可愛すぎることしないでください死んでしまいます。嘘ですめっちゃ生きます幸せ。

 

「……今日のバトル、楽しかった?」

 

 そう小さく言うと、ニンフィアたんはわざわざ目を開けて、しっかりと俺を見てまばたきをひとつ。

 

「……そっか、ならよかった」

 

 そっとその身を引き寄せると、ニンフィアたんはそのまま俺に寄り添ってくれた。お互いの身体が大きくなってからはなかなかこうすることもなかったけれど、ガキのころはよくこうやって彼女を抱いて眠った。その毛並みと温かさを甘受しながら、俺がいま在る世界(ばしょ)を忘れないように。

 とくん、とくんと、天使の鼓動が聞こえる。

 

「……俺、現実見てるふりして、見てなかったんだなぁ」

 

 俺が在る場所。息をしているこの世界。もう《物語》などとは呼べない。呼ばない。俺はこのガラルのブラッシータウンに生まれ、ナックルシティでパティスリーとして働く《カエデ》だ。俺はこの世界に住まうひとりであり、ダンデやキバナ、ソニアは俺の友人。彼らだって決して物語のキャラクターのひとりではなく、この世界に住まう者。

 ポケットモンスターはどこぞのゲーム会社が作ったキャラクターじゃなくて、この世界で生きる不思議で素敵な隣人だ。俺の傍にいてくれる天使も、そう。愛らしい彼女は、確かにここに存在してくれている。

 

「……いい加減、ちゃんとここで生きていかなきゃ、な」

 

 意味不明な俺の独り言にも優しく返事をしてくれた愛すべき女神で天使で小悪魔で隣人の彼女は、そのまま揺蕩うリボンをぺちりと俺の頬に当てて、瞼を下ろした。俺もそのリボンにそっと唇を寄せて、目を閉じる。

 

「おやすみ、ニンフィア」

 

 明日も一緒に、生きていこう。

 

 




お付き合いありがとうございました。
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