YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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心のホットライン ハートフォーユー

 本日は五月一日の木曜日。明日学校が終われば三・四・五・六の四連休を迎える。

 だが、僕に旅行などの予定はない。僕は部活があるために留守番と相成った。

 留守番と言ったが、妹は明日より学校を休んで両親と都内に行く。何とかとか言う自称宇宙アイドルを観に行き、食いしん坊の天使が題の演劇を観に行くらしい。都内はこの国が大きく変わってデモが激しいと聞くが、まあ大丈夫だろう。

 

 この前の日曜日、僕は庚渡紬実佳さんという女の子と出会った。

 何度も言う、僕は庚渡さんと初めて会った気がしない。でも、いつどこでどのように出会ったのか、まったく思い出せなかった。

 ただし、あの子に似た少女とは()っている。それは時々見る夢の中。暗い闇の中で、僕が巨大な怪物に襲われ、捕まって食われそうになると、決まって輝くドレスをまとった少女が現れて助けてくれるのだ。

 夢の中に現れる(まぶ)しい少女。庚渡さんからはその少女の面影を感じられた。日曜は胸が高鳴るばかりで夢の事など思い出さなかったが、それがあってどこかで会った気がしているのだろうか。

 

 師泰の彼女の田名河さんには今も無視されている。

 確かにデリカシーがなかった。怒るのも当然だ。でも、仕方がない。抑えられなかった。

 僕は、庚渡さんに()れた。初めて会った気がしない事を抜きにして。――忘れられない、会いたい、仲良くなりたいと、僕が自分の部屋で独り庚渡さんの事を悶々(もんもん)と考えていると、

 

「……電話?」

 

 床の上に置いたケータイが震えた。

 液晶を(のぞ)くと知らない番号だった。誰だろう。とりあえず応答のアイコンを押してケータイを耳にあてる。

 

「もしもし」

「もしもし。鈴鬼、小四郎くんのケータイですよね?」

「……え?」

 

 ケータイから聞こえた声に、僕が驚きに併せて胸を高鳴らせた。

 信じられない。胸の鼓動が激しく僕を()き立てる。この少し舌っ足らずな声は、日曜に聞いた声だ。まさか――。

 

「まさか、庚渡さん?」

「あっ、覚えてくれていたなんてうるとらはっぴー。そうです、庚渡紬実佳です」

 

 こんなことって、あるのだろうか。いま一番会って話をしたい女の子から電話がかかってきた。

 だが、なぜ僕の番号を知っている。

 

「どうして、僕のケータイの番号を?」

「昨日高波市くんに連絡して()いたんです」

 

 丞と同じ小学校という理由に納得した。

 しかし、突然に過ぎる。望んでいたことだけど、何を話せばいいのか、喜ぶのか。

 テンパる僕の頭。猫屋敷猫屋敷ネコババ屋敷。ああ、どうして最近知った珍しい苗字をいま思い出す。

 

「突然ごめんなさい。忙しかったですか?」

「あ、ううん、全然。ものすっごく暇だった、ですよ」

「よかった。少し、おはなししても大丈夫ですか?」

「ふあい!」

 

 声が上ずってしまった。

 胸のドキドキが収まらない。僕が正座し、何とか心を落ち着けようと試みる。

 

「……ふう」

「……庚渡さん?」

「あ、息きこえました? 私いますっごく緊張してるんですよー。今だって頭ぐるぐるして、〝そろそろ踊りませんか?〟とか言いそうになっちゃって」

「えっ、踊る? なんで?」

「ああーすみません、今のキレイさっぱり忘れてください」

「はは。……僕もです、僕もすごく緊張してます」

「そうだったんですか。気が合いますね」

「はい」

 

 お互い緊張していることを知れ、僕の心が少しだけほぐれた。

 さて、と気を取り直した僕に、庚渡さんが話を切り出す。

 

「このまえ鈴鬼くん、初めて会った気がしないって言ってましたよね?」

「はい」

「私も初めてな気がしないんです。どこかで会った気がして。だから鈴鬼くんのこと、どうしても気になっちゃって」

「そうだったんですか」

 

 僕も言いたかった。君のことが気になっていた、と。

 でも、言えるわけがない。今ここでそれを言ってしまったらただの軽い男だ。僕がのど元まで出かかった言葉を()んで相槌(あいづち)を打つ。

 ええっと、それと――、と言ってから庚渡さんが続ける。

 

「環がひどいこと言ってごめんなさい」

 

 庚渡さんに謝られた僕がその名を思い出す。確か、サイドテールの子がそう呼ばれていた。

 びっくりするほどの美少女だったが、庚渡さんに話しかける僕を終始にらんでいた。去り際に「認めない」とまで言われ、僕に良い印象を抱いていないだろう。

 だが、腹を立てるほど僕は子供じゃない。それに庚渡さんの友人だ、庚渡さんを悲しませたくはない。

 

「大丈夫ですよ、全然気にしてないですから」

「よかったぁ。環、悪い子じゃないんです。トロい私の事いつも気にかけてくれるし」

「庚渡さんを大切に思っているんだろうな、ってのは伝わってきましたよ」

「よかった、そう言ってくれると」

 

 庚渡さんの(あん)()した声が聞こえ、僕も安心した。

 次の話題を僕が考える。ここは小学校が同じだった丞をダシにしよう。

 

「庚渡さんって、丞と同じ小学校だったんですよね?」

「はい。高波市くんとは小学三年のとき同じクラスでした。高波市くんはクラスで人気者でしたけど、私は目立たなかったので」

「えっ、そうだったんですか。意外だな」

「意外?」

「庚渡さんって、えーっと、可愛いから」

「かわいい!?」

「え」

「やだ鈴鬼くん! 可愛いって、もしかして、出会った女の子みんなに言ってるんですか?」

「えっ。そっ、そんなこと絶対に言わないよ。僕は、庚渡さんが、素直に可愛いって思ったまでで」

「もーやだ鈴鬼くん。でも、ものすごく(うれ)しい、幸せゲットだよー。ありがとう鈴鬼くん」

「ちょっと待ってよ。僕、みんなに可愛いなんて本当に言ってないから」

「はい、分かりました」

「信じてる?」

「はい、そういうことにしておきます。ふふっ、うふふ」

 

 変な誤解をされそうではあるが、庚渡さんが喜んでくれたので今は良しとしよう。

 いずれは否定しよう、僕が可愛いと思ったのは庚渡さんだけだ、ってことを。この誤解だけは是非とも解いておきたい。

 僕は誰にでも可愛いなんて言えるほど器用じゃないし軽くもない。決意した僕に庚渡さんが訊く。

 

「鈴鬼くん、このまえ女の子三人連れてましたよね?」

「あ、うん。でも何でもないよ? 僕の友達が三人のうちの一人と付き合ってて」

「へー。それで、その付き合ってる一人が友達を連れて、三対三でデートしてたってことですか?」

「僕はデートのつもりはないけど、まあ、傍から見ればそうなるのかな?」

「本当に、何でもないんですか?」

「何でもないよ。どういうこと?」

「三人のうちの一人が、鈴鬼くんのこと好きだったりしてー」

「えぇ、そんなわけないよ。こんな背が低くて顔もよくない僕がモテると思う?」

「そうかなー? 鈴鬼くんは自分が思ってるよりモテると思いますよ」

「モテる? まさか」

「鈴鬼くんカワイイし」

「へ? かわいい?」

「うん。かわいいって言ってくれたから、そのお返しです」

 

 可愛い庚渡さんに可愛いと言われた。僕は男なのでいささか不本意ではあるが、まあ庚渡さんなのでこれも良しとしよう。

 この後、五分ほど話を続け、

 

「あっ、お母さんが呼んでる。鈴鬼くん、そろそろ」

「あ、うん」

「また、かけてもいいですか?」

「もっ、もちろん!」

「ふふっ、よかった。それじゃ鈴鬼くん、また」

「はい!」

 

 こうして、楽しいたのしい会話を終えた。

 幸せに満たされる僕の心。まさか今日、こんなサプライズが待ち受けていたとは。神様など信じない性質(たち)だが、このときばかりは感謝せざるを得なかった。

 次はいつかかってくるかな。僕からかけてもいいだろうか。庚渡さんと過ごす甘い未来を僕が想像する。

 

 ――だが、翌日の五月二日。この日を境に僕は変わる。

 何もかも失った。好きな人も、友達も、この十四年間で歩んだ道で得た物の全てを捨てなければならなかった。

 やり場のない怒り、どうにもならない憤り。僕はそれに翻弄され続け、いつしか幸せな人を(ねた)み、羨み、激しく憎む、卑しくて醜いけれど望んでいた力を手にしてしまう。

 

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