YMO ー黄色い変身ヒロインの秘密を僕だけが知ってしまってー   作:豚煮真珠

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古池やカエル駆除請うエゴイスト

 彼が埼玉に住み始めて一月が経過し、季節は雨がしとしとと降り注ぐ梅雨の時期を迎えた。

 本日は曇天。雨が降りそうで降らないはっきりとしない天気。転校した彼は、杜田市立()(じょ)中学校と言う妙な名の中学に通い、そこの三年五組に属していた。

 波風をなるべく立てず、人と必要以上に関わらず。彼は中学最後の一年となる転校先でのスクールライフを静かに過ごしている。

 

「きりーつ。れーい」

「ありがとうございましたー」

 

 三年五組に所属する生徒たちが、日直の号令によって一斉に頭を下げた。

 終礼を終えた放課後。彼が帰宅するべくバッグを抱える。

 

「鈴鬼くん」

 

 教室を出ようとする彼をクラスメートの女の子が呼んだ。

 彼を呼んだ子の名は()宿(ぼし)(けい)と言う。僅かに焼けた色の健康的な肌と、クリッとした二重の快活な目を備え、前髪にヘアピンを付けて後ろ髪はバレッタでアップスタイルに留めている。

 男女問わずに人気のある子で、容姿は「可愛い」と主に男子から(うわさ)され、性格は明るい上に周りへの気遣いを欠かさない。そして学業は体育において優秀な成績を修めており、その運動神経は美女中の運動部から度々助っ人を頼まれる程である。

 お日様の下で咲く向日葵(ひまわり)のような人気者の女の子。日陰で日々をひっそりと過ごす彼が、そんな子に呼ばれたので振り返る。

 

「箕宿さん、なに?」

「鈴鬼くんが転入して来てから、鈴鬼くんの歓迎会ってやってないよね?」

「……うん」

「だからね、鈴鬼くんの歓迎会ひらいて、お話したいなって思ってるんだけど、どうかな?」

 

 慧がにっこりと白い歯を見せて彼を誘った。

 彼が慧に感謝する。彼が転入した事情をクラスで知らぬ者はいない。したがってクラスメートは皆よそよそしい態度で彼に接しており、彼もそれが当然と承知していた。

 腫れ物扱いの彼を慧は隔てなかった。久々に感じた人の優しさが、彼の心に染み入るが、

 

「……せっかくだけど」

 

 彼が目を()らして断る。

 箕宿慧は人気者であり、その前途は洋々としたものになるだろう。そんな子が僕なんかと関わっちゃいけない――、と彼が慧の優しさを拒絶する。

 彼の事情はもちろん慧も知っていた。慧が眉尻を下げて断る彼を承知する。

 

「……そっか」

「ごめん箕宿さん。それじゃ」

 

 謝った彼が教室から去ろうとする。

 

「ねえ、鈴鬼くん」

 

 しかし、慧が呼んで彼を引き留めた。

 足を止めた彼が振り返ると、いつも笑顔を絶やさぬ慧の顔が曇っており、この物憂げな顔に彼の良心が痛む。

 慧が誘った彼は異性、しかも話しかけるのも(ちゅう)(ちょ)する心を閉ざした少年だ。そんな男に声をかけるなんて勇気が要るだろう。それが分かっている彼が申し訳ない気持ちに駆られるが、

 

「なに?」

 

 それでも(つら)はそのままに慧に()く。

 

「鈴鬼くんって、こっちに引っ越してきて、楽しい?」

「楽しいって?」

「だって、鈴鬼くんが笑ったところ、見たことないから」

 

 言われて彼が気付く。彼は埼玉に引っ越してから一度も心から笑ったことがなかった。

 しかし、彼は笑えない。笑っても心では寂しさと(むな)しさを感じてしまう気がしており、今どれほど面白いことが彼の前で起きても、乾いた笑いを浮かべる空々しさを彼は予感していた。

 そして、今の彼は(すさ)んでいる。自分が笑ったところを見せても、同情を誘うだけで(みじ)めになるだけ、と笑うことを嫌がってしまう。

 

「箕宿さん。僕なんかのために気を遣ってくれなくてもいいよ。それじゃ」

 

 彼が慧を振り切って教室を後にした。

 廊下を足早に歩く彼が、人の好意を無下にした点で火藤愛加那を思い出す。

 

「ねえねえ、買い物付き合ってくれない?」

「これから? 制服で?」

「うん。駅前にアクセサリ屋ができたじゃん? あそこの店員の赤毛で関西弁話すお兄さんが、めっちゃカッコよくてね~」

「こらこら、教師の前でそういう話をするんじゃない」

「うえっ、先生。聞いてたんですか?」

「聞こえたんだ。君たちに何かあったら大変だ、近頃は爆弾騒ぎで何かと物騒だし。今日は家に帰りなさい」

「はーい」

 

 彼が二人の女子生徒をたしなめる教師の横を通り抜け、昇降口に着いて下駄箱を開ける。

 そして、中から靴を取り出すと、

 

「よう鈴鬼、首を長くして待ってたぜ」

 

 柔道着を着た男が腕を組んで彼の前に立ちふさがった。

 ぼさぼさ頭の柔道男に、――またか、と彼がため息を()く。

 

「首を長くし過ぎてキリンになっちまうかと思ったぜ。鈴鬼、今日こそ柔道部に入ってもらうからな?」

 

 柔道男が()に炎を宿して彼を誘った。

 彼に柔道部への入部を熱心に勧める男の名は樹之(きの)(した)侘助(わびすけ)と言う。他組に所属する同学年の男子で、少しサルっぽい。彼にとってはどことなく丞を彷彿(ほうふつ)させる。

 彼はこのぼさぼさ頭の柔道男に、断っているにも関わらず幾度となく誘われている。そんな柔道男が今日も懲りずに彼を誘う。

 

「おまえ前の学校で柔道してたんだろ? な、頼むよ~。今年は勝ちてえんだよ」

「何度も言ってるけどさ、僕は部活やる気ないから」

 

 断る彼が靴を履こうとするが、

 

「チッ。おい鈴鬼、おまえいい加減にしろよ」

 

 樹之下が剣呑(けんのん)な口調で非難したために彼が振り向いた。

 いつもなら樹之下はしつこく食い下がり、それを彼が振り切るパターンだった。それが今日は「いい加減にしろ」と彼に憤った。

 だが、何が「いい加減にしろ」なのか。これだけ誘ってるのだから観念しろという意味なのだろうか。

 

「いい加減って」

 

 非難される筋合いはないために彼が不満を漏らすと、

 

「聞いてんだよ色々と。お前がふてくされてるのはすげー分かるけど、でも、お前それでいいのかよ?」

「…………」

「いつまでもそんなんじゃお前自身いけねえって分かるだろ? 周りも気遣って疲れちまうしよ。協調性がないって内申にも響くし、俺このままじゃお前のためにならねえから言ってんだぜ?」

 

 樹之下が彼にとって痛いところを突いたために彼が閉口した。

 彼が理解する、樹之下は樹之下なりに気遣っていることを。今年度は高校受験も控えている。それに、過ぎたことが戻るわけはなく、前に向かって歩かなければいけない。

 樹之下を認める彼。もし地元で()っていたら友人になっていただろう。たまに鬱陶しく感じるときもあるだろうが、主体性がある方ではない彼は己を牽引(けんいん)する男が嫌いではない。

 

「君の言うとおりだ。樹之下、ありがとう」

 

 自分などのために骨を砕く樹之下に彼が礼を述べる。

 

「へっ、ようやく分かってくれたか、俺の熱い思い。それじゃ」

「でも、それでもダメなんだ。僕のことなんかほっといて、大会頑張って」

「えっ。おい!」

 

 彼が樹之下を振り切って校舎を後にした。

 

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