取材を受けました
どこかに居を構えるとなれば、避けられないあれこれがあることくらいは理解していた。まして俺は故郷から離れたナックルシティで店を開いた身、一応のご近所付き合いというか、近場の皆さまとのやりとりの重要性くらいは理解している。とはいえ、気が進まないものは気が進まないし、ここまでやる必要があるかと言われれば絶対ないだろと言いたい。
だというのに「ナックルで無事に店を開き続けたいならやれ」とさんざん脅してくるものだからさすがの俺も頷かざるを得なかったのだ。そういえばお前ナックルの顔役でしたね、すっかり忘れてたわ。……何こいつローズ委員長よりタチ悪くない?
「本日は取材を快諾いただきまして本当にありがとうございます! いや~楽しみにしてたんですよ、カエデさんのスイーツは僕もパートナーも大好物でして!」
「はは……それは光栄です」
「何だよ、笑顔が硬いぞ〜? 悪いな、取材なんて初めてだから緊張してるみたいなんだ。ほらカエデ、リラックスリラックス」
リラックスとか言いながら背中つねんじゃねえよこの野郎、とはさすがの俺も口には出さない。代わりに記者さんが目を離したすきに思い切りキバナの足を踏みつけてやった。歯を噛みしめてうめき声を殺したキバナ、そのまま黙っとけと心から思う。
基本的に「アンジュ」は取材のたぐいは受けていない。何度か雑誌やテレビで取り上げさせてほしいという依頼もあったが、すべて断っていた。何故って俺は俺と天使のささやかな日常さえ守れればそれで十分だからです。注目されすぎるとどうなるかはどこぞの元チャンピオンとトップジムリーダーの一件ですでに懲りている。
それはキバナもよく知っているのだが、今回だけ頼むと肩を叩いてきたのだ。地元の繋がりは大事にしねーと、とキバナに紹介されたのはナックルシティで発行されているローカル誌の記者。何とか「アンジュ」の取材をできないかとキバナに頼み込んだらしい。
そして基本「断らない男」のキバナは俺に任せろと安請け合いをし、あの手この手で俺を脅して頷かせたというわけだ。これが終わったら絶対にまたヤタピの実を食わせて悶絶させてやる。
「ナックルは古い街なんだからこういう付き合いも大事だって言っただろ? 笑顔くらいちゃんと作れよ、愛想よくしろって」
「わあってるよ……というかキバナお前、何でいんの」
「そりゃ俺の紹介だし、様子見に来たんだよ。お前取材慣れしてないだろ」
「……ご心配どーも」
そんな心配ならそもそも安請け合いすんなと思うがすでに後の祭り。純粋に「アンジュ」のファンらしい記者は、パートナーのキルリアと一緒にショーケースを覗き込んでいる。
召し上がりますかと声を掛ければ、いいんですかとキラキラと目を輝かせた。
「ええ、ついでにお茶でも淹れましょう。中庭にテーブルがあるので、良ければ取材もそこで。キバナ、その間お前が店番な。ニンフィアが全部指示出すからお前は手足だけ動かせ。ニンフィア、よろしく頼むな。何かあったらすぐ呼んで」
「ふぃあ!」
「……えっマジで?」
万一お前のファンに見つかっても上手く片付けろよと言い残し、キバナにエプロンを押しつけた。心配しなくてもうちの天使は俺の仕事を完璧に覚えている。ニンフィアたんにご教授いただける幸せを噛みしめろってんだこの野郎め。
中庭のテーブルで遠慮がちに座る記者とキルリアにケーキと紅茶をサーブし、自分の分のカップをもって正面の椅子を引く。ご遠慮なさらずどうぞ、とケーキを指せば、この上なく幸せそうな顔をするふたり。こりゃこのひと完全に私情で取材先を選んだなと邪推する反面、悪い気はしなかった。
ニンフィアたんのお墨付きがある俺のスイーツが美味しいのは当然だが、喜んでくれるならそれに超したことはない。
「お味はいかがですか」
「本当に! 美味しいです! なあキルリア!」
こくこくと嬉しそうに頷くキルリアも、パートナーと同じようににこにこと笑いながら頬を押さえている。お気に召したようで何よりだ。
「こうしてパートナーと同じものを食べて美味しいと思えるって本当に嬉しいことですよね。カエデさんはいつからパティシエの道を?」
「パティシエになることを決めたのは十歳くらいのときだったと思います。その頃には本を見ながらきのみのお菓子を作っていました。当時はまだイーブイだったパートナーが甘いものを好きだったので、食べさせてあげたくて」
「へえ、そんな幼いころから!」
「ええ、そのときはまだ職業にすることまでは考えてなかったんですが、……ああ、そうか、ダンデがきっかけでしたね」
ヒトカゲとパートナーになって早々に迷子になった超絶方向音痴。仕方なしにブラッシーの駅まで引きずっていき、さすがにヒトカゲが可哀想になって差し出したモモンのクッキー。
あのときに俺の将来が決まったなんて言ったら、ダンデやソニアはどんな顔をするのだろうか。想像するだけで自然と口元が緩んだ。
思い出から目の前の彼に視線を戻すと、何故だか彼は興奮したように鼻息を荒くしていた。
「だ、ダンデというと元チャンピオンにしてリーグ委員長の……!? そういえば親交があるんですよね!?」
「あ、この話NGで」
「そんな!」
そうだったダンデも超有名人なんだった。うっかりその手の話を出したが最後、すさまじい質問攻めに遭うことになる。キバナにしろダンデにしろ俺にとってはあまりにも普通に「その辺にいるやつ」なので、たまにその知名度とめんどくささを忘れそうになる。
はいはい次の話と軽く流せば、俺が折れる気はないと察知してくれたらしいキルリアがパートナーの肩に手を置いて首を振る。さすが感情ポケモン、俺の気持ちをきちんと察してくれたらしい。感謝の気持ちを込めてビスケットを差し出すと嬉しそうに頬張った。
ぐぬぬとうめいた彼は、仕方なさそうに次の質問にうつる。
「ブラッシータウンの出身と伺っていますが、何故故郷から離れたナックルで店を?」
「単純にワイルドエリアが近くてきのみの収穫がしやすいというのと……ほら、ここはドラゴンの街でしょう」
「? はい」
「そのせいなのか、俺のパートナーに一定の敬意をはらってくださる方が多いんです」
ガラルに伝わる童話のひとつに、かつてガラルの地で暴れ回った恐ろしいドラゴンポケモンを、うつくしいニンフィアが退治するというものがある。
かつて本当にそんなことがあったのかどうかさておき、少なくともニンフィアはフェアリータイプ、ドラゴンには有利だし、ガラルでドラゴンに強いポケモンはと尋ねられれば真っ先に出てくるくらいにはよく知られている話だ。
強大な力をもつ相手に対し、小さな身体で立ち向かい勝利したうつくしい存在。ドラゴンを重んじるからこそ、ナックルの人々はドラゴンを打ち破るニンフィアをただの「可愛い」「うつくしい」だけの存在としては扱わない。
「貴方も先ほど、ニンフィアにきちんと挨拶をしてくださったでしょう。慣れたキバナだって、毎回ちゃんとでかい図体をかがめてニンフィアに視線をあわせて挨拶をしてくれる。俺が知る限り、ナックルのひとは皆そうです」
「そう……ですか? 完全に無意識でした……」
「ええ、こういうのは余所者のほうがよくわかるんでしょうね。ナックルは昔ながらの精神性が残る良い街だと思いますよ」
まあニンフィアたんが石畳の歩き心地を気に入ったというのが最終的な決め手なんですが、一応これは隠しておこう。俺が決めるべきありとあらゆることの決定権はニンフィアたんにあります何せ俺はニンフィアたんの奴隷なので。
なるほど、と納得した様子の彼は、さらさらと手元のメモに書き付けを残している。音声も録音しているという話だったが、それでもメモ書きしてしまうのが記者というものなのだろうか。
「本当にニンフィアを大事になさっているんですね」
「ずっと一緒に生きてきたパートナーですから」
ニンフィアの魅力を語れと言われたら丸一日喋り通せますと本心からの言葉を零せば、お気持ちはわかりますと軽く笑われた。絶対過剰な表現だと思ってんだろ何なら今からやってやろうか。つい身を乗り出すと少し引いた様子のキルリアがふるふると首を振った。ちっ残念。
そのあともいくらかの質問に答え(何度か言わなくていいことを言いそうになって口を噤んだ)、引きつりそうになる頬を押さえながら写真撮影に応じ、何とか取材を乗り越えた。取材慣れしていないのが丸わかりの対応だったが、彼は妙に満足げだったのでよしとしてもらおう。ちなみに俺のおかげで写真慣れしているニンフィアたんはさすがのモデルっぷりでしたニンフィアたんまじ天使のスーパーモデル。
恐れ多くもニンフィアたんに踏みつけられながら店番をしていたらしいキバナはげっそりとしていたが、記者の彼に何やら耳打ちされてからは急に上機嫌になって俺を見てはニヤニヤしていた。率直に気色悪いんだけど何言ったの彼。
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『本当に仲が良いんですね、おふたりは。それにダンデさんも』
『気がつけばニンフィアかあなた方の話をされてましたよ、カエデさん。無意識みたいでしたけど』
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「お前まじで素直じゃないけど実はオレさまたちのこと大好きだよな~」
「何、ニンフィアたんに踏みつけられて頭イカれたの? とっととポケセン行けよ、回復してもらえ」
「せめて人間用の病院を勧めろコラ」
ちなみにナックルのローカル誌にはでかでかとニンフィアたんの写真が載ったのでカエデはひどく満足げでしたし、キバナさんが何か言ったらしいダンデさんはにこにこしながら「アンジュ」に訪れ、出禁だっつってんだろと塩をまかれてもなおにこにこしていました。