YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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宇宙から見たらどうでもいいって言うけど貴方がいなければ宇宙は存在しない

 ()(まる)()(そう)(じょう)事件。彼を絶望のどん底へと突き落としたデモの暴走は、戦前戦後に起きた事件になぞらえてそう名付けられた。

 首都をにわかにかき乱した大事件だが、翌日には全て鎮圧され、東京の街は既に平穏を取り戻している。所詮デモは()(ごう)の衆、警察が機関拳銃や狙撃銃、催涙ガス筒や放水器などを装備した機動隊を招集して本腰を入れた対策に乗り出すと、デモは二時間程度で離散した。

 壊された施設は撤去作業が始まり、東京の街は首都としてあるべき姿に戻ろうとしている。全ては元通りに。だが、彼は納得できなかった。

 

「間もなく、終点、東京です。中央線、山手線……」

 

 車内のアナウンスが終点を告げる。

 五月六日の振替休日。明倫中学の制服を着る彼は、新幹線に乗って東京へ向かっていた。

 東京へ向かう理由は一言で言えば検死である。彼は残された者として、妹と両親の死を確かめるという向き合いたくもない事実と向き合わなければならない。

 

(どうして、こんなことに……)

 

 座る彼が背を丸めて頭を抱えた。

 庚渡紬実佳と知り合った今年の連休は、彼にとってきっと楽しいものになるはずだった。それが何故(なぜ)、彼の妹と両親が死ぬ事態となったのか。

 そもそもデモが何故東京で頻発しているのか。デモとは言うまでもなく集団がプラカードを掲げたりして意思表示をする行為であるが、その発端は国が去年より推し進めている政策にある。

 政策とはコメンテーターが言うところの軍国化である。その軍国化による必要な防衛費を確保するため、国は所得税、相続税、消費税、ガソリン税等々(などなど)、あらゆる種の増税を国民に課した。また、一月より始まった徴兵制度も反発が強く、減税の要求および兵役の撤廃を求めるデモが後を絶たないでいる。

 

 したがって今、生活に困窮している家庭は日本中にあふれている。彼の友人の師泰も丞も顔には表さないが、苦しい状況に追い込まれている。

 そして二日の暴走も発端は困窮にあった。デモに参加した人の中に、年老いた父親母親が生活の困窮を理由に自殺したことを涙ながらに訴えた人がいて、その悲痛な叫びが元となってデモは暴徒と化した。

 彼は三日憲法記念日、四日みどりの日、五日こどもの日の連休を、家から一歩も出ずに過ごしている。その三日間で彼は五・〇二騒擾事件と名付けられたデモの暴走について、ニュース番組など中学生が調べられる範囲で情報を得ていた。

 ニュースで暴徒と化した前述の発端を聞いたとき、彼は「可哀そうだ」とは思った。しかし、彼は同情せず、むしろ激しい怒りを抱いた。老父母の自殺は確かに悲しいが、だからと言って無関係の人々を殺し、彼の妹と両親を殺して良い訳がない。

 

 ――宇宙から見れば、一人の人間などちっぽけな存在だ。一人が死のうが生まれようが宇宙は意に介さない。

 大きな視点で見れば自分の存在などちっぽけなものだから、不幸に遭ってもくよくよするな、という意味で使われる。だが、逆説的に捉えれば、自分がいなければ宇宙を見ることは敵わないはずだ。自分がいなければ、そもそも宇宙など在りはしない。

 人は生きているのだ。そこには筆舌に尽くしがたい苦しみも(うれ)し過ぎて大泣きしてしまうほどの喜びもある。それを大局的に見ることで軽視するとはなんと傲慢な考えなのだろう。話が()れたが、デモは言うまでもなく集団だ。先の発端などほんの一人の事情に過ぎず、デモに参加した全員が哀しい事情を抱えてるわけがない。

 ただ暴れたいだけの(やから)もいた。だから彼は憎い。先の発端を理由に暴れ回った暴徒が。そして、その発端を他人事の(ごと)く聞き流して無かったことにしようとする国が。

 くよくよするな、なんて言葉を今の彼にはかけられない。デモが憎い、国が憎い、妹と両親を返してくれ――と、彼は今日の今まで嘆き続けている。

 

「おお、小四郎くん」

「久々だねぇ」

 

 新幹線から下車した彼が指定の待ち合わせ場所に着くと、母方の祖父母が彼を迎えた。

 喪服を着る母方の祖父母に彼が口を閉ざしたまま会釈する。母方の祖父母は埼玉県(さいたまけん)杜田(とだ)という町に住んでおり、彼はしばらくしたら地元を離れ、この祖父母と共に暮らす。

 

「さあ行こう。辛いだろうが」

 

 祖父に促された彼は、これから妹と両親が眠っている場所へ向かう。

 暴徒に襲われ、命を落とした被害者は数百人に上った。この被害者の遺体は(つき)()という区に立つホールに集められている。

 彼と祖父母が深橋(しんばし)という駅から地下鉄に乗り、ホール正門に着く。下を向きながら歩く彼の耳に、

 

「れいあ、れいあぁ……」

 

 女の子の悲しい泣き声が聞こえ、

 

「環」

 

 続いて聞こえた声に彼が振り返った。

 声の出所を探す彼。庚渡紬実佳の声が聞こえた気がした。

 

「どうした? 小四郎くん」

「……いえ」

 

 ここは東京だ、地元から離れたここにいるわけないだろう、と彼が祖父に呼ばれて探すのを諦める。

 祖父が受付にて手続きを済ませる。そして、案内された彼と祖父母が、仰向けに眠る三つの人体と対面する。

 三つの人体はいずれも白い布で顔を覆われているが、損壊はさして見受けられなかった。――ひょっとしたら全部(うそ)で、本当は生きているのでは。そんな淡い希望を彼が願うが、

 

「…………」

 

 手を合わせた祖父が無言で布をめくると、その希望は無残に打ち砕かれた。

 真っ白でぴくりとも動かない、三つの安らかな死に顔。認めたくない残酷な事実が彼の祖父母に涙を落とさせる。

 そして、彼も泣く。彼の妹と両親は確かに死んだ。連休前の日常は、もう決して戻らない――。

 

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