基本的に俺はスイーツの配達は行っていない。配達にまわせるようなひともポケモンもいないし、何よりそこまで手を広げるつもりもないのだが、特別に彼の注文だけは配達を承ることにしていた。
以前つくった特別なブリーの実のケーキ、あれのクリームを流用してつくった特製ビスケットサンド。彼が気に入ってくれた味を持ち運びがしやすく手づかみで食べられるように考案したスイーツだが、こうもリピートしてくれるなら考えた甲斐があったというものだ。
ビスケットサンドがぎっしり詰まったバスケットを抱え直し、待ち合わせ場所である塔を見上げた。
昼間でもゴーストタイプのポケモンが闊歩する見張り塔跡地は、彼にとっては居心地のいい場所であるらしい。
「どーも『アンジュ』でーす。配達にきましたー」
「ふぃーあー!」
塔に向かってそう叫べば、真似るように続く天使の声。ニンフィアたんの美声が鼓膜をくすぐって大変幸せです俺は。何そのハイパーボイス俺にこうかばつぐんです好っき。
俺たちの声が周囲に響くと同時に、もやもやと形のない黒いものが集まり始める。近くの草むらはがさがさと鳴り始め、俺の目では捉えられない多くの気配が充満し始めたように思えた。
最初はさすがにビビったこの気配も、今ではとうに慣れたもの。つまみ食いはダメだと影から伸びてきたゲンガーの手を躱せる程度には俺も彼らに馴染んでいた。俺の天使もいつの間にかそばにいたフワンテにリボンを伸ばして戯れています可愛い。可愛い。
「カエデ、さん……!」
そして塔の崩れた壁からこっそりと顔を出した、特徴的な仮面。
ぱたぱたとまだまだ幼い身体を動かして駆け寄ってきた彼は、顔が見えなくても喜んでいるのが見て取れた。
「どうも、オニオンさん。遅くなりまして」
「時間、ちょうどです……いつもありがとうございます……!」
「いえいえ、こちらこそ」
ダンデ主催のティーパーティ以来、オニオンは「アンジュ」の常連客のひとりになっていた。トモダチにスイーツを振る舞いたいのだという彼の注文はいつも結構な数になるのだが、余裕をもって予約をいれてくれるうえに決して無茶な要求をすることなく、毎回きっちりと前払いをしてくれる。俺としては何の文句もないどころかいつでもウェルカム、大変ありがたい大口客と言えた。しかもニンフィアたんもオニオンのことは気に入っているとくれば、俺にとっては歓迎の気持ちしかない。とりあえずダンデは見習えと思う。
ではご注文通り、とバスケットの中身を見せれば、こくこくとオニオンは頷いた。
「じゃあ、皆に……」
「ええ。おーい、いつもの持ってきたぞー。たくさんあるから喧嘩せずに食べろな」
と、言い終わる前に数個消えたのは面白かった。
ゲンガーの手が伸び、ゴースがぺろりと舌でかっさらい、ふわふわと浮かんだひとつはサマヨールの手の中に吸い込まれる。
どんどん軽くなっていくバスケットに笑いながら、自分の分とっとかないとなくなりますよとオニオンに軽く言う。すると彼も慌てて細い腕を伸ばすが、ビスケットサンドを握る手の小ささに、いつものことながら妙な感心を覚えた。
俺よりもずいぶん幼いくせに、このガラルでも有数ポケモントレーナーであるオニオン。外見からはとても想像つかない実力を秘めている彼のことは、さすがの俺も完全な子ども扱いをする気にもなれなかった。だから今も、こうして敬語を外さないままでいる。
「? カエデさん、何か……?」
「ああ、いえ。お味はいかがですか」
「い、つもどおり、美味しい、です」
「それは何より」
首元でもっとよこせとプレッシャーを掛けてくるゴーストを軽く無視しながら、仮面を少しずらしてビスケットを頬張るさまを眺める。ちなみにゴーストはニンフィアたんがリボンで追い払ってくれました。ありがとう俺の天使。
近くにいたポケモンたちがあらかた自分の分を確保したのを見て、じゃあ残りは今いない子たちにわけてあげてくれとバスケットごとゲンガーに渡す。悪戯好きのゲンガーだが、オニオン曰くそのゲンガーが一番仲間思いであるらしい。頼むよとその口にオマケの一個を放り込めば、任せろとばかりにバスケットを抱えたゲンガーは影に消えた。
これで仕事は終わり、と息をつくと、駆け寄ってきたニンフィアたんが俺を見上げた。その上目遣い最高に可愛いです、いや違うちゃんと何が言いたいかはわかっているのでそんな胡乱な目で俺を見ないでくださいその瞳もまじ麗しいですありがとうございます。
内心の悶絶を表に出さないように必死で堪えながら、ところでオニオンさん、と仮面の下で口元を拭いていた彼に視線を戻す。
「このあと時間ありますか?」
「? 今日はお休みなので、大丈夫ですが……」
どうかしましたかと返され、本当に言って良いものかと少し悩みながら言葉を選ぶ。
「いえね、どこぞのドラゴンが俺にリベンジしたいってうるさいもんで」
「!」
どこぞのドラゴンというのは、まあ言うまでもなくあの褐色のトップジムリーダーだ。
あの日俺がダンデとバトルしたのを見て以降、オレさまともバトルしやがれリベンジさせろとこれまた本当にうるさかった。いや誇張でも何でもなくまじでうるさかった。お前も俺も忙しいだろまた今度なと適当にかわし続けてもあいつが諦めるはずもなく。
バトルバトルと雛鳥のごとく鳴き続けるドラゴンにとうとう白旗をあげた俺は、今日このあと仕方なくリベンジバトルに付き合ってやる約束をしていた。
「俺のバトル、見たいって仰ってたでしょう。お世辞だったらいいんですけど」
「お、世辞なんかじゃ、ない、です……!」
「はは……じゃあ、よかったら」
一緒に来ますかと言葉にすれば、仮面の下の顔がぱあっと明るくなったのがわかる。
そんな彼の様子を楽しそうに見ていたニンフィアは、じゃあ行こうとばかりにオニオンの手にリボンを纏わせた。オニオンも嬉しそうに、淡い色のリボンをきゅっと握る。
「か、えでさんが、ダンデさんとバトルしたっていうの、聞いて……見れなかったの、残念だって、思ってたんです」
「ああ……そうですね、急に決まったバトルだったので。まあ、次回があれば、そのときは」
「……次回って、」
また、バトルするんですか、と。
おそらく深い意味なく投げられただろう問いに、つい苦笑した。あんなにダンデのバトルの誘いを蹴り続けたというのに、まさか「二回目」を考えるようになるなんて。
少し考えるように視線を宙に浮かせたが、どうせ考えても答えは変わらない、と視線をオニオンにもどした。
そうですね、と答えた声がわずかに弾む。
「しますよ、きっと。―――何度でも」
勝とうが負けようが、あいつが望み、俺のニンフィアたんがそれを許す限り、ずっと。ふぃあ、と無邪気な天使も応えるように高らかに鳴く。
それにゆっくりと頷いたオニオンは、是非呼んでください、と呟いた。いつも通りの小さく控えめな声で、だがしっかりと俺に聞こえる声で。
「楽しみに、してます……!」
きゅっと手を握ってそう言ったオニオンを見て、これは無様なバトルは見せられないなと、俺はニンフィアと目を合わせて笑った。
「本当に、ちゃんと、呼んでくれないと……ゲンガーが、夜中に遊びに行きます……!」
「ははは、急にガチで脅すの勘弁してください」
ちなみにオニオンくんの注文はすべてゲンガーを介して行われます。
ゲンガーはそっと影から登場し、一通りカエデをビビらせてから注文メモとお金を渡しておつかいを果たすのがお決まり。
「とりあえず脅かしてから注文すんのやめてもらえませんかね」
「ふぃい!(びっくりした!)」
「そこはゴーストタイプとしてのプライドというか……」
「げんげん!(楽しいからやだ!)」